社会保険労務士川口正倫のブログ

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ドリームスタイラー事件(東京地判令2.3.23労判1239号63頁)

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ドリームスタイラー事件(東京地判令2.3.23労判1239号63頁)

1.事件の概要

本件は、✕が、平成29年4月1日に飲食店の運営等を目的とする株式会社であるY社との間で期間の定めのない労働契約(以下「本件労働契約」という。)を締結し、本件労働契約に基づいてY社の業務に従事していたが、妊娠中の平成30年4月末日をもって被告を退職したことについて、
Y社は、時短勤務を希望していた✕に対し、月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を伝え、退職を決断せざるを得なくさせたのであり、実質的に✕を解雇したものということができ、当該解雇は雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「男女雇用機会均等法」という。)第9条第4項により無効かつ違法であるなどと主張して、Y社に対し、本件労働契約に基づき、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めて提訴したのが本件である。

2.✕とY社の主張

※他にも争点がありますが、解雇についてのみ記載します。

争点① ✕の退職が実質的にみてY社による解雇に該当するか

✕の主張

ア ✕は、妊娠が判明した後、K部長に対し、平成30年3月9日にY社において時間短縮制度や産前産後休暇等の制度があるのかを確認したり、同月12日に母子手帳の産前産後の休暇制度に関する記載の写真を送付したりした。さらに、✕は、同月20日、J店長に対し、悪阻が治まるまでの間は午前10時から午後5時までの勤務に軽減してもらいたい旨を申し入れた。
しかし、Y社は、これらの✕の申入れについて正面から向き合おうとしなかった。なお、✕は、同日、J店長から、I店における勤務を提案されたものの、就業時間を午前12時から午後7時30分までに変更する旨の提案は受けておらず、同提案を受け入れたこともない。
✕は、同年4月3日、J店長から、前日に開催された定例会議において、Y社の見解として、月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば、正社員としての雇用を継続することができない旨の結論が出たことを伝えられた。✕は、同日、母親に対し、上記の内容を伝えられた旨のLINEメールを送信するとともに、東京都労働相談情報センター(東京都ろうどう110番)の助言を基に、J店長に対し、Y社における就業規則や三六協定 の有無を確認したり、時短勤務が一般的には6時間とされている旨を伝えたりした。 ✕は、同月4日、前日のJ店長とのやり取りにおいて、J店長には産休育休制度や時短勤務についての決定権限がないことを確認していたため、K部長に対して面談を申し入れた。K部長は、同日の面談において、✕に対し、就業規則の存在について曖昧な回答をするとともに、✕についてのみ月220時間以上の勤務を免除するわけにはいかないなどとJ店長と同様の見解を述べた。✕が、母子手帳にも記載のある勤務時間の短縮等について対応してもらえないのであれば、Y社において働き続けることはできない旨を述べると、K部長は、これに乗じて、✕に対し、退職することを前提に、同月の勤務について、有給休暇の消化及び出勤免除により同月末までにしてほしい旨を申し出た。✕は、自身の体調を考慮すると月220時間勤務を約束することができなかったため、K部長から示された内容で話を進めざるを得なかった(✕が自ら退職したいと述べていなかったことは、✕が退職届を提出していないことからも明らかである。)。
イ このように、Y社は、✕が妊婦としての労働基準法上の権利(同法第65条第3項、第66条第1項及び第2項)を主張したことに対し、これを一顧だにせず、月220時間の勤務を強要し、同勤務ができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を告げた。
体調不良を訴えている妊婦が月220時間もの勤務を継続することができないことは明らかであり、✕は、Y社により勤務継続を断念させられ、退職を決断せざるを得なくなったのであるから、実質的にみてY社は✕を解雇したものということができる。

Y社の主張

ア J店長は、✕の妊娠が判明した後、✕の体調に配慮して、✕の求めどおりに遅刻、早退や欠勤を承認していた。また、Y社においては、平成30年3月12日から、J店長を早朝から待機させたり、Y社の従業員であるM氏(以下「M氏」という。)の出勤時間を1時間早めて✕の代わりにGの開店作業を担当させたりすることにより、✕の突然の遅刻、早退や欠勤にも対応できる体制をとっていた。
J店長は、同月20日、Y社の従業員でありシフト作成を担当していたN氏(以下「N氏」という。)と✕の今後の勤務シフトについて相談した上で、✕に対し、勤務場所を作業負担がより軽いI店とし、勤務時間を午前12時から午後7時30分まで(うち休憩時間を1時間とし、人員が足りている午後3時までは連絡すれば出勤しなくてよい。)とする勤務を提案し、✕の承諾を得て、同月26日以降、その通りにシフトを組んだ。しかし、✕ は、同日午前10時30分頃にGに出勤し、午後4時過ぎに早退した。そこで、J店長は、同月27日、✕に対し、上記の変更後のシフトにより勤務してほしいことを再確認し、✕の承諾を得たが、同日夜に、✕から午前10時から午後4時又は午後5時までの勤務を希望されたため、その場では結論を明確に回答せず、K部長やN氏と協議することとした。 Y社は、その後も✕がGにおいて自己の希望する時間帯での勤務を続けたため、同年4月2日に開催された定例会議において、✕に対して上記の変更後のシフトによる勤務を再提案することを決定した。J店長は、同月3日、前日の定例会議の結果を踏まえ、✕に対し、上記の変更後のシフトによる勤務を再提案した(J店長は、この際、✕に対し、設定されたシフトを無視して自己の希望する勤務場所及び勤務時間で勤務されるのは困ることは伝えたが、月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を告げたことはない。)。
しかし、✕は、同月4日、自ら面談を申し入れたK部長に対し、同月末で退職する旨を伝えた。K部長は、✕が期待していた従業員であったため落胆したものの、✕の意思を尊重し、同月末での退職を受け入れ、有給休暇を消化したいとの✕の希望に応じ、✕とともに有給休暇の残日数を確認し、不足していた3日間については出勤を免除して、最終出勤日を同月5日とすることとした。なお、K部長は、この面談の際、✕に対し、月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を述べたことはない。
イ このように、Y社は、✕の妊娠が判明した後、従業員が妊娠した初めてのケースであったため、モデルケースにしようと最大限の配慮をしてきた。具体的には、✕の遅刻、早退や欠勤に柔軟に対応し、✕が働き易いようにシフトや勤務場所を変更するなど、✕に対し、勤務を継続することができるように可能な限りの配慮を行い、今後も同様の配慮を行う旨を伝えていたが、✕は、自己都合によりY社を退職したのである。

争点② 解雇に該当する場合、当該解雇は無効かつ違法なものであるか等

✕の主張

ア Y社による解雇は、男女雇用機会均等法第9条第4項により無効である。 なお、仮に、Y社が✕に対して月220時間の勤務を強要していなかったとしても、Y社は、労働基準法第65条第3項に基づき、✕の希望する日時にその労働時間を変更する必要があったにもかかわらず、終業時間を午後7時30分とする勤務を提案し、同提案に従わないのであれば雇用形態を見直す旨を告げたものであり、このようなY社の対応は違法であるから、解雇が無効であることに変わりはない。
イ また、争点①に関して✕が主張する各事情によれば、Y社による解雇は、違法であり、不法行為に該当するところ、✕は、Y社の違法な解雇により、慰謝料100万円及び弁護士費用相当額の損害金10万円の各損害を被った。

Y社の主張

いずれも否認ないし争う。
なお、労働基準法第65条第3項は、雇用主に対し、可能な限りの配慮を求めるものであり、妊娠した従業員の要求を全て受け入れたり、新たに軽易な業務を新設したりすることまでを求めるものではない。Y社において、GとI店には✕を含め6名の正社員が勤務していたところ、✕をGの開店業務の担当者から外し、M氏の勤務時間を変更したことにより、Gの繁忙時間帯(ディナータイム)であり、かつI店の閉店業務を行う時間帯でもある午後5時から午後7時30分までは深刻な人員不足の状態にあり、少なくとも代替人員が確保できるまでは✕の勤務を必要としていた。他方で、人員が余剰気味であったその他の時間帯については、✕の勤務を必要としておらず、✕が希望する時間帯(午前10時から午後5時まで)での勤務をそのまま受け入れることができなかった。Y社は、争点①に関するY社の主張のとおり、✕の妊娠判明後約3週間という限られた期間の中で、✕に対し、現実に考え得る限りの配慮をしており、Y社の対応は違法ではない。
また、✕は、平成30年4月4日以降、1年近くが経過するまで、Y社における就労の意思を表明することなく、退職したことを前提とした主張をしていたのであり、Y社における就労意思を有していない。

3.判決の概要

ア ✕は、平成30年4月3日及び同月4日に、J店長及びK部長から、月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を伝えられたと主張し、同月3日にJ店長から開口一番上記のとおりの話をされ、同月4日にK部長からも同様の話をされたなどと、上記主張に沿う供述をする。
イ(ア)J店長は、同年3月9日に✕の妊娠が判明した後、✕の体調を気遣い、✕の通院や体調不良による遅刻、早退及び欠勤を全て承認し、シフト作成を担当していたN氏と相談の上、同月20日以降、✕に対し、本件提案内容のとおりの勤務を提案し、同年4月2日に開催されたY社の定例会議においても、 ✕に対し本件提案内容のとおりの勤務を再提案することが決定され、実際にY社においてその内容通りのシフトが組まれていたことが認められる。
この点に関し、✕は、J店長から、I店における勤務を提案されたものの、就業時間を午前12時から午後7時30分までに変更する旨の提案は受けていないと主張する。 しかしながら、J店長が、同年3月19日に、✕に対し、N氏が今後の✕の勤務時間等について色々と考えてくれたため、明日相談したい旨を伝え、翌20日にN氏とともに✕と面談したことや、✕が、同月27日に、J店長に対し、以前にN氏が提案したI店締めするという勤務時間だと今は身体がきつい旨を伝えていたことは、J店長が✕に対して勤務場所をI店に変更することだけでなく、そこでの勤務時間を午前12時から午後7時30分までとすることも提案していたことを推認させるものである。そして、✕も同月20日のやり取りについて明確な記憶を有しているわけではなく、上記主張は明確な記憶に基づくわけではないことも併せ考慮すると、J店長は、同日の時点で、✕に対し、本件提案内容を伝えていたと認めるのが相当である。
また、同年4月2日のY社の定例会議における決定事項についても、同日までの事実経過に加え、K部長が、自身の手帳に、同会議において✕の勤務時間について午前12時から午後7時30分までで提案することが決まった旨を記載していたこと(同記載の信用性を疑わせるような事情はうかがわれない。)からすると、✕に対して本件提案内容のとおりの勤務を再提案することが決定されたと認めるのが相当である。
(イ)このように、Y社は、同年4月3日及び同月4日の時点で、✕に対し、そもそも、月220時間の勤務を求めていなかったのであるから、J店長やK部長において、✕に対し、月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を伝えるとは考え難い。
なお、✕は、同月3日のJ店長との面談後に、母親に対し、「勤務時間などについてこのままの体制なら、正社員として雇えない。と会社から言われました。」、「現段階で労働基準法を破って、1 ヶ月 220 時間が基本。と言ってる会社です。それなのに、時短で働きたいと言ってる人に、措置を講じれないというのは、どうゆうことなのか。」等のLINEメールを送信している。しかし、J店長は、同日、✕に対し、Y社において他の従業員については月220時間勤務が一つの目安となっている旨や、自分の好きな場所で好きな時間帯に働きたいというのであれば、アルバイト従業員の働き方と同じであり、✕の希望次第では契約社員やアルバイトへの雇用形態の変更を検討することも可能である旨を伝えていたことからすると、✕において、J店長の上記発言を受け、J店長の真意とは異なるものの、上記のLINEメールの内容のとおりと受け止め、母親に対して同内容のLINEメールを送信することもあり得ないものとはいえず、✕が母親に対して上記の内容のLINEメールを送信していたことから直ちに、✕の主張する上記アの事実を認めることはできない。
ウ これらの事情によれば、✕の上記アの供述を採用することはできず、その他、✕が主張する上記アの事実を認めるに足りる的確な証拠はないから、当該事実を認めることはできない。

上記(2)のとおり、Y社が✕に対して月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を伝えていたと認めることはできず、したがって、✕において、月220時間勤務を約束することができなかったため、退職を決断せざるを得なくなったという事情があったということはできない。 また、Y社は、✕の妊娠が判明した後、✕の体調を気遣い、✕の通院や体調不良による遅刻、早退及び欠勤を全て承認するとともに、Gにおいて午前10時から午後4時又は午後5時まで勤務したいという✕の希望には直ちに応じることができなかった(本件各証拠によっても、Y社において当該希望に応じることが容易であったといった事情を認めることはできない。)ものの、✕に対し、従前の勤務より業務量及び勤務時間の両面において相当に負担が軽減される本件提案内容のとおりの勤務を提案していたものであり、これらのY社の対応が労働基準法第65条第3項等に反し、違法であるということはできない。
さらに、上記のとおりの本件提案内容を提案するに至った経緯や、本件提案内容においても、✕の体調次第では人員が足りている午後3時までは連絡すれば出勤しなくてもよいとの柔軟な対応がされていたことからすると、本件提案内容自体、今後の状況の変化に関わらず一切の変更の余地のない最終的かつ確定的なものではなく、Y社は、平成30年4月3日及び同月4日の時点においても、今後の✕の勤務について、✕の体調やY社の人員体制等を踏まえた調整を続けていく意向を有していたことがうかがわれる(✕は、Y社において高い評価を受けており、✕とJ店長及びK部長との間のLINEメールによるやり取りからも、J店長やK部長から厚い信頼を得ていたことがうかがわれ、Y社において、✕が退職せざるを得ない方向で話が進んでいくことを望んでいたと認めることもできない。)。
なお、J店長は、同月3日、✕に対し、自分の好きな場所で好きな時間帯に働きたいというのであれば、アルバイト従業員の働き方と同じであり、✕の希望次第では契約社員やアルバイトへの雇用形態の変更を検討することも可能である旨を伝えていたものの、上記のY社の対応を踏まえれば、一つの選択肢を示したに過ぎないことは明らかであり、このことをもって、雇用形態の変更を強いたということはできない。 これらの事情によれば、✕の退職が実質的にみてY社による解雇に該当すると認めることはできない。

イそうすると、争点②について判断するまでもなく、✕の退職が実質的にみてY社による解雇に該当することを前提とする前記第1の1から3までの✕の各請求は、いずれも理由がないこととなる。