社会保険労務士川口正倫のブログ

都内の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ



長崎市事件(長崎地判令3.3.9労経速2456号27頁)

長崎市事件(長崎地判令3.3.9労経速2456号27頁)

退職の意思表示が統合失調症により意思表示を欠くとして無効とされた例

1.事件の概要

✕は、昭和62年4月1日Y市に採用され、以後、総務部等における勤務を経て、平成25年4月1日から、同市選挙管理委員会の事務局で勤務する者である。
✕は、平成4年10月17日にQ1クリニックを受診して「幻覚・妄想状態」と診断され、同月19日から平成5年1月3日までの間、病気休暇を取得した。その際、✕はY市に診断名を「神経衰弱状態」とする、Q1クリニックのP4医師作成の診断書を提出した。
✕は、平成17年3月15日から同年5月31日までの間、病気休暇を取得した。その際、✕は、Y市に、診断名を「統合失調症」とするQ2病院のP5医師作成の診断書を作成した。その後、✕は、同年6月1日復職し、以降平成28年3月31日まで休職していなかった。
✕は、平成28年3月24日、選挙管理委員会宛の退職届を提出した。同委員会は、同月31日付けで、✕に対して依願免職処分をした。
✕は、上記退職願提出は統合失調症が悪化したことにより、意思能力を欠く状態で行われたものであるとして、本件処分を不服として平成28年10月28日に審査請求をしたが、これが同29年10月31日に却下されたので、同30年3月26日に本件訴訟を提起した。
なお、長崎家庭裁判所は、同30年9月21日、✕につき、✕の父であるP1を保佐人とする保佐開始の審判をなし、P1に訴訟代理権が付与されている。

2.各当事者の主張

※他にも争点がありますが、退職願の有効性に絞って記載します。

✕の主張

① 意思能力の不存在
✕は、本件退職願を提出した平成28年3月24日当時、平成4年に発症して以来通院治療を続けていた統合失調症が悪化したことにより、退職願という自身の公務員としての身分を失わせることになる意思表示について正常に判断することが可能な意思能力を有していなかった。

② 錯誤
✕は、自分はY市の職員であって出向先である処分行政庁の職員ではないと誤認しており、処分行政庁に本件退職願を提出してもY市の職員としての身分は失われないと考えていた。
したがって、本件退職願についてはその表示行為の意味について要素の錯誤がある。
✕が本件退職願を提出したのは、P2事務長からセクハラ、パワハラの被害を受けていたためY市の本庁への異動を希望していたにもかかわらず、これが認められず、かえって琴海行政センターへの異動を命じられ退職勧奨されていると感じたことが理由である。ただし、上記セクハラ、パワハラ被害や退職勧奨は、統合失調症による✕の被害妄想であり、現実には存在しない。
したがって、本件退職願には動機の錯誤がある。✕は、上記の動機を選管委員会やY市の人事課に伝えている。
上記のとおり、本件退職願は✕が意思能力を喪失していたことにより、又は✕の錯誤により無効であり、無効な本件退職願に基づいてされた本件処分は違法である。

③ 信義則違反
Y市は、本件退職願が提出された際に✕の両親や主治医、Y市の産業医に✕の意向を確認させること、本件退職願の提出が✕の精神疾患の影響によるものではないことを確認するまでは依願免職の手続を進めないこと、✕に病気休暇を与えたり休職処分としたりすることで治療の機会を与えることといった合理的配慮(障害者雇用促進法36条の2から36条の4にいう、雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会の確保等を図るための措置のこと。以下同じ。)
しかし、Y市は合理的配慮を何らしていないから、本件処分は障害者雇用促進法に違反しており、信義則(民法1条2項)に反する違法な処分である。

Y市の主張

① 意思能力について
Y市は、✕が本件退職願を提出した際、✕の辞意が真意に基づくものであること及び✕の意思能力に問題がないことを確認しており、本件退職願の提出の際、✕が意思能力を欠いていたとは認められない。

② 錯誤について
本件退職願の宛名は、P3係長の指示を受けて訂正されるまで「長崎市長殿」とされていたのであり、✕が、選管委員会に本件退職願を提出してもY市の職員としての身分は失われないと考えていたとは認められない。

③ 信義則違反
✕は、統合失調症により病気休暇を取得することがあったとはいえ、その期間は長期にわたるものではなかったし、✕の担当する職務が統合失調症によって制限を受けていたわけではない。したがって、✕は、「精神障害・・・があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者」(障害者雇用促進法2条1号)とはいえず、そもそも同法にいう障害者に該当しない。
仮に✕が障害者に当たるとしても、本件処分が障害者雇用促進法に違反しているとは認められない。

3.判決の概要

(1)✕は、上記✕の主張①のとおり主張するところ、意思能力の有無は、対象となる法律行為の難易等によって変わり得る。本件で問題となる退職の意思表示は、公務員としての身分を失うという重大な結果をもたらすという点で公務員である個人によって極めて重要な判断であるから、それを行うのに必要な判断能力も相応に高度なものであると考えられる。
そこで、✕の当時の判断能力の程度を検討する。

(2)ア ✕は、平成4年10月17日Q1クリニックにおける受診を開始しているが、受信後間もない頃の診療録には既に統合失調症を前提とした記載がる。その後、平成27年12月26日まで、統合失調症の治療のため、Q1クリニックのほか、Q2病院に通院していること、P7医師は、平成29年11月28日、✕につき統合失調症と診断し、その発生年月日を平成4年としていることからすれば、✕は、遅くとも平成4年10月には統合失調症を発症していたものと認めることができる。
イ 次に、本件退職願提出時の✕の症状について検討すると、✕は、平成25年4月に選管事務局に異動して以降、職場において問題を起こすことなく仕事を行う一方、平成26年頃から、家庭との会話や入浴・睡眠をせず、自室に大量の食品や衣類等を持ち込むなど、自宅における異常な行動が増えていた。また、平成27年12月の職場離脱行動を境に、職場においても、独り言などの奇異な行動をとるようになり、本件退職願を提出する前日(平成28年3月23日)には、異動の内示につき大声で不満を述べるなどしていた。
このように、✕は、平成27年12月には、自宅だけではなく、職場においても奇異な行動をしていたのであるが、これは、服薬を中断すると統合失調症の症状が悪化するにもかかわらず、✕がこれをしなかったために生じたものといえる。
そうすると、平成27年12月以降、✕の統合失調症は悪化し続けていたものといえるのであり、本件退職願を提出した平成28年3月24日時点では、✕の統合失調症は相当程度悪化していたといえる。
ウ ✕は、本件退職願提出直後である同月30日時点において、P3係長が✕母に引取りを依頼するほどの異常な言動がされ(30日異常行動)、さらに同日からQ2病院の隔離病棟に医療保護入院し、入院後も、妄想や支離滅裂な言動をし、P7医師から、入院当初について、成年被後見人相当であったと診断される状態であった。
エ 以上のとおり、✕は、遅くとも平成4年10月には統合失調症を発症し、平成27年12月以降、悪化し続け、平成28年3月24日時点で相当程度悪化しており(上記イ)、その直後に30日異常行動に及んで同日のうちに医療保護入院に至っているうえ、✕の入院当初の心身の状態は、精神科の医師によって成年被後見人相当と診断されるほどであった。これらからすれば、本件退職願を提出した平成28年3月24日時点において、✕の判断能力は、統合失調症のため、自身の置かれた状況を正確に把握したり、自身の言動がどのような影響をもたらすか、特にどうのような法的効果をもたらすかについて判断したりすることができない程度であったと認めるのが相当である。
なお、✕の30日異常行動や医療保護入院は、本件退職願の意思表示がなされた後の事情ではあるものの、30日異常行動及び入院時において✕に異動への不満による興奮が認められるところ、異動の内示は、本件退職願の前日になされているのであるから、同意思表示がなされるよりも前の事実(異動の内示)と、同意思表示がなされた後の事実(30日異常行動及び医療保護入院)との間に関連性があるというべきであるし、30日異常行動と医療保護入院は、本件退職願を提出した当時の判断能力を検討するに当たって、その後の30日異常行動や医療保護入院の事実を考慮することも許されると考えられる。

(3)上記判示を前提に、本件退職願による意思表示の有効性を検討すると、上記(2)エのとおり、平成28年3月24日時点において、✕は自身の言動がどのような法的効果をもたらすかについて判断することができない状態であったといわざるを得ない。そうすると、少なくとも、公務員としての身分を失うという重大な結果をもたらす退職の意思表示をするに足りる能力を有していなかったというべきである。
よって、本件退職願による意思表示は、✕のその余の主張を判断するまでもなく、意思能力を欠く状態でされたものであり無効である。

4.解説

民法第3条の2の規定により、法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効となります。なお、平成30年民法改正まで明文規定はありませんでしたが、以前より、意思能力を欠く者の意思表示に基づく法律行為は、学説及び実務上無効であると解釈されて、本条は判例法理になっていました(大審院明治38年5月11日判決)。

民法第3条の2
法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。

本件においては、退職届を提出し退職の意思表示をした際の✕の意思能力の有無が問題なっています。
統合失調症であれば、必ず意思能力が無いと判断される訳ではありませんが、本件においては、医療保護入院時に医師により、成年被後見人相当であったと診断される程でした。
成年被後見人とは、民法7条に基づき家庭裁判所が「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」と判断する者で、日用品の購入その他日常生活に関する行為を除き、成年被後見人の法律行為は取り消すことができます。

民法第7条 精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、後見開始の審判をすることができる。

民法第9条
成年被後見人の法律行為は、取り消すことができる。ただし、日用品の購入その他日常生活に関する行為については、この限りでない。

その成年被後見人と同程度とかなり重症であったことから、意思能力が無いと判断され、退職の意思表示も無効とされました。

労働政策研究・研修機構による「ウィズコロナ・ポストコロナの働き方 」調査結果公表

労働政策研究・研修機構による「ウィズコロナ・ポストコロナの働き方―テレワークを中心としたヒアリング調査― 」調査結果公表

労働政策研究・研修機構による「ウィズコロナ・ポストコロナの働き方―テレワークを中心としたヒアリング調査― 」の結果が公表されています。
概要を抜粋しますので、詳細はリンクをご確認ください。
https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2021/242.html

概要

研究の目的

新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、2020年4月には全国に緊急事態宣言が発令されるなど、企業を取り巻く環境が大きく変化している。感染拡大防止を図りながら企業活動を進める中で、上記緊急事態宣言期間中にはテレワークが急速に拡がった。
このように2020年4月の緊急事態宣言により急速に拡大したテレワークであるが、実際に企業ではどのように実施されていたのか、緊急事態宣言解除後はどうなっているのか、またそうした一連の取組・経験を通じて企業はテレワークのメリットや課題をどうとらえ、今後どうしようと考えているのか、さらにテレワークに限らず、今後の働き方についてどのように展望しているのか、大手企業・労働組合に協力を依頼し、協力を承諾いただいた14の企業・労働組合ヒアリング調査を行ったものである。

主な事実発見

・ほとんどの企業において、新型コロナウイルス感染症の拡大以前よりテレワークが実施されていたが、2020年4月の緊急事態宣言下では、それまでに構築していたテレワークの枠組を超えるような形で緊急的な対応を迫られることになった。
その経験が、その後の制度上のテレワークの拡大を後押ししたり、これまで必ずしも見えなかったテレワークの課題などを顕在化させることとなり、テレワーク自体の制度の精査・見直しや、関連する制度の検討等幅広い取組に着手するなど、試行錯誤しながら、それぞれの企業にとってよりよい形でのテレワークや、テレワークだけにとどまらない働き方全般について模索していた。
・テレワークをどう位置づけ、どう進めていくかは、働く場所の制約を受けない働き方をどう考えるかにつながり、在宅勤務やサテライトオフィス勤務などの具体的な制度設計にとどまらず、ひいては転勤、単身赴任のあり方の見直し、さらにはオフィスのあり方の見直しまで進んでいくこととなる。
・テレワークがニューノーマルになるかどうかについては、半数の企業が、少なくとも後退はしないだろうが無理のない形でテレワークと出勤を組み合わせたハイブリッドのスタイルで定着する姿を描いていた。
その組み合わせ方も当然のことながら企業によってさまざまで、これまでの取組による素地、テレワークによる生産性向上への寄与度、社員間のコミュニケーションの状況などを見極めながら、どのような組み合わせが最適かを判断していくとしていた。
・テレワークの対象とすることや実施が困難な職種・部門等について、企業によっていろいろ指摘があったが、一方で、これまでの対面からオンラインに切り替えるだけでなく付加価値をつけることでスムーズに対応しているとする企業もあり、知恵を絞って対応している状況も見られた。
・テレワークの目的として全ての企業が掲げる一方で、多くの企業が課題としても挙げていた「生産性」については、実際効果があったとする企業とまだ効果が見えないとする企業は、数的には同程度であったが、効果があったとする企業では、新型コロナウイルス感染症の拡大以前から取り組んできたことが生産性の維持・向上につながっているとの指摘が多かった。テレワークで生産性が必ずしも直ちに上がるわけではなく、一定の時間をかけての取組や、何かもう一捻り(ヒアリングでは、例えば仕事の進捗状況の見える化や、時間ではなく成果を重視した働き方など)を加えることが有効だということを示唆する。
また、生産性について、企業によって考え方が異なり、生産性向上をテレワークの目的としながらも、目指す具体的な姿は企業ごとにさまざまとも言える。

令和2年度における新規学卒就職者の離職状況が公表されました

令和2年度における新規学卒就職者の離職状況が公表されました

主観的に記憶される年月の長さは年少者にはより長く、年長者にはより短く評価されるという心理学の法則を「ジャネーの法則」と言いますが、新卒の従業員がすぐ辞めるように思えてしまうのはこの法則の影響があるかも知れません。
例えば、22歳の3年間は45歳では約1.5年程度の長さでしかありません。
興味がある方は、こちらの記事をご参考にしてください。
新卒はすぐ退職することをジャネーの法則から検証してみる - 社会保険労務士川口正倫のブログ


それはさておき、概要をまとめました。
詳細はリンクをご確認ください。
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000177553_00004.html

ポイント

●令和2年度における新規学卒就職者の離職率は例年に比べ低下。
●就職後3年以内の離職率は、新規高卒就職者は36.9%、新規大卒就職者は31.2%。

概要

令和2年度における新規学卒就職者の離職率は、学歴別、卒業年別とも、例年に比べ低下しました。その結果、新規学卒就職者(平成30年3月卒業者)の就職後3年以内の離職率は新規高卒就職者で約4割(36.9%)、新規大卒就職者で約3割(31.2%)となっています。

f:id:sr-memorandum:20211026215200p:plain

f:id:sr-memorandum:20211026215108p:plain
f:id:sr-memorandum:20211026215143p:plain


f:id:sr-memorandum:20211026215453p:plain

(来年3月まで延長?!)2021年12月以降の雇用調整助成金の特例措置等

(来年3月まで延長)2021年12月以降の雇用調整助成金の特例措置等

雇用調整助成金が再度延長になるようです。
リンクより抜粋しました。
https://www.mhlw.go.jp/stf/r312cohotokurei_00001.html


(注)以下は、事業主の皆様に政府としての方針を表明したものです。施行にあたっては厚生労働省令の改正等が必要であり、現時点での予定となります。

 新型コロナウイルス感染症に係る雇用調整助成金・緊急雇用安定助成金新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金の特例措置については、令和3年11月末までとしているところですが、来年3月まで延長します。現在の助成内容は令和3年12月末まで継続することとする予定です(別紙)。

 令和4年1月以降の特例措置の内容については、「経済財政運営と改革の基本方針2021(令和3年6月18日閣議決定)」に沿って、具体的な助成内容を検討の上、11月中に改めてお知らせします。

f:id:sr-memorandum:20211019211244p:plain

事務所衛生基準規則及び労働安全衛生規則の一部を改正する省令案(概要)

事務所衛生基準規則及び労働安全衛生規則の一部を改正する省令案(概要)

厚生労働大臣は、令和3年7月28日に、労働政策審議会(会長 清家 篤 日本私立学校振興・共済事業団理事長、慶應義塾学事顧問)に対し、「事務所衛生基準規則及び労働安全衛生規則の一部を改正する省令案要綱」について諮問を行い、この諮問を受け、同審議会安全衛生分科会(分科会長 城内 博(独)労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所化学物質情報管理研究センター長)で審議が行われ、本日、同審議会より概ね妥当であるとの答申がありました。
厚生労働省において、この答申を踏まえて、令和3年12月上旬(照度基準については、令和4年12月1日)の施行に向け、速やかに省令の改正作業を進められるようです。

なお、事務所衛生基準規則とは、労働安全衛生法に基づき定められた、事務所の衛生基準を定めた厚生労働省令です。本規則における「事務所」とは、本規則第1条において、「建築基準法(昭和25年法律第201号)第2条第1号に掲げる建築物又はその一部で、事務作業に従事する労働者が主として使用するものについて適用する」と定められています。
また、昭和46年8月23日付基発第597号で、工場現場の一部において、ついたて等を設けて事務作業を行っているものは、本規則による事務所に該当しないこと。と解釈されています。

通常、事務所は、有害物、危険物を取り扱うことのない作業場といえます。そのため、重篤度の高い労働災害や職業性疾病が発生する可能性は少ないのですが、本規則は、事務所の衛生確保を目的として、環境管理、清潔、休養、救急用具等を考慮すべきことを定めています。
本規則第1条第2項において、「事務所(これに附属する食堂及び炊事場を除く)における衛生基準については、労働安全衛生規則第3編の規定は適用しない」とされています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_21600.html

1.改正の趣旨

事務所における清潔保持や休養のための措置、事務所の作業環境等、事務所衛生基準規則(昭和47年労働省令第43号)等で規定されている衛生基準については、制定されてから50年近く経過していることから、その間の社会状況の変化を踏まえて現在の実状や関係規定を確認し、関係有識者による検討を行い、取りまとめた報告書等をもとに、関係省令の改正されるものです。

2.改正のポイント

・事務室の作業面の照度基準について、作業の区分を「一般的な事務作業」及び「付随的な事務作業」とし、それぞれ300ルクス(現行は150ルクス)以上及び150ルクス(現行は70ルクス)以上とすること。
・作業場における便所の設置基準について、以下のとおり見直すこと。
(1)男性用と女性用に区別して設置した上で、独立個室型の便所を設置する場合は、男性用大便所の便房、男性用小便所及び女性用便所の便房をそれぞれ一定程度設置したものとして取り扱うことができるものとすること。
(2)作業場に設置する便所は男性用と女性用に区別して設置するという原則は維持した上で、同時に就業する労働者が常時10人以内である場合は、便所を男性用と女性用に区別することの例外として、独立個室型の便所を設けることで足りることとすること。
・事業者に備えることを求めている救急用具について、必要な見直しを行うこと。

3.事務所衛生基準規則及び労働安全衛生規則の一部を改正する省令案(概要)

第1 事務所衛生基準規則の一部改正

① 照度の基準

【現行】
現在の事務所則第10条第1項において、事業者は、室の作業面の照度を表1の作業の区分に応 じて、同表の基準に適合させなければならない(ただし、感光材料の取扱い等特殊な作業を行な う室については、この限りでない。)旨規定されている。

【改正の内容】
(1)作業の区分を「一般的な事務作業」及び「付随的な事務作業」の2区分に変更すること。
(2)照度基準については、一般的な事務作業においては300ルクス以上、付随的な事務作業に おいては150ルクス以上とすること。
f:id:sr-memorandum:20211014213811p:plain

② 便所の設置基準

【現行】
現在の事務所則第17条第1項においては、以下の事項等が規定されている。
事業者は、次に定めるところにより便所を設けなければならない。
・男性用と女性用に区別すること。
・男性用大便所の便房の数は、同時に就業する男性労働者六十人以内ごとに一個以上とすること。
・男性用小便所の箇所数は、同時に就業する男性労働者三十人以内ごとに一個以上とすること。
・ 女性用便所の便房の数は、同時に就業する女性労働者二十人以内ごとに一個以上とすること。

【改正の内容】
(1)基本方針
男性用と女性用に区別して設けることが原則であること。

(2)少人数の事務所における例外
同時に就業する労働者が常時十人以内である場合は、現行で求めている、便所を男性用と女 性用に区別することの例外として、独立個室型の便所を設けることで足りることとすること。
(3)男性用と女性用に区別した便所を各々設置した上で付加的に設ける便所の取扱い 男性用と女性用に区別した便所を設置した上で、独立個室型の便所を設置する場合は、男性 用大便所の便房、男性用小便所及び女性用便所の便房をそれぞれ一定程度設置したもの※とし て取り扱うことができるものとする。
※男性用大便所又は女性用便所の便房の数若しくは男性用小便所の箇所数を算定する際に基準とする 当該事業場における同時に就業する労働者の数について、独立個室型の便所1個につき男女それぞれ 十人ずつ減ずることができることとすること。

第2 労働安全衛生規則の一部改正

① 便所

 第1の2同様の改正を行うこととすること。

② 救急用具

【現行】
現在、労働安全衛生規則(昭和47年労働省令第32号。以下「安衛則」という。)においては以 下のとおり規定されている。

(救急用具)
第六百三十三条 事業者は、負傷者の手当に必要な救急用具及び材料を備え、その備付け場所及び使用方法を労 働者に周知させなければならない。
2 事業者は、前項の救急用具及び材料を常時清潔に保たなければならない。

(救急用具の内容)
第六百三十四条 事業者は、前条第一項の救急用具及び材料として、少なくとも、次の品目を備えなければなら ない。
一 ほう帯材料、ピンセツト及び消毒薬
二 高熱物体を取り扱う作業場その他火傷のおそれのある作業場については、火傷薬
三 重傷者を生ずるおそれのある作業場については、止血帯、副木、担架等

【改正の内容】
安衛則第633条において事業者に備えることを求めている救急用具に関し、少なくとも備えなけ ればならない品目を定めている安衛則第634条を削除する。
「負傷者の手当に必要な救急用具及び材料」の備え付けについて、事業場において労働災害等 により労働者が負傷し、又は疾病にり患した場合には、その場で応急手当を行うことよりも速や かに医療機関に搬送することが基本であること及び事業場ごとに負傷や疾病の発生状況が異なる ことから、事業場に一律に備えなければならない品目についての規定は削除することとする。

第3 施行日

 公布日:令和3年12月上旬(予定)
 施行期日:公布日(第1の①については令和4年12月1日)(予定)

ドリームスタイラー事件(東京地判令2.3.23労判1239号63頁)

ドリームスタイラー事件(東京地判令2.3.23労判1239号63頁)

1.事件の概要

本件は、✕が、平成29年4月1日に飲食店の運営等を目的とする株式会社であるY社との間で期間の定めのない労働契約(以下「本件労働契約」という。)を締結し、本件労働契約に基づいてY社の業務に従事していたが、妊娠中の平成30年4月末日をもって被告を退職したことについて、
Y社は、時短勤務を希望していた✕に対し、月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を伝え、退職を決断せざるを得なくさせたのであり、実質的に✕を解雇したものということができ、当該解雇は雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「男女雇用機会均等法」という。)第9条第4項により無効かつ違法であるなどと主張して、Y社に対し、本件労働契約に基づき、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めて提訴したのが本件である。

2.✕とY社の主張

※他にも争点がありますが、解雇についてのみ記載します。

争点① ✕の退職が実質的にみてY社による解雇に該当するか

✕の主張

ア ✕は、妊娠が判明した後、K部長に対し、平成30年3月9日にY社において時間短縮制度や産前産後休暇等の制度があるのかを確認したり、同月12日に母子手帳の産前産後の休暇制度に関する記載の写真を送付したりした。さらに、✕は、同月20日、J店長に対し、悪阻が治まるまでの間は午前10時から午後5時までの勤務に軽減してもらいたい旨を申し入れた。
しかし、Y社は、これらの✕の申入れについて正面から向き合おうとしなかった。なお、✕は、同日、J店長から、I店における勤務を提案されたものの、就業時間を午前12時から午後7時30分までに変更する旨の提案は受けておらず、同提案を受け入れたこともない。
✕は、同年4月3日、J店長から、前日に開催された定例会議において、Y社の見解として、月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば、正社員としての雇用を継続することができない旨の結論が出たことを伝えられた。✕は、同日、母親に対し、上記の内容を伝えられた旨のLINEメールを送信するとともに、東京都労働相談情報センター(東京都ろうどう110番)の助言を基に、J店長に対し、Y社における就業規則や三六協定 の有無を確認したり、時短勤務が一般的には6時間とされている旨を伝えたりした。 ✕は、同月4日、前日のJ店長とのやり取りにおいて、J店長には産休育休制度や時短勤務についての決定権限がないことを確認していたため、K部長に対して面談を申し入れた。K部長は、同日の面談において、✕に対し、就業規則の存在について曖昧な回答をするとともに、✕についてのみ月220時間以上の勤務を免除するわけにはいかないなどとJ店長と同様の見解を述べた。✕が、母子手帳にも記載のある勤務時間の短縮等について対応してもらえないのであれば、Y社において働き続けることはできない旨を述べると、K部長は、これに乗じて、✕に対し、退職することを前提に、同月の勤務について、有給休暇の消化及び出勤免除により同月末までにしてほしい旨を申し出た。✕は、自身の体調を考慮すると月220時間勤務を約束することができなかったため、K部長から示された内容で話を進めざるを得なかった(✕が自ら退職したいと述べていなかったことは、✕が退職届を提出していないことからも明らかである。)。
イ このように、Y社は、✕が妊婦としての労働基準法上の権利(同法第65条第3項、第66条第1項及び第2項)を主張したことに対し、これを一顧だにせず、月220時間の勤務を強要し、同勤務ができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を告げた。
体調不良を訴えている妊婦が月220時間もの勤務を継続することができないことは明らかであり、✕は、Y社により勤務継続を断念させられ、退職を決断せざるを得なくなったのであるから、実質的にみてY社は✕を解雇したものということができる。

Y社の主張

ア J店長は、✕の妊娠が判明した後、✕の体調に配慮して、✕の求めどおりに遅刻、早退や欠勤を承認していた。また、Y社においては、平成30年3月12日から、J店長を早朝から待機させたり、Y社の従業員であるM氏(以下「M氏」という。)の出勤時間を1時間早めて✕の代わりにGの開店作業を担当させたりすることにより、✕の突然の遅刻、早退や欠勤にも対応できる体制をとっていた。
J店長は、同月20日、Y社の従業員でありシフト作成を担当していたN氏(以下「N氏」という。)と✕の今後の勤務シフトについて相談した上で、✕に対し、勤務場所を作業負担がより軽いI店とし、勤務時間を午前12時から午後7時30分まで(うち休憩時間を1時間とし、人員が足りている午後3時までは連絡すれば出勤しなくてよい。)とする勤務を提案し、✕の承諾を得て、同月26日以降、その通りにシフトを組んだ。しかし、✕ は、同日午前10時30分頃にGに出勤し、午後4時過ぎに早退した。そこで、J店長は、同月27日、✕に対し、上記の変更後のシフトにより勤務してほしいことを再確認し、✕の承諾を得たが、同日夜に、✕から午前10時から午後4時又は午後5時までの勤務を希望されたため、その場では結論を明確に回答せず、K部長やN氏と協議することとした。 Y社は、その後も✕がGにおいて自己の希望する時間帯での勤務を続けたため、同年4月2日に開催された定例会議において、✕に対して上記の変更後のシフトによる勤務を再提案することを決定した。J店長は、同月3日、前日の定例会議の結果を踏まえ、✕に対し、上記の変更後のシフトによる勤務を再提案した(J店長は、この際、✕に対し、設定されたシフトを無視して自己の希望する勤務場所及び勤務時間で勤務されるのは困ることは伝えたが、月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を告げたことはない。)。
しかし、✕は、同月4日、自ら面談を申し入れたK部長に対し、同月末で退職する旨を伝えた。K部長は、✕が期待していた従業員であったため落胆したものの、✕の意思を尊重し、同月末での退職を受け入れ、有給休暇を消化したいとの✕の希望に応じ、✕とともに有給休暇の残日数を確認し、不足していた3日間については出勤を免除して、最終出勤日を同月5日とすることとした。なお、K部長は、この面談の際、✕に対し、月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を述べたことはない。
イ このように、Y社は、✕の妊娠が判明した後、従業員が妊娠した初めてのケースであったため、モデルケースにしようと最大限の配慮をしてきた。具体的には、✕の遅刻、早退や欠勤に柔軟に対応し、✕が働き易いようにシフトや勤務場所を変更するなど、✕に対し、勤務を継続することができるように可能な限りの配慮を行い、今後も同様の配慮を行う旨を伝えていたが、✕は、自己都合によりY社を退職したのである。

争点② 解雇に該当する場合、当該解雇は無効かつ違法なものであるか等

✕の主張

ア Y社による解雇は、男女雇用機会均等法第9条第4項により無効である。 なお、仮に、Y社が✕に対して月220時間の勤務を強要していなかったとしても、Y社は、労働基準法第65条第3項に基づき、✕の希望する日時にその労働時間を変更する必要があったにもかかわらず、終業時間を午後7時30分とする勤務を提案し、同提案に従わないのであれば雇用形態を見直す旨を告げたものであり、このようなY社の対応は違法であるから、解雇が無効であることに変わりはない。
イ また、争点①に関して✕が主張する各事情によれば、Y社による解雇は、違法であり、不法行為に該当するところ、✕は、Y社の違法な解雇により、慰謝料100万円及び弁護士費用相当額の損害金10万円の各損害を被った。

Y社の主張

いずれも否認ないし争う。
なお、労働基準法第65条第3項は、雇用主に対し、可能な限りの配慮を求めるものであり、妊娠した従業員の要求を全て受け入れたり、新たに軽易な業務を新設したりすることまでを求めるものではない。Y社において、GとI店には✕を含め6名の正社員が勤務していたところ、✕をGの開店業務の担当者から外し、M氏の勤務時間を変更したことにより、Gの繁忙時間帯(ディナータイム)であり、かつI店の閉店業務を行う時間帯でもある午後5時から午後7時30分までは深刻な人員不足の状態にあり、少なくとも代替人員が確保できるまでは✕の勤務を必要としていた。他方で、人員が余剰気味であったその他の時間帯については、✕の勤務を必要としておらず、✕が希望する時間帯(午前10時から午後5時まで)での勤務をそのまま受け入れることができなかった。Y社は、争点①に関するY社の主張のとおり、✕の妊娠判明後約3週間という限られた期間の中で、✕に対し、現実に考え得る限りの配慮をしており、Y社の対応は違法ではない。
また、✕は、平成30年4月4日以降、1年近くが経過するまで、Y社における就労の意思を表明することなく、退職したことを前提とした主張をしていたのであり、Y社における就労意思を有していない。

3.判決の概要

ア ✕は、平成30年4月3日及び同月4日に、J店長及びK部長から、月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を伝えられたと主張し、同月3日にJ店長から開口一番上記のとおりの話をされ、同月4日にK部長からも同様の話をされたなどと、上記主張に沿う供述をする。
イ(ア)J店長は、同年3月9日に✕の妊娠が判明した後、✕の体調を気遣い、✕の通院や体調不良による遅刻、早退及び欠勤を全て承認し、シフト作成を担当していたN氏と相談の上、同月20日以降、✕に対し、本件提案内容のとおりの勤務を提案し、同年4月2日に開催されたY社の定例会議においても、 ✕に対し本件提案内容のとおりの勤務を再提案することが決定され、実際にY社においてその内容通りのシフトが組まれていたことが認められる。
この点に関し、✕は、J店長から、I店における勤務を提案されたものの、就業時間を午前12時から午後7時30分までに変更する旨の提案は受けていないと主張する。 しかしながら、J店長が、同年3月19日に、✕に対し、N氏が今後の✕の勤務時間等について色々と考えてくれたため、明日相談したい旨を伝え、翌20日にN氏とともに✕と面談したことや、✕が、同月27日に、J店長に対し、以前にN氏が提案したI店締めするという勤務時間だと今は身体がきつい旨を伝えていたことは、J店長が✕に対して勤務場所をI店に変更することだけでなく、そこでの勤務時間を午前12時から午後7時30分までとすることも提案していたことを推認させるものである。そして、✕も同月20日のやり取りについて明確な記憶を有しているわけではなく、上記主張は明確な記憶に基づくわけではないことも併せ考慮すると、J店長は、同日の時点で、✕に対し、本件提案内容を伝えていたと認めるのが相当である。
また、同年4月2日のY社の定例会議における決定事項についても、同日までの事実経過に加え、K部長が、自身の手帳に、同会議において✕の勤務時間について午前12時から午後7時30分までで提案することが決まった旨を記載していたこと(同記載の信用性を疑わせるような事情はうかがわれない。)からすると、✕に対して本件提案内容のとおりの勤務を再提案することが決定されたと認めるのが相当である。
(イ)このように、Y社は、同年4月3日及び同月4日の時点で、✕に対し、そもそも、月220時間の勤務を求めていなかったのであるから、J店長やK部長において、✕に対し、月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を伝えるとは考え難い。
なお、✕は、同月3日のJ店長との面談後に、母親に対し、「勤務時間などについてこのままの体制なら、正社員として雇えない。と会社から言われました。」、「現段階で労働基準法を破って、1 ヶ月 220 時間が基本。と言ってる会社です。それなのに、時短で働きたいと言ってる人に、措置を講じれないというのは、どうゆうことなのか。」等のLINEメールを送信している。しかし、J店長は、同日、✕に対し、Y社において他の従業員については月220時間勤務が一つの目安となっている旨や、自分の好きな場所で好きな時間帯に働きたいというのであれば、アルバイト従業員の働き方と同じであり、✕の希望次第では契約社員やアルバイトへの雇用形態の変更を検討することも可能である旨を伝えていたことからすると、✕において、J店長の上記発言を受け、J店長の真意とは異なるものの、上記のLINEメールの内容のとおりと受け止め、母親に対して同内容のLINEメールを送信することもあり得ないものとはいえず、✕が母親に対して上記の内容のLINEメールを送信していたことから直ちに、✕の主張する上記アの事実を認めることはできない。
ウ これらの事情によれば、✕の上記アの供述を採用することはできず、その他、✕が主張する上記アの事実を認めるに足りる的確な証拠はないから、当該事実を認めることはできない。

上記(2)のとおり、Y社が✕に対して月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を伝えていたと認めることはできず、したがって、✕において、月220時間勤務を約束することができなかったため、退職を決断せざるを得なくなったという事情があったということはできない。 また、Y社は、✕の妊娠が判明した後、✕の体調を気遣い、✕の通院や体調不良による遅刻、早退及び欠勤を全て承認するとともに、Gにおいて午前10時から午後4時又は午後5時まで勤務したいという✕の希望には直ちに応じることができなかった(本件各証拠によっても、Y社において当該希望に応じることが容易であったといった事情を認めることはできない。)ものの、✕に対し、従前の勤務より業務量及び勤務時間の両面において相当に負担が軽減される本件提案内容のとおりの勤務を提案していたものであり、これらのY社の対応が労働基準法第65条第3項等に反し、違法であるということはできない。
さらに、上記のとおりの本件提案内容を提案するに至った経緯や、本件提案内容においても、✕の体調次第では人員が足りている午後3時までは連絡すれば出勤しなくてもよいとの柔軟な対応がされていたことからすると、本件提案内容自体、今後の状況の変化に関わらず一切の変更の余地のない最終的かつ確定的なものではなく、Y社は、平成30年4月3日及び同月4日の時点においても、今後の✕の勤務について、✕の体調やY社の人員体制等を踏まえた調整を続けていく意向を有していたことがうかがわれる(✕は、Y社において高い評価を受けており、✕とJ店長及びK部長との間のLINEメールによるやり取りからも、J店長やK部長から厚い信頼を得ていたことがうかがわれ、Y社において、✕が退職せざるを得ない方向で話が進んでいくことを望んでいたと認めることもできない。)。
なお、J店長は、同月3日、✕に対し、自分の好きな場所で好きな時間帯に働きたいというのであれば、アルバイト従業員の働き方と同じであり、✕の希望次第では契約社員やアルバイトへの雇用形態の変更を検討することも可能である旨を伝えていたものの、上記のY社の対応を踏まえれば、一つの選択肢を示したに過ぎないことは明らかであり、このことをもって、雇用形態の変更を強いたということはできない。 これらの事情によれば、✕の退職が実質的にみてY社による解雇に該当すると認めることはできない。

イそうすると、争点②について判断するまでもなく、✕の退職が実質的にみてY社による解雇に該当することを前提とする前記第1の1から3までの✕の各請求は、いずれも理由がないこととなる。

2022年(令和4年)1月1日より「雇用保険マルチジョブホルダー制度」が新設されます

2022年(令和4年)1月1日より「雇用保険マルチジョブホルダー制度」が新設されます


1.雇用保険マルチジョブホルダー制度とは

従来の雇用保険制度は、主たる事業所での労働条件が週所定労働時間20時間以上 かつ31日以上の雇用見込み等の適用要件を満たす場合に適用されます。 これに対し、雇用保険マルチジョブホルダー制度は、複数の事業所で勤務する65歳以上 の労働者が、そのうち2つの事業所での勤務を合計して以下の適用対象者の要件を満た す場合に、本人からハローワークに申出を行うことで、申出を行った日から特例的に雇用保険の被保険者(マルチ高年齢被保険者)となることができる制度です。

https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000838542.pdf

マルチ高年齢被保険者であった方が失業した場合※1には、一定の要件※2を満たせば、 高年齢求職者給付金(被保険者であった期間に応じて基本手当日額※3の30日分または 50日分の一時金)を受給することができるようになります。
※1 2つの事業所のうち1つの事業所のみを離職した場合でも受給することができます。 ただし、上記2つの事業所以外の事業所で就労をしており、離職していないもう1つの事業所と 当該3つ目の事業所を併せて、マルチ高年齢被保険者の要件を満たす場合は、被保険者期間が 継続されるため、受給することができません。
※2 離職の日以前1年間に、被保険者期間が通算して6か月以上あること等の要件があります。
※3 原則として離職の日以前の6か月間に支払われた賃金の合計を180で割って算出した金額の、 およそ5~8割となっており、賃金の低い方ほど高い率となります。

2.雇用保険マルチジョブホルダー制度の適用対象者

マルチ高年齢被保険者となるには、労働者が以下の要件をすべて満たすことが必要です。雇 用保険マルチジョブホルダー制度の場合、雇用保険の適用には本人の申出が必要です。 加入後の取扱いは通常の雇用保険の被保険者と同様で、任意脱退はできません。

  1. 複数の事業所に雇用される65歳以上の労働者であること
  2. 2つの事業所(1つの事業所における1週間の所定労働時間が5時間以上20時間 未満)の労働時間を合計して1週間の所定労働時間が20時間以上であること
  3. 2つの事業所のそれぞれの雇用見込みが31日以上であること

f:id:sr-memorandum:20211011205258p:plain

3.基本的な手続の流れ

通常、雇用保険資格の取得・喪失手続は、事業主が行いますが、雇用保険マルチジョブホル ダー制度は、マルチ高年齢被保険者としての適用を希望する本人が手続を行う必要があります。
事業主の皆さまは、本人からの依頼に基づき、手続に必要な証明(雇用の事実や所定労働時間など)を行ってください。これを受けて、本人が、適用を受ける2社の必要書類を揃えてハローワークに申し出ます。
なお、当該手続は、電子申請での届出は行っておりませんのでご留意願います。
f:id:sr-memorandum:20211011205749p:plain

4.事業主の皆さまへのお願いと注意点

マルチジョブホルダーが雇用保険の適用を受けるためには、事業主の皆さまの協力が必要不可欠です。労働者から手続に必要な証明を求められた場合は、速やかなご対応をお願いします。
事業主の協力が得られない場合は、ハローワークから事業主に対して確認を行います。 雇用保険の成立手続が済んでいない場合は、別途手続が必要になります。
マルチジョブホルダーが申出を行ったことを理由として、解雇や雇止め、労働条件の不利益変更など、不利益な取扱いを行うことは法律上禁じられています。
マルチジョブホルダーがマルチ高年齢被保険者の資格を取得した日から雇用保険料の納付義務が発生します。


Q&A~雇用保険マルチジョブホルダー制度~
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000139508_00002.html

経団連による「副業・兼業の促進~働き方改革フェーズⅡとエンゲージメント向上を目指して」の公表

経団連による「副業・兼業の促進~働き方改革フェーズⅡとエンゲージメント向上を目指して」の公表

日本経済団体連合会より、「副業・兼業の促進~働き方改革フェーズⅡとエンゲージメント向上を目指して」という報告書が公表されています。
本報告書は、これから副業・兼業を積極的に活用したいと考える企業の 参考となるよう、副業・兼業の重要性や目的を改めて整理するとともに、先進的に取り組んでいる企業事例を通じて得られた効果的な施策などについて取りまとめたものです。
ぜひ、ご参考にしてください。

http://www.keidanren.or.jp/policy/2021/090.html

(はじめにより抜粋)
経団連は、Society 5.0 for SDGs の実現に向けて、意識と実態の変革を 促す「働き方改革」を推進してきた。新型コロナウイルスの感染拡大の前から、企業を取り巻く経営環境が激変しており、ポストコロナ時代を見据え、各企業は新しい働き方のスタイルを模索している。
こうした中、経団連は 2020 年 11 月に「。新成長戦略」を取りまとめた。 企業にとって特に重要なステークホルダーである働き手の多様な価値観や働き 方を尊重し、その活躍を促していくことが、エンゲージメントを高め、生産性の向上やイノベーションの創出につながることを指摘した。
エンゲージメントを高める施策はさまざまである。副業・兼業は、自身の能力 をひとつの企業にとらわれずに幅広く発揮したい、本業以外の仕事を通じてスキ ルアップを図りたいといった働き手の多様なニーズに応えること、他方、企業に とっては優秀な人材の確保や、社内では得がたい知見を活かしたイノベーションの創出が見込まれる取り組みとして、注目が高まっている。
本報告書は、主にこれから副業・兼業を積極的に活用したいと考える企業の 参考となるよう、副業・兼業の重要性や目的を改めて整理するとともに、先進的に取り組んでいる企業事例を通じて得られた効果的な施策などについて取りまとめたものである。
なお、副業・兼業の中には単なる収入補填だけを目的としたものも存在するが、 一定の専門性やスキルなどを持った働き手がその能力をさらに高めることを 目的としたものとは性質が異なるため、分けて考える必要がある。本書は、キャ リアアップや新たな知見の獲得といった、エンゲージメントの向上に資する 副業・兼業を対象としている。

f:id:sr-memorandum:20211011203955p:plain


http://www.keidanren.or.jp/policy/2021/090.html


【もくじ】
はじめに

第1部 なぜ今、副業・兼業の促進が求められているか
1.働き手のエンゲージメントを高め、働き方改革フェーズⅡを推進する
2.「働きがい」と「働きやすさ」を高める施策
3.副業・兼業を容易にする環境整備と多様化する働き手の価値観
4.各社の実態にあわせた副業・兼業の施策導入を
Column 「副業・兼業」の定義

第2部 副業・兼業の促進に向けて
Ⅰ.目的の整理と導入効果 -企業の取り組み事例から紐解く-
1.副業・兼業の導入目的
2.副業・兼業を認める契機
3.他の施策との整合性
4.副業・兼業によるメリットや効果
5.リテンションとしての副業・兼業
6.健康確保を前提とした施策導入検討を

Ⅱ.多様な副業・兼業の施策

Ⅲ.副業・兼業の施策検討における留意点
1.労働時間の通算・管理
2.健康確保・安全配慮義務の履行
3.その他(競業避止・秘密保持 等)
Column 副業・兼業者インタビュー

第3部 企業事例編
(※五十音順/リンク先は各社別PDF)
1.株式会社IHI
2.ANAホールディングス株式会社
3.SMBC日興証券株式会社
4.カゴメ株式会社
5.株式会社JTB
6.株式会社静岡銀行
7.株式会社新生銀行
8.ダイハツ工業株式会社
9.株式会社ディー・エヌ・エー
10.東京海上日動火災保険株式会社
11.株式会社みずほフィナンシャルグループ
12.三菱地所株式会社
13.ライオン株式会社
14.ライフネット生命保険株式会社
15.ヤフー株式会社

ダイレックス事件(長崎地判令3.2.26労経速2455号24頁)

ダイレックス事件(長崎地判令3.2.26労経速2455号24頁)

変形労働時間制が無効とされ、割増賃金請求が認められたほか、参加を事実上強制した研修の受講量の返還合意が無効とされた例

1.事件の概要

①甲事件

Y社(日用雑貨、化粧雑貨、衣料品、テープ用品、スポーツ用品、食料品、文房具、日曜大工用品、ペット用品、カー用品、家庭園芸用品、家電薬品、薬品、酒類、灯油等の販売を目的とする株式会社であり、店舗である「Z」を経営している。)の従業員であった✕(薬品の登録販売者の資格を保有)が、平成26年7月2日から同28年8月31日まで、時間外労働等を行ったと主張して、労働契約に基づいて、Y社に対し、割増賃金260万円及び労働基準法114条に基づいて、Y社に対し、付加金179万年余等の支払いを求める事案である。
Y社の就業規則には、毎月1日を起算日とする1か月単位の変形労働時間制をとること、所定労働時間は1か月を平均して1週間40時間とすること、その所定労働日、所定労働日ごとの始業及び終業時間は事前に作成する稼働計画表により通知することが定められており、各店舗の店長は、店舗の全従業員分について、前月末頃、翌月分の稼働計画表を作成し、店舗内に掲示していた。そして、同計画表には、当月の各日における出勤日と公休日の区別、出勤日について出社時間、退社時間、休憩時間が具体的に記載されていた。
これにより設定された労働時間の合計は、1か月の所定労働時間(例えば1か月の歴日数が31日の場合は177時間とされていた)に、あらかじめ30時間が加算されたものであった。なお、Y社では、社員及びパートタイム従業員が、店舗に設置された共有パソコンのD-Netというシステムに自分のIDでログインして勤務時間管理のページに入り、「出社」、「退社」、「休憩開始」、「休憩終了」のボタンを押して打刻することで、労働時間管理が行われていたところ、各従業員が打刻した勤務時間は、店長が後に修正することができた。

②乙事件

本件乙事件(なお、乙事件はY社が✕を被告として訴訟を提起した事案である。原告を✕、被告をYとして記載するのが通常ですが、混同を避けるため被告✕、原告Y社として記載する)は、Y社において、①✕が、Y社に在職中に聴講したセミナーの受講料について、Y社との間で、受講から2年以内にY社を退職した場合にはY社にこれを支払う旨を合意したところ、受講から2年経過前にY社を退職したと主張して、無名契約たる上記合意に基づいて、✕に対し、受講料14万円余等の支払い、②✕が、上記受講に当たって要した交通費について、受講後2年間、雇用契約が継続された場合には支払義務が免除されることを条件に、Y社からこれを借り受けたところ、上記のとおりにY社を退職したと主張して、上記消費貸借契約に基づいて、✕に対し、貸金20万円余等の支払い、③✕が、上記受講に当たって要した宿泊費について、✕に代わってこれを支払ったY社との間で、受講後2年間、雇用契約が継続された場合には支払義務が免除されることを条件に、✕のY社に対する精算金支払債務を消費貸借の目的とすることに合意したところ、上記のとおりY社を退職したと主張して、上記準消費貸借契約に基づいて、✕に対し、貸金6万2270円等の支払いを求める事案である。
Y社の親会社である訴外Q1社は、研修システムを構築しており、その社員及びその関連会社の社員を対象とするセミナーを開催しており(以下「本件セミナー」という。)、Y社の社員が参加することがあった。本件セミナーの内容は、店舗で販売されるQ1社のPB商品の説明が主であり、会場はY社本社またはY社店舗で、受講料等の宿泊費及び交通費もY社が負担していた。また、✕は上司に当たるエリア長及び店長から正社員になるための要件であるとして受講するよう言われ、店長も✕の受講に合わせてシフトを変更していた。なお、✕が作成したY社宛の平成24年3月11日付け「教育セミナー受講誓約書」(以下「本件誓約書」という。)には、本件セミナーを受講するに当たって、「教育セミナーを受講期間中もしくは受講終了後2年以内に退社した場合は、会社が負担した全ての費用を全額返納します。」との記載があった。

2.判決の概要

争点1 1か月単位の変形労働時間制の適用

変形労働時間制が有効であるためには、変形期間である1か月の平均労働時間が1週間当たり40時間以内でなければならない(労働基準法32条の2第1項、32条1項)。1か月の歴日数が31日の場合の労働時間は177.1時間である。
 40÷7×31=177.14
どうであるのに、Y社の稼働計画表では、✕の労働時間は、1か月の所定労働時間(1か月の暦日数31日の場合は177時間などとされる。)にあらかじめ30時間が加算(1か月の暦日数が31日の場合は207時間など)されて定められているのであるから、1か月の平均労働時間が1週間当たり40時間以内でなければならないとする法の定めを満たさない。
したがって、Y社の定める変形労働時間制は無効であるから、本件において適用されない。

争点2 始就業時刻

(ア) Y社は、正確に勤務実態に沿って打刻操作を行い、時間外労働を行った場合には必ず事実どおりに申請することを強く求めており、D-net上の打刻データと異なる労働がなされることなどあり得ないし、1分単位で残業申請をするよう求めており、申請がないということは労働がなされていないことを意味すると主張する。
しかし、Y社は、そのように強く求めていた等と主張するものの、所定労働時間内に仕事が終わらなかった場合、従業員に対してどのように対応すればよいのか具体的に指示をした形跡は見当たらず、単なる理念を述べるに過ぎない。ましてや、客観的な事実として、✕は、退社の打刻後にメールを送信するなど労働していたことは明らかである上、メールの宛先には、エリア長や店長が含まれていたし、警備セットの時刻も記録されいたのであるから、Y社は、D-net上には記録されない時間外労働が行われていたことを十分に認識していたというべきであって、そうであるのに、記録のない時間外労働が繰り返されているということは、Y社もこのような実態を把握し、認容していたというほかない。従って、Yの上記主張は採用することはできない。

(イ)Y社は、メールの送信や警備のセットは、その時間に✕が店舗に存在していた蓋然性が高いことを示すものの、D-net上の打刻時間との間に労働したことを示すものではないと主張する。
しかし、記録を精査しても、✕が、D-netに退社の打刻をした後、メール送信や警備のセットまでの間、閉店作業を行わずにただ休憩をとったり、私的なことに時間を費やしたりしていた形跡は全く見受けられない。むしろ、✕は、連日の長時間労働を重ねていたのであるから、D-netに打刻した時点で既に業務が終わっていたというのであれば、直ちに帰宅するものと思われる。Y社の上記主張は単なる可能性をいうものに過ぎず、採用することはできない。

ア 始業時刻
(ア)✕は、基本的にD-net上の打刻から直ちに始業していた旨を主張し、同趣旨の供述等をする。
店舗は人員不足で繁忙であり、所定の始業時刻まで休んでいる余裕はなかったという✕の供述等の信用性を否定すべき事情は見当たらず、上記供述等は信用できる。
したがって、始業時刻は、原則として、D-net上の打刻時間のとおりに認められる。
(イ)また、✕が警備セットを解除した場合、その時間をもって始業時刻とするのが相当である。
(ウ)さらに、✕は、稼働計画表で出社が午後の遅い時間に設定されていた場合は、午後0時又は午後1時には出社していた旨を主張し、同趣旨の供述等をする。
これについては、稼働計画表上、出社を遅い時刻としつつも、それよりも早い時刻から労働していたことがあったと認められる。そして、始業時刻が午後0時か午後1時のいずれかであるかについて、✕は、当時の発注業務があった場合には午後0時であり、それ以外は午後1時であったとして、合理的な説明に基づいて供述等をしており、信用できる。
したがって、出社時刻が午後の遅い時間に設定されている場合、始業時刻は、✕の主張に従って、午後0時又は午後1時と認められる。

イ 終業時刻
(ア)退社の打刻後にメールした場合や、✕自身が警備セットをした場合には、それら時間をもって終業時刻であると認められる。
(イ)また、✕ではなく別の従業員が警備をセットした日であっても、✕が閉店(午後10時)以降に退社の打刻をした日は、打刻後も閉店作業を行い、他の従業員と一緒に店舗から出たと考えられることから、その警備セットがなされた時刻をもって終業時刻と認められる。ただし、✕が退社の打刻時刻をもって終業時刻であると主張している場合は、それによる。
(ウ)15分単位でのカウントを避けるために1から3分の修正をしているものは、修正前が終業時刻であると認められる。
※打刻時間が修正されていたものが少なくなく、退社時刻を1分から3分早めるというものがあり、午後10時14分に修正されたものが10件、午後3時14分に修正されたものが1件ありました。これら11件のうち8件において、当該月のD-net上の実労働時間外労働は30時間で記録されていましたが、これは、Y社での時間管理が15分単位であり、これを超えると0.25時間の時間外労働にカウントされることから、14分までに退社したことにして、時間外労働としてカウントされないようにしたものと認定されました。
(エ)宿泊を伴い本件セミナーに参加した日の前日は午後5時までの労働を認めるのが相当である。
(オ)(ア)から(エ)を除く外は、D-net上の打刻をもって終業時刻と認めるのが相当である。✕が主張する具体的な終業時間の中には手書きで記載した時刻をいうものがあるが、これらは客観的な裏付けを欠いており、採用することができない。

争点3 休憩時間

✕は1回5から10分程度、1日3、4回で、合計15分から20分程度の休憩をとっていた旨を主張し、同趣旨の供述等をする。
✕につき、実労働日数の50%を超える日で、休憩の終了時刻と退社時刻がほぼ同じで記録されており、稼働計画表どおりに休憩が取れていないことが常態化していたといえる。その上、休憩時刻についても修正が施されるなどしていることからすれば、休憩時間の認定にはD-net上の記録は意味をなさないといわざるを得ない。そうすると、✕としては、上記のとおりの供述等によって立証するほかなく、Y社がこれを明確に覆すに足りる反証をなさない限り、上記供述等の信用性を認めるのが相当である。そこで、Y社による反証を見ると、せいぜいP4において、✕の休憩時間を合計すると稼働計画表のそれを超えるなどと証言等するにとどまり、明確な反証ができているとはいえない。

争点4 研修の労働時間性

労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令かに置かれている時間をいうのであって、これに該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか客観的に定める(最高裁判所平成12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3月801頁 三菱重工業長崎造船所(一次訴訟・会社側上告)事件
これを本件につき見ると、本件セミナーの内容は、店舗で販売されるQ1社のPB商品の説明が主なものであること、本件セミナーの会場は、Y社本社又はY社店舗であったこと、受講料等はY社が負担し、宿泊の場合のホテルもY社が指定していたことからすれば、本件セミナーはY社の業務との関連性が認められる。また、✕は上司に当たるエリア長及び店長から正社員になるための要件であるとして受講するように言われていた上、店長も✕の受講に合わせてシフトを変更していたのであるから、受講前に受信したメールに「自由参加です」との記載があるとしても、それへの参加が事実上、強制されていたというべきである。そうすると、本件セミナーの受講は使用者であるY社の指揮命令下に置かれたものと客観的に定めるものといえるから、その参加時間は労働時間であると認められる。

争点5 本件合意の労働基準法16条該当性

本件セミナーの受講は労働時間と認められ、その受講料等は本来的にY社が負担すべきものと考えられること、その内容に汎用性を見出し難いから、他の職に移ったとしても本件セミナーでの経験を生かせるとまでは考えられず、そうすると、本件合意は従業員の雇用契約から離れる自由を制限するものといわざわるを得ないこと、受講料等の具体的金額は事前に知らされておらず、従業員においてY社に負担する金額を尋ねることはできるとはいっても、これをすることは退職の意思があると表明するに等しく、事実上困難というべきであって、従業員の予測可能性が担保されていないこと、その額も合計40万円を超えるものであり、✕の手取給与額(平成26年8月から平成28年9月までで月額15万円から26万円。平均すると、月額約18万6000円。ただし、平成27年4月以降は家族手当を含む。)と比較して、決して少額とはいえないことからすれば、本件合意につきY社が主張するような法的形式をとるとしても、その実質においては、労働基準法16条にいう違約金の定めにあたるというべきである。

3.解説

①変形労働時間制について

変形労働時間制が有効であるためには、変形期間である1か月の平均労働時間が1週間当たり40時間以内である必要があり、これを超過した時間が予め設定された本件の変形労働時間制は無効とされました。
変形労働制であっても、残業を命じることはできますが、稼働計画表(シフト表)は法定の要件を満たしたものを作成する必要があります。残業が常態化しているとしても、予め残業を見込んだ稼働計画表を作成することはできません。
また、こういう稼働計画表を作成していたことが、残業が常態化していたことを示しており、「店舗は人員不足で繁忙であり、所定の始業時刻まで休んでいる余裕はなかったという✕の供述等の信用性を否定すべき事情は見当たらず、上記供述等は信用できる。」という判断にもつながっていると思われます。

②本件合意の労働基準法16条該当性について

労働基準法16条は、労働契約の不履行に対して、違約金や損害賠償を予定することを禁止しています。

(賠償予定の禁止)
第十六条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

例えば、「途中でやめたら、違約金を払え」という違約金や「会社に損害を与えたら○○円払え」という損害賠償額の予定を事前に盛り込むことが禁止されています。
戦前、労働契約の締結に際し、契約期間の途中で労働者が退職した場合は一定の違約金を支払う約定や、労働契約の諸種の契約違反や不法行為について損害賠償を予定する約定が行われ、労働者の足止めや身分的従属の創出に利用されていたという経緯があり、拘束的労働慣行を防ぐ趣旨です。
今日では、前近代的な違約金約定は見かけられませんが、労働者の能力開発促進の費用を金銭消費貸借契約として労働者に貸付、一定期間勤務することで返還免除するという形式を取るものが見受けられ、同条に抵触しないかが問題となることがあります。
この点について、判例は、労働者の能力開発促進の業務性の有無を重視する傾向にあります
つまり、研修の経緯・内容に照らして、当該企業の業務との関連性が強く労働者個人としての利益性が弱い場合は、本来使用者が負担すべき費用を一定期間以内に退職しようとする労働者に支払わせるものであって、就労継続を強制する違約金・賠償予定の定めとなり、労基法16条に抵触するとされます。
一方、業務性が薄く個人の利益性が強い場合には、本来労働者が負担すべき費用を労働契約とは別個の債務免除特約付消費貸借契約で使用者が貸し付けたものであって、労働契約の不履行についての違約金・賠償予定の定め該当せず、労基法16条に抵触しないと判断されています。
本件セミナーについては、「その内容に汎用性を見出し難いから、他の職に移ったとしても本件セミナーでの経験を生かせるとまでは考えられず」、当該企業の業務との関連性が強く労働者個人としての利益性が弱いと判断され、労基法16条に抵触するとされました。ただし、本件では、本件セミナーの受講が事実上強制されていたことから労働時間であり、その受講料等は本来的にY社が負担すべきものでした。

育児介護休業法改正のポイント

育児介護休業法改正のポイント

男女とも仕事と育児を両立できるように、産後パパ育休制度(出生時育児休業制度、P2参照) の創設や雇用環境整備、個別周知・意向確認の措置の義務化などの改正が行われました。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000789715.pdf

令和4年4月1日施行

1.雇用環境整備、個別の周知・意向確認の措置の義務化

育児休業を取得しやすい雇用環境の整備

育児休業と産後パパ育休の申し出が円滑に行われるようにするため、事業主は以下の いずれかの措置を講じなければなりません。
※複数の措置を講じることが望ましいです。
育児休業・産後パパ育休に関する研修の実施
育児休業・産後パパ育休に関する相談体制の整備等(相談窓口設置)
③ 自社の労働者の育児休業・産後パパ育休取得事例の収集・提供
④ 自社の労働者へ育児休業・産後パパ育休制度と育児休業取得促進に関する方針の周知

● 妊娠・出産(本人または配偶者)の申し出をした労働者に対する 個別の周知・意向確認の措置

本人または配偶者の妊娠・出産等を申し出た労働者に対して、事業主は育児休業制度等に関する 以下の事項の周知と休業の取得意向の確認を、個別に行わなければなりません。
※取得を控えさせるような形での個別周知と意向確認は認められません。
f:id:sr-memorandum:20211004212354p:plain
※雇用環境整備、個別周知・意向確認とも、産後パパ育休については、令和4年10月1日から対象。

2.有期雇用労働者の育児・介護休業取得要件の緩和

f:id:sr-memorandum:20211004212659p:plain

令和4年10月1日施行

3.産後パパ育休(出生時育児休業)の創設 4.育児休業の分割取得

f:id:sr-memorandum:20211004213056p:plain

※1 雇用環境の整備などについて、今回の改正で義務付けられる内容を上回る取り組みの実施を労使協定で 定めている場合は、1か月前までとすることができます。
※2 具体的な手続きの流れは以下①~④のとおりです。
①労働者が就業してもよい場合は、事業主にその条件を申し出
②事業主は、労働者が申し出た条件の範囲内で候補日・時間を提示(候補日等がない場合はその旨) ③労働者が同意
④事業主が通知
なお、就業可能日等には上限があります。
●休業期間中の所定労働日・所定労働時間の半分
●休業開始・終了予定日を就業日とする場合は当該日の所定労働時間数未満
例)所定労働時間が1日8時間、1週間の所定労働日が5日の労働者が、 休業2週間・休業期間中の所定労働日10日・休業期間中の所定労働時間80時間の場合
⇒ 就業日数上限5日、就業時間上限40時間、休業開始・終了予定日の就業は8時間未満
f:id:sr-memorandum:20211004213347p:plain
産後パパ育休も育児休業給付(出生時育児休業給付金)の対象です。休業中に就業日がある場合は、就業日数が最大 10日(10日を超える場合は就業している時間数が80時間)以下である場合に、給付の対象となります。
注:上記は28日間の休業を取得した場合の日数・時間。休業日数が28日より短い場合は、その日数に比例して短くなります。
育児休業給付については、最寄りのハローワークへお問い合わせください。

f:id:sr-memorandum:20211004213912p:plain

育児休業等を理由とする不利益取り扱いの禁止・ハラスメント防止

育児休業等の申し出・取得を理由に、事業主が解雇や退職強要、正社員からパートへの契約変更等の不利益な取 り扱いを行うことは禁止されています。今回の改正で、妊娠・出産の申し出をしたこと、産後パパ育休の申し 出・取得、産後パパ育休期間中の就業を申し出・同意しなかったこと等を理由とする不利益な取り扱いも禁止さ れます。
また、事業主には、上司や同僚からのハラスメントを防止する措置を講じることが義務付けられています。
ハラスメントの典型例
育児休業の取得について上司に相談したら「男のくせに育児休業を取るなんてあり得ない」と言われ、 取得を諦めざるを得なかった。
・産後パパ育休の取得を周囲に伝えたら、同僚から「迷惑だ。自分なら取得しない。あなたもそうすべき。」 と言われ苦痛に感じた。

令和5年4月1日施行

5.育児休業取得状況の公表の義務化

従業員数1,000人超の企業は、育児休業等の取得の状況を年1回公表すること が義務付けられます。
公表内容は、男性の「育児休業等の取得率」または「育児休業等と育児目的休暇の取得率」と省令で定められる予定です。