社会保険労務士川口正倫のブログ

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【解雇】小川建設事件(東京地決昭57.11.19労働判例397号30頁)

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小川建設事件(東京地決昭57.11.19労働判例397号30頁)

1.事件の概要

Xは、総合建設業、一般土木建築工事等を目的とするY社の町田営業所で事務員として勤務していた。 Xの町田営業所での勤務時間は午前8時45分から午後5時15分までであり、その具体的職務内容は本社・外回りの社員・顧客からの電話連絡の処理、営業所内の清掃、本社と営業所との通信事務、営業所内の書類整理等であった。
XはY社に勤務する傍ら、神奈川県模原市所在のキャバレーAにおいて、昭和55年4月8日から同年5月15日まではリスト係として、また同年6月10日からは会計係として勤務した。Xの同キャバレーでの勤務時間は午後6時から午前0時までであり、リスト係としての職務内容はホステス、客の出入りチェックであり、会計係の職務内容は客からの飲食代金の領収、ホステスの指名料、ドリンク料等の記帳であった。
なお、Xは昭和56年3月4日以降同キャバレーの勤務をやめており、この点に関して、Xは、同人は同キャバレーから解雇されたものであるところ同解雇は無効であるとして、同キャバレーに対する地位保全等仮処分を横浜地方裁判所に申請していたが、昭和57年9月30日、債権者は同キャバレーを自己都合により退職したものであつて解雇されたものではないとの理由等により、同申請は却下されるに至つた。
Y社の就業規則第31条には「社員が次の各号の一に該当するときは、その情状に応じ前条の規定による制裁を行う。......(4)会社の承認を得ないで在籍のまま他に雇われたとき......」なる定めが存在し、同第30条において制裁の種類として、譴責・減給・出勤停止・昇給停止・降格・論旨解雇・懲戒解雇を規定しているところ、Xの前記キャバレーAへの二重就職がY社に知れるところとなり、Y社はXに対し、昭和57年1月23日付内容証明郵便により、右二重就職は会社就業規則第31条4項に該当するので懲戒解雇にすべきところを通常解雇にとどめるとして、通常解雇の意思表示をなし、同意思表示は、昭和57年1月25日、Xに到達した。
これに対して、Xが従業員としての地位保全と賃金支払の仮処分を求めたのが本件である。

2.判決の概要

① 就業規則における兼業制限規定の合理性
法律で兼業が禁止されている公務員と異り、私企業の労働者は一般的には兼業は禁止されておらず、その制限禁止は就業規則等の具体的定めによることになるが、労働者は労働契約を通じて一日のうち一定の限られた時間のみ、労務に服するのを原則とし、就業時間外は本来労働者の自由であることからして、就業規則で兼業を全面的に禁止することは、特別な場合を除き、合理性を欠く。しかしながら、労働者がその自由なる時間を精神的肉体的疲労回復のため適度な休養に用いることは次の労働日における誠実な労働提供のための基礎的条件をなすものであるから、使用者としても労働者の自由な時間の利用について関心を持たざるをえず、また、兼業の内容によつては企業の経営秩序を害し、または企業の対外的信用、体面が傷つけられる場合もありうるので、従業員の兼業の許否について、労務提供上の支障や企業秩序への影響等を考慮したうえでの会社の承諾にかからしめる旨の規定を就業規則に定めることは不当とはいいがたく、したがつて、同趣旨のY社就業規則第31条4項の規定は合理性を有するものである。

② Xの行為のY社就業規則第31条4項該当性
Y社は、Xの採用面接にあたつて他へ二重就職する予定であることをY社に告知し、Y社はこれにつき黙示の承諾を与えた旨主張するが、本件疎明資料および審尋の結果によれば、Xは、Y社採用面接に際し、月給として最低13三万円を希望し、月給が13万円に満たない場合には他にアルバイトすることも考えなければ生活していけない旨を述べたことは窺われるが、その後、実際にキャバレーAに勤務を始めるにあたって、XがY社に対してその勤務先や勤務内容等を具体的に特定して二重就職の具体的承諾を求めたこと、あるいは、Y社がXの二重就職をすることを黙示に承諾していたことを認める疎明はなく、したがつて、X者の右キャバレーへの勤務は債務者就業規則第31条4項にいう「会社の承諾を得ないで在籍のまま他に雇われたとき」に該当するものと認めることができる。

③ 本件解雇の相当性
Y社就業規則第31条4項の規定は、前述のとおり従業員が二重就職をするについて当該兼業の職務内容が会社に対する本来の労務提供に支障を与えるものではないか等の判断を会社に委ねる趣旨をも含むものであるから、本件Xの兼業の職務内容のいかんにかかわらず、債権者が債務者に対して兼業の具体的職務内容を告知してその承諾を求めることなく、無断で二重就職したことは、それ自体が企業秩序を阻害する行為であり、Y社に対する雇用契約上の信用関係を破壊する行為と評価されうるものである。 そして、本件Xの兼業の職務内容は、Y社の就業時間とは重複してはいないものの、軽労働とはいえ毎日の勤務時間は6時間に互りかつ深夜に及ぶものであつて、単なる余暇利用のアルバイトの域を越えるものであり、したがつて当該兼業がY社への労務の誠実な提供に何らかの支障をきたす蓋然性が高いものとみるのが社会一般の通念であり、事前にY社への申告があつた場合には当然にY社の承諾が得られるとは限らないものであつたことからして、本件Xの無断二重就職行為は不問に付して然るべきものとは認められない。
更に、審尋の結果および本件疎明資料によれば、Xには、本件二重就職の影響によるものか否かは明らかではないが、就業時間中居眠りが多く、残業を嫌忌する等の就業態度がみられ、また、本件解雇後の事情ではあるが、Y社は、X採用面接に際して債務者に提出した履歴書中には「クラブB」や「C株式会社」等水商売関係への勤務経歴を脱漏させていた節がみられることや、前記キャバレーAでの地位保全等仮処分事件のX本人尋問において、後の供述で訂正はしたものの、Y社に雇用されている事実を隠蔽する供述をしたことなどがY社のXに対する信用を一層失わしめることとなつたことがそれぞれ認められる。
これらの事情を総合すれば、Y社が前記Xの無断二重就職の就業規則違背行為をとらえて懲戒解雇とすべきところを通常解雇にした処置は企業秩序維持のためにやむをえないものであつて妥当性を欠くものとはいいがたく、本件解雇当時債権者は既に前記キャバレーAへの勤務を事実上やめていたとの事情を考慮しても、右解雇が権利濫用により無効であるとは認めることができない。

3.解説

従業員の兼業を禁止する就業規則の規定ついて、「就業規則で兼業を全面的に禁止することは、特別な場合を除き、合理性を欠く。」としながらも、兼業の許可制については合理的であるとし、Y社就業規則第31条4項の規定の効力を認めています。
ここで、就業規則の合理性が問題となっているのは、当時は判例法理であった「合理的な労働条件を定めているものであるかぎり、経営主体と労働者との間の労働条件は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、その法的規範性が認められる。」(秋北バス事件 最大判昭和43.12.25民集22巻13号3459頁)という論法に沿うものです。なお、現在この法理は労働契約法第7条に明文化されています。
本裁判例は下級審なので、終局的にどうかはわかりませんが「就業規則で兼業を全面的に禁止することは、特別な場合を除き、合理性を欠く。」ということは、兼業を全面的に禁止した規定は合理性を欠くため、従業員と会社の間の労働契約の内容ではない(禁止した規定自体が無効)と判断される可能性があります。(もっとも、限定的な解釈により、「会社が許可しなかった場合に禁止する趣旨である」と判断される可能性もありますが)

労働契約法第7条 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。

Y社では、兼業を許可制にしていたため、Xの兼業は就業規則違反となりました。

そして、次の段階としてXの兼業の実態が解雇に相当するかが判断されています。
兼業の実態が、もしXが許可を申請したならばY社は、許可する必要があるようなものであれば、単なる手続違反ということになり解雇の相当性は否定されます。
この「許可する必要があるようなもの」というのは、会社は好き勝手に不許可とすることができないことを意味します。

本来、労働時間以外の行動は自由であるのが原則なので、それを禁止できる場合には制限があり、一般的に次のような場合が該当すると言われています。

労務提供上の支障がある場合
② 業務上の秘密が漏洩する場合
③ 競業により自社の利益が害される場合
④ 自社の名誉や信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合

本件においては、「軽労働とはいえ毎日の勤務時間は6時間に互りかつ深夜に及ぶものであつて、単なる余暇利用のアルバイトの域を越えるものであり、したがつて当該兼業がY社への労務の誠実な提供に何らかの支障をきたす蓋然性が高い」とし、実際に「就業時間中居眠りが多く、残業を嫌忌する等の就業態度」があったことから①に該当とする判断されています。

これだけであれば、反省し兼業を止めていれば解雇が認められるかは微妙ですが、「X採用面接に際して債務者に提出した履歴書中には「クラブB」や「C株式会社」等水商売関係への勤務経歴を脱漏させていた節がみられることや、前記キャバレーAでの地位保全等仮処分事件のX本人尋問において、後の供述で訂正はしたものの、Y社に雇用されている事実を隠蔽する供述をしたことなどがY社のXに対する信用を一層失わしめることとなつたことがそれぞれ認められる。」という経歴詐称が疑われる事情もあったことから、信頼関係が修復できないとして解雇が認められました。
なお、「キャバレー」というのは、現在のキャバクラのようなものらしく、「自社の名誉や信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合」にも相当するように思えますが、会計係であったことから触れられていないのかと思います。