社会保険労務士川口正倫のブログ

横浜市の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ

【賃金】三菱重工業長崎造船所(一次訴訟・会社側上告)事件 (労経速報1728号5頁・民集54巻3号801頁)

三菱重工業長崎造船所(一次訴訟・会社側上告)事件 (労経速報1728号5頁・民集54巻3号801頁)

1.事件の概要

Y社長崎造船所(以下「本件造船所」という。)の従業員であるXらが、本件造船所では、完全週休2日制の実施に当たり、就業規則を変更して、所定労働時間を一日8時間(休憩時間は正午から午後1時までの1時間とする)とし、始業・終業基準として、①始業に間に合うように更衣等を完了して作業場に到着し、所定の始業時刻に実作業を開始し、②午前の終業においては所定の終業時刻に実作業を中止し、③午後の始業に当たっては右作業に間に合うように作業場に到着し、④午後の終業に当たっては所定の終業時刻に実作業を終了し、終業後に更衣等を行うこととされ、始業・終業の勤怠把握基準としては、従前の職場の入口又は控所付近に設置されたタイムレコーダーによる勤怠把握を廃止し、更衣を済ませ始業時に所定の場所にいるか否か、終業時に作業場にいるか否かを基準に判断する旨が新たに定められ、当時Xらは実作業に当たり、作業服のほか保護具、工具等の装着を義務づけられ、これを怠ると懲戒処分等を受けたり、成績査定に反映されて賃金の減収につながる場合があったところ、就業規則の定めに従って所定労働時間外に行うことを余儀なくされた。
これに対して、Xらは、①入退場門から所定の更衣所までの移動時間、②更衣所等において作業服のほか所定の保護具等を装着して準備体操場まで移動時間、③午前ないし午後の始業時刻前に副資材等の受出し・午前の始業時刻前の散水に要する時間、④午前の終業時刻後に作業場から食堂等まで移動し、現場控所等において作業服等を一部離脱する時間、⑤午後の始業時刻前に食堂等から作業場等まで、作業服等を再装着する時間、⑥午後の終業時刻後に作業場等から更衣所等まで移動してそこで作業服等を脱離する時間、⑦手洗い、洗面、洗身、入浴後に通勤服を着用する時間、⑧更衣所等から入退場門まで移動する時間が、いずれも労働基準法上の労働時間に該当するとして、8時間を越える時間外労働に該当する右諸行為に対する割増賃金等の支払いをY社に求めて提訴した。
第一審・第二審ともに、②、③及び④の諸行為に要した時間は、いずれもY社の指揮命令下に置かれているものと評価でき、労働基準法上の労働時間に該当するとしてXらの請求を一部認容し、これに対してY社が上告したのが本件である。

2.判決の概要

(判断基準)
労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)32条の労働時間(以下「労働基準法上の労働時間」という。)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である。そして、労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当すると解される。

(あてはめ)
右事実関係によれば、Xらは、Y社から、実作業に当たり、作業服及び保護具等の装着を義務付けられ、また、右装着を事業所内の所定の更衣所等において行うものとされていたというのであるから、右装着及び更衣所等から準備体操場までの移動は、Y社の指揮命令下に置かれたものと評価することができる。また、Xらの副資材等の受出し及び散水も同様である。さらに、Xらは、実作業の終了後も、更衣所等において作業服及び保護具等の脱離等を終えるまでは、いまだY社の指揮命令下に置かれているものと評価することができる。
そして、各Xが各行為に要した時間が社会通念上必要と認められるとして労働基準法上の労働時間に該当するとした原審の判断は、正当として是認することができる。

3.解説

労基法は、「休憩時間を除き・・労働させてはならない。」(第32条)としており、規制の対象となるのは休憩時間を除く、実際に労働させる時間(実労働時間)です。休憩時間と実労働時間を合わせた時間を拘束時間と呼ぶことがありますが、拘束時間は労基法によっては特に規制されていません。
実労働時間には、実際に作業に従事している時間だけではなく、作業と作業との間の待機時間である手待時間も含まれます。労基法は手持時間が特に多い労働を断続的労働として特別扱いしていることが、その表れと考えられます。

(労働時間)
第三十二条 使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。
2.使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。

(労働時間等に関する規定の適用除外)
第四十一条 この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
三 監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの

この手持時間と休憩時間は、次のように区別されます。

手持時間
使用者の指示があれば直ちに作業に従事しなければならず、その作業上の指揮命令下に置かれている時間。

休憩時間
使用者の作業上の指揮命令から離脱し、労働から解放され、労働者が自由に利用できる時間。

以上を踏まえて、通説・行政解釈は、労働時間を「労働者が使用者の指揮命令のもとにある時間」と解しており、厚生労働省のパンフレットによると、

① 使用者の明示的・黙示的な指示により労働者が業務を行う時間は労働時間に当たる。
② 労働時間に該当するか否かは、労働契約や就業規則などの定めによって決められるものではなく、客観的に見て、労働者の行為が使用者から義務づけられたものといえるか否か等によって判断される。

とされています。
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本裁判例は、通説・行政解釈を踏襲し、「労働者が、・・・使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、・・・・当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当する」との見解を最高裁判所が示したものです。

同様な見解は、大星ビル管理事件(最判小一平12.3.9労働判例822号5頁)や 大林ファシリティーズ(オークビルサービス)事件 (最判小判平19.10.19民集61巻7号2555頁)等でも示されています。