社会保険労務士川口正倫のブログ

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【管理監督者】日産自動車事件(横浜地判平31.3.26労経速2381号)

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日産自動車事件(横浜地判平31.3.26労経速2381号)

審判:一審(地方裁判所
裁判所名:横浜地方裁判所
事件番号:平成29年(ワ)1154号
裁判年月日:平成31年3月26日
裁判区分:判決

1.事件の概要

Aは自動車メーカーであるY社に課長職として勤めていた。Aは平成28年3月、脳幹出欠で死亡したが、Aの妻であるXが、Aの死亡によりAの賃金請求権の3分の2を相続したとして、Y社に対して、時間外労働分についての未払割増賃金等の支払いを求めて提訴したのが本件である。

【労働契約の内容】
AとY社の労働契約の内容は、以下のとおりである。

① 賃金
Aの賃金は、基準賃金(年俸を12分割して100円未満の端数を切り上げたもの)、休暇手当、深夜手当、通勤手当及びインセンティブで構成されていたところ、基準賃金は、平成26年4月から平成27年3月までは、月額86万6700円、同年4月から平成28年3月31日までは、月額88万3400円であった。

② 賃金の支払期日
基準賃金、家族手当、調整手当は当月25日、その他の諸手当は翌月25日

③ 月平均所定労働時間 162.66時間

【Y社の役割等級制度】
① キャリアコース別役割等級制度
(1) Y社は、キャリアコース別役割等級制度を採用している。
(2) キャリアコースは、総合型プロ(PG)コース、専門型プロ(PE)コース、テクニシャン型プロ(PT)コースの3つに分かれる。
(3) Aが進んだ専門型プロ(PE)コースは、固有の専門領域において、経験蓄積・高度の専門性をベースに、付加価値の最大化を追求する。役割等級は、担当職であるPX、総括職であるPE2、課長代理職であるPE1へと昇級する。
② 部課長層
Y社は、キャリアコース別等級制度の適用対象者を統括・管理するために、部課長層を置いている。N1職は、部長職であり、N2職は、課長職である。

【Aの所属先・職位】
所属先:日本B本部 日本Bマーケティング部(以下「日本Bマーケティング部」という)
役割等級:N1(部長職)
役職:マーケティングマネージャー

2.判決の要旨

争点(1)(管理監督者該当性)について

Y社は、Aが、労基法41条2号の管理監督者に該当すると主張する。
労基法41条2号の趣旨は、管理監督者は、その職務の性質や経営上の必要から、経営者と一体的な立場において、労働時間、休憩及び休日等に関する規制の枠を超えて活動することが要請されるような重要な職務と責任、権限を付与され、実際の勤務態様も労働時間等の規制になじまない立場にある一方、他の一般の従業員に比して賃金その他の待遇面でその地位にふさわしい優遇措置が講じられていることや、自己の裁量で労働時間を管理することが許容されていることなどから、労基法の労働時間等に関する規制を及ぼさなくてもその保護に欠けるところはないことにある。
とすれば、労基法上の管理監督者に該当するかどうかは、
①当該労働者が実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されているか、
②自己の裁量で労働時間を管理することが許容されているか、
③給与等に照らし管理監督者としての地位や職責にふさわしい待遇がなされているか
という観点から判断すべきである。
なお、Y社は、行政解釈(旧労働省の昭和63年3月14日基発第150号通達)を根拠に、
④経営上の重要事項に関する企画立案等の業務を担当していること、
⑤ライン管理職と同格以上の位置付けとされていること
の要件があれば、管理監督者に該当すると認めるべきである旨主張するが、このうち⑤の要件は、上記③と同趣旨をいうものと解されるから、上記①から③とは別個の独立した要件・観点というよりも、そこでの考慮要素として判断すれば足りる。
これに対し、上記④の点は、労基法41条2号の上記趣旨からすれば、単に、経営上の重要事項に関する企画立案等の業務を担当しているというだけでは足りず、その職務と責任が、経営者と一体的な立場にあると評価できることまでも必要とすると解すべきであるから、結局、上記④の点は、上記①の観点の検討の中で考慮される一つの要素にすぎない。
したがって、Y社の上記主張は採用しない。

争点(2) 職責及び権限について

日本Bマーケティング部において、マーケティングマネージャーは、マーケティングプランを企画し、マーケティングプランを決定するマーケティング本部会議でそれを提案する立場にあったものと認められ、この点で、地域・部門が限定的であるとはいえ、Y社の経営方針を決定する重要な会議に参画する機会を与えられていたと評価することができる。
しかしながら、マーケティングマネージャーは、マーケティング本部会議で提案する前に、マーケティングダイレクターから、あらかじめマーケティングプランの承認を受ける必要があること、マーケティングダイレクターも、同会議に出席し、マーケティングマネージャーと一緒にマーケティングプランを提案する立場にあること、マーケティングマネージャーは、マーケティングダイレクターとは異なり、担当車種が議題に上るときだけマーケティング本部会議に出席することからすれば、マーケティングマネージャーは、マーケティングダイレクターの補佐にすぎず、経営意思の形成に対する影響力は間接的なものにとどまると評価すべきである。
また、マーケティングマネージャーは、営業本部会議において、現地統括会社であるリージョナルカンパニーの社長及び役員に対し、ディーラーへの援助を依頼するが、この点は、経営意思の形成にも、労務管理にも関わらないものであるから、管理監督者性の判断に影響を与えるものではない。
したがって、日本Bマーケティング部に配属されていた当時のAのその他の職責及び権限を考慮しても、その当時のAが、実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職責及び権限を付与されていたとは認められない。

争点(3) 労働時間の管理について

Aは、本件勤怠管理システムに勤務時間を入力し、承認者の承認を得ていた。
しかしながら、E・コーポレートプラン部及び日本Bマーケティング部における所定労働時間は、午前8時30分から午後5時30分(休憩時間1時間)であったにもかかわらず、Aは、午前8時30分よりも遅く出勤し、午後5時30分より早く退勤することも多かったが、遅刻、早退により賃金が控除されたことがないことからすれば、Aは、自己の労働時間について裁量を有していたと認めることができる。なお、これに対し、Xは、遅刻早退した場合に精算が発生する旨記載されていると主張するが、Y社は、上記記載は定型書式であると主張しており、上記認定説示のとおり、Aは、遅刻早退により賃金が控除されたことがないことからすれば、Aが遅刻早退により賃金が控除される立場だったと解することはできない。
もっとも、Aは、管理監督者ではないことについて当事者間に争いのないPE1職だった時から、午前9時30分から10時くらいに出勤しており、大卒で入社した時以来、スーパーフレックス制であったと証言しているから、上記のAの労働時間についての裁量は、Aの地位に関係なく、従業員に与えられていたものとも推測する余地もある

争点(4) 待遇について

Aの基準賃金は、月額86万6700円又は88万3400円で、年収は1234万3925円に達し、部下より244万0492円高かったのであるから、待遇としては、管理監督者にふさわしいものと認められる。
以上からすれば、Aは、自己の労働時間について裁量があり、管理監督者にふさわしい待遇がなされているものの、実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されているとは認められないところ、これらの諸事情を総合考慮すると、Aが、管理監督者に該当するとは認められない。

Y社が、割増賃金を支払わなかったのは、Aを管理監督者と認識していたためであるところ、Aは、上記認定説示のとおり、結果として管理監督者とは認められないものの、間接的とはいえ経営意思の形成に影響する職責及び権限を有し、自己の労働時間について裁量も有しており、管理監督者にふさわしい待遇を受けていたことからすれば、Y社がAを管理監督者に該当すると認識したことに、相応の理由があるというべきであり、Y社がA及びXに割増賃金を支払わなかったことについて、その態様が悪質であるということはできない。
したがって、本件において、Y社に付加金の支払を命ずるのは相当でない。

3.補足

労基法上の管理監督者に該当するかどうかは、①実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されているか、②自己の裁量で労働時間を管理することが許容されているか、③給与等に照らし管理監督者としての地位や職責にふさわしい待遇がなされているかという観点から判断すべきとされているところ、②および③については管理監督者性が認められると判断された。しかし、本件ではAの職務および権限が、上司の補佐にすぎず、経営意思の形成に対する影響力が間接的であると認められることや、経営者側で決定した経営方針の実施状況について現状報告し、支障となる事象の原因究明の報告をしていることにすぎず、経営者側と一体的な立場にあるとまで評価することができないことから、実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの職務と責任、権限を付与されているとは認められないされた。
なお、Aは管理監督者として認められなかったため、割増賃金自体の支払いは認められたが、
「Y社が、割増賃金を支払わなかったのは、Aを管理監督者と認識していたためであるところ、Aは、上記認定説示のとおり、結果として管理監督者とは認められないものの、間接的とはいえ経営意思の形成に影響する職責及び権限を有し、自己の労働時間について裁量も有しており、管理監督者にふさわしい待遇を受けていたことからすれば、Y社がAを管理監督者に該当すると認識したことに、相応の理由があるというべきであり、Y社がA及びXに割増賃金を支払わなかったことについて、その態様が悪質であるということはできない。
したがって、本件において、Y社に付加金の支払を命ずるのは相当でない。」
として、付加金の支払いまでは認められなかった。