日本電信電話事件(最二小判平12.3.31労判781号18頁)
参照法条 : 労働基準法39条4項
裁判年月日 : 2000年3月31日
裁判所名 : 最高二小
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成8年 (オ) 1026
1.事件の概要
Xは、国内電気通信事業を営むY社に雇用され、平成元年11月当時は、電話の自動交換、中継を主たる業務とする会社のIセンターにおいて電話交換機の保守を担当する交換課に勤務し、工事主任として電話交換機保守の業務に従事していた。
Y社及びIセンターでは、デジタル交換機の保守技術者の養成と能力向上の必要があったため、平成元年11月1日から同月29日まで、会社の設置するJ学園において、保全科デジタル交換機応用班の訓練(以下「本件訓練」という)が実施され、Xは交換課課長の命令により、本件訓練に参加した。
Xは、平成元年11月18日、交換課長に対し、「共通線信号処理」の講義4時限が予定されていた同月21日につき、Iセンター所長あての組合休暇願を提出したが、同月20日午後3時頃、同所長から、本件訓練中は組合休暇を認めることができない旨の回答があった。そこで、Xは、同日、Y社に対し、翌21日の年次有給休暇を請求したが、Y社はXに対し、右年次有給休暇も認められないと回答し、時期変更権を行使した。
しかし、Xは、平成元年11月21日、本件訓練に出席せず、右講義を受講せず、Y社は、平成元年12月19日、Xに対し、同年11月21日の本件訓練の欠席は無断欠席であるとして、会社の就業規則所定の懲戒事由である「上長の命令に服さないとき」及び「職務規律に違反する行為のあったとき」に該当することを理由に、けん責処分(以下「本件けん責任処分」という)をし、同処分がされたことを理由として就業規則に基づき職能賃金の定期昇給額の4分の2を減ずるとともに、同日分の賃金をカットした。
そこでXは、Y社に、会社の時季変更権の行使は違法かつ無効であるとして、けん責処分の無効確認等を求めて提訴した。第一審は時季変更権を適法としたが、けん責処分は権利濫用として無効とし、第二審は時季変更権そのものが違法であるとしたため、Y社が上告したのが本件である。
2.判決の要旨
本件訓練は、Y社の事業遂行に必要なデジタル交換機の保守技術者の養成と能力向上を図るため、各職場の代表を参加させて、1か月に満たない比較的短期間に集中的に高度な知識、技能を修得させ、これを所属の職場に持ち帰らせることによって、各職場全体の業務の改善、向上に資することを目的として行われたものということができる。このような期間、目的の訓練においては、特段の事情のない限り、訓練参加者が訓練を一部でも欠席することは、予定された知識、技能の修得に不足を生じさせ、訓練の目的を十全に達成することができない結果を招くものというべきである。
したがって、このような訓練の期間中に年休が請求されたときは、使用者は、当該請求に係る年休の期間における具体的な訓練の内容が、これを欠席しても予定された知識、技能の修得に不足を生じさせないものであると認められない限り、年休取得が事業の正常な運営を妨げるものとして時季変更権を行使することができると解される。
原審は、右講義には教科書があるから自習が可能であること、Xの所属していた職場である交換課は共通線信号処理装置にかかわる業務を担当していたことなどを根拠に、Xの努力により欠席した4時限の講義内容を補うことが十分可能であるなどとして、右欠席が本件訓練の目的達成を困難にするとはいえないと判断している。
しかしながら、通常は、教科書に基づいて自習することをもって4時限の講義によるのと同程度の知識、技能の修得が可能であるとは解されず(参加者に教科書等に基づく自習による場合よりも高い程度の知識、技能を修得させるために、本件訓練のような形態の研修が行われるものというべきである。)、6時限の講義のうち最初の4時限を欠席した者が残る2時限の講義を受講することで不足を補うことも困難である。のみならず、そもそも、Xが自習をすることはX自身の意思に懸かっており、Y社は、時季変更権を行使するか否かを決定するに際して、右自習がされることを前提とすることができないから、自習がされない場合における事業の運営への影響を考慮することが許されるものというべきである。また、交換課の右の担当業務やXの前記職歴から、Xが右講義において修得することが予定されていた知識、技能をあらかじめ有していたと即断することはできない。Xが本件訓練をおおむね普通以上の評価をもって終了したことも、時季変更権行使の時点ではY社の予見し得ない事情にすぎない上、右講義において予定されていた知識、技能の修得に不足を生じなかったことを直ちに裏付けるに足りる事情ということもできない。
集合訓練中の年休取得の事例や年休の取扱いに関する原判示の事実も、本件における年休の取得が本件訓練の目的達成を困難にすると判断することを妨げるものとはいえない。
以上によれば、本件の年休の取得がY社の事業の正常な運営を妨げるものとはいえないとした原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものというべきであり、右の違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかである。