シャノワール事件(東京地判平27.7.31労判1121号5号)
参照法条 : 労働契約法19条、民法709条
裁判年月日 : 2015年7月31日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成25年(ワ)19333号
1.事件の概要
A大学大学院に在籍する大学院生であるXは、コーヒー・軽食等の店舗内提供・テイクアウト販売を行う店舗の直接経営をするY社のセルフサービス式コーヒーショップA店で勤務していた。Xは平成15年8月24日にY社との間で期間の定めの労働契約を締結し、契約更新を繰り返して平成19年3月27日まで勤務した。その後、平成20年7月7日に再度Y社との間で期間の定めのある労働契約を締結し、契約の更新を繰り返したが、平成25年6月15日にY社から雇止めされた(以下「本件雇止め」という。)。
Xは、Y社から雇止めに関する説明を受けた後、E労働組合(以下「組合」という。)に相談し、平成24年4月20日、組合に加入した。組合は、同日、Y社告に対して、組合加入通知書並びに契約更新の回数上限導入及び平成25年3月155日限りでの雇止めの撤回等を議題とする団体交渉申し入れ書を提出した。
組合とY社間の団体交渉は以下の日時に開催された。なお、第4回団体交渉において、平成25年3月16日から同年6月15日までの契約更新は行う旨組合とY社間で合意がなされた。
本件雇止め後、Xは、代理人を通じ、平成25年6月17日付け通知書を内容証明郵便で発送し、本件雇止めが無効であることを理由にXを現職復帰させること等を求めた。しかし、Y社は、同月24日付け回答書でこれを拒絶した。
これに対して、XがY社に、労働者としての地位の確認等を求めて提訴したのが本件である。
2.判決の概要
(1)労働契約法19条1号該当性
Xは再入社した平成20年7月7日から平成25年6月15日までの4年11か月にわたって19回の契約更新を行ってきたこと及びXは平成15年8月24日から平成19年3月27日までの3年7か月にわたって14回の契約更新を行っていることは当事者間に争いがない。
そして、契約更新手続は店長がアルバイトと個別に面談を行い、更新の可否について判断をした上で、アルバイトに契約書を交付し、その作成を指示し契約更新を行っていることが認められる。
そうすると、アルバイトの有期労働契約の契約更新手続が形骸化した事実はなく、XとY社間の労働契約は期間満了の都度更新されてきたものと認められることから、本件雇止めを「期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視」することはできず、労働契約法19条1号には該当しない。
(2)労働契約法19条2号該当性
Xの主張事実(評価根拠事実)につき以下検討する。
ア 更新期間、更新回数
Xは再入社した平成20年7月7日から平成25年6月15日までの4年11か月にわたって19回の契約更新を行ってきたこと及びXは平成15年8月24日から平成19年3月27日までの3年7か月にわたって14回の契約更新を行っていることは当事者間に争いがない。
イ Xの従事してきた業務
(ア)Xは時間帯責任者として、A店の中心的業務である接客販売業務を店長と全く変わらない形で行い、形式的には店長が行うこととされている管理業務も一定範囲で権限を委ねられ行ってきたところ、これら業務は店舗知識と業務経験がなければ果たせない業務であり、Y社にとって必要不可欠かつ店舗運営の根幹にかかわる業務であったと主張する。
(イ)もっとも、Y社の店長の権限については以下の内容が認められる。これらは時間帯責任者を含むアルバイトの業務とは質的に異なるものと認められ、Xの従事してきた業務につきY社の店長の業務と同等の評価をすることはできない。
a 売上管理
店長は、過去の売上データ、商環境の変化(競合他社店舗の状況、近隣のオフィスビルの状況、近隣におけるイベントの実施状況等)を踏まえ、売上予測を決定する。また、店長は、売上実績を分析し、自ら決定した売上予測と売上実績がかい離している場合には売上予測を修正する。
店長は、各種の割引チケット、チラシ等の販売促進グッズを発注することができる。店長は、販売促進活動によって増加する経費と、増加すると予想される売上げを勘案し、いつ、どこで、誰に、どのような販売促進グッズを配布させるかを決定する。
b 原価管理
店長は、店内在庫数と売上予測を勘案し、自動発注システムを利用して1週間先の日までの商品・材料を発注する業務を行う。また、店舗内で作成するサンドイッチ類については、過去の売上情報を基にサンドイッチ類の販売数を予測し、アルバイトに対して、サンドイッチ類の作成・陳列を指示する。
c 労務管理
店長は、翌月の売上予測を決定し、その売上予測に応じて翌月の人件費を決定し、店長月報に記載する。店長は、翌月の各日毎に、アルバイトを何時、何人配置するかを決定し、各日毎のワークスケジュール表を作成する。店長は、翌月の各日のワークスケジュール表を作成した後、各アルバイトをあてはめ、シフト表を作成する。店長は、各アルバイトに対して、翌月のシフト表を提示し、各アルバイトから翌月のシフト勤務の同意を得る。
また、来店者が著しく減少し業務量が減少した場合には、店長がアルバイトに対して掃除等の業務を増加する等の手段によってアルバイトの業務を確保するようにしているが、アルバイトの同意を得て、早退・休憩時間の延長によりシフト表の勤務時間より実際の労働時間を減少させる(シフトカット)こともある。
d 部下育成・人材開発
アルバイトの採用権限は店長にあり、店長は、募集効果、募集の経費を勘案し、Y社ホームページにおける募集告知、店舗における募集告知(ポスター等の掲示)、地域情報誌などにおける募集告知、求人サイトにおける募集告知等から募集方法を選択する。
Y社は、店長に対し、店長自らが新人アルバイトに対して16時間の集中トレーニングを行うよう指示しており、同アルバイトは同トレーニングにおいて店舗における基本的業務を習得する。さらに、店長は、同トレーニング後もアルバイトに課題を設定し、同アルバイトの能力・技量を高める。
店長は、面談、日々のコミュニケーションにおいて、各アルバイトに対し設定した課題を伝え、各アルバイトがその課題を達成できるように指導・助言し、課題を達成できたかどうかを判断する。
e その他
店長は、商品のクオリティ、サービス、クリンリネス、環境と雰囲気のレベルアップ(これらを以下「QSCA」という。)を行うための業務を行う。店長は、店長月報の作成の際に、その月にその店舗が取り組むQSCAの向上の具体的な方法を決定・記載し、アルバイトに説明・指示してQSCAの向上を図る。また、店舗の各種帳票類、文書、金銭、設備、勤怠、衛生の管理業務を行う。
(ウ)ところで、Y社における時間帯責任者とは、店長不在時における現場監督を担う者であると理解される。店舗を管理する店長の在籍に関わりなく、現場における様々な問題は生じるものであり、店長の出勤を待たずして現場で何らかの対応を余儀なくされることも想定されるところ、Xの前記(ア)の主張並びにこれに沿うXの陳述書での陳述及び本人尋問での供述は、A店の実状を熟知し経験豊富なXが時間帯責任者として現場の諸問題につき責任をもって処理してきたことの実績を主張立証するものとして理解しうるし、当裁判所としても、かかる実績は評価する。
もっとも、Xの前記(ア)の主張の趣旨に、上長である店長を差し置いて時間帯責任者に独自の自由裁量があるかのような趣旨が含まれるとすれば当該主張を認めることはできない。Y社における時間帯責任者の独自の権限の存在を認めるに足りる証拠はないし、一般に労働契約においては、労働者は上長の指揮命令に従うものであるから、前記(イ)の各認定事実における店長の権限に基づき決定された具体的内容を逸脱する事項を時間帯責任者が行えるものとは通常いえない。
したがって、Xの前記(ア)の主張は、店長の指揮命令下でXが時間帯責任者としての職責を長期間果たしてきたとの限度で認める。
ウ 契約更新手続
(ア)Xは、契約更新手続は各自が仕事の合間や自宅に持ち帰るなどして契約書に必要事項を記入するだけであり、個別面談等は行われなかった旨主張する。
(イ)Y社はアルバイトの評価期間を、4月16日から5月15日、7月16日から8月15日、10月16日から11月15日、1月16日から2月15日と定め、アルバイトの管理者である店長に対し、所定のアルバイトチェックリストを用いて、評価期間内の各アルバイトの勤務状況を評価することを指示し、各アルバイトとの間の契約更新の可否及び更新する場合の役職を決定していること、店長は契約更新手続のために全アルバイトと面接していること、がそれぞれ認められ、上記各事実によれば、店長が契約更新に向けてアルバイトの評価を行い、以後の更新の可否等を検討するものであるから、契約更新手続が形骸化していたとは認められない。
(ウ)これに対し、Xは、契約更新時期に店長が全アルバイトと個別に面談を行って意見・希望等を聴取することは不可能に近い対応であると主張する。
しかし、G店長とXとの間では現実に契約更新手続の際に面談が実施され、掃除の仕方など店舗運営に関する話し合いも行われている。契約書作成に時間を要しているのは、Xが団体交渉中に契約書の作成を行わず、久しぶりの作成であったために慣れずに時間を要したことも一因としてあると思われ、通常はそれほど作成に時間がかかるとは思われない。また、業務の繁閑を利用して面談を行うことも可能であり、必ずしも事務作業時間を割く必要はない(G店長とXとの面談は、他のアルバイト1名に業務を任せたまま行われている。)。むしろ、アルバイトの能力・技量は店舗の業績に直結する重大事項であるから、指導のための面談に必要な時間を費やすことは当然行われてしかるべきである。Xの主張は採用できない。
(エ)なお、Xの契約書に記入漏れ等の不備があることについては、Xは月平均5日程度、各4時間から5時間程度と勤務頻度が極端に少なく、勤務時間もK店長(以下「K店長」という。)の出勤しない日曜日午後の勤務が多かったことから、Xに対しては、契約書を直接手渡しではなくホワイトボードに貼って返してもらうことが多かったことが認められるところ、契約書の記載事項に関する十分なチェックがXと店長間で行えていなかったことが理由と考えられる。Xも店長とあまり会う機会がなかったことを認めているように、これ自体はXの個別事情によるところも大きい。
結局、Xの前記(ア)の主張はXの個別事情による例外的対応を示すものとしか評価し得ず、前記(イ)の認定事実を左右しないし、更新期待の合理的理由を検討する上で、かかるXの個別事情による例外的対応まで考慮すべきとはいえない。
エ 契約更新の合意
(ア)Xは、平成25年2月25日、組合とY社は、Xら組合員については、同年6月16日以降も上限を設けることなく契約更新する旨合意したと主張する。
(イ)平成25年1月29日実施の第4回団体交渉については、Y社代表者及びY社専務取締役の決裁を取った上で、Y社のF人事部長は組合に対し、Xら組合員の雇用継続はできないが同年6月15日までの契約更新は行う旨回答したこと、これに対し、組合のL青年非正規労働センター事務局長(以下「L事務局長」という。)から、本件更新制限を全社的に撤回できないのであれば、Xら組合員についてはなんとかしてほしい旨の申入れがあったこと、F人事部長は全社的にということでなければ持ち帰って検討できるかもしれないと回答したこと、その後、F人事部長はG店長及び地区長に対し、同年6月15日以降も店舗で預かることができるかと確認したところ、G店長らは会社の決定に従う旨回答したこと、同年2月25日にL事務局長からF人事部長への電話で、L事務局長がF人事部長に落としどころについての見通しを聞いたことに対し、F人事部長はXら組合員について期間を定めた雇用延長をするということで調整している旨回答したこと、これに対しL事務局長はF人事部長に対し和解協定書の案を送ると提案したところ、F人事部長は了解したこと、その後、L事務局長はXら組合員に対し更新回数の上限なしで契約更新していくとの合意がとれたと報告し、和解協定書をF人事部長宛に送付したこと、F人事部長は同和解協定書を見ないままY社代表者とY社専務取締役にXら組合員の契約期間のさらなる更新を相談したところ、更新は認められないと否定されたこと、がそれぞれ認められる。
(ウ)なお、上記認定事実では「F人事部長はXら組合員について期間を定めた雇用延長をするということで調整している旨回答」したと認定したが、これに対し、証人Lは、F人事部長が「この3名についてはこれまでと同様の契約更新回数の上限のない契約で更新ができることになりました」と述べたと供述する。
しかし、第4回団体交渉においてもY社は本件更新制限の撤回をせず、ようやくXら組合員に対して3か月の更新が認められた状況にすぎないのに、その後短期間のうちに一転して本件更新制限がXら組合員に対して撤回されるとは容易に想定し難い。また、対面で行う通常の団体交渉と異なり、電話でのやりとりはお互いの会話のニュアンスが正確に伝わらず、一般に誤解を生じやすい。そして、平成25年3月14日のXとG店長との契約更新手続においても、「店長 最終的なところはちょっとどうなるか、俺とかのレベルでは分からないので X はい、分かりました。」、「X お店のことで?ああ、期間のことじゃなくて 店長 そこを言われても、僕は対処しようがないんで」等の会話内容からは、Xの主張する前記(ア)の合意を前提とした行動がY社においてとられていたとは認められない。
そうすると、証人Lの上記供述は、F人事部長の話を誤解して聴取した可能性があるので、にわかに採用することはできない。
(エ)上記(イ)の各認定事実によれば、F人事部長はXら組合員に対しては期間を定めた雇用延長しか考えておらず、L事務局長がXら組合員に対する本件更新制限の撤回を求めていることと意思が合致していないのであるから、X主張の前記(ア)の合意の成立は認められない。
よって、X主張の前記(ア)の合意をXの更新期待の合理的理由として考慮することはできない。
オ 契約更新の実態
(ア)Xは、Y社ではアルバイトが更新を希望した場合、よほど勤務態度に問題がなければ当然に契約更新がされてきたと主張する。
(イ)K店長は10名程度、G店長は2、3名を雇止めした経験はあること、Y社の元社員であるHも10人に満たない程度のアルバイトが店長から雇止めされていたこと、が認められる。店長から雇止めされることはそれほど多い事例ではなく、雇止めされる場合も通常はアルバイトの勤務態度を問題とするものと考えられる。
(ウ)しかし、本件雇止め当時のG店長は、Xについては週に1回が多く、入っても2回であり、勤務頻度が低く店長としての考えが伝わらないことから更新はしたくなかった、Xが入る曜日も日曜、木曜という形で限定的であったためシフトを組むのも都合が悪かった、とそれぞれ証人の立場で供述している。前記ウ(イ)のとおり、店長は評価期間内にアルバイトの勤務状況を評価し、契約更新の可否及び更新する場合の役職を決定しているところ、G店長はXの勤務状況に関する評価意見を率直に供述したものと認められる。
そうすると、一般的には店長から雇止めされるアルバイトは少ないものの、Xについては、G店長から例外的に雇止めされるべき問題のあるアルバイトと評価されていたことになるので、以下さらに検討する。
(中略)
b Xは、A大学の学生であった当時、当時のY社の地区長からY社の新卒正社員採用に応募するよう勧められたがXは断った。XはY社以外の会社に就職活動を行い、A大学卒業後の平成19年4月からN株式会社に入社したが、平成20年3月に同社を退社した。
その後、Xは、同年5月から平成21年3月までA大学の事務職員として週5日勤務し、同年4月にA大学大学院に入学した。Xは、平成22年10月から平成24年10月まで大学院を休学して3つの団体の音楽講師を務めた。休学の理由としては、Xの実母の体調が悪くなったり、実母が交通事故を起こして、代わりに実母の自営業の仕事を手伝わなければならなくなった事情があった。
その他、XはA大学の大学院生当時にA大学のIにて時給1200円のアルバイトを行ったり、家庭教師、塾講師をしていた。
(オ)Y社での勤務条件に関しては、アルバイトの採用条件として最低で週2日程度、1回当たり4時間以上の勤務希望者から採用することが認められる。また、契約更新に際しても同じ条件が必要とされると理解される。
これに対し、Xは、本人尋問で、平成20年7月7日の再入社の際に週1回の勤務でも許容されていた旨供述するが、Xが平成20年7月7日にY社のアルバイトとして再入社した際の契約書の「勤務可能時間帯」欄には「週10時間」の勤務との記載があり、Xが週2日勤務することが予定されていること、また、XとG店長との間の契約更新手続の際も、G店長は平均して週何回でられそうか、週2回ぐらいか、と確認したことに対し、Xは「はい」と答え、その旨の契約書が作成されていることに照らし、にわかに採用できない。
(カ)Xの勤務頻度の低さは常態化しており、この原因は前記(エ)bの認定事実のとおり、他のアルバイトとの掛け持ちが原因であると推認される。この点、Xの私生活上の事情としてやむを得ない面もあるのかもしれず、また、G店長の前任のK店長が、Xのシフト回数につき7回をお願いしようとしたところ、Xから忙しいので無理ですと強い言い方をされて断られたのも、Xに私生活上の余裕がなかったことの表れとも理解しうるが、他方で、Y社の立場からすれば、勤務頻度が低すぎると他の店舗従業員との円滑な意思疎通を欠く結果となるし、いくら経験豊富であっても、Xが指示変更に気付かず過去のやり方のままに行動することがあれば結果的に上長である店長の指示にそぐわない対応となり、全体としての店舗運営に支障を来すことが不可避となる。なお、あくまで印象論ではあるが、当裁判所にはXとG店長との契約更新手続における会話にぎこちなさを感じており、組合交渉中であることを割り引いて考えるとしても、XとG店長とのコミュニケーションの密度の薄さを推認させる。そうすると、G店長がXの勤務頻度の低さを問題視し、雇止めを検討することは不合理ではない。
結局のところ、本件ではY社組合間での組合交渉が継続していたことから、G店長が店長権限でXを雇止めすることが結果としてできなかったにすぎず、本来であれば、本件雇止め当時、XはG店長から勤務頻度の少なさを理由として雇止めされてもおかしくない立場にあったと客観的には評価される。
(キ)よって、Xの前記(ア)の主張は、Y社におけるアルバイトの契約更新の実態の一般論としては認められるものの、X自身には必ずしもあてはまらず、Xの更新期待の合理的理由としては考慮できない。
カ 小括
以上によれば、Xの主張事実のうち、アは当事者間に争いがなく、イはY社の店長の業務とは質的に異なるとはいえど、店長の指揮命令下でXが時間帯責任者としての職責を長期間果たしてきた事実は認められるものの、ウ、エは認められず、オはXには他のアルバイトと異なる勤務頻度の問題が認められる。
以上を総合すると、Xの雇用継続の期待は単なる主観的な期待にとどまり、同期待に合理的な理由があるとはいえないことから、労働契約法19条2号にも該当しない。
(3)本件雇止めの有効性
ア 前記(2)の判示のとおり、本件はそもそも労働契約法19条1号、2号に該当しないが、本件雇止めの有効性に関するXの主張に鑑み、なお検討する。
イ 証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。
(ア)Y社内においては、店長は2年毎に配置転換されるが、配置転換された店長が出す指示に対して、従前から勤務しているアルバイトが「店長が設定した掃除の仕方は間違っている。」、「店長のサンドイッチの個数の指示が間違っている。」、「店長が指示した機材の置き方が間違っている。」などと反発し、軋轢が生じる事例が多々あった。店長会議や店長研修で「長く勤務するアルバイトが店長の指示に反発しており、店舗の運営が難しい」との声が出るケースもあり、アルバイトとの軋轢を理由として退職する店長もいた。
(イ)Y社の営業部門の分析では、5年以上勤務しているアルバイトが従前の店舗のやり方に固執し、配置転換された店長の新たな指示に従わず、当該アルバイトが他のアルバイトにも従前の店舗のやり方を強いる例すらあった。営業部門としては、店長の指示をアルバイトに徹底させるなどの方策は取ったが事態の解決には至らなかった。そこで、平成22年9月、営業部門は総務人事部に対し、アルバイトの更新制限の要望を行った。
(ウ)Y社の総務人事部では、平成22年ころからアルバイトの更新制限の導入を検討していた。Y社では平成19年から有期雇用の契約社員制度をスタートさせていたが、契約社員が期間1年間、更新回数の上限が2年とされていたため、アルバイトについても契約社員の更新制限との平仄を取るべきとの意見もあった。そこで、平成22年8月にはY社の顧問社会保険労務士に法的問題点を相談した。また、前記(イ)の営業部門からの要望を受けた後も、アルバイトの更新制限の調査・検討を継続し、平成23年9月に労働基準監督署に、同年秋ころ当時の顧問弁護士にそれぞれ相談するなどした。
(エ)Y社では、常時5000人以上のアルバイトを雇用していたが、本件更新制限の対象となるアルバイトは100名程度であった。総務人事部では、更新回数を最大15回とすること、平成24年3月から導入すること、対象者への影響を緩和するため1年間の猶予期間を設けること等の本件更新制限の案を取りまとめ、平成24年2月18日、F人事部長が本件更新制限の稟議を起案し、本件更新制限の導入が決定した。
(オ)なお、Y社には毎年50名程度の新入社員が入社するが、これに対して、Y社の正社員の退職者については、平成23年9月から平成25年3月までの19か月の退職者数が101名であるのに対し、平成25年4月から平成26年10月までの19か月の退職者数は62名となっている。
ウ(ア)Y社が本件更新制限の理由として主張する内容は、前記イの各認定事実に整合的であり、本件更新制限の導入はY社内において時間をかけて検討されてきたことが認められる。
本件更新制限の合理性・相当性につき検討するに、前記イ(ア)の認定事実のように、背景事実として店長とアルバイトの軋轢があり、店長とアルバイトとの指揮命令関係に支障を来している事実が頻発しているのであれば、企業として当然何らかの対策を取らざるを得ない。ちなみにA店においてもG店長は作業順番の変更に対する反発を受け、前任者のK店長も経験の長いアルバイトを怖いと感じ、アルバイトとの軋轢には相当苦しんだようであるし、前記(2)オ(ウ)及び(カ)のとおり、K店長及びG店長とXとの間ではシフト回数の問題が生じている。Y社の元社員であるHも店長とアルバイトとの軋轢の経験がある。配置転換された店長がアルバイトとの軋轢に苦労することはY社において一般的に生じている事態と考えられる。
むろん、店長とアルバイトとの軋轢の解決方法として、アルバイトの更新制限が最善の手段といえるかには議論の余地がないわけではないが、前記イ(イ)の認定事実のとおり、Y社内での他の手段の検討は行われているのである。また、制度導入の結果として、前記イ(オ)の認定事実のとおり、いまだY社内の社員の入れ替わりが相当数にのぼるものの、Y社社員の退職者数が減少している事実が認められることから、一応の相関関係にはある。
そうすると、本件更新制限は、Y社の労務管理上必要に迫られてやむなく取られた措置というほかない。
そして、更新回数が最大15回と定められた経緯も、契約社員制度との均衡等、Y社の内部事情を理由とするものであったと認められる。
(イ)これに対し、XはY社の本件雇止めの理由が変遷していると主張するが、前記イの各認定事実を踏まえれば、Y社が場当たり的な対応をしていたとか真の理由を隠しての対応をしていたなどというものではなく、単に本件更新制限の理由を小出しに説明したものにすぎないのであって、Y社の組合に対する説明方法の巧緻の問題にとどまる。
また、Xは、Y社は無期転換ルールの適用回避のために更新回数制限措置を取り、本件雇止めに及んだ旨主張するが、その前提となる労働契約法の法改正ないし法解釈に関する議論がY社内でされた事実を認めるに足りる証拠はない。また、前記イ(ウ)の認定事実のとおり、契約社員についての更新上限はすでに平成19年当時からY社において導入されており、Y社の総務人事部では契約社員との平仄を合わせる関係でアルバイトの更新上限の検討がなされたというのであるから、労働契約法改正を契機として本件更新制限の検討がなされたとの関係にもない。むしろ、証人Kは、本件更新制限に関するY社からの通達の内容につき「契約書に、更新回数の上限を明記することが法律上義務付けられているので、次の契約からは、その更新の上限が書かれたものを使うように」という文脈だったと供述しているが、ここでの「法律上の義務」とは、労働基準法14条2項及びこれに基づく「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」(平成15年10月22日厚生労働省告示第357号、改正平成20年1月23日厚生労働省告示第12号)のことを指すのではないかと思われ、Xの主張する労働契約法ではないと思われる。労働基準法14条2項の関係でY社が労働基準監督署からの指導を受けることも特段不自然ではない(同条3項参照)。さらに言えば、労働契約法18条の定める5年の期間は平成25年4月1日以降に締結される契約から算定され、Y社においては同年6月16日以降に締結する契約からである。そして、無期転換権が発生する時期は、その5年後となる平成30年6月16日以降に締結する契約からである。前記イの各認定事実を前提とした場合に、かかる相当先の時期まで見据えて他企業に先駆けてまで諸規程の整備を行う余裕などY社にはないと思われる。そうすると、Xの主張を認めるに足りない。
(ウ)そして、本件のXは、Y社がアルバイトに週2日勤務のお願いをしているはずのところを何故かXは長期間にわたり月5日程度の勤務頻度の低さのまま許容されてきた。これまでの店長がかかる状況を問題視しなかったとは考えられず、店長が問題に気付いていながら経験の長いXに対して強く指導できなかった事実を推認させる。これもアルバイトの契約期間が長期化することによる弊害の一つであると考えられる。X自身に店長との軋轢に関する自覚はそれほどなかったかもしれないが、Xの上記勤務頻度の低さは、前記イ(ア)の認定事実のとおりのY社が本件更新制限を検討した背景事情にまさにあてはまる。
(エ)そうすると、前記(ア)のとおりY社において本件更新制限を導入することにやむを得ない事情があり、かつ、前記(ウ)のとおりXの勤務頻度の低さにも問題があるのであるから、本件雇止めは、客観的に合理的な理由があり、社会通念上も相当であると認められる。
エ よって、XY社間の労働契約は本件雇止めにより終了していることから、XがY社に対して労働契約上の権利を有する地位にあることの確認請求及びXのY社に対する賃金請求はいずれも認められない。