社会保険労務士川口正倫のブログ

都内の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ



ジョブ型雇用と働かないおじさんとマミートラック

はじめに

近年、ジョブ型雇用について目にすることが多いですが、かなり間違った認識がされているようなので、ジョブ型雇用について簡単にまとめ、ジョブ型雇用の導入により、働かない中高年(いわゆる「働かないおじさん」問題)及びマミートラックの問題を解決できる可能性について紹介します。 なお、ほとんどは濱口桂一郎「ジョブ型雇用社会とは何か」(2021年:岩波書店)に記載されている内容で、以下、この文献を「濱口」と記載します。

1. ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用とは

「ジョブ型雇用」が一昨年当たりからトレンドになっていますが、この言葉は特に新しい概念ではありません。対義語である「メンバーシップ型雇用」とともに昔からある学術用語です(濱口11頁)。誤用されている傾向にあるため、簡単に両者の違いをピックアップしてみたいと思います。

ジョブ型雇用とは:最初にジョブ(職務内容)があり、それにヒトを当てはめて雇用するものです。ジョブは、「職務記述書」(ジョブディスクリプション)に記載されます。 メンバーシップ型雇用とは:ジョブ(職務内容)を特定せずに人を雇用するものです。ジョブは使用者の命令によって定まります。

ジョブ型とメンバーシップ型の根本的な違いは、雇用契約でジョブを特定するかしないかです。この違いにより、メンバーシップ型雇用からは「終身雇用」「年功序列」「企業別組合」という、日本の企業の特徴とされている現象が生じます(濱口24頁)。 ジョブ型とメンバーシップ型により、雇用、賃金、労使関係、採用、解雇及び人事異動という側面で、どのような違いが生じるのか以下にまとめます。

①雇用

(1)ジョブ型

・ジョブを特定して雇用

・ジョブに必要な人員のみを採用し、必要な人員が減少すれば解雇

(2)メンバーシップ型

・ジョブを特定せずに雇用

・必要な人員が減少しても、他の職務に異動させて雇用を維持する(結果的に終身雇用になる)

②賃金

(1)ジョブ型

・ジョブ毎に賃金が定まっており、誰がそのジョブに従事しても賃金は基本的に変わらない

(2)メンバーシップ型

・ジョブが特定されていないので、ジョブに基づいて賃金を決めることができない(これをやると、人事異動で雇用を維持することができない)

・ヒトを基準に賃金を定めるが、客観的な基準として勤続年数や年齢がベースになると結果的に年功序列になる

③労使関係

(1)ジョブ型

・職務毎に賃金が決まるため、職業別または産業別の労働組合となる

(2)メンバーシップ型

・企業別に総人件費をどれだけ増やせるかを決めるため、企業別労働組合となる

④採用

(1)ジョブ型

・企業がある仕事を遂行する労働者を必要とするときに、その都度採用するため、採用は各職場の管理者が決定する

(2)メンバーシップ型

・採用は長期的なメンバーシップを付与するか否かの判断となるため、採用は本社の人事が決定する

・企業の一員であるという地位又は身分を設定することが重要であるため、内定が既に雇用契約になる

⑤解雇

(1)ジョブ型

・ジョブがなくなるというのが最も正当な解雇理由となる(整理解雇が最も正当)

(2)メンバーシップ型

・労働者個人の能力や行為を理由とする普通解雇よりも、労働者に帰責性がない整理解雇の方が厳しく制限される

・雇用維持するために残業や転勤が必要となることから、残業拒否や転勤拒否による懲戒解雇には許容的となる(常時残業をさせることで業務量が減少した際に残業を削減することや業務量が減少していない他の部署に異動させることで雇用維持を図るため)

⑥人事異動

(1)ジョブ型

・他のジョブに配置転換させる権限が企業にはない(同一職務の中で昇進又は降格する)

(2)メンバーシップ型

・業務量に応じて人事異動させることができるように、定期的に職務を変更して様々な職務をできるようにする(1つの業務の専門家になるのではなく、企業の専門家となる)

⑦教育訓練

(1)ジョブ型

・ジョブディスクリプションがあって、それができる人を採用するため教育訓練は外で既に受けており、不要(教育訓練を受けたことがない新卒は就職が困難)

(2)メンバーシップ型

・全くの素人をジョブに就けるため、OJTをする必要がある(パワハラやコミュニケーション能力が重視される要因)。結果的に素人集団である新卒を一括採用することが可能になる

2. 年功序列と「能力」

1.②(2)で「ヒトを基準に賃金を定めるが、客観的な基準として勤続年数や年齢がベースになると結果的に年功序列になる。」と下線部を引いたように、ヒトを基準に賃金を決める際に勤続年数や年齢をベースにすると賃金は年功序列になります。年功序列賃金が日本型雇用システムの特徴の1つになっているのは、まさに勤続年数や年齢をベースに賃金を決めているからで、なぜこのようなことになっているかについて以下に見ていきます。

①生活給

「日本的雇用システムの起源や形成時期についても、さまざまな議論が展開されている。終身雇用の始まりは、明治40年代以降、優秀な労働力の確保を目指した基幹工または常用工の制度にあるとされているが、終身雇用がほぼ全従業員に及ぶようになったのは戦後であり、昭和30年代を通じてであり、年功賃金の誕生については定かではないが、社会科学で認識されるようになったのは、やはり戦後である。また、電産型賃金に象徴されるように、生活給的年功賃金が日本の大企業を中心に普及したのも戦後である。」(谷内篤博「日本的雇用システムの変容」(2008年泉文堂)12頁を一部修正して引用)

このように年功賃金が普及したのは、戦後であるとされています。ここで、「生活給的年功賃金」というフレーズがありますが、「生活給」というのは「賃金は労働者の家族も含めた生活を賄うべきものである」(濱口142頁)という考え方です。この起源は、「第一次世界大戦直後の1922年、呉海軍工廠のトップだった伍堂卓雄中将が、『職工給与標準制定ノ要』の中で生活給思想を打ち出したことに」(濱口142頁-143頁)あると言われていて、「労働者が左翼思想に走らないように家族も含めた生活を賄えるようにすべきだという発想」(濱口143頁)です。これが、法制度としては、太平洋戦争の始まる少し前から国家総動員体制の下での賃金統制として進められ(濱口143頁)、戦中を通じて強化され、最終的には年功的な賃金(生活給)を国が法令で強制しました。

この生活給がどのような考えに基づくものであったか、濱口氏の著書「働く女子の運命」に記載された「賃金制の否定と給与制の確立」(中川一郎「社会政策時報昭和19年6月号)引用すると次のようなものです。生活給が、労務の提供に対する対価であることすら否定し、扶養家族を含んだ家を対象とした生活に必要な費用を賄うものであるという発想であることがわかります(賃金を労働力という特殊な商品の価格としてとらえ,労働力の再生産に必要な生活資料の価値によって賃金が決るとする、マルクス経済学の考え方に近い)。 なお、中川一郎氏は当時名古屋高等商業の教授であった人物です。

皇国勤労観の下に於ては、勤労は皇国民の国家に対する奉仕活動であり、皇国民の国家に対する責任であるから、賃金の如き労務の提供に対する対価の概念は全然認められない。・・・皇国勤労観の下に於ては、奉仕活動を為すべきは皇国民の責任であるが、其の反面皇国民の生活を維持すべきは国家の責任なのである。・・・  給与制は、勤労者個人に非らずして、其の扶養家族をも含んだ家を対象とするものでなければならぬ。・・・  給与制は、勤労者の家を対象として確立されるべきであるから、給与額は当然に家族員数の多寡に依り異る。而も其の差額は・・・従来の様に家族手当の額にとどまるのではなく、実は扶養家族の員数が、給与額決定の重要な一基準となるのである。・・・  給与制は、勤労者及び其の扶養家族の生活保障を目的とするものでなければならぬ。 ・・・それは勤労者の勤務時間、生産数量とは無関係であり、又地域・職種の如何は問わない。 (濱口桂一郎「働く女子の運命」(2021年文春新書)80頁-81頁に記載された、中川一郎「賃金制の否定と給与制の確立」(社会政策時報昭和19年6月号)の一文)

このように、戦中において、賃金というのは家族を扶養するために必要な費用であるという「生活給」という考え方が確立し、国家によって強制的に導入されました。家族を扶養するために必要な費用というのは、子供が成長して大きくなったり、子供の数が増加するにつれて増えるものであり、年功序列賃金に近いものであったと考えられます。

②戦後も守られた生活給思想

太平洋戦争が終了し、賃金統制は無くなりました。一方で、労働組合が多数結成されて、労使紛争が頻発しました。労働組合が労使交渉の結果作り上げた賃金体系が、いわゆる電産型賃金体系です。電産型賃金体系とは、「賃金表は、縦の列は年齢、横は本人、扶養家族一人、二人、三人、四人となっており、本人が何歳で扶養家族が何人かによって自動的に基本給が決まるという仕組みになって」(濱口144頁)いました。つまり、賃金統制がなくなっても、「生活給の発想に最も近い賃金体系が、労働組合の主導の下で作られ、・・・このような賃金体系が広まって」(濱口144頁)いったのです。 このような日本の賃金体系に対しては、GHQや世界労働組合連盟等によって「日本の賃金制度は労働者のやった仕事に関連しておらず、年齢や性別とか婚姻関係といったものによって決まるものでありおかしい」(濱口144頁)との批判を受けました。また、経営者サイドも日本経営団体連合会を結成し「一部に残存する生活給偏重の傾向を捨てて、職階制の長所を採用することによって、人事の基準を仕事内容に置き、仕事の量及び質を正確に反映した給与形態にすることができ、結果として仕事内容と無関係な身分制の固定化と給与の悪平等をなくすことができる」(日経連「新労務管理に関する見解」(1950年)・濱口145頁)、あるいは「生活給ということで年齢や扶養家族で賃金が決まることは悪平等であり、同一労働同一賃金、即ち、異なる労働には異なる賃金であるべきであって、仕事の量と質によって賃金を決めるべきだ」(日経連「職務給の研究」(1955年)・濱口145頁)といった見解を示しています。1955年の時点で、日経連がジョブ型雇用の賃金に近い発想や同一労働同一賃金を提唱していたというのも不思議な感じです。

さらに、政府サイドも1960年の池田内閣による「国民所得倍増計画」で日本的な賃金の在り方に対する批判的な記述をする等、生活給思想を改善する試みを行っており、ジョブ型雇用の賃金に近い「職務給」が定着する方向に社会が進んでも不思議ではありませんでした。

しかし、現在においても「職務給」は例外的であり、代わりに「職能給」が一般的です。

なお、労働者組合は、年功的な賃金の正当化原理を単純な生活給思想ではなく、能力主義(職能給)にシフトしていきました。とは言え、本音としては生活給思想が残っており、ここで言う「能力」は勤続年数や年齢とリンクするものです。

③偽装された「職務遂行能力」

1960年代後半、経営者サイドはジョブに着目する「職務給」からヒトに着目する「職能給」に方針を転換しました。1955年から1972年にかけては高度成長期に当たりますが、1960年後半に労働力不足が進んだことにより、ヒトを囲い込む効果がある生活給が、経営者サイドにとっても都合が良かったことが理由として考えられます。1969年に日本経営者団体連盟が出した「能力主義管理」には、「われわれは先達の確立した年功制を高く評価する。年功制は今日までの日本経済の高度成長を可能とした企業における制度的要因」と年功制を評価する内容が記載されています。

しかしながら、経営者サイドも「単純に年功制を認めるのではなく、能力を厳しく査定することこそが能力主義管理が打ち出したポイントでした」(濱口148頁)。つまり、経営者サイトとしては、これまで主張して来た「職務給」を否定するのではなく、「能力主義」と整合性が取れるロジックを構築する必要があったのです。

これについては、「職務の要求する能力を有する者が適職に配置されるという能力主義の適正配置が実現されれば、職務給、職能給、いずれも同じこと」(濱口148頁)と述べられていますが、職能給と職務給の差異を「職務の要求する能力」という言葉の曖昧さの中に封じ込めて、無理やりこじつけたロジックです。ここで言う「職務の要求する能力」とは、現在では一般的になっている「職務遂行能力」を意味しています。

「職務遂行能力」と字面だけを見れば、職務をする能力なのでスキルや技能を意味するように思われますが、全くそういう意味ではなく、潜在能力を意味する言葉です。具体的にあるレベルの職務を遂行させるかは関係なく、もしこのレベルの職務をさせたとしたら遂行できると「評価」されれば、あるとされる「能力」です。

そして「評価」というのも、実際に職務をやらせてみるわけではないので、実績のように目に見える評価ではありません。しかし、評価をする以上、公平にする必要があるため、極力客観的でわかりやすい基準を用いる必要があり、必然的に勤続年数・年齢が用いられました。また、これには労働組合側が本音として有していた生活給思想が反映されているとも考えられ、「職務遂行能力」には勤続年数・年齢に偽装された生活給思想が含まれており、その結果として年功序列賃金という現象が現れると考えられます。

なお、「評価」の基準としてそれ以外のものを挙げるなら、学歴と情意(やる気)等になります。やる気がどういうものかというと「企業メンバーとしての忠誠心を評価するわけですが、やる気を何で見るかといえば、一番わかりやすいのは長時間労働です。「濱口はどうも能力は高くないけど、夜中まで残って一生懸命頑張っているから、やる気だけはあるな」という評価」(濱口36頁)なので、日本で残業を多くしていることが評価される一因になっています。

3.新卒一括採用と働かないおじさん

さて、日本における新卒一括採用の慣習は戦前より定着していたと言われていますが、これが実現可能であるのもメンバーシップ型の雇用であるからです。あるジョブをできる人を雇用するのがジョブ型雇用における採用なので、就労経験がなく、全くスキルも無い新卒者をわざわざ採用する企業はありません。こういう意味では、メンバーシップ型雇用の恩恵を一番受けているのは、スキルの乏しい若者ということになります。

一方、中高齢者はどうかというと、勤続年数・年齢に応じた「職務遂行能力」が蓄積されているため、賃金は高くなります。元々は生活給思想が偽装された「職務遂行能力」ですが、その言葉が一人歩きし、本人たちも「単に長く勤めているからではなく、職務遂行能力が高いから賃金が高い。」あるいは「職務遂行能力はあるけど、ポストに空きがないため、役職に就くことができない。」と考えるようになります。本人たちがそのように思い込んでくれ、定年を迎えることができたら幸せなことなのでしょうが、「建前を捨てて本音で語れば、企業にとって多くの中高年社員に支払っている賃金は、その貢献に見合わない高給になっている」(濱口102頁)ものと思われます。これが、周囲の期待する役割に対して、成果や行動が伴っていない中高齢社員、いわゆる「働かないおじさん」という現象が生じる理由です。「周囲の期待する役割」というのは賃金に応じた役割と言い換えることができますが、逆に言えば、現在の成果や行動に応じた賃金が支払われているのであれば問題視されることもなく、賃金がジョブに応じて定められるジョブ型雇用であれば、「働かないおじさん」という現象は発生しないのです。

なお、問題視されながらも定年まで不相応に高い賃金を得ることができるのであれば、まだ救いはありますが、「円高不況が来たりバブルが崩壊したりすると、中高年の高い賃金が企業への貢献と見合っているのかが厳しく問われることになります。そして、見合わないと判断された中高年は追い出し部屋に追いやられることになります。これこそメンバーシップ型社会の象徴です。」(濱口104頁)

ジョブ型雇用であれば、スキルも経験もある中高年は転職先を見つけることも容易ですが、転職先がメンバーシップ型雇用ばかりであると、転職も難しくなるのです。そういう意味では、中高齢者はジョブ型雇用の恩恵を受けることができると考えられます。

4.マミートラックの発生

「マミートラック」とは、「出産後の女性社員の配属される職域が限定されたり、昇進・昇格にはあまり縁のないキャリアコースに固定されたりすることです。」(濱口220頁)

メンバーシップ型の雇用では、ジョブを特定せずにヒトを雇用するため、ヒトに仕事を割り振るのは企業の重要な責務になります。従って、ジョブが無いことを理由とする解雇(整理解雇)は容易にはできず、業務が減少した際には人事異動(勤務地や職種の変更)により、企業内で雇用を調整することになります。また、業務の減少に備えて(業務が減少した際に残業を減らす)、さらに2③で説明したように、長時間労働することで職務遂行能力が評価されるということもあり、残業がデフォルトになるのがメンバーシップ型雇用の特徴です。このような働き方を指して、正社員は無限定な働き方を強いられると言われることがあります。

そして、人事異動や残業ありの無限定の働き方がデフォルトであるため、限定的な働き方しかできない出産後の女性社員を重要な職務に就けることができないことにより、「マミートラック」は発生していると考えられます。

従って、逆に言えば、人事異動や残業がデフォルトではないジョブ型雇用であれば、夫婦ともに育児に参加することが容易になり、「マミートラック」という現象は起こりにくくなると思われます。

5.メンバーシップ型からジョブ型への移行モデル

「働かないおじさん」と「マミートラック」の問題は、ジョブ型雇用を導入すれば解消しそうですが、そうすると若者が就職できないという問題が発生することになります。そこで、濱口桂一郎氏は、「若者の入口はできるだけ今までどおりにし、中高年以降をジョブ型にシフトしていこうという議論になるはず」(濱口桂一郎「働く女子の運命」(2021年文春新書)241頁)と述べています。また、「雇用問題の論客である海老原嗣生氏は、・・・入口は日本型のままで、三五歳くらいからジョブ型に着地させるという雇用モデルを推奨して」(「働く女子の運命」241頁))いるようです。

このように入口はメンバーシップ型とし、中高齢になる前にジョブ型に移行するというモデルの方が、いきなり全てをジョブ型雇用に移行するよりは、痛みも少なく現実的であると考えます。新卒で入社し、ジョブローテーションとOJTでスキルを身に付けて、35歳くらいで自身の専門分野を身に付け、それ以降は新卒で入社した企業で固定されたジョブで就労したり、あるいは他社に転職したいのであれば同じジョブで転職するというキャリアパスが一般的になるでしょう。なお、最近こういう人は珍しいとは思いますが、管理職になってより高い職位を目指したいという方は、ジョブ型雇用では「管理職」というのも1つのジョブなので、「管理職」として同じ企業内で昇格して行ったり、あるいは他社で管理職として転職するということも可能です。

それでは、中高齢以降に途中でジョブを変更したいと希望した場合はどうすればいいのかということですが、この点はメンバーシップ型雇用と同様に全く別のジョブに変更するのは容易ではありません。しかし、中高齢以降でジョブを変更する場合は、経験のない全く別のジョブに変更するというよりは、これまでのスキルを活かす形で変更するケースが多いのではないでしょうか。

さて、「マミートラック」の問題はどうなるのかというと、ジョブ型雇用に移行した後、出産・育児することで解消されます。ジョブ型雇用に移行し、限定的な働き方が一般的になる世代同士で結婚して出産・育児をするのです。 しかし、こうなると出産するのが35歳以降という、高齢出産が一般的になりますが、これが生理学的に大丈夫なのかという問題が生じます。 この点について、海老原氏は次のように述べているようです。

だからこそ、事後追認でかまわないから、結婚は35歳まで、出産は40歳までとひとまず常識をアップデートしてほしいのです。これでようやく、クリスマスケーキやOLモデルといった1980年代の幻影から逃れることができるでしょう。 この常識が広まれば、いよいよ女性も普通に、30代を楽しめるイメージが持てるようになるはずです。さらにいえば、もう5歳遅くとも、結婚も出産もできないことはない、という譲歩節を付け加えれないでしょうか。つまり、40歳までに結婚して45歳までに産むことだって、現実的な選択だ、と。(「働く女子の運命」243頁)

これに対して濱口氏は、「これで正しい解になっているのか、正直、私には同意しきれないものがあります。」(「働く女子の運命」243頁)という見解を述べ、また「マタニティという生物学的な要素にツケを回すような解が本当に正しい解なのか、ここは読者の皆さんに問いを投げかけておきたいと思います。」(「働く女子の運命」244頁)と、この論点を締めくくっています。

私としても、高齢出産が一般的になることの是非は生理学的な問題なので、実際のところ、母子や社会にとってどんな影響があるかをよく検証する必要があると考えます。しかし、優先順位を付けて解消できる問題でもありませんので、影響(直感的に良い影響があるとは思いません)がそれほど深刻ではないなら、「入口はメンバーシップ型とし、中高齢になる前にジョブ型に移行するというモデル」を政策として進めるしか、雇用の諸問題を解決する方法はないと感じています。

2022(令和4)年4月以降の雇用調整助成金等の申請内容適正確認について

2022(令和4)年4月以降の雇用調整助成金等の申請内容適正確認について

令和4年4月以降の休業にかかる申請から次の3点が適用されます

1.業況特例における業況を毎回確認(判定基礎期間(1ヶ月単位)ごと)
2.最新の賃金総額(令和3年度の確定保険料)から平均賃金額を計算
3.休業対象労働者を確認できる書類および休業手当の支払いが確認できる書類の提出(主に雇用保険の適用が1年未満等)

https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000915688.pdf

1. 業況特例における業況の毎回確認

■毎回、業況の確認※を行い、要件を満たせば業況特例を、満たさなければ原則的な措置(地域特例に該当するときは、地域特例)が適用されます。
※生産指標が最近3か月の月平均で前年、前々年または3年前同期比30%以上減少していること。以降の判定基礎期間に
ついても当該生産指標の最新の数値を用いて判断することになります(原則として生産指標を変更することはできません)。

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業況特例における業況の確認

2.最新の賃金総額(令和3年度の確定保険料)から平均賃金額を計算

■賃金総額を最新の額※に変更して平均賃金額を計算します。
コロナ特例が長期間にわたり継続される中、平均賃金額は初回に算定したものを継続して活用していることから、見直しを図ります。
■企業規模の変更を希望する場合、常時雇用する労働者の数、資本の額等により確認を行います。
※労働保険の令和3年度の確定保険料の算定に用いる賃金総額。または、令和3年度または令和4年度の任意の月に提出した給与所得・退職所得等の所得税徴収高計算書に記載の額。

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最新の賃金総額から平均賃金額を計算

3.休業対象労働者を確認できる書類および休業手当の支払いが確認できる書類の提出

助成金の審査を適切に行い、早期に支給ができるよう、次の表に当てはまる事業主(対象事業主)には以下の確認書類の提出をお願いします。確認書類等の提出がなく、実態の確認ができない場合、不支給となる可能性があります。
(注)ご利用の助成金や条件によって、必要となる書類が異なります。以下から、ご自身に必要な書類をご確認ください。

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雇用保険の適用が1年未満等の必要書類

【適用】 令和4年4月1日以降に初日がある判定基礎期間の申請から適用

①休業対象労働者全員の氏名、年齢および住所が確認できる以下のいずれかの書類の写し
住民票記載事項証明書(マイナンバーは不要です)、運転免許証、マイナンバーカード表面、パスポート(住所記載欄があるもの)、在留カード特別永住者証明書、障害者手帳、健康保険被保険者証(住所記載欄があるもの)
※複数の書類の提出をお願いする場合もあります。

②休業手当を含む給与の支払いが確認できる以下のAおよびBの書類の写し
A 源泉所得税の直近の納付を確認できる書類(給与所得・退職所得等の所得税徴収高計算書の領収日印があるものなど、納付を確認できる書類)
B 給与振込を確認できる書類(給与振込依頼書や給与支払いを確認できる通帳など。
手渡し(現金払い)の労働者がいる場合は会社名・金額・氏名(労働者の直筆)・住所・電話番号・受領日を明記した領収証)

■上記以外にも、必要に応じて以下の書類の提出を求める場合があります。
国税および地方税にかかる各種納税証明書
・その他、労働局が審査を行う上で必要とした書類(給与支払事務所等の開設・移転・廃止届(個人事業主の場合「個人事業の開業・廃業等届出書」)、給与支払報告書、住民税額決定通知書、扶養控除等申告書、源泉徴収簿・源泉徴収票、総勘定元帳・仕分帳など)

2022(令和4)年6月までの雇用調整助成金の特例措置等について

令和4年6月までの雇用調整助成金の特例措置等について

※変更点 判定基礎期間の初日が令和4年4月1日以降の休業等について業況特例の申請を行う全ての事業主は、申請の都度、業況の確認が行われ、売上等の生産指標の提出が必要になります。 その際に、提出する生産指標は、最新の数値を用いて判断されることになります(原則として生産指標を変更することはできません。)。

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令和4年4月以降の業況特例

新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、令和4年3月31日を期限に雇用調整助成金の特例措置を講じてきましたが、この特例措置は令和4年6月30日まで以下の通りとなります。 詳細は、リンクをご確認ください。 https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000782480.pdf

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令和4年4月以降の雇用調整助成金

短時間労働者に対する健康保険 ・厚生年金保険の適用拡大 Q&A集(令和4年10月施行分)

短時間労働者に対する健康保険 ・厚生年金保険の適用拡大 Q&A集(令和4年10月施行分)

https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T220322T0040.pdf


1.被保険者資格の取得要件(総論)

問1 なぜ被用者保険の適用拡大を進める必要があるのか。

(答)政府においては、これまでも法律改正を通じて、短時間労働者に対する厚生年金保険・健康保険の適用拡大(以下「適用拡大」という。)の取組を進めてきており、その意義については、以下の点があるとされています。
①被用者でありながら国民年金国民健康保険加入となっている者に対して、被用者による支えあいの仕組みである厚生年金保険や健康保険による保障を確保することで、被用者にふさわしい保障を実現すること。
②労働者の働き方や企業による雇い方の選択において、社会保険制度における取扱いによって選択を歪められたり、不公平を生じたりすることがないようにすること等により、働き方や雇用の選択を歪めない制度を構築すること。
③適用拡大によって厚生年金保険の適用対象となった者が、定額の基礎年金に加えて報酬比例給付による保障を受けられるようになること等を通じて、社会保障の機能を強化すること。

問2 被用者保険の適用拡大の実施により、短時間労働者に対する厚生年金保険・健康保険の被保険者資格の取得要件はどのようになるのか。

(答)<令和4年9月30日までの取扱い>
短時間労働者に対する厚生年金保険・健康保険の適用拡大(以下「適用拡大」という。)が平成28年10月1日より実施されたことにより、「1週の所定労働時間」及び「1月の所定労働日数」が、同一の事業所に使用される通常の労働者の所定労働時間及び所定労働日数の4分の3以上(以下「4分の3基準」という。)である労働者については、厚生年金保険・健康保険の被保険者となります。
4分の3基準を満たさない場合であっても、以下の①から⑤までの5つの要件を満たす短時間労働者については、厚生年金保険・健康保険の被保険者となります。
①1週の所定労働時間が20時間以上であること。
②雇用期間が継続して1年以上見込まれること。
③月額賃金が8.8万円以上であること。
④学生でないこと。
⑤以下のいずれかの適用事業所に使用されていること
(ⅰ)公的年金制度の財政基盤及び最低保障機能の強化等のための国民年金法等の一部を改正する法律(平成24年法律第62号。以下「年金機能強化法」という。)附則第17条第12項及び第46条第12項に規定する特定適用事業所(以下「特定適用事業所」という。)
(ⅱ)労使合意により事業主が適用拡大を行う旨の申出を行った特定適用事業所以外の適用事業所(国又は地方公共団体の適用事業所を除く。)※平成29年4月より追加
(ⅲ)国又は地方公共団体の適用事業所

<令和4年10月1日以降の取扱い>
今般、適用拡大について見直しが図られ、令和4年10月1日(以下「施行日」という。)より人数要件の見直し及び雇用期間要件が廃止されることに伴い、4分の3基準を満たさない短期労働者のうち、次の①から④までの4つの要件(以下「4要件」という。)を満たす場合は、新たに厚生年金保険・健康保険の被保険者となります。
①1週の所定労働時間が20時間以上であること。
②月額賃金が8.8万円以上であること。
③学生でないこと。
④以下のいずれかの適用事業所に使用されていること
(ⅰ)特定適用事業所(※)
(ⅱ)労使合意により事業主が適用拡大を行う旨の申出を行った特定適用事業所以外の適用事業所(国又は地方公共団体の適用事業所を除く。)
(ⅲ)国又は地方公共団体の適用事業所
(※)特定適用事業所における、いわゆる企業規模要件については、令和4年10月1日から、特定労働者の総数が常時500人を超える企業から、常時100人を超える企業に引き下げられることになる。なお、令和6年10月1日からは、さらに常時50人を超える企業にまで拡大される予定です。

問3 4分の3基準を満たさない短時間労働者は、4要件のうちいずれか1つの要件を満たせば被保険者資格を取得するのか。

(答)4分の3基準を満たさない短時間労働者は、4要件全てを満たした場合に被保険者資格を取得します。

問4 今回の改正により、年金が在職支給停止となる可能性がある70歳以上の労働者に該当するか否かの基準についても、影響が及ぶのか。

(答)施行日以降は、被保険者資格の取得要件と同様に、4分の3基準又は4要件を満たした場合に、70歳以上の使用される者に該当することとなります。

問5 4分の3要件を満たさない短時間労働者として被保険者資格を取得したが、雇用契約の変更等で正社員等の一般被保険者として適用要件を満たすこととなった場合、どのような手続が必要になってくるか。

(答)事業主は、被保険者に係る短時間労働者であるかないかの区別に変更があったときは、当該事実が発生した日から5日以内に、「健康保険・厚生年金保険被保険者区分変更届/厚生年金保険70歳以上被用者区分変更届」を日本年金機構(以下「機構」という。)の事務センター(又は年金事務所)(以下「事務センター等」という)に届け出る必要があります(健康保険組合が管掌する健康保険については、健康保険組合へ届け出ることになります。)。

2.特定適用事業所

問6 使用する被保険者の総数が常時100人を超えるか否かの判定は、適用事業所ごとに行うのか。

(答)使用する被保険者の総数が常時100人を超えるか否かの判定は企業ごとに行いますが、具体的には以下のいずれかの考え方で判定します。
①法人事業所の場合は、同一の法人番号を有する全ての適用事業所に使用される厚生年金保険の被保険者の総数が常時100人を超えるか否かによって判定します。
②個人事業所の場合は、適用事業所ごとに使用される厚生年金保険の被保険者の総数が常時100人を超えるか否かによって判定します。

問7 「被保険者の総数が常時100人を超える」において、被保険者はどのような者を指すのか。今回の適用拡大の対象となる短時間労働者も含むのか。70歳以上で健康保険のみ加入している被保険者は対象に含めるのか。

(答)特定適用事業所に該当するか判断する際の被保険者とは、適用事業所に使用される厚生年金保険の被保険者の総数になります。そのため、今回の適用拡大の対象となる短時間労働者や70歳以上で健康保険のみ加入しているような方は対象に含めません。

問8 「被保険者の総数が常時100人を超える」とは、どのような状態を指すのか。どの時点で常時100人を超えると判断することになるのか。

(答)「被保険者の総数が常時100人を超える」とは、①法人事業所の場合は、同一の法人番号を有する全ての適用事業所に使用される厚生年金保険の被保険者の総数が12か月のうち、6か月以上100人を超えることが見込まれる場合を指します。②個人事業所の場合は、適用事業所ごとに使用される厚生年金保険の被保険者の総数が12か月のうち、6か月以上100人を超えることが見込まれる場合を指します。

問9 特定適用事業所に該当した適用事業所は、どのような手続が必要になってくるか。(答)特定適用事業所に該当した場合は、

①法人事業所の場合は、同一の法人番号を有する全ての適用事業所を代表する本店又は主たる事業所から、事務センター等へ特定適用事業所該当届を届け出ることになります(健康保険組合が管掌する健康保険の特定適用事業所該当届については、健康保険組合へ届け出ることになります。)。
②個人事業所の場合は、各適用事業所から、事務センター等へ特定適用事業所該当届を届け出ることになります(健康保険組合が管掌する健康保険の特定適用事業所該当届については、健康保険組合へ届け出ることになります。)。
なお、適用拡大の実施に伴い、新たに被保険者資格を取得する短時間労働者がいる場合は、法人事業所であっても個人事業所であっても、各適用事業所がその者に係る被保険者資格取得届を事務センター等へ届け出る必要があります(健康保険組合が管掌する健康保険の被保険者資格取得届については、健康保険組合へ届け出ることになります。)。

問10 施行日から特定適用事業所に該当する適用事業所は、どのような手続が必要になってくるか。

(答)令和3年10月から令和4年8月までの各月のうち、使用される厚生年金保険の被保険者の総数が6か月以上100人を超えたことが確認できる場合は、機構において対象の適用事業所を特定適用事業所に該当したものとして扱い、対象の適用事業所に対して「特定適用事業所該当通知書」を送付するため、特定適用事業所該当届の届出は不要です(法人事業所の場合は、同一の法人番号を有する全ての適用事業所に対して通知書を送付します。)。
ただし、適用拡大の実施に伴い、新たに被保険者資格を取得する短時間労働者がいる場合は、各適用事業所がその者に係る被保険者資格取得届を事務センター等へ届け出る必要があります(健康保険組合が管掌する健康保険の被保険者資格取得届については、健康保険組合へ届け出ることになります。)。

問11 施行日から特定適用事業所に該当する適用事業所や該当する可能性がある適用事業所に対して、あらかじめ機構から何らかのお知らせは送付されてくるか。

(答)<特定適用事業所該当事前のお知らせ>令和3年10月から令和4年7月までの各月のうち、使用される厚生年金保険の被保険者の総数が6か月以上100人を超えたことが確認できる場合は、同年8月頃に対象の適用事業所に対して「特定適用事業所該当事前のお知らせ」を送付し、同年10月頃に「特定適用事業所該当通知書」を送付します(法人事業所の場合は、同一の法人番号を有する全ての適用事業所に対してお知らせを送付します。)。
<特定適用事業所に該当する可能性がある旨のお知らせ>
令和4年8月に、令和3年10月から令和4年7月までの各月のうち、使用される厚生年金保険の被保険者の総数が5か月100人を超えたことが確認できる場合(同年9月までに1か月以上100人を超えると特定適用事業所に該当する場合)は、同年8月頃に対象の適用事業所に対して事前勧奨状として「特定適用事業所に該当する可能性がある旨のお知らせ」を送付します(法人事業所の場合は、同一の法人番号を有する全ての適用事業所に対してお知らせを送付します。)。
また、令和4年9月にも同様の確認を行い、直近11か月(令和3年10月から令和4年8月)で5か月100人を超えることが確認できる場合は、同年9月頃に同通知を送付します。※機構から送付するお知らせについては別紙もご参照ください。

問12 施行日以降、特定適用事業所に該当する可能性のある適用事業所に対して、あらかじめ機構から何らかのお知らせは送付されてくるか。

(答)施行日以降は、機構において、使用される厚生年金保険の被保険者の総数が直近11か月のうち、5か月100人を超えたことが確認できた場合(5か月目の翌月も被保険者数が100人を超えると特定適用事業所に該当する場合)は、対象の適用事業所に対して、「特定適用事業所に該当する可能性がある旨のお知らせ」を送付します(法人事業所の場合は、同一の法人番号を有する全ての適用事業所に対してお知らせを送付します。)。
※機構から送付するお知らせについては別紙もご参照ください。

問13 「特定適用事業所に該当する可能性がある旨のお知らせ」が送付され、5か月目の翌月も被保険者の総数が100人を超えたため特定適用事業所に該当したにもかかわらず、事務センター等へ特定適用事業所該当届を届け出なかった場合はどうなるか。

(答)施行日以降は、特定適用事業所に該当したにもかかわらず、事務センター等へ特定適用事業所該当届を届け出なかった場合は、機構において対象の適用事業所を特定適用事業所に該当したものとして扱い、対象の適用事業所に対して「特定適用事業所該当通知書」を送付します(法人事業所の場合は、同一の法人番号を有する全ての適用事業所に対して通知書を送付します。)。

問14 機構において使用される被保険者の総数が直近12か月のうち、6か月以上100人を超えたことが確認できなかった場合でも、事業主が特定適用事業所に該当すると判断した場合は、特定適用事業所該当届を年金事務所に届け出ることはできるか。

(答)事業主が特定適用事業所に該当すると判断した場合は、事務センター等へ特定適用事業所該当届を届け出る必要があります。

問15 使用される被保険者の総数が常時100人を超えなくなった場合、どのように取り扱われるか。

(答)使用される厚生年金保険の被保険者の総数が常時100人を超えなくなった場合であっても、引き続き特定適用事業所であるものとして取り扱われます。
ただし、使用される被保険者の4分の3以上の同意を得たことを証する書類を添えて、事務センター等へ特定適用事業所不該当届を届け出た場合は、対象の適用事業所は特定適用事業所に該当しなくなったものとして扱われることとなります(法人事業所の場合は、特定適用事業所該当届の届出方法と同様に、同一の法人番号を有する全ての適用事業所を代表する本店又は主たる事業所が取りまとめ、事務センター等へ特定適用事業所不該当届を届け出ることになります。また、健康保険組合が管掌する健康保険の特定適用事業所不該当届については、健康保険組合へ届け出ることになります。)。
このとき、短時間労働者に係る被保険者がいる場合は、併せて資格喪失届の提出が必要となります(健康保険組合が管掌する健康保険の被保険者資格喪失届については、健康保険組合へ届け出ることになります。)。

なお、届出による特定適用事務所の不該当年月日及び短時間労働者に係る被保険者の資格喪失年月日は受理日の翌日となります。

問 16不該当届は、100人を超えなくなったら直ちに提出可能なのか。被保険者の4分の3以上の同意を得てとあるが、70歳以上の被用者は含まれるのか。

(答)不該当届は、被保険者の総数が100人以下となった日以後であれば、その総数が常時100人を超えなくなった時点で提出可能となります(常時100人超の判断については問8参照。実際に100人以下となった月が、直近1年のうち6ヶ月以上となることを待つ必要はありません)。
なお、被保険者の不利益を生ずる手続きが事業主の一方的意思によって行われることを防止するため、届出の提出時には労使の合意が必要となります。
特定適用事業所の不該当の届出に必要な同意は、次のとおりです。
①同意対象者(厚生年金保険の被保険者、70歳以上被用者(※)、短時間労働者)の4分の3以上で組織する労働組合がある場合は、当該労働組合の同意
(※)過去に厚生年金保険の加入期間を有する方であって、仮に70歳未満であれば、厚生年金保険の被保険者要件(短時間労働者においては3要件)を満たすような働き方をしている方に限ります。
②①に掲げる労働組合がない場合は、次のいずれか
・同意対象者の4分の3以上を代表する者の同意
・同意対象者の4分の3以上の同意

問17 「施行日に特定適用事業所に該当する旨のお知らせ」や「特定適用事業所該当通知書」が送付されてきたが、施行日前に、被保険者の総数が100人を超えなくなった場合、特定適用事業所に該当したことを取り消すことはできるか。

(答)特定適用事業所不該当届を、事務センター等へ届け出ることにより、特定適用事業所に該当したことを取り消すことができます。

問18 「常時100人を超える」と見込んで特定適用事業所該当届を提出し適用された後、実際には常時100人を超えなかった場合は遡及取消となるのか。

(答)遡及取消にはなりません。また、特定適用事業所を不該当とする場合は、通常の手続きと同様に労使の合意が必要となります。

3.任意特定適用事業所

問19 被保険者の総数が常時100人を超えない企業は、適用拡大の対象外となるのか。

(答)100人以下の企業であっても、労使合意(働いている方々の2分の1以上と事業主の方が厚生年金保険・健康保険に加入することについて合意すること)がなされれば、年金事務所に申出を行っていただくことで「任意特定適用事業所」となり、次の要件(以下「3要件という。」)を全て満たす短時間労働者の方は、企業単位で厚生年金保険・健康保険に加入できます。
①1週の所定労働時間が20時間以上であること。
②月額賃金が8.8万円以上であること。
③学生でないこと。

問20 任意特定適用事業所の労使合意に必要となる「働いている方々の2分の1以上の同意」とは具体的にどのようなものか。

(答)同意の対象となる「働いている方々(以下「同意対象者」という。)」は、以下の方々となります。
・厚生年金保険の被保険者
・70歳以上被用者
・3要件を満たす短時間労働者
これらの方々の過半数で組織する労働組合がある場合は、その労働組合の同意が必要になります。また、同意対象者の過半数で組織する労働組合がない場合は、
・同意対象者の過半数を代表する者(以下「過半数代表者」という。)の同意
・同意対象者の2分の1以上の同意のいずれかが必要になります。
なお、週の所定労働時間が20時間未満の方など厚生年金保険の被保険者となり得ない方は、今回の労使合意による適用拡大の同意対象者には含まれませんが、たとえば労働基準法第36条に基づく労使協定(36協定)などでは、同意対象者に含まれているなど、異なる点がありますので、ご注意ください。

問21 事業主の合意は必要か。

(答)労使合意に基づく適用拡大は、労働者と事業主双方が了承の上で行われるものです。そのため、申出は、双方了承の上で、事業主の方から行っていただく必要があります。なお、法人の会社において、代表取締役など事業主である方が厚生年金保険の被保険者である場合は、当該事業主の方は、事業主としての立場のほか、厚生年金保険の被保険者として、労働者側の同意対象者にもなります。

問22 短時間労働者が1名でも社会保険の加入を希望した場合、合意に向けての労使の協議は必ず行う必要があるのか。

(答)
【事業主側が希望を把握した場合】
事業主において、短時間労働者の方から、直接、相談を受ける等により、短時間労働者の方が社会保険の加入を希望していることを把握した場合は、労働組合過半数代表者の方に対して、すみやかに情報提供を行い、改正法の趣旨を踏まえ、社会保険の適用に向けて、労使の協議が適切に行われるための環境の整備に努めるようにしてください。

労働組合等が希望を把握した場合】
短時間労働者の方は、社会保険の加入を希望する場合に、労働組合過半数代表者の方などに、相談することが考えられます。労働組合過半数代表者の方などは、こうした短時間労働者の意向や改正法の趣旨を踏まえた上で、社会保険の適用に向けて、労使の協議が適切に行われるよう努めてください。

(参考)改正法の趣旨働く方々の年金や医療の給付を充実させ、安心して就労できる基盤を整備することは、雇用に伴う事業主の責務であるとともに、結果として働く方々の健康の保持や労働生産性の増進につながりうるものであるため、社会保険の加入は事業主の方にもメリットがあると考えられます。
さらに、短時間労働者への社会保険の適用が、企業の魅力を向上させ、より長く働いてくれるような人材の確保に効果的と考えられます。
事業主の方におかれましては、こうした改正法の趣旨を踏まえ、短時間労働者の方の社会保険の加入について、ご検討いただくようお願いします。

問23 同意対象者から選ばれる過半数代表者になるための要件はあるのか。

(答)以下の①・②のいずれにも該当することが必要です。
労働基準法第41条第2号に規定する監督又は管理の地位にある者でないこと
過半数代表者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手、持ち回り決議等の方法により選出された者であること

※上記①は、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある方をいい、役職名だけでなく、その職務内容、責任と権限、勤務様態等の実態によって判断してください。
※上記①に該当する者がいない場合は、過半数代表者は②に該当する者とします。
なお、事業主は、過半数代表者であることや、過半数代表者になろうとしたこと等を理由として、労働者に対して不利益な取扱いをしないようにしなければいけません。

(参考)労働基準法(昭和22年法律第49号)
第四十一条この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
二事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者

問24 労働者の同意や事業主の申出は企業単位と事業所単位のどちらで行うのか。

(答)法人事業所であれば企業単位(法人単位)で、個人事業所であれば適用事業所単位となります。

問25 労働者の同意書に有効期間はあるのか。事務センター等への申出は、同意があった日からいつまでに行う必要があるのか。

(答)同意書に一律の有効期間はありませんが、事務センター等が申出を受理した日が資格取得日となりますので、どの時点から短時間労働者の方への社会保険の適用を開始するか等、労働者と事業主で話し合われた内容を考慮した上で、適切に同意の取得や申出を行っていただく必要があります。

問26 申出が受理された後に、過半数代表者が退職した場合や同意した者が過半数割れした場合など、改めて同意を取り直す必要はあるか。

(答)既に受理された申出は有効ですので、取り直しの必要はありません。

問27 一度申出が受理されれば、社会保険に加入し続けることができるのか。

(答)その通りです。ただしその後の事情変更により、厚生年金保険の被保険者及び70歳以上被用者(以下「4分の3以上同意対象者」といいます。)の4分の3以上の同意(※1)を得て、事業主が管轄の年金事務所等に社会保険から脱退する旨の申出を行い、受理された場合には、受理された日の翌日に、短時間労働者の方の社会保険の資格が喪失することになります(※2)。
(※1)「4分の3以上同意対象者」の4分の3以上で組織する労働組合がある場合は、その労働組合の同意が必要になります。労働組合がない場合は、
・「4分の3以上同意対象者」の4分の3以上を代表する者の同意
・「4分の3以上同意対象者」の4分の3以上の同意のいずれかの同意が必要になります。(※2)労使合意に基づき適用拡大の申出を行った事業所が、その後、特定適用事業所(厚生年金保険の被保険者数が常時101人以上であること)に該当した場合には、特定適用事業所でいる間は、労使合意によって社会保険から脱退することはありません。

4.1週間の所定労働時間が20時間以上

問28 1週間の所定労働時間が短期的かつ周期的に変動する場合とはどのような場合か。また、そのような場合は1週間の所定労働時間をどのように算出すればよいか。

(答)4週5休制等のため、1週間の所定労働時間が短期的かつ周期的に変動し一定ではない場合等は、当該周期における1週間の所定労働時間を平均し、算出します。

問29 所定労働時間が1か月単位で定められている場合、1週間の所定労働時間をどのように算出すればよいか。

(答)1か月の所定労働時間を12分の52で除して算出します(1年間を52週とし、1か月を12分の52週とし、12分の52で除すことで1週間の所定労働時間を算出する)。

問30 特定の月の所定労働時間に例外的な長短がある場合とはどのような場合か。また、そのような場合は1週間の所定労働時間をどのように算出すればよいか。

(答)夏季休暇等のため夏季の特定の月の所定労働時間が例外的に短く定められている場合や、繁忙期間中の特定の月の所定労働時間が例外的に長く定められている場合等は、当該特定の月以外の通常の月の所定労働時間を12分の52で除して、1週間の所定労働時間を算出します。

問31 所定労働時間が1年単位で定められている場合、1週間の所定労働時間をどのように算出すればよいか。

(答)1年の所定労働時間を52で除して算出します。

問32 就業規則雇用契約書等で定められた所定労働時間が週20時間未満である者が、業務の都合等により恒常的に実際の労働時間が週20時間以上となった場合は、どのように取り扱うのか。

(答)実際の労働時間が連続する2月において週20時間以上となった場合で、引き続き同様の状態が続いている又は続くことが見込まれる場合は、実際の労働時間が週20時間以上となった月の3月目の初日に被保険者の資格を取得します。

5.学生でないこと

問33 「学生でないこと」について、学生とはどのような者を指すのか。通信制課程に在学する者は対象となるのか。

(答)「学生」とは、主に高等学校の生徒、大学又は短期大学の学生、専修学校に在学する生徒等※が該当しますが、卒業した後も引き続き当該適用事業所に使用されることとなっている者、休学中の者、定時制課程及び通信制課程に在学する者その他これらに準じる者(いわゆる社会人大学院生等)は対象から除かれることとなります。
※(参考)厚生年金保険法施行規則第9条の6に規定する学生
・高等学校に在学する生徒
中等教育学校に在学する生徒
・特別支援学校に在学する生徒
・大学(大学院を含む)に在学する学生
・短期大学に在学する学生
高等専門学校に在学する学生
専修学校に在学する生徒
各種学校に在学する生徒(修業年限が1年以上である課程を履修する者に限る)
・上記の教育施設に準ずる教育施設に在学する生徒又は学生

問34 学生については、4分の3基準に該当していても、学生という理由のみをもって健康保険・厚生年金保険の被保険者とならないのか。

(答)学生であっても、適用事業所に使用され4分の3基準を満たす場合は、正社員等と同様に一般被保険者として健康保険・厚生年金保険の被保険者となります。

5.雇用期間要件(雇用期間が継続して1年以上見込まれること)の廃止

問35 適用拡大に関する雇用期間要件が令和4年10月に廃止されるが、施行日以降、被保険者資格はどのように判定するのか。日々雇用されている方や、2月以内の期間を定めて使用される者についても、適用拡大の対象となるのか。

(答)適用拡大に関する雇用期間要件の廃止により、施行日以降、4分の3基準を満たさない短時間労働者の被保険者資格については、4要件により判断することとなります。なお、日々雇用されている方や、2月以内の期間を定めて使用される者であって、当該定めた期間を超えて使用されることが見込まれないものについては、被保険者の適用除外の規定に基づき被保険者資格を判断することとなります。

問36 任意特定適用事業所として施行日前から加入している事業所において、雇用期間要件により適用除外となっている者がいる場合、施行日以降どのように取り扱われるか。

(答)適用拡大に関する雇用期間要件の廃止により、施行日以降、4分の3基準を満たさない短時間労働者のうち、4要件を満たす場合は健康保険・厚生年金保険の被保険者に該当するため、事業主は施行日を資格取得日とした被保険者資格取得届を事務センター等へ届け出る必要があります(健康保険組合が管掌する健康保険の被保険者資格取得届については、健康保険組合へ届け出ることになります。)。

問37 雇用期間が2か月を超える見込みがあったため被保険者資格を取得したが、当該期間を超えなかった場合、被保険者資格取得を取り消すことはできるか。また、遡及取消となるのか。

(答)雇用時に2か月を超える見込みであった場合、結果として雇用期間が2か月未満になったとしても、被保険者の資格取得を取り消しはできません。

問38 雇用期間が2か月以内である場合は、雇用期間が2か月を超えることが見込まれることとして取り扱われることはないのか。

(答)雇用期間が2か月以内である場合であっても、次の(ア)(イ)のいずれかに該当するときは、定めた期間を超えることが見込まれることとして取り扱うこととし、最初の雇用期間を含めて、当初から被保険者の資格を取得します。
(ア)就業規則雇用契約書等その他書面においてその契約が更新される旨又は更新される場合がある旨が明示されていること
(イ)同一の事業所において同様の雇用契約に基づき雇用されている者が更新等により2か月を超えて雇用された実績があること
ただし、(ア)(イ)のいずれかに該当するときであっても、労使双方により、2か月を超えて雇用しないことについて合意しているときは、定めた期間を超えて使用されることが見込まれないこととして取り扱います。

7.月額賃金が8.8万円以上

問39 短時間労働者の厚生年金保険・健康保険の適用については、月額賃金が8.8万円以上であるほかに、年収が106万円以上であるかないかも勘案するのか。

(答)月額賃金が8.8万円以上であるかないかのみに基づき、要件を満たすか否かを判定します(年収106万円以上というのはあくまで参考の値です。)。

問40 健康保険の被扶養者として認定されるための要件の一つに、年収が130万円未満であることという収入要件があるが、この要件に変更があるのか。

(答)健康保険の被扶養者の認定について、収入要件の変更はありません。なお、年収が130万円未満であっても、4分の3基準又は4要件を満たした場合は、厚生年金保険・健康保険の被保険者となります。

問41 月額賃金が8.8万円以上の算定基礎となる賃金には、どのようなものが含まれるのか。

(答)月額賃金8.8万円の算定対象は、基本給及び諸手当で判断します。ただし、以下の①から④までの賃金は算入されません。
①臨時に支払われる賃金(結婚手当等)
②1月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与等)
③時間外労働に対して支払われる賃金、休日労働及び深夜労働に対して支払われる賃金(割増賃金等)
最低賃金において算入しないことを定める賃金(精皆勤手当、通勤手当及び家族手当)

問42 被保険者資格取得時の標準報酬月額の基礎となる報酬月額と、短時間労働者の被保険者資格の取得要件である月額賃金が8.8万円以上であるかないかを判定する際に算出する額の違いは何か。

(答)報酬月額には、労働の対償として経常的かつ実質的に受けるもので被保険者の通常の生計に充てられる全てのものが含まれます。このため、短時間労働者の被保険者資格の取得に当たっての要件(月額賃金が8.8万円以上)の判定の際に算入しなかった諸手当等も加味して報酬月額を算出します。なお、適用拡大の実施に伴い、新たに被保険者資格を取得する短時間労働者の被保険者資格取得時の報酬月額の算出方法は、従来からの被保険者資格取得時の報酬月額の算出方法と同一です。

問43 日給や時間給によって賃金が定められている場合は、どのように算出すればよいか。

(答)日給や時間給によって賃金が定められている場合には、被保険者の資格を取得する月前1月間に同じ事業所において同様の業務に従事し、かつ、同様の報酬を受ける最も近似した状態にある者が受けた報酬の額の平均額を算出します。※「同様の業務に従事し、かつ、同様の報酬を受ける最も近似した状態にある者」とは、同一事業所内の同一の部署に勤務し、時間単価や労働日数等の労働条件が同一の方を指します。ただし、同様の業務に従事し、かつ、同様の報酬を受ける最も近似した状態にある者がいないような場合は、個別の雇用契約等に基づいて月額賃金を算出します。

問44 個別の雇用契約等に基づいて月額賃金を算出する場合で、所定労働時間が1週間単位で定められている場合、月額賃金をどのように算出すればよいか。

(答)1週間の所定労働時間で算出した賃金額に12分の52を乗じて算出します。

問45 短時間労働者として届出を行った場合「月額賃金が8.8万円以上」に該当するかどうかは、各労働者について毎月確認する必要があるのか。また、被保険者資格を取得後に月額賃金が8.8万円未満となった場合は、被保険者資格は喪失するのか。

(答)原則として、資格取得後に雇用契約等が見直され、月額賃金が8.8万円を下回ることが明らかになった場合等を除き、被保険者資格を喪失することはありません。そのため、毎月確認する必要はありませんが、雇用契約等に変更はなく、常態的に8.8万円を下回る状況が続くことが確認できる場合は、実態を踏まえた上で資格喪失することとなります。

8.給付・その他

問46 老齢厚生年金の受給者が適用拡大により短時間労働者として被保険者資格を取得した場合、年金給付に対してどのような影響があるか。(在職老齢年金、高年齢雇用継続給付等)

(答)被保険者資格を取得した場合は、在職老齢年金や高年齢雇用継続給付金等との支給調整の対象になります。

問47 障害者又は長期加入特例に該当する特別支給の老齢厚生年金を受けている者が、適用拡大により短時間労働者として被保険者資格を取得した場合、特別支給の老齢厚生年金の額に変更は生じるのか。

(答)令和4年9月30日前から障害者又は長期加入特例の該当者であって、かつ、同日前から引き続き同一の事業所に使用されている者が、今回の適用拡大の制度改正により同年10月1日に被保険者資格を取得した場合は、所定の届出をしていただくことにより特別支給の老齢厚生年金の定額部分を支給停止しないこととする経過措置が設けられています。
なお、上記の経過措置の対象者であっても、前問の回答のとおり在職老齢年金等の支給調整の対象になります。

問48 短時間正社員について、今回の適用拡大によって取扱いに変更はあるか。

(答)短時間正社員は、従来どおり、所定労働時間の長短にかかわらず、被保険者資格を取得します。

問49 同時に2ヶ所以上の事業所で勤務をしているが、複数の事業所で被保険者資格の取得要件を満たした場合、どのような手続きが必要になるか。

(答)同時に2ヶ所以上の事業所で被保険者資格の取得要件を満たした場合、被保険者は、いずれか一つの事業所を選択いただき、その事業所を管轄する年金事務所(健康保険の保険者が二以上あり、健康保険組合を選択する場合は、年金事務所及び選択する健康保険組合)へ「被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」を提出いただく必要があります。
なお、被保険者資格の取得要件を満たすか否かについては、各事業所単位で判断を行うこととしており、2ヶ所以上の事業所における月額賃金や労働時間を合算することはしません。

問50 特定適用事業所該当届、区分変更届は電子申請・電子媒体に対応しているのか。具体的な手続はどうすればよいか。

(答)<特定適用事業所該当届について>電子申請・電子媒体に対応していませんので、紙届書を事業所を管轄する事務センター等に届け出ることになります。

<被保険者区分変更届について>
電子申請に対応しています。申請手順は以下のとおりです。なお、電子媒体申請は対応していません。初めてe-Govから電子申請を利用する場合は、アカウントの準備、ブラウザの設定等が必要となります。詳細は、e-Govホームページの電子申請トップページ「利用準備」をご参照ください。
(申請手順)
①e-Gov電子申請トップページ※でログイン
②手続検索で、「区分変更届」を検索します。
③記載要領を確認していただき、申請者の情報、届書の入力、提出先の選択、電子証明書を付与(gBizIDアカウントでログインした場合は不要)を行い、提出(申請)します。
※「e-Gov電子申請」で検索いただくと、簡単にe-Gov電子申請トップページを見つけることができます

時間外労働等に対する割増賃金の適切な支払いのための留意事項について(平29.7.31基監発0731第1号)

時間外労働等に対する割増賃金の適切な支払いのための留意事項について(平29.7.31基監発0731第 1号)

時間外労働等に対する割増賃金の適切な支払いのための留意事項について(平29.7.31基監発0731第 1号) https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T220225K0020.pdf

時間外労働等に対する割増賃金の適切な支払いのための留意事項について、平成29年7月31日付け基発0731第27号「時間外労働等に対する割増賃金の解釈について」が発出され、平成29年7月7日付けの最高裁判所第二小法廷判決を踏まえて、名称によらず、一定時間分までの時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金として定額で支払われる賃金についての解釈が示された。 これ自体は直ちに労働基準法に違反するものではないが、不適切な運用により、労働基準法上の時間外労働等の割増賃金の支払義務等に違反する事例も発生していることから、時間外労働等に対する割増賃金の適切な支払いのために留意すべき事項を下記に示すため、監督指導等の実施にあたっては遺憾なきを期されたい。

1.平成29年7月7日付け最高裁判所第二小法廷判決の要旨は次のとおりであること。 (1) 本件は、医師である上告人(労働者)が、被上告人(使用者)に対して時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金等の未払分の支払いを求めた事案である。 (2) 被上告人と上告人の間には、時間外労働等に対する割増賃金を年俸の中に含める旨の合意(以下「本件合意」という。)があったことから、上告人が未払いを主張する時間外労働等の割増賃金は全て支払い済みである旨主張した。 (3) しかしながら、本件合意においては、上告人に対して支払われる年俸のうち、時間外労働等の割増賃金に当たる部分が明らかにされていなかった。 (4) 最高裁は、割増賃金を基本給や諸手当にあらかじめ含める方法で支払うことについて、労働契約における基本給等の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要であるとした累次の判例最高裁平成6年6月、13日第二小法廷判決、最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決及び最、高裁平成29年2月28日第三小法廷判決)を引用し、本件については、上告人に支払われた年俸のうち時間外労働等に対する割増賃金として支払われた金額を確定することすらできず、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することはできないことから、被上告人の上告人に対する年俸の支払により、上告人の時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金が支払われたということはできないと判示し、原審に差し戻した。

2.労働基準法第37条が時間外労働等について割増賃金を支払うことを使用者に義務づけていることには、時間外労働を抑制し、労働時間に関する同法の規定を遵守させる目的があることから、時間外労働等に対する割増賃金を基本給や諸手当にあらかじめ含めて支払っている場合には、上記1を踏まえ、次のことに留意する必要があること。

(1) 基本賃金等の金額が労働者に明示されていることを前提に、例えば、時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金に当たる部分について、相当する時間外労働等の時間数又は金額を書面等で明示する、などして、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを明確に区別できるようにしているか確認すること。 (2) 割増賃金に当たる部分の金額が、実際の時間外労働等の時間に応じた割増賃金の額を下回る場合には、その差額を追加して所定の賃金支払日に支払わなければならない。そのため、使用者が「労働時間の適、正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平、成29年1月20日付け基発0120第3号)を遵守し、労働時間を適正に把握しているか確認すること。

3.上記2を踏まえ、今後次のように対応すること。 (1) 窓口での相談や集団指導等のあらゆる機会を捉えて、上記2で確認すべきとした内容について積極的に周知すること。 併せて、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」の内容についてもリーフレット等に基づき説明し、周知すること。

(2) 監督指導を実施した事業場に対しては、時間外労働等に対する割増賃金を基本給や諸手当にあらかじめ含めて支払っているか否かを確実に確認し、上記2に関する問題が認められた場合には、是正勧告を行うなど必要な指導を徹底すること。

時間外労働等に対する割増賃金の解釈について(平29.7.31基発0731第27号)

時間外労働等に対する割増賃金の解釈について(平29.7.31基発0731第27号)

時間外労働等に対する割増賃金の解釈について
https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T220225K0010.pdf


時間外労働等に対する割増賃金の解釈について、割増賃金を基本給や諸手当にあらかじめ含める方法で支払うことについて、平成29年7月7日付けで、最高裁判所第二小法廷において別添の判決が出された。
名称によらず、一定時間分までの時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金として定額で支払われる賃金については、不適切な運用により、労働基準法上の問題が生じる事例も発生していることから、この判例を踏まえ解釈は下記のとおりとするので、監督指導等の実施にあたっては遺憾なきを期されたい。


時間外労働等に対する割増賃金を基本給や諸手当にあらかじめ含める方法、で支払う場合には、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる、部分とを判別することができることが必要であること。また、このとき、割増賃金に当たる部分の金額が労働基準法第37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは、その差額を支払わなければならないこと。

【安全配慮義務】ロバート・ウォルスターズ・ジャパン事件(東京地判令3.9.28労経速2470号3頁)

安全配慮義務】ロバート・ウォルスターズ・ジャパン事件(東京地判令3.9.28労経速2470号3頁)

通勤による新型コロナウイルスへの感染不安を訴える派遣労働者に対する健康配慮義務違反及び雇止めの違法性がいずれも否定された事例

1.事件の概要

Xは、労働者派遣事業等を目的とするY社との間で、令和2年2月25日に期間の定めのある労働契約(以下「本件労働契約」という。)を締結した。
Xは、令和2年2月下旬頃、日本国内でも新型コロナウイルスの流行が始まっていたことなどから、Y社の担当者であるP1に対し、通勤を通じて同ウイルスに感染する不安を訴え、Q1への出勤時刻をずらし、通勤電車の混雑時間帯を避けることができるようにするとともに、当面の間、在宅勤務としてもらえるよう、Q1と調整して欲しいと依頼した。
P1は、令和2年2月29日、Xに対し、Xの懸念に理解を示しつつも、全てのオフィスを閉鎖しなければならないとする政府ガイドラインはなく、Q1にはXに出勤を求める権利があること、そして、Q1は少なくとも最初の数日間はXに職場に慣れてもらうためのサポート等をする必要があり、業務用パソコンを渡したり、チームメンバーに会ってもらうために、オフィスへの出勤を求めている旨伝えた。
また、P1は、その一方で、Xの懸念や要望を受けて、同日、Q1でXの指揮命令者となるP2マネージャーに対し、Xについて在宅勤務や出勤時刻の繰下げを検討することを依頼した。これに対し、P2マネージャーから、同年3月2日は、Xが混雑する電車を避けることができるように、午前10時に出勤してもらいたいこと、その後、Xと会って在宅勤務について話し合うことなど伝えられたため、P1は、Xに対し、その旨を報告した。Xは、これに対し、「Perfect Thanks!」(「完璧です!ありがとう!」)と返信した。
Xは、令和2年3月2日、Q1にタクシーを使って出勤し、タクシー代相当額は、後日、Y社からXに対して支払われた。
Xは、同日、Q1との間で、同日以降も出勤時刻を午前10時とすることを確認した。
Xは、同月9日まではQ1に出勤して就労していたが、Q1から在宅勤務の許可を得たことから、同月10日からは在宅勤務をするようになった。
Xは、在宅勤務中、始業時刻を3時間繰り下げて午前7時とし、その分、終業時刻も繰り上げて午後3時20分としたところ、P2マネージャーは、これを問題とし、Y社に対し、Q1の就業時間についてXに理解させてもらいたい旨を依頼した。P1は、令和2年3月16日、Xに対し、P2マネージャーからの要求を伝えた。
その後、P2マネージャーは、P1に対し、Xの在宅勤務を打ち切り、出勤を求めることにした旨を伝えた。そこで、P1は、同日、再びXに連絡を取り、①P2マネージャーがXに在宅勤務をやめて出社するよう要請していること、②Xの就業時間は在宅勤務中は午前9時から午後5時30分までであること、及び③P2マネージャーとの間でこれ以上新型コロナウイルスに関する議論をしないこと、を確認したいと伝えた。
Q1は、Y社に対し、Xの派遣に関する労働者派遣契約を更新しない旨を告知した。
Yは、令和2年3月19日、Xに対し、Q1から上記告知があった旨を伝え、これに伴い本件労働契約は同月31日をもって期間満了により終了する旨を通知した(以下「本件雇止め」という。)。
そこで、XがY社に対し、一連のY社の対応がXに対する不法行為に当たるとして、不法行為に基づく慰謝料の支払いを求めて提訴したのが本件である。

2.判決の概要

※ここでは、健康配慮義務違反のみ取り上げます。
(1)Xは、Y社が、通勤による新型コロナウイルスへの感染を懸念していたXのために、労働契約に基づく健康配慮義務又は安全配慮義務として、Q1に対し、在宅勤務の必要性を訴え、Xを在宅勤務させるように求める義務を負っていた旨を主張する。
そこで検討するに、令和2年3月初め頃は、新型コロナウイルスの流行が既に始まっており、Xのように通勤を通じて新型コロナウイルスに感染してしまうのではないかとの危惧を抱いていた者も少なからずいたことはうかがわれる。しかしながら、他方で、当時は、新型コロナウイルスに関する知見がいまだ十分に集まっておらず(X自身、新型コロナウイルスのことを「得体のしれないウイルス」と形容している。)、通勤によって感染する可能性があるのかや、その危険性の程度は必ずしも明らかになっているとはいえなかった(顕著な事実)。
そうすると、Y社やQ1において、当時、Xが通勤によって新型コロナウイルスに感染することを具体的に予見できたと認めることはできないというべきであるから、Y社が、労働契約に伴う健康配慮義務又は安全配慮義務(労働契約法5条)として、Q1に対し、在宅勤務の必要性を訴え、Xを在宅勤務させるように求めるべき義務を負っていたと認めることはできない。
したがって、仮に、Y社がQ1に対しXの在宅勤務の実現に向けて働きかけをしなかったという事情があったとしても、これをもって違法ということはできない。
(2)また、Y社は、通勤による新型コロナウイルスへの感染への懸念を示すXに理解を示し、Q1に対し、Xの出勤時刻の繰り下げや在宅勤務の要望を伝え、出勤時刻の繰下げについては速やかに実現しているし、XがQ1のP1マネージャーと在宅勤務について協議する約束も取り付けている。Xは、Y社がこのような対応をしたことについて、「Perfect!Thanks!」(「完璧です!ありがとう!」)と返信し、感謝の意を表しており、Xの在宅勤務も、平成2年3月10日から実現している。
 これらの事実に照らすと、仮に、Xが、Y社について上記(1)以外の健康配慮義務又は安全配慮義務違反を主張しているとしても、Y社は、Xに対し、上記(1)のような状況下において使用者として可能な十分な配慮をしていたというべきであり、Y社に本件労働契約に伴う健康配慮義務又は安全配慮義務違反があったとは認められない。
(3)以上のとおり、Y社に健康配慮義務又は安全配慮義務違反があったことを理由とするXの請求は理由がない。

3.解説

労働契約法第5条は「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と定められており、使用者は労働者に対する安全配慮義務を負っています。労働者の健康に配慮することも、安全配慮義務の1つです。
この安全配慮義務は、使用者が、①労働者の安全や心身の健康を害すると予測できた可能性があること(予見可能性)及び②その発生を回避できる可能性があること、を要件として発生するものと解されています。
本件においては、「通勤によって感染する可能性があるのかや、その危険性の程度は必ずしも明らかになっているとはいえなかった」ことが顕著な事実(証明を要しない客観的に明白な事実・民事訴訟法第179条)とされ、「当時、Xが通勤によって新型コロナウイルスに感染することを具体的に予見できたと認めることはできないというべきであるから」とY社の予見可能性を否定し、これにより「Q1に対し、在宅勤務の必要性を訴え、Xを在宅勤務させるように求めるべき義務を負っていたと認めることはできない」とY社の安全配慮義務が発生していなかったと判断しています。
また、義務が発生していなかったにも関わらず、Y社が派遣会社に対して、出勤時刻の繰り下げや在宅勤務の要望を伝えて、出勤時刻の繰下げについては速やかに実現していること等の配慮していたことも評価されています。

【休業手当】賃金請求事件(東京地判令3.11.29)

【休業手当】賃金請求事件(東京地判令3.11.29)

新型コロナウイルスの感染拡大による休業が、使用者の責めに帰すべき事由によるものと認められた事例

1.事件の概要

Yは、都内で現在16店舗のラブホテルを営む者である。Xは、平成26年4月、Yとの間で労働契約を締結し、同月以降、Yの経営する複数の店舗において、客室清掃などを担当する「ルーム係」として勤務していた。
Yでは、新型コロナウイルス感染拡大による売上減少に対応するため、令和2年3月29日以降、従業員の勤務時間を減らすこととし、Xに関しては、時短の日は概ね4時間に限って勤務させて、その勤務時間分の時給を賃金として支払い、休業の日には終日休業させて、時給の3.75時間分(6.25時間×6割)を休業手当として支払った。
Yは、令和2年7月13日以降は、上記と同様に、時短の日にはXを概ね4.25時間又は3時間に限って勤務させて、その勤務時間分の時給を賃金として支払い、休業の日にはXを終日休業させ、時給の2.55時間分(4.25時間×6割)を休業手当として支払った。
Xは、令和2年11月6日以降、31日の有給休暇を取得した。Yは、Xに対し、時給の4.25時間分をそれらの日の賃金として支払った。
これらの間、Yは、Xに対し、令和2年4月分から令和2年11月分まで、皆勤手当及び交通費を支払っていた。
その後、Xは、令和2年12月11日にYを退職し、令和3年2月6日、未払賃金及び休業手当の支払等を求めてYを提訴したのが本件である。

【労働契約の内容】
個別の合意及び就業規則により定まる労働契約におけるXの労働条件は、次のとおりであった。
所定労働時間:午前10時~午後5時、うち45分間休憩
       1日当たり6時間15分(6.25時間)
所定就業日 :毎週水曜日を除く各日
賃金支払方法:毎月20日締め当月28日払い
       (賃金の表記は支給日を基準とする。以下同じ。)
基本給の額 :平成30年9月分以降 時給1068円
       平成31年5月分以降 時給1083円
       令和2年5月分以降  時給1098円
その他賃金 :交通費、皆勤手当を支給する(就業規則42条、43条)。
有給休暇取得時の賃金:「通常の賃金」を支払う(就業規則24条4項)

2.双方の主張

※争点を休業手当に関するものに絞って記載しています。

①Xの所定労働時間は、令和2年3月29日以降4時間に、同年7月13日以降4.25時間又は3時間にそれぞれ変更されたか。

(Yの主張)
 Yは、新型コロナウイルス感染拡大によって顕著な影響を受けたため、やむを得ず、令和2年3月29日以降、Xの所定労働時間を4時間に短縮し、同年7月13日以降は、これを4.25時間又は3時間に短縮した。未曾有のコロナ禍の中でYの経営や雇用を維持する必要があったこと、所定労働時間は僅かに減少されたにすぎないことからすれば、この所定労働時間の変更は緊急避難的に合理性がある。

(Xの主張)
 Xが所定労働時間の変更に合意したことはなく、就業規則も変更されていないため、Xの労働契約の内容が変更される根拠がない。

② 時短の日及び休業の日につき、Xの休業はYの「責めに帰すべき事由」(労基法26条)によるものか。

(Xの主張)
労基法26条は労働者の生活を保障するために使用者に休業手当の支払義務を課したものであり、本件でもYの責めに帰すべき事由が認められる。Yは、それを自覚しているからこそ休業手当を支払っていたと考えられるし、支払った休業手当相当額は雇用調整助成金を取得できたはずである。

(Yの主張)
休業の原因が外部から発生したものであり、Yが通常の経営者として最大の注意を尽くしたとしても避けることはできなかったため、Xの休業につき、Yの責めに帰すべき事由はない。

③ 休業手当の計算方法

(Xの主張)
YがXに初めて休業を命じたのは令和2年3月29日であるから、その直前の賃金締切日である同年3月30日から3か月遡って計算すると、平均賃金は6325円(支給額合計57万5567円÷総日数91日)となり、1日当たりの休業手当はその6割である3795円以上でなければならない。また、休業の日のみならず、時短の日についても少なくともその額の支払が必要である。

(Yの主張)
Yは、令和2年3月29日以降、休業の日につき、1日当たり当初の所定労働時間6.25時間の6割に相当する3.75時間分の時給を休業手当として支払った。Yは、同年7月13日以降は、休業の日につき、1日当たり変更された所定労働時間4.25時間の6割に相当する2.55時間分の時給を休業手当として支払った。

④ 交通費及び皆勤手当は休業手当として支払われたものか。

(Yの主張)
Yが令和2年4月分から同年11月分までXに対して支払った交通費及び皆勤手当は、休業手当として支払われたものである。

(Xの主張)
争う。

3.判決の概要

争点① Xの所定労働時間は、令和2年3月29日以降4時間に、同年7月13日以降4.25時間又は3時間にそれぞれ変更されたか

Xの労働契約の内容が変更されるような就業規則の変更や個別の合意は存在しない。Yは、緊急避難的に、Xの所定労働時間を変更したと主張するが、法律上の根拠がなく、採用できない。

争点② 時短の日及び休業の日につき、Xの休業はYの「責めに帰すべき事由」(労基法26条)によるものか。

上記①のとおり、Xとの労働契約における所定労働時間の定めは変更されていないから、令和2年3月29日から同年11月5日までの間の「時短」及び「休業」の日においては、1日の所定労働時間の一部又は全部につき、YがXに休業を命じた(労務の受領を拒絶した)ものと解すべきである。
これらの日における休業は、連続しない複数の日に及んでいるものであるが、新型コロナウイルス感染拡大による売上減少に対応するため令和3年3月29日から講じられた一連の措置と解釈すべきであるから、一連の休業と捉えて休業手当の支払義務やその額を検討するのが相当である(以下、これらのXの休業を一括して「本件休業」という。)。
そして、休業手当の支払義務につき、労基法26条にいう「責めに帰すべき事由」とは、故意又は過失よりは広く、使用者側に起因する経営・管理上の障害を含むが、不可抗力は含まないものと解する(最高裁判所昭和62年7月17日第二小法廷判決・民集41巻5号1283頁・ノースウエスト航空事件参照)。
Yにおいては、新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛などにより、令和2年2月頃以降売上の減少という影響を受けはじめ、同年3月の売上は前年同月比約26%減、同年4月は約68%減となり、その後も売上は停滞した。Yは、このような売上減少に対応するため、同年3月29日以降、従業員全体の出勤時間を抑制することとし、Xには本件休業を命じたものである。このような売上減少の状況において人件費削減の対策を講じたことの合理性は認められるところであり、これによる雇用維持や事業存続への効果が実際に生じたであろうことを否定するものではない。しかしながら、Yは、事業を停止していたものではなく、毎月変動する売上の状況やその予測を踏まえつつ、人件費すなわち従業員の勤務日数や勤務時間数を調整していたのであるから、これはまさに使用者がその裁量をもった判断により従業員に休業を行わせていたものにほかならない。そうだとすれば、本件休業が不可抗力によるものであったとはいえず、労働者の生活保障として賃金の6割の支払を確保したという労基法26条の趣旨も踏まえると、Xの本件休業は、Y側に起因する経営・管理上の障害によるものと評価すべきである。よって、本件休業は、Yの「責めに帰すべき事由」によるものと認められる。

争点③ 休業手当の計算方法

労基法26条によれば、休業手当としては、使用者は平均賃金の100分の60以上を支払わなければならない。上記のとおり、本件休業は、令和2年3月29日に開始された一連の休業であるから、労基法12条に従って、直前の賃金締切日である同月20日を起算日として遡って3か月分の平均賃金を計算する必要がある。そうすると、平均賃金の額は6324.91円(総支給額57万5567円÷総日数91日)となるものと認められるから、本件休業で支払われるべき1日当たりの休業手当の額は、その6割に当たる3795円(小数点以下四捨五入)となる。なお、1日の一部の休業に当たる時短の日は、勤務時間分の時給が支払済みであるため、3795円との差額を休業手当として支払うべきこととなる。

争点④ 交通費及び皆勤手当は休業手当として支払われたものか。

Yは、交通費及び皆勤手当は休業手当として支払われたと主張するが、これらはXとYとの労働契約上定められたものがそのとおり支払われているにすぎず、これを休業手当の弁済とみることはできない。

休業手当請求等の小括

休業手当請求に関しては、Xが請求対象とした日につき、Yは、時短の日と休業の日のいずれについても、1日当たり3795円の休業手当の支払義務を負うところ、別紙の「既払分」列の金額の賃金又は休業手当の弁済が認められる。したがって、Yは、75295円の支払義務を負うものと認められる。
有給休暇取得時の賃金請求に関しては、本件労働契約においては、有給休暇取得時には「通常の賃金」を支払うこととされているところ、これは所定労働時間分の時給を支払うべきものと解釈するのが相当である(労基法39条9項参照)。Xが有給休暇を取得した日についても、Xの所定労働時間は6.25時間から短縮されていないから、Yは、本件労働契約の内容どおり、1日当たり6.25時間分の賃金の支払義務を負う。Yは、1日当たり4.25時間分の賃金を弁済しており、有給休暇取得日数は31日であるから、なお合計6万8076円(時給1098円×2時間×有給休暇取得日数31日)の支払義務を負うものと認められる。
休業手当の未払(労基法26条違反)及び有給休暇取得時の賃金の未払(労基法39条9項違反)もいずれも付加金の対象となるところ(労基法114条本文)、これらの未払はいずれも根拠なく所定労働時間を一方的に変更したとする取扱いに起因するものが大部分であり、未払額と同額の付加金の支払を命じるのが相当である。
よって、Xの休業手当請求等もその全てにおいて理由がある。

3.解説

労基法26条は「使用者の責に帰すべき事由」による休業の場合に、使用者に平均賃金の6割以上の手当を労働者に支払わせることによって、労働者の生活を保障しようとする趣旨です。この「使用者の責に帰すべき事由」とは、取引における一般原則である過失責任主義とは異なる観点も踏まえた概念であり、民法536条2項の「債権者の責に帰すべき事由」よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むものと理解されています。換言すれば、使用者に故意・過失がないような場合でも、使用者側に起因する経営、管理上の障害が対象となります。
具体的には、労基法26条の帰責事由とは、使用者に故意・過失がなく、防止が困難なものであっても、使用者側の領域において生じたものといいうる経営上の障害など(例えば、機械の故障や検査、原料不足、官庁による操業停止命令)を含むものと解釈されています。ただし、地震や台風などの不可抗力は含まれません(水町雄一郎氏の『労働法』第6版249頁参考)。
本件においても、同様の判断基準より、事業を停止したものではなく、雇用調整するために裁量によって休業を行ったものであることから不可抗力ではないことを理由に、使用側の領域において生じた障害による休業とされました。
本件は、新型コロナウイルスの影響による休業が一般的に休業手当の対象になることを示すものではありませんが、事業を停止せず、雇用調整しながら事業を継続することを目的としたケースは、不可抗力によるものではなく、休業手当の対象になるという見解が示されたものです。

令和4年度の協会けんぽ健康保険・介護保険保険料率が公表されました

令和4年度の協会けんぽ健康保険・介護保険保険料率が公表されました

協会けんぽより、令和4年度の健康保険・介護保険の保険料率が公表されています。
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g7/cat330/sb3130/r4/220202/


令和4年度の協会けんぽの健康保険料率及び介護保険料率は、本年3月分(4月納付分)(※)からの適用となります。
保険料を当月控除している場合は3月分の給与計算より、 翌月控除している場合は4月分の給与計算より給与計算システムの設定変更等をお忘れなく。
(※)任意継続被保険者及び日雇特例被保険者の方は4月分(4月納付分)から変更となります。

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令和4年度協会けんぽ健康保険料率

※40歳から64歳までの方(介護保険第2号被保険者)は、これに全国一律の介護保険料率(1.64%)が加わります。

(令和3年度) 1.80%  ⇒ (令和4年度)1.64%

【普通解雇】Zemax Japan事件(東京地判令3.7.8労経速2467号18頁)

Zemax Japan事件(東京地判令3.7.8労経速2467号18頁)

能力不足等を理由とするエンジニアの普通解雇が有効とされた事例

1.事件の概要

Y社は、米国所在の親会社が開発した物理系ソフトウェアの販売及び顧客に対する技術的サポート(テクニカルサポート)等を業務とする株式会社であり、従業員数(平成29年3月時点)は代表者及び✕を含め7名であった。
✕は、平成28年10月からY社での唯一のエンジニアとして就労を開始し、顧客からの技術的な質問に対してメールで回答するテクニカルサポート業務等を担当していた。
Y社は、平成29年3月8日、✕に対し、テクニカルサポートの回答の質(能力・知識が欠如しているか、責務を全うする努力が欠如していること)及び件数(件数が平均以下であり、顧客満足度を図る業務対応には思え難いこと)を理由として、同日付で解雇通知書を交付し、即時解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という)。
✕は、Y社による本件解雇は無効であるとして、労働契約上の地位確認等を求めて、訴えを提起したのが本件である。

2.判決の概要

※他に争点がありますが、解雇の有効性についてのみ記載します。

(1)判断の枠組み

本件労働契約締結後本件解雇に至るまでの間,Y社には就業規則が存在しなかったものの、就業規則が存在しない場合でも、民法627条1項本文に基づく解約の申入れとして普通解雇をすることが可能である。ただし、解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効となる(労働契約法16条)。
そして、解雇時に示された解雇理由に挙げられていない事実であっても、解雇の意思表示の時点までに客観的に存在した事実であれば、当該事実は解雇の理由となり得ると解するのが相当であるから、本件解雇通知書に記載された具体的な事情の有無及び程度に加えて、本件においてY社が主張する本件解雇に至った経緯を総合的に考慮して、本件解雇が無効か否かを判断するのが相当である。

(2)本件解雇通知書記載の点(テクニカルサポートの回答の質及び件数)について

ア ✕はY社の製品を含む光学を扱う業務について相当の知識と経験を有している旨の経歴を登録しており、Y社はこれを受け、✕にテクニカルサポート業務等を行う相当の能力があると期待して✕を採用したものと認められ、✕がY社においてテクニカルサポート業務等を担当することは本件労働契約締結時に✕にとっても明らかにされていたといえるから、本件労働契約上、✕には、顧客からの相当数の質問について、少なくとも顧客から不満が出ない程度の内容の回答をする能力を有することが求められていたと認めるのが相当である。
 そして、✕の顧客の質問に対する回答の中には、英語サイトのリンク先やマニュアルの該当箇所を示すだけのものがあり、一部の顧客から不満が出ていたこと、✕の回答件数が他国のエンジニアと比較して多くはないものであったことが認められ、✕のテクニカルサポート業務の能力は、一定程度、期待されていた能力を下回る状況であったことが認められる。
イ これに対し、✕は、米国ゼマックス社はスクリーンショットの添付を禁止しており✕がスクリーンショットを添付しなかったことに問題はない旨主張するが、米国ゼマックス社は「無駄な」スクリーンショットの添付をしない方針であったものの、スクリーンショット添付を全面的に禁止する方針であったことまでは認められない。また、✕はスクリーンショットを添付しても顧客が見ることが出来ず意味がなかったと述べるが、すべての顧客がそのような状況にあるとまで認めるに足りる証拠はなく、Y社が顧客に分かりやすい回答を作成するよう求める趣旨で✕にスクリーンショットの添付を求めることがおよそ不相当であるとは認められない。そうすると、✕はY社の指示に従うべきであり、同指示に従わないのであればその理由をY社に説明すべきであったといえ、これに従わないことは能力不足を構成する一要素となるというべきである。
また、✕は、回答件数の計上方法に問題がある旨述べるところ、Y社における質問の総数が他国のゼマックス社と比較してどのような状況であったのか明らかでないから、この点をことさら重視することはできない。しかしながら、✕がインストールに関する質問に対する回答を担当することに否定的な態度を示していたこともあって回答件数が少なかったとも考えられることから、この点については、Y社は✕に対しインストールに関する回答を含めすべての質問に対する回答を行う能力を有することを求めていたが、✕がこれに応えられない旨述べていたという点で能力不足を構成する一要素となると考えるのが相当である。

(3)本件解雇通知書記載の点以外にY社が主張する点について

Y社が24時間以内にまず1回目の回答を行うというルールを設けていたとする点については、いつ、誰から、どのような方法で、✕に対し当該ルールが伝えられていたのか本件各証拠によっても明らかでない。他方、米国ゼマックス社は48時間以内に回答する方針であることが推認される。よって、✕が24時間以内に回答する姿勢を示していなかったとしても、それを直接解雇の理由とすることは相当ではないというべきである。
また、✕がセミナーにおいて講師を務めた翌日に何も仕事をしたくないと述べた点については、Y社代表者の供述によってもいつのことかが明確でない。もっとも、Y社代表者が訴外Cに送信したメールと併せ考えれば、少なくとも✕とY社代表者が面談をした際に、✕がY社代表者に対しセミナー講師の負担が大きくその前後にテクニカルサポートを休みたい旨申告し、Y社代表者がそれを認めなかったことは推認される。よって、この点については、Y社は✕に対しセミナー講師を担当する前後にもテクニカルサポート業務を行う能力を有することを求めていたが、✕がこれに応えられない旨述べていたという点で能力不足を構成する一要素となると考えるのが相当である。
そして、✕が講師を担当した日のセミナー受講者のアンケートには✕に対する不満が記載されているものがあったことが認められ、改善が必要であったことが推認される。
また、英語については、少なくとも平成28年12月時点で✕も英語について能力の向上が必要であることを自認していたことが認められ、体験グループレッスンに参加したことは認められる一方、✕自身が具体的にその改善策を検討していたとまではうかがえない。

(4)指導改善の機会の付与等について

このような能力不足を理由として解雇する場合、まずは使用者から労働者に対して、使用者が労働者に対して求めている能力と労働者の業務遂行状況からみた労働者の能力にどのような差異があるのかを説明し、改善すべき点の指摘及び改善のための指導をし、一定期間の猶予を与えて、当該能力不足を改善することができるか否か様子をみた上で、それでもなお能力不足の改善が難しい場合に解雇をするのが相当であると考えられる。
本件においても、Y社代表者は訴外Cと相談の上、✕のための業務改善プランを準備していたのであるから、本来であれば、Y社代表者から✕に対し同業務改善プランを示し、改善点の指摘及び改善のための指導をし、改善の機会を与えた上で解雇するか否か判断をするのが最も望ましい対応であったというべきである。
しかしながら、✕は、Y社代表者が工面したバディを積極的に活用せず、Y社代表者からテクニカルサポートの回答にスクリーンショットを添付するよう指示され了解した旨回答しながらスクリーンショットを添付した回答を自ら作成する姿勢を示さず、Y社代表者から、担当業務について調整するため何により忙しいのか説明を求められても、少なくとも訴外Cの認識とは異なる回答をし、あるいは忙しい理由の説明を拒否し、Y社代表者からの今後の業務に関する考えやY社での就労に関する考えを問われても回答せず、勤務継続についてどちらでもいい旨の回答をし、Y社代表者から担当業務の詳細を確認するメールの送信を受けても返事をせず、顧客の質問に対する回答を後回しにしながらその理由の説明も拒否し、他方、Y社代表者から対応をしなくてよいと指示を受けた質問について、改めてY社代表者の了解を得ることもなく勝手な判断で回答を送信するなどしており、これらの✕の言動からすれば、Y社代表者が、およそ✕がY社代表者の指示に従って業務を行う意思を有していないものと判断し、業務改善プランを提示せずに解雇をする方針に至ったことにもやむを得ない面があったと認められる。
また、仮に✕本人の供述を前提に考えてみても、✕は、面談時にY社代表者に対して忙しい理由を説明したのに対し、Y社代表者から過去1か月分のメールを転送するよう言われたが、何も答えず黙っており、転送しない理由を説明することもないまま転送しなかったというのであるから、Y社代表者からすれば✕がY社代表者の指示に従わない態度を示し、従わない理由すら説明を拒否しているものと受け止めるのはやむを得ないものと考えられる。
なお、✕は解雇予告手当が一部未払となっている旨主張するが、どのような計算に基づき✕主張の金額が算出されるのか具体的な主張がなく、この一事により解雇が無効となることはないと考えられる。

(5)小括

✕のエンジニアリングサービス業務における回答の質及び件数並びにセミナー講師担当前後の回答担当の可否について、✕の能力又は能率がY社から求められていたものに比べて一定程度低かったとは認められるが、これらのみをもって直ちに労働能力又は能率が甚だしく低いとか甚だしく職務怠慢であるとまでは評価しがたい。
しかしながら、これらの✕の能力又は能率が一定程度低い点については、✕がこれを受け止め改善する意思及び姿勢を示していなければ改善の余地がないところ、✕はY社代表者から✕の業務環境等改善のために業務遂行状況を確認するための協力を求められても真摯な対応をせず、むしろY社代表者に対しその指示に従わない姿勢を示し、Y社で勤務を続けることについても積極的な姿勢を示さなかったのであるから、✕とY社の間においておよそ適切なコミュニケーションを図ることが困難な状況であったといえ、そうである以上改善可能性がなかったと認められる点を併せ考えると、「労働能力もしくは能率が甚だしく低く、または甚だしく職務怠慢であり勤務に耐えないと認められたとき」に該当するといえるというべきであり、本件解雇が客観的合理的理由を欠くものであるとは認められない。
そして、このような✕の態度に加え、本件労働契約はY社が✕を即戦力として中途採用したものであることに照らせば、Y社が✕に対して何らかの処分等を経ず、比較的短い期間で解雇を選択したことについて、社会通念上不相当であったとはいえない。

以上によれば、本件解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないものとはいえず、その権利を濫用したものとして本件解雇が無効であるとの✕の主張には理由がなく、✕の請求に理由はない。

3.解説

判断枠組みで示されているように就業規則が無い場合であっても、雇用契約の使用者からの解約である解雇は民法627条1項を根拠に行うことができます。一方、懲戒解雇は、就業規則等に根拠となる規定が無い場合はできません(フジ興産事件(最二小判平成15.10.10労判861号5頁))。
とは言え、解雇権濫用法理(労働契約法16条)により、客観的合理性と社会的相当性の要件を満たさない解雇は無効となります。
本件のように、能力不足を理由に解雇する場合は、会社が対象従業員に何度か注意喚起し、それでも改善が見込まれない場合に初めて認められるのが一般的です(他の業務への異動や賃金減額等、解雇を回避する措置をしたか等により、総合判断されます)。
この点について、本件は「どのような差異があるのかを説明し、改善すべき点の指摘及び改善のための指導をし、一定期間の猶予を与えて、当該能力不足を改善することができるか否か様子をみた上で、それでもなお能力不足の改善が難しい場合に解雇をするのが相当である。」と判断の枠組みを示しています。

本来であれば、改善指導を数回したうえで解雇となりますが、本件においては「✕がY社代表者の指示に従って業務を行う意思を有していないもの」、換言すれば、改善指導をしたところで指導に従わないと考え、そのようなプロセスを経ずに解雇としています。

この点について判決は、能力不足自体は、「直ちに労働能力又は能率が甚だしく低いとか甚だしく職務怠慢であるとまでは評価しがたい。」としながらも、「✕がこれを受け止め改善する意思及び姿勢を示していなければ改善の余地がないところ、✕はY社代表者から✕の業務環境等改善のために業務遂行状況を確認するための協力を求められても真摯な対応をせず、むしろY社代表者に対しその指示に従わない姿勢を示し、Y社で勤務を続けることについても積極的な姿勢を示さなかったのであるから、✕とY社の間においておよそ適切なコミュニケーションを図ることが困難な状況であったといえ、そうである以上改善可能性がなかったと認められる点を併せ考えると、「労働能力もしくは能率が甚だしく低く、または甚だしく職務怠慢であり勤務に耐えないと認められたとき」に該当する」とし解雇の客観的合理性を認めています。
また、✕が即戦力の中途採用者であったため、「Y社が✕に対して何らかの処分等を経ず、比較的短い期間で解雇を選択したことについて、社会通念上不相当であったとはいえない。」と社会的相当性も認められました。
能力不足に対する改善指導は、本人に改善の意思がなければ効果が見込めないことが明らかなため、妥当な結論であると考えます。