社会保険労務士川口正倫のブログ

都内の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ



第15回紛争解決手続代理業務試験(特定社労士試験)の倫理の解答例

第15回紛争解決手続代理業務試験(特定社労士試験)の倫理の解答例

※私が実際に書いた解答で、正解ではありません。

1.小問(1)

【問題】
平成28年11月に、特定社会保険労務士甲の友人であるAが、総務部長としてB社に中途採用された。当時B社では、別に社会保険労務士を顧問としていたが、Aは、社長に甲を推薦して、同社の顧問を甲に変更してもらった。それ以降甲は、B社から、人事制度についての相談を受けたり、社員との個別紛争についてあっせんの代理などを受任したりしていた。
しかし、本年10月に社長は引退し、その息子のCが新社長に就任した。Cは、甲を解任して、以前の社会保険労務士を顧問に復帰させた。これにAが異を唱えたところ、Cから退職勧奨を受け、Aがこれに応じなかったところ、協調性を欠くなどとして、本年11月20日付けで解雇された。これに対してAは、地位の確認を求めてあっせんの申請をすることとし、甲にその代理を依頼してきた。
甲は、Aから依頼を(ア)「受任できる」か、(イ)「受任できない」かを、解答用紙第6欄の結論欄に記号で記載し、その理由を理由欄に250字以内で記載しなさい。

【私の解答】
(イ)

社労士法22条に抵触しないものの、甲は、法人であるB社の顧問をしていたため、B社に対して守秘義務がある。仮にCの依頼を受けたとすると、B社に対するこの守秘義務が制限となり、Cの権利を十分に実現できない可能性がある。また、解任されたとはいえ、本件解雇の約1か月前まで甲はB社の顧問をしており、Cの立場からすれば相手方から報酬を得ていることとなり、あっせんが思ったとおりの結果とならなかった場合、職務の公正誠実さを疑われかねない。さらに、B社に対する信義則にも反する。よって、受任不可。

(※)「疑」という字を、「擬」と誤記してしまい二重線で消したらマスにスペースが無くなり、「うたがわれかねない」とひらがなかで記入しました。そしたら、最後のほうでマスが足りなくなり、「受任できない。」で終わらせるべきところ、「受任不可。」としました。なお、思い出しながら書いているのですべてが一言一句同じであったわけではありませんが、実際の試験は250字ちょうどになりました。

2.小問(2)

【問題】
社会保険労務士法人の丙は、昨年4月より、D社の内部通報業務を受任し、当時丙の勤務社会保険労務士であった乙も、他の勤務社会保険労務士と分担して、その窓口業務を担当した。この窓口業務では通報者が匿名の場合、窓口業務担当者も氏名を明かさず、匿名で聞き取ることとされていた。
本年6月に乙は、D社社員を名乗る匿名の電話で、D社のE部長が女性社員のFに対して、セクハラを繰り返しているとの通報を受け、D社に対してその聞き取り内容を報告した。その報告を受けてD社の人事部長が、E部長及びFに対して事情聴取を行ったが、E部長もFも、通報内容には心当たりが無いとのことであった。この件は、通報が匿名であったこともあり、それ以上の問題とはならず、E部長に対する注意や処分などはなされないままであった。
乙は、本年10月初めに丙を退職して独立した。その2週間後にFから、D社に対して損害賠償を求めてあっせんの申請がなされた。この事件について、D社の人事部長から乙に、受任してもらえないかとの打診があった。乙がその申立内容を見ると、FはE部長からセクハラで、以前からのうつ状態が悪化したこと、本年6月に、勇気を振り絞って匿名で通報を行ったが、社内での事情聴取ではE部長が怖くてセクハラのことは言い出せなかったこと、その後E部長からセクハラはなくなったが、うつ状態が悪化して退職せざるを得なくなったことなどが書かれていた。
乙は、D社からの依頼を(ア)「受任できる」か、(イ)「受任できない」かを、解答用紙第7欄の結論欄に記号で記載し、その理由を理由欄に250字以内で記載しなさい。

【私の解答】
(ア)

乙は、丙を退職後も、丙に勤務している時の業務について守秘義務を負うものの、乙はD社の内部通報窓口業務でFから相談を受け、その内容はD社に報告をされているため、Fに対する守秘義務が制限となることはない。また、乙はFから報酬を受けておらず、あっせんがうまくいかなかったとしても、職務の公正誠実さが疑われる可能性もない。さらに、利益相反行為ともならず、Fに対する信義則違反にもならず、また、特定社労士の業務を禁止する社労士法にも抵触しない。よって、受任可。

(※)最後の方でやはり字数が足りなくなり、「紛争解決手続代理業務を禁止する社労士法の規定にも抵触しない」と記載したかったところを、「特定社労士の業務を禁止する社労士法にも抵触しない。」と記載し、また、「よって、受任できる。」と終わらせるところを、「よって、受任可。」としました。なお、思い出しながら書いているのですべてが一言一句同じであったわけではありませんが、実際の試験は250字ちょうどになりました。

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感想(1件)

障害のある方向けの「就労パスポート」とは

障害のある方向けの「就労パスポート」とは

厚生労働省ホームページより)
障害のある方向けの「就労パスポート」を作成しました

~障害のある方の就職や職場定着の促進を図るための情報共有ツールです~


厚生労働省は、このたび、「精神障害者等の就労パスポート作成に関する検討会」での検討を踏まえ、障害のある方に向けた「就労パスポート」を作成しました。
 「就労パスポート」は、障害のある方が、働く上での自分の特徴や希望する配慮などを整理することで、就職や職場定着の促進を図るための情報共有ツールです。支援機関や職場における必要な支援などについて話し合う際に活用できます。
このツールを活用することで、障害のある方ご本人の障害に関する理解が深められ、支援機関同士での情報連携なども進めることできます。また、事業主による採用選考時の障害への理解や職場環境の整備を促し、障害のある方の就職や職場定着の促進につなげることが期待できます。
厚生労働省では、今後、就労パスポートの普及を進めるため、支援機関や事業主を対象に周知を行う予定です。

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www.mhlw.go.jp

時間単位の有給休暇について

時間単位の有給休暇について

(厚生労働省の文書より)
厚生労働行政の運営につきましては、平素より格別の御理解と御協力を賜り、厚く御礼申し上げます。
さて、年次有給休暇(以下「年休」という。)の取得率については、平成29年に51.1%と18年ぶりに5割を超えたものの、依然として政府目標である70%とは大きな乖離があり、更なる年休の取得促進の取組が求められています。
一方で、仕事と生活の調和を図る観点から、年休を有効に活用できるよう、年に5日の範囲内で年次有給休暇を時間単位で付与することができることとされていますが、その制度導入率は19.0%(平成30年)に留まっている状況にあります。
このような中、時間単位の年次有給休暇制度(以下「時間単位年休」という。)については、「経済財政運営と改革の基本方針2019について」(令和元年6月21日閣議決定)において、「子育て、介護、治療など様々な事情に応じて、柔軟に休暇を取得できるよう、民間企業において、1時間単位で年次有給休暇を取得する取組を推進する」こととされたところです。
このため、厚生労働省では、時間単位年休の導入促進を図るため、同封のリーフレットを作成し、労使に対する働きかけ等を行っていくことにしています。
皆様のご理解、ご協力をよろしくお願い申し上げます。


お問い合わせ

厚生労働省雇用環境・均等局職業生活両立課
働き方・休み方改善係(03-5253-1111(内線7915))

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(参考)
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退職時改定と配偶者加給年金の支給停止

配偶者加給年金の支給停止

配偶者加給年金の支給停止要件を、「妻が20年以上厚生年金被保険者期間があると、夫の老齢厚生年金の配偶者加給年金が支給停止になる。」と誤解している人がかなりいますが、そうではありません。正しくは、「妻が20年以上被保険者期間がある厚生年金を受給できると、夫の老齢厚生年金の配偶者加給年金が支給停止になる。」です。
社会保険労務士でも、間違ったことを書いている人がいるので要注意です。

ちなみ、「妻が20年以上被保険者期間がある厚生年金を受給できる」というのは、
①妻が65歳未満の特別支給の老齢厚生年金の比例報酬部分を受給できる年齢
②その受給できる老齢厚生年金が厚生年金の被保険者期間が20年以上*1のものである
という両方の条件を満たす必要があります。
ここで、「受給できる」というのは「受給できても受給していない」場合を含みます。
また、被保険者期間が20年以上あっても、受給している老齢厚生年金の被保険者期間が20年以上*2でなければ、②には該当せず、配偶者加給年金は支給停止されません。
これは、少々わかりにくいですが、「退職時改定」を理解しておけばわかるかと思います。

老齢厚生年金は60歳以上も加入するため、例えば、在職のまま62歳で特別支給の老齢厚生年金の比例報酬部を受給開始すると、62歳以降に毎月給与から控除される保険料が受け取る年金額にも反映されるように思えますが、そのような仕組みになっていません。
もし同じ会社で勤務していれば、62歳から65歳になるまでに支払った保険料は65歳から支給額に反映され、65歳から70歳になるまで支払った保険料は70歳以降の支給額に反映されます。ただし、途中で退職した場合には例外的に保険料が支給額に反映され、これを「退職時改定」といいます。

「退職時改定」は厚生年金保険法43条3項で定められています。

厚生年金法43条3項(一部簡略)
被保険者である受給権者がその被保険者の資格を喪失し、かつ、被保険者となることなくして被保険者の資格を喪失した日から起算して1月を経過したときは、前項の規定にかかわらず、その被保険者の資格を喪失した月前における被保険者であった期間を老齢厚生年金の額の計算の基礎とするものとし、資格を喪失した日から起算して1月を経過した日の属する月から、年金の額を改定する。

具体的に例をあげると、8月31日退職(資格喪失日9月1日)した場合、9月30日(資格喪失した日から1月を経過する日)までに被保険者とならなければ、8月(資格喪失した月前)までの期間を老齢厚生年金額の計算の基礎し、9月(資格喪失した日から1月を経過する日の属する月)から年金の額が改定となります。

8月31日退職(資格喪失日9月1日) ⇒ 9月から保険料改定(8月までの被保険期間が反映)
8月30日退職(資格喪失日8月31日) ⇒ 8月から保険料改定(7月までの被保険者期間が反映)

以上のことを考慮すると、「被保険者期間が20年以上あっても、受給している老齢厚生年金の被保険者期間が20年以上ではない」という事態が起こり得ることになります。
例えば、あゆみさんは62歳で特別支給の老齢厚生年金の比例報酬部分を受給開始し、その時点で在職中でこれまでの厚生年金の被保険者期間が19年であったとします。あゆみさんが受給する特別支給の老齢厚生年金の支給額には、被保険者期間19年分が反映され、このまま63歳以降も継続して同じ会社に勤めていれば退職者改定はされないため、被保険者期間が20年以上あっても、受給している老齢厚生年金の被保険者期間は19年であることになります。
そして、上記②の条件を満たさないため、あゆみさんの配偶者が配偶者加給年金を受給していたとしても支給停止とはなりません。
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逆に、63歳まで勤務して退職すると退職時改定により、受給している老齢厚生年金の被保険者期間が20年以上となり、②の条件を満たすこととなり、支給停止となっていまいます。
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ちなみに、この退職時改定は夫のほう支給要件にも関わって来ます。例えば、65歳到達時に夫の厚生年金被保険者期間が19年しかなければ、配偶者が要件を満たしても配偶者加給年金は支給されません。なぜなら、厚生年金保険の被保険者期間が20年以上というのが条件だからです。
このケースでも65歳から継続して66歳まで勤務したとしても、それだけでは保険期間が反映されず、66歳以降に退職して退職時改定の適用を受ければ、被保険者期間が20年以上となり、配偶者加給年金を受けることができるのです。


(参考)
配偶者加給年金
厚生年金保険の被保険者期間が20年*3以上ある方が、65歳到達時点(または定額部分支給開始年齢に到達した時点)で、その方に生計を維持されている下記の配偶者または子がいるときに加算されます。
65歳到達後(または定額部分支給開始年齢に到達した後)、被保険者期間が20年※以上となった場合は、退職改定時に生計を維持されている下記の配偶者または子がいるときに加算されます。
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【配偶者加給年金の支給停止】
配偶者が老齢厚生年金(被保険者期間が20年以上または共済組合等の加入期間を除いた期間が40歳(女性の場合は35歳)以降15年以上の場合に限る)、退職共済年金(組合員期間20年以上)または障害年金受けられる間は、配偶者加給年金額は支給停止されます。

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*1:または共済組合等の加入期間を除いた期間が35歳以降15年以上の場合に限る

*2:または共済組合等の加入期間を除いた期間が35歳以降15年以上

*3:中高齢の資格期間の短縮の特例を受ける方は、厚生年金保険(一般)の被保険者期間が15~19年。

【雇止め】ラボ国際交流センタ-事件(東京地判平28.2.19労経速2278号18頁)

ラボ国際交流センタ-事件(東京地判平28.2.19労経速2278号18頁)

審判:第一審
裁判所名:東京地方裁判所
事件番号:平成26年(ワ)10346号
裁判年月日:平成28年2月19日

1.事件の概要

Xは、青少年の国際交流プログラムを運営することを目的とした公益財団法人であるYに有期雇用職員として雇用され、高校留学プログラム(米国・カナダ)の企画運営等(留学業務)に従事していた。
Xは、業務委託を経て、平成16年4月1日にYに、期間の定めのある嘱託雇用として採用され、以後更新を重ねてきた(通算で10年間、契約更新回数は11回に及んでいる)。Xは、留学業務の担当者、平成25年1月からは「責任者」として留学業務を一手に担っていた。YにおいてXが従事してきた留学業務に係る事業はYの重要な柱の1つであり、国際交流事業の北米交流参加費の収入に次ぐ収益を上げるような事業であった。
Xは、平成26年3月31日をもってYに雇止めされたところ、Xは、Yに対し、同雇止めの無効を主張して、従業員としての地位の確認等を求めて提訴したのが本件である。

2.判決の概要

Xは、本件は労働契約法19条1号の適用があり、同条1号の適用がないとした場合に、予備的に同条2号の適用を主張する。
当裁判所は、本件は労働契約法19条1号ではなく、同条2号が適用される事案であると考える。
すなわち、契約更新手続が極めて形式的なものであったとは認められず、かえって、毎期毎にXとY間で新たな労働条件での契約更新がなされてきたものと認められることから、期間の定めが形骸化していたとは認められない。また、Xは、『なぜこれだけやっているのにあなたは社員ではないの?』と質問されるとのことであるから、「社会通念上」Yの正社員と同視できる状況にあったとも認められない。よって、XとY間の雇用契約が、同条1号における期間の定めのない労働契約と社会通念上同視できるとは認められない。
もっとも、本件は「当該有期雇用契約が更新されることについて合理的な理由がある」(労働契約法19条2号)ものと認められるので、これを前提に、本件雇止めの有効性を検討する。
ア Xが担当していた留学業務は、1人のスタッフに長期間委ねてきたために、業務内容が固定化し、他の職員と共有化されずにブラックボックス化する弊害が生じており、非常時の対応に関するリスク回避が喫緊の課題であったこと、青少年国際交流事業全体がチームとして協力し、業務を協同で遂行する必要があり、そのための改善が不可欠となっていたことが認められる。
なお、上記認定事実については、Y単独の問題意識ではない。X自身も「職務上、部内の他のメンバーと関わりがほとんどなく、孤立感を深めている。よく部内で口にされる『みんな』に、自分は入っていないことも多く、不愉快な気持ちや疎外感を感じることが多い。他のラインが忙しく、こちらが手があいているときに、手伝いの申し出をしても、おそらく『社員じゃないから』とか、『勤務時間に制限があるから』という理由なのか、断られてしまった」、「部内の情報もあまり共有されていないし、コミュニケーション・サークルから外されているように感じている」とあることから、対処すべき方法論の違いはともあれ、Yの他の職員との業務の連携不足に関する問題意識は、X及びYとも共通認識としてあったものと考えられる。
イ Xに対する、「留学業務を責任感を持って引き受け、参加者家庭、所属テューターと良好な関係を維持してきた。留学事業を取り巻く状況は大きく変化するなかで事業の促進を図るために留学生募集の拡大に向けて努力を行ってきた」、「留学プログラムの運営上、留学生、留学生家庭と丁寧なフォローや適切なカウンセリングを行い、円滑なプログラム運営に努め、その信頼度を高めてきた。留学交流団体と人脈を通じ、受入れ数の確保や参加者の問題発生時には、受け入れ団体及び留学生に対して適切な対応と迅速な解決を図ってきた」とのYの業績評価及び「仕事に基本的に熱心に取り組んではいる」とのYの業績評価は、Xの勤務態度の一端を示す事実と認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
しかし、他方で、Xは上司からの再三に亘る注意にもかかわらず業務を1人で抱え込みYと共有しようとせず、また、業務の遂行方法に関して改善を求められても聞き入れようとせず、さらに、契約上ではXの業務として留学業務の外に「その他財団の諸業務のサポート」が課せられているが、Xは多忙を理由にこれらのサポート業務を手伝わず協力しなかった、とのYの主張事実も、各認定事実によれば十分推認可能である。
ウ 以上を踏まえて検討するに、Xは、担当業務の遂行能力には秀でたものがあったと思われるが、Yの他の職員との協調性には問題が認められる。また、仕事を1人で抱え込む状態が長期間継続すると、何らかの問題がXの担当業務に発生したときに、Y全体として責任をもって適切に対処することが困難となる弊害がある。そして、Yの事業運営上の問題点に鑑みれば、Yの事業運営上もXによる専任体制を維持することが困難となっていたことは明らかであり、Yにおいて、XとY間の雇用契約の見直しを迫られたことにはやむを得ない事情があったというべきである。
また、XがY職員との間で孤立化した状況にあったことからすれば、Xにつき、Y内での異動というよりは、F社・グループ内全体での就労のあり方を検討するのが自然であり、XとY間の交渉において、F社での雇用を骨子とする協議がなされたことが不合理とはいえない。確かに、F社での勤務となった場合には、従前の労働条件よりも悪くなるようであり、Xに不満が生じたことも十分理解できるが、これについてYは、Xのこれまでの業務内容の専門性の高さから厚遇してきたものの、F社での雇用においては一般業務になり、他の嘱託職員の処遇のバランスから一定の減額はやむを得ないと考えていると、合理的な理由の説明を行っているものである。
そうすると、本件雇止めは、Yの主張事実に理由があるほか、XとY間の交渉が行き詰まったがゆえに結果として行われたやむを得ない措置と言うほかなく、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当なものとして有効である。
なお、本件は労働契約法19条2号の事案であり、同条1号における「期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できる」ものでもないのであるから、解雇(同法16条)における判断と同程度の厳格な判断を求められるわけではない。
なお、Xは、本件雇止めは、労働契約法18条・19条を潜脱する意図で実施されたと主張し、これに沿う証拠として、H氏のメールを提出する。同メールには、「新労働契約法の施行が今年4月1日。1年間雇用し、1回更新すると、労働者に、無期雇用の期待が生まれるため、本来は、来年3月で雇止めをするのが、組織運営上は望ましい。」、「こうした確約をとらずに、2015年3月末を迎え、その時になって、私には無期雇用の権利があると主張されるとかなりやっかいなことになるので」との記載がある。
これにつき、証拠によれば、H氏のメールは平成25年11月25日に送信されたものであるのに対し、I書簡としてXから証拠提出された書面の3枚目及び4枚目の書面(「2014年以降のAの組織運営について」と題する書面。以下「G書面」という。)は、G氏が同年12月以降のXとの交渉後に作成したものであること、同書面の作成時期からすれば、G書面は、Xとの交渉結果を踏まえて、以後のXに対するYの交渉方針を整理するべく、G氏が個別に作成したこと、がそれぞれ認められる。
そして、H氏のメールとG書面を比較するに、G書面における「4、Xさんの評価に対する配慮」、「5、方針」には、Fでの正社員採用の選択肢まで掲げられていることから、H氏のメールにおける意見が反映された結果とは必ずしも言えないし、H氏の意見自体「事務局内部の事情によく知っていたということではない」とのY内での評価にとどまる。そうすると、H氏のメールは、H氏の個人的意見の域を超えず、Y組織全体としての意見とは認められない。
これに加え、G書面の記載内容、「Fの無期労働契約にされちゃうだろうし」とのチャットでのXの発言及び各認定事実におけるYの交渉態度からすれば、少なくとも、Xの雇用確保だけでなく、無期雇用の可能性も視野に入れてYがXと交渉していたこと自体は優に認定できるのであり、有期雇用者の雇用確保に反する態度をYが取っていたとは言い難い。
そうすると、Yが労働契約法の潜脱の意図を有していたとは認められず、Xの当該主張は採用できない。

【雇止め】シャノワール事件(東京地判平27.7.31労判1121号5号)

シャノワール事件(東京地判平27.7.31労判1121号5号)

参照法条  : 労働契約法19条、民法709条
裁判年月日 : 2015年7月31日
裁判所名  : 東京地
裁判形式  : 判決
事件番号  : 平成25年(ワ)19333号

1.事件の概要

A大学大学院に在籍する大学院生であるXは、コーヒー・軽食等の店舗内提供・テイクアウト販売を行う店舗の直接経営をするY社のセルフサービス式コーヒーショップA店で勤務していた。Xは平成15年8月24日にY社との間で期間の定めの労働契約を締結し、契約更新を繰り返して平成19年3月27日まで勤務した。その後、平成20年7月7日に再度Y社との間で期間の定めのある労働契約を締結し、契約の更新を繰り返したが、平成25年6月15日にY社から雇止めされた(以下「本件雇止め」という。)。
Xは、Y社から雇止めに関する説明を受けた後、E労働組合(以下「組合」という。)に相談し、平成24年4月20日、組合に加入した。組合は、同日、Y社告に対して、組合加入通知書並びに契約更新の回数上限導入及び平成25年3月155日限りでの雇止めの撤回等を議題とする団体交渉申し入れ書を提出した。
組合とY社間の団体交渉は以下の日時に開催された。なお、第4回団体交渉において、平成25年3月16日から同年6月15日までの契約更新は行う旨組合とY社間で合意がなされた。
本件雇止め後、Xは、代理人を通じ、平成25年6月17日付け通知書を内容証明郵便で発送し、本件雇止めが無効であることを理由にXを現職復帰させること等を求めた。しかし、Y社は、同月24日付け回答書でこれを拒絶した。
これに対して、XがY社に、労働者としての地位の確認等を求めて提訴したのが本件である。

2.判決の概要

(1)労働契約法19条1号該当性
Xは再入社した平成20年7月7日から平成25年6月15日までの4年11か月にわたって19回の契約更新を行ってきたこと及びXは平成15年8月24日から平成19年3月27日までの3年7か月にわたって14回の契約更新を行っていることは当事者間に争いがない。
そして、契約更新手続は店長がアルバイトと個別に面談を行い、更新の可否について判断をした上で、アルバイトに契約書を交付し、その作成を指示し契約更新を行っていることが認められる。
そうすると、アルバイトの有期労働契約の契約更新手続が形骸化した事実はなく、XとY社間の労働契約は期間満了の都度更新されてきたものと認められることから、本件雇止めを「期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視」することはできず、労働契約法19条1号には該当しない。


(2)労働契約法19条2号該当性
Xの主張事実(評価根拠事実)につき以下検討する。

ア 更新期間、更新回数
Xは再入社した平成20年7月7日から平成25年6月15日までの4年11か月にわたって19回の契約更新を行ってきたこと及びXは平成15年8月24日から平成19年3月27日までの3年7か月にわたって14回の契約更新を行っていることは当事者間に争いがない。

イ Xの従事してきた業務
(ア)Xは時間帯責任者として、A店の中心的業務である接客販売業務を店長と全く変わらない形で行い、形式的には店長が行うこととされている管理業務も一定範囲で権限を委ねられ行ってきたところ、これら業務は店舗知識と業務経験がなければ果たせない業務であり、Y社にとって必要不可欠かつ店舗運営の根幹にかかわる業務であったと主張する。
(イ)もっとも、Y社の店長の権限については以下の内容が認められる。これらは時間帯責任者を含むアルバイトの業務とは質的に異なるものと認められ、Xの従事してきた業務につきY社の店長の業務と同等の評価をすることはできない。
a 売上管理
店長は、過去の売上データ、商環境の変化(競合他社店舗の状況、近隣のオフィスビルの状況、近隣におけるイベントの実施状況等)を踏まえ、売上予測を決定する。また、店長は、売上実績を分析し、自ら決定した売上予測と売上実績がかい離している場合には売上予測を修正する。
店長は、各種の割引チケット、チラシ等の販売促進グッズを発注することができる。店長は、販売促進活動によって増加する経費と、増加すると予想される売上げを勘案し、いつ、どこで、誰に、どのような販売促進グッズを配布させるかを決定する。
b 原価管理
店長は、店内在庫数と売上予測を勘案し、自動発注システムを利用して1週間先の日までの商品・材料を発注する業務を行う。また、店舗内で作成するサンドイッチ類については、過去の売上情報を基にサンドイッチ類の販売数を予測し、アルバイトに対して、サンドイッチ類の作成・陳列を指示する。
c 労務管理
店長は、翌月の売上予測を決定し、その売上予測に応じて翌月の人件費を決定し、店長月報に記載する。店長は、翌月の各日毎に、アルバイトを何時、何人配置するかを決定し、各日毎のワークスケジュール表を作成する。店長は、翌月の各日のワークスケジュール表を作成した後、各アルバイトをあてはめ、シフト表を作成する。店長は、各アルバイトに対して、翌月のシフト表を提示し、各アルバイトから翌月のシフト勤務の同意を得る。
また、来店者が著しく減少し業務量が減少した場合には、店長がアルバイトに対して掃除等の業務を増加する等の手段によってアルバイトの業務を確保するようにしているが、アルバイトの同意を得て、早退・休憩時間の延長によりシフト表の勤務時間より実際の労働時間を減少させる(シフトカット)こともある。
d 部下育成・人材開発
アルバイトの採用権限は店長にあり、店長は、募集効果、募集の経費を勘案し、Y社ホームページにおける募集告知、店舗における募集告知(ポスター等の掲示)、地域情報誌などにおける募集告知、求人サイトにおける募集告知等から募集方法を選択する。
Y社は、店長に対し、店長自らが新人アルバイトに対して16時間の集中トレーニングを行うよう指示しており、同アルバイトは同トレーニングにおいて店舗における基本的業務を習得する。さらに、店長は、同トレーニング後もアルバイトに課題を設定し、同アルバイトの能力・技量を高める。
店長は、面談、日々のコミュニケーションにおいて、各アルバイトに対し設定した課題を伝え、各アルバイトがその課題を達成できるように指導・助言し、課題を達成できたかどうかを判断する。
e その他
店長は、商品のクオリティ、サービス、クリンリネス、環境と雰囲気のレベルアップ(これらを以下「QSCA」という。)を行うための業務を行う。店長は、店長月報の作成の際に、その月にその店舗が取り組むQSCAの向上の具体的な方法を決定・記載し、アルバイトに説明・指示してQSCAの向上を図る。また、店舗の各種帳票類、文書、金銭、設備、勤怠、衛生の管理業務を行う。
(ウ)ところで、Y社における時間帯責任者とは、店長不在時における現場監督を担う者であると理解される。店舗を管理する店長の在籍に関わりなく、現場における様々な問題は生じるものであり、店長の出勤を待たずして現場で何らかの対応を余儀なくされることも想定されるところ、Xの前記(ア)の主張並びにこれに沿うXの陳述書での陳述及び本人尋問での供述は、A店の実状を熟知し経験豊富なXが時間帯責任者として現場の諸問題につき責任をもって処理してきたことの実績を主張立証するものとして理解しうるし、当裁判所としても、かかる実績は評価する。
もっとも、Xの前記(ア)の主張の趣旨に、上長である店長を差し置いて時間帯責任者に独自の自由裁量があるかのような趣旨が含まれるとすれば当該主張を認めることはできない。Y社における時間帯責任者の独自の権限の存在を認めるに足りる証拠はないし、一般に労働契約においては、労働者は上長の指揮命令に従うものであるから、前記(イ)の各認定事実における店長の権限に基づき決定された具体的内容を逸脱する事項を時間帯責任者が行えるものとは通常いえない。
したがって、Xの前記(ア)の主張は、店長の指揮命令下でXが時間帯責任者としての職責を長期間果たしてきたとの限度で認める。

ウ 契約更新手続
(ア)Xは、契約更新手続は各自が仕事の合間や自宅に持ち帰るなどして契約書に必要事項を記入するだけであり、個別面談等は行われなかった旨主張する。
(イ)Y社はアルバイトの評価期間を、4月16日から5月15日、7月16日から8月15日、10月16日から11月15日、1月16日から2月15日と定め、アルバイトの管理者である店長に対し、所定のアルバイトチェックリストを用いて、評価期間内の各アルバイトの勤務状況を評価することを指示し、各アルバイトとの間の契約更新の可否及び更新する場合の役職を決定していること、店長は契約更新手続のために全アルバイトと面接していること、がそれぞれ認められ、上記各事実によれば、店長が契約更新に向けてアルバイトの評価を行い、以後の更新の可否等を検討するものであるから、契約更新手続が形骸化していたとは認められない。
(ウ)これに対し、Xは、契約更新時期に店長が全アルバイトと個別に面談を行って意見・希望等を聴取することは不可能に近い対応であると主張する。
しかし、G店長とXとの間では現実に契約更新手続の際に面談が実施され、掃除の仕方など店舗運営に関する話し合いも行われている。契約書作成に時間を要しているのは、Xが団体交渉中に契約書の作成を行わず、久しぶりの作成であったために慣れずに時間を要したことも一因としてあると思われ、通常はそれほど作成に時間がかかるとは思われない。また、業務の繁閑を利用して面談を行うことも可能であり、必ずしも事務作業時間を割く必要はない(G店長とXとの面談は、他のアルバイト1名に業務を任せたまま行われている。)。むしろ、アルバイトの能力・技量は店舗の業績に直結する重大事項であるから、指導のための面談に必要な時間を費やすことは当然行われてしかるべきである。Xの主張は採用できない。
(エ)なお、Xの契約書に記入漏れ等の不備があることについては、Xは月平均5日程度、各4時間から5時間程度と勤務頻度が極端に少なく、勤務時間もK店長(以下「K店長」という。)の出勤しない日曜日午後の勤務が多かったことから、Xに対しては、契約書を直接手渡しではなくホワイトボードに貼って返してもらうことが多かったことが認められるところ、契約書の記載事項に関する十分なチェックがXと店長間で行えていなかったことが理由と考えられる。Xも店長とあまり会う機会がなかったことを認めているように、これ自体はXの個別事情によるところも大きい。
結局、Xの前記(ア)の主張はXの個別事情による例外的対応を示すものとしか評価し得ず、前記(イ)の認定事実を左右しないし、更新期待の合理的理由を検討する上で、かかるXの個別事情による例外的対応まで考慮すべきとはいえない。

エ 契約更新の合意
(ア)Xは、平成25年2月25日、組合とY社は、Xら組合員については、同年6月16日以降も上限を設けることなく契約更新する旨合意したと主張する。
(イ)平成25年1月29日実施の第4回団体交渉については、Y社代表者及びY社専務取締役の決裁を取った上で、Y社のF人事部長は組合に対し、Xら組合員の雇用継続はできないが同年6月15日までの契約更新は行う旨回答したこと、これに対し、組合のL青年非正規労働センター事務局長(以下「L事務局長」という。)から、本件更新制限を全社的に撤回できないのであれば、Xら組合員についてはなんとかしてほしい旨の申入れがあったこと、F人事部長は全社的にということでなければ持ち帰って検討できるかもしれないと回答したこと、その後、F人事部長はG店長及び地区長に対し、同年6月15日以降も店舗で預かることができるかと確認したところ、G店長らは会社の決定に従う旨回答したこと、同年2月25日にL事務局長からF人事部長への電話で、L事務局長がF人事部長に落としどころについての見通しを聞いたことに対し、F人事部長はXら組合員について期間を定めた雇用延長をするということで調整している旨回答したこと、これに対しL事務局長はF人事部長に対し和解協定書の案を送ると提案したところ、F人事部長は了解したこと、その後、L事務局長はXら組合員に対し更新回数の上限なしで契約更新していくとの合意がとれたと報告し、和解協定書をF人事部長宛に送付したこと、F人事部長は同和解協定書を見ないままY社代表者とY社専務取締役にXら組合員の契約期間のさらなる更新を相談したところ、更新は認められないと否定されたこと、がそれぞれ認められる。
(ウ)なお、上記認定事実では「F人事部長はXら組合員について期間を定めた雇用延長をするということで調整している旨回答」したと認定したが、これに対し、証人Lは、F人事部長が「この3名についてはこれまでと同様の契約更新回数の上限のない契約で更新ができることになりました」と述べたと供述する。
しかし、第4回団体交渉においてもY社は本件更新制限の撤回をせず、ようやくXら組合員に対して3か月の更新が認められた状況にすぎないのに、その後短期間のうちに一転して本件更新制限がXら組合員に対して撤回されるとは容易に想定し難い。また、対面で行う通常の団体交渉と異なり、電話でのやりとりはお互いの会話のニュアンスが正確に伝わらず、一般に誤解を生じやすい。そして、平成25年3月14日のXとG店長との契約更新手続においても、「店長 最終的なところはちょっとどうなるか、俺とかのレベルでは分からないので X はい、分かりました。」、「X お店のことで?ああ、期間のことじゃなくて 店長 そこを言われても、僕は対処しようがないんで」等の会話内容からは、Xの主張する前記(ア)の合意を前提とした行動がY社においてとられていたとは認められない。
そうすると、証人Lの上記供述は、F人事部長の話を誤解して聴取した可能性があるので、にわかに採用することはできない。
(エ)上記(イ)の各認定事実によれば、F人事部長はXら組合員に対しては期間を定めた雇用延長しか考えておらず、L事務局長がXら組合員に対する本件更新制限の撤回を求めていることと意思が合致していないのであるから、X主張の前記(ア)の合意の成立は認められない。
よって、X主張の前記(ア)の合意をXの更新期待の合理的理由として考慮することはできない。

オ 契約更新の実態
(ア)Xは、Y社ではアルバイトが更新を希望した場合、よほど勤務態度に問題がなければ当然に契約更新がされてきたと主張する。
(イ)K店長は10名程度、G店長は2、3名を雇止めした経験はあること、Y社の元社員であるHも10人に満たない程度のアルバイトが店長から雇止めされていたこと、が認められる。店長から雇止めされることはそれほど多い事例ではなく、雇止めされる場合も通常はアルバイトの勤務態度を問題とするものと考えられる。
(ウ)しかし、本件雇止め当時のG店長は、Xについては週に1回が多く、入っても2回であり、勤務頻度が低く店長としての考えが伝わらないことから更新はしたくなかった、Xが入る曜日も日曜、木曜という形で限定的であったためシフトを組むのも都合が悪かった、とそれぞれ証人の立場で供述している。前記ウ(イ)のとおり、店長は評価期間内にアルバイトの勤務状況を評価し、契約更新の可否及び更新する場合の役職を決定しているところ、G店長はXの勤務状況に関する評価意見を率直に供述したものと認められる。
そうすると、一般的には店長から雇止めされるアルバイトは少ないものの、Xについては、G店長から例外的に雇止めされるべき問題のあるアルバイトと評価されていたことになるので、以下さらに検討する。
(中略)
b  Xは、A大学の学生であった当時、当時のY社の地区長からY社の新卒正社員採用に応募するよう勧められたがXは断った。XはY社以外の会社に就職活動を行い、A大学卒業後の平成19年4月からN株式会社に入社したが、平成20年3月に同社を退社した。
その後、Xは、同年5月から平成21年3月までA大学の事務職員として週5日勤務し、同年4月にA大学大学院に入学した。Xは、平成22年10月から平成24年10月まで大学院を休学して3つの団体の音楽講師を務めた。休学の理由としては、Xの実母の体調が悪くなったり、実母が交通事故を起こして、代わりに実母の自営業の仕事を手伝わなければならなくなった事情があった。
その他、XはA大学の大学院生当時にA大学のIにて時給1200円のアルバイトを行ったり、家庭教師、塾講師をしていた。
(オ)Y社での勤務条件に関しては、アルバイトの採用条件として最低で週2日程度、1回当たり4時間以上の勤務希望者から採用することが認められる。また、契約更新に際しても同じ条件が必要とされると理解される。
これに対し、Xは、本人尋問で、平成20年7月7日の再入社の際に週1回の勤務でも許容されていた旨供述するが、Xが平成20年7月7日にY社のアルバイトとして再入社した際の契約書の「勤務可能時間帯」欄には「週10時間」の勤務との記載があり、Xが週2日勤務することが予定されていること、また、XとG店長との間の契約更新手続の際も、G店長は平均して週何回でられそうか、週2回ぐらいか、と確認したことに対し、Xは「はい」と答え、その旨の契約書が作成されていることに照らし、にわかに採用できない。
(カ)Xの勤務頻度の低さは常態化しており、この原因は前記(エ)bの認定事実のとおり、他のアルバイトとの掛け持ちが原因であると推認される。この点、Xの私生活上の事情としてやむを得ない面もあるのかもしれず、また、G店長の前任のK店長が、Xのシフト回数につき7回をお願いしようとしたところ、Xから忙しいので無理ですと強い言い方をされて断られたのも、Xに私生活上の余裕がなかったことの表れとも理解しうるが、他方で、Y社の立場からすれば、勤務頻度が低すぎると他の店舗従業員との円滑な意思疎通を欠く結果となるし、いくら経験豊富であっても、Xが指示変更に気付かず過去のやり方のままに行動することがあれば結果的に上長である店長の指示にそぐわない対応となり、全体としての店舗運営に支障を来すことが不可避となる。なお、あくまで印象論ではあるが、当裁判所にはXとG店長との契約更新手続における会話にぎこちなさを感じており、組合交渉中であることを割り引いて考えるとしても、XとG店長とのコミュニケーションの密度の薄さを推認させる。そうすると、G店長がXの勤務頻度の低さを問題視し、雇止めを検討することは不合理ではない。
結局のところ、本件ではY社組合間での組合交渉が継続していたことから、G店長が店長権限でXを雇止めすることが結果としてできなかったにすぎず、本来であれば、本件雇止め当時、XはG店長から勤務頻度の少なさを理由として雇止めされてもおかしくない立場にあったと客観的には評価される。
(キ)よって、Xの前記(ア)の主張は、Y社におけるアルバイトの契約更新の実態の一般論としては認められるものの、X自身には必ずしもあてはまらず、Xの更新期待の合理的理由としては考慮できない。

カ 小括
以上によれば、Xの主張事実のうち、アは当事者間に争いがなく、イはY社の店長の業務とは質的に異なるとはいえど、店長の指揮命令下でXが時間帯責任者としての職責を長期間果たしてきた事実は認められるものの、ウ、エは認められず、オはXには他のアルバイトと異なる勤務頻度の問題が認められる。
以上を総合すると、Xの雇用継続の期待は単なる主観的な期待にとどまり、同期待に合理的な理由があるとはいえないことから、労働契約法19条2号にも該当しない。


(3)本件雇止めの有効性
ア 前記(2)の判示のとおり、本件はそもそも労働契約法19条1号、2号に該当しないが、本件雇止めの有効性に関するXの主張に鑑み、なお検討する。

イ 証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。
(ア)Y社内においては、店長は2年毎に配置転換されるが、配置転換された店長が出す指示に対して、従前から勤務しているアルバイトが「店長が設定した掃除の仕方は間違っている。」、「店長のサンドイッチの個数の指示が間違っている。」、「店長が指示した機材の置き方が間違っている。」などと反発し、軋轢が生じる事例が多々あった。店長会議や店長研修で「長く勤務するアルバイトが店長の指示に反発しており、店舗の運営が難しい」との声が出るケースもあり、アルバイトとの軋轢を理由として退職する店長もいた。
(イ)Y社の営業部門の分析では、5年以上勤務しているアルバイトが従前の店舗のやり方に固執し、配置転換された店長の新たな指示に従わず、当該アルバイトが他のアルバイトにも従前の店舗のやり方を強いる例すらあった。営業部門としては、店長の指示をアルバイトに徹底させるなどの方策は取ったが事態の解決には至らなかった。そこで、平成22年9月、営業部門は総務人事部に対し、アルバイトの更新制限の要望を行った。
(ウ)Y社の総務人事部では、平成22年ころからアルバイトの更新制限の導入を検討していた。Y社では平成19年から有期雇用の契約社員制度をスタートさせていたが、契約社員が期間1年間、更新回数の上限が2年とされていたため、アルバイトについても契約社員の更新制限との平仄を取るべきとの意見もあった。そこで、平成22年8月にはY社の顧問社会保険労務士に法的問題点を相談した。また、前記(イ)の営業部門からの要望を受けた後も、アルバイトの更新制限の調査・検討を継続し、平成23年9月に労働基準監督署に、同年秋ころ当時の顧問弁護士にそれぞれ相談するなどした。
(エ)Y社では、常時5000人以上のアルバイトを雇用していたが、本件更新制限の対象となるアルバイトは100名程度であった。総務人事部では、更新回数を最大15回とすること、平成24年3月から導入すること、対象者への影響を緩和するため1年間の猶予期間を設けること等の本件更新制限の案を取りまとめ、平成24年2月18日、F人事部長が本件更新制限の稟議を起案し、本件更新制限の導入が決定した。
(オ)なお、Y社には毎年50名程度の新入社員が入社するが、これに対して、Y社の正社員の退職者については、平成23年9月から平成25年3月までの19か月の退職者数が101名であるのに対し、平成25年4月から平成26年10月までの19か月の退職者数は62名となっている。

ウ(ア)Y社が本件更新制限の理由として主張する内容は、前記イの各認定事実に整合的であり、本件更新制限の導入はY社内において時間をかけて検討されてきたことが認められる。
本件更新制限の合理性・相当性につき検討するに、前記イ(ア)の認定事実のように、背景事実として店長とアルバイトの軋轢があり、店長とアルバイトとの指揮命令関係に支障を来している事実が頻発しているのであれば、企業として当然何らかの対策を取らざるを得ない。ちなみにA店においてもG店長は作業順番の変更に対する反発を受け、前任者のK店長も経験の長いアルバイトを怖いと感じ、アルバイトとの軋轢には相当苦しんだようであるし、前記(2)オ(ウ)及び(カ)のとおり、K店長及びG店長とXとの間ではシフト回数の問題が生じている。Y社の元社員であるHも店長とアルバイトとの軋轢の経験がある。配置転換された店長がアルバイトとの軋轢に苦労することはY社において一般的に生じている事態と考えられる。
むろん、店長とアルバイトとの軋轢の解決方法として、アルバイトの更新制限が最善の手段といえるかには議論の余地がないわけではないが、前記イ(イ)の認定事実のとおり、Y社内での他の手段の検討は行われているのである。また、制度導入の結果として、前記イ(オ)の認定事実のとおり、いまだY社内の社員の入れ替わりが相当数にのぼるものの、Y社社員の退職者数が減少している事実が認められることから、一応の相関関係にはある。
そうすると、本件更新制限は、Y社の労務管理上必要に迫られてやむなく取られた措置というほかない。
そして、更新回数が最大15回と定められた経緯も、契約社員制度との均衡等、Y社の内部事情を理由とするものであったと認められる。
(イ)これに対し、XはY社の本件雇止めの理由が変遷していると主張するが、前記イの各認定事実を踏まえれば、Y社が場当たり的な対応をしていたとか真の理由を隠しての対応をしていたなどというものではなく、単に本件更新制限の理由を小出しに説明したものにすぎないのであって、Y社の組合に対する説明方法の巧緻の問題にとどまる。
また、Xは、Y社は無期転換ルールの適用回避のために更新回数制限措置を取り、本件雇止めに及んだ旨主張するが、その前提となる労働契約法の法改正ないし法解釈に関する議論がY社内でされた事実を認めるに足りる証拠はない。また、前記イ(ウ)の認定事実のとおり、契約社員についての更新上限はすでに平成19年当時からY社において導入されており、Y社の総務人事部では契約社員との平仄を合わせる関係でアルバイトの更新上限の検討がなされたというのであるから、労働契約法改正を契機として本件更新制限の検討がなされたとの関係にもない。むしろ、証人Kは、本件更新制限に関するY社からの通達の内容につき「契約書に、更新回数の上限を明記することが法律上義務付けられているので、次の契約からは、その更新の上限が書かれたものを使うように」という文脈だったと供述しているが、ここでの「法律上の義務」とは、労働基準法14条2項及びこれに基づく「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」(平成15年10月22日厚生労働省告示第357号、改正平成20年1月23日厚生労働省告示第12号)のことを指すのではないかと思われ、Xの主張する労働契約法ではないと思われる。労働基準法14条2項の関係でY社が労働基準監督署からの指導を受けることも特段不自然ではない(同条3項参照)。さらに言えば、労働契約法18条の定める5年の期間は平成25年4月1日以降に締結される契約から算定され、Y社においては同年6月16日以降に締結する契約からである。そして、無期転換権が発生する時期は、その5年後となる平成30年6月16日以降に締結する契約からである。前記イの各認定事実を前提とした場合に、かかる相当先の時期まで見据えて他企業に先駆けてまで諸規程の整備を行う余裕などY社にはないと思われる。そうすると、Xの主張を認めるに足りない。
(ウ)そして、本件のXは、Y社がアルバイトに週2日勤務のお願いをしているはずのところを何故かXは長期間にわたり月5日程度の勤務頻度の低さのまま許容されてきた。これまでの店長がかかる状況を問題視しなかったとは考えられず、店長が問題に気付いていながら経験の長いXに対して強く指導できなかった事実を推認させる。これもアルバイトの契約期間が長期化することによる弊害の一つであると考えられる。X自身に店長との軋轢に関する自覚はそれほどなかったかもしれないが、Xの上記勤務頻度の低さは、前記イ(ア)の認定事実のとおりのY社が本件更新制限を検討した背景事情にまさにあてはまる。
(エ)そうすると、前記(ア)のとおりY社において本件更新制限を導入することにやむを得ない事情があり、かつ、前記(ウ)のとおりXの勤務頻度の低さにも問題があるのであるから、本件雇止めは、客観的に合理的な理由があり、社会通念上も相当であると認められる。

エ よって、XY社間の労働契約は本件雇止めにより終了していることから、XがY社に対して労働契約上の権利を有する地位にあることの確認請求及びXのY社に対する賃金請求はいずれも認められない。

外国人雇用状況届出の届出事項に在留カード番号を追加されます

外国人雇用状況届出の届出事項に在留カード番号を追加されます

令和2年3月から外国人雇用状況の届出において、在留カード番号の記載が必要となります。
令和2年3月1日以降に、雇入れ、離職をした外国人についての外国人雇用状況の届出※において、在留カード番号の記載が必要となります。
外国人雇用状況届出における届出方法は、雇用保険被保険者の場合とそれ以外の場合で、届出方法が異なりますので、ご注意ください。

※ 労働施策総合推進法に基づき、外国人を雇用する事業主は、外国人労働者の雇入れと離職の際に、その氏名、在留資格などについて、ハローワークへ届け出ることが義務づけられています。
なお、在留資格が「外交」、「公用」の方や特別永住者は、外国人雇用状況届出の対象外となります。

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(参考)
sr-memorandum.hatenablog.com

労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律施行規則の一部改正等について(令1.9.19職発0919第14号)

労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律施行規則の一部改正等について(令1.9.19職発0919第14号)

労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律施行規則の一部を改正する省令(令和元年厚生労働省令第 47 号)、厚生労働大臣が定める外国人雇用状況の通知の様式を定める件の一部を改正する件(令和元年厚生労働省告示第 121 号)及び外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針の一部を改正する件(令和元年厚生労働省告示第 120 号)が本日付けで公布され、令和2年3月1日より施行されることとなった。
改正の趣旨は下記第1のとおりであり、改正の主な内容は、下記第2のとおりであるので、了知の上、その施行に遺憾なきを期されたい。また、本取扱いについては、厚生労働省ホームページにおいてリーフレット等を用いて周知する予定であるが、都道府県労働局及び公共職業安定所におかれても適切に周知いただきたい。

第1 改正の趣旨

今般、「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」(平成 30 年 12 月 25 日関係閣僚会議決定)において、「外国人雇用状況届出事項として在留カード番号を追加し、同番号を含めた外国人雇用状況届出情報を両省間で情報共有し、法務省の有する情報と突合を行うこと等により、より一層適切な雇用管理、在留管理を図ることとし、平成 31 年度中に所要の措置を講ずることを目指す」こととされたことを踏まえ、外国人雇用状況届出の届出事項に在留カードの番号を加える等所要の改正を行うものである。

第2 改正の内容

1.労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律施行規則の一部改正について

(1) 届出事項について(第 10 条第1項関係)

事業主は、外国人雇用状況届出において、中長期在留者については在留カードの番号を届け出なければならないこととすること。

(2) 届出事項の確認方法について(第 11 条関係)

(1)の在留カードの番号の届出に当たって、事業主は、当該在留カードの番号について、在留カードにより確認しなければならないこととすること。

(3) その他

様式第3号の外国人雇用状況届出の様式について在留カードの番号を記載する欄を追加するほか、所要の改正を行うこと。

2.厚生労働大臣が定める外国人雇用状況の通知の様式を定める件の一部改正について

(1) 通知事項について

外国人雇用状況通知書に規定する事項に在留カードの番号を加え、国又は地方公共団体の任命権者は、外国人雇用状況の通知において、中長期在留者については在留カードの番号を通知しなければならないこととすること。

(2) 在留カードの番号の確認方法について

(1)の在留カードの番号の通知に当たって、国又は地方公共団体の任命権者は、当該在留カードの番号について、在留カードにより確認しなければならないこととすること。

(3) その他

その他所要の改正を行う。

3.外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針の一部改正について
労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律施行規則において、事業主は、外国人雇用状況届出において、中長期在留者については在留カードの番号を届け出なければならないこととすることから、当該内容を外国人雇用管理指針に反映させること。

【育児休業】シュプリンガー・ジャパン事件(東京地判平29.7.3労判1178号70頁)

シュプリンガー・ジャパン事件(東京地判平29.7.3労判1178号70頁)

参照法条  : 労働契約法16条育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律10条、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律9条
裁判年月日: 2017年7月3日
裁判所名  : 東京地裁
裁判形式  : 判決
事件番号  : 平成27年(ワ)36800号

1.事件の概要

Xは、英文の学術専門書籍、専門誌の出版及び販売等を行うY社で、制作部のZ2チームに所属して、学術論文等の電子投稿査読システムの技術的なサポートを提供する業務に従事していた。
Xは、平成22年9月から産前産後休暇に入り、第一子を出産した後、引き続き育児休業を取得して、平成23年7月から職場復帰し、上記休業取得前に従事していた業務に従事した(このときにXが取得した休暇・休業を、以下「第1回休業」という。)。その後、Xは、平成26年4月25日、Y社に産前産後休暇・育児休業の取得を申請して、同年8月から産前産後休暇に入り、第二子を出産した後、引き続き育児休業を取得した(このときにXが取得した休暇・休業を、以下「第2回休業」という。)。
平成27年3月、Xが、Y社に対し、第2回休業後の職場復帰の時期等についての調整を申し入れたところ、Y社の担当者らは、Z2チームの業務はXを除いた7人で賄えており、従前の部署に復帰するのは難しく、復帰を希望するのであれば、インドの子会社に転籍するか、収入が大幅に下がる総務部のコンシェルジュ職に移るしかないなどと説明して、Xに対して、退職を勧奨し、同年4月分以降の給与は支払われたものの、その就労を認めない状態が続いた。
Xは、Y社のした退職勧奨や自宅待機の措置が均等法や育休法の禁ずる出産・育児休業を理由とする不利益取扱いに当たるとして、東京労働局雇用均等室に援助を求め、育休法52条の5による調停の申請を行い、原職や原職に相当する職に復職させることを求めた。紛争調整委員会は、平成27年10月23日、Xの申立てに沿った調停案受諾勧告書を提示したが、Y社がその受諾を拒否したため、調停は打ち切られた。
Y社は、Xに対し、平成27年11月27日付けの書面により、同月30日限り解雇する旨を通知した。
これに対して、Xが、産前産後休暇及び育児休業を取得した後にY社がした解雇が男女雇用機会均等法9条3項及び育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律10条に違反し無効であるなどとして、Y社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めて提訴したのが本件である。

2.判決の概要

均等法9条3項及び育休法10条は、労働者が妊娠・出産し、又は育児休業をしたことを理由として、事業主が解雇その他の不利益な取扱いをすることを禁じている。一方で、事業主は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められる場合には、労働者を有効に解雇し得る(労働契約法16条参照)。上記のとおり、妊娠・出産や育児休業の取得(以下「妊娠等」という。)を直接の理由とする解雇は法律上明示的に禁じられているから、労働者の妊娠等と近接して解雇が行われた場合でも、事業主は、少なくとも外形的には、妊娠等とは異なる解雇理由の存在を主張するのが通常であると考えられる。そして、解雇が有効であるか否かは、当該労働契約に関係する様々な事情を勘案した上で行われる規範的な判断であって、一義的な判定が容易でない場合も少なくないから、結論において、事業主の主張する解雇理由が不十分であって、当該解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められなかった場合であっても、妊娠等と近接して行われたという一事をもって、当該解雇が妊娠等を理由として行われたものとみなしたり、そのように推認したりして、均等法及び育休法違反に当たるものとするのは相当とはいえない。
他方、事業主が解雇をするに際し、形式上、妊娠等以外の理由を示しさえすれば、均等法及び育休法の保護が及ばないとしたのでは、当該規定の実質的な意義は大きく削がれることになる。もちろん、均等法及び育休法違反とされずとも、労働契約法16条違反と判断されれば解雇の効力は否定され、結果として労働者の救済は図られ得るにせよ、均等法及び育休法の各規定をもってしても、妊娠等を実質的な、あるいは、隠れた理由とする解雇に対して何らの歯止めにもならないとすれば、労働者はそうした解雇を争わざるを得ないことなどにより大きな負担を強いられることは避けられないからである。このようにみてくると、事業主において、外形上、妊娠等以外の解雇事由を主張しているが、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないことを認識しており、あるいは、これを当然に認識すべき場合において、妊娠等と近接して解雇が行われたときは、均等法9条3項及び育休法10条と実質的に同一の規範に違反したものとみることができるから、このような解雇は、これらの各規定に反しており、少なくともその趣旨に反した違法なものと解するのが相当である。
Y社は、Xの解雇理由について、Xの問題行動が、業務妨害や、業務命令違反、職場秩序のびん乱や、業務遂行能力及び資質の欠如に当たる旨主張している。Xは、自身の処遇・待遇に不満を持って、Z8やZ4部長ら上司に執拗に対応を求め、自身の決めた方針にこだわり、上司の求めにも容易に従わないなど、協力的な態度で対応せず、時に感情的になって極端な言動を取ったり、皮肉・あてこすりに類する言動、上司に対するものとしては非礼ともいえる言動を取ったりしており、その結果、上司らはXへの対応に時間を取られることを大きな負担と感じ、Z8に関しては他部門へ異動せざるを得なかったものと要約できる。他方、Xの業務遂行に関しては、その能力・成績等について何ら問題にされておらず、むしろ良好・優秀な部類と受け取られていたことは、平成25年度のXに対する人事評価において、「ビジネスマナー」やチームワークの項目以外、Z4部長も全て4段階中の最高評価としていたことからも明らかであり、その評価時点から第2回休業開始時までの間に約5か月の期間があるものの、この間にXの業務遂行の状況について顕著な変化があった旨の主張立証はされていないところである。
次に、Y社がXの問題行動についてどのような注意・指導を行っていたかという点についてみると、Z4部長やZ5からは、上司への態度として不適切なものであることが口頭で注意されており、第2回休業前のメール共有の措置に関しては、Z4部長から業務命令違反であることを明示し、処分をほのめかしているほか、個々の指示に際しての注意も行われている。しかし、これまでに、それ以上に懲戒処分はもちろん、文書を交付して注意が行われたことはなく、業務命令違反等の就業規則違反であることを指摘したり、将来の処分をほのめかしたりしたのも、上記メール共有の措置の件以外には見当たらない。Y社は、弁護士や社会保険労務士の助言を受けつつ注意書を準備していたとするが、実際にXには交付されていない。この点について、Y社は交付する予定であったものの直前の平成26年4月にXの妊娠が発覚し母性保護を優先して交付を断念したと主張し、Z5も同旨を供述する。しかし、注意書の文案及び社会労務士作成の原案は同年3月5日及び2月27日に作成されていたというのであり、上記文案の作成から妊娠の発覚までは一定の時間的余裕もあったようにみえながら、Xへの注意書の交付が実行されていなかったことからすると、Xの問題行動なるものをY社においてどの程度深刻なものと受け止めていたかについては疑問も残り、少なくとも緊急の対応を要するような状況とまでは捉えていなかったことがみてとれる。さらに、Y社では、Xの問題行動に苦慮し、これへの対応として弁護士、社会保険労務士及び産業医に相談し、助言を受けていたというのであるが、助言の内容は、要するに、今後のXの問題行動に対して、段階を踏んで注意を与え、軽い懲戒処分を重ねるなどして、Xの態度が改まらないときに初めて退職勧奨や解雇等に及ぶべきであるとするものであるが、第2回休業までの経過及びその後の経過をみる限り、こうした手順がふまれていたとは到底いえないところである。そして、その助言の内容に照らせば、Y社(その担当者)にあっては、第2回休業の終了後において直ちに、すなわち、復職を受け入れた上、その後の業務の遂行状況や勤務態度等を確認し、不良な点があれば注意・指導、場合によっては解雇以外の処分を行うなどして、改善の機会を与えることのないまま、解雇を敢行する場合、法律上の根拠を欠いたものとなることを十分に認識することができたものとみざるを得ない。
ところで、Y社は、本件解雇につき、弁護士からの助言を踏まえた既定の方針を変更してされたものであることを認めつつ、そうした方針変更の理由について主張している。その理由は、ある意味、臆面がなく、率直に過ぎるものであるが、これを要約すれば、他の社員にとって、問題行動のあるXがいない職場があまりに居心地がよく、Xが復職した場合にはその負担・落差に耐えられず、組織や業務に支障が生ずるではないかというものである。こうした方針転換の理由は、Y社の主張限りのものではなく、Z4部長やZ5も率直に同旨を述べている。しかし、労働者に何らかの問題行動があって、職場の上司や同僚に一定の負担が生じ得るとしても、例えば、精神的な変調を生じさせるような場合も含め、上司や同僚の生命・身体を危険にさらし、あるいは、業務上の損害を生じさせるおそれがあることにつき客観的・具体的な裏付けがあればともかく、そうでない限り、事業主はこれを甘受すべきものであって、復職した上で、必要な指導を受け、改善の機会を与えられることは育児休業を取得した労働者の当然の権利といえ、Xとの関係でも、こうした権利が奪われてよいはずがない。そして、本件において、上司や同僚、業務に生じる危険・損害について客観的・具体的な裏付けがあるとは認めるに足りない。
以上によれば、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠いており、社会通念上相当であるとは認められず無効である。また、既に判断した解雇に至る経緯(第1回休業前の弁護士等の助言内容のほか、紛争調整委員会が発した調停案受諾勧告書の内容も考慮されるべきである。)からすれば、Y社(の担当者)は、本件解雇は妊娠等に近接して行われており(Y社が復職の申出に応じず、退職の合意が不成立となった挙句、解雇したという経緯からすれば、育休終了後8か月が経過していても時間的に近接しているとの評価を妨げない。)、かつ、客観的に合理的な理由を欠いており、社会通念上相当であるとは認められないことを、少なくとも当然に認識するべきであったとみることができるから、均等法9条3項及び育休法10条に違反し、少なくともその趣旨に反したものであって、この意味からも本件解雇は無効というべきである。