社会保険労務士川口正倫のブログ

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【雇止め】ラボ国際交流センタ-事件(東京地判平28.2.19労経速2278号18頁)

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ラボ国際交流センタ-事件(東京地判平28.2.19労経速2278号18頁)

審判:第一審
裁判所名:東京地方裁判所
事件番号:平成26年(ワ)10346号
裁判年月日:平成28年2月19日

1.事件の概要

Xは、青少年の国際交流プログラムを運営することを目的とした公益財団法人であるYに有期雇用職員として雇用され、高校留学プログラム(米国・カナダ)の企画運営等(留学業務)に従事していた。
Xは、業務委託を経て、平成16年4月1日にYに、期間の定めのある嘱託雇用として採用され、以後更新を重ねてきた(通算で10年間、契約更新回数は11回に及んでいる)。Xは、留学業務の担当者、平成25年1月からは「責任者」として留学業務を一手に担っていた。YにおいてXが従事してきた留学業務に係る事業はYの重要な柱の1つであり、国際交流事業の北米交流参加費の収入に次ぐ収益を上げるような事業であった。
Xは、平成26年3月31日をもってYに雇止めされたところ、Xは、Yに対し、同雇止めの無効を主張して、従業員としての地位の確認等を求めて提訴したのが本件である。

2.判決の概要

Xは、本件は労働契約法19条1号の適用があり、同条1号の適用がないとした場合に、予備的に同条2号の適用を主張する。
当裁判所は、本件は労働契約法19条1号ではなく、同条2号が適用される事案であると考える。
すなわち、契約更新手続が極めて形式的なものであったとは認められず、かえって、毎期毎にXとY間で新たな労働条件での契約更新がなされてきたものと認められることから、期間の定めが形骸化していたとは認められない。また、Xは、『なぜこれだけやっているのにあなたは社員ではないの?』と質問されるとのことであるから、「社会通念上」Yの正社員と同視できる状況にあったとも認められない。よって、XとY間の雇用契約が、同条1号における期間の定めのない労働契約と社会通念上同視できるとは認められない。
もっとも、本件は「当該有期雇用契約が更新されることについて合理的な理由がある」(労働契約法19条2号)ものと認められるので、これを前提に、本件雇止めの有効性を検討する。
ア Xが担当していた留学業務は、1人のスタッフに長期間委ねてきたために、業務内容が固定化し、他の職員と共有化されずにブラックボックス化する弊害が生じており、非常時の対応に関するリスク回避が喫緊の課題であったこと、青少年国際交流事業全体がチームとして協力し、業務を協同で遂行する必要があり、そのための改善が不可欠となっていたことが認められる。
なお、上記認定事実については、Y単独の問題意識ではない。X自身も「職務上、部内の他のメンバーと関わりがほとんどなく、孤立感を深めている。よく部内で口にされる『みんな』に、自分は入っていないことも多く、不愉快な気持ちや疎外感を感じることが多い。他のラインが忙しく、こちらが手があいているときに、手伝いの申し出をしても、おそらく『社員じゃないから』とか、『勤務時間に制限があるから』という理由なのか、断られてしまった」、「部内の情報もあまり共有されていないし、コミュニケーション・サークルから外されているように感じている」とあることから、対処すべき方法論の違いはともあれ、Yの他の職員との業務の連携不足に関する問題意識は、X及びYとも共通認識としてあったものと考えられる。
イ Xに対する、「留学業務を責任感を持って引き受け、参加者家庭、所属テューターと良好な関係を維持してきた。留学事業を取り巻く状況は大きく変化するなかで事業の促進を図るために留学生募集の拡大に向けて努力を行ってきた」、「留学プログラムの運営上、留学生、留学生家庭と丁寧なフォローや適切なカウンセリングを行い、円滑なプログラム運営に努め、その信頼度を高めてきた。留学交流団体と人脈を通じ、受入れ数の確保や参加者の問題発生時には、受け入れ団体及び留学生に対して適切な対応と迅速な解決を図ってきた」とのYの業績評価及び「仕事に基本的に熱心に取り組んではいる」とのYの業績評価は、Xの勤務態度の一端を示す事実と認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
しかし、他方で、Xは上司からの再三に亘る注意にもかかわらず業務を1人で抱え込みYと共有しようとせず、また、業務の遂行方法に関して改善を求められても聞き入れようとせず、さらに、契約上ではXの業務として留学業務の外に「その他財団の諸業務のサポート」が課せられているが、Xは多忙を理由にこれらのサポート業務を手伝わず協力しなかった、とのYの主張事実も、各認定事実によれば十分推認可能である。
ウ 以上を踏まえて検討するに、Xは、担当業務の遂行能力には秀でたものがあったと思われるが、Yの他の職員との協調性には問題が認められる。また、仕事を1人で抱え込む状態が長期間継続すると、何らかの問題がXの担当業務に発生したときに、Y全体として責任をもって適切に対処することが困難となる弊害がある。そして、Yの事業運営上の問題点に鑑みれば、Yの事業運営上もXによる専任体制を維持することが困難となっていたことは明らかであり、Yにおいて、XとY間の雇用契約の見直しを迫られたことにはやむを得ない事情があったというべきである。
また、XがY職員との間で孤立化した状況にあったことからすれば、Xにつき、Y内での異動というよりは、F社・グループ内全体での就労のあり方を検討するのが自然であり、XとY間の交渉において、F社での雇用を骨子とする協議がなされたことが不合理とはいえない。確かに、F社での勤務となった場合には、従前の労働条件よりも悪くなるようであり、Xに不満が生じたことも十分理解できるが、これについてYは、Xのこれまでの業務内容の専門性の高さから厚遇してきたものの、F社での雇用においては一般業務になり、他の嘱託職員の処遇のバランスから一定の減額はやむを得ないと考えていると、合理的な理由の説明を行っているものである。
そうすると、本件雇止めは、Yの主張事実に理由があるほか、XとY間の交渉が行き詰まったがゆえに結果として行われたやむを得ない措置と言うほかなく、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当なものとして有効である。
なお、本件は労働契約法19条2号の事案であり、同条1号における「期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できる」ものでもないのであるから、解雇(同法16条)における判断と同程度の厳格な判断を求められるわけではない。
なお、Xは、本件雇止めは、労働契約法18条・19条を潜脱する意図で実施されたと主張し、これに沿う証拠として、H氏のメールを提出する。同メールには、「新労働契約法の施行が今年4月1日。1年間雇用し、1回更新すると、労働者に、無期雇用の期待が生まれるため、本来は、来年3月で雇止めをするのが、組織運営上は望ましい。」、「こうした確約をとらずに、2015年3月末を迎え、その時になって、私には無期雇用の権利があると主張されるとかなりやっかいなことになるので」との記載がある。
これにつき、証拠によれば、H氏のメールは平成25年11月25日に送信されたものであるのに対し、I書簡としてXから証拠提出された書面の3枚目及び4枚目の書面(「2014年以降のAの組織運営について」と題する書面。以下「G書面」という。)は、G氏が同年12月以降のXとの交渉後に作成したものであること、同書面の作成時期からすれば、G書面は、Xとの交渉結果を踏まえて、以後のXに対するYの交渉方針を整理するべく、G氏が個別に作成したこと、がそれぞれ認められる。
そして、H氏のメールとG書面を比較するに、G書面における「4、Xさんの評価に対する配慮」、「5、方針」には、Fでの正社員採用の選択肢まで掲げられていることから、H氏のメールにおける意見が反映された結果とは必ずしも言えないし、H氏の意見自体「事務局内部の事情によく知っていたということではない」とのY内での評価にとどまる。そうすると、H氏のメールは、H氏の個人的意見の域を超えず、Y組織全体としての意見とは認められない。
これに加え、G書面の記載内容、「Fの無期労働契約にされちゃうだろうし」とのチャットでのXの発言及び各認定事実におけるYの交渉態度からすれば、少なくとも、Xの雇用確保だけでなく、無期雇用の可能性も視野に入れてYがXと交渉していたこと自体は優に認定できるのであり、有期雇用者の雇用確保に反する態度をYが取っていたとは言い難い。
そうすると、Yが労働契約法の潜脱の意図を有していたとは認められず、Xの当該主張は採用できない。