社会保険労務士川口正倫のブログ

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【育児休業】フードシステム事件(東京地判平30.7.5労経速2362号3頁)

フードシステム事件(東京地判平30.7.5労経速2362号3頁)

審判:一審
裁判所名:東京地方裁判所
事件番号:平成28年(ワ)34757号
裁判年月日:平成30年7月5日
裁判区分:判決

1.事件の概要

Xは、鮪の卸業等を営むY社で、事業統括という役職で期間の定めのない従業員(嘱託社員)として勤務していた。Xは、平成24年11月初旬頃、第1子を妊娠し、平成25年6月1日以降出産のためしばらく出勤せず、同年7月3日に第1子を出産した後の平成26年4月14日以降、再度Y社で就労するになった。なお、Xは、Y社に復帰するに当たり、平成26年4月上旬頃、Y社の取締役Y1及びB課長と面談し、Xは時短勤務を希望したが、Y1は、勤務時間を短縮するためにはパート社員になるしかない旨説明した。Y1は、嘱託社員の立場のままで時短勤務にできない理由についてそれ以上の説明をすることなく、Xは、雇用形態が嘱託社員からパート社員へ変更され、賞与もなくなることについて釈然としないながらも、有期雇用の内容を含むパート契約書に署名捺印した。
その後、Xは、平成26年11月頃、第2子を妊娠し、産休及び育児休業の取得を希望したが、Y1は、その取得を認めない意向を示した。これに対し、Xは、神奈川県雇用均等室に相談したところ、Y1が産休及び育児休業の取得を認められた。
Xは、同年7月に第2子を出産した後、平成28年4月にY社に復帰した。
Y社は、平成28年8月20日頃、Xに対して、Xとの雇用契約について、同年8月末日をもって雇用期間満了により終了させるとの通知した。
これに対して、Xが、Y社及びY社の取締役であるY1に有期雇用契約への転換及び解雇等の無効であるとして従業員としての地位確認等を求めて提訴したのが本件である。

2.判決の要旨

争点1 当初雇用契約の期間の定めの有無について

ア XがY社との間において平成24年4月1日付けで締結した当初雇用契約書には雇用期間の終期の記載がないところ、Y社の稟議書には、「嘱託契約(1年更新)・・・・他事務員とは異契約とする」との記載があることから、Y社としても、他の事務員とは異なる内容の契約であることを前提に社内の稟議手続を経て同契約を締結したことが認められるので、契約期間を含めて契約の内容の確定や契約書の作成を含む契約締結の手続には相当の注意を払ったことが推認される。そうすると、当初契約書の作成、締結に携わったB課長を含むY社関係者が真に契約期間が年間の有期契約を締結する意思を有していたのであれば、雇用契約の重要な内容である雇用期間について、同契約書に「平成24年4月から」と始期のみが記載されており、終期の記載がないことに気付かないまま同契約書の起案をしただけでなく、被告の社印を押印する際にも同様に気付かないままであったとは容易に考え難いこと、同契約書にはY社の役員である代表取締役社長又は専務取締役が自ら押印していること、B課長は、平成24年4月1日の雇用契約締結当時、Xに対し、その面前で同契約書の記載内容を読み上げて確認しているところ、真に雇用期間が1年の契約を締結する意思であるならば、重要な契約の内容である雇用期間について読み上げないとは考えられないから、読み上げた際に雇用期間の欄が「平成24年4月から」となっていて、終期の記載がされていないことに気付いたはずであり、これに対応して記載を加入するなどの措置を執ったと考えられることに照らすと、単なる記載漏れである旨のY社の主張は、にわかに採用し難いこと、Y社が雇用契約期間の終期であると主張する平成25年3月末の時点で雇用契約更新に関する手続が行われたことを認めるに足りる証拠はないことなどの諸事情を総合考慮すると、当初契約書に基づいて締結されたXとY社との間の当初雇用契約は、嘱託社員としての雇用契約であるものの、期間の定めのないものと認めるのが相当である。

イ この点について、Y社は、Xとの当初雇用契約が1年間の有期雇用契約である旨主張するところ、Y社が平成27年5月に雇用均等室に提出した報告書及びその添付資料としての社内稟議書には、「嘱託契約(1年更新)」等の被告主張に沿う内容の記載があり、Y1及びB課長は、雇用均等室からの要請に応じて調査した結果、Xの雇用期間の終期が記載されていないことをその時点で初めて認識した旨供述する。
しかしながら、先に説示したとおり、Y社の当初雇用契約書の作成、締結に携わった者が、期間の定めの有無という雇用契約上重要な事項についての記載に気付かないまま雇用契約書を作成、締結するとは通常考えられないところであり、Y社としては、期間の定めがないとする当初の雇用契約書の内容について異存がないとの認識であったと認められる。そうすると、上記報告書及び稟議書には、「(1年更新)」等の記載があるものの、雇用契約締結の際にXに対して読み上げて確認した当初雇用契約書には期間の定めの記載がなく、他にXに対して期間の定めがあること説明したことを認めるに足りる的確な証拠はないのであるから、上記報告書及び稟議書の記載は、前記認定を覆すには足りないというべきである。
また、この点に関し、Y社は、平成27年5月に雇用均等室に前記報告書及び稟議書)を提出したが、雇用均等室から何らの指導もなく、同室側から、雇用期間の終期の点を含めて同報告書等に記載した対応をもってXの了解を得た旨伝えられたとも主張し、Y1及びB課長は、同主張に沿う内容の供述をする。
しかしながら、Xの了解が得られたとする部分は、雇用均等室からの伝聞であり、真にXが了解したと述べたか否かについて疑問がある上、仮に了解したと述べたとしても、Xの産休や育児休業に対するY社の対応について了解したと述べたにとどまる可能性もあり、他に、Xにおいて当初雇用契約書に基づいて有期雇用契約を締結したことを了解したと述べたことを認めるに足りる的確な証拠はないことに照らし、Y1及びB課長の上記供述は、前記認定を覆すには足りないというべきである。
さらに、Y社は、期間の定めのない雇用契約を締結している正社員には全員に変形労働時間制が適用されるから、Xがその適用を受けない勤務条件を希望した以上、Xにおいても有期の雇用契約となることは認識していた旨主張する。
証拠及び弁論の全趣旨によれば、少なくとも、平成16年にはY社の正社員については変形労働時間制を適用する労使協定が締結されていることが認められ、その後現在まで同協定が継続している可能性もある。しかし、仮にそうであるとしても、Xにおいて、同協定の内容を知っており、そのために土日を休日にした場合には、正社員になれない結果、有期雇用契約を締結しなければならない旨の認識であったことを認めるに足りる証拠はなく、前判示に係る当初雇用契約書の作成状況等に照らしても、Xが有期雇用契約を締結する意思であったとは認められないから、この点についてのY社の主張は採用することができない。
加えて、Y社は、嘱託の雇用区分は定年後の従業員を再雇用する際に用いる雇用区分であり、それ自体が有期雇用契約であることを意味するものである旨主張する。
しかし、前判示のとおり、Xが正社員としての雇用を希望しなかったことから、正社員の給与形態でなく時給制とするためにあえて嘱託という雇用区分にしたとみる余地があり、嘱託という雇用区分であることは、有期雇用契約であるとの前記判断を左右するものではないというべきである。

ウ 以上のとおり、Xと、Y社との間の当初雇用契約は、期間の定めのないものであったと認められる。

争点2 Y社による平成25年2月ののXに対する事務統括からの降格の肯否について

Y社は、平成25年2月、Xから妊娠の報告を受け、Xから後任の事務統括候補者についての意見を聞き、Xの推薦した者を後任の事務統括に任命し、Xは、3か月後に予定された産休に入るまでの間、後任の事務統括の仕事を援助し、Y社は、Xに対し、産休に入る平成25年5月分まで事務統括手当を支給していたことが認められる。これらの各事実によれば、Y社は、平成25年2月から同5月までの間は、Xに対し、Xが産休に入って以降の事務を円滑に進めるため、後任の事務統括を決めた上で、Xから後任の事務統括への仕事の引継ぎを行わせていた経緯が認められ、産休に入るまでXに対して事務統括手当を支給していたことを考慮すれば、Y社がXの妊娠を理由として、事務統括から降格させたと認めることはできない。
Xは、平成25年2月、被告に対して第1子妊娠の事実を報告したところ、報告後間もなく同月末日をもって事務統括主任の任を解くなどと告げられた旨主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はなく、仮にY1からXの事務統括という立場に関し何らかの発言があったにしても、それをもって、Xが事務統括から降格されたとも認められないから、Xの主張は採用することができない。

争点3 Xの第1子出産に伴う平成25年5月時点でのY社からの退職の肯否について

Y社は、Xは、Y社の厳しい経営状況もあり、第1子の出産に伴って平成25年5月24日にいったんY社を退職したと主張する。
しかしながら、XがY社に対して退職届を提出したことを認めるに足りる証拠はないこと、Y社は、Xの社会保険の資格喪失手続を取っておらず、かえって出産手当金、育児休業給付金の受給手続を行っていることは前記認定のとおりであることに加え、Xの立場からすれば、退職すると出産した子の保育園入園に支障を来たす上、Y1の主張によっても、必ずしもY社による再雇用が確約されていたわけでもなく、幼子を抱えた状態での再就職活動は困難を極めることが容易に予想されるのに、退職に応じる合理的理由が見当たらないことなどの事情を総合すれば、Xは、平成25年5月24日以降は産休を取得したと認めるのが相当であり、Y社を退職したことを認めることはできない。
これに対し、Y社は、Xにつき社会保険の資格喪失手続を行わなかったことや、出産手当金等の受給手続を行ったことについてはB課長の独断によるものであり、Y社としては認識していなかった旨主張し、B課長も同旨の供述をする。
しかしながら、B課長が独断でそのようなことを行う合理的理由が見当たらず、上記供述はそれ自体信用し難い内容といわざるを得ないし、前記認定のとおり、Y社の社会保、B険等関係の手続は顧問の社会保険労務士が関与の上で行われていたことや、B課長はY社からこの件を理由に処分を受けてはいないことなどの事情も考慮すると、被告らの上記主張を採用することはできない。

争点4 原告と被告会社との間で平成年月に締結したパート契約の有効性について

ア 前記認定のとおり、原告は、第1子出産後の平成26年4月上旬頃の面談において、Y1らに対し、育児のため時短勤務を希望したところ、Y1から、勤務時間を短くするためにはパート社員になるしかないと言われ、パート契約書に署名押印したことが認められる。

育児休業法23条は、事業主は、その雇用する労働者のうちその3歳に満たない子を養育する労働者であって育児休業をしていないものに関して、労働者の申出に基づき所定労働時間を短縮すること(以下「育児のための所定労働時間の短縮申出」という。)により当該労働者が就業しつつ当該子を養育することを容易にするための措置(以下「育児のための所定労働時間の短縮措置」という。)を講じなければならないとし、同法23条の2は、事業主は、労働者が前条の規定による申出をし又は同条の規定により当該労働者に上記措置が講じられたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならないと規定している。これは、子の養育又は家族の介護を行う労働者等の雇用の継続及び再就職の促進を図り、これらの者の職業生活と家庭生活との両立に寄与することを通じてその福祉の増進を図るため、育児のための所定時間の短縮申出を理由とする不利益取扱いを禁止し、同措置を希望する者が懸念なく同申出をすることができるようにしようとしたものと解される。上記の規定の文言や趣旨等に鑑みると、同法23条の2の規定は、上記の目的を実現するためにこれに反する事業主による措置を禁止する強行規定として設けられたものと解するのが相当であり、育児のための所定労働時間の短縮申出及び同措置を理由として解雇その他不利益な取扱いをすることは、同項に違反するものとして違法であり、無効であるというべきである。
もっとも、同法23条の2の対象は事業主による不利益な取扱いであるから、当該労働者と事業主との合意に基づき労働条件を不利益に変更したような場合には、事業主単独の一方的な措置により労働者を不利益に取り扱ったものではないから、直ちに違法、無効であるとはいえない。
ただし、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、当該合意は、もともと所定労働時間の短縮申出という使用者の利益とは必ずしも一致しない場面においてされる労働者と使用者の合意であり、かつ、労働者は自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該合意の成立及び有効性についての判断は慎重にされるべきである。そうすると、上記短縮申出に際してされた労働者に不利益な内容を含む使用者と労働者の合意が有効に成立したというためには、当該合意により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者が当該合意をするに至った経緯及びその態様、当該合意に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等を総合考慮し、当該合意が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要であるというべきである。

ウ これを本件についてみるに、それまでの期間の定めのない雇用契約からパート契約に変更するものであり、期間の定めが付されたことにより、長期間の安定的稼働という観点からすると、Xに相当の不利益を与えるものであること、賞与の支給がなくなり、従前の職位であった事務統括に任用されなかったことにより、経済的にも相当の不利益な変更であることなどを総合すると、XとY社とのパート契約締結は、Xに対して従前の雇用契約に基づく労働条件と比較して相当大きな不利益を与えるものといえる。
加えて、Y1は、平成25年2月の産休に入る前の面談時をも含めて、Xに対し、Y社の経営状況を詳しく説明したことはなかったこと、平成26年4月上旬頃の面談においても、Y1は、Xに対し、勤務時間を短くするためにはパート社員になるしかないと説明したのみで、嘱託社員のまま時短勤務にできない理由についてそれ以上の説明をしなかったものの、実際には嘱託社員のままでも時短勤務は可能であったこと、パート契約の締結により事務統括手当の不支給等の経済的不利益が生ずることについて、Y社から十分な説明を受けたと認めるに足りる証拠はないこと、Xは、同契約の締結に当たり、釈然としないものを感じながらも、第1子の出産により他の従業員に迷惑をかけているとの気兼ねなどから同契約の締結に至ったことなどの事情を総合考慮すると、パート契約がXの自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すると認めることはできないというべきである。
エ この点について、Y社は、平成26年4月にパート契約を締結以降、更新時期の度に面談しており、Xがパート契約書と同内容の契約書に署名押印していることから、同契約書どおりの契約内容を了解している旨主張する。
確かに、Xは、平成26年4月にパート契約書に署名押印して以降、更新時期の度にY社担当者と面談しており、パート契約書と同内容の契約書に複数回にわたって署名押印したことは前記認定のとおりである。
しかしながら、平成26年4月のパート契約については、契約によりXにもたらされる不利益の内容及び程度、Xがパート契約をするに至った経緯及びその態様、同契約に先立つXへの情報提供又は説明の内容等を総合考慮した結果、自由な意思に基づいて締結したとは認められないことは前判示のとおりであるから、その後パート契約の更新時期に面談をし、パート契約書に数回署名押印しただけでは、上記判断要素を総合考慮してされた平成26年4月に締結したパート契約がXの自由な意思に基づいてされたものとは認められないとする判断を左右するには足りないだけでなく、前記判断に照らせば、その後の更新時期において作成された契約書についても、これらに基づいて自由な意思によりパート契約が締結されたとも認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、この点に関するY社の主張は、採用することができない。

オ 以上のように、Xが自由な意思に基づいて前記パート契約を締結したということはできないから、その成立に疑問があるだけでなく、この点を措くとしても、Y社がXとの間で同契約を締結したことは、育児休業法23条の所定労働時間の短縮措置を求めたことを理由とする不利益取扱いに当たると認めるのが相当である。
したがって、XとY社との間で締結した前記パート契約は、同法23条の2に違反し無効というべきである。

争点5 Y社による平成28年8月31日のXに対する解雇又は雇止めの有効性について

ア 既に説示したところによると、Xは、平成28年8月時点で、Y社において、期間の定めのない事務統括たる嘱託社員としての地位を有していたというべきであるから、Y社がXに対してした同月末で雇用契約関係が終了した旨の通知は、雇止めの通知ではなく、Xに対する解雇の意思表示であると認められる。
そこで、この解雇の有効性について検討するに、Y社主張の解雇事由であるXが殊更にY社を批判して他の従業員を退職させたことを認めるに足りる証拠はないこと、前記認定に係るXが他の従業員のパソコンを使用した理由は違法又は不当なものとまではいえないこと、Y社の経営状況がXの解雇を相当とするほどに悪化していたことを認めるに足りる証拠はないことなどの事情を総合考慮すると、Y社による解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないから、労働契約法16条により無効というべきである。
したがって、Xは、Y社に対し、期間の定めのない雇用契約上の権利を有する地位にあるところ、前判示のとおり、Xは、事務統括から降格された事実が認められず事務統括の地位にあることによって事務統括手当月額1万円の支払を受けることができ、事務統括という地位は、事務統括手当の支払を受けるべき職位とみることができるから、その地位にあることを確認する訴えの利益が認められる。よって、XのY社に対する事務統括たる期間の定めのない雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認請求は、全部理由がある。
イ また、Xは、民法536条2項により、当初雇用契約に基づき、前記解雇日以降の賃金請求権を有することになる。Xは、解雇期間中の賃金額について、所定労働時間を8時間とした賃金の支払を請求しているところ、Xが短時間勤務から徐々に勤務時間を延ばすことを希望していたことはうかがわれるものの、所定労働時間を8時間とする合意が成立していたことを認めるに足りる証拠はないから、被告が支払うべき賃金額は、解雇前3か月の賃金額を平均した月額21万2286円と認められる。

争点6 原告の年次有給休暇請求権の有無について

当初雇用契約書の有給休暇の欄には、「A残日 引き継ぎ 4月更新」との記載があり、同契約書による契約を締結する際のY社の稟議書には、「有給休暇・・・A有給残引き継ぎ」との記載があることが認められる。
以上の各記載からすれば、当初雇用契約書に基づく雇用契約の際に、XとY社は、Aからの派遣社員として勤務していた期間の有給休暇の残日数を引き継ぐことを合意したことは認められるものの、Xが主張するように、当該残日数の根拠事実となるAにおける継続勤続年数をも引き継ぐ旨の合意をしたとは認められず、他にその旨の合意をしたことを認めるに足りる証拠はない。
もっとも、Xは、Aにおける継続勤務年数を通算した場合の年次有給休暇日数のみを主張しているけれども、当該主張の継続勤続年数の一部期間である平成24年4月を始期とする年次有給休暇請求権についても主張しているものと解されるので、以下、その点について検討する。
期間の定めのない雇用契約を締結したY社の社員は、労基法に従った年次有給休暇が付与されること、Xは、年次有給休暇平成27年5月に4日間、平成28年7月に3日間、同年8月に8日間の合計15日間取得したことが認められる。
前記認定のとおり、Xは、平成24年4月1日から期間の定めのない雇用契約を締結して、同日から口頭弁論終結時である平成30年3月26日までの間において継続勤務しなかった期間は、産休及び育児休業によるものであるほか、被告による解雇の意思表示によるものであることは前判示のとおりであり、前記認定の年次有給休暇取得日数も併せ考慮すると、前記期間の全労働日のうち8割以上を出勤していたと認められる。そうすると、Xは、雇用契約締結時の平成24年4月1日から6月が経過した平成24年10月1日に10日間、同様に、平成25年10月1日に11日間、平成26年10月1日に12日間、平成27年10月1日に14日間、平成28年10月1日に16日間の年次有給休暇が付与されたものである(労基法39条1項、2項、8項)。Xは本件訴えを提起した平成28年10月14日の直近2年間についての年次有給休暇請求権を主張しているところ、同期間にXに付与された年次有給休暇は、平成27年10月1日の14日間、平成28年10月1日の16日間の合計30日間であり、前記認定に係るXの年次有給休暇の取得状況によれば、上記直近2年間に対応する休暇取得は、平成28年7月の3日間、同年8月の8日間の合計11日であるから、Xは19日間の年次有給休暇請求権を有することになる。

争点7 原告の賞与請求権の有無について

Xは、賞与については基本給与額が基準となっており、正社員に支給される支給月数を基準にして支給されていたとし、支給月数が1か月の場合は20万円、2か月の場合は40万円が支給されていたと主張する。
Y社の賃金規程には、賞与は、会社の業績、従業員の勤務成績等を勘案して支給するとされ、営業成績の著しい低下その他やむを得ない事由がある場合には、支給日を変更し、または支給しないことがあると定められ(同規程19条1項)、また、賞与算定期間中の出勤日数が所定就業日数の3分の2未満の従業員は賞与支給対象から除外されることがある旨定められている(同条2項)ことに加え、Y社においては、従業員に対して支給する賞与について取締役会において決議する際には、「給与の1.5か月分の支給原資とする」などと支給原資額を給与月数で示す場合、「計画比90%、昨対110%を原資として支給する」などと支給原資額を前年との比率で示す場合が多く、具体的な標準支給額に言及する場合も最近では一度あったことが認められる。
以上の事実を総合すると、Y社においては、基本的に会社全体の賞与の支給原資額を給与月数や前年比で決定するまでを取締役会において決議し、その後に、各従業員の勤務成績等に応じて具体的な個々人の支給額が決定されていることが認められるから、前記認定に係るXに対する賞与の支給状況を考慮しても、少なくとも1年間で2か月分の賞与を支給する旨の合意があったとは認められない。前判示の各取締役会決議については、賞与の原資総額を定めるものにすぎず、具体的な標準支給額に言及したことが一度あるものの、これをもって、X主張にかかる年間2か月分の賞与を支給する旨の合意を裏付けることもできない。
以上によれば、原告の被告会社に対する賞与支払請求権は、具体的な請求権として発生しているということはできないから、原告の解雇後の賞与の支払を求める請求は理由がない。

争点8 Y社及びY1のXに対する債務不履行及び不法行為の成否について

ア 前判示のとおり、Xが平成25年2月に第1子の妊娠に伴って事務統括から降格されたとは認められないから、Y社が、平成25年2月に、Xに対して後任の事務統括を推薦させた上で後任の事務統括を任命し、産休に入るまでの間、Xに後任者の仕事の援助をさせたことは、妊娠に伴う不利益取扱いには当たらず、上記行為はXに対する不法行為を構成しない。
イ 他方、前判示のとおり、Y1が、Xに対し、第1子出産後の平成26年4月に復職する際、時短勤務を希望したことについて、実際には嘱託社員のままで時短勤務が可能であったものであり、育児休業法23条に従い、嘱託勤務のままで所定労働時間の短縮措置をとるべきであったにもかかわらず、パート契約でなければ時短勤務はできない旨の説明をした上で、Xの真に自由な意思に基づかないで、嘱託社員からパート社員へ雇用形態を変更する旨のパートタイム契約を締結させ、事務統括から事実上降格したことは、同法23条の2の禁止する不利益取扱いに当たり、不利益の内容や違法性の程度等に照らし、Xに対する不法行為を構成する。
ウ 次に、Y1が、Xの第2子妊娠に際し、B課長を通じて、Xの産休、育休取得を認めない旨を伝えたことに加え、Xは引き続きY社において就労を希望しており、その希望に反することを知りながら、平成27年3月30日、多くの従業員が出席し、Xも議事録係として出席した定例会において、Xが同年5月20日をもって退職する旨発表したことは、Y1において、第1子出産後の復職の際にパートタイム契約に変更しなければ時短措置を講じることができないとの態度をとり、更に第2子についての産休、育休取得を認めない態度を示していたこと等の事情を総合すると、Xに対して退職を強要する意図をもってしたものであると認められるから、産前産後の就業禁止を定める労基法65条に違反するとともに、妊娠出産に関する事由による不利益取扱いの禁止を定める男女雇用機会均等法9条3項にも違反する違法な行為であり、不利益の内容や違法性の程度等に照らし、Xに対する不法行為を構成する。
エ 平成28年4月の復職後にXに業務を担当させなかったことは、Y社における他の従業員の業務の担当状況の詳細を認めるに足りる証拠がないことにも照らし、Y社及びY1において、悪意をもって嫌がらせをするために、故意にXに業務を担当させなかったとまでは認められない。また、Y社及びY1において、周囲の従業員に対してXを孤立させるような言動や態度をとらせたことを認めるに足りる証拠はない。さらに、Y社がXに対し、トイレ掃除や昼休み時間中のミーティングへの参加をしなくてよい旨指示したことは、Xから法令順守をするよう申入れをされていたことに照らせば、Y社において、Xに対して慎重な取扱いをしたものとみる余地があり、Xに対する嫌がらせをする意図で上記指示をしたとまでは認められず、Xに対する不法行為は成立しない。
オ 前判示のとおり、Y社が、Xに対し、平成28年8月をもって行った解雇は無効であるところ、Y社においてXを解雇した理由として挙げる事実が、的確な裏付け証拠があるとは認められないXが他の従業員を退職させたという事実や、Y社に顕著な実害が生じたとみることはできない他の従業員のパソコンの使用という事実であること、Y1は、Xが第2子の出産に当たり、法律上当然の権利である産休、育休取得を認めないという明白な違法行為について、雇用均等室からの指摘もあって、Xに対して謝罪したものの、その後に解雇に及んだという前記認定に係る事実経過に鑑みれば、Y社及びY1は、第2子妊娠に伴う正当な権利主張をしたXについて、法律上正当とは認められない形式的な理由によりY社から排除しようとしたものと認められる。
したがって、上記解雇は、男女雇用機会均等法9条3項の禁止する不利益取扱いに当たり、不利益の内容や違法性の程度等に照らし、Xに対する違法な行為として不法行為が成立する。

改正労働者派遣法にかかる労使協定方式に関するQ&A【第2集】

労使協定方式に関するQ&A【第2集】

こちらの第2集となります。
sr-memorandum.hatenablog.com

1.労使協定の締結

問1-1
現在、協定協定対象対象派遣労働者の賃金派遣労働者の賃金の額の額がが一般賃金の額を上回るものとなっている場合一般賃金の額を上回るものとなっている場合、、
賃金の額の水準に変更するの水準に変更する対応対応はは可能か。可能か。


協定対象派遣労働者の賃金の額については、一般賃金の額と比較し「同等以上」であることを求めるものであることから、現在、協定対象派遣労働者の賃金の額が一般賃金の額を上回るものとなっていることを理由に、賃金を引き下げることは、派遣労働者の待遇改善を図ることを目指す改正労働者派遣法の目的に照らして問題であること。


問1-2
現在、協定対象派遣労働者の基本給等が一般賃金の額を上回るものとなっている場合に、通勤手当等を新たに支給する一方で、基本給を引き下げ、派遣労働者の賃金の総額を実質的に引き下げることは可能か。


通勤手当等を支給する一方で、基本給を引き下げ、派遣労働者の賃金の総額を実質的に引き下げることは、改正労働者派遣法の目的に照らして問題であること。


問1-3
労使協定を締結する際に協定対象労働者の範囲を定めることとなっているが、派遣先の希望等により、個別に、協定対象派遣労働者の待遇決定方式を派遣先均等・均衡方式に変更することとしてもよいか。


労使協定方式は、派遣労働者の長期的なキャリア形成に配慮した雇用管理を行うことができるようにすることを目的としたものである。そのため、派遣先の変更を理由として、協定対象派遣労働者であるか否かを変更することは、その趣旨に反するおそれがあり、適当ではない。
また、当然のことながら、待遇を引き下げることを目的として、派遣先ごとに待遇決定方式を変更することは、改正労働者派遣法の趣旨に反するものであり、適当ではない。
一方、待遇決定方式を変更しなければ派遣労働者が希望する就業機会を提供できない場合であって当該派遣労働者から合意を得た場合等のやむを得ないと認められる事情がある場合などは、この限りでない。


問1-4
「協定対象派遣労働者の範囲」について、一の事業所において、原則はその全ての派遣労働者に「労使協定方式」を採用するが、紹介予定派遣の対象者のみ、派遣先均等・均衡方式とすることは問題ないか。


紹介予定派遣とそれ以外の派遣労働者との間で、待遇決定方式を分けることは、合理的な理由があれば、労働者派遣法上直ちに否定されるものではない。
なお、単に賃金水準を引き下げることを目的に、紹介予定派遣とそれ以外の派遣労働者で待遇決定方式を変えることは、労使協定方式の趣旨に反するものであり、適当ではない。

2.基本給 ・賞与・手当等

問2-1
固定残業代は、一般賃金と同等以上を確保する協定対象派遣労働者の賃金の対象としてよいか。


局長通達第1の2(2)のとおり、協定対象派遣労働者の賃金の対象に時間外、休日及び深夜の労働に係る手当等が含まれないことを踏まえ、固定残業代についても協定対象派遣労働者の賃金の対象とすることは適当ではない。
一方で、直近の事業年度において、実際の時間外労働等に係る手当を超えて支払われた固定残業代については、協定対象派遣労働者の賃金の対象とすることが可能であるが、労使で十分に議論した上で判断いただくことが望まれる。
なお、固定残業代を採用する場合、基本給等の金額が労働者に明示されていることを前提に、割増賃金に当たる部分の時間外労働の時間数又は金額を書面等で明示するなどして、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを明確に区別できるようにするとともに、固定残業代に含まれた時間を超える時間外・休日労働及び深夜労働分についての割増賃金を追加で支払う必要がある点に留意すること。


問2-2
派遣元事業主が地域指数を選択する際、「派遣先の事業所その他派遣就業の場所」は具体的にどのように判断すればよいか。


「派遣先の事業所その他派遣就業の場所」については、 工場、事務所、店舗等、場所的に他の事業所その他の場所から独立していること、経営の単位として人事、経理、指導監督、労働の態様等においてある程度の独立性を有すること、一定期間継続し、施設としての持続性を有すること等の観点から実態に即して判断する こととなり、常に雇用保険の適用事業所と同一であるわけではない 。


問2-3
協定対象派遣労働者が複数の地域に派遣される可能性がある場合、一の労使協定において、複数の地域指数を乗じた一般賃金の額を記載するとともに、それぞれの一般賃金の額に対応する協定対象派遣労働者の賃金の額を記載し、同等以上であることを確認する必要があるのか。


原則は、派遣される可能性のある派遣先事業所の所在地を含む地域の地域指数を乗じた各一般賃金の額と、それに対応する協定対象派遣労働者の賃金の額を記載し、同等以上であることが客観的に明らかになっていることが必要である。
ただし、最も高い地域指数を乗じた一般賃金の額と、全ての協定対象派遣労働者に適用される賃金の額が同等以上であることを確認できる場合は、この限りでない。


問2-4
賃金テーブル上、職務のレベルに応じて等級を設けるとともに、昇給レンジとして号俸を設けている。その際の能力・経験調整指数の当てはめ方はどうなるのか。


基本的に労使で議論し決定するものであるが、例えば、各等級に属する派遣労働者が従事する業務の内容、難易度等が、一般の労働者の勤続何年目に相当するかを判断していただいたうえで、法第30条の4第1項第2号ロ(※)の対応として、号俸の中で賃金を向上させることが考えられる。
そのほか、号俸の中で、業務の内容、難易度等のレベルに差がある場合は、例えば、1級1号俸~5号俸の派遣労働者を基準値(0年目)とし、1級6号俸~10号俸の派遣労働者を1年目相当とするように、同じ等級の中で能力・経験調整指数の当てはめ方を変えることも考えられる。
派遣労働者の職務の内容、職務の成果、意欲、能力又は経験その他の就業の実態に関する事項の向上があった場合に賃金が改善されるものであること。


問2-5
令和元年8月19日付けのQ&A問2-7において、能力・経験調整指数が「4年」、「8年」、「15年」などになった場合の取扱いが整理されているが、例えば、労使で議論した結果、協定対象派遣労働者の業務の内容、難易度等が一般の労働者の勤続「0.5年(半年)」目相当に該当すると判断した場合、年数より更に細かく区切った能力・経験調整指数を使うことは可能か。


労使で十分に議論した上で決定するものである。仮に「0.5年(半年)」目の能力・経験調整指数を当てはめることとなった場合の一般基本給・賞与等の計算方法等は、令和元年8月19日付けのQ&A問2-7の取扱いによる。
なお、待遇を引き下げることなどを目的として、低い能力・経験調整指数を使用することは、労使協定方式の趣旨に反するものであり、適当ではなく、認められない。


問2-6
協定対象派遣労働者の賃金について、月給から時給に換算する際の計算方法が令和元年8月19日付けのQ&A問2-1に示されているが、1円未満の端数が生じた場合はどのように処理すればよいか。


一般賃金の額と同等以上であることが必要であるため、算出した結果、1円未満の端数が生じた場合には、当該端数は切り捨てて、切り捨て後の協定対象派遣労働者の賃金の額と一般賃金の額を比較することとなる。

4.退職金

問4-1
局長通達第3の3(1)「退職手当制度で比較する場合」について、協定対象派遣労働者の勤続期間の通算方法は、どのように定めればよいか。


特段の定めはない。労使で十分に議論した上で退職手当の支給要件である勤続期間の通算方法を決定することが求められる。
ただし、例えば、有期雇用の派遣労働者について、待遇を引き下げることを目的として、期間が通算されないよう契約終了後に一定期間を空け、実質的に派遣労働者が退職手当制度の対象とならないような運用を行っている場合などは、法の趣旨に反するものであり、適当ではない。
また、派遣元事業主が施行日前から退職手当制度を有しており、既に協定対象派遣労働者にも当該制度が適用されている場合においては、改正労働者派遣法の施行に合わせて勤続期間の通算方法を変更することは、労働条件の不利益変更となり得ることに留意すること。


問4-2
一つの労使協定で、「退職手当制度で比較する場合」と「一般の労働者の退職金に相当する額と「同等以上」を確保する場合」の両方式を定める予定であるが、局長通達第3の3(1)では、退職手当制度は「全ての協定対象派遣労働者に適用されるものであること」とされている。
これについては、局長通達第2の3(1)「退職手当制度で比較する場合」で支払うことを選択した協定対象労働者全員に適用されていればよいという解釈か。


貴見とおり


問4-3
局長通達第2の3(1)「退職手当制度で比較する場合」で支払うことを選択した場合、一般退職金と協定対象派遣労働者の退職金を比較する際は、モデル退職金やモデルの所定内賃金で比べればよいか。


退職金テーブル ・モデル退職金 やモデル所定内賃金で算出した支給月数と、一般退職金の支給月数を比較し、同等以上であればよい。


問4-4
令和元年8月19日付けのQ&A問4-3では、一般退職金と比較する場合、協定対象派遣労働者の支給月数は協定対象派遣労働者の退職時の「所定内賃金」額を用いるとあるが、この所定内賃金に含まれる賃金は何か。


所定内賃金は、所定労働時間に対し支払われる賃金で、基本給、業績給、勤務手当、奨励手当(精皆勤手当)、生活手当、その他の諸手当等をいい、通勤手当、所定外賃金(時間外手当、深夜手当、休日出勤手当等)及び賞与は除かれる。


問4-5
令和元年8月19日付けのQ&A問4-3では、一般退職金と比較する場合、協定対象派遣労働者の支給月数は協定対象派遣労働者の退職時の「所定内賃金」額を用いるとあるが、派遣元事業主の退職手当制度の算定基礎となる賃金と一致していない(基本給を算定基礎としている場合など)こともある。その際はどのように一般退職金の支給月数と比較すればよいか。


各派遣元事業主の退職手当制度の算定基礎については、必ずしも所定内賃金にする必要はないが、一般退職金の支給月数と比較する際は、所定内賃金額に置き換えた上で、比較していただくことが必要である。

(例)
・一般退職金:3年勤続⇒2.5ヵ月分支給
・事業主の退職手当制度:3年勤続⇒基本給(モデルは25万円)×3.0ヵ月=75万円支給
⇒この場合「基本給×3.0ヵ月」の合計額(75万円)を所定内賃金額(モデルは28万円)で割り、退職手当制度の支給月数を算出(75万円÷28万円≒2.7ヵ月分)し、そのうえで一般退職金(2.5ヵ月)と比較。


問4-6
局長通達の別添4に「退職給付等の費用」のデータが載っているが、どのように使うことを想定しているか。


「退職給付等の費用」は、協定対象派遣労働者の退職手当制度の給付水準を労使でご検討いただく際の参考データとしてお示ししているもの。例えば、現金給与以外の労働費用に占める退職給付等の費用の割合などをご参考にしていただきたい。


問4-7
局長通達第3の3(3)「中小企業退職金共済制度等に加入する場合」について、「この「等」には、例えば、派遣元事業主が独自に設けている企業年金制度が含まれるものであること」とされている。企業が独自に設けている退職一時金の費用を事業主が負担している場合、局長通達第3の3(3)「中小企業退職金共済制度等に加入する場合」として取り扱うことは可能か。


貴見のとおり。


問4-8
局長通達第3の3(3)「中小企業退職金共済制度等に加入する場合」について、確定給付企業年金等と併用して、企業が独自に設けている退職一時金を協定対象派遣労働者に支給しているが、両者の掛金等を合算して、一般退職金(一般基本給・賞与等に6%を乗じた額)と比較することは可能か。


貴見のとおり。


問4-9
局長通達第3の3(3)「中小企業退職金共済制度等に加入する場合」については、協定対象派遣労働者の一般基本給・賞与等の総額の6%と同等以上の掛金拠出であればよいか。


貴見のとおり


問4-10
退職金を支払っていない場合に、一般賃金の額と同等以上の額を確保するためには、どうすればよいか。


退職金を支払っていない場合には、協定対象派遣労働者の賃金(通勤手当を除く。)の額が、一般基本給・賞与等の額に「一般基本給・賞与等に6%を乗じた額(1円未満は切り上げ)」を加えた額と同等以上であることが必要(例えば、一般基本給・賞与等が1,000円の場合は、協定対象派遣労働者の賃金の額が、「1,000円+(1,000円×6%)=1,060円」と同等以上であることが必要)。
なお、このほか、通勤手当も含めて合算して比較する方法もあるため、合算の取扱いは、局長通達第3の4「「基本給・賞与・手当等」、「通勤手当」、「退職金」の全部又は一部を合算する場合の取扱い」をご参照いただきたい。

(参考)
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【配転命令】ケンウッド事件(最三小判平12.1.28労判774号7頁)

ケンウッド事件(最三小判平12.1.28労判774号7頁)

参照法条  : 労働基準法2章、労働基準法89条1項9号
判年月日  : 2000年1月28日
裁判所名  : 最高三小
裁判形式  : 判決
事件番号  : 平成8年 (オ) 128 



1.事件の概要

Xは、音響機器、通信機器等の製造販売を目的とするY社の東京都目黒区にある技術開発本部技術開発部企画室(以下「企画室」という。)で庶務の仕事に従事していた。
Y社は、東京都八王子市にあるD事業所において、昭和62年3月からカーオーディオ事業本部向けにHIC(ハイブリッド・アイ・シー)の生産を5人態勢で開始したところ、需要見通しが大幅に増加し人員を10人に増員する必要が生じ、同事業所内の異動により同年6月、8月、9月、12月に各一人の増員を行ったが、残る1人については同事業所内では補充の見通しが立たなかった上、同年8八月及び9九月に異動した2人が同年末には退職する見通しとなったため、早急に右退職予定者の補充を行う必要が生じた。」そこで、Y社は、同事業所内技術開発本部開発第三部HIC開発プロジェクトチーム課長の希望に従い、即戦力となる製造現場経験者であり、かつ、目視の検査業務を行うことから年齢40歳未満の者という人選基準を設け、右二人のうち一人は困難ながらも同事業所内で補充を検討することとするが、残る1人は企画室を含む本社地区からの異動により補充することとし、対象となる約六〇人の女性従業員の中から右基準に該当する者を選定したところ、製造現場を約7年間経験し、年齢34歳であったXがこれに該当した。そこで、Y社は、同年12月24日、Xを異動対象者に選定し、同63年1月27日、その上司である企画室長を通じて、Xに対し、同年2月1日付けで右プロジェクトチームのHICの製造ライン勤務へ異動させる旨を内示し、同日、右異動の命令(以下「本件異動命令」という。)を行った。Xは、即日、Y社の苦情処理委員会に苦情申立てをしたが、同委員会は、同月3日、右申立てを棄却する旨の裁定を行った。
Xは、通勤時間が長くなり、三歳の幼児の保育園送迎ができなくなるため、家庭生活も破壊されるとして本件異動命令に従わず、D事業所に出勤しなかった。Y社は、事態の打開を図るため、Xと勤務時間、保育問題等について話し合ってできる限りの配慮をしたいと考えていたが、Xは、この話合いに積極的に応じようとせず、本件異動命令拒否の態度を貫き、Y社の担当者に話合いの機会を与えないまま欠勤を続けた。
そこで、Y社は、懲戒規定に基づいて、昭和63年5月6六日ころ到達の書面をもって、Xを同年5月9日から同年6月8八日まで1か月の停職とし、さらに、右停職期間満了後もXがD事業所に出勤しなかったので、同年9月23日ごろ到達の書面をもって、Xを懲戒解雇した。
これに対して、XがY社に、本件異動命令の無効等を求めて提訴した。第一審及び第二審ともにXの請求を認めなかったため、上告したのが本件である。
なお、Y社の就業規則には、「会社は、業務上必要あるとき従業員に異動を命ずる。なお、異動には転勤を伴う場合がある。」との定めがあり、Y社は、現に従業員の異動を行っている。XとY社の間の労働契約において就労場所を限定する旨の合意がされたとは認められない。

2.判決の要旨

Xは、本件異動命令発令当時、東京都品川区の借家を住居として、夫と長男(昭和59年6月生)との3人家族で生活しており、企画室までの通勤時間は少なくとも約50分であった。夫は、東京都港区の外資系の通信機器等の輸入及び製造販売を目的とする会社に勤務し、通勤時間約40分を要していた。また、同人は残業や出張が多く、本件異動命令発令前1年間の出張は、延べ19回、87七日間(うち海外が59日間)に及んでいる。X夫妻は、平日は長男を保育園に預けていたところ、それぞれの出退勤の時刻と保育時間との関係上、長男の保育園までの送迎については、水曜日はXが送り、パート勤務の保母に月1万円で迎えと夕食を含む午後8時までの自宅保育を依頼し、その他の曜日は夫が送り、Xのかつての同僚に月1万円で迎えと午後6時50分までの自宅保育を依頼していた。
Xが本件異動命令発令当時の住居からD事業所に通勤するには、最短経路で、行きが約1時間43分、帰りが約1時間45分を要する。そのため、長男の水曜日における保育園への送り及びその他の曜日における午後6時50分から午後7時35分ころまでの保育に支障が生ずる。なお、同事業所の従業員のうちには、通勤時間1時間30分から2時間20分以上を要する男性従業員が数十人、同1時間20分から2時間近くを要する女性従業員が約10人いる。
D事業所の近辺には、Xが転居を希望すれば入居可能な相応の住居が多数存在し、居住地をE中央線のF、G、H、I各駅近辺と定めた場合の夫の通勤時間は、乗車駅から約1時間である。また、八王子市内には、同事業所から徒歩15五分の範囲内に3つ、Y社の送迎バスを利用して約20分の範囲内にもう1つ保育園があり、隣接する日野市内には、徒歩と路線バスを利用して約20分の範囲内に2つの保育園があるところ、うち二つについては定員に余裕がある。
企画室長がXを退職させるための嫌がらせないし報復人事の一環として本件異動命令を行ったとは認められない。
右事実関係等の下においては、Y社は、個別的同意なしにXに対しいずれも東京都内に所在する企画室からD事業所への転勤を命じて労務の提供を求める権限を有するものというべきである。もっとも、転勤命令権を濫用することが許されないことはいうまでもないところであるが、転勤命令は、業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても不当な動機・目的をもってされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、権利の濫用になるものではないというべきである(東亜ペイント事件(最二小判昭和61.7.14労判477号6頁)参照)。
本件の場合は、前記事実関係等によれば、Y社のD事業所のHICプロジェクトチームにおいては昭和62年末に退職予定の従業員の補充を早急に行う必要があり、本社地区の製造現場経験があり40歳未満の者という人選基準を設け、これに基づき同年内にXを選定した上本件異動命令が発令されたというのであるから、本件異動命令には業務上の必要性があり、これが不当な動機・目的をもってされたものとはいえない。また、これによってXが負うことになる不利益は、必ずしも小さくはないが、なお通常甘受すべき程度を著しく超えるとまではいえない。したがって、他に特段の事情のうかがわれない本件においては、本件異動命令が権利の濫用に当たるとはいえないと解するのが相当である。
また、Xが第2子を妊娠したのは、本件異動命令の後であるから、同命令の効力を左右しないことは、いうまでもない。
したがって、本件異動命令に従わなかったことを理由としてされた本件各懲戒処分には、所論の違法はないものというべきである。

3.元原利文の補足意見

私は、法廷意見の触れていない点について、補足的に考えを明らかにし、本判決の理解に資したいと考えるものである。
① まず、所論は原審の事実認定を非難するが、法律審である当審は、原審の事実認定に経験則や採証法則に違反する違法が認められない限り、これを前提として法律上の問題について判断をすべきであることは、改めていうまでもないところである。この観点からすれば、原審の事実認定は、細部にわたってそのすべてを正当といえるか否かはともかくとして、右違法があるとまでは認められず、これを是認するほかはないというべきである。
 そして、法廷意見の要約する原審の適法に確定した事実関係に基づく限り、Xを本社からD事業所まで転勤させる権限がY社人にあったということは否定し難いものというほかはない。
② もっとも、原審の認定事実からは必ずしも明らかではないが、論旨によるXの学歴とXとY社との間に雇用契約が締結された時期とを考えると、このような経歴の女性労働者については、特段の事情のない限り、明示的な合意をしないでも、広域での異動をしないことが黙示的に合意されているとみられるのであって、原審が就労場所を特定の勤務地に限定する合意がされたとは認められないとしているのも、東京都内において勤務場所を変更する異動が命じられたという本件事例を前提としたものと理解すべきであり、より広域の異動についてもY社に転勤命令権があるとしたものではない。また、このような労働者の異動については、転勤命令権の濫用の有無についての判断においても、高学歴の営業担当者等の異動の場合と比較して、より慎重な配慮を要するというべきである。
③ 次に、論旨は、本件異動命令がXに負わせる不利益の程度を検討するに当たって、本件異動命令が転居を伴わないものとして発令されたことを前提とすべきであるという。
 異動先が遠いために必然的に転居せざるを得ない場合であれば、そのことを前提として、異動命令に伴う労働者の不利益の程度を判断すべきであることは、当然であろう。しかしながら、異動先が比較的近い場合には、労働者が転勤命令に対応して長距離通勤のみちを選ぶか転居のみちを選ぶか、また、転居の場合に家族と同居のみちを選ぶか別居のみちを選ぶかは、通常の場合、当該労働者ないしその家族の判断に懸かっているものであり、異動を命ずる使用者が決定する事柄ではない。したがって、転勤命令に伴う不利益が当該労働者において通常甘受すべき程度にとどまるか否かは、これらの選択肢のいずれかのみを前提に決するのではなく、異動命令当時における当該労働者の置かれた客観的状況にかんがみて現実的に選択可能なみちの中に通常甘受すべきものがあるのであれば、当該労働者がより不利益性の高いみちを選択しようとする場合であっても、それは当該労働者自身の選択の結果というべきであり、使用者のした転勤命令権の行使を権利の濫用とすることはできないものというほかはない。
本件においては、家族と共に東京都品川区に居住していたXが同目黒区の職場から同八王子市の職場への転勤を命じられたというのであり、必然的に転居せざるを得ない異動とはいえない。したがって、X及びその家族にとっては、転居しないでXが長距離通勤をするみち、家族全体が転居をしてXの夫が長距離通勤をするみち、Xが長男と共に転居して夫と別居するみちなどが選択肢としてあり得ることになり、そのいずれを選択するかはXないしその家族の決定に任されているのであって、Y社がXに転居をしないで異動するように命じたものでないことは、いうまでもない。そうすると、これらのみちのいずれかによるならばXの受ける不利益を考慮しても転勤命令権の行使が濫用にわたるとまでは断じ難いというのであれば、Xないしその家族がこれらのいずれのみちを現実に選択したのかにかかわりなく、本件異動命令を無効ということはできないものといわなければならない。
ところで、このXの負わされる不利益の程度に関する判断の過程において、原審は、Xが長距離通勤のみちを選んだ場合においても、長男の二次保育に生ずる支障が解決可能であったと判示している。しかし、これは原審の認定事実を基にしても明確な裏付けを欠いた判断といわざるを得ず、直ちに是認し得るか疑問なしとしない。したがって、そのことを根拠に本件異動命令による不利益が上告人において通常甘受すべき程度にとどまると結論付けることは早計というべく、この点に関する論旨の指摘は、考慮に値するといわなければならない。
しかし、本件事実関係の下においては、Xが転居のみちを選ぶことも客観的状況からみて十分にあり得る選択肢と考えられるところであって、そのみちを選ぶならば、Xの従前の住居が借家であること、転居先も同じ東京都内であること、夫の通勤時間の延長も比較的短く抑えることが可能であること、転居先で長男の保育先を確保することはさほど困難であるとはいえないことなどを指摘することができる。したがって、Xないしその家族の負わされる不利益は、決して小さくないものの、なお通常甘受すべき程度を著しく超えるとまではいえないと判断されるのである。なお、現実にはXの夫が転居のみちに賛成しなかったことがうかがわれるのであるが、既に述べたところによれば、同じ状況の下において、転勤命令が、夫の賛成を得られたならば有効となるが、これが得られなかったならば無効となるというように判断すべきものではないから、右事実関係の下において夫が転居のみちに賛成することは通常期待し難いとまではいうことができない以上、この事情は右の判断を左右しないものというほかはない。また、いうまでもないことであるが、本件異動命令の後にXが第二子を妊娠したことも、同命令の効力を左右せず、したがって、同命令に従わないことを理由とする懲戒処分の効力にも影響しないといわざるを得ない。
⑤ 以上に述べたとおりであるから、本件事実関係の下においては、本件異動命令を違法と断ずることはできないといわざるを得ない。しかしながら、近時、男女の雇用機会の均等が図られつつあるとはいえ、とりわけ未就学児童を持つ高学歴とまではいえない女性労働者の現実に置かれている立場にはなお十分な配慮を要するのであって、本判決をもってそのような労働者であっても雇用契約締結当時予期しなかった広域の異動が許されるものと誤解されることがあってはならないことを付言しておきたい。

長期雇用システム下において、企業が活発に人材の調整を行う人事管理を是認した判断といえるが、本件以後、平成13年(2001年)に改正された育児介護休業法は、子の養育または家族の介護状況に関する使用者の配慮義務を定め(同法26条)、平成19年(2007年)に制定された労働契約法は、「仕事と生活の調和」への配慮を労働契約の締結・変更の基本理念として規定する至った(同法3条3項)。加えて、少子化や労働者の健康の問題との関連で、ワーク・ライフ・バランスの社会的要請も高まっている。このような社会的状況のなかでは、今後は、配転命令の権利濫用判断における「転勤に伴い通常甘受すべき程度の不利益」であるか否かの判断基準は、「仕事と生活の調和」の方向へ修正されていくことが予想されよう。企業の人事管理も、家族の介護のみならず育児のための必要性、夫婦や家族の一体性などに対しより丁寧な配慮が必要とされていくものと思われる。菅野和夫『労働法』第十二版732頁引用

【雇止め】福原学園(九州女子短期大学)事件(最一小判平28.12.1労判1156号5頁)

福原学園九州女子短期大学)事件(最一小判平28.12.1労判1156号5頁)

参照法条  : 労働契約法6条、労働契約法18条
裁判年月日 : 2016年12月1日
裁判所名  : 最高裁第一小法廷
裁判形式  : 判決
事件番号  : 平成27年(受)589号

1.事件の概要

Xは、学校法人Yとの間で有期労働契約(以下、本件労働契約)を締結し、Yの運営するA短期大学の教員として勤務していた。学校法人Yは、労働契約開始後1年でXを雇止めとした。
これに対して、Xは、Y社に、労働契約上の地位の確認等を求めて提訴した。係争中に、学校法人Yは、更新限度期間が3年とされていることを理由に予備的雇止め(以下、本件雇止め)を行った。
第一審は、当初の雇止めは客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でないとしXの請求を認容した。第二審は、採用当初の3年の契約期間に対する学校法人Yの認識や契約職員の更新の実態等に照らせば、上記3年は試用期間であり、特段の事情のない限り、無期労働契約に移行するとの期待に客観的な合理性があるものというべきであるとし、本件労働契約は無期労働契約に移行したものと認めるのが相当であるとしてXの請求を認容したため、学校法人Yが上告したのが本件である。

労働契約の期間:平成23年4月1日から平成24年3月31日
当初雇止め:平成24年3月31日で終了(平成24年3月19日通知)
本件雇止め:平成26年3月31日で終了(平成26年1月22日通知)
就業規則の規定
・契約職員とは、一事業年度内で雇用期間を定め、学校法人Yの就業規則28条に定める労働時間で雇用される者のうち、別に定めるところによる契約書により労働契約の期間を定めて雇用される者をいう。
・契約職員の雇用期間は、当該事業年度の範囲内とする。雇用期間は、契約職員が希望し、かつ、当該雇用期間を更新することが必要と認められる場合は、3年を限度に更新することがある。この場合において、契約職員は在職中の勤務成績が良好であることを要するものとする。
・契約職員(助手及び幼稚園教諭を除く。)のうち、勤務成績を考慮し、学校法人Yがその者の任用を必要と認め、かつ、当該者が希望した場合は、契約期間が満了するときに、期間の定めのない職種に異動することができるものとする。

2.判決の要旨

本件労働契約は、期間1年の有期労働契約として締結されたものであるところ、その内容となる本件規程には、契約期間の更新限度が3年であり、その満了時に労働契約を期間の定めのないものとすることができるのは、これを希望する契約職員の勤務成績を考慮して学校法人Yが必要であると認めた場合である旨が明確に定められていたのであり、Xもこのことを十分に認識した上で本件労働契約を締結したものとみることができる。
上記のような本件労働契約の定めに加え、Xが大学の教員として学校法人Yに雇用された者であり、大学の教員の雇用については一般に流動性のあることが想定されていることや、学校法人Yの運営する三つの大学において、3年の更新限度期間の満了後に労働契約が期間の定めのないものとならなかった契約職員も複数に上っていたことに照らせば、本件労働契約が期間の定めのないものとなるか否かは、Xの勤務成績を考慮して行う学校法人Yの判断に委ねられているものというべきであり、本件労働契約が3年の更新限度期間の満了時に当然に無期労働契約となることを内容とするものであったと解することはできない。そして、平成24年3月31日に当初の雇止めをしたことは、学校法人Yが本件労働契約を期間の定めのないものとする必要性を認めていなかったことは明らかである。
また、有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換について定める労働契約法18条の要件をXが満たしていないことも明らかであり、他に、本件事実関係の下において、本件労働契約が期間の定めのないものとなったと解すべき事情を見いだすことはできない。
以上によれば、本件労働契約は、平成26年4月1日から期間の定めのないものとなったとはいえず、同年3月31日をもって終了したというべきである。

3.櫻井龍子の補足意見

私は法廷意見に賛同するが、近年、有期労働契約の雇止めや無期労働契約への転換をめぐって、有期契約労働者の増加、有期労働契約濫用の規制を目的とした労働契約法の改正という情勢の変化を背景に種々議論が生じているところであるので、若干の補足意見を付記しておきたい。

① まず、本件は、法廷意見に述べるとおり、有期労働契約の更新及び無期労働契約への転換の可能性、その場合の判断基準等が、当事者間の個別契約の内容となる本件規程に明記され、一方、Xも契約締結の際、契約内容を明確に理解し、了解していたと思われ、雇止めの措置はその基準等に照らし特段不合理な点はなかったと判断できる事案であったといえる。
本件においては、無期労働契約を締結する前に3年を上限とする1年更新の有期労働契約期間を設けるという雇用形態が採られているところ、Xが講師として勤務していたのは大学の新設学科であり、同学科において学生獲得の将来見通しが必ずしも明確ではなかったとうかがわれることや、教員という仕事の性格上、その能力、資質等の判定にはある程度長期間が必要であることを考慮すると、このような雇用形態を採用することには一定の合理性が認められるが、どのような業種、業態、職種についても正社員採用の際にこのような雇用形態が合理性を有するといえるかについては、議論の余地のあるところではなかろうか。
この点は、我が国の法制が有期労働契約についていわゆる入口規制を行っていないこと、労働市場の柔軟性が一定範囲で必要であることが認識されていることを踏まえても、労働基準法14条や労働契約法18条の趣旨・目的等を考慮し、また有期契約労働者(とりわけ若年層)の増加が社会全体に及ぼしている種々の影響、それに対応する政策の方向性に照らしてみると、今後発生する紛争解決に当たって十分考慮されるべき問題ではないかと思われる。

② さらに、原審の判断についても一言触れておきたい。
原審の判断を、仮に、判例が積み重ねてきたいわゆる雇止め法理、あるいは労働契約法19条2号の判断枠組みを借用して判断したものととらえることができるとしても、雇止め法理は、有期労働契約の更新の場合に適用されるものとして形成、確立されてきたものであり、本件のような有期労働契約から無期労働契約への転換の場合を想定して確立されてきたものではないことに原審が十分留意して判断したのか疑問である。
すなわち、原審は無期労働契約に移行するとのXの期待に客観的合理性が認められる旨の判断をしているが、有期労働契約が引き続き更新されるであろうという期待と、無期労働契約に転換するであろうという期待とを同列に論ずることができないことは明らかであり、合理性の判断基準にはおのずから大きな差異があるべきといわなければならない。無期労働契約への転換は、いわば正社員採用の一種という性格を持つものであるから、本件のように有期労働契約が試用期間的に先行している場合にあっても、なお使用者側に一定範囲の裁量が留保されているものと解される。そのことを踏まえて期待の合理性の判断が行われなければならない。
もとより、このような場合の期待の合理性は、日立メディコ事件をはじめこれまでの裁判例に明らかなとおり、労働者の主観的期待を基準に考えるのではなく、客観的にみて法的保護に値する期待であるといえるか否かを、様々な事情を踏まえて総合的に判断すべきものであるということを念のため付け加えておきたい。
以上の考え方に照らすと、仮に原審の判断枠組みに沿って考えるとしても、本件は無期労働契約転換についての期待に客観的合理性があったと認めることができる事案とはいえず、雇止めは有効と判断すべきこととなろう。

【管理監督者】日産自動車事件(横浜地判平31.3.26労経速2381号)

日産自動車事件(横浜地判平31.3.26労経速2381号)

審判:一審(地方裁判所
裁判所名:横浜地方裁判所
事件番号:平成29年(ワ)1154号
裁判年月日:平成31年3月26日
裁判区分:判決

1.事件の概要

Aは自動車メーカーであるY社に課長職として勤めていた。Aは平成28年3月、脳幹出欠で死亡したが、Aの妻であるXが、Aの死亡によりAの賃金請求権の3分の2を相続したとして、Y社に対して、時間外労働分についての未払割増賃金等の支払いを求めて提訴したのが本件である。

【労働契約の内容】
AとY社の労働契約の内容は、以下のとおりである。

① 賃金
Aの賃金は、基準賃金(年俸を12分割して100円未満の端数を切り上げたもの)、休暇手当、深夜手当、通勤手当及びインセンティブで構成されていたところ、基準賃金は、平成26年4月から平成27年3月までは、月額86万6700円、同年4月から平成28年3月31日までは、月額88万3400円であった。

② 賃金の支払期日
基準賃金、家族手当、調整手当は当月25日、その他の諸手当は翌月25日

③ 月平均所定労働時間 162.66時間

【Y社の役割等級制度】
① キャリアコース別役割等級制度
(1) Y社は、キャリアコース別役割等級制度を採用している。
(2) キャリアコースは、総合型プロ(PG)コース、専門型プロ(PE)コース、テクニシャン型プロ(PT)コースの3つに分かれる。
(3) Aが進んだ専門型プロ(PE)コースは、固有の専門領域において、経験蓄積・高度の専門性をベースに、付加価値の最大化を追求する。役割等級は、担当職であるPX、総括職であるPE2、課長代理職であるPE1へと昇級する。
② 部課長層
Y社は、キャリアコース別等級制度の適用対象者を統括・管理するために、部課長層を置いている。N1職は、部長職であり、N2職は、課長職である。

【Aの所属先・職位】
所属先:日本B本部 日本Bマーケティング部(以下「日本Bマーケティング部」という)
役割等級:N1(部長職)
役職:マーケティングマネージャー

2.判決の要旨

争点(1)(管理監督者該当性)について

Y社は、Aが、労基法41条2号の管理監督者に該当すると主張する。
労基法41条2号の趣旨は、管理監督者は、その職務の性質や経営上の必要から、経営者と一体的な立場において、労働時間、休憩及び休日等に関する規制の枠を超えて活動することが要請されるような重要な職務と責任、権限を付与され、実際の勤務態様も労働時間等の規制になじまない立場にある一方、他の一般の従業員に比して賃金その他の待遇面でその地位にふさわしい優遇措置が講じられていることや、自己の裁量で労働時間を管理することが許容されていることなどから、労基法の労働時間等に関する規制を及ぼさなくてもその保護に欠けるところはないことにある。
とすれば、労基法上の管理監督者に該当するかどうかは、
①当該労働者が実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されているか、
②自己の裁量で労働時間を管理することが許容されているか、
③給与等に照らし管理監督者としての地位や職責にふさわしい待遇がなされているか
という観点から判断すべきである。
なお、Y社は、行政解釈(旧労働省の昭和63年3月14日基発第150号通達)を根拠に、
④経営上の重要事項に関する企画立案等の業務を担当していること、
⑤ライン管理職と同格以上の位置付けとされていること
の要件があれば、管理監督者に該当すると認めるべきである旨主張するが、このうち⑤の要件は、上記③と同趣旨をいうものと解されるから、上記①から③とは別個の独立した要件・観点というよりも、そこでの考慮要素として判断すれば足りる。
これに対し、上記④の点は、労基法41条2号の上記趣旨からすれば、単に、経営上の重要事項に関する企画立案等の業務を担当しているというだけでは足りず、その職務と責任が、経営者と一体的な立場にあると評価できることまでも必要とすると解すべきであるから、結局、上記④の点は、上記①の観点の検討の中で考慮される一つの要素にすぎない。
したがって、Y社の上記主張は採用しない。

争点(2) 職責及び権限について

日本Bマーケティング部において、マーケティングマネージャーは、マーケティングプランを企画し、マーケティングプランを決定するマーケティング本部会議でそれを提案する立場にあったものと認められ、この点で、地域・部門が限定的であるとはいえ、Y社の経営方針を決定する重要な会議に参画する機会を与えられていたと評価することができる。
しかしながら、マーケティングマネージャーは、マーケティング本部会議で提案する前に、マーケティングダイレクターから、あらかじめマーケティングプランの承認を受ける必要があること、マーケティングダイレクターも、同会議に出席し、マーケティングマネージャーと一緒にマーケティングプランを提案する立場にあること、マーケティングマネージャーは、マーケティングダイレクターとは異なり、担当車種が議題に上るときだけマーケティング本部会議に出席することからすれば、マーケティングマネージャーは、マーケティングダイレクターの補佐にすぎず、経営意思の形成に対する影響力は間接的なものにとどまると評価すべきである。
また、マーケティングマネージャーは、営業本部会議において、現地統括会社であるリージョナルカンパニーの社長及び役員に対し、ディーラーへの援助を依頼するが、この点は、経営意思の形成にも、労務管理にも関わらないものであるから、管理監督者性の判断に影響を与えるものではない。
したがって、日本Bマーケティング部に配属されていた当時のAのその他の職責及び権限を考慮しても、その当時のAが、実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職責及び権限を付与されていたとは認められない。

争点(3) 労働時間の管理について

Aは、本件勤怠管理システムに勤務時間を入力し、承認者の承認を得ていた。
しかしながら、E・コーポレートプラン部及び日本Bマーケティング部における所定労働時間は、午前8時30分から午後5時30分(休憩時間1時間)であったにもかかわらず、Aは、午前8時30分よりも遅く出勤し、午後5時30分より早く退勤することも多かったが、遅刻、早退により賃金が控除されたことがないことからすれば、Aは、自己の労働時間について裁量を有していたと認めることができる。なお、これに対し、Xは、遅刻早退した場合に精算が発生する旨記載されていると主張するが、Y社は、上記記載は定型書式であると主張しており、上記認定説示のとおり、Aは、遅刻早退により賃金が控除されたことがないことからすれば、Aが遅刻早退により賃金が控除される立場だったと解することはできない。
もっとも、Aは、管理監督者ではないことについて当事者間に争いのないPE1職だった時から、午前9時30分から10時くらいに出勤しており、大卒で入社した時以来、スーパーフレックス制であったと証言しているから、上記のAの労働時間についての裁量は、Aの地位に関係なく、従業員に与えられていたものとも推測する余地もある

争点(4) 待遇について

Aの基準賃金は、月額86万6700円又は88万3400円で、年収は1234万3925円に達し、部下より244万0492円高かったのであるから、待遇としては、管理監督者にふさわしいものと認められる。
以上からすれば、Aは、自己の労働時間について裁量があり、管理監督者にふさわしい待遇がなされているものの、実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されているとは認められないところ、これらの諸事情を総合考慮すると、Aが、管理監督者に該当するとは認められない。

Y社が、割増賃金を支払わなかったのは、Aを管理監督者と認識していたためであるところ、Aは、上記認定説示のとおり、結果として管理監督者とは認められないものの、間接的とはいえ経営意思の形成に影響する職責及び権限を有し、自己の労働時間について裁量も有しており、管理監督者にふさわしい待遇を受けていたことからすれば、Y社がAを管理監督者に該当すると認識したことに、相応の理由があるというべきであり、Y社がA及びXに割増賃金を支払わなかったことについて、その態様が悪質であるということはできない。
したがって、本件において、Y社に付加金の支払を命ずるのは相当でない。

3.補足

労基法上の管理監督者に該当するかどうかは、①実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されているか、②自己の裁量で労働時間を管理することが許容されているか、③給与等に照らし管理監督者としての地位や職責にふさわしい待遇がなされているかという観点から判断すべきとされているところ、②および③については管理監督者性が認められると判断された。しかし、本件ではAの職務および権限が、上司の補佐にすぎず、経営意思の形成に対する影響力が間接的であると認められることや、経営者側で決定した経営方針の実施状況について現状報告し、支障となる事象の原因究明の報告をしていることにすぎず、経営者側と一体的な立場にあるとまで評価することができないことから、実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの職務と責任、権限を付与されているとは認められないされた。
なお、Aは管理監督者として認められなかったため、割増賃金自体の支払いは認められたが、
「Y社が、割増賃金を支払わなかったのは、Aを管理監督者と認識していたためであるところ、Aは、上記認定説示のとおり、結果として管理監督者とは認められないものの、間接的とはいえ経営意思の形成に影響する職責及び権限を有し、自己の労働時間について裁量も有しており、管理監督者にふさわしい待遇を受けていたことからすれば、Y社がAを管理監督者に該当すると認識したことに、相応の理由があるというべきであり、Y社がA及びXに割増賃金を支払わなかったことについて、その態様が悪質であるということはできない。
したがって、本件において、Y社に付加金の支払を命ずるのは相当でない。」
として、付加金の支払いまでは認められなかった。

授かり婚の子を父親の健康保険の被扶養者とするには

授かり婚の子を父親の健康保険の被扶養者とするには

先日、次のような事例がありました。入籍する前に出生がある、いわゆる『授かり婚』です。
入籍日には、母(花子)と子の両方を父(太郎)の被扶養者とします。
なお、名前と日付は適当にアレンジしています。

  • 8月20日:出生・太郎と花子は別居
  • 9月 5日:入籍・太郎と花子は同居開始

父(太郎):会社勤めで協会けんぽに加入
母(花子):別居する自分の父親(一郎:会社勤めで協会けんぽに加入)の健康保険被保険者
子(あゆみ):花子が8月20日に出産


8月20日から9月5日の間に子(あゆみ)を誰の被扶養者とするべきか、あれこれ考えてみました。

①花子の父(一郎)の被扶養者とする

別居している孫を被扶養者とすることが可能なので、問題ありません。
しかし、短期間だけ被扶養者とするために、一郎の勤務先に手続してもらうのは少々気が引けます。

②太郎と花子の事実婚の子として被扶養者とする

子は出生すると当然に母親の子となるため、あゆみは生まれながら花子の子となります。(すごく当たり前のことですが)
ですので、出生前の太郎と花子が事実婚であれば、あゆみは事実婚の妻(花子)の連れ子という構成も可能となり、事実婚の配偶者の子として被扶養者とすることができます。
しかし、事実婚が認められるには同居が前提となります。出生時には、太郎と花子は同居していないため、事実婚として認められるのは難しそうです。

③太郎の婚外子として被扶養者とする

「認知届」という書類を提出することで、父と母が結婚していなくても法的に父親の子として認められます。
ですので、太郎が「認知届」を提出することで、あゆみは太郎の婚外子となります。
また、この「認知届」は出生時に遡って父親の子となりますので、出生時からあゆみは太郎の子となり、8月20日から晴れて太郎の健康保険の被扶養者となれるのです。
実際には、太郎と花子はこの「認知届」を出生届と同時に提出していました。

実際どうするのか年金事務所に問い合わせてみると、次のようなに教えてくれました。

(1)被扶養の認定日
 あゆみ:8月20日でOK
 花子:9月5日でOK

(2)年金事務所で確認する事項
 住民基本台帳ネットワーク(通称:住基ネット)にアクセスして、被扶養者異動届に記載されたそれぞれのマイナンバーから、あゆみと太郎の親子関係と花子と太郎の婚姻関係を確認する。

(3)必要書類
 認知届や婚姻届を提出しても住基ネットに反映されるまで時間がかかることがあり、場合によっては婚姻届提出後の住民票(コピー)の提示が必要になる。(なお、出生児のマイナンバーも必要となるため、その際にマイナンバーが記載された住民票を取得してもらうことをお勧めする。)

(参考)

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被扶養者の範囲

《被扶養者の範囲》
1.被保険者と同居している必要がない者

  • 配偶者

子、孫および兄弟姉妹

2.被保険者と同居していることが必要な者
・上記1.以外の3親等内の親族(伯叔父母、甥姪とその配偶者など)
・内縁関係の配偶者の父母および子(当該配偶者の死後、引き続き同居する場合を含む)


《被扶養者の認定》
被扶養者に該当する条件は、被保険者により主として生計を維持されていること、及び次のいずれにも該当した場合です。

(1)収入要件
年間収入130万円未満(60歳以上又は障害者の場合は、年間収入※180万円未満)かつ
同居の場合 収入が扶養者(被保険者)の収入の半分未満(*)
別居の場合 収入が扶養者(被保険者)からの仕送り額未満

※ 年間収入とは、過去における収入のことではなく、被扶養者に該当する時点及び認定された日以降の年間の見込み収入額のことをいいます。(給与所得等の収入がある場合、月額108,333円以下。雇用保険等の受給者の場合、日額3,611円以下であること。)
また、被扶養者の収入には、雇用保険の失業等給付、公的年金、健康保険の傷病手当金や出産手当金も含まれますので、ご注意願います。
(*)収入が扶養者(被保険者)の収入の半分以上の場合であっても、扶養者(被保険者)の年間収入を上回らないときで、日本年金機構がその世帯の生計の状況を総合的に勘案して、扶養者(被保険者)がその世帯の生計維持の中心的役割を果たしていると認めるときは被扶養者となることがあります。

(2)同一世帯の条件
配偶者、直系尊属、子、孫、兄弟姉妹以外の3親等内の親族は同一世帯でなければなりません。

【有給休暇】時事通信社事件(最三小判平4.6.23労判613号6頁)

時事通信社事件(最三小判平4.6.23労判613号6頁)

参照法条  : 労働基準法39条1項、労働基準法39条2項、労働基準法39条4項、労働基準法89条1項9号
裁判年月日 : 1992年6月23日
裁判所名  : 最高三小
裁判形式  : 判決
事件番号  : 平成1年 (オ) 399 

1.事件の概要

Xは、ニュースの提供を主たる業務とするY社の社会部に記者として勤務していた。Xは、約1か月間の連続する年次有給休暇を申し入れたが、 Y社は、Xが担当していた業務について代替勤務できる者の確保が困難であり、1か月も不在になると取材報道に支障が出るので、2週間ずつ2回に分けて欲しい回答し、前半部分の2週間の年次有給休暇は認めて、後半部分の年次有給休暇は、業務の正常な運営を妨げるものとして時季変更権を行使した。 しかし、Xは、これを無視して、約1か月連続して欠勤し、 Y社は、Xが業務命令に違反したことを理由にしてけん責処分のうえ、賞与を減額支給した。
これに対し、Xは、Y社に、けん責処分の無効等を求めて提訴した。第一審は、時季変更権の行使を有効とし、第二審はXの請求をおおむね認めたところ、Y社が上告したのが本件である。

2.判決の要旨

年次有給休暇の権利は、労働基準法39条1項及び2項の要件の充足により法律上当然に生じ、労働者がその有する年次有給休暇の日数の範囲内で始期と終期を特定して休暇の時季指定をしたときは、使用者が適法な時季変更権を行使しない限り、右の指定によって、年次有給休暇が成立して当該労働日における就労義務が消滅するものである(林野庁白石営林署事件(最二小昭和48.3.2民集27巻2号191頁)参照)。
そして、同条の趣旨は、使用者に対し、できる限り労働者が指定した時季に休暇を取得することができるように、状況に応じた配慮をすることを要請しているものと解すべきであって、そのような配慮をせずに時季変更権を行使することは、右の趣旨に反するものといわなければならない(弘前電報電話局事件(最二小判昭和62.7.10民集41巻5号1229頁)参照)。
しかしながら、使用者が右のような配慮をしたとしても、代替勤務者を確保することが困難であるなどの客観的な事情があり、指定された時季に休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げるものと認められる場合には、使用者の時季変更権の行使が適法なものとして許容されるべきことは、同条3項ただし書の規定により明らかである。
労働者が長期かつ連続の年次有給休暇を取得しようとする場合においては、それが長期のものであればあるほど、使用者において代替勤務者を確保することの困難さが増大するなど事業の正常な運営に支障を来す蓋然性が高くなり、使用者の業務計画、他の労働者の休暇予定等との事前の調整を図る必要が生ずるのが通常である。しかも、使用者にとっては、労働者が時季指定をした時点において、その長期休暇期間中の当該労働者の所属する事業場において予想される業務量の程度、代替勤務者確保の可能性の有無、同じ時季に休暇を指定する他の労働者の人数等の事業活動の正常な運営の確保にかかわる諸般の事情について、これを正確に予測することは困難であり、当該労働者の休暇の取得がもたらす事業運営への支障の有無、程度につき、蓋然性に基づく判断をせざるを得ないことを考えると、労働者が、右の調整を経ることなく、その有する年次有給休暇の日数の範囲内で始期と終期を特定して長期かつ連続の年次有給休暇の時季指定をした場合には、これに対する使用者の時季変更権の行使については、右休暇が事業運営にどのような支障をもたらすか、右休暇の時期、期間につきどの程度の修正、変更を行うかに関し、使用者にある程度の裁量的判断の余地を認めざるを得ない。
もとより、使用者の時期変更権の行使に関する右裁量的判断は、労働者の年次有給休暇の権利を保障している労働基準法39条の趣旨に沿う、合理的なものでなければならないのであって、右裁量的判断が、同条の趣旨に反し、使用者が労働者に休暇を取得させるための状況に応じた配慮を欠くなど不合理であると認められるときは、同条3項ただし書所定の時季変更権行使の要件を欠くものとして、その行使を違法と判断すべきである。
右の見地に立って、本件をみるのに、次のことが明らかである。

(1)XはY社の本社第一編集局社会部の記者として科学技術記者クラブに単独配置されており、担当すべき分野は、多方面にわたる科学技術に関するものであり、原子力発電所の事故が発生した場合の事故原因や安全規制問題等についての技術的解説記事がその担当職務であって、その取材活動、記事の執筆には、ある程度の専門的知識が必要であり、Xも、昭和55年8月当時には、右担当分野につき、相当の専門的知識、経験を有していたことから、社会部の中からXの担当職務を支障なく代替し得る勤務者を見いだし、長期にわたってこれを確保することは相当に困難である。

(2)当時、Y社社の社会部においては、外勤記者の記者クラブ単独配置、かけもち配置がかなり行われており、Xが右記者クラブに単独配置されていることは、異例の人員配置ではなく、これは、上告会社が官公庁、企業に対する専門ニュースサービスを主体としているため、新聞、放送等のマスメディアに対する一般ニュースサービスのための取材を中心とする社会部に対する人員配置が若干手薄とならざるを得なかったとの企業経営上のやむを得ない理由によるものであり、年次有給休暇取得の観点のみから、Xの右単独配置を不適正なものと一概に断定することは適当ではない。

(3)Xが当初年次有給休暇の時季指定をした期間は昭和55年8月20日から同年9月20日までという約1か月の長期かつ連続したものであり、Xは、右休暇の時期及び期間について、Y社との十分な調整を経ないで本件休暇の時季指定を行った。

(4)Y社のE社会部長は、Xの本件年次有給休暇の時季指定に対し、1か月も専門記者が不在では取材報道に支障を来すおそれがあり、代替記者を配置する人員の余裕もないとの理由を挙げて、Xに対し、2週間ずつ二回に分けて休暇を取ってほしいと回答した上で、本件時季指定に係る同年8月20日(ただし、同月22日に変更)から9月20日までの休暇のうち、後半部分の9月6日以降についてのみ時季変更権を行使しており、当時の状況の下で、Xの本件時季指定に対する相当の配慮をしている。

これらの諸点にかんがみると、社会部内において前記の専門的知識を要するXの担当職務を支障なく代替し得る記者の確保が困難であった昭和55年7、8月当時の状況の下において、Y社が、Xに対し、本件時季指定どおりの長期にわたる年次有給休暇を与えることが「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するとして、その休暇の一部について本件時季変更権を行使したことは、その裁量的判断が、労働基準法39条の趣旨に反する不合理なものであるとはいえず、同条3項ただし書所定の要件を充足するものというべきであるから、これを適法なものと解するのが相当である。

【有給休暇】日本電信電話事件(最二小判平12.3.31労判781号18頁)

日本電信電話事件(最二小判平12.3.31労判781号18頁)

参照法条 : 労働基準法39条4項
裁判年月日 : 2000年3月31日
裁判所名 : 最高二小
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成8年 (オ) 1026

1.事件の概要

Xは、国内電気通信事業を営むY社に雇用され、平成元年11月当時は、電話の自動交換、中継を主たる業務とする会社のIセンターにおいて電話交換機の保守を担当する交換課に勤務し、工事主任として電話交換機保守の業務に従事していた。
Y社及びIセンターでは、デジタル交換機の保守技術者の養成と能力向上の必要があったため、平成元年11月1日から同月29日まで、会社の設置するJ学園において、保全科デジタル交換機応用班の訓練(以下「本件訓練」という)が実施され、Xは交換課課長の命令により、本件訓練に参加した。
Xは、平成元年11月18日、交換課長に対し、「共通線信号処理」の講義4時限が予定されていた同月21日につき、Iセンター所長あての組合休暇願を提出したが、同月20日午後3時頃、同所長から、本件訓練中は組合休暇を認めることができない旨の回答があった。そこで、Xは、同日、Y社に対し、翌21日の年次有給休暇を請求したが、Y社はXに対し、右年次有給休暇も認められないと回答し、時期変更権を行使した。
しかし、Xは、平成元年11月21日、本件訓練に出席せず、右講義を受講せず、Y社は、平成元年12月19日、Xに対し、同年11月21日の本件訓練の欠席は無断欠席であるとして、会社の就業規則所定の懲戒事由である「上長の命令に服さないとき」及び「職務規律に違反する行為のあったとき」に該当することを理由に、けん責処分(以下「本件けん責任処分」という)をし、同処分がされたことを理由として就業規則に基づき職能賃金の定期昇給額の4分の2を減ずるとともに、同日分の賃金をカットした。
そこでXは、Y社に、会社の時季変更権の行使は違法かつ無効であるとして、けん責処分の無効確認等を求めて提訴した。第一審は時季変更権を適法としたが、けん責処分は権利濫用として無効とし、第二審は時季変更権そのものが違法であるとしたため、Y社が上告したのが本件である。

2.判決の要旨

本件訓練は、Y社の事業遂行に必要なデジタル交換機の保守技術者の養成と能力向上を図るため、各職場の代表を参加させて、1か月に満たない比較的短期間に集中的に高度な知識、技能を修得させ、これを所属の職場に持ち帰らせることによって、各職場全体の業務の改善、向上に資することを目的として行われたものということができる。このような期間、目的の訓練においては、特段の事情のない限り、訓練参加者が訓練を一部でも欠席することは、予定された知識、技能の修得に不足を生じさせ、訓練の目的を十全に達成することができない結果を招くものというべきである。
したがって、このような訓練の期間中に年休が請求されたときは、使用者は、当該請求に係る年休の期間における具体的な訓練の内容が、これを欠席しても予定された知識、技能の修得に不足を生じさせないものであると認められない限り、年休取得が事業の正常な運営を妨げるものとして時季変更権を行使することができると解される。
原審は、右講義には教科書があるから自習が可能であること、Xの所属していた職場である交換課は共通線信号処理装置にかかわる業務を担当していたことなどを根拠に、Xの努力により欠席した4時限の講義内容を補うことが十分可能であるなどとして、右欠席が本件訓練の目的達成を困難にするとはいえないと判断している。
 しかしながら、通常は、教科書に基づいて自習することをもって4時限の講義によるのと同程度の知識、技能の修得が可能であるとは解されず(参加者に教科書等に基づく自習による場合よりも高い程度の知識、技能を修得させるために、本件訓練のような形態の研修が行われるものというべきである。)、6時限の講義のうち最初の4時限を欠席した者が残る2時限の講義を受講することで不足を補うことも困難である。のみならず、そもそも、Xが自習をすることはX自身の意思に懸かっており、Y社は、時季変更権を行使するか否かを決定するに際して、右自習がされることを前提とすることができないから、自習がされない場合における事業の運営への影響を考慮することが許されるものというべきである。また、交換課の右の担当業務やXの前記職歴から、Xが右講義において修得することが予定されていた知識、技能をあらかじめ有していたと即断することはできない。Xが本件訓練をおおむね普通以上の評価をもって終了したことも、時季変更権行使の時点ではY社の予見し得ない事情にすぎない上、右講義において予定されていた知識、技能の修得に不足を生じなかったことを直ちに裏付けるに足りる事情ということもできない。
集合訓練中の年休取得の事例や年休の取扱いに関する原判示の事実も、本件における年休の取得が本件訓練の目的達成を困難にすると判断することを妨げるものとはいえない。
以上によれば、本件の年休の取得がY社の事業の正常な運営を妨げるものとはいえないとした原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものというべきであり、右の違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかである。

【有給休暇】電電公社関東電気通信局事件(最三小判平元.7.4労判543号7頁)

電電公社関東電気通信局事件(最三小判平元.7.4労判543号7頁)

審判:最高裁判所
裁判所名:最高裁判所第三小法廷
事件番号:昭和62年(オ)1555号
裁判年月日:平成元年7月4日
裁判区分:判決

1.事件の概要

Xは、電話会社であるY社のD無線中継所E部F整備課(以下「F整備課」という。)に勤務していた。Xは、昭和53年9月11日午前にF整備課G課長に口頭で同月16日に年次有給休暇を取得したい旨を申し出て時季指定をした。これに対して、G課長はその時季指定に係る日は土曜日で、Xのほか1名の職員の配置しか予定されていなかったため業務に支障がある旨を告げ時季の変更を求め、さらに11日午後勤務割の変更によりXの代替勤務者を確保することを考慮することなく、時季変更権を行使した。Xは同月16日に出勤しなかったところ、無断欠勤であるとして賃金をカットされ、戒告処分を受けた。
これに対して、XはY社に、カットされた賃金の支払い等を求めて提訴した。第一審はXの請求を認容したが、第二審はXの請求を認めなかったため、Xが上告したのが本件である。

2.判決の要旨

労働基準法39条3項ただし書は、使用者は、労働者がした年次休暇の時季指定に対し、その時季に休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができると規定し、使用者の時季変更権の行使を認めている。右時季変更権行使の要件である「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するか否かの判断において、代替勤務者確保の難易は、その判断の一要素であつて、特に、勤務割による勤務体制がとられている事業場の場合には、重要な判断要素であるというべきである。
このような勤務体制がとられている事業場において、勤務割における勤務予定日につき年次休暇の時季指定がされた場合に、使用者としての通常の配慮をすれば、代替勤務者を確保して勤務割を変更することが客観的に可能な状況にあると認められるにもかかわらず、使用者がそのための配慮をしなかつた結果、代替勤務者が配置されなかつたときは、必要配置人員を欠くことをもつて事業の正常な運営を妨げる場合に当たるということはできないと解するのが相当である(弘前電報電話局事件(最二小判昭和62.7.10民集41巻5号1229頁)此花電報電話局事件(最一小判昭57.3.18労判381号20頁)参照)。
そして、勤務割における勤務予定日につき年次休暇の時季指定がされた場合に、使用者としての通常の配慮をすれば代替勤務者を確保して勤務割を変更することが客観的に可能な状況にあつたか否かについては、当該事業場において、年次休暇の時季指定に伴う勤務割の変更が、どのような方法により、どの程度行われていたか、年次休暇の時季指定に対し使用者が従前どのような対応の仕方をしてきたか、当該労働者の作業の内容、性質、欠務補充要員の作業の繁閑などからみて、他の者による代替勤務が可能であつたか、また、当該年次休暇の時季指定が、使用者が代替勤務者を確保しうるだけの時間的余裕のある時期にされたものであるか、更には、当該事業場において週休制がどのように運用されてきたかなどの諸点を考慮して判断されるべきである。右の諸点に照らし、使用者が通常の配慮をしたとしても代替勤務者を確保して勤務割を変更することが客観的に可能な状況になかつたと判断しうる場合には、使用者において代替勤務者を確保するための配慮をしたとみうる何らかの具体的行為をしなかつたとしても、そのことにより、使用者がした時季変更権の行使が違法となることはないものと解するのが相当である。

本件についてこれをみるに、所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実及び原審が適法に確定したその余の事実関係によれば、・・・(中略)・・F整備課においては、従来、輪番服務形態による二四時間勤務体制がとられていたが、昭和48年2月にこれが廃止された後は、職員は原則として日勤勤務のみを行うこととなり、土曜日については、1か月ごとに作成される勤務割表に基づき係長以下の一般職員11名が2名ないし3名の固定的な組合わせにより4週間に1回の周期で半日勤務を行うこととされ、週休日については、当該週に宿直宿明勤務に就いたか否かに関わりなく、4週のうち3週は土曜日と日曜日で、残りの1週(土曜日の半日勤務を行つた週の直後)は日曜日と月曜日というように、固定的に設定され、一般職員は、定型勤務者ないしこれに準ずる者であると目されるようになった。
また、F整備課の一般職員については、従前の労使間交渉の経緯からして、最低必要人員しか配置されていない土曜日に、勤務割による勤務予定の一般職員が年次休暇を取つたため要員不足を生じたとしても、その代替要員として、週休予定の一般職員に対し、勤務割変更のうえ出勤が命じられることはおよそありえず、右欠務の補充の責任はすべて管理者側にあるという認識が労使間に定着し、このため、Y社は、最低必要人員しか配置されていない土曜日に、勤務の指定を受けた一般職員が年次休暇の時季指定をするのに備えて、課長と巡回保全長が隔週交替で半日勤務を行うこととし、管理者1名を常に配置して欠務の補充に当てることにしていた。
Xは、昭和53年9月11日、勤務割において同人と他の1名の計2名の職員の配置しか予定されていなかつた同月16六日(土曜日)につき年次休暇の時季指定をしたが、当時、過激派集団による成田空港開港反対百日闘争が行われており、その最終日(同月17日)が間近であつて、Y社の施設等に対する無差別的破壊活動が行われるおそれが大であるという異常な事態に直面し、Y社は、管理者による特別保守体制をとることを余儀無くされていたため、右時季指定に対し、管理者による欠務補充の方法をとることができない状況にあつた。そこで、F整備課のG課長は、右時季指定に対し、勤務割を変更して代替勤務者を確保することを考慮しないで、1名の配置では業務に支障が生ずるとして、時季変更権を行使した、というのである。

以上の事実関係によれば、Xが本件時季指定をした勤務予定日に休暇を与えるとするとF整備課の最低配置人員を欠くことになるうえ、同課においては、従前の労使間交渉の経緯により、従来から、一般職員について週休日の変更は行わないとの運用がほぼ定着しており、そのこととの関係で週休日についての勤務割の変更はほとんど行われず、最低必要人員しか配置されていない土曜日に、勤務割による勤務予定の一般職員が年次休暇を取つたため要員不足を生じた場合には、もつぱら管理者による欠務補充の方法がとられ、その日が週休予定の一般職員に対し、勤務割変更のうえ出勤が命じられることはおよそありえないとの認識が労使間に定着していたが、Xの右勤務予定日については、当時の前記異常事態により管理者による欠務補充の方法をとることができない状況にあつた、というのであるから、このようなF整備課における勤務割変更についての実態、週休制の運用のされ方、当時の異常事態による欠務補充の困難さなどの諸点を考慮すると、Xが本件時季指定をした勤務予定日については、使用者としての通常の配慮をしたとしても代替勤務者を確保して勤務割を変更することが客観的に可能な状況になかつたものと判断するのが相当である。
したがつて、右の勤務予定日にXに対し休暇を与えることは、Y社の事業の正常な運営を妨げることになるものというべく、結局、Y社の担当課長がした本件時季変更権の行使は適法なものと解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。

【有給休暇】横手統制電話中継所事件(最三小判昭和62.9.22労判503号6頁)

横手統制電話中継所事件(最三小判昭和62.9.22労判503号6頁)

審判:最高裁判所
裁判所名:最高裁判所第三小法廷
事件番号:昭和58年(オ)989号
裁判年月日:昭和62年9月22日
裁判区分:判決

1.事件の概要

Xは、電話会社であるY社の横手統制電話中継所の工事係員として勤務していた。同中継所は、24時間の連続勤務体制をとっており、工事係の交替勤務の各服務ごとに少なくとも一人は配置するすることとしていた。そして、宿直、宿明、土曜日の午後、日曜、祝日などにおいて一人で勤務することが予定されている職員が年次有給休暇を時季指定した場合、整備係長、巡回保全長らが交替勤務者を確保するため、職員と個別に折衝してA所長が勤務割を変更し、年次有給休暇請求者の便宜を図るのが通例であった。
Xは、昭和53年5月13日、T所長に対し同日19日及び20日の年次有給休暇を請求した。ところが5月20日は成田空港開港反対の現地集会が開かれる予定で、Xもこれに参加する予定であった。また当日は土曜日でXが一人で午後勤務する予定であった。A所長はY社の服務規律厳正化の指示に基づき、勤務割の変更までするのは適当でないと判断し、Xの年次有給休暇請求があっても代替勤務者の確保措置をとらず、時季変更権を行使した。しかしXが当日欠勤したのでY社はその日の賃金をカットするとともに、これを無断欠勤であるとしてXを戒告処分とした。これに対して、XはY社にカットされた賃金の支払い等を求めて提訴した。
一審はXの請求を認容したが、二審がこれを認めなかったため、Xが控訴したのが本件である。

2.判決の要旨

労基法39条3項ただし書にいう「事業の正常な運営を妨げる場合」か否かの判断に当たつて、代替勤務者確保の難易は、判断の一要素となるというべきであるが、勤務割による勤務体制がとられている事業場においても、使用者としての通常の配慮をすれば、代替勤務者を確保して勤務割を変更することが客観的に可能であると認められるにもかかわらず、使用者がそのための配慮をしなかつた結果、代替勤務者が配置されなかつたときは、必要配置人員を欠くことをもつて事業の正常な運営を妨げる場合に当たるということはできないと解するのが相当である。
そして、年次休暇の利用目的は労基法の関知しないところであつて、それをどのように利用するかは使用者の干渉を許さない労働者の自由であるというべきであるから(林野庁白石営林署事件(最二小昭和48.3.2民集27巻2号191頁))、代替勤務者を確保して勤務割を変更することが可能な状況にあるにもかかわらず、休暇の利用目的のいかんによつてそのための配慮をせずに時季変更権を行使するということは、利用目的を考慮して年次休暇を与えないというに等しく、許されないものであり、右時季変更権の行使は、結局、事業の正常な運営を妨げる場合に当たらないものとして、無効といわなければならない。
本件についてこれをみるに、横手中継所においては勤務割による勤務予定日の年次休暇取得についてもできるだけの便宜を図つてきており、Xが年次休暇の時季指定をした日についても代替勤務者を確保することが可能な状況にあり、その時に予定されていた職務は特殊技能を要しないものに限られていたにもかかわらず、A所長は、Xの休暇の利用目的が成田空港開港反対現地集会に参加することにあるものと推測し、そのために代替勤務者を確保してまでXに年次休暇を取得させるのは相当でないと判断してそのための配慮をせず、要員無配置状態が生ずることになるとして時季変更権を行使したというのであるから、それが事業の正常な運営を妨げる場合に当たらないことは明らかであり、右時季変更権の行使は無効といわなければならない。
また、Xの年次休暇の時季指定が権利濫用とはいえないことも明らかである。そうすると、原審が、Y社の時季変更権の行使は適法であり、Xの時季指定日に年次休暇は成立しなかつたとしたのは、法令の解釈適用を誤つた違法があるものといわなければならず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。