社会保険労務士川口正倫のブログ

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【同一労働同一賃金】独立行政法人日本スポーツ振興センター事件(東京地判令3.1.21労経速2449号3頁)

独立行政法人日本スポーツ振興センター事件(東京地判令3.1.21労経速2449号3頁)

無期職員と契約職員との地域手当、住居手当等に関する待遇差が不合理でないとされた例

1.事件の概要

✕は、平成28年4月1日、Y社との間で、契約社員として期間を1年とする有期労働契約を締結し、それ以降、同様の有期労働契約を更新し、Y社において就労している。
✕は、Y社に対し、①✕の学歴・経歴によれば基準月額を81号俸とすべきであるのに61号俸とする労働契約の締結を余儀なくされた、②地域手当及び住居手当を✕に支給せず、また、無期労働契約において設けている昇給基準を✕に適用せず昇給させないのは不合理な労働条件の相違であると主張して、不法行為に基づく損害賠償請求として701万1762円及び遅延損害金の支払いをも求めたのが本件である。

2.判例の要旨

争点① 基準月額を81号俸とすべきであるのに61号俸とする労働契約の締結を余儀なくされた不法行為の成否(省略)

争点② 地域手当を支給しないことが不合理な待遇の相違に当たるか

(1)有期雇用労働法8条の趣旨など

有期雇用労働法8条は、事業者は、その雇用する有期契約労働者の待遇について、当該待遇に対応する無期雇用労働者との対応待遇との間において、有期契約労働者と無期契約労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して不合理と認められる相違を設けてはならないとする。同条は、有期契約労働者と無期契約労働者との間で労働条件に相違があり得ることを前提に、職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情(以下「職務の内容等」という。)を考慮して、その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり、職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解される。同条にいう「不合理と認められるもの」とは、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうと解するのが相当である(改正前の労契法20条に関する最高裁平成30年6月1日第二小法廷判決・民法72巻2号88頁参照)。
そして、有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。なお、ある賃金項目の有無及び内容が、他の賃金項目の有無及び内容を踏まえて決定される場合もあり得るところ、そのような事情も、有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり考慮されることになるものと解される(改正前の労契法20条に関する最高裁平成30年6月1日第二小法廷判決・民集72巻2号202頁参照)。

(2)無期職員と契約職員の職務の内容等

Y社における無期職員は、定年まで雇用されることが予定され、幅広い分野で経験を積み、管理職や幹部としてY社の中枢を担う可能性があり、職階に応じて様々な研修を受けることを義務付けられ、また、上司が部下の監督責任を問われるなど、所属する部署で発生した問題について責任を負う可能性があるが、契約職員は、建築系、司書、医療系、情報処理系などの特定の研究又は専門的業務等のみに従事し、将来幹部に登用される可能性や管理職に就く可能性はなく、所属部署で発生した問題について責任を負うこともなく、雇用期間は会計年度の期間内であり、更新上限は原則として4年、最長でも5年とされている。
また、無期職員は、正当な理由がない限り、異動を拒否することができず、Y社の東京都の主たる事務所のほか、仙台市名古屋市大阪市広島市及び福岡市の各支所及び富山県立山町登山研修所に配置される可能性があり、転居を伴う異動が予定されている一方、契約職員は、勤務地を限定して募集し、契約上の勤務地が限定されており、異動は予定されておらず、契約職員を配置する研究又はは専門的業務は東京都特別区内のY社事務所で行われている。

(3)当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らしての検討

地域手当は、職員給与規則14条1項及び契約職員(事務)給与規程9条1項によれば、Y社の無期職員及び事務職員が、物価の高い都市部に勤務する場合に、無期職員の場合は基本給及び管理職手当に、事務職員の場合は基準月額に、地域ごとの物価の高低に応じて定められた支給割合を乗じた金額を支給するものであることから、地域手当は、物価の高い都市部に勤務する者に対し、それ以外の地域で勤務する者との間で生じる生活費の差額を補填する趣旨の手当であると解される。
無期職員は、転居に伴う異動の可能性があり、配置される地域の物価の高低によって必要とされる生活費に差が生じることから、勤務地の物価の高低に応じ、生活費の差額を補填する必要があるといえるが、契約職員は異動が予定されておらず、東京都特別区にしか配置されていないことから、勤務地の物価の高低による生活費の差額は生じず、これを補填する必要がない。
したがって、無期職員に対して地域手当を支給する一方で、契約社員に対してこれを支給しないという待遇の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえないから、有期雇用労働者法8条にいう不合理と認められる待遇に当たらないと解するのが相当である。

争点③ 住宅手当を支給しないことが不合理な待遇の相違に当たるか

(1)当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らしての検討

住宅手当は、職員給与規則15条によれば、労働者が負担する住居費の額に応じた金額を支給するものであることから、Y社の職員の住宅に要する費用を補助する趣旨で支給されるものと解される。
無期職員は、転居を伴う異動の可能性があり、転居がない場合と比較して住宅に要する費用が多額となり得ることから、住宅に要する費用を補助する必要がある一方、契約職員については東京都特別区内にしか配置されておらず、転居を伴う異動の可能性はない。
したがって、無期職員に対して住居手当を支給する一方で、契約職員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえないから、有期雇用労働者法8条に違反するものでないと解するのが相当である。
したがって、この点についての不法行為は成立しない。

④争点 昇給基準に関して不合理な待遇の相違があるといえるか

(1)本件昇給基準等の趣旨

本件昇給基準は、無期職員に適用されるものであるところ、その文言によれば、管理又は監督の地位にある職員以外の職員について、「おおむね」、昇給区分Aの割合を100分の5、昇給区分Bの割合を100分の20とするものであって、おおむねの割合を示すものと解されること、および本件昇給基準より上位の規定である職員給与規則は、無期職員の昇給は予算の範囲内で行われなければならない旨規定し、昇給に予算の制約を設けていることを考慮すると、本件昇給基準は、昇給区分AないしBとすべき職員の割合についての決まりを設けたものと認めることはできない。
したがって、本件昇給基準に関し、無期職員について昇給の決まりを設けているとはいえないから、無期職員について昇給の決まりを設ける一方、契約職員について昇給の決まりを設けていないという不合理な待遇の相違があり、不法行為に該当する旨の✕の主張はその前提を欠くものである。

(2)✕の勤務成績による昇給

✕は、✕の勤務成績からすれば、無期職員の昇給区分Aに当たり8号俸以上昇給させるべきであった旨主張する。
(補足:✕は、平成28年度から平成30年度までの業績評価がいずれもAであり、能力評価は5段階評価で4+,5,5であったから、無期職員の昇給区分Aに当たり、8号俸昇給させるべきと主張していた)

しかし、勤務成績は、各職員について定めた年間業務計画(目標)についてどの程度達成できたかという観点から行われる業務評価と、当該職位に求められる職務行動が評価期間を通じて安定的にとられていたかという観点から行われる能力評価によるものである。これに対し、昇給区分は、契約職員については、前の昇給から12か月間以上の勤務成績が特に良好である者を6号俸、良好である者を4号俸とし、無期職員については、勤務成績が極めて良好である職員はA(8号俸以上)、特に良好である職員B(6号俸)、良好である職員C(4号俸)とするものであり、勤務成績とは異なるものである。
従って、✕の勤務成績が昇給区分Aに相当すると認めるべき根拠はなく、✕の主張は採用できない。

「令和2年度雇用均等基本調査」結果公表

「令和2年度雇用均等基本調査」結果公表~女性の管理職割合や育児休業取得率などに関する状況の公表~

厚生労働省から、「令和2年度雇用均等基本調査」の結果が公表されています。
「雇用均等基本調査」は、男女の均等な取扱いや仕事と家庭の両立などに関する雇用管理の実態把握を目的に実施されています。令和2年度は、全国の企業と事業所を対象に、管理職に占める女性割合や、育児休業制度の利用状況などについて、令和2年10 月1日現在の状況が調査されました。

下記に概要を抜粋しました。
詳細はリンクをご確認ください。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/71-r02.html


(抜粋)
【企業調査 結果のポイント】(カッコ内の数値は各設問における前回調査の結果)
■女性管理職を有する企業割合
係長相当職以上の女性管理職を有する企業割合を役職別にみると、部長相当職ありの企業は13.1%(令和元年度11.0%)、課長相当職ありの企業は20.8%(同18.4%)、係長相当職ありの企業は22.6%(同19.5%)となっている。
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■管理職に占める女性の割合
管理職に占める女性の割合は、部長相当職では8.4%(令和元年度6.9%)、課長相当職では10.8%(同10.9%)、係長相当職では18.7%(同17.1%)となっている。
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【事業所調査 結果のポイント】
育児休業取得者の割合
女性 : 81.6% (令和元年度83.0%)
男性 : 12.65% (令和元年度7.48%)
※平成30 年10 月1日から令和元年9月30 日までの1年間に在職中に出産した女性(男性の場合は配偶者が出産した男性)のうち、令和2年10 月1日までに育児休業を開始した者(育児休業の申出をしている者を含む。)の割合。
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みずほ証券事件(東京地判令3.2.10労経速2450号9頁)

みずほ証券事件(東京地判令3.2.10労経速2450号9頁)

留学終了後間もなく退職した社員に対する留学費用返還請求が認められた例
※原告を✕、被告をYと記載するのが判例を記述する際のお作法です。本件は、使用者が従業員に対して、留学費用返還請求を求めて提訴した裁判例であるため、使用者側が✕社、労働者側がYとなります。(一般的な労働関係の裁判例では、労働者側が✕、使用者側がY社となることが多いです)

1.事件の概要

Yは、総合証券会社である✕社に平成23年4月に入社した。同26年10月、Yは✕社の公募留学制度の選考に自ら応募し、同27年1月、公募留学候補生として選抜され、同28年7月から同30年5月までの間、同制度を利用して留学したのち(同年6月10日帰国)、同年10月31日、自己都合により✕社を退職した。
✕社の公募留学制度は、国際的視点に立った視野の広い人材の育成を主旨として、経営学修士(MBA)過程設定大学、ロースクール、公共政策大学院等を進学先として制定し、進学先地域については、アメリカ、ヨーロッパ、アジア及び国内の4地域から学校の選択が可能なものであった。
Yは、上記趣旨に従って自ら志望校を決定し、平成28年3月、志望校のうち第7志望のバージニア大学のMBA学科に合格し、同大学に進学することとした。なお、Yは同留学に際し、✕社に対し、「留学期間中に・・・特別な理由なく退職する場合あるいは解雇される場合、また、留学終了後5年以内に・・・特別な理由なく退職する場合あるいは解雇される場合には、当該留学に際し貴社が負担した留学に関する以下の費用を退職日までに遅滞なく弁済することを誓約いたします。」と記載された誓約書を提出していた。
✕社は、留学終了後5年以内に自己都合により退職したYに対し、Yが留学した際に✕社が支出した留学費用は✕社がYに貸渡した貸金であるとして、消費貸借契約に基づき、留学費用3045万0219円及び遅延損害金の支払い等を求め、提訴した。

2.判決の概要

争点1 消費貸借契約の成否について

(1)留学費用に関する返還合意の有無
ア Yは、留学前、本件誓約書に自ら署名押印した上で、それをX社に提出しているところ、同誓約書には、「留学期間中にX株式会社を特別な理由なく退職する場合あるいは解雇される場合、また、留学終了後5年以内に、留学後復帰したX株式会社及びXグループ会社(その後のXグループ内での異動先会社を含む)を特別な理由なく退職する場合あるいは解雇される場合には、当該留学に際し貴社が負担した留学に関する以下の費用を退職日までに遅滞なく弁済することを誓約いたします。」と記載されており、Yが留学を終了してから5年以内にX社を自己都合退職などした場合には、X社が支払ったYの留学費用を返済するというYの意思が明確に表示されているといえる。
したがって、X社とYとの間には、本件誓約書記載の留学費用に係る支給金について返還する旨の合意が成立したものと認めるのが相当であり、Yが留学終了後X社に5年間勤務した場合には同支給金に係る返還債務を免除する旨の特約付きの消費貸借契約が成立していると認められる。

イ  この点、Yは、本件誓約書に基づく合意はYの自由な意思に基づくものではないとして、その合意は無効である旨主張する。
Yは、留学前に開催された公募留学候補生向けのガイダンスにおいて、X社から、帰国後5年以内にX社を退職した場合には一切の留学費用をX社に返済する必要があり、その旨記載された誓約書を渡航前にX社に提出する必要があると説明されている。加えて、Yは、その後留学前に開催された公募留学候補生に対する渡航前のオリエンテーションにおいて、X社から、本件誓約書と同内容の誓約書を渡された上、帰国後5年以内にX社を辞める場合には留学関連費用の一切を返してもらう旨説明されている。このように、Yは、本件誓約書を提出する前に、本件誓約書の内容について十分な説明を受けており、同誓約書の内容自体も前記記載のとおり不明確なものではなかったことからすれば、Yは、本件誓約書の内容を理解した上で、それに自ら署名押印してX社に提出しているといえるから、本件誓約書に基づく留学費用の返還に係る合意は、Yの自由な意思に基づくものであったと認めるのが相当である。
Yは、本件誓約書に基づく合意によって返済義務を負う可能性のある費用の内容や金額の目安といった具体的な説明は受けていない旨主張するが、X社はYに対し、前記のとおり、本件誓約書の内容について、帰国後5年以内にX社を退職した場合には留学費用の一切を返してもらう旨説明しているし、留学前の時点で個々人の留学に関する具体的な金額の目安を示すことは困難であるから、本件誓約書に基づく合意に関するX社のYに対する説明が不十分であったとはいえない。また、Yは、本件誓約書の内容について十分に検討する期間を与えられていなかったなどと主張するが、X社は、Yに対し、遅くともYが本件誓約書に署名押印した日の約1か月前には、本件誓約書と同じ内容の誓約書を配布している上、それ以前から、本件誓約書の内容については説明していることからすれば、Yが本件誓約書の内容を十分に検討することができなかったとは認められない。
よって、Yの主張は採用することができない。
ウ  また、Yは、留学費用の支給は、X社の就業規則である人事事務手続書及び公募留学生処遇書に基づいて支給されたものであるから、当該支給は、消費貸借契約ではなく、X社Y間の雇用契約に基づいて支給されたものであり、本件誓約書に基づく合意は労働契約法12条による無効である旨主張する。
人事事務手続書は、海外勤務者等の服務、給与、手当、福利厚生等について必要な事項を定めたものであり、ここでいう海外勤務者等とは、発令に基づき本邦外で勤務・留学・研修している職員等と定義付けられているところ、Yを含む公募留学生は発令に基づき留学している者ではないから、人事事務手続書の規程が適用される対象ではない。公募留学生の処遇は、公募留学生処遇書に定められているところ、同処遇書には、そこに記載のある公募留学生の赴任時の引越補助や各種手当等の項目以外は海外勤務者の基準を適用する旨記載されているが、公募留学生は、留学費用に関して、留学が終了してから5年以内にX社を自己都合退職などした場合にはX社が支払った留学費用について弁済する旨記載された誓約書をX社に提出した上で留学していること、また、公募留学生は、後述のとおり、X社の業務命令に基づいて本邦外で業務に従事することが想定される海外勤務者とは異なり、留学中X社の業務そのものに従事することは予定されていないこと、そのため、X社は、公募留学生と海外勤務者を区別した上で、公募留学生については公募留学生処遇書を別途作成し、上記誓約書の提出を義務付けていることを踏まえれば、公募留学生に適用のある海外勤務者の基準とは、あくまで留学費用に関する各費用項目の金額の基準であると解するのが相当である。すなわち、公募留学生処遇書の上記記載は、公募留学生に貸与される金額の基準を海外勤務者に支給される金額と同等のものにすることを意味するのであって、公募留学生に対して海外勤務者に支給される費用と同等の費用を支給することを意味するものと解することはできない。
そうすると、人事事務手続書及び公募留学生処遇書の規程に基づいてX社からYに留学費用が支給されたとはいえないから、留学費用の支給がX社Y間の雇用契約に基づくものと認めることはできない。また、本件誓約書は、上記規程を労働者側に不利益に変更するものとはいえないから、本件誓約書に基づく合意について労働契約法12条の適用はない。
Yは、X社が留学費用の支出に関する領収書の宛名をX社とするよう指示していること、公募留学生に支給される海外月例給は雇用契約に基づく支給と整理されるところ、海外月例給と同一の規程で処理される留学費用に関する各種手当を海外月例給と区別する理由がないことなどから、留学費用は消費貸借契約ではなく雇用契約に基づいて支給されたものである旨主張する。しかし、X社が、公募留学生の大多数が留学後X社等で勤務を継続することで留学費用に関する債務を免除されている実態を踏まえて、同費用に係る領収書の宛名をX社とするよう指示していることから直ちに、留学費用の支給が消費貸借契約に基づくものではないということはできない。また、海外月例給は給与であるから留学費用とはその性質が異なるものであり、公募留学生は同費用について別途前記誓約書をX社に提出した上で留学していることからすれば、留学費用を海外月例給と同様に解することはできない。
よって、Yの主張は採用することができない。

エ 以上によれば、X社とYとの間には、本件留学制度に基づく留学に際しX社が負担したYの留学費用について、労働契約とは別個の消費貸借契約が成立していることが認められる。

(2)留学費用に関する返還合意の対象
ア  本件誓約書には、返済の対象となる留学費用として、「1.本人及び帯同家族の現地渡航費用」、「2.学費及びこれに準ずる費用」及び「3.現地生活に係わる補助費用」が挙げられており、それぞれの項目において、それぞれに該当する費用が明記
されている。
この点、Yは、本件誓約書には、X社がYの留学に関して負担した費用のうち、渡航先の住居が確定する前の宿泊費、赴任前のオリエンテーション費用、倉庫保管費用(18か月分)、サマースクールの宿泊費及びスタディトリップ費用についてはいずれも明記されていないから、これらの各費用は返還義務の対象とならない旨主張する。
Yは、留学前に開催された公募留学候補生向けのガイダンスにおいて、X社から、帰国後5年以内にX社を退職した場合には一切の留学費用をX社に返済する必要があると説明され、その後留学前に開催された公募留学候補生に対する渡航前のオリエンテーションにおいても、X社から、本件誓約書と同内容の誓約書を渡され、帰国後5年以内にX社を辞める場合には留学関連費用の一切を返してもらう旨説明されている。このように、X社はYに対し、留学前のガイダンス及びオリエンテーションにおいて、一定の場合には留学に係る費用の一切をX社に返済してもらう旨説明していること、留学前の時点において、個々人の留学に関する具体的な支出の細目を全て把握することは困難であるし、留学に関して出捐する可能性のある費用の全てを誓約書に記載することは現実的ではないこと、また、本件誓約書においても、返済の対象となる留学費用として、「2.学費及びこれに準ずる費用」の項目では、それに該当する具体的な費用が記載された後に「その他これらに付帯する費用」と記載され、「3.現地生活に係わる補助費用」の項目でも、それに該当する具体的な費用が記載された後ろに「等」と記載されていることからすれば、本件誓約書に記載された返済の対象となる留学費用の各項目にそれぞれ該当する費用として記載されている費用はあくまで例示に過ぎず、返済の対象は、これらの具体的に記載された費用に限定されるものではなく、Yの留学に関してX社が負担した費用の全てであると解するのが相当である。Yが指摘する上記各費用は、いずれもYの留学に関する費用であることは明らかであるから、X社とYとの間の返還合意の対象であると認められる。
したがって、Yの主張は採用することができない。

イ よって、X社とYとの間には、X社が請求した留学費用の全て(合計額3045万0219円)について返還の対象となる旨の合意が成立していると認められる。

(3)小括
以上によれば、X社とYとの間には、Yの留学に関してX社が負担した費用の全てについて、Yが留学終了後X社に5年間勤務した場合にはその返還債務を免除する旨の特約付きの消費貸借契約が成立していると認められる。

争点2 返還合意の性質と労働基準法16条違反の有無について

(1)Yは、仮に、X社Y間に留学費用の支給について消費貸借契約が成立していたとしても、同契約は労働基準法16条に違反し無効である旨主張する。
この点、労働基準法16条が、使用者が労働契約の不履行について違約金を定め又は損害賠償額を予定する契約をすることを禁止している趣旨は、労働者の自由意思を不当に拘束して労働関係の継続を強要することを禁止することにある。そうすると、会社が負担した留学費用について労働者が一定期間内に退社した場合に返還を求める旨の合意が労働基準法16条に違反するか否かは、その前提となる会社の留学制度の実態等を踏まえた上で、当該合意が労働者の自由意思を不当に拘束し労働関係の継続を強要するものか否かによって判断するのが相当である。
(2)本件留学制度の選考に応募するか否かは、X社の業務命令によるものではなく労働者の自由な意思に委ねられており、その留学先や履修科目の選択も労働者が自由に選択できるところ、Yは、国際的に活躍するバンカーになるために必要なスキル、経験、人脈等を身に付けることなどを目的として自ら本件留学制度の選考に応募し、自ら志望した大学への進学を決めて留学している。また、Yは、留学先の大学での履修科目や課外活動については自らの意思で決めており、基本的に、留学期間中の生活についてはYの自由に任せられていたものと認められる。Yは、留学期間中、履修科目の成果等についての報告、宿泊に伴い大学所在地を離れる場合や休暇の際の一定の届出の提出、公募留学候補生に対するバックアップなどをX社から求められているが、これらは、X社の業務に直接関係するものではなく、YがX社の従業員であることからX社の人事管理等に必要な範囲で求められているものにすぎない。Yは、留学期間中、X社からX社の採用イベントに関する協力を求められているものの、Yが同イベントへの参加をキャンセルする旨連絡した際には、X社は、Yに対し、あくまでお願いなので学業を優先するよう返答していることからすれば、これはX社の業務命令によるものではなく、あくまでX社がYに協力を依頼したものにすぎないといえる。このような本件留学制度の実態に加え、公募留学生の留学終了後の配属先は、必ずしも留学先大学において取得した資格や履修科目を前提とした配属になっていないことからすれば、本件留学制度を利用した留学は、X社の業務と直接関連するものではなく、また、X社での担当業務に直接役立つという性質のものでもないといえる。むしろ、Yを含む公募留学生は、本件留学制度を利用した留学によってX社での勤務以外でも通用する有益な経験や資格等を得ている。そうすると、本件留学制度を利用した留学は、業務性を有するものではなく、その大部分は労働者の自由な意思に委ねられたものであり、労働者個人の利益となる部分が相当程度大きいものであるといえ、その費用は、本来的には、使用者であるX社が負担しなければならないものではない。
したがって、留学費用についてのX社Y間の返還合意は、その債務免除までの期間が不当に長いとまではいえないことも踏まえると、Yの自由意思を不当に拘束し、労働関係の継続を強要するものではないから、労働基準法16条に反するとはいえない。
よって、Yの主張は採用することができない。

(3)小括
以上によれば、X社とYとの間の留学費用に関する返還合意は、労働基準法16条に違反するものではなく有効であるから、X社は、Yに対し、X社Y間の消費貸借契約に基づき、留学費用3045万0219円及び訴状送達の日の翌日である平成31年3月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の請求権を有する。

結論
以上の検討によれば、その余の点を検討するまでもなく、X社の請求は全部理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。

3.解説

労働基準法16条は、労働契約の不履行に対して、違約金や損害賠償を予定することを禁止しています。

(賠償予定の禁止)
第十六条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

例えば、「途中でやめたら、違約金を払え」という違約金や「会社に損害を与えたら○○円払え」という損害賠償額の予定を事前に盛り込むことが禁止されています。
戦前、労働契約の締結に際し、契約期間の途中で労働者が退職した場合は一定の違約金を支払う約定や、労働契約の諸種の契約違反や不法行為について損害賠償を予定する約定が行われ、労働者の足止めや身分的従属の創出に利用されていたという経緯があり、拘束的労働慣行を防ぐ趣旨です。
今日では、前近代的な違約金約定は見かけられませんが、労働者の能力開発促進の費用を金銭消費貸借契約として労働者に貸付、一定期間勤務することで返還免除するという形式を取るものが見受けられ、同条に抵触しないかが問題となることがあります。
この点について、判例は、労働者の能力開発促進の業務性の有無を重視する傾向にあります。
つまり、留学や研修の経緯・内容に照らして、当該企業の業務との関連性が強く労働者個人としての利益性が弱い場合は、本来使用者が負担すべき費用を一定期間以内に退職しようとする労働者に支払わせるものであって、就労継続を強制する違約金・賠償予定の定めとなり、労基法16条に抵触するとされます。
一方、業務性が薄く個人の利益性が強い場合には、本来労働者が負担すべき費用を労働契約とは別個の債務免除特約付消費貸借契約で使用者が貸し付けたものであって、労働契約の不履行についての違約金・賠償予定の定め該当せず、労基法16条に抵触しないと判断されています。
本件においても、「本件留学制度を利用した留学は、X社の業務と直接関連するものではなく、また、X社での担当業務に直接役立つという性質のものでもないといえる。むしろ、Yを含む公募留学生は、本件留学制度を利用した留学によってX社での勤務以外でも通用する有益な経験や資格等を得ている。」ことから、「本件留学制度を利用した留学は、業務性を有するものではなく、その大部分は労働者の自由な意思に委ねられたものであり、労働者個人の利益となる部分が相当程度大きいものであるといえ、その費用は、本来的には、使用者であるX社が負担しなければならないものではない。」とされ、また、一定期間が5年間という短い期間であったことから、労基法16条には抵触しないものとされました。

休業手当(労基法26条)と危険負担(民法536条)について

休業手当(労基法26条)と危険負担(民法536条)

2020年4月以降、休業手当を扱った人は多いと思いますが、労働基準法だけを読むと「使用者の責に帰すべき事由による休業」は何でも「平均賃金の100分の60以上の手当」を支払えばいいのかと錯覚してしまいます。

(休業手当)
労働基準法第26条 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない。

もし、これが正しいとすれば、不当解雇によるバックペイ(解雇について裁判で争って無効となった場合に、労働者に支払われる「解雇されていなかったなら支払われていたであろう賃金」)も100%ではなく「平均賃金の100分の60以上」になってしまいますが、もちろんそんなことはありません。

使用者の責めに帰すべき事由により就労不能となった場合は、労基法26条の休業手当以外に、民法536条による危険負担の規定の適用があるためです。

(債務者の危険負担等)
民法第536条 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

民法第536条1項が想定しているのは、次のようなケースです。

【事例1】
川口は、暑くて外出するのが億劫だったため夕食に、『Uber Eats』を利用し『リーガーハット』の「長崎ちゃんぽん」を注文しました。ところが『Uber Eats』の配達員が、『リーガーハット』で「長崎ちゃんぽん」を受け取った後、川口の家に向かう途中で自転車で転倒し、その「長崎ちゃんぽん」をこぼしてしまいました。

川口は「長崎ちゃんぽん」を受け取る権利を有する債権者(反対給付として代金を支払う)、『リーガーハット』はそれを受け渡す義務を負う債務者と見た場合、『Uber Eats』の配達員は第三者となります。この事例では、第三者である配達員の転倒により「長崎ちゃんぽん」を受け渡すことができなくなっており、「当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったとき」に該当します。このような場合に、川口は代金の支払い(反対給付の履行)を拒むことができるというのが、民法第536条1項の意義です。


民法第536条2項前段が想定しているのは、次のようなケースです。

【事例2】
川口は、暑くて外出するのが億劫だったため夕食に、『Uber Eats』を利用し『リーガーハット』の「長崎ちゃんぽん」を注文しました。ところが、川口が注文したことを忘れて外出してしまったため、『Uber Eats』の配達員は、川口に「長崎ちゃんぽん」を渡すことができませんでした。

この事例では、「長崎ちゃんぽん」を受け取る権利を有する債権者(反対給付として代金を支払う)である川口が注文したにも関わらず外出したため(債権者の責めに帰すべき事由によって)、『リーガーハット』はそれを受け渡すことができなくなっており(債務を履行することができなくなったとき)、「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったとき」に該当します。このような場合に、川口は代金の支払い(反対給付の履行)を拒むことができないというのが、民法第536条2項前段の意義です。
また、実際の『Uber Eats』のシステムがどうなっているのかはわかりませんが、配達ができなかった場合『Uber Eats』から『リーガーハット』に手数料の一部が返金されるようなシステムになっていたとしたら、『リーガーハット』は受け渡すという「自己の債務」を免れたことにより、利益を得たことになります。このような場合に、『リーガーハット』は返金された手数料の一部(利益)を川口(債権者)に償還しなければならないというのが、民法第536条2項前段の意義です。

通常、民法の本を読んでいて、危険負担の具体的な事例としては、このように物の引き渡しが用いられることが多いですが、労務の提供及び労務の受領に対しても民法第536条は適用されます。

わかりやすく条文を書き換えると、次のようになります。

・使用者及び労働者の責めに帰することができない事由によって、就労不能となったときは、使用者は賃金の支払いを拒むことができる。
・使用者の責めに帰すべき事由によって就労不能となったときは、使用者は、賃金の支払いを拒むことができない。この場合において、労働者は、就業不能により利益を得たときは、これを使用者に償還しなければならない。

このように「使用者の責に帰すべき事由による休業(就労不能)」については、労基法26条と民法536条という2つの規定が存在することになります。
支払う金額も、労基法26条は平均賃金の100分の60以上と民法536条は全額となっており異なります。
どちらの規定が適用されるのでしょうか?

労基法は強行法規なので、労基法26条は絶対的に守らなければならない規定になります。守らなければ、罰則や付加金の制裁の対象にもなります。
これに対して、民法は任意法規なので、労使の合意により賃金を発生しないとすることも可能です(ただし、労基法の平均賃金の100分の60の支払は必要)。
また、一般法と特別法の関係により、労基法が優先的されることも考えられますが、それでは民法の方が労働者に対して有利になってしまい不整合です。

これに点について最高裁判例(ノース・ウエスト航空事件 最二小判昭和62.7.17)は、次のように解釈しています。

労基法26条は「使用者の責に帰すべき事由」による休業の場合に、さしあたり使用者に平均賃金の6割以上の手当を労働者に支払わせることによって、労働者の生活を保障しようとする趣旨であって、休業が民法536条2項の「債権者の責に帰すべき事由」に該当し賃金請求権を失わない場合でも、労働者は休業手当請求権を主張することができる。⇒どちらも請求可能(請求権の競合)
・休業手当制度は労働者の生活保障という観点から設けられたものであるが、賃金の全額を保障するものではなく、使用者の責任の存否により休業手当の支払義務の有無が決まることから、労働契約の一方当事者である使用者の立場も考慮しなければならない。そうすると、「使用者の責に帰すべき事由」とは、取引における一般原則である過失責任主義とは異なる観点も踏まえた概念であり、民法536条2項の「債権者の責に帰すべき事由」よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むものと理解するのが相当である。⇒労基法26条は、使用者に故意・過失がないような場合でも、使用者側に起因する経営、管理上の障害が対象

つまり、労働者はどちらを根拠にして請求することも可能ですが、民法536条2項は民法上の一般的な過失責任に立つものであるのに対し、労基法26条は労働者の生活保障のために使用者の帰責性をより広い範囲で認めたものと解されています。具体的には、労基法26条の帰責事由とは、使用者に故意・過失がなく、防止が困難なものであっても、使用者側の領域において生じたものといいうる経営上の障害など(例えば、機械の故障や検査、原料不足、官庁による操業停止命令)を含むものと解釈されています。ただし、地震や台風などの不可抗力は含まれません(水町雄一郎氏の『労働法』第6版249頁参考)。


これらを参考に、休業手当(労基法26条)と危険負担(民法536条)の妥当な適用範囲を私なりにまとめてみると次のようになります。
なお、川口の個人的な見解なので参考程度にしてください。


①コロナワクチンを接種していない従業員を休業とする場合:民法536条2項
具体的に就業不能となる事態が生じていないにも関わらず、故意に労務の受領を拒んだもの

②不当解雇による場合:民法536条2項
解雇が認められないにも関わらず、使用者の重過失により解雇し労務の受領を拒んだもの。

③使用者がカギを紛失し就業不能となった場合:民法536条2項
使用者の過失により、就業不能となり労務の受領を拒まざるを得なくなったもの。

④懲戒処分事由の調査のための自宅待機命令:民法536条2項
具体的に就業不能となる事態が生じていないにも関わらず、故意に労務の受領を拒んだもの。

⑤計画有休の協定で、有給休暇が無い従業員の手当を平均賃金の100分の60とする場合:労基法26条
労使の合意により、民法536条2項の適用を排除している。計画有休の実施は、使用者に故意・過失はないが使用者側に起因する経営、管理上の障害。

新型コロナウイルスの影響により取引が減少し休業する場合:労基法26条
使用者に故意・過失はないが使用者側に起因する経営、管理上の障害。

計画停電により操業不能となり休業する場合:民法第536条1項(休業手当も不要)
使用者に故意・過失もなく、使用者側に起因する経営、管理上の障害ではないため。

新型コロナウイルスの影響による休業要請に応じて休業する場合:民法第536条1項(休業手当も不要)
使用者に故意・過失もなく、使用者側に起因する経営、管理上の障害ではないため。

新型コロナウイルスに罹患した従業員がいたため、従業員の安全を配慮して休業する場合:労基法26条
使用者に故意・過失はないが使用者側に起因する経営、管理上の障害。

⑩大地震により施設が倒壊し就業不能となった場合:民法第536条1項(休業手当も不要)
使用者に故意・過失もなく、使用者側に起因する経営、管理上の障害ではないため。

⑪従業員のメンテナンスが不十分であったため機械が故障し就業不能となった場合:労基法26条
使用者に故意・過失はないが、使用者側に起因する経営、管理上の障害。

爆破予告により賃貸しているビルに立ち入ることができず就業不能となった場合:民法第536条1項(休業手当も不要)
使用者に故意・過失もなく、使用者側に起因する経営、管理上の障害ではないため(自社ビルの場合はどうなのか不明)。

ストライキにより就業不能となった場合:
(1)ストライキに参加している従業員:自ら故意に労務の提供を拒否しているため、536条・労基法26条いずれの適用もない。ノーワークノーペイの原則(624条)により賃金支払は不要。

(報酬の支払時期)
第624条 労働者は、その約した労働を終わった後でなければ、報酬を請求することができない。

(2)ストライキに参加していない従業員:労基法26条
使用者に故意・過失はないが、使用者側に起因する経営、管理上の障害。

2022年4月1日より有期雇用労働者の育児・介護休業取得要件の緩和

2022年4月1日より有期雇用労働者の育児・介護休業取得要件の緩和

このリンクの法改正の内容によると、有期雇用労働者の育児及び介護休業取得要件及び各休業給付のうち、引き続き雇用された期間が1年以上という要件が無くなり、緩和されるようです。
ただし、第6条1項並びに2項、及び第12条2項の規定に変更はないため、労使協定により「当該事業主に引き続き雇用された期間が1年に満たない労働者」について、育児休業及び介護休業を取得することができない旨を定めれば、いずもれ取得できないことは従前どおりです。

2022年(令和4年)4月1日改正施行の育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律の条文
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000806832.pdf


雇用保険法施行規則改正内容
https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/hourei/H210726L0050.pdf


育児介護休業法

施行日:2022年(令和4年)4月1日

育児休業の申出:

【現 行】
育児休業の申出)
第5条 労働者は、その養育する一歳に満たない子について、その事業主に申し出ることにより、育児休業をすることができる。ただし、期間を定めて雇用される者にあっては、次の各号のいずれにも該当するものに限り、当該申出をすることができる。
一 当該事業主に引き続き雇用された期間が1年以上である者

 その養育する子が1歳6か月に達する日までに、その労働契約(労働契約が更新される場合にあっては、更新後のもの)が満了することが明らかでない者

2(現行どおり)
3 労働者は、その養育する1歳から1歳6か月に達するまでの子について、次の各号のいずれにも該当する場合に限り、その事業主に申し出ることにより、育児休業をすることができる。ただし、期間を定めて雇用される者であってその配偶者が当該子が1歳に達する日(以下「1歳到達日」という。)において育児休業をしているものにあっては、第1項各号のいずれにも該当するものに限り、当該申出をすることができる。
一 ~ 二(条文省略)

4~7(条文省略)


【変更後】
育児休業の申出)
第5条 労働者は、その養育する1歳に満たない子について、その事業主に申し出ることにより、育児休業をすることができる。ただし、期間を定めて雇用される者にあっては、その養育する子が1歳6か月に達する日までに、その労働契約(労働契約が更新される場合にあっては、更新後のもの。第3項及び第11条第1項において同じ。)が満了することが明らかでない者に限り、当該申出をすることができる。

3 労働者は、その養育する1歳から1歳6か月に達するまでの子について、次の各号のいずれにも該当する場合に限り、その事業主に申し出ることにより、育児休業をすることができる。ただし、期間を定めて雇用される者であってその配偶者が当該子が1歳に達する日(以下「1歳到達日」という。)において育児休業をしているものにあっては、当該子が1歳6か月に達する日までに、その労働契約が満了することが明らかでない者に限り、当該申出をすることができる。
一 ~ 二(条文省略)

4~7(条文省略)

※第5条2号に「第3項及び第11条第1項において同じ。」という文言が追加されたことから、「当該子が1歳6か月に達する日までに、その労働契約が・・・」の「労働契約」は「労働契約が更新される場合にあっては、更新後のもの」となります。


介護休業の申出

【現行】
(介護休業の申出)
第11条 労働者は、その事業主に申し出ることにより、介護休業をすることができる。ただし、期間を定めて雇用される者にあっては、次の各号のいずれにも該当するものに限り、当該申出をすることができる。

一 当該事業主に引き続き雇用された期間が一年以上である者

 第3項に規定する介護休業開始予定日から起算して93日を経過する日から6月を経過する日までに、その労働契約(労働契約が更新される場合にあっては、更新後のもの)が満了することが明らかでない者

2~4(省略)


【変更後】
(介護休業の申出)
第11条 労働者は、その事業主に申し出ることにより、介護休業をすることができる。ただし、期間を定めて雇用される者にあっては、第3項に規定する介護休業開始予定日から起算して93日を経過する日から6月を経過する日までに、その労働契約が満了することが明らかでない者に限り、当該申出をすることができる。

※「(労働契約が更新される場合にあっては、更新後のもの)」が削除されたのは、第5条2号に「第3項及び第11条第1項において同じ。」という文言が追加されたことによるものです。

雇用保険法施行規則

施行日:2022年(令和4年)4月1日(4月1日以降の休業より、適用になるようです)

育児休業給付:

【現 行】
(法第61条の7第1項の休業)
第101条の22 育児休業給付金は、被保険者(短期雇用特例被保険者及び日雇労働被保険者を除く。以下この款において同じ。)が、次の各号のいずれにも該当する休業(法第61条の7第3項に規定する支給単位期間において公共職業安定所長が就業をしていると認める日数が10日(十日を超える場合にあつては、公共職業安定所長が就業をしていると認める時間が80時間)以下であるものに限る。)をした場合に、支給する。

一 ~ 三(条文省略)
四 期間を定めて雇用される者にあつては、次のいずれにも該当する者であること。

イ その事業主に引き続き雇用された期間が一年以上である者

 その養育する子が一歳六か月に達する日までに、その労働契約(契約が更新される場合にあつては、更新後のもの)が満了することが明らかでない者


【変更後】
(法第61条の7第1項の休業)
第101条の22 育児休業給付金は、被保険者(短期雇用特例被保険者及び日雇労働被保険者を除く。以下この款において同じ。)が、次の各号のいずれにも該当する休業(法第61条の7第3項に規定する支給単位期間において公共職業安定所長が就業をしていると認める日数が10日(十日を超える場合にあつては、公共職業安定所長が就業をしていると認める時間が80時間)以下であるものに限る。)をした場合に、支給する。

一 ~ 三(現行どおり)
四 期間を定めて雇用される者にあつては、その養育する子が一歳六か月に達する日までに、その労働契約(契約が更新される場合にあつては、更新後のもの)が満了することが明らかでない者であること。

介護休業給付

【現 行】
(法第61条の4第1項の休業)
第101条の16 介護休業給付金は、被保険者(短期雇用特例被保険者及び日雇労働被保険者を除く。以下この款において同じ。)が、次の各号のいずれにも該当する休業(法第16条の4第3項に規定する支給単位期間において公共職業安定所長が就業をしていると認める日数が10日以下であるものに限る。)をした場合に、支給する。

一 ~ 三(条文省略)
四 期間を定めて雇用される者にあつては、次のいずれにも該当する者であること。

イ その事業主に引き続き雇用された期間が一年以上である者

ロ 介護休業開始予定日から起算して93日を経過する日から6か月を経過する日までに、その労働契約(契約が更新される場合にあつては、更新後のもの)が満了することが明らかでない者


【変更後】
(法第61条の4第1項の休業)
第101条の16 介護休業給付金は、被保険者(短期雇用特例被保険者及び日雇労働被保険者を除く。以下この款において同じ。)が、次の各号のいずれにも該当する休業(法第16条の4第3項に規定する支給単位期間において公共職業安定所長が就業をしていると認める日数が10日以下であるものに限る。)をした場合に、支給する。

一 ~ 三(現行どおり)
四 期間を定めて雇用される者にあつては、介護休業開始予定日から起算して93日を経過する日から6か月を経過する日までに、その労働契約(契約が更新される場合にあつては、更新後のもの)が満了することが明らかでない者であること。

新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金の対象となる休業期間及び申請期限の延長

新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金の対象となる休業期間及び申請期限の延長

予想通り延長されました。
感染者数が増える一方ですが、個人的には「独りめし専用営業」で飲食店とカフェの通常営業ぐらいは認めてもらいたいです。素人の考えですが、ウイルスは胃に流されれば胃酸で死滅するので、本来は飲食中に感染するリスクは少ないと思います。食べたり飲んだりするのを止めて長話していると、感染するんじゃないんですかね。

なお、雇用調整助成金やこの新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金で支出が増えてるため、雇用保険の保険料率の値上げが検討されているようです。

以下に、厚生労働省のホームページの内容をそのまま掲載します。
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_20061.html


新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金(以下「休業支援金」という。)について、中小企業のシフト制労働者等の令和2年4月から9月までの休業に関する申請期限などを令和3年7月末としていたところですが、今般、対象となる休業期間及び申請期限を下記のとおり延長することとしましたのでお知らせします。

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① 令和2年10 月30 日公表のリーフレットの対象となる方(下記のいずれかに該当する方)
・いわゆるシフト制、日々雇用、登録型派遣で働かれている方
・ショッピングセンターの休館に起因するような外的な事業運営環境の変化に起因する休業の場合
・上記以外の方で労働条件通知書等により所定労働日が明確(「週〇日勤務」など)であり、かつ、労働者の都合による休業ではないにもかかわらず、労使で休業の事実について認識が一致しない場合

② 労働契約上、労働日が明確でない方(シフト制、日々雇用、登録型派遣)
その他の詳しい情報については、厚生労働省の休業支援金のHPをご覧下さい。
(参考)休業支援金・給付金HP
https://www.mhlw.go.jp/stf/kyugyoshienkin.html

「業務改善助成金」の特例的な要件が8月より緩和・拡充

「業務改善助成金」の特例的な要件が8月より緩和・拡充

厚生労働省により、中小企業・小規模事業者の生産性向上を支援し、事業場内で最も低い賃金(事業場内最低賃金)の引き上げを図るため、「業務改善助成金」制度が設けられていますが、新型コロナウイルス感染症の影響により、特に業況が厳しい中小企業・小規模事業者に対して、8月1日から、対象人数の拡大や助成上限額の引き上げが行われます。
また、助成対象となる設備投資の範囲の拡大や、45円コースの新設・同一年度内の複数回申請を可能にするなど、使い勝手の向上が図られるようです。
この制度では、事業場内最低賃金を一定額以上引き上げ、生産性を向上するための設備投資などを行う中小企業・小規模事業者に対し、設備投資などに要した費用の一部が助成されます。
ちなみに、全ての地域で28円を目安に、10月から最低賃金が引き上げられる見込みです。
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_19902.html

詳細は、下記の及びホームページをご覧ください。
また、ホームページの中に、制度の概要や申請書の記載方法などを解説した動画を掲載される予定とのことです。

助成金制度の詳細はこちら 】
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsu

1.業務改善助成金とは

業務改善助成金は、中小企業・小規模事業者の生産性向上を支援し、事業場内で最も低い賃金(事業場内最低賃金)の引上げを図るための制度です。 生産性向上のための設備投資(機械設備、POSシステム等の導入)などを行い、事業場内最低賃金を一定額以上引き上げた場合、その設備投資などにかかった費用の一部が助成されます。
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(※1)10人以上の上限額区分は、以下のいずれかに該当する事業場が対象となります。
・賃金要件:事業場内最低賃金900円未満の事業場
・生産量要件:売上高や生産量などの事業活動を示す指標の直近3ヶ月間の月平均値が前年又は前々年の同じ月に比べて、30%以上減少している事業者
(※2)ここでいう「生産性」とは、企業の決算書類から算出した、労働者1人当たりの付加価値を指します。助成金の支給申請時の直近の決算書類に基づく生産性と、その3年度前の決算書類に基づく生産性を比較し、伸び率が一定水準を超えている場合等に、加算して支給されます。

2.支給の要件

① 賃金引上計画を策定すること
計画により、事業場内最低賃金を一定額以上引き上げる(就業規則等に規定)

② 引上げ後の賃金額を支払うこと
③ 生産性向上に資する機器・設備などを導入することにより業務改善を行い、その費用を支払うこと
( (1) 単なる経費削減のための経費、 (2) 職場環境を改善するための経費、 (3)通常の事業活動に伴う経費などは除きます。)
④ 解雇、賃金引下げ等の不交付事由がないこと など

※その他、申請に当たって必要な書類があります。

3.助成額

申請コースごとに定める引上げ額以上、事業場内最低賃金を引き上げた場合、生産性向上のための設備投資等にかかった費用に助成率を乗じて算出した額を助成します(千円未満端数切り捨て)。 なお、申請コースごとに、助成対象事業場、引上げ額、助成率、引き上げる労働者数、助成の上限額が定められていますので、ご注意ください。

4.生産性向上に資する設備・機器の導入例

・POSレジシステム導入による在庫管理の短縮
・リフト付き特殊車両の導入による送迎時間の短縮
・顧客・在庫・帳票管理システムの導入による業務の効率化
・専門家による業務フロー見直しによる顧客回転率の向上 など

5.特に業況の厳しい事業主(※1)への特例

(※1)前年又は前々年比較で売上等▲30%減

①対象人数の拡大 ・ 助成上限額引上げ

現行では、賃金引上げ対象人数について、最大「7人以上」としているところ、最大「10人以上」のメニューを増設し、助成上限額を450万円から600万円へ 拡大 。
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②設備投資の範囲の拡充

現行では自動車(特種用途自動車を除く)やパソコン等の購入は対象外。コロナ禍の影響を受ける中にあっても、賃金引上げ額を30円以上とする場合には、以下の通り、生産性向上に資する自動車やパソコン等を補助対象に拡充。
・乗車定員11人以上の自動車及び貨物自動車
・パソコン、スマホタブレット等の端末及び周辺機器(新規導入)

6.全事業主を対象とする特例

①45円コースの新設

現行で最も活用されている30円と60円の中間に45円コースを増設。選択肢を増やすことで使い勝手が向上。

②同一年度内の複数回申請

現行では、同一年度内の複数回受給を認めていないが、年度当初に助成金を活用し、賃上げを実施した事業場であっても、10月に最賃の引上げが行われ、再度賃上げを行うケースが想定されるため、年度内の複数回申請を可能とする。

2021年(令和3年)9月1日から、育児休業給付に関する被保険者期間の要件を一部変更になります

2021年(令和3年)9月1日から、育児休業給付に関する被保険者期間の要件を一部変更になります

https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000809393.pdf


育児休業給付金」の被保険者期間の要件が、2021年(令和3年)9月1日から一部変更となります。
これにより、これまで要件を満たさなかった場合でも、支給の対象となる可能性があります。
特に、勤務開始後1年程度で産休に入った方などは対象となる可能性がありますので、一度ご確認ください。

原則の育児休業給付の被保険者期間

【現行】
育児休業開始日を起算点として、その日前2年間に賃金支払基礎日数(就労日数)が11日以上(*1)ある完全月が12か月以上あること。

【改正後】(追加:ANDではなくOR
被保険者期間において上記要件を満たさないケースでも、産前休業開始日等(*2)を起算点として、その日前2年間に賃金支払基礎日数(就労日数)が11日以上(*1)ある完全月が12か月以上ある場合には、育児休業給付の支給に係る被保険者期間要件を満たすものとなる。

*1 11日以上の月が12か月ない場合、完全月で賃金支払基礎となった時間数が80時間以上の月を1か月として算定します。
*2 産前休業を開始する日前に子を出生した場合は「当該子を出生した日の翌日」、産前休業を開始する日前に当該休業に先行する母性保護のための休業をした場合は「当該先行する休業を開始した日」を起算点とします。

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育児休業開始の直前まで、産前産後休業を取得すると、育児休業開始日を基準にすると、直前の2か月から3か月(14週間)の間は就労日数が11日に満たないことになります。産前産後休業の直後に育児休業を開始することが制度設計上予定されているにも関わらず、不利な扱いになってしまうため、改正前の条件を満たさない場合は、産前休業開始日等を基準とすることを可能にするための変更です。

[休業開始時賃金月額証明書の記載の仕方]

改正後の方法によって被保険者期間を確認する場合、休業開始時賃金月額証明書の④および⑦の「休業等を開始した日」欄に産前休業開始日等を記載してください。それ以外の記載方法はこれまでと同様です。
詳しくは、事業所の所在地を管轄するハローワークにご相談ください。

【解雇】小川建設事件(東京地決昭57.11.19労働判例397号30頁)

小川建設事件(東京地決昭57.11.19労働判例397号30頁)

1.事件の概要

Xは、総合建設業、一般土木建築工事等を目的とするY社の町田営業所で事務員として勤務していた。 Xの町田営業所での勤務時間は午前8時45分から午後5時15分までであり、その具体的職務内容は本社・外回りの社員・顧客からの電話連絡の処理、営業所内の清掃、本社と営業所との通信事務、営業所内の書類整理等であった。
XはY社に勤務する傍ら、神奈川県模原市所在のキャバレーAにおいて、昭和55年4月8日から同年5月15日まではリスト係として、また同年6月10日からは会計係として勤務した。Xの同キャバレーでの勤務時間は午後6時から午前0時までであり、リスト係としての職務内容はホステス、客の出入りチェックであり、会計係の職務内容は客からの飲食代金の領収、ホステスの指名料、ドリンク料等の記帳であった。
なお、Xは昭和56年3月4日以降同キャバレーの勤務をやめており、この点に関して、Xは、同人は同キャバレーから解雇されたものであるところ同解雇は無効であるとして、同キャバレーに対する地位保全等仮処分を横浜地方裁判所に申請していたが、昭和57年9月30日、債権者は同キャバレーを自己都合により退職したものであつて解雇されたものではないとの理由等により、同申請は却下されるに至つた。
Y社の就業規則第31条には「社員が次の各号の一に該当するときは、その情状に応じ前条の規定による制裁を行う。......(4)会社の承認を得ないで在籍のまま他に雇われたとき......」なる定めが存在し、同第30条において制裁の種類として、譴責・減給・出勤停止・昇給停止・降格・論旨解雇・懲戒解雇を規定しているところ、Xの前記キャバレーAへの二重就職がY社に知れるところとなり、Y社はXに対し、昭和57年1月23日付内容証明郵便により、右二重就職は会社就業規則第31条4項に該当するので懲戒解雇にすべきところを通常解雇にとどめるとして、通常解雇の意思表示をなし、同意思表示は、昭和57年1月25日、Xに到達した。
これに対して、Xが従業員としての地位保全と賃金支払の仮処分を求めたのが本件である。

2.判決の概要

① 就業規則における兼業制限規定の合理性
法律で兼業が禁止されている公務員と異り、私企業の労働者は一般的には兼業は禁止されておらず、その制限禁止は就業規則等の具体的定めによることになるが、労働者は労働契約を通じて一日のうち一定の限られた時間のみ、労務に服するのを原則とし、就業時間外は本来労働者の自由であることからして、就業規則で兼業を全面的に禁止することは、特別な場合を除き、合理性を欠く。しかしながら、労働者がその自由なる時間を精神的肉体的疲労回復のため適度な休養に用いることは次の労働日における誠実な労働提供のための基礎的条件をなすものであるから、使用者としても労働者の自由な時間の利用について関心を持たざるをえず、また、兼業の内容によつては企業の経営秩序を害し、または企業の対外的信用、体面が傷つけられる場合もありうるので、従業員の兼業の許否について、労務提供上の支障や企業秩序への影響等を考慮したうえでの会社の承諾にかからしめる旨の規定を就業規則に定めることは不当とはいいがたく、したがつて、同趣旨のY社就業規則第31条4項の規定は合理性を有するものである。

② Xの行為のY社就業規則第31条4項該当性
Y社は、Xの採用面接にあたつて他へ二重就職する予定であることをY社に告知し、Y社はこれにつき黙示の承諾を与えた旨主張するが、本件疎明資料および審尋の結果によれば、Xは、Y社採用面接に際し、月給として最低13三万円を希望し、月給が13万円に満たない場合には他にアルバイトすることも考えなければ生活していけない旨を述べたことは窺われるが、その後、実際にキャバレーAに勤務を始めるにあたって、XがY社に対してその勤務先や勤務内容等を具体的に特定して二重就職の具体的承諾を求めたこと、あるいは、Y社がXの二重就職をすることを黙示に承諾していたことを認める疎明はなく、したがつて、X者の右キャバレーへの勤務は債務者就業規則第31条4項にいう「会社の承諾を得ないで在籍のまま他に雇われたとき」に該当するものと認めることができる。

③ 本件解雇の相当性
Y社就業規則第31条4項の規定は、前述のとおり従業員が二重就職をするについて当該兼業の職務内容が会社に対する本来の労務提供に支障を与えるものではないか等の判断を会社に委ねる趣旨をも含むものであるから、本件Xの兼業の職務内容のいかんにかかわらず、債権者が債務者に対して兼業の具体的職務内容を告知してその承諾を求めることなく、無断で二重就職したことは、それ自体が企業秩序を阻害する行為であり、Y社に対する雇用契約上の信用関係を破壊する行為と評価されうるものである。 そして、本件Xの兼業の職務内容は、Y社の就業時間とは重複してはいないものの、軽労働とはいえ毎日の勤務時間は6時間に互りかつ深夜に及ぶものであつて、単なる余暇利用のアルバイトの域を越えるものであり、したがつて当該兼業がY社への労務の誠実な提供に何らかの支障をきたす蓋然性が高いものとみるのが社会一般の通念であり、事前にY社への申告があつた場合には当然にY社の承諾が得られるとは限らないものであつたことからして、本件Xの無断二重就職行為は不問に付して然るべきものとは認められない。
更に、審尋の結果および本件疎明資料によれば、Xには、本件二重就職の影響によるものか否かは明らかではないが、就業時間中居眠りが多く、残業を嫌忌する等の就業態度がみられ、また、本件解雇後の事情ではあるが、Y社は、X採用面接に際して債務者に提出した履歴書中には「クラブB」や「C株式会社」等水商売関係への勤務経歴を脱漏させていた節がみられることや、前記キャバレーAでの地位保全等仮処分事件のX本人尋問において、後の供述で訂正はしたものの、Y社に雇用されている事実を隠蔽する供述をしたことなどがY社のXに対する信用を一層失わしめることとなつたことがそれぞれ認められる。
これらの事情を総合すれば、Y社が前記Xの無断二重就職の就業規則違背行為をとらえて懲戒解雇とすべきところを通常解雇にした処置は企業秩序維持のためにやむをえないものであつて妥当性を欠くものとはいいがたく、本件解雇当時債権者は既に前記キャバレーAへの勤務を事実上やめていたとの事情を考慮しても、右解雇が権利濫用により無効であるとは認めることができない。

3.解説

従業員の兼業を禁止する就業規則の規定ついて、「就業規則で兼業を全面的に禁止することは、特別な場合を除き、合理性を欠く。」としながらも、兼業の許可制については合理的であるとし、Y社就業規則第31条4項の規定の効力を認めています。
ここで、就業規則の合理性が問題となっているのは、当時は判例法理であった「合理的な労働条件を定めているものであるかぎり、経営主体と労働者との間の労働条件は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、その法的規範性が認められる。」(秋北バス事件 最大判昭和43.12.25民集22巻13号3459頁)という論法に沿うものです。なお、現在この法理は労働契約法第7条に明文化されています。
本裁判例は下級審なので、終局的にどうかはわかりませんが「就業規則で兼業を全面的に禁止することは、特別な場合を除き、合理性を欠く。」ということは、兼業を全面的に禁止した規定は合理性を欠くため、従業員と会社の間の労働契約の内容ではない(禁止した規定自体が無効)と判断される可能性があります。(もっとも、限定的な解釈により、「会社が許可しなかった場合に禁止する趣旨である」と判断される可能性もありますが)

労働契約法第7条 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。

Y社では、兼業を許可制にしていたため、Xの兼業は就業規則違反となりました。

そして、次の段階としてXの兼業の実態が解雇に相当するかが判断されています。
兼業の実態が、もしXが許可を申請したならばY社は、許可する必要があるようなものであれば、単なる手続違反ということになり解雇の相当性は否定されます。
この「許可する必要があるようなもの」というのは、会社は好き勝手に不許可とすることができないことを意味します。

本来、労働時間以外の行動は自由であるのが原則なので、それを禁止できる場合には制限があり、一般的に次のような場合が該当すると言われています。

労務提供上の支障がある場合
② 業務上の秘密が漏洩する場合
③ 競業により自社の利益が害される場合
④ 自社の名誉や信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合

本件においては、「軽労働とはいえ毎日の勤務時間は6時間に互りかつ深夜に及ぶものであつて、単なる余暇利用のアルバイトの域を越えるものであり、したがつて当該兼業がY社への労務の誠実な提供に何らかの支障をきたす蓋然性が高い」とし、実際に「就業時間中居眠りが多く、残業を嫌忌する等の就業態度」があったことから①に該当とする判断されています。

これだけであれば、反省し兼業を止めていれば解雇が認められるかは微妙ですが、「X採用面接に際して債務者に提出した履歴書中には「クラブB」や「C株式会社」等水商売関係への勤務経歴を脱漏させていた節がみられることや、前記キャバレーAでの地位保全等仮処分事件のX本人尋問において、後の供述で訂正はしたものの、Y社に雇用されている事実を隠蔽する供述をしたことなどがY社のXに対する信用を一層失わしめることとなつたことがそれぞれ認められる。」という経歴詐称が疑われる事情もあったことから、信頼関係が修復できないとして解雇が認められました。
なお、「キャバレー」というのは、現在のキャバクラのようなものらしく、「自社の名誉や信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合」にも相当するように思えますが、会計係であったことから触れられていないのかと思います。

雇用推進助成金の65歳超継続雇用促進コースの支給要件にある60歳以上雇用保険被保険者とは

雇用推進助成金の65歳超継続雇用促進コースの支給要件にある60歳以上雇用保険被保険者とは

先日、定年を60歳から65歳に引き上げる就業規則の変更を受託したので、「65歳超雇用推進助成金」の「65歳超継続雇用促進コース」を利用できないか内容を確認してみました。
主な支給要件は次のとおりです。

① 労働協約又は就業規則により、次の[1]~[4]のいずれかに該当する制度を実施したこと。
[1]65歳以上への定年引上げ
[2]定年の定めの廃止
[3]希望者全員を66歳以上の年齢まで雇用する継続雇用制度の導入              
[4]他社による継続雇用制度の導入

② ①の制度を規定した際に経費を要したこと。 ※2
③ ①の制度を規定した労働協約又は就業規則を整備していること。 ※2
④ 支給申請日の前日において、高年齢者雇用等推進者の選任及び高年齢者雇用管理に関する措置を実施している事業主であること。 ※2 
⑤ 支給申請日の前日において、高年齢者雇用安定法第8条又は第9条第1項の規定と異なる定めをしていないこと。 ※2
⑥ 高年齢者雇用確保措置を講じていないことにより、同法第10条第2項に基づき、当該雇用確保措置を講ずべきことの勧告を受けていないこと及び、法令に基づいた適切な高年齢者就業確保措置を講じていないことにより、同法第10条の3第2項に基づき、当該就業確保措置の是正に向けた計画作成勧告を受けていないこと(勧告を受け、支給申請日の前日までにその是正を図った場合を含みます。)。
⑦ 支給申請日の前日において、当該事業主に1年以上継続して雇用されている60歳以上の雇用保険被保険者(短期雇用特例被保険者及び日雇労働被保険者を除く。期間の定めのない労働契約を締結する労働者又は定年後に継続雇用制度により引き続き雇用されている者に限る。)が1人以上いること。

※1 1回目の申請の定年年齢が70歳未満かつ希望者全員の継続雇用年齢が70歳以上である場合であって、2回目の申請の際に新たに定年年齢を70歳以上に引き上げた、もしくは定年の定めを廃止した場合は助成対象となります。
※2 ①[4]の措置制度を実施し支給申請を行う場合は、以下の要件も満たす必要があります。
  ・②において、他の事業主の労働協約又は就業規則に制度を規定した際の費用全額を申請事業主が負担している必要があること。
  ・③において、他の事業主の労働協約又は就業規則に規定を行う必要があること。
  ・④及び(5)において、他の事業主も要件を満たしている必要があること。

「定年60歳で、解雇要件に該当しない限り、希望者全員を65歳まで1年毎の有期契約で再雇用する制度」を、「定年65歳で、解雇要件に該当しない限り、希望者全員を70歳まで1年毎の有期契約で再雇用する制度」に変更するだけなので、要件を満たしそうだと思っていたら、次の要件がちょっと気になりました。

⑦ 支給申請日の前日において、当該事業主に1年以上継続して雇用されている60歳以上の雇用保険被保険者(短期雇用特例被保険者及び日雇労働被保険者を除く。期間の定めのない労働契約を締結する労働者又は定年後に継続雇用制度により引き続き雇用されている者に限る。)が1人以上いること。

この会社には、1年以上継続雇用されている60歳以上の雇用保険被保険者で、期間の定めのない労働契約を締結している従業員が一人だけおり、形式的には要件を満たしていました。
しかし、その従業員は、60歳台後半に期間の定めのない労働契約で雇用されたという経緯があり(現在70歳台前半)、今回変更する就業規則の対象にはなりません。
そこで、違和感を感じて「独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構」の某支部に問い合わせました。

回答は、やはり「⑦の要件を満たす従業員がいても、変更する就業規則の対象外となる場合は助成金の支給対象にはなりません。」とのことでした。

「当該事業主に1年以上継続して雇用されている60歳以上の雇用保険被保険者(短期雇用特例被保険者及び日雇労働被保険者を除く。期間の定めのない労働契約を締結する労働者又は定年後に継続雇用制度により引き続き雇用されている者に限る。)」
という支給要件の意義は、定年の引き上げ等の恩恵を受ける60歳以上の従業員(雇用保険被保険者で勤続1年以上)が存在することにあるようです。

※ 電話で確認しただけなので、機構の担当者が間違った回答をしたという可能性がないとは言い切れません。不審に思う場合は、各自お問い合わせください。万一間違っていたとしても、私は一切責任を負いません。悪しからず。

※ 「65歳超雇用推進助成金」の詳細については、下記をご参照ください。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000139692.html

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