社会保険労務士川口正倫のブログ

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ダイレックス事件(長崎地判令3.2.26労経速2455号24頁)

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ダイレックス事件(長崎地判令3.2.26労経速2455号24頁)

変形労働時間制が無効とされ、割増賃金請求が認められたほか、参加を事実上強制した研修の受講量の返還合意が無効とされた例

1.事件の概要

①甲事件

Y社(日用雑貨、化粧雑貨、衣料品、テープ用品、スポーツ用品、食料品、文房具、日曜大工用品、ペット用品、カー用品、家庭園芸用品、家電薬品、薬品、酒類、灯油等の販売を目的とする株式会社であり、店舗である「Z」を経営している。)の従業員であった✕(薬品の登録販売者の資格を保有)が、平成26年7月2日から同28年8月31日まで、時間外労働等を行ったと主張して、労働契約に基づいて、Y社に対し、割増賃金260万円及び労働基準法114条に基づいて、Y社に対し、付加金179万年余等の支払いを求める事案である。
Y社の就業規則には、毎月1日を起算日とする1か月単位の変形労働時間制をとること、所定労働時間は1か月を平均して1週間40時間とすること、その所定労働日、所定労働日ごとの始業及び終業時間は事前に作成する稼働計画表により通知することが定められており、各店舗の店長は、店舗の全従業員分について、前月末頃、翌月分の稼働計画表を作成し、店舗内に掲示していた。そして、同計画表には、当月の各日における出勤日と公休日の区別、出勤日について出社時間、退社時間、休憩時間が具体的に記載されていた。
これにより設定された労働時間の合計は、1か月の所定労働時間(例えば1か月の歴日数が31日の場合は177時間とされていた)に、あらかじめ30時間が加算されたものであった。なお、Y社では、社員及びパートタイム従業員が、店舗に設置された共有パソコンのD-Netというシステムに自分のIDでログインして勤務時間管理のページに入り、「出社」、「退社」、「休憩開始」、「休憩終了」のボタンを押して打刻することで、労働時間管理が行われていたところ、各従業員が打刻した勤務時間は、店長が後に修正することができた。

②乙事件

本件乙事件(なお、乙事件はY社が✕を被告として訴訟を提起した事案である。原告を✕、被告をYとして記載するのが通常ですが、混同を避けるため被告✕、原告Y社として記載する)は、Y社において、①✕が、Y社に在職中に聴講したセミナーの受講料について、Y社との間で、受講から2年以内にY社を退職した場合にはY社にこれを支払う旨を合意したところ、受講から2年経過前にY社を退職したと主張して、無名契約たる上記合意に基づいて、✕に対し、受講料14万円余等の支払い、②✕が、上記受講に当たって要した交通費について、受講後2年間、雇用契約が継続された場合には支払義務が免除されることを条件に、Y社からこれを借り受けたところ、上記のとおりにY社を退職したと主張して、上記消費貸借契約に基づいて、✕に対し、貸金20万円余等の支払い、③✕が、上記受講に当たって要した宿泊費について、✕に代わってこれを支払ったY社との間で、受講後2年間、雇用契約が継続された場合には支払義務が免除されることを条件に、✕のY社に対する精算金支払債務を消費貸借の目的とすることに合意したところ、上記のとおりY社を退職したと主張して、上記準消費貸借契約に基づいて、✕に対し、貸金6万2270円等の支払いを求める事案である。
Y社の親会社である訴外Q1社は、研修システムを構築しており、その社員及びその関連会社の社員を対象とするセミナーを開催しており(以下「本件セミナー」という。)、Y社の社員が参加することがあった。本件セミナーの内容は、店舗で販売されるQ1社のPB商品の説明が主であり、会場はY社本社またはY社店舗で、受講料等の宿泊費及び交通費もY社が負担していた。また、✕は上司に当たるエリア長及び店長から正社員になるための要件であるとして受講するよう言われ、店長も✕の受講に合わせてシフトを変更していた。なお、✕が作成したY社宛の平成24年3月11日付け「教育セミナー受講誓約書」(以下「本件誓約書」という。)には、本件セミナーを受講するに当たって、「教育セミナーを受講期間中もしくは受講終了後2年以内に退社した場合は、会社が負担した全ての費用を全額返納します。」との記載があった。

2.判決の概要

争点1 1か月単位の変形労働時間制の適用

変形労働時間制が有効であるためには、変形期間である1か月の平均労働時間が1週間当たり40時間以内でなければならない(労働基準法32条の2第1項、32条1項)。1か月の歴日数が31日の場合の労働時間は177.1時間である。
 40÷7×31=177.14
どうであるのに、Y社の稼働計画表では、✕の労働時間は、1か月の所定労働時間(1か月の暦日数31日の場合は177時間などとされる。)にあらかじめ30時間が加算(1か月の暦日数が31日の場合は207時間など)されて定められているのであるから、1か月の平均労働時間が1週間当たり40時間以内でなければならないとする法の定めを満たさない。
したがって、Y社の定める変形労働時間制は無効であるから、本件において適用されない。

争点2 始就業時刻

(ア) Y社は、正確に勤務実態に沿って打刻操作を行い、時間外労働を行った場合には必ず事実どおりに申請することを強く求めており、D-net上の打刻データと異なる労働がなされることなどあり得ないし、1分単位で残業申請をするよう求めており、申請がないということは労働がなされていないことを意味すると主張する。
しかし、Y社は、そのように強く求めていた等と主張するものの、所定労働時間内に仕事が終わらなかった場合、従業員に対してどのように対応すればよいのか具体的に指示をした形跡は見当たらず、単なる理念を述べるに過ぎない。ましてや、客観的な事実として、✕は、退社の打刻後にメールを送信するなど労働していたことは明らかである上、メールの宛先には、エリア長や店長が含まれていたし、警備セットの時刻も記録されいたのであるから、Y社は、D-net上には記録されない時間外労働が行われていたことを十分に認識していたというべきであって、そうであるのに、記録のない時間外労働が繰り返されているということは、Y社もこのような実態を把握し、認容していたというほかない。従って、Yの上記主張は採用することはできない。

(イ)Y社は、メールの送信や警備のセットは、その時間に✕が店舗に存在していた蓋然性が高いことを示すものの、D-net上の打刻時間との間に労働したことを示すものではないと主張する。
しかし、記録を精査しても、✕が、D-netに退社の打刻をした後、メール送信や警備のセットまでの間、閉店作業を行わずにただ休憩をとったり、私的なことに時間を費やしたりしていた形跡は全く見受けられない。むしろ、✕は、連日の長時間労働を重ねていたのであるから、D-netに打刻した時点で既に業務が終わっていたというのであれば、直ちに帰宅するものと思われる。Y社の上記主張は単なる可能性をいうものに過ぎず、採用することはできない。

ア 始業時刻
(ア)✕は、基本的にD-net上の打刻から直ちに始業していた旨を主張し、同趣旨の供述等をする。
店舗は人員不足で繁忙であり、所定の始業時刻まで休んでいる余裕はなかったという✕の供述等の信用性を否定すべき事情は見当たらず、上記供述等は信用できる。
したがって、始業時刻は、原則として、D-net上の打刻時間のとおりに認められる。
(イ)また、✕が警備セットを解除した場合、その時間をもって始業時刻とするのが相当である。
(ウ)さらに、✕は、稼働計画表で出社が午後の遅い時間に設定されていた場合は、午後0時又は午後1時には出社していた旨を主張し、同趣旨の供述等をする。
これについては、稼働計画表上、出社を遅い時刻としつつも、それよりも早い時刻から労働していたことがあったと認められる。そして、始業時刻が午後0時か午後1時のいずれかであるかについて、✕は、当時の発注業務があった場合には午後0時であり、それ以外は午後1時であったとして、合理的な説明に基づいて供述等をしており、信用できる。
したがって、出社時刻が午後の遅い時間に設定されている場合、始業時刻は、✕の主張に従って、午後0時又は午後1時と認められる。

イ 終業時刻
(ア)退社の打刻後にメールした場合や、✕自身が警備セットをした場合には、それら時間をもって終業時刻であると認められる。
(イ)また、✕ではなく別の従業員が警備をセットした日であっても、✕が閉店(午後10時)以降に退社の打刻をした日は、打刻後も閉店作業を行い、他の従業員と一緒に店舗から出たと考えられることから、その警備セットがなされた時刻をもって終業時刻と認められる。ただし、✕が退社の打刻時刻をもって終業時刻であると主張している場合は、それによる。
(ウ)15分単位でのカウントを避けるために1から3分の修正をしているものは、修正前が終業時刻であると認められる。
※打刻時間が修正されていたものが少なくなく、退社時刻を1分から3分早めるというものがあり、午後10時14分に修正されたものが10件、午後3時14分に修正されたものが1件ありました。これら11件のうち8件において、当該月のD-net上の実労働時間外労働は30時間で記録されていましたが、これは、Y社での時間管理が15分単位であり、これを超えると0.25時間の時間外労働にカウントされることから、14分までに退社したことにして、時間外労働としてカウントされないようにしたものと認定されました。
(エ)宿泊を伴い本件セミナーに参加した日の前日は午後5時までの労働を認めるのが相当である。
(オ)(ア)から(エ)を除く外は、D-net上の打刻をもって終業時刻と認めるのが相当である。✕が主張する具体的な終業時間の中には手書きで記載した時刻をいうものがあるが、これらは客観的な裏付けを欠いており、採用することができない。

争点3 休憩時間

✕は1回5から10分程度、1日3、4回で、合計15分から20分程度の休憩をとっていた旨を主張し、同趣旨の供述等をする。
✕につき、実労働日数の50%を超える日で、休憩の終了時刻と退社時刻がほぼ同じで記録されており、稼働計画表どおりに休憩が取れていないことが常態化していたといえる。その上、休憩時刻についても修正が施されるなどしていることからすれば、休憩時間の認定にはD-net上の記録は意味をなさないといわざるを得ない。そうすると、✕としては、上記のとおりの供述等によって立証するほかなく、Y社がこれを明確に覆すに足りる反証をなさない限り、上記供述等の信用性を認めるのが相当である。そこで、Y社による反証を見ると、せいぜいP4において、✕の休憩時間を合計すると稼働計画表のそれを超えるなどと証言等するにとどまり、明確な反証ができているとはいえない。

争点4 研修の労働時間性

労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令かに置かれている時間をいうのであって、これに該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか客観的に定める(最高裁判所平成12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3月801頁 三菱重工業長崎造船所(一次訴訟・会社側上告)事件
これを本件につき見ると、本件セミナーの内容は、店舗で販売されるQ1社のPB商品の説明が主なものであること、本件セミナーの会場は、Y社本社又はY社店舗であったこと、受講料等はY社が負担し、宿泊の場合のホテルもY社が指定していたことからすれば、本件セミナーはY社の業務との関連性が認められる。また、✕は上司に当たるエリア長及び店長から正社員になるための要件であるとして受講するように言われていた上、店長も✕の受講に合わせてシフトを変更していたのであるから、受講前に受信したメールに「自由参加です」との記載があるとしても、それへの参加が事実上、強制されていたというべきである。そうすると、本件セミナーの受講は使用者であるY社の指揮命令下に置かれたものと客観的に定めるものといえるから、その参加時間は労働時間であると認められる。

争点5 本件合意の労働基準法16条該当性

本件セミナーの受講は労働時間と認められ、その受講料等は本来的にY社が負担すべきものと考えられること、その内容に汎用性を見出し難いから、他の職に移ったとしても本件セミナーでの経験を生かせるとまでは考えられず、そうすると、本件合意は従業員の雇用契約から離れる自由を制限するものといわざわるを得ないこと、受講料等の具体的金額は事前に知らされておらず、従業員においてY社に負担する金額を尋ねることはできるとはいっても、これをすることは退職の意思があると表明するに等しく、事実上困難というべきであって、従業員の予測可能性が担保されていないこと、その額も合計40万円を超えるものであり、✕の手取給与額(平成26年8月から平成28年9月までで月額15万円から26万円。平均すると、月額約18万6000円。ただし、平成27年4月以降は家族手当を含む。)と比較して、決して少額とはいえないことからすれば、本件合意につきY社が主張するような法的形式をとるとしても、その実質においては、労働基準法16条にいう違約金の定めにあたるというべきである。

3.解説

①変形労働時間制について

変形労働時間制が有効であるためには、変形期間である1か月の平均労働時間が1週間当たり40時間以内である必要があり、これを超過した時間が予め設定された本件の変形労働時間制は無効とされました。
変形労働制であっても、残業を命じることはできますが、稼働計画表(シフト表)は法定の要件を満たしたものを作成する必要があります。残業が常態化しているとしても、予め残業を見込んだ稼働計画表を作成することはできません。
また、こういう稼働計画表を作成していたことが、残業が常態化していたことを示しており、「店舗は人員不足で繁忙であり、所定の始業時刻まで休んでいる余裕はなかったという✕の供述等の信用性を否定すべき事情は見当たらず、上記供述等は信用できる。」という判断にもつながっていると思われます。

②本件合意の労働基準法16条該当性について

労働基準法16条は、労働契約の不履行に対して、違約金や損害賠償を予定することを禁止しています。

(賠償予定の禁止)
第十六条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

例えば、「途中でやめたら、違約金を払え」という違約金や「会社に損害を与えたら○○円払え」という損害賠償額の予定を事前に盛り込むことが禁止されています。
戦前、労働契約の締結に際し、契約期間の途中で労働者が退職した場合は一定の違約金を支払う約定や、労働契約の諸種の契約違反や不法行為について損害賠償を予定する約定が行われ、労働者の足止めや身分的従属の創出に利用されていたという経緯があり、拘束的労働慣行を防ぐ趣旨です。
今日では、前近代的な違約金約定は見かけられませんが、労働者の能力開発促進の費用を金銭消費貸借契約として労働者に貸付、一定期間勤務することで返還免除するという形式を取るものが見受けられ、同条に抵触しないかが問題となることがあります。
この点について、判例は、労働者の能力開発促進の業務性の有無を重視する傾向にあります
つまり、研修の経緯・内容に照らして、当該企業の業務との関連性が強く労働者個人としての利益性が弱い場合は、本来使用者が負担すべき費用を一定期間以内に退職しようとする労働者に支払わせるものであって、就労継続を強制する違約金・賠償予定の定めとなり、労基法16条に抵触するとされます。
一方、業務性が薄く個人の利益性が強い場合には、本来労働者が負担すべき費用を労働契約とは別個の債務免除特約付消費貸借契約で使用者が貸し付けたものであって、労働契約の不履行についての違約金・賠償予定の定め該当せず、労基法16条に抵触しないと判断されています。
本件セミナーについては、「その内容に汎用性を見出し難いから、他の職に移ったとしても本件セミナーでの経験を生かせるとまでは考えられず」、当該企業の業務との関連性が強く労働者個人としての利益性が弱いと判断され、労基法16条に抵触するとされました。ただし、本件では、本件セミナーの受講が事実上強制されていたことから労働時間であり、その受講料等は本来的にY社が負担すべきものでした。