社会保険労務士川口正倫のブログ

横浜市の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ

【育児休業】シュプリンガー・ジャパン事件(東京地判平29.7.3労判1178号70頁)

シュプリンガー・ジャパン事件(東京地判平29.7.3労判1178号70頁)

参照法条  : 労働契約法16条育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律10条、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律9条
裁判年月日: 2017年7月3日
裁判所名  : 東京地裁
裁判形式  : 判決
事件番号  : 平成27年(ワ)36800号

1.事件の概要

Xは、英文の学術専門書籍、専門誌の出版及び販売等を行うY社で、制作部のZ2チームに所属して、学術論文等の電子投稿査読システムの技術的なサポートを提供する業務に従事していた。
Xは、平成22年9月から産前産後休暇に入り、第一子を出産した後、引き続き育児休業を取得して、平成23年7月から職場復帰し、上記休業取得前に従事していた業務に従事した(このときにXが取得した休暇・休業を、以下「第1回休業」という。)。その後、Xは、平成26年4月25日、Y社に産前産後休暇・育児休業の取得を申請して、同年8月から産前産後休暇に入り、第二子を出産した後、引き続き育児休業を取得した(このときにXが取得した休暇・休業を、以下「第2回休業」という。)。
平成27年3月、Xが、Y社に対し、第2回休業後の職場復帰の時期等についての調整を申し入れたところ、Y社の担当者らは、Z2チームの業務はXを除いた7人で賄えており、従前の部署に復帰するのは難しく、復帰を希望するのであれば、インドの子会社に転籍するか、収入が大幅に下がる総務部のコンシェルジュ職に移るしかないなどと説明して、Xに対して、退職を勧奨し、同年4月分以降の給与は支払われたものの、その就労を認めない状態が続いた。
Xは、Y社のした退職勧奨や自宅待機の措置が均等法や育休法の禁ずる出産・育児休業を理由とする不利益取扱いに当たるとして、東京労働局雇用均等室に援助を求め、育休法52条の5による調停の申請を行い、原職や原職に相当する職に復職させることを求めた。紛争調整委員会は、平成27年10月23日、Xの申立てに沿った調停案受諾勧告書を提示したが、Y社がその受諾を拒否したため、調停は打ち切られた。
Y社は、Xに対し、平成27年11月27日付けの書面により、同月30日限り解雇する旨を通知した。
これに対して、Xが、産前産後休暇及び育児休業を取得した後にY社がした解雇が男女雇用機会均等法9条3項及び育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律10条に違反し無効であるなどとして、Y社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めて提訴したのが本件である。

2.判決の概要

均等法9条3項及び育休法10条は、労働者が妊娠・出産し、又は育児休業をしたことを理由として、事業主が解雇その他の不利益な取扱いをすることを禁じている。一方で、事業主は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められる場合には、労働者を有効に解雇し得る(労働契約法16条参照)。上記のとおり、妊娠・出産や育児休業の取得(以下「妊娠等」という。)を直接の理由とする解雇は法律上明示的に禁じられているから、労働者の妊娠等と近接して解雇が行われた場合でも、事業主は、少なくとも外形的には、妊娠等とは異なる解雇理由の存在を主張するのが通常であると考えられる。そして、解雇が有効であるか否かは、当該労働契約に関係する様々な事情を勘案した上で行われる規範的な判断であって、一義的な判定が容易でない場合も少なくないから、結論において、事業主の主張する解雇理由が不十分であって、当該解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められなかった場合であっても、妊娠等と近接して行われたという一事をもって、当該解雇が妊娠等を理由として行われたものとみなしたり、そのように推認したりして、均等法及び育休法違反に当たるものとするのは相当とはいえない。
他方、事業主が解雇をするに際し、形式上、妊娠等以外の理由を示しさえすれば、均等法及び育休法の保護が及ばないとしたのでは、当該規定の実質的な意義は大きく削がれることになる。もちろん、均等法及び育休法違反とされずとも、労働契約法16条違反と判断されれば解雇の効力は否定され、結果として労働者の救済は図られ得るにせよ、均等法及び育休法の各規定をもってしても、妊娠等を実質的な、あるいは、隠れた理由とする解雇に対して何らの歯止めにもならないとすれば、労働者はそうした解雇を争わざるを得ないことなどにより大きな負担を強いられることは避けられないからである。このようにみてくると、事業主において、外形上、妊娠等以外の解雇事由を主張しているが、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないことを認識しており、あるいは、これを当然に認識すべき場合において、妊娠等と近接して解雇が行われたときは、均等法9条3項及び育休法10条と実質的に同一の規範に違反したものとみることができるから、このような解雇は、これらの各規定に反しており、少なくともその趣旨に反した違法なものと解するのが相当である。
Y社は、Xの解雇理由について、Xの問題行動が、業務妨害や、業務命令違反、職場秩序のびん乱や、業務遂行能力及び資質の欠如に当たる旨主張している。Xは、自身の処遇・待遇に不満を持って、Z8やZ4部長ら上司に執拗に対応を求め、自身の決めた方針にこだわり、上司の求めにも容易に従わないなど、協力的な態度で対応せず、時に感情的になって極端な言動を取ったり、皮肉・あてこすりに類する言動、上司に対するものとしては非礼ともいえる言動を取ったりしており、その結果、上司らはXへの対応に時間を取られることを大きな負担と感じ、Z8に関しては他部門へ異動せざるを得なかったものと要約できる。他方、Xの業務遂行に関しては、その能力・成績等について何ら問題にされておらず、むしろ良好・優秀な部類と受け取られていたことは、平成25年度のXに対する人事評価において、「ビジネスマナー」やチームワークの項目以外、Z4部長も全て4段階中の最高評価としていたことからも明らかであり、その評価時点から第2回休業開始時までの間に約5か月の期間があるものの、この間にXの業務遂行の状況について顕著な変化があった旨の主張立証はされていないところである。
次に、Y社がXの問題行動についてどのような注意・指導を行っていたかという点についてみると、Z4部長やZ5からは、上司への態度として不適切なものであることが口頭で注意されており、第2回休業前のメール共有の措置に関しては、Z4部長から業務命令違反であることを明示し、処分をほのめかしているほか、個々の指示に際しての注意も行われている。しかし、これまでに、それ以上に懲戒処分はもちろん、文書を交付して注意が行われたことはなく、業務命令違反等の就業規則違反であることを指摘したり、将来の処分をほのめかしたりしたのも、上記メール共有の措置の件以外には見当たらない。Y社は、弁護士や社会保険労務士の助言を受けつつ注意書を準備していたとするが、実際にXには交付されていない。この点について、Y社は交付する予定であったものの直前の平成26年4月にXの妊娠が発覚し母性保護を優先して交付を断念したと主張し、Z5も同旨を供述する。しかし、注意書の文案及び社会労務士作成の原案は同年3月5日及び2月27日に作成されていたというのであり、上記文案の作成から妊娠の発覚までは一定の時間的余裕もあったようにみえながら、Xへの注意書の交付が実行されていなかったことからすると、Xの問題行動なるものをY社においてどの程度深刻なものと受け止めていたかについては疑問も残り、少なくとも緊急の対応を要するような状況とまでは捉えていなかったことがみてとれる。さらに、Y社では、Xの問題行動に苦慮し、これへの対応として弁護士、社会保険労務士及び産業医に相談し、助言を受けていたというのであるが、助言の内容は、要するに、今後のXの問題行動に対して、段階を踏んで注意を与え、軽い懲戒処分を重ねるなどして、Xの態度が改まらないときに初めて退職勧奨や解雇等に及ぶべきであるとするものであるが、第2回休業までの経過及びその後の経過をみる限り、こうした手順がふまれていたとは到底いえないところである。そして、その助言の内容に照らせば、Y社(その担当者)にあっては、第2回休業の終了後において直ちに、すなわち、復職を受け入れた上、その後の業務の遂行状況や勤務態度等を確認し、不良な点があれば注意・指導、場合によっては解雇以外の処分を行うなどして、改善の機会を与えることのないまま、解雇を敢行する場合、法律上の根拠を欠いたものとなることを十分に認識することができたものとみざるを得ない。
ところで、Y社は、本件解雇につき、弁護士からの助言を踏まえた既定の方針を変更してされたものであることを認めつつ、そうした方針変更の理由について主張している。その理由は、ある意味、臆面がなく、率直に過ぎるものであるが、これを要約すれば、他の社員にとって、問題行動のあるXがいない職場があまりに居心地がよく、Xが復職した場合にはその負担・落差に耐えられず、組織や業務に支障が生ずるではないかというものである。こうした方針転換の理由は、Y社の主張限りのものではなく、Z4部長やZ5も率直に同旨を述べている。しかし、労働者に何らかの問題行動があって、職場の上司や同僚に一定の負担が生じ得るとしても、例えば、精神的な変調を生じさせるような場合も含め、上司や同僚の生命・身体を危険にさらし、あるいは、業務上の損害を生じさせるおそれがあることにつき客観的・具体的な裏付けがあればともかく、そうでない限り、事業主はこれを甘受すべきものであって、復職した上で、必要な指導を受け、改善の機会を与えられることは育児休業を取得した労働者の当然の権利といえ、Xとの関係でも、こうした権利が奪われてよいはずがない。そして、本件において、上司や同僚、業務に生じる危険・損害について客観的・具体的な裏付けがあるとは認めるに足りない。
以上によれば、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠いており、社会通念上相当であるとは認められず無効である。また、既に判断した解雇に至る経緯(第1回休業前の弁護士等の助言内容のほか、紛争調整委員会が発した調停案受諾勧告書の内容も考慮されるべきである。)からすれば、Y社(の担当者)は、本件解雇は妊娠等に近接して行われており(Y社が復職の申出に応じず、退職の合意が不成立となった挙句、解雇したという経緯からすれば、育休終了後8か月が経過していても時間的に近接しているとの評価を妨げない。)、かつ、客観的に合理的な理由を欠いており、社会通念上相当であるとは認められないことを、少なくとも当然に認識するべきであったとみることができるから、均等法9条3項及び育休法10条に違反し、少なくともその趣旨に反したものであって、この意味からも本件解雇は無効というべきである。