社会保険労務士川口正倫のブログ

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メンタル不調を原因とする無断欠勤や職場秩序違反を理由とする解雇

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メンタル不調を原因とする無断欠勤や職場秩序違反を理由とする解雇

うつ病等のメンタル不調も私傷病の一つなので、会社は病気欠勤あるいは休職等によって回復を待つべきですので、治療について会社が配慮をした上で、解雇がやむを得ないといえる場合でなければ、解雇権の濫用と判断されます。この点は、他の私傷病と違いはありませんが、メンタル不調者の無断欠勤や職場秩序違反を理由とする解雇の可否については慎重に判断する必要があります。

1.メンタル不調者の無断欠勤を理由とする解雇

メンタル不調の場合には、無断欠勤をしたり、職場秩序を乱す異常な言動がみられることがあります。この場合に就業規則の懲戒事由に該当するものとして、直ちに解雇や懲戒ができるかが問題となります。

この点について、「日本ヒューレット・パッカード事件(最二小判平24.4.27労判1055号5頁)」は、精神的不調を抱えている労働者に対する無断欠勤を理由とする諭旨解雇については、精神科医による健康診断を実施するなどし、必要な場合は、治療を勧めた上で休職処分を検討すべきであり、このような対応を採らずに、無断欠勤を理由にして諭旨解雇の懲戒処分とすることは、就業規則所定の懲戒事由(正当な理由のない無断欠勤)に当たらないとして、諭旨解雇を無効としています。
同様に、「国・気象衛星センター事件(大阪地判平21.5.25労判991号101頁)」も、統合失調症に罹患し、職場で宗教勧誘行為を繰り返したり、46日間無断欠勤し、その間失踪し、連絡が取れなかったことを理由としてなされた懲戒免職処分について、無断欠勤中の失踪は統合失調症による「解離性遁走」(解離性健忘の全ての病状を備え、明らかに意図的に家庭や職場から離れる旅行をすること)であるとし、宗教勧誘行為も合理性がなく異常であり、無断欠勤が、原告の自由意思に基づく無断欠勤であることについて、疑いを抱くことは十分可能であったとし、懲戒免職処分は、裁量権を濫用したものとして無効としています。
このように、精神的に不調な労働者が、正当な理由のない欠勤(無断欠勤)を続けている場合は、治療の機会や休職という精神疾患への配慮をせずに、単に無断欠勤を理由に懲戒解雇や諭旨解雇をすることは、懲戒権・解雇権濫用となります。

一方で、いずれの事件でも問題となった言動は、無断欠勤や不就労(労務不提供)で、無断欠勤以外の懲戒事由に該当する行為等解雇事由については触れていません。従って、無断欠勤(不就労)が、精神的不調に基づくと認められる場合には、懲戒処分を避け、専門医での治療を勧めるか、休職処分を検討するべきかと思いますが、無断欠勤以外の職場秩序を乱す言動(解雇事由)があった場合にまで、治療の勧奨や休職処分に付さないと懲戒処分が無効となるとまではいい切れません。

2.メンタル不調者の無断欠勤以外の職場秩序違反を理由とする解雇

「東京合同自動車事件(東京地判平9.2.7労経速1655号16頁)」では、タクシー会社の乗務員が、躁状態等の診断を受け約3か月の入院治療により軽快に勤務を再開したが、その後、会社を中傷する文書を送付したり、上司に対し罵詈雑言を吐いたり、自過失による事故に対する注意を受けて、上司に暴言を吐いたりしたため、「精神もしくは身体に障害がある・・・ため業務に堪えないと認められるとき」に該当するとしてなされた解雇が有効とされています。
また、「豊田通商事件(名古屋地判平9.7.16労判737号70頁)」では、電算部に勤務していた労働者が、精神病院に入院しナイトホスピタル(夜間病院で過ごし、昼間は通勤する)を開始し、その後退院して通常業務に就いたが、その後も、無銭飲食、業務命令違反、暴行、業務妨害、物品持ち出しなどし、さらに上司と面談中窓ガラスに茶碗を投げつけるなどしたため解雇した事案について、解雇権の濫用とはいえないとされています。
さらに、「T&Dリース事件(大阪地判平21.2.26労経速2034号14頁)」では、うつ病に罹患して休職した労働者が復職後、ICレコーダーやビデオカメラを職場に持ち込み、上司から再三にわたる録音・撮影禁止の注意・指示を無視してこれを繰り返し、また、労働者の健康状態に配慮して策定された復職の方針に基づく業務指示に従わなかったため解雇されたケースについて解雇権の濫用とは認められないとされています。

このように、メンタル不調により単に無断欠勤(労務不提供)というにとどまらず、その言動により職務遂行への支障、業務・職場秩序への重大な違反・悪影響等が生じている場合には、解雇もやむを得ないと考えられます。ただし、この場合でも、懲戒解雇は避け普通解雇により対応すべきです。


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