社会保険労務士川口正倫のブログ

都内の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ



2021年4月1日から36協定届が新しくなります

2021年4月1日から36協定届が新しくなります

特に区別していない会社も多いとは思いますが、36協定と36協定というのは別のものです。
36協定という、使用者と労働者の間の契約を締結し、締結した旨とその概要を労働基準監督署に届け出るのが36協定です。
今回、押印・署名が廃止されるのは、36協定についてです。
一方、36協定の方は労基署に提出しないとはいえ、契約の一種ですので、通常の契約書と同様に、締結したことを証することができるよう、記名押印もしくは署名をして会社で保管しておくことになります。
ですので、押印・署名をしなくても労働基準監督署に36協定を提出することはできますが、36協定届と36協定を区別していない会社では、これまでと同様に記名押印もしくは署名により提出すべきです。


1.主な変更点

①36協定届における押印・署名の廃止

労働基準監督署に届け出る36協定届について、使用者の押印及び署名が不要となります。
※記名はしていただく必要があります。

②36協定の協定当事者に関するチェックボックスの新設

36協定の適正な締結に向けて、労働者代表(※)についてのチェックボックスが新設されます。
※労働者代表:事業場における過半数労働組合又は過半数代表者

2.施行時期

2021年4月1日

3.新書式

こちらからダウンロードできます。
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/roudoujouken01/index.html

記載例
https://www.mhlw.go.jp/content/000708408.pdf

事務所衛生基準規則及び労働安全衛生規則の一部を改正する省令案(概要)

事務所衛生基準規則及び労働安全衛生規則の一部を改正する省令案(概要)

厚生労働大臣は、令和3年7月28日に、労働政策審議会(会長 清家 篤 日本私立学校振興・共済事業団理事長、慶應義塾学事顧問)に対し、「事務所衛生基準規則及び労働安全衛生規則の一部を改正する省令案要綱」について諮問を行い、この諮問を受け、同審議会安全衛生分科会(分科会長 城内 博(独)労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所化学物質情報管理研究センター長)で審議が行われ、本日、同審議会より概ね妥当であるとの答申がありました。
厚生労働省において、この答申を踏まえて、令和3年12月上旬(照度基準については、令和4年12月1日)の施行に向け、速やかに省令の改正作業を進められるようです。

なお、事務所衛生基準規則とは、労働安全衛生法に基づき定められた、事務所の衛生基準を定めた厚生労働省令です。本規則における「事務所」とは、本規則第1条において、「建築基準法(昭和25年法律第201号)第2条第1号に掲げる建築物又はその一部で、事務作業に従事する労働者が主として使用するものについて適用する」と定められています。
また、昭和46年8月23日付基発第597号で、工場現場の一部において、ついたて等を設けて事務作業を行っているものは、本規則による事務所に該当しないこと。と解釈されています。

通常、事務所は、有害物、危険物を取り扱うことのない作業場といえます。そのため、重篤度の高い労働災害や職業性疾病が発生する可能性は少ないのですが、本規則は、事務所の衛生確保を目的として、環境管理、清潔、休養、救急用具等を考慮すべきことを定めています。
本規則第1条第2項において、「事務所(これに附属する食堂及び炊事場を除く)における衛生基準については、労働安全衛生規則第3編の規定は適用しない」とされています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_21600.html

1.改正の趣旨

事務所における清潔保持や休養のための措置、事務所の作業環境等、事務所衛生基準規則(昭和47年労働省令第43号)等で規定されている衛生基準については、制定されてから50年近く経過していることから、その間の社会状況の変化を踏まえて現在の実状や関係規定を確認し、関係有識者による検討を行い、取りまとめた報告書等をもとに、関係省令の改正されるものです。

2.改正のポイント

・事務室の作業面の照度基準について、作業の区分を「一般的な事務作業」及び「付随的な事務作業」とし、それぞれ300ルクス(現行は150ルクス)以上及び150ルクス(現行は70ルクス)以上とすること。
・作業場における便所の設置基準について、以下のとおり見直すこと。
(1)男性用と女性用に区別して設置した上で、独立個室型の便所を設置する場合は、男性用大便所の便房、男性用小便所及び女性用便所の便房をそれぞれ一定程度設置したものとして取り扱うことができるものとすること。
(2)作業場に設置する便所は男性用と女性用に区別して設置するという原則は維持した上で、同時に就業する労働者が常時10人以内である場合は、便所を男性用と女性用に区別することの例外として、独立個室型の便所を設けることで足りることとすること。
・事業者に備えることを求めている救急用具について、必要な見直しを行うこと。

3.事務所衛生基準規則及び労働安全衛生規則の一部を改正する省令案(概要)

第1 事務所衛生基準規則の一部改正

① 照度の基準

【現行】
現在の事務所則第10条第1項において、事業者は、室の作業面の照度を表1の作業の区分に応 じて、同表の基準に適合させなければならない(ただし、感光材料の取扱い等特殊な作業を行な う室については、この限りでない。)旨規定されている。

【改正の内容】
(1)作業の区分を「一般的な事務作業」及び「付随的な事務作業」の2区分に変更すること。
(2)照度基準については、一般的な事務作業においては300ルクス以上、付随的な事務作業に おいては150ルクス以上とすること。
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② 便所の設置基準

【現行】
現在の事務所則第17条第1項においては、以下の事項等が規定されている。
事業者は、次に定めるところにより便所を設けなければならない。
・男性用と女性用に区別すること。
・男性用大便所の便房の数は、同時に就業する男性労働者六十人以内ごとに一個以上とすること。
・男性用小便所の箇所数は、同時に就業する男性労働者三十人以内ごとに一個以上とすること。
・ 女性用便所の便房の数は、同時に就業する女性労働者二十人以内ごとに一個以上とすること。

【改正の内容】
(1)基本方針
男性用と女性用に区別して設けることが原則であること。

(2)少人数の事務所における例外
同時に就業する労働者が常時十人以内である場合は、現行で求めている、便所を男性用と女 性用に区別することの例外として、独立個室型の便所を設けることで足りることとすること。
(3)男性用と女性用に区別した便所を各々設置した上で付加的に設ける便所の取扱い 男性用と女性用に区別した便所を設置した上で、独立個室型の便所を設置する場合は、男性 用大便所の便房、男性用小便所及び女性用便所の便房をそれぞれ一定程度設置したもの※とし て取り扱うことができるものとする。
※男性用大便所又は女性用便所の便房の数若しくは男性用小便所の箇所数を算定する際に基準とする 当該事業場における同時に就業する労働者の数について、独立個室型の便所1個につき男女それぞれ 十人ずつ減ずることができることとすること。

第2 労働安全衛生規則の一部改正

① 便所

 第1の2同様の改正を行うこととすること。

② 救急用具

【現行】
現在、労働安全衛生規則(昭和47年労働省令第32号。以下「安衛則」という。)においては以 下のとおり規定されている。

(救急用具)
第六百三十三条 事業者は、負傷者の手当に必要な救急用具及び材料を備え、その備付け場所及び使用方法を労 働者に周知させなければならない。
2 事業者は、前項の救急用具及び材料を常時清潔に保たなければならない。

(救急用具の内容)
第六百三十四条 事業者は、前条第一項の救急用具及び材料として、少なくとも、次の品目を備えなければなら ない。
一 ほう帯材料、ピンセツト及び消毒薬
二 高熱物体を取り扱う作業場その他火傷のおそれのある作業場については、火傷薬
三 重傷者を生ずるおそれのある作業場については、止血帯、副木、担架等

【改正の内容】
安衛則第633条において事業者に備えることを求めている救急用具に関し、少なくとも備えなけ ればならない品目を定めている安衛則第634条を削除する。
「負傷者の手当に必要な救急用具及び材料」の備え付けについて、事業場において労働災害等 により労働者が負傷し、又は疾病にり患した場合には、その場で応急手当を行うことよりも速や かに医療機関に搬送することが基本であること及び事業場ごとに負傷や疾病の発生状況が異なる ことから、事業場に一律に備えなければならない品目についての規定は削除することとする。

第3 施行日

 公布日:令和3年12月上旬(予定)
 施行期日:公布日(第1の①については令和4年12月1日)(予定)

ドリームスタイラー事件(東京地判令2.3.23労判1239号63頁)

ドリームスタイラー事件(東京地判令2.3.23労判1239号63頁)

1.事件の概要

本件は、✕が、平成29年4月1日に飲食店の運営等を目的とする株式会社であるY社との間で期間の定めのない労働契約(以下「本件労働契約」という。)を締結し、本件労働契約に基づいてY社の業務に従事していたが、妊娠中の平成30年4月末日をもって被告を退職したことについて、
Y社は、時短勤務を希望していた✕に対し、月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を伝え、退職を決断せざるを得なくさせたのであり、実質的に✕を解雇したものということができ、当該解雇は雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「男女雇用機会均等法」という。)第9条第4項により無効かつ違法であるなどと主張して、Y社に対し、本件労働契約に基づき、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めて提訴したのが本件である。

2.✕とY社の主張

※他にも争点がありますが、解雇についてのみ記載します。

争点① ✕の退職が実質的にみてY社による解雇に該当するか

✕の主張

ア ✕は、妊娠が判明した後、K部長に対し、平成30年3月9日にY社において時間短縮制度や産前産後休暇等の制度があるのかを確認したり、同月12日に母子手帳の産前産後の休暇制度に関する記載の写真を送付したりした。さらに、✕は、同月20日、J店長に対し、悪阻が治まるまでの間は午前10時から午後5時までの勤務に軽減してもらいたい旨を申し入れた。
しかし、Y社は、これらの✕の申入れについて正面から向き合おうとしなかった。なお、✕は、同日、J店長から、I店における勤務を提案されたものの、就業時間を午前12時から午後7時30分までに変更する旨の提案は受けておらず、同提案を受け入れたこともない。
✕は、同年4月3日、J店長から、前日に開催された定例会議において、Y社の見解として、月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば、正社員としての雇用を継続することができない旨の結論が出たことを伝えられた。✕は、同日、母親に対し、上記の内容を伝えられた旨のLINEメールを送信するとともに、東京都労働相談情報センター(東京都ろうどう110番)の助言を基に、J店長に対し、Y社における就業規則や三六協定 の有無を確認したり、時短勤務が一般的には6時間とされている旨を伝えたりした。 ✕は、同月4日、前日のJ店長とのやり取りにおいて、J店長には産休育休制度や時短勤務についての決定権限がないことを確認していたため、K部長に対して面談を申し入れた。K部長は、同日の面談において、✕に対し、就業規則の存在について曖昧な回答をするとともに、✕についてのみ月220時間以上の勤務を免除するわけにはいかないなどとJ店長と同様の見解を述べた。✕が、母子手帳にも記載のある勤務時間の短縮等について対応してもらえないのであれば、Y社において働き続けることはできない旨を述べると、K部長は、これに乗じて、✕に対し、退職することを前提に、同月の勤務について、有給休暇の消化及び出勤免除により同月末までにしてほしい旨を申し出た。✕は、自身の体調を考慮すると月220時間勤務を約束することができなかったため、K部長から示された内容で話を進めざるを得なかった(✕が自ら退職したいと述べていなかったことは、✕が退職届を提出していないことからも明らかである。)。
イ このように、Y社は、✕が妊婦としての労働基準法上の権利(同法第65条第3項、第66条第1項及び第2項)を主張したことに対し、これを一顧だにせず、月220時間の勤務を強要し、同勤務ができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を告げた。
体調不良を訴えている妊婦が月220時間もの勤務を継続することができないことは明らかであり、✕は、Y社により勤務継続を断念させられ、退職を決断せざるを得なくなったのであるから、実質的にみてY社は✕を解雇したものということができる。

Y社の主張

ア J店長は、✕の妊娠が判明した後、✕の体調に配慮して、✕の求めどおりに遅刻、早退や欠勤を承認していた。また、Y社においては、平成30年3月12日から、J店長を早朝から待機させたり、Y社の従業員であるM氏(以下「M氏」という。)の出勤時間を1時間早めて✕の代わりにGの開店作業を担当させたりすることにより、✕の突然の遅刻、早退や欠勤にも対応できる体制をとっていた。
J店長は、同月20日、Y社の従業員でありシフト作成を担当していたN氏(以下「N氏」という。)と✕の今後の勤務シフトについて相談した上で、✕に対し、勤務場所を作業負担がより軽いI店とし、勤務時間を午前12時から午後7時30分まで(うち休憩時間を1時間とし、人員が足りている午後3時までは連絡すれば出勤しなくてよい。)とする勤務を提案し、✕の承諾を得て、同月26日以降、その通りにシフトを組んだ。しかし、✕ は、同日午前10時30分頃にGに出勤し、午後4時過ぎに早退した。そこで、J店長は、同月27日、✕に対し、上記の変更後のシフトにより勤務してほしいことを再確認し、✕の承諾を得たが、同日夜に、✕から午前10時から午後4時又は午後5時までの勤務を希望されたため、その場では結論を明確に回答せず、K部長やN氏と協議することとした。 Y社は、その後も✕がGにおいて自己の希望する時間帯での勤務を続けたため、同年4月2日に開催された定例会議において、✕に対して上記の変更後のシフトによる勤務を再提案することを決定した。J店長は、同月3日、前日の定例会議の結果を踏まえ、✕に対し、上記の変更後のシフトによる勤務を再提案した(J店長は、この際、✕に対し、設定されたシフトを無視して自己の希望する勤務場所及び勤務時間で勤務されるのは困ることは伝えたが、月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を告げたことはない。)。
しかし、✕は、同月4日、自ら面談を申し入れたK部長に対し、同月末で退職する旨を伝えた。K部長は、✕が期待していた従業員であったため落胆したものの、✕の意思を尊重し、同月末での退職を受け入れ、有給休暇を消化したいとの✕の希望に応じ、✕とともに有給休暇の残日数を確認し、不足していた3日間については出勤を免除して、最終出勤日を同月5日とすることとした。なお、K部長は、この面談の際、✕に対し、月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を述べたことはない。
イ このように、Y社は、✕の妊娠が判明した後、従業員が妊娠した初めてのケースであったため、モデルケースにしようと最大限の配慮をしてきた。具体的には、✕の遅刻、早退や欠勤に柔軟に対応し、✕が働き易いようにシフトや勤務場所を変更するなど、✕に対し、勤務を継続することができるように可能な限りの配慮を行い、今後も同様の配慮を行う旨を伝えていたが、✕は、自己都合によりY社を退職したのである。

争点② 解雇に該当する場合、当該解雇は無効かつ違法なものであるか等

✕の主張

ア Y社による解雇は、男女雇用機会均等法第9条第4項により無効である。 なお、仮に、Y社が✕に対して月220時間の勤務を強要していなかったとしても、Y社は、労働基準法第65条第3項に基づき、✕の希望する日時にその労働時間を変更する必要があったにもかかわらず、終業時間を午後7時30分とする勤務を提案し、同提案に従わないのであれば雇用形態を見直す旨を告げたものであり、このようなY社の対応は違法であるから、解雇が無効であることに変わりはない。
イ また、争点①に関して✕が主張する各事情によれば、Y社による解雇は、違法であり、不法行為に該当するところ、✕は、Y社の違法な解雇により、慰謝料100万円及び弁護士費用相当額の損害金10万円の各損害を被った。

Y社の主張

いずれも否認ないし争う。
なお、労働基準法第65条第3項は、雇用主に対し、可能な限りの配慮を求めるものであり、妊娠した従業員の要求を全て受け入れたり、新たに軽易な業務を新設したりすることまでを求めるものではない。Y社において、GとI店には✕を含め6名の正社員が勤務していたところ、✕をGの開店業務の担当者から外し、M氏の勤務時間を変更したことにより、Gの繁忙時間帯(ディナータイム)であり、かつI店の閉店業務を行う時間帯でもある午後5時から午後7時30分までは深刻な人員不足の状態にあり、少なくとも代替人員が確保できるまでは✕の勤務を必要としていた。他方で、人員が余剰気味であったその他の時間帯については、✕の勤務を必要としておらず、✕が希望する時間帯(午前10時から午後5時まで)での勤務をそのまま受け入れることができなかった。Y社は、争点①に関するY社の主張のとおり、✕の妊娠判明後約3週間という限られた期間の中で、✕に対し、現実に考え得る限りの配慮をしており、Y社の対応は違法ではない。
また、✕は、平成30年4月4日以降、1年近くが経過するまで、Y社における就労の意思を表明することなく、退職したことを前提とした主張をしていたのであり、Y社における就労意思を有していない。

3.判決の概要

ア ✕は、平成30年4月3日及び同月4日に、J店長及びK部長から、月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を伝えられたと主張し、同月3日にJ店長から開口一番上記のとおりの話をされ、同月4日にK部長からも同様の話をされたなどと、上記主張に沿う供述をする。
イ(ア)J店長は、同年3月9日に✕の妊娠が判明した後、✕の体調を気遣い、✕の通院や体調不良による遅刻、早退及び欠勤を全て承認し、シフト作成を担当していたN氏と相談の上、同月20日以降、✕に対し、本件提案内容のとおりの勤務を提案し、同年4月2日に開催されたY社の定例会議においても、 ✕に対し本件提案内容のとおりの勤務を再提案することが決定され、実際にY社においてその内容通りのシフトが組まれていたことが認められる。
この点に関し、✕は、J店長から、I店における勤務を提案されたものの、就業時間を午前12時から午後7時30分までに変更する旨の提案は受けていないと主張する。 しかしながら、J店長が、同年3月19日に、✕に対し、N氏が今後の✕の勤務時間等について色々と考えてくれたため、明日相談したい旨を伝え、翌20日にN氏とともに✕と面談したことや、✕が、同月27日に、J店長に対し、以前にN氏が提案したI店締めするという勤務時間だと今は身体がきつい旨を伝えていたことは、J店長が✕に対して勤務場所をI店に変更することだけでなく、そこでの勤務時間を午前12時から午後7時30分までとすることも提案していたことを推認させるものである。そして、✕も同月20日のやり取りについて明確な記憶を有しているわけではなく、上記主張は明確な記憶に基づくわけではないことも併せ考慮すると、J店長は、同日の時点で、✕に対し、本件提案内容を伝えていたと認めるのが相当である。
また、同年4月2日のY社の定例会議における決定事項についても、同日までの事実経過に加え、K部長が、自身の手帳に、同会議において✕の勤務時間について午前12時から午後7時30分までで提案することが決まった旨を記載していたこと(同記載の信用性を疑わせるような事情はうかがわれない。)からすると、✕に対して本件提案内容のとおりの勤務を再提案することが決定されたと認めるのが相当である。
(イ)このように、Y社は、同年4月3日及び同月4日の時点で、✕に対し、そもそも、月220時間の勤務を求めていなかったのであるから、J店長やK部長において、✕に対し、月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を伝えるとは考え難い。
なお、✕は、同月3日のJ店長との面談後に、母親に対し、「勤務時間などについてこのままの体制なら、正社員として雇えない。と会社から言われました。」、「現段階で労働基準法を破って、1 ヶ月 220 時間が基本。と言ってる会社です。それなのに、時短で働きたいと言ってる人に、措置を講じれないというのは、どうゆうことなのか。」等のLINEメールを送信している。しかし、J店長は、同日、✕に対し、Y社において他の従業員については月220時間勤務が一つの目安となっている旨や、自分の好きな場所で好きな時間帯に働きたいというのであれば、アルバイト従業員の働き方と同じであり、✕の希望次第では契約社員やアルバイトへの雇用形態の変更を検討することも可能である旨を伝えていたことからすると、✕において、J店長の上記発言を受け、J店長の真意とは異なるものの、上記のLINEメールの内容のとおりと受け止め、母親に対して同内容のLINEメールを送信することもあり得ないものとはいえず、✕が母親に対して上記の内容のLINEメールを送信していたことから直ちに、✕の主張する上記アの事実を認めることはできない。
ウ これらの事情によれば、✕の上記アの供述を採用することはできず、その他、✕が主張する上記アの事実を認めるに足りる的確な証拠はないから、当該事実を認めることはできない。

上記(2)のとおり、Y社が✕に対して月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を伝えていたと認めることはできず、したがって、✕において、月220時間勤務を約束することができなかったため、退職を決断せざるを得なくなったという事情があったということはできない。 また、Y社は、✕の妊娠が判明した後、✕の体調を気遣い、✕の通院や体調不良による遅刻、早退及び欠勤を全て承認するとともに、Gにおいて午前10時から午後4時又は午後5時まで勤務したいという✕の希望には直ちに応じることができなかった(本件各証拠によっても、Y社において当該希望に応じることが容易であったといった事情を認めることはできない。)ものの、✕に対し、従前の勤務より業務量及び勤務時間の両面において相当に負担が軽減される本件提案内容のとおりの勤務を提案していたものであり、これらのY社の対応が労働基準法第65条第3項等に反し、違法であるということはできない。
さらに、上記のとおりの本件提案内容を提案するに至った経緯や、本件提案内容においても、✕の体調次第では人員が足りている午後3時までは連絡すれば出勤しなくてもよいとの柔軟な対応がされていたことからすると、本件提案内容自体、今後の状況の変化に関わらず一切の変更の余地のない最終的かつ確定的なものではなく、Y社は、平成30年4月3日及び同月4日の時点においても、今後の✕の勤務について、✕の体調やY社の人員体制等を踏まえた調整を続けていく意向を有していたことがうかがわれる(✕は、Y社において高い評価を受けており、✕とJ店長及びK部長との間のLINEメールによるやり取りからも、J店長やK部長から厚い信頼を得ていたことがうかがわれ、Y社において、✕が退職せざるを得ない方向で話が進んでいくことを望んでいたと認めることもできない。)。
なお、J店長は、同月3日、✕に対し、自分の好きな場所で好きな時間帯に働きたいというのであれば、アルバイト従業員の働き方と同じであり、✕の希望次第では契約社員やアルバイトへの雇用形態の変更を検討することも可能である旨を伝えていたものの、上記のY社の対応を踏まえれば、一つの選択肢を示したに過ぎないことは明らかであり、このことをもって、雇用形態の変更を強いたということはできない。 これらの事情によれば、✕の退職が実質的にみてY社による解雇に該当すると認めることはできない。

イそうすると、争点②について判断するまでもなく、✕の退職が実質的にみてY社による解雇に該当することを前提とする前記第1の1から3までの✕の各請求は、いずれも理由がないこととなる。

2022年(令和4年)1月1日より「雇用保険マルチジョブホルダー制度」が新設されます

2022年(令和4年)1月1日より「雇用保険マルチジョブホルダー制度」が新設されます


1.雇用保険マルチジョブホルダー制度とは

従来の雇用保険制度は、主たる事業所での労働条件が週所定労働時間20時間以上 かつ31日以上の雇用見込み等の適用要件を満たす場合に適用されます。 これに対し、雇用保険マルチジョブホルダー制度は、複数の事業所で勤務する65歳以上 の労働者が、そのうち2つの事業所での勤務を合計して以下の適用対象者の要件を満た す場合に、本人からハローワークに申出を行うことで、申出を行った日から特例的に雇用保険の被保険者(マルチ高年齢被保険者)となることができる制度です。

https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000838542.pdf

マルチ高年齢被保険者であった方が失業した場合※1には、一定の要件※2を満たせば、 高年齢求職者給付金(被保険者であった期間に応じて基本手当日額※3の30日分または 50日分の一時金)を受給することができるようになります。
※1 2つの事業所のうち1つの事業所のみを離職した場合でも受給することができます。 ただし、上記2つの事業所以外の事業所で就労をしており、離職していないもう1つの事業所と 当該3つ目の事業所を併せて、マルチ高年齢被保険者の要件を満たす場合は、被保険者期間が 継続されるため、受給することができません。
※2 離職の日以前1年間に、被保険者期間が通算して6か月以上あること等の要件があります。
※3 原則として離職の日以前の6か月間に支払われた賃金の合計を180で割って算出した金額の、 およそ5~8割となっており、賃金の低い方ほど高い率となります。

2.雇用保険マルチジョブホルダー制度の適用対象者

マルチ高年齢被保険者となるには、労働者が以下の要件をすべて満たすことが必要です。雇 用保険マルチジョブホルダー制度の場合、雇用保険の適用には本人の申出が必要です。 加入後の取扱いは通常の雇用保険の被保険者と同様で、任意脱退はできません。

  1. 複数の事業所に雇用される65歳以上の労働者であること
  2. 2つの事業所(1つの事業所における1週間の所定労働時間が5時間以上20時間 未満)の労働時間を合計して1週間の所定労働時間が20時間以上であること
  3. 2つの事業所のそれぞれの雇用見込みが31日以上であること

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3.基本的な手続の流れ

通常、雇用保険資格の取得・喪失手続は、事業主が行いますが、雇用保険マルチジョブホル ダー制度は、マルチ高年齢被保険者としての適用を希望する本人が手続を行う必要があります。
事業主の皆さまは、本人からの依頼に基づき、手続に必要な証明(雇用の事実や所定労働時間など)を行ってください。これを受けて、本人が、適用を受ける2社の必要書類を揃えてハローワークに申し出ます。
なお、当該手続は、電子申請での届出は行っておりませんのでご留意願います。
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4.事業主の皆さまへのお願いと注意点

マルチジョブホルダーが雇用保険の適用を受けるためには、事業主の皆さまの協力が必要不可欠です。労働者から手続に必要な証明を求められた場合は、速やかなご対応をお願いします。
事業主の協力が得られない場合は、ハローワークから事業主に対して確認を行います。 雇用保険の成立手続が済んでいない場合は、別途手続が必要になります。
マルチジョブホルダーが申出を行ったことを理由として、解雇や雇止め、労働条件の不利益変更など、不利益な取扱いを行うことは法律上禁じられています。
マルチジョブホルダーがマルチ高年齢被保険者の資格を取得した日から雇用保険料の納付義務が発生します。


Q&A~雇用保険マルチジョブホルダー制度~
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000139508_00002.html

経団連による「副業・兼業の促進~働き方改革フェーズⅡとエンゲージメント向上を目指して」の公表

経団連による「副業・兼業の促進~働き方改革フェーズⅡとエンゲージメント向上を目指して」の公表

日本経済団体連合会より、「副業・兼業の促進~働き方改革フェーズⅡとエンゲージメント向上を目指して」という報告書が公表されています。
本報告書は、これから副業・兼業を積極的に活用したいと考える企業の 参考となるよう、副業・兼業の重要性や目的を改めて整理するとともに、先進的に取り組んでいる企業事例を通じて得られた効果的な施策などについて取りまとめたものです。
ぜひ、ご参考にしてください。

http://www.keidanren.or.jp/policy/2021/090.html

(はじめにより抜粋)
経団連は、Society 5.0 for SDGs の実現に向けて、意識と実態の変革を 促す「働き方改革」を推進してきた。新型コロナウイルスの感染拡大の前から、企業を取り巻く経営環境が激変しており、ポストコロナ時代を見据え、各企業は新しい働き方のスタイルを模索している。
こうした中、経団連は 2020 年 11 月に「。新成長戦略」を取りまとめた。 企業にとって特に重要なステークホルダーである働き手の多様な価値観や働き 方を尊重し、その活躍を促していくことが、エンゲージメントを高め、生産性の向上やイノベーションの創出につながることを指摘した。
エンゲージメントを高める施策はさまざまである。副業・兼業は、自身の能力 をひとつの企業にとらわれずに幅広く発揮したい、本業以外の仕事を通じてスキ ルアップを図りたいといった働き手の多様なニーズに応えること、他方、企業に とっては優秀な人材の確保や、社内では得がたい知見を活かしたイノベーションの創出が見込まれる取り組みとして、注目が高まっている。
本報告書は、主にこれから副業・兼業を積極的に活用したいと考える企業の 参考となるよう、副業・兼業の重要性や目的を改めて整理するとともに、先進的に取り組んでいる企業事例を通じて得られた効果的な施策などについて取りまとめたものである。
なお、副業・兼業の中には単なる収入補填だけを目的としたものも存在するが、 一定の専門性やスキルなどを持った働き手がその能力をさらに高めることを 目的としたものとは性質が異なるため、分けて考える必要がある。本書は、キャ リアアップや新たな知見の獲得といった、エンゲージメントの向上に資する 副業・兼業を対象としている。

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http://www.keidanren.or.jp/policy/2021/090.html


【もくじ】
はじめに

第1部 なぜ今、副業・兼業の促進が求められているか
1.働き手のエンゲージメントを高め、働き方改革フェーズⅡを推進する
2.「働きがい」と「働きやすさ」を高める施策
3.副業・兼業を容易にする環境整備と多様化する働き手の価値観
4.各社の実態にあわせた副業・兼業の施策導入を
Column 「副業・兼業」の定義

第2部 副業・兼業の促進に向けて
Ⅰ.目的の整理と導入効果 -企業の取り組み事例から紐解く-
1.副業・兼業の導入目的
2.副業・兼業を認める契機
3.他の施策との整合性
4.副業・兼業によるメリットや効果
5.リテンションとしての副業・兼業
6.健康確保を前提とした施策導入検討を

Ⅱ.多様な副業・兼業の施策

Ⅲ.副業・兼業の施策検討における留意点
1.労働時間の通算・管理
2.健康確保・安全配慮義務の履行
3.その他(競業避止・秘密保持 等)
Column 副業・兼業者インタビュー

第3部 企業事例編
(※五十音順/リンク先は各社別PDF)
1.株式会社IHI
2.ANAホールディングス株式会社
3.SMBC日興証券株式会社
4.カゴメ株式会社
5.株式会社JTB
6.株式会社静岡銀行
7.株式会社新生銀行
8.ダイハツ工業株式会社
9.株式会社ディー・エヌ・エー
10.東京海上日動火災保険株式会社
11.株式会社みずほフィナンシャルグループ
12.三菱地所株式会社
13.ライオン株式会社
14.ライフネット生命保険株式会社
15.ヤフー株式会社

ダイレックス事件(長崎地判令3.2.26労経速2455号24頁)

ダイレックス事件(長崎地判令3.2.26労経速2455号24頁)

変形労働時間制が無効とされ、割増賃金請求が認められたほか、参加を事実上強制した研修の受講量の返還合意が無効とされた例

1.事件の概要

①甲事件

Y社(日用雑貨、化粧雑貨、衣料品、テープ用品、スポーツ用品、食料品、文房具、日曜大工用品、ペット用品、カー用品、家庭園芸用品、家電薬品、薬品、酒類、灯油等の販売を目的とする株式会社であり、店舗である「Z」を経営している。)の従業員であった✕(薬品の登録販売者の資格を保有)が、平成26年7月2日から同28年8月31日まで、時間外労働等を行ったと主張して、労働契約に基づいて、Y社に対し、割増賃金260万円及び労働基準法114条に基づいて、Y社に対し、付加金179万年余等の支払いを求める事案である。
Y社の就業規則には、毎月1日を起算日とする1か月単位の変形労働時間制をとること、所定労働時間は1か月を平均して1週間40時間とすること、その所定労働日、所定労働日ごとの始業及び終業時間は事前に作成する稼働計画表により通知することが定められており、各店舗の店長は、店舗の全従業員分について、前月末頃、翌月分の稼働計画表を作成し、店舗内に掲示していた。そして、同計画表には、当月の各日における出勤日と公休日の区別、出勤日について出社時間、退社時間、休憩時間が具体的に記載されていた。
これにより設定された労働時間の合計は、1か月の所定労働時間(例えば1か月の歴日数が31日の場合は177時間とされていた)に、あらかじめ30時間が加算されたものであった。なお、Y社では、社員及びパートタイム従業員が、店舗に設置された共有パソコンのD-Netというシステムに自分のIDでログインして勤務時間管理のページに入り、「出社」、「退社」、「休憩開始」、「休憩終了」のボタンを押して打刻することで、労働時間管理が行われていたところ、各従業員が打刻した勤務時間は、店長が後に修正することができた。

②乙事件

本件乙事件(なお、乙事件はY社が✕を被告として訴訟を提起した事案である。原告を✕、被告をYとして記載するのが通常ですが、混同を避けるため被告✕、原告Y社として記載する)は、Y社において、①✕が、Y社に在職中に聴講したセミナーの受講料について、Y社との間で、受講から2年以内にY社を退職した場合にはY社にこれを支払う旨を合意したところ、受講から2年経過前にY社を退職したと主張して、無名契約たる上記合意に基づいて、✕に対し、受講料14万円余等の支払い、②✕が、上記受講に当たって要した交通費について、受講後2年間、雇用契約が継続された場合には支払義務が免除されることを条件に、Y社からこれを借り受けたところ、上記のとおりにY社を退職したと主張して、上記消費貸借契約に基づいて、✕に対し、貸金20万円余等の支払い、③✕が、上記受講に当たって要した宿泊費について、✕に代わってこれを支払ったY社との間で、受講後2年間、雇用契約が継続された場合には支払義務が免除されることを条件に、✕のY社に対する精算金支払債務を消費貸借の目的とすることに合意したところ、上記のとおりY社を退職したと主張して、上記準消費貸借契約に基づいて、✕に対し、貸金6万2270円等の支払いを求める事案である。
Y社の親会社である訴外Q1社は、研修システムを構築しており、その社員及びその関連会社の社員を対象とするセミナーを開催しており(以下「本件セミナー」という。)、Y社の社員が参加することがあった。本件セミナーの内容は、店舗で販売されるQ1社のPB商品の説明が主であり、会場はY社本社またはY社店舗で、受講料等の宿泊費及び交通費もY社が負担していた。また、✕は上司に当たるエリア長及び店長から正社員になるための要件であるとして受講するよう言われ、店長も✕の受講に合わせてシフトを変更していた。なお、✕が作成したY社宛の平成24年3月11日付け「教育セミナー受講誓約書」(以下「本件誓約書」という。)には、本件セミナーを受講するに当たって、「教育セミナーを受講期間中もしくは受講終了後2年以内に退社した場合は、会社が負担した全ての費用を全額返納します。」との記載があった。

2.判決の概要

争点1 1か月単位の変形労働時間制の適用

変形労働時間制が有効であるためには、変形期間である1か月の平均労働時間が1週間当たり40時間以内でなければならない(労働基準法32条の2第1項、32条1項)。1か月の歴日数が31日の場合の労働時間は177.1時間である。
 40÷7×31=177.14
どうであるのに、Y社の稼働計画表では、✕の労働時間は、1か月の所定労働時間(1か月の暦日数31日の場合は177時間などとされる。)にあらかじめ30時間が加算(1か月の暦日数が31日の場合は207時間など)されて定められているのであるから、1か月の平均労働時間が1週間当たり40時間以内でなければならないとする法の定めを満たさない。
したがって、Y社の定める変形労働時間制は無効であるから、本件において適用されない。

争点2 始就業時刻

(ア) Y社は、正確に勤務実態に沿って打刻操作を行い、時間外労働を行った場合には必ず事実どおりに申請することを強く求めており、D-net上の打刻データと異なる労働がなされることなどあり得ないし、1分単位で残業申請をするよう求めており、申請がないということは労働がなされていないことを意味すると主張する。
しかし、Y社は、そのように強く求めていた等と主張するものの、所定労働時間内に仕事が終わらなかった場合、従業員に対してどのように対応すればよいのか具体的に指示をした形跡は見当たらず、単なる理念を述べるに過ぎない。ましてや、客観的な事実として、✕は、退社の打刻後にメールを送信するなど労働していたことは明らかである上、メールの宛先には、エリア長や店長が含まれていたし、警備セットの時刻も記録されいたのであるから、Y社は、D-net上には記録されない時間外労働が行われていたことを十分に認識していたというべきであって、そうであるのに、記録のない時間外労働が繰り返されているということは、Y社もこのような実態を把握し、認容していたというほかない。従って、Yの上記主張は採用することはできない。

(イ)Y社は、メールの送信や警備のセットは、その時間に✕が店舗に存在していた蓋然性が高いことを示すものの、D-net上の打刻時間との間に労働したことを示すものではないと主張する。
しかし、記録を精査しても、✕が、D-netに退社の打刻をした後、メール送信や警備のセットまでの間、閉店作業を行わずにただ休憩をとったり、私的なことに時間を費やしたりしていた形跡は全く見受けられない。むしろ、✕は、連日の長時間労働を重ねていたのであるから、D-netに打刻した時点で既に業務が終わっていたというのであれば、直ちに帰宅するものと思われる。Y社の上記主張は単なる可能性をいうものに過ぎず、採用することはできない。

ア 始業時刻
(ア)✕は、基本的にD-net上の打刻から直ちに始業していた旨を主張し、同趣旨の供述等をする。
店舗は人員不足で繁忙であり、所定の始業時刻まで休んでいる余裕はなかったという✕の供述等の信用性を否定すべき事情は見当たらず、上記供述等は信用できる。
したがって、始業時刻は、原則として、D-net上の打刻時間のとおりに認められる。
(イ)また、✕が警備セットを解除した場合、その時間をもって始業時刻とするのが相当である。
(ウ)さらに、✕は、稼働計画表で出社が午後の遅い時間に設定されていた場合は、午後0時又は午後1時には出社していた旨を主張し、同趣旨の供述等をする。
これについては、稼働計画表上、出社を遅い時刻としつつも、それよりも早い時刻から労働していたことがあったと認められる。そして、始業時刻が午後0時か午後1時のいずれかであるかについて、✕は、当時の発注業務があった場合には午後0時であり、それ以外は午後1時であったとして、合理的な説明に基づいて供述等をしており、信用できる。
したがって、出社時刻が午後の遅い時間に設定されている場合、始業時刻は、✕の主張に従って、午後0時又は午後1時と認められる。

イ 終業時刻
(ア)退社の打刻後にメールした場合や、✕自身が警備セットをした場合には、それら時間をもって終業時刻であると認められる。
(イ)また、✕ではなく別の従業員が警備をセットした日であっても、✕が閉店(午後10時)以降に退社の打刻をした日は、打刻後も閉店作業を行い、他の従業員と一緒に店舗から出たと考えられることから、その警備セットがなされた時刻をもって終業時刻と認められる。ただし、✕が退社の打刻時刻をもって終業時刻であると主張している場合は、それによる。
(ウ)15分単位でのカウントを避けるために1から3分の修正をしているものは、修正前が終業時刻であると認められる。
※打刻時間が修正されていたものが少なくなく、退社時刻を1分から3分早めるというものがあり、午後10時14分に修正されたものが10件、午後3時14分に修正されたものが1件ありました。これら11件のうち8件において、当該月のD-net上の実労働時間外労働は30時間で記録されていましたが、これは、Y社での時間管理が15分単位であり、これを超えると0.25時間の時間外労働にカウントされることから、14分までに退社したことにして、時間外労働としてカウントされないようにしたものと認定されました。
(エ)宿泊を伴い本件セミナーに参加した日の前日は午後5時までの労働を認めるのが相当である。
(オ)(ア)から(エ)を除く外は、D-net上の打刻をもって終業時刻と認めるのが相当である。✕が主張する具体的な終業時間の中には手書きで記載した時刻をいうものがあるが、これらは客観的な裏付けを欠いており、採用することができない。

争点3 休憩時間

✕は1回5から10分程度、1日3、4回で、合計15分から20分程度の休憩をとっていた旨を主張し、同趣旨の供述等をする。
✕につき、実労働日数の50%を超える日で、休憩の終了時刻と退社時刻がほぼ同じで記録されており、稼働計画表どおりに休憩が取れていないことが常態化していたといえる。その上、休憩時刻についても修正が施されるなどしていることからすれば、休憩時間の認定にはD-net上の記録は意味をなさないといわざるを得ない。そうすると、✕としては、上記のとおりの供述等によって立証するほかなく、Y社がこれを明確に覆すに足りる反証をなさない限り、上記供述等の信用性を認めるのが相当である。そこで、Y社による反証を見ると、せいぜいP4において、✕の休憩時間を合計すると稼働計画表のそれを超えるなどと証言等するにとどまり、明確な反証ができているとはいえない。

争点4 研修の労働時間性

労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令かに置かれている時間をいうのであって、これに該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか客観的に定める(最高裁判所平成12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3月801頁 三菱重工業長崎造船所(一次訴訟・会社側上告)事件
これを本件につき見ると、本件セミナーの内容は、店舗で販売されるQ1社のPB商品の説明が主なものであること、本件セミナーの会場は、Y社本社又はY社店舗であったこと、受講料等はY社が負担し、宿泊の場合のホテルもY社が指定していたことからすれば、本件セミナーはY社の業務との関連性が認められる。また、✕は上司に当たるエリア長及び店長から正社員になるための要件であるとして受講するように言われていた上、店長も✕の受講に合わせてシフトを変更していたのであるから、受講前に受信したメールに「自由参加です」との記載があるとしても、それへの参加が事実上、強制されていたというべきである。そうすると、本件セミナーの受講は使用者であるY社の指揮命令下に置かれたものと客観的に定めるものといえるから、その参加時間は労働時間であると認められる。

争点5 本件合意の労働基準法16条該当性

本件セミナーの受講は労働時間と認められ、その受講料等は本来的にY社が負担すべきものと考えられること、その内容に汎用性を見出し難いから、他の職に移ったとしても本件セミナーでの経験を生かせるとまでは考えられず、そうすると、本件合意は従業員の雇用契約から離れる自由を制限するものといわざわるを得ないこと、受講料等の具体的金額は事前に知らされておらず、従業員においてY社に負担する金額を尋ねることはできるとはいっても、これをすることは退職の意思があると表明するに等しく、事実上困難というべきであって、従業員の予測可能性が担保されていないこと、その額も合計40万円を超えるものであり、✕の手取給与額(平成26年8月から平成28年9月までで月額15万円から26万円。平均すると、月額約18万6000円。ただし、平成27年4月以降は家族手当を含む。)と比較して、決して少額とはいえないことからすれば、本件合意につきY社が主張するような法的形式をとるとしても、その実質においては、労働基準法16条にいう違約金の定めにあたるというべきである。

3.解説

①変形労働時間制について

変形労働時間制が有効であるためには、変形期間である1か月の平均労働時間が1週間当たり40時間以内である必要があり、これを超過した時間が予め設定された本件の変形労働時間制は無効とされました。
変形労働制であっても、残業を命じることはできますが、稼働計画表(シフト表)は法定の要件を満たしたものを作成する必要があります。残業が常態化しているとしても、予め残業を見込んだ稼働計画表を作成することはできません。
また、こういう稼働計画表を作成していたことが、残業が常態化していたことを示しており、「店舗は人員不足で繁忙であり、所定の始業時刻まで休んでいる余裕はなかったという✕の供述等の信用性を否定すべき事情は見当たらず、上記供述等は信用できる。」という判断にもつながっていると思われます。

②本件合意の労働基準法16条該当性について

労働基準法16条は、労働契約の不履行に対して、違約金や損害賠償を予定することを禁止しています。

(賠償予定の禁止)
第十六条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

例えば、「途中でやめたら、違約金を払え」という違約金や「会社に損害を与えたら○○円払え」という損害賠償額の予定を事前に盛り込むことが禁止されています。
戦前、労働契約の締結に際し、契約期間の途中で労働者が退職した場合は一定の違約金を支払う約定や、労働契約の諸種の契約違反や不法行為について損害賠償を予定する約定が行われ、労働者の足止めや身分的従属の創出に利用されていたという経緯があり、拘束的労働慣行を防ぐ趣旨です。
今日では、前近代的な違約金約定は見かけられませんが、労働者の能力開発促進の費用を金銭消費貸借契約として労働者に貸付、一定期間勤務することで返還免除するという形式を取るものが見受けられ、同条に抵触しないかが問題となることがあります。
この点について、判例は、労働者の能力開発促進の業務性の有無を重視する傾向にあります
つまり、研修の経緯・内容に照らして、当該企業の業務との関連性が強く労働者個人としての利益性が弱い場合は、本来使用者が負担すべき費用を一定期間以内に退職しようとする労働者に支払わせるものであって、就労継続を強制する違約金・賠償予定の定めとなり、労基法16条に抵触するとされます。
一方、業務性が薄く個人の利益性が強い場合には、本来労働者が負担すべき費用を労働契約とは別個の債務免除特約付消費貸借契約で使用者が貸し付けたものであって、労働契約の不履行についての違約金・賠償予定の定め該当せず、労基法16条に抵触しないと判断されています。
本件セミナーについては、「その内容に汎用性を見出し難いから、他の職に移ったとしても本件セミナーでの経験を生かせるとまでは考えられず」、当該企業の業務との関連性が強く労働者個人としての利益性が弱いと判断され、労基法16条に抵触するとされました。ただし、本件では、本件セミナーの受講が事実上強制されていたことから労働時間であり、その受講料等は本来的にY社が負担すべきものでした。

育児介護休業法改正のポイント

育児介護休業法改正のポイント

男女とも仕事と育児を両立できるように、産後パパ育休制度(出生時育児休業制度、P2参照) の創設や雇用環境整備、個別周知・意向確認の措置の義務化などの改正が行われました。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000789715.pdf

令和4年4月1日施行

1.雇用環境整備、個別の周知・意向確認の措置の義務化

育児休業を取得しやすい雇用環境の整備

育児休業と産後パパ育休の申し出が円滑に行われるようにするため、事業主は以下の いずれかの措置を講じなければなりません。
※複数の措置を講じることが望ましいです。
育児休業・産後パパ育休に関する研修の実施
育児休業・産後パパ育休に関する相談体制の整備等(相談窓口設置)
③ 自社の労働者の育児休業・産後パパ育休取得事例の収集・提供
④ 自社の労働者へ育児休業・産後パパ育休制度と育児休業取得促進に関する方針の周知

● 妊娠・出産(本人または配偶者)の申し出をした労働者に対する 個別の周知・意向確認の措置

本人または配偶者の妊娠・出産等を申し出た労働者に対して、事業主は育児休業制度等に関する 以下の事項の周知と休業の取得意向の確認を、個別に行わなければなりません。
※取得を控えさせるような形での個別周知と意向確認は認められません。
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※雇用環境整備、個別周知・意向確認とも、産後パパ育休については、令和4年10月1日から対象。

2.有期雇用労働者の育児・介護休業取得要件の緩和

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令和4年10月1日施行

3.産後パパ育休(出生時育児休業)の創設 4.育児休業の分割取得

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※1 雇用環境の整備などについて、今回の改正で義務付けられる内容を上回る取り組みの実施を労使協定で 定めている場合は、1か月前までとすることができます。
※2 具体的な手続きの流れは以下①~④のとおりです。
①労働者が就業してもよい場合は、事業主にその条件を申し出
②事業主は、労働者が申し出た条件の範囲内で候補日・時間を提示(候補日等がない場合はその旨) ③労働者が同意
④事業主が通知
なお、就業可能日等には上限があります。
●休業期間中の所定労働日・所定労働時間の半分
●休業開始・終了予定日を就業日とする場合は当該日の所定労働時間数未満
例)所定労働時間が1日8時間、1週間の所定労働日が5日の労働者が、 休業2週間・休業期間中の所定労働日10日・休業期間中の所定労働時間80時間の場合
⇒ 就業日数上限5日、就業時間上限40時間、休業開始・終了予定日の就業は8時間未満
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産後パパ育休も育児休業給付(出生時育児休業給付金)の対象です。休業中に就業日がある場合は、就業日数が最大 10日(10日を超える場合は就業している時間数が80時間)以下である場合に、給付の対象となります。
注:上記は28日間の休業を取得した場合の日数・時間。休業日数が28日より短い場合は、その日数に比例して短くなります。
育児休業給付については、最寄りのハローワークへお問い合わせください。

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育児休業等を理由とする不利益取り扱いの禁止・ハラスメント防止

育児休業等の申し出・取得を理由に、事業主が解雇や退職強要、正社員からパートへの契約変更等の不利益な取 り扱いを行うことは禁止されています。今回の改正で、妊娠・出産の申し出をしたこと、産後パパ育休の申し 出・取得、産後パパ育休期間中の就業を申し出・同意しなかったこと等を理由とする不利益な取り扱いも禁止さ れます。
また、事業主には、上司や同僚からのハラスメントを防止する措置を講じることが義務付けられています。
ハラスメントの典型例
育児休業の取得について上司に相談したら「男のくせに育児休業を取るなんてあり得ない」と言われ、 取得を諦めざるを得なかった。
・産後パパ育休の取得を周囲に伝えたら、同僚から「迷惑だ。自分なら取得しない。あなたもそうすべき。」 と言われ苦痛に感じた。

令和5年4月1日施行

5.育児休業取得状況の公表の義務化

従業員数1,000人超の企業は、育児休業等の取得の状況を年1回公表すること が義務付けられます。
公表内容は、男性の「育児休業等の取得率」または「育児休業等と育児目的休暇の取得率」と省令で定められる予定です。

令和4年10月から育児休業給付制度が変わります

令和4年10月から育児休業給付制度が変わります

育児・介護休業法の改正により、令和4年10月から、育児休業の2回までの分割と、産後パパ育休(出生時育児休業)の制度が施行されます
これに伴い、育児休業給付についても以下の点が変更になります。

https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000838696.pdf

1.育児休業の分割取得

■ 1歳未満の子について、原則2回の育児休業まで、育児休業給付金を受けられるようになります。
■ 3回目以降の育児休業については、原則給付金を受けられませんが、以下の例外事由に該当する場合は、この回数制限から除外されます。
■ また、育児休業の延長事由があり、かつ、夫婦交代で育児休業を取得する場合(延長交代)は、1歳~1歳6か月と1歳6か月~2歳の各期間において夫婦それぞれ1回に限り育児休業給付金が受けられます。

回数制限の例外事由

①別の子の産前産後休業、育児休業、別の家族の介護休業が始まったことで育児休業が終了した場合で、新たな休業が対象の子または家族の死亡等で終了した場合
育児休業の申し出対象である1歳未満の子の養育を行う配偶者が、死亡、負傷等、婚姻の解消でその子と同居しないこととなった等の理由で、養育することができなくなった場合
育児休業の申し出対象である1歳未満の子が、負傷、疾病等により、2週間以上の期間にわたり世話を必要とする状態になった場合
育児休業の申し出対象である1歳未満の子について、保育所等での保育利用を希望し、申し込みを行っているが、当面その実施が行われてない場合

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※注意
・例外事由に該当する場合は、給付申請の際にその旨を申請書に記載してください。
記載がない場合は回数制限の対象としてカウントされます(申請様式は準備中。追って公表されます)。
・ 必要に応じ、事業主やご本人に事実確認をする場合があります。

2.産後パパ育児休業(出生時育児休業

子の出生後8週間以内に4週間まで取得することができる産後パパ育休※1制度が創設されます。
産後パパ育休を取得した場合に、出生時育児休業給付金が受けられます。
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3.その他の変更点

・支給要件となる被保険者期間の確認や、支給額を決定する休業開始時賃金月額の算定は、初めて育児休業を取得する時のみ行います。従って、2回目以降の育休の際は、これらの手続きは不要です。
※産後パパ育休を取得している場合は、それを初めての休業とします。その後に取得する育児休業についても、これらの手続きは不要です。
・産後パパ育休と育児休業を続けて取得した場合など、短期間に複数の休業を取得した場合は、先に取得した休業から申請してください。

監督指導による賃金不払残業の是正結果(令和2年度)

監督指導による賃金不払残業の是正結果(令和2年度)

厚生労働省より、労働基準監督署が監督指導を行った結果、令和2年度(令和2年4月から令和3年3月まで)に、不払だった割増賃金が支払われたもののうち、支払額が1企業で合計100万円以上となった事案の取りまとめたものが公表されました。

概要を抜粋いたします。
詳細は、リンクをご確認ください。
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/chingin-c_r02.html


【令和2年度の監督指導による賃金不払残業の是正結果のポイント】
(1) 是正企業数 1,062企業(前年度比549企業の減)
うち、1,000万円以上の割増賃金を支払ったのは、112企業(前年度比49企業の減)
(2) 対象労働者数 6万5,395人(同1万3,322人の減)
(3) 支払われた割増賃金合計額 69億8,614万円(同28億5,454万円の減)
(4) 支払われた割増賃金の平均額は、1企業当たり658万円、労働者1人当たり11万円

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賃金の支払場所(持参債務と取立債務)

賃金の支払場所(持参債務と取立債務)

通常、こんなことは問題にもなりませんが、特に定めがない場合、賃金は会社に取りに行くべきものなのでしょうか?、それとも、会社が従業員宅に持っていくものなのでしょうか?

賃金というのは労務の対価として発生する債権ですが、債権の弁済について民法484条1項は次のように定めています。
なお、この規定は任意規定なので、就業規則等により当事者間で別の定めがある場合は、そちらが優先適用されます。

第484条
1.弁済をすべき場所について別段の意思表示がないときは、特定物の引渡しは債権発生の時にその物が存在した場所において、その他の弁済は債権者の現在の住所において、それぞれしなければならない。

特定物とは、「個性に着目して取引の対象となっている物」を言います。
例えば、犬や猫等の動物をペットとして購入する場合、通常はこの『チワワ』やこの『シャム』を気に入って購入します。品種や性別が同じあっても、この『チワワ』やこの『シャム』に代替できる物はありません。特定物とは、このように代替不可能な物です。
逆に、カルビーの『じゃがりこ サラダ』を買う場合、通常はどの『じゃがりこ サラダ』かには着目しません。例えば、スーパーで購入した後に、もし賞味期限が切れていたことに気づいても、切れていないものと交換してもらえば特に問題ありません。こういう代替可能な物を不特定物と言います。

民法484条1項は、対象となる債権が特定物・不特定物に応じて、引渡し場所を

特定物の引渡し:債権発生の時にその物が存在した場所
不特定物の引渡し:債権者の現在の住所

と定めているのです。

なお、弁済の場所が債権者の住所である債務を持参債務、弁済の場所が債務者の住所である債務のことを取立債務と言いますが、不特定物の引渡しは持参債務であると言うことができます。

さて、それでは賃金の支払は特定物の引渡し、不特定物の引渡しのいずれに該当するのでしょうか?
金銭というのは、明らかに個性に着目して引き渡す物でありませんので、不特定物です。従って、賃金の支払は不特定物の引渡しなので、債権者である従業員の現在の住所で金銭を引き渡す、持参債務となります。
ただし、会社で賃金を支払うことが、長期間反復継続して行われていたような場合には、そのような労使慣行が民法92条により慣習として認められることにより、使用者の住所が賃金の支払場所とされることもあり得ます。(詳細はこちらを参考:
商大八戸ノ里ドライビングスクール事件(大阪高判平5.6.25労判679号32頁) - 社会保険労務士川口正倫のブログ)

このような賃金の支払場所が、実際に問題となった裁判例として、パールシステムズ事件(大阪高決平10.4.30)があります。
東京に本社があるY社の従業員✕が、神戸の自宅で在宅勤務してたところ、Y社に解雇されたため、Y社に従業員としての地位確認等を求めて、神戸地方裁判所に提訴した事例で、裁判籍が問題となりました。
訴訟する際には、どこの裁判所に訴えを提起すべきか(土地管轄)が問題となりますが、その基準となるものを裁判籍といいます。簡単に言えば、裁判籍とは、事件の当事者または訴えと密接に関連する一定の地点のことで、この裁判籍の所在地を管轄区域内にもつ裁判所に土地管轄が生じることなります。

裁判籍は、普通裁判籍特別裁判籍の2種類があり、さらに特別裁判籍独立裁判籍関連裁判籍(併合請求の裁判籍)に分けられ、概説すると次のようになります。

普通裁判籍:事件の内容や性質に関係なく、一般的に認められる裁判籍で、自然人の場合は被告の住所、法人については、被告の主たる事業所または営業所等となります。

特別裁判籍:普通裁判籍のように一般的に認められるものではなく、一定の種類の事件について特に認められる裁判籍で、独立裁判籍と関連裁判籍(併合請求の裁判籍)に分けられます。
独立裁判籍:普通裁判籍と競合して管轄が認められる裁判籍(「競合」という法律用語ができ来た場合は、どちらも選択できる程度の意味です。例:賃金全額請求と休業手当の請求の競合という場合、賃金全額と休業手当を選択して請求できるという意味です。)で、民事訴訟法5条に15種類列挙されています。そのうち、財産上の訴えに関する裁判籍として、義務履行地(同条1号)があります。

1つの事件について普通裁判籍と特別裁判籍が競合する場合は、いずれの裁判籍所在地にも土地管轄があり、どの裁判所に訴訟を提起するかは原告が決めることができるので、パールシステムズ事件のXは、Y社の本社がある東京地方裁判所と賃金支払の義務履行地のいずれにも提訴することが可能です。

そして、✕は、賃金支払方法について就業規則等に定めがなく、✕の自宅がある神戸市(実際には、振込で神戸市内の金融機関に賃金は支払われていた)を義務履行地として、神戸地方裁判所に訴え提訴しました。

第一審は、給与支払方法が銀行振込の場合、振込手続を行った時点で支払が確定するため、Y社が銀行銀行の支店等に送金手続をした時点で義務の履行を完了しているとして、賃金債務の義務履行地は振込送金先である神戸市内の支店ではなく、神戸地方裁判所に裁判籍はないとしましたが、✕が即時抗告しました。
これに対して、大阪高裁は、振込手続を行ったとしても、送金手続の過誤等で債権者の指定口座に入金されない可能性を指摘し、義務の履行が終了するのは指定口座に入金されたときであるとし、「本件においては、Y社の本店所在地等に✕が出向いて取立ての方法で給料を支払うことは予定されておらず、民法の原則のとおり✕の住所地で持参の方法で支払うことを予定しており、上記口座振込の方法による支払は、上記持参の方法による支払のためにとられていると解される。そうすると、賃金支払義務の履行地は、✕の住所地であるというべきである。」とし、神戸地方裁判所での裁判籍を認めました。

実務上、✕の住所地を義務履行地とするのを防止するために、就業規則等に「賃金は会社の事務所で支払う。ただし、従業員が申出た場合は、指定する金融機関に振込む。」と記載しておくことが考えられます。そうすることで、本店所在地等に従業員が出向いて取立ての方法で給料を支払うこと」を予定していることになり、「口座振込の方法による支払は、取立ての方法による支払のためにとられている」と判断される可能性が高くなるためです。
なお、「上記口座振込の方法による支払は、上記持参の方法による支払のためにとられていると」されていることから、Y社の本社近くの金融機関を指定するだけでは、足りないと考えます。

「年末調整がよくわかるページ(令和3年分)」が公開されました

「年末調整がよくわかるページ(令和3年分)」が公開されました

短い夏が終わるとクリスマス・カウントダウンまではあっという間です。

「年末調整がよくわかるページ(令和3年分)」が早くも公開されました。
https://www.nta.go.jp/users/gensen/nencho/index.htm



(リンクより抜粋)
年末調整の手順等を解説した動画やパンフレット、年末調整時に必要な各種申告書など、国税庁が提供している年末調整に関する情報はこのページから入手・閲覧できます。

【お知らせ】
〇 令和3年分の年末調整は昨年(令和2年分)と同じ手順となります。
〇 基礎控除の適用を受ける方は基礎控除申告書の提出が必要となりますので、提出漏れがないようご注意ください。
〇 税務署主催で実施していた年末調整説明会について、令和3年以降は実施しないこととしています。


年末調整の各種様式
https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/gensen/mokuji.htm

令和3年分 給与所得の源泉徴収票等の法定調書の作成と提出の手引
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/hotei/tebiki2021/index.htm

年末調整のしかた
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/gensen/nencho2021/01.htm

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