社会保険労務士川口正倫のブログ

都内の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ



有期雇用契約の雇止め2~解雇権濫用法理の類推適用

バナー
Kindle版 職場の出産・育児関係手続ガイドブック~令和の常識~
定価:800円で好評発売中!!


にほんブログ村
続き

有期雇用契約の雇止め1の続きとなります。

有期雇用契約の雇止め2~解雇権濫用法理の類推適用

3.解雇権濫用法理の類推適用の限度

① 解雇権濫用法理の類推適用の程度

第2段階では、解雇権濫用法理の判断がなされますが、それは期間の定めのない労働契約の解雇の場合ほど厳格なものとされてはいません。けれども、1号(実質無期型)は、期間の定めのない労働契約の解雇とほぼ同レベルです。これに対して、2号(合理的期待型)では、使用者の裁量権は比較的広く認められる傾向にあります。(たとえば、客室乗務員の業務適性の判断について使用者の裁量を広く認めたものとして、日本航空(雇止め)事件 東京地判平23.10.31労判1041号20頁があります。)
また、整理解雇法理も適用されますが、日立メディコ事件では、①比較的簡易な採用手続で締結された短期的有期契約である以上、いわゆる本工を解雇する場合とはおのずから「合理的な差異」があるべきであり、②期間の定めのない従業員について希望退職者募集の手続をとらなかったとしても不当とはいえないとされました。しかしながら、今日のように有期雇用が拡大し、期間業務を中心的に担うようになってくると、こうした正社員中心の発想は維持できません。ちなみに、労働契約法19条2号も「合理的な差異」があるとは定めていません。
賃金体系の変更(インセンティブ制度の廃止)に同意しなかったことから雇用期間満了の機会をとらえて職場から排除したものとして雇止めが無効とされた事例もあります(ドコモ・サービス(雇止め)事件 東京地判平22.3.30労判1010号51頁)。使用者は就業規則の不利益変更により賃金・労働条件を一方的に変更することができるのであるから、労働者がこれに同意しないからといって解雇が許されないのは当然ですので、それは雇止めの場合には変わりません。
一般に、合理的期待にはさまざまな程度のものがあります。保護すべき期待が強ければ雇止めを容易に認めることはできないのに対し、期待が希薄であれば解雇権濫用法理をある程度緩和するのが平衡な考え方です。そういう意味では、2段階審査といっても、合理的期待の程度に応じて、解雇権濫用法理の厳格さの程度も変わるといえます。
例えば、東奥学園寺事件(仙台高判平22.3.19労判1009号61頁)で問題とされている非違行為(住所変更届の不提出)は、通常の解雇理由としては明らかに弱いが、それでも雇止めを是認した1審に対し、控訴審がこれを否定したのは、当該常勤講師を正規教員とほぼ同じに保護すべきと考えたからと思われる。
なお、労働基準法施行規則5条1項1号の2は契約更新の判断基準を書面の交付による明示事項としています。これは当事者の予測機能を高めるものではありますが、あくまで使用者の一方的な通知であることに留意すべきでしょう。

② 違法な目的による雇止め

これに対し、不当労働行為を目的として雇止めがなされた場合には、公序に反するものとしてただちに無効とされます。
リンゲージ事件(東京地判平23.11.8労判1044号71頁)は、不当労働行為の認定にまでは至らなかったが、情報収集目的の不当性を理由に「ネガティブ情報」を排除するという判断手法をとっています。これは雇止めにも適正な手続が要求されることを示しており、当該労働者は、同時期の査定で普通のレベルと評価され、上司としても雇用が継続されることを前提としていたのに、組合員のみをターゲットにした収集活動により得た情報を理由に雇止めとするのはフェアではないと考えたものと思われます。(東奥学園寺事件(仙台高判平22.3.19労判1009号61頁)でも適正手続が要求されています。)

4.不更新合意

使用者が、契約更新回数に上限を設けたり、次回以降は更新しないという条項を挿入した契約書の作成を求めることがあります。とりわけ、メーカーが偽装請負との指摘を受けて派遣労働者を有期で直接雇用する場合や、労働契約法18条が有期契約を反覆更新して5年を超えたときの無期契約転換権を明文で定めたことから、使用者がこれを免れようとする場合に、このような手法を用いており、その効力がホットな争点の1つとなった時期がありました。
もっとも、最初から更新上限が明示されていた場合はともかく、それまでに生じていた契約更新に対する合理的期待が、使用者の一方的通知で消滅するとは解されるわけではありません。
使用者が、労働者が不更新に合意したと主張する場合でも、その合意の認定は慎重になされます。例えば、使用者が「今回が最後の更新」と説明して労働者に契約更新させた場合でも、一方で労働者が雇用継続に関する交渉を今後も続ける意思を伝えていれば、不更新合意の成立は否定されます(ダイフク事件 名古屋地判平7.3.24労判678号47頁)。
これに対し、不更新条項の挿入された契約書に労働者が異議を留めずに署名捺印したときは、双方の合意により契約が終了した、あるいは合理的期待が消滅したとされたり(近畿コカ・コーラボトリング事件 大阪地判平成17.1.13労判893号150頁)、期待利益を放棄したとされたりしています(本田技研工業事件 東京高判平24.9.20労経速2162号3頁)。
しかしながら、不更新条項の含まれる契約書を突きつけられた労働者は、これに応じなければ直ちに職を失い、応じれば次の期間満了で仕事を失うという、「前門のトラ、後門の狼」のような立場に置かれています。そのような状況下で契約書に署名捺印したという一事で一切の救済が否定されるのは不条理に過ぎます。この点、本田技研工業事件は、「いわば二者択一の立場に置かれることから、半ば強制的に自由な意思に基づかずに有期雇用契約を締結する場合も考えられ、このような具体的な事情が認められれば、不更新条項の効力が意思表示の瑕疵等により否定されることもあり得る」とするのであるが、民法の意思表示理論だけでは妥当な結論を導くことは難しいです。
そこで、明石書店事件 東京地決平22.7.30労判1014号83頁は、不更新合意を、第1段階ではなく、第2段階の解雇権濫用法理を判断する一要素として処理しています。合理的期待が客観的に判断されるべきことからすれば、これは妥当な結論をもたらす1つの判断手法といえます。
仮にこれを退職合意ないし合理的期待の放棄の問題としてとらえるとしても、それが有効といえるためには、その不利益性に鑑み、少なくとも、①使用者に不更新条項を入れなければならない合理的な理由があり、かつ②労働者がそれを受け入れた上で合意することが必要と解するべきです。客観的に存在していた合理的期待を消滅させる合意には、それなりの客観的根拠が必要だからです。(①については、期間の定めのない土地の賃貸借契約を一時使用目的の賃貸借に変更するためには「賃貸借当事者間に、短期間にかぎり賃貸借を存続させる合意が成立したと認められる客観的合理的理由が存することを要する」とした最判昭45.7.21判時603号98頁が、②については、賃金債権の放棄は「労働者の真に自由な意思」に基づく場合に限って有効としたシンガー・ソーイング・メシーン事件 最二小判昭48.1.19民集27巻1号27頁が参考となります。)

5.国・地方自治体における非正規公務員の雇止め

国・地方自治体においても、臨時・非常勤職員などの非正規(期限付任用)公務員の雇止めがなされることがしばしばみられます。これについて、裁判所は、公務員は任用という行政処分によってその地位が与えられるものであり、期限付任用の場合には期限の到来により当然にその地位を失うものとして、解雇権濫用法理の類推適用を否定してきました。しかしながら、非正規公務員も民間の非正規労働者と同じく労働者であるのに、不当な雇止めに対する法的救済の途が閉ざされているのは不適切です。
この点、最高裁は、任命権者が「任用予定期間満了後も任用を続けることを確約ないし保障するなど、右期間満了後も任用が継続されると期待することが無理からぬものとみとめられる行為をしたというような特別の事情がある場合」には期待権侵害として損害賠償を認める余地があるとしましたが(大阪大学(図書館事務補助員)事件 最判平6.7.14労判655号14頁)、そのハードルは高いものでした。
ところが、その後、これを否定する裁判例が相次いで登場し、慰謝料額も高額化しました(中野区(非常勤保育士)事件 東京高裁平19.11.28労判951号47頁武蔵野市事件 東京地判平23.11.9労経速2132号3頁)。これは、正規公務員の人員削減が進む中、非常勤職員の存在を抜きにしては公務の遂行が成り立たない現実があり、当局もこれを認めた上で長年便利に使ってきたものを突然一方的に打ち切ることは適切ではないから、救済の範囲を広げようとする裁判所の判断があったと思われます。
国・地方自治体には多様な業務がありますので、当局としては、紛争予防の見地からも、当該労働者が明確な拒否をしていないかぎり、配置転換等によって雇止めを回避するよう努力すべきでしょう。


有期雇用契約の雇止め1へ戻る