社会保険労務士川口正倫のブログ

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【育児休業】フードシステム事件(東京地判平30.7.5労経速2362号3頁)

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フードシステム事件(東京地判平30.7.5労経速2362号3頁)

審判:一審
裁判所名:東京地方裁判所
事件番号:平成28年(ワ)34757号
裁判年月日:平成30年7月5日
裁判区分:判決

1.事件の概要

Xは、鮪の卸業等を営むY社で、事業統括という役職で期間の定めのない従業員(嘱託社員)として勤務していた。Xは、平成24年11月初旬頃、第1子を妊娠し、平成25年6月1日以降出産のためしばらく出勤せず、同年7月3日に第1子を出産した後の平成26年4月14日以降、再度Y社で就労するになった。なお、Xは、Y社に復帰するに当たり、平成26年4月上旬頃、Y社の取締役Y1及びB課長と面談し、Xは時短勤務を希望したが、Y1は、勤務時間を短縮するためにはパート社員になるしかない旨説明した。Y1は、嘱託社員の立場のままで時短勤務にできない理由についてそれ以上の説明をすることなく、Xは、雇用形態が嘱託社員からパート社員へ変更され、賞与もなくなることについて釈然としないながらも、有期雇用の内容を含むパート契約書に署名捺印した。
その後、Xは、平成26年11月頃、第2子を妊娠し、産休及び育児休業の取得を希望したが、Y1は、その取得を認めない意向を示した。これに対し、Xは、神奈川県雇用均等室に相談したところ、Y1が産休及び育児休業の取得を認められた。
Xは、同年7月に第2子を出産した後、平成28年4月にY社に復帰した。
Y社は、平成28年8月20日頃、Xに対して、Xとの雇用契約について、同年8月末日をもって雇用期間満了により終了させるとの通知した。
これに対して、Xが、Y社及びY社の取締役であるY1に有期雇用契約への転換及び解雇等の無効であるとして従業員としての地位確認等を求めて提訴したのが本件である。

2.判決の要旨

争点1 当初雇用契約の期間の定めの有無について

ア XがY社との間において平成24年4月1日付けで締結した当初雇用契約書には雇用期間の終期の記載がないところ、Y社の稟議書には、「嘱託契約(1年更新)・・・・他事務員とは異契約とする」との記載があることから、Y社としても、他の事務員とは異なる内容の契約であることを前提に社内の稟議手続を経て同契約を締結したことが認められるので、契約期間を含めて契約の内容の確定や契約書の作成を含む契約締結の手続には相当の注意を払ったことが推認される。そうすると、当初契約書の作成、締結に携わったB課長を含むY社関係者が真に契約期間が年間の有期契約を締結する意思を有していたのであれば、雇用契約の重要な内容である雇用期間について、同契約書に「平成24年4月から」と始期のみが記載されており、終期の記載がないことに気付かないまま同契約書の起案をしただけでなく、被告の社印を押印する際にも同様に気付かないままであったとは容易に考え難いこと、同契約書にはY社の役員である代表取締役社長又は専務取締役が自ら押印していること、B課長は、平成24年4月1日の雇用契約締結当時、Xに対し、その面前で同契約書の記載内容を読み上げて確認しているところ、真に雇用期間が1年の契約を締結する意思であるならば、重要な契約の内容である雇用期間について読み上げないとは考えられないから、読み上げた際に雇用期間の欄が「平成24年4月から」となっていて、終期の記載がされていないことに気付いたはずであり、これに対応して記載を加入するなどの措置を執ったと考えられることに照らすと、単なる記載漏れである旨のY社の主張は、にわかに採用し難いこと、Y社が雇用契約期間の終期であると主張する平成25年3月末の時点で雇用契約更新に関する手続が行われたことを認めるに足りる証拠はないことなどの諸事情を総合考慮すると、当初契約書に基づいて締結されたXとY社との間の当初雇用契約は、嘱託社員としての雇用契約であるものの、期間の定めのないものと認めるのが相当である。

イ この点について、Y社は、Xとの当初雇用契約が1年間の有期雇用契約である旨主張するところ、Y社が平成27年5月に雇用均等室に提出した報告書及びその添付資料としての社内稟議書には、「嘱託契約(1年更新)」等の被告主張に沿う内容の記載があり、Y1及びB課長は、雇用均等室からの要請に応じて調査した結果、Xの雇用期間の終期が記載されていないことをその時点で初めて認識した旨供述する。
しかしながら、先に説示したとおり、Y社の当初雇用契約書の作成、締結に携わった者が、期間の定めの有無という雇用契約上重要な事項についての記載に気付かないまま雇用契約書を作成、締結するとは通常考えられないところであり、Y社としては、期間の定めがないとする当初の雇用契約書の内容について異存がないとの認識であったと認められる。そうすると、上記報告書及び稟議書には、「(1年更新)」等の記載があるものの、雇用契約締結の際にXに対して読み上げて確認した当初雇用契約書には期間の定めの記載がなく、他にXに対して期間の定めがあること説明したことを認めるに足りる的確な証拠はないのであるから、上記報告書及び稟議書の記載は、前記認定を覆すには足りないというべきである。
また、この点に関し、Y社は、平成27年5月に雇用均等室に前記報告書及び稟議書)を提出したが、雇用均等室から何らの指導もなく、同室側から、雇用期間の終期の点を含めて同報告書等に記載した対応をもってXの了解を得た旨伝えられたとも主張し、Y1及びB課長は、同主張に沿う内容の供述をする。
しかしながら、Xの了解が得られたとする部分は、雇用均等室からの伝聞であり、真にXが了解したと述べたか否かについて疑問がある上、仮に了解したと述べたとしても、Xの産休や育児休業に対するY社の対応について了解したと述べたにとどまる可能性もあり、他に、Xにおいて当初雇用契約書に基づいて有期雇用契約を締結したことを了解したと述べたことを認めるに足りる的確な証拠はないことに照らし、Y1及びB課長の上記供述は、前記認定を覆すには足りないというべきである。
さらに、Y社は、期間の定めのない雇用契約を締結している正社員には全員に変形労働時間制が適用されるから、Xがその適用を受けない勤務条件を希望した以上、Xにおいても有期の雇用契約となることは認識していた旨主張する。
証拠及び弁論の全趣旨によれば、少なくとも、平成16年にはY社の正社員については変形労働時間制を適用する労使協定が締結されていることが認められ、その後現在まで同協定が継続している可能性もある。しかし、仮にそうであるとしても、Xにおいて、同協定の内容を知っており、そのために土日を休日にした場合には、正社員になれない結果、有期雇用契約を締結しなければならない旨の認識であったことを認めるに足りる証拠はなく、前判示に係る当初雇用契約書の作成状況等に照らしても、Xが有期雇用契約を締結する意思であったとは認められないから、この点についてのY社の主張は採用することができない。
加えて、Y社は、嘱託の雇用区分は定年後の従業員を再雇用する際に用いる雇用区分であり、それ自体が有期雇用契約であることを意味するものである旨主張する。
しかし、前判示のとおり、Xが正社員としての雇用を希望しなかったことから、正社員の給与形態でなく時給制とするためにあえて嘱託という雇用区分にしたとみる余地があり、嘱託という雇用区分であることは、有期雇用契約であるとの前記判断を左右するものではないというべきである。

ウ 以上のとおり、Xと、Y社との間の当初雇用契約は、期間の定めのないものであったと認められる。

争点2 Y社による平成25年2月ののXに対する事務統括からの降格の肯否について

Y社は、平成25年2月、Xから妊娠の報告を受け、Xから後任の事務統括候補者についての意見を聞き、Xの推薦した者を後任の事務統括に任命し、Xは、3か月後に予定された産休に入るまでの間、後任の事務統括の仕事を援助し、Y社は、Xに対し、産休に入る平成25年5月分まで事務統括手当を支給していたことが認められる。これらの各事実によれば、Y社は、平成25年2月から同5月までの間は、Xに対し、Xが産休に入って以降の事務を円滑に進めるため、後任の事務統括を決めた上で、Xから後任の事務統括への仕事の引継ぎを行わせていた経緯が認められ、産休に入るまでXに対して事務統括手当を支給していたことを考慮すれば、Y社がXの妊娠を理由として、事務統括から降格させたと認めることはできない。
Xは、平成25年2月、被告に対して第1子妊娠の事実を報告したところ、報告後間もなく同月末日をもって事務統括主任の任を解くなどと告げられた旨主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はなく、仮にY1からXの事務統括という立場に関し何らかの発言があったにしても、それをもって、Xが事務統括から降格されたとも認められないから、Xの主張は採用することができない。

争点3 Xの第1子出産に伴う平成25年5月時点でのY社からの退職の肯否について

Y社は、Xは、Y社の厳しい経営状況もあり、第1子の出産に伴って平成25年5月24日にいったんY社を退職したと主張する。
しかしながら、XがY社に対して退職届を提出したことを認めるに足りる証拠はないこと、Y社は、Xの社会保険の資格喪失手続を取っておらず、かえって出産手当金、育児休業給付金の受給手続を行っていることは前記認定のとおりであることに加え、Xの立場からすれば、退職すると出産した子の保育園入園に支障を来たす上、Y1の主張によっても、必ずしもY社による再雇用が確約されていたわけでもなく、幼子を抱えた状態での再就職活動は困難を極めることが容易に予想されるのに、退職に応じる合理的理由が見当たらないことなどの事情を総合すれば、Xは、平成25年5月24日以降は産休を取得したと認めるのが相当であり、Y社を退職したことを認めることはできない。
これに対し、Y社は、Xにつき社会保険の資格喪失手続を行わなかったことや、出産手当金等の受給手続を行ったことについてはB課長の独断によるものであり、Y社としては認識していなかった旨主張し、B課長も同旨の供述をする。
しかしながら、B課長が独断でそのようなことを行う合理的理由が見当たらず、上記供述はそれ自体信用し難い内容といわざるを得ないし、前記認定のとおり、Y社の社会保、B険等関係の手続は顧問の社会保険労務士が関与の上で行われていたことや、B課長はY社からこの件を理由に処分を受けてはいないことなどの事情も考慮すると、被告らの上記主張を採用することはできない。

争点4 原告と被告会社との間で平成年月に締結したパート契約の有効性について

ア 前記認定のとおり、原告は、第1子出産後の平成26年4月上旬頃の面談において、Y1らに対し、育児のため時短勤務を希望したところ、Y1から、勤務時間を短くするためにはパート社員になるしかないと言われ、パート契約書に署名押印したことが認められる。

育児休業法23条は、事業主は、その雇用する労働者のうちその3歳に満たない子を養育する労働者であって育児休業をしていないものに関して、労働者の申出に基づき所定労働時間を短縮すること(以下「育児のための所定労働時間の短縮申出」という。)により当該労働者が就業しつつ当該子を養育することを容易にするための措置(以下「育児のための所定労働時間の短縮措置」という。)を講じなければならないとし、同法23条の2は、事業主は、労働者が前条の規定による申出をし又は同条の規定により当該労働者に上記措置が講じられたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならないと規定している。これは、子の養育又は家族の介護を行う労働者等の雇用の継続及び再就職の促進を図り、これらの者の職業生活と家庭生活との両立に寄与することを通じてその福祉の増進を図るため、育児のための所定時間の短縮申出を理由とする不利益取扱いを禁止し、同措置を希望する者が懸念なく同申出をすることができるようにしようとしたものと解される。上記の規定の文言や趣旨等に鑑みると、同法23条の2の規定は、上記の目的を実現するためにこれに反する事業主による措置を禁止する強行規定として設けられたものと解するのが相当であり、育児のための所定労働時間の短縮申出及び同措置を理由として解雇その他不利益な取扱いをすることは、同項に違反するものとして違法であり、無効であるというべきである。
もっとも、同法23条の2の対象は事業主による不利益な取扱いであるから、当該労働者と事業主との合意に基づき労働条件を不利益に変更したような場合には、事業主単独の一方的な措置により労働者を不利益に取り扱ったものではないから、直ちに違法、無効であるとはいえない。
ただし、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、当該合意は、もともと所定労働時間の短縮申出という使用者の利益とは必ずしも一致しない場面においてされる労働者と使用者の合意であり、かつ、労働者は自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該合意の成立及び有効性についての判断は慎重にされるべきである。そうすると、上記短縮申出に際してされた労働者に不利益な内容を含む使用者と労働者の合意が有効に成立したというためには、当該合意により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者が当該合意をするに至った経緯及びその態様、当該合意に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等を総合考慮し、当該合意が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要であるというべきである。

ウ これを本件についてみるに、それまでの期間の定めのない雇用契約からパート契約に変更するものであり、期間の定めが付されたことにより、長期間の安定的稼働という観点からすると、Xに相当の不利益を与えるものであること、賞与の支給がなくなり、従前の職位であった事務統括に任用されなかったことにより、経済的にも相当の不利益な変更であることなどを総合すると、XとY社とのパート契約締結は、Xに対して従前の雇用契約に基づく労働条件と比較して相当大きな不利益を与えるものといえる。
加えて、Y1は、平成25年2月の産休に入る前の面談時をも含めて、Xに対し、Y社の経営状況を詳しく説明したことはなかったこと、平成26年4月上旬頃の面談においても、Y1は、Xに対し、勤務時間を短くするためにはパート社員になるしかないと説明したのみで、嘱託社員のまま時短勤務にできない理由についてそれ以上の説明をしなかったものの、実際には嘱託社員のままでも時短勤務は可能であったこと、パート契約の締結により事務統括手当の不支給等の経済的不利益が生ずることについて、Y社から十分な説明を受けたと認めるに足りる証拠はないこと、Xは、同契約の締結に当たり、釈然としないものを感じながらも、第1子の出産により他の従業員に迷惑をかけているとの気兼ねなどから同契約の締結に至ったことなどの事情を総合考慮すると、パート契約がXの自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すると認めることはできないというべきである。
エ この点について、Y社は、平成26年4月にパート契約を締結以降、更新時期の度に面談しており、Xがパート契約書と同内容の契約書に署名押印していることから、同契約書どおりの契約内容を了解している旨主張する。
確かに、Xは、平成26年4月にパート契約書に署名押印して以降、更新時期の度にY社担当者と面談しており、パート契約書と同内容の契約書に複数回にわたって署名押印したことは前記認定のとおりである。
しかしながら、平成26年4月のパート契約については、契約によりXにもたらされる不利益の内容及び程度、Xがパート契約をするに至った経緯及びその態様、同契約に先立つXへの情報提供又は説明の内容等を総合考慮した結果、自由な意思に基づいて締結したとは認められないことは前判示のとおりであるから、その後パート契約の更新時期に面談をし、パート契約書に数回署名押印しただけでは、上記判断要素を総合考慮してされた平成26年4月に締結したパート契約がXの自由な意思に基づいてされたものとは認められないとする判断を左右するには足りないだけでなく、前記判断に照らせば、その後の更新時期において作成された契約書についても、これらに基づいて自由な意思によりパート契約が締結されたとも認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、この点に関するY社の主張は、採用することができない。

オ 以上のように、Xが自由な意思に基づいて前記パート契約を締結したということはできないから、その成立に疑問があるだけでなく、この点を措くとしても、Y社がXとの間で同契約を締結したことは、育児休業法23条の所定労働時間の短縮措置を求めたことを理由とする不利益取扱いに当たると認めるのが相当である。
したがって、XとY社との間で締結した前記パート契約は、同法23条の2に違反し無効というべきである。

争点5 Y社による平成28年8月31日のXに対する解雇又は雇止めの有効性について

ア 既に説示したところによると、Xは、平成28年8月時点で、Y社において、期間の定めのない事務統括たる嘱託社員としての地位を有していたというべきであるから、Y社がXに対してした同月末で雇用契約関係が終了した旨の通知は、雇止めの通知ではなく、Xに対する解雇の意思表示であると認められる。
そこで、この解雇の有効性について検討するに、Y社主張の解雇事由であるXが殊更にY社を批判して他の従業員を退職させたことを認めるに足りる証拠はないこと、前記認定に係るXが他の従業員のパソコンを使用した理由は違法又は不当なものとまではいえないこと、Y社の経営状況がXの解雇を相当とするほどに悪化していたことを認めるに足りる証拠はないことなどの事情を総合考慮すると、Y社による解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないから、労働契約法16条により無効というべきである。
したがって、Xは、Y社に対し、期間の定めのない雇用契約上の権利を有する地位にあるところ、前判示のとおり、Xは、事務統括から降格された事実が認められず事務統括の地位にあることによって事務統括手当月額1万円の支払を受けることができ、事務統括という地位は、事務統括手当の支払を受けるべき職位とみることができるから、その地位にあることを確認する訴えの利益が認められる。よって、XのY社に対する事務統括たる期間の定めのない雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認請求は、全部理由がある。
イ また、Xは、民法536条2項により、当初雇用契約に基づき、前記解雇日以降の賃金請求権を有することになる。Xは、解雇期間中の賃金額について、所定労働時間を8時間とした賃金の支払を請求しているところ、Xが短時間勤務から徐々に勤務時間を延ばすことを希望していたことはうかがわれるものの、所定労働時間を8時間とする合意が成立していたことを認めるに足りる証拠はないから、被告が支払うべき賃金額は、解雇前3か月の賃金額を平均した月額21万2286円と認められる。

争点6 原告の年次有給休暇請求権の有無について

当初雇用契約書の有給休暇の欄には、「A残日 引き継ぎ 4月更新」との記載があり、同契約書による契約を締結する際のY社の稟議書には、「有給休暇・・・A有給残引き継ぎ」との記載があることが認められる。
以上の各記載からすれば、当初雇用契約書に基づく雇用契約の際に、XとY社は、Aからの派遣社員として勤務していた期間の有給休暇の残日数を引き継ぐことを合意したことは認められるものの、Xが主張するように、当該残日数の根拠事実となるAにおける継続勤続年数をも引き継ぐ旨の合意をしたとは認められず、他にその旨の合意をしたことを認めるに足りる証拠はない。
もっとも、Xは、Aにおける継続勤務年数を通算した場合の年次有給休暇日数のみを主張しているけれども、当該主張の継続勤続年数の一部期間である平成24年4月を始期とする年次有給休暇請求権についても主張しているものと解されるので、以下、その点について検討する。
期間の定めのない雇用契約を締結したY社の社員は、労基法に従った年次有給休暇が付与されること、Xは、年次有給休暇平成27年5月に4日間、平成28年7月に3日間、同年8月に8日間の合計15日間取得したことが認められる。
前記認定のとおり、Xは、平成24年4月1日から期間の定めのない雇用契約を締結して、同日から口頭弁論終結時である平成30年3月26日までの間において継続勤務しなかった期間は、産休及び育児休業によるものであるほか、被告による解雇の意思表示によるものであることは前判示のとおりであり、前記認定の年次有給休暇取得日数も併せ考慮すると、前記期間の全労働日のうち8割以上を出勤していたと認められる。そうすると、Xは、雇用契約締結時の平成24年4月1日から6月が経過した平成24年10月1日に10日間、同様に、平成25年10月1日に11日間、平成26年10月1日に12日間、平成27年10月1日に14日間、平成28年10月1日に16日間の年次有給休暇が付与されたものである(労基法39条1項、2項、8項)。Xは本件訴えを提起した平成28年10月14日の直近2年間についての年次有給休暇請求権を主張しているところ、同期間にXに付与された年次有給休暇は、平成27年10月1日の14日間、平成28年10月1日の16日間の合計30日間であり、前記認定に係るXの年次有給休暇の取得状況によれば、上記直近2年間に対応する休暇取得は、平成28年7月の3日間、同年8月の8日間の合計11日であるから、Xは19日間の年次有給休暇請求権を有することになる。

争点7 原告の賞与請求権の有無について

Xは、賞与については基本給与額が基準となっており、正社員に支給される支給月数を基準にして支給されていたとし、支給月数が1か月の場合は20万円、2か月の場合は40万円が支給されていたと主張する。
Y社の賃金規程には、賞与は、会社の業績、従業員の勤務成績等を勘案して支給するとされ、営業成績の著しい低下その他やむを得ない事由がある場合には、支給日を変更し、または支給しないことがあると定められ(同規程19条1項)、また、賞与算定期間中の出勤日数が所定就業日数の3分の2未満の従業員は賞与支給対象から除外されることがある旨定められている(同条2項)ことに加え、Y社においては、従業員に対して支給する賞与について取締役会において決議する際には、「給与の1.5か月分の支給原資とする」などと支給原資額を給与月数で示す場合、「計画比90%、昨対110%を原資として支給する」などと支給原資額を前年との比率で示す場合が多く、具体的な標準支給額に言及する場合も最近では一度あったことが認められる。
以上の事実を総合すると、Y社においては、基本的に会社全体の賞与の支給原資額を給与月数や前年比で決定するまでを取締役会において決議し、その後に、各従業員の勤務成績等に応じて具体的な個々人の支給額が決定されていることが認められるから、前記認定に係るXに対する賞与の支給状況を考慮しても、少なくとも1年間で2か月分の賞与を支給する旨の合意があったとは認められない。前判示の各取締役会決議については、賞与の原資総額を定めるものにすぎず、具体的な標準支給額に言及したことが一度あるものの、これをもって、X主張にかかる年間2か月分の賞与を支給する旨の合意を裏付けることもできない。
以上によれば、原告の被告会社に対する賞与支払請求権は、具体的な請求権として発生しているということはできないから、原告の解雇後の賞与の支払を求める請求は理由がない。

争点8 Y社及びY1のXに対する債務不履行及び不法行為の成否について

ア 前判示のとおり、Xが平成25年2月に第1子の妊娠に伴って事務統括から降格されたとは認められないから、Y社が、平成25年2月に、Xに対して後任の事務統括を推薦させた上で後任の事務統括を任命し、産休に入るまでの間、Xに後任者の仕事の援助をさせたことは、妊娠に伴う不利益取扱いには当たらず、上記行為はXに対する不法行為を構成しない。
イ 他方、前判示のとおり、Y1が、Xに対し、第1子出産後の平成26年4月に復職する際、時短勤務を希望したことについて、実際には嘱託社員のままで時短勤務が可能であったものであり、育児休業法23条に従い、嘱託勤務のままで所定労働時間の短縮措置をとるべきであったにもかかわらず、パート契約でなければ時短勤務はできない旨の説明をした上で、Xの真に自由な意思に基づかないで、嘱託社員からパート社員へ雇用形態を変更する旨のパートタイム契約を締結させ、事務統括から事実上降格したことは、同法23条の2の禁止する不利益取扱いに当たり、不利益の内容や違法性の程度等に照らし、Xに対する不法行為を構成する。
ウ 次に、Y1が、Xの第2子妊娠に際し、B課長を通じて、Xの産休、育休取得を認めない旨を伝えたことに加え、Xは引き続きY社において就労を希望しており、その希望に反することを知りながら、平成27年3月30日、多くの従業員が出席し、Xも議事録係として出席した定例会において、Xが同年5月20日をもって退職する旨発表したことは、Y1において、第1子出産後の復職の際にパートタイム契約に変更しなければ時短措置を講じることができないとの態度をとり、更に第2子についての産休、育休取得を認めない態度を示していたこと等の事情を総合すると、Xに対して退職を強要する意図をもってしたものであると認められるから、産前産後の就業禁止を定める労基法65条に違反するとともに、妊娠出産に関する事由による不利益取扱いの禁止を定める男女雇用機会均等法9条3項にも違反する違法な行為であり、不利益の内容や違法性の程度等に照らし、Xに対する不法行為を構成する。
エ 平成28年4月の復職後にXに業務を担当させなかったことは、Y社における他の従業員の業務の担当状況の詳細を認めるに足りる証拠がないことにも照らし、Y社及びY1において、悪意をもって嫌がらせをするために、故意にXに業務を担当させなかったとまでは認められない。また、Y社及びY1において、周囲の従業員に対してXを孤立させるような言動や態度をとらせたことを認めるに足りる証拠はない。さらに、Y社がXに対し、トイレ掃除や昼休み時間中のミーティングへの参加をしなくてよい旨指示したことは、Xから法令順守をするよう申入れをされていたことに照らせば、Y社において、Xに対して慎重な取扱いをしたものとみる余地があり、Xに対する嫌がらせをする意図で上記指示をしたとまでは認められず、Xに対する不法行為は成立しない。
オ 前判示のとおり、Y社が、Xに対し、平成28年8月をもって行った解雇は無効であるところ、Y社においてXを解雇した理由として挙げる事実が、的確な裏付け証拠があるとは認められないXが他の従業員を退職させたという事実や、Y社に顕著な実害が生じたとみることはできない他の従業員のパソコンの使用という事実であること、Y1は、Xが第2子の出産に当たり、法律上当然の権利である産休、育休取得を認めないという明白な違法行為について、雇用均等室からの指摘もあって、Xに対して謝罪したものの、その後に解雇に及んだという前記認定に係る事実経過に鑑みれば、Y社及びY1は、第2子妊娠に伴う正当な権利主張をしたXについて、法律上正当とは認められない形式的な理由によりY社から排除しようとしたものと認められる。
したがって、上記解雇は、男女雇用機会均等法9条3項の禁止する不利益取扱いに当たり、不利益の内容や違法性の程度等に照らし、Xに対する違法な行為として不法行為が成立する。