社会保険労務士川口正倫のブログ

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中途採用者の能力・成績不良を理由とする普通解雇~中途採用に失敗したとき~

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中途採用者の能力不足・成績不良を理由とする普通解雇~中途採用に失敗したとき~

1.能力、成績不良を理由とする解雇の概要

① 一般的な判例の傾向

労働者の事情を理由とする解雇には、①傷病等による労働能力の低下を理由とする解雇、②能力不足・適格性欠如を理由とする解雇、③非違行為を理由とする解雇などがありますが、いずれの場合も、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」、解雇権の濫用となることを定めている労働契約法16条により判断され、解雇事由の客観的合理性と解雇の社会的相当性が審査されます。この「解雇権濫用法理」のハードル自体も高いですが、その中でも、能力不足・適格性欠如を理由とする解雇は、有効と判断されることが最も難しいケースになるかと思います。大きな理由は、職種が限定されずに雇用されるケースが多く、能力不足や適格性の欠如があっても、人事異動で解雇を回避することが企業に求められることや、新卒一括採用が一般的であることから、労働者の教育訓練は企業の責任であるとの考えが根強いためです。
こういうこともあり、能力不足、成績不良を理由とする解雇が許されるのは、能力不足や成績不良の程度が著しい場合に限られるとするのが判例の一般的な傾向で、また、能力や適性に問題がある場合でも、教育訓練や能力に見合った配置転換をするなどの解雇回避義務をとるべきであり、このような回避措置をとることなく、いきなり解雇した場合、解雇を無効とする例が少なくありません。
例えば、セガ・エンタープライゼス事件(東京地判平11.10.15労判770号34頁)では、平成2年採用の大学院卒男性社員が入社以降、配属された部署で的確が業務遂行ができず、解雇直前の平成10年度の3回の人事考課がいずれも下位10%未満であり、同人の業務遂行が平均的な水準に達していないことを認定しつつも、就業規則の「労働能率が劣り、向上の見込みがないと認めたとき」とは、「平均的な水準に達していないというだけでは不十分であり、著しく労働能率が劣り、しかも向上の見込みがないときでなければならない」とし、さらに人事考課の点についても、効果が絶対評価でなく相対評価であることから、人事評価から直ちに当該労働者の労働能力が著しく劣り、向上の見込みがないとまでは言えず、さらに体系的な教育、指導を実施することで当該労働者の労働能力の向上を図る余地があるとして、解雇を無効としています。
ただし、ここまでハードルの高い判断基準は、長期雇用システムのもとに勤務している者(新卒や第二新卒、あるいは未経験者採用等、必ずしも即戦力とされていない)に適用されます。この点を名言している判例が、エース損害事件(東京地決平13.8.10労判820号74頁)で、勤続27年(53歳、月給約78万円)、勤続24年(50歳、月給約65万円)の2名の労働者が解雇されましたが、解雇無効とされています。なお、この判決は、「自ら高給を支給してきた企業が労働者らに対しその作業効率が低い割に給料を上げすぎたという理由で解雇することは、他国のことはいざ知らず、我が国においては許容されないものというべきである」とも言及されています。(このケースは、解雇の前にまずは減給を検討すべきだったと思います。まあ、解雇よりは認められやすいとはいえ、減給のハードルは高いですが・・・)
このように著しい能力不足等に限って解雇を有効とすることは、中途採用者の場合でも同様ですが、日本基礎技術事件(大阪地判平23.4.7労判1045号10頁)のように、新卒の場合であっても、その不良の程度が著しく、改善可能性が全くないと判断されるようなケースでは解雇が有効とされることもあります。

② 上級管理職や専門的な技能に着目して中途採用された場合

一方で、ここで取り上げる、即戦力として特定のポストや職務のために中途採用された上級管理職、専門職などの場合には、事情が少々異なり、勤務成績の不良の程度は、労働契約で合意された能力、地位にふさわしいものであったか否かの観点から、比較的緩やかな基準で判断してよいとされており、教育訓練や配置転換などの解雇回避措置もあまり問題とされません。なお、長期雇用システムのもとに勤務している者との区別は、採用の経緯や求人の内容等によって客観的に判断されますが、給与が相当に高額である場合は、「上級管理職や専門的な技能に着目して中途採用された」と認定されることが多いと思われます。
例えば、フォード自動車事件(東京高判昭59.3.30労判437号41頁)では、人事本部長(社長に次ぐ最上級管理職4名のうちの1人)として採用された労働者が、採用後約10か月で解雇された事案ですが、判決は、会社には当該労働者を「人事本部長として不適格と判断した場合に、あらためて就業規則の配転条項に則り異なる職位・職種への適格性を判定し、他の部署への配置転換等を命ずる義務を負うものではないと解するのが相当である」として、解雇に先立ち、配転等の措置を講ずべき義務はないとしています。
また、ヒロセ電機事件(東京地判平14.10.22労判838号15頁)は、品質管理部海外担当チームにおいて即戦力となる人材を中途採用することとし、電子機器・電子部品の品質管理の経験を応募条件と明示して社員を募集し、電子部品等の品質管理の仕事の経験があること等に着目して、中途採用された労働者が採用後約5か月で解雇された事案で、判決は「長期雇用を前提として新卒採用する場合と異なり、被告が最初から教育を施して必要な能力を身につけさせるとか、適性がない場合に受付や雑用など全く異なる部署に配転を検討すべき場合ではない。労働者が雇用時に予定された能力を全く有さず、これを改善しようともしない場合は解雇せざるを得ない」とし、当該労働者に、品質管理に関する知識や能力が不足しており、期待した英語の語学力にも大きな問題があること等から、解雇を有効としました。

2.中途採用者の能力不足、成績不良の判断基準

労働者は労働契約に基づき、給与に見合った適正な労働を提供する義務を負うことから、能力不足や成績不良は労務提供義務の不完全履行が、客観的合理的理由とされ、解雇事由となります。ただし、この客観的合理性は、ただ形式的に該当すればよいのではなく、労働者にその帰責事由に基づく債務不履行があり、かつ、それが労働契約の継続を期待し難い程度に達している場合にはじめて肯定されます。つまり、客観的合理性は、①能力不足や成績不良という債務不履行が現にあり(債務不履行の事実)、その債務不履行が、将来にわたって継続するものと予測される場合(将来的予測性)にはじめて認められます。
さらに、解雇が有効と認められるためには、解雇することが社会的に相当であることが(社会的相当性)必要です。つまり、具体的な事情の下において解雇することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になると判断されます。(高知放送事件(最二小判決昭和52.1.31労判269号17頁))これは、能力不足などが将来にわたって継続すると予測されても、それが解雇するほど重大な程度であるか、改善の機会を付与したか、配転や降格等の解雇回避義務を尽くしたか、解雇に至るプロセスは適正であったか、当該企業内における他従業員の状況など、当該労働者にとって有利となり得るあらゆる事情が考慮され、解雇が過酷であると認められる場合には社会的相当性を欠くと判断されます。
ここで取り上げる、上級管理職や専門的な技能に着目して中途採用された場合には、長期雇用システムの下に勤務している者と区別され、解雇回避義務がかなり緩和され、その他の点においても比較的緩やかなものとされますが、その当てはめは厳格に行われます。つまり、能力不足・成績不良の認定は、具体的事実に基づき、客観的かつ公正に行われます。

① 期待される能力と労働契約の内容

上級管理職や専門的な技能に着目して中途採用された場合には、期待される成績・成果、能力について、労働契約でどのように合意されていたかが問題となります。使用者側の主観的な意図、期待に沿わないことのみをもって解雇を有効とすれば、恣意的な解雇を許容することになってしまい不合理だからです。
しかし、成果を重視する企業であっても、どの程度の成果を上げるべきで、それを達成できない場合に解雇できるかについて、労働契約書等で明示的に取り決めることは稀ですので、期待される成果・能力は、労働契約締結に至る経緯、採用時やその後の職種、職位や、賃金水準などの諸事情から判断されることになります。
この点について明示的に判断しているのが、ブルームバーグ・エル・ピー事件(東京地判平24.10.5労判1067号76頁)で、この判例では、経済金融情報を提供する通信社のビジネスモデルが通常の新聞社や通信社と異なるものであり、求められる職務遂行の内容、態度は、労働者のそれまでの通信社での勤務経験におけるものと異なる面があることは否定できないとしながらも、採用時に格別の基準を設定したり、試用期間中に格別の審査・指導をしていなかったことから、一般的な中途採用の記者職種以上の職務能力が求められることが労働契約で合意されたとは言えないとされました。
しかし、労働契約での合意内容は、常に判決で認定されるわけではなく、認定されないケースでは期待される成果、能力のレベルについて、一定の了解が暗黙のうちに存在することを前提とし、その了解の範囲を逸脱していない限り、使用者が主張するレベルが正当な解雇基準として認められることになります。例えば、クレディ・スイス証券事件(東京地判平24.1.23労判1047号74頁)では、5位必達の目標を達成できていないことが形式的には、解雇事由に該当するとしているが、5位以内であることにより損益分岐ラインを十分に超える手数料が確保されていることから、特段の合意がなくとも、それを達成できないことを解雇理由とすることに合理性があり、労働者もそれを甘受すべきと判断したものと考えられます。
そう考えると、労働契約の内容が探求され、明示的に判断されるのは、企業の主張に一定の特殊性があり、労働者がこれを強く争っている場合であるということができます。

② 解雇基準への該当性判断

上級管理職や専門的な技能に着目して中途採用された場合には、解雇の有効性が緩やかに判断されますが、そのあてはめが緩やかになるわけではありません。能力不足・成績不足の認定は、具体的事実に基づき、客観的かつ公正に行われなければなりません。
例えば、ジェイ・ウォルター・トンプソン・ジャパン事件(東京地判平23.9.21労判1038号39頁)では、最重要の担当ブランドである「モッズヘア」について、マーケットシェアが下がった要因としては、商品の希求する方向性とマーケットのニーズの不一致などがあり、必ずしも、当該労働者の責任であるとは言えないとして、シェア低下が直ちに能力不足を意味するものではないとしています。マーケットシェアの低下は、成績不良を基礎付ける客観的な指標のようにも思われますが、裁判所は、その要因にまで踏み込んで分析して、企業の主張が客観性のある合理的なものであるかを慎重に判断しました。

③ 不良の程度と改善機会の付与

上級管理職や専門的な技能に着目して中途採用された場合には、新卒者に対して行われる教育訓練などの解雇回避義務は問題とはされませんが、ある一時点での成績不良があるからといって、直ちに解雇が正当化されるわけではありません。企業の業績と同じように、成績には一定の波があるのが普通なので、成績不良がある程度継続することにより、初めて解雇が正当化されることになります。すなわち、本節の冒頭で取り上げた「将来的予測性」の観点から、将来的にも使用者が欲する効果の達成が期待できない場合に、解雇が認められるということです。つまり、中途採用者とはいえ、一時的な成績不良等があっても直ちに解雇するのではなく、一定の改善機会を付与することが求められます。なお、これは、新卒者に対して求められるような体系だった教育、研修等を意味するものではありません。
ただし、事案によっては、特段の改善機会を付与するまでもなく、明らかに改善が見込めない場合もあります。このようなケースでは、改善の機会を付与せずに、直ちに解雇することが許容されることになります。このことは、新卒者の場合も同様で、例えば、日本基礎技術事件(大阪地判平23.4.7労判1045号10頁)の一審は、新卒者が技術社員としての資質や能力などの適格性について問題があるとして、試用期間の満了を待たずに解雇された事案ですが、危険は機械類を扱うに際して最低限守るべきことに繰り返し違反したこと、研修日誌の提出期限が守れないなど時間意識が薄かったこと、作業中にもかかわらず居眠りをするなど、睡眠不足とそれに伴う集中力低下を指摘されていたことなどの事情を踏まえて、「本件解雇は新卒者に対する解雇とはいえ、解雇権の濫用があったものとまでは認められず、かえって、解雇の相当性が認められる」と判断しています。その意味で、能力不足の程度と改善機会を付与すべきこととの間には、一定の相関関係があると言えます。
クレディ・スイス証券事件(東京地判平24.1.23労判1047号74頁)では、業務改善プロセスが開始されてわずか2か月後に最終警告書を渡されて、退職勧奨に至っていますが、十分な改善機会が付与されていないことが解雇の客観的合理性を否定する根拠となっています。このように、あまりに性急な解雇は、無効と判断される危険があります。
また、ブルームバーグ・エル・ピー事件(東京地判平24.10.5労判1067号76頁)では、5か月程度の間、業務改善プロセスが行われているものの、記事執筆、配信スピード等について、抽象的に指摘するにとどまり、その原因を究明したり、問題意識を共有化したりした上で改善を図っていく等の具体的な改善矯正策が講じられていないことが、解雇理由に客観的合理性が認めらないことの根拠の一つとされています。外資系企業においては、解雇や退職勧奨に先立っち、業務改善プロセス(PIP)を実施することが多いですが、真に改善させることを目的とするより、退職勧奨のための道具(退職勧奨の対象となる労働者に対して、改善できていないとのプレッシャーを与えて自ら退職に追い込む)もしくは、解雇を正当化するための証拠(アリバイ)として行われているケースも少なくないようです。ブルームバーグ・エル・ピー事件(東京地判平24.10.5労判1067号76頁)では、このような業務改善プロセスを実施したとしても、それが解雇の正当性を基礎付ける事情にならないことを明らかにしていると評価できます。改善プロセスは、労働者の理解、納得を得たうえで、改善に資する形で行われなければならないでしょう。実際に改善されれば、企業と当該労働者にとっては、Win-Winになるのですから。

④ 解雇に至る手続の相当性

上記のような改善機会の付与とは別に解雇に至る経緯、手続の相当性が解雇の有効性の判断に影響を与えることがあります。そして、時には、解雇手続の不当性が理由で、労働者が請求する損害賠償が認められることもあります。
その典型が、ジェイ・ウォルター・トンプソン・ジャパン事件(東京地判平23.9.21労判1038号39頁)で、この事案では、前件訴訟に至る以前の平成18年7月に仕事から外されて依頼、就労機会を与えられていないなか、前件訴訟が会社側敗訴で確定した直後に退職勧奨が行われ、その後まもなく解雇がなされています。このような事情のもとに行われた解雇は、単に無効であるにとどまらず、当該労働者に対する不法行為になるとして、30万円の慰謝料が認容されています。
また、クレディ・スイス証券事件(東京地判平24.1.23労判1047号74頁)では、無給の休職命令の有効性や慰謝料の請求の可否も争点とされていますが、判決は、5位必達という目標に達していなかった3社のコア・アカウントのうち、7月14日の面談時点で、2社につき相当程度の業務改善が認められたにもかかわらず、当該労働者をC信託銀行のアカウント・マネージャーから外したこと等は、「当該労働者に対して過度の萎縮効果を与えるものであって、性急といわざるをえず、相当でない」とし、7月27日面談時に、「最終警告書を原告に渡して注意喚起を促すに止まらず、退職という選択肢もある旨を示唆し、退職手続の説明を聞かせ、アクセスカードを回収したという行為は、やはり性急であり、相当でない」などとして、休職命令の合理性を否定し、これを無効としています。また、目標を未だに達成していない状況下で当該仕事を取り上げたことや、その他の事実(代理人交渉中にメールアドレスを削除し、長期休職や解雇を顧客や従業員に通知したこと)を違法であるとして、100万円の慰謝料を認容しています。
労使の紛争が起こる原因の多くは、使用者が労働者に理解を求めるための努力を怠り、一方的に処分等をすることにあります。解雇の場合も、余りに性急にして乱暴な解雇は、紛争に繋がることが多く、また、手続の不当性が解雇無効の判断の一材料とされたり、時には慰謝請求が認容されることもあります。使用者は、解雇に先立ち、労働者の理解を得るために努力するなど、慎重なプロセスを踏むべきでしょう。


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