社会保険労務士川口正倫のブログ

都内の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ



【同一労働同一賃金】長澤運輸事件(最二小判平30.6.1労判1179号34頁)

バナー
Kindle版 職場の出産・育児関係手続ガイドブック~令和の常識~
定価:800円で好評発売中!!


にほんブログ村
続き

長澤運輸事件(最二小判平30.6.1労判1179号34頁)

審判     :最高裁判所
裁判所名  :最高裁判所第二小法廷
事件番号  :平成29年(受)442号
裁判年月日 :平成30年6月1日
裁判区分  :判決

1.事件の概要

Xらは、いずれもセメント、液化ガス、食品等の輸送事業を営むY社と無期労働契約を締結し、バラセメントタンク車(以下「バラ車」という。)の乗務員として勤務していたが、Y社を定年退職した後、Y社と有期労働契約を締結し、それ以降もバラ車の乗務員として勤務していた。Xらは、期間の定めのない労働契約(以下「無期労働契約」という。)をY社と締結している従業員との間に、労働契約法20条に違反する労働条件の相違があると主張して、Y社に対し、上記従業員に関する就業規則等が適用される労働契約上の地位にあることの確認を求めるとともに、労働契約に基づき、上記就業規則等により支給されるべき賃金と実際に支給された賃金との差額の支払等を求めて提訴した。第一審は、Xらの請求を概ね認容したが、これを不服としてY社は控訴し、第二審が労働基準法第20条違反を否定したため、Xらが上告したのが本件である。

2.判決の概要

原審は、次のとおり判断し、Xらの請求をいずれも棄却した。
事業主は、高年齢者雇用安定法により、60歳を超えた高年齢者の雇用確保措置を義務付けられており、定年退職した高年齢者の継続雇用に伴う賃金コストの無制
限な増大を回避する必要があること等を考慮すると、定年退職後の継続雇用における賃金を定年退職時より引き下げること自体が不合理であるとはいえない。また、
定年退職後の継続雇用において職務内容やその変更の範囲等が変わらないまま相当程度賃金を引き下げることは広く行われており、Y社が嘱託乗務員について正
社員との賃金の差額を縮める努力をしたこと等からすれば、Xらの賃金が定年退職前より2割前後減額されたことをもって直ちに不合理であるとはいえず、嘱託乗務員と正社員との賃金に関する労働条件の相違が労働契約法20条に違反するということはできない。

しかしながら、原審の上記判断のうち、精勤手当及び超勤手当(時間外手当)を除く本件各賃金項目に係る労働条件の相違が労働契約法20条に違反しないとした部分は結論において是認することができるが、各手当に係る労働条件の相違が同条に違反しないとした部分は是認することができない。
その理由は、次のとおりである。

(1) 労働契約法20条は、有期労働契約を締結している労働者(以下「有期契約労働者」という。)の労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と無期労働契約を締結している労働者(以下「無期契約労働者」という。)の労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない旨を定めている。同条は、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件に相違があり得ることを前提に、職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情(以下「職務の内容等」という。)を考慮して、その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり、職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解される(ハマキョウレックス事件(最二小判平30.6.1 労判1179号20頁)参照)。

(2) 労働契約法20条にいう「期間の定めがあることにより」とは、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいうものと解するのが相当である(ハマキョウレックス事件(最二小判平30.6.1 労判1179号20頁)参照)。Y社の嘱託乗務員と正社員との本件各賃金項目に係る労働条件の相違は、嘱託乗務員の賃金に関する労働条件が、正社員に適用いるものであるから、当該相違は期間の定めの有無に関連して生じたものであるということができる。したがって、嘱託乗務員と正社員の本件各賃金項目に係る労働条件は、同条にいう期間の定めがあることにより相違している場合に当たる。

(3)ア 労働契約法20条にいう「不合理と認められるもの」とは、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうと解するのが相当である(前掲(ハマキョウレックス事件(最二小判平30.6.1 労判1179号20頁)参照)。
イ Y社における嘱託乗務員及び正社員は、その業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に違いはなく、業務の都合により配置転換等を命じられることがある点でも違いはないから、両者は、職務の内容並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲(以下、併せて「職務内容及び変更範囲」という。)において相違はないということができる。
しかしながら、労働者の賃金に関する労働条件は、労働者の職務内容及び変更範囲により一義的に定まるものではなく、使用者は、雇用及び人事に関する経営判断の観点から、労働者の職務内容及び変更範囲にとどまらない様々な事情を考慮して、労働者の賃金に関する労働条件を検討するものということができる。また、労働者の賃金に関する労働条件の在り方については、基本的には、団体交渉等による労使自治に委ねられるべき部分が大きいということもできる。そして、労働契約法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮する事情として、「その他の事情」を挙げているところ、その内容を職務内容及び変更範囲に関連する事情に限定すべき理由は見当たらない。
したがって、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮されることとなる事情は、労働者の職務内容及び変更範囲並びにこれらに関連する事情に限定されるものではないというべきである。
ウ Y社における嘱託乗務員は、Y社を定年退職した後に、有期労働契約により再雇用された者である。定年制は、使用者が、その雇用する労働者の長期雇用や年功的処遇を前提としながら、人事の刷新等により組織運営の適正化を図るとともに、賃金コストを一定限度に抑制するための制度ということができるところ、定年制の下における無期契約労働者の賃金体系は、当該労働者を定年退職するまで長期間雇用することを前提に定められたものであることが少なくないと解される。これに対し、使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合、当該者を長期間雇用することは通常予定されていない。また、定年退職後に再雇用される有期契約労働者は、定年退職するまでの間、無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり、一定の要件
を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。そして、このような事情は、定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系の在り方を検討するに当たって、その基礎になるものであるということができる。
そうすると、有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは、当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において、労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たると解するのが相当である。

(4)本件においては、Y社における嘱託乗務員と正社員との本件各賃金項目に係る労働条件の相違が問題となるところ、労働者の賃金が複数の賃金項目から構成されている場合、個々の賃金項目に係る賃金は、通常、賃金項目ごとに、その趣旨を異にするものであるということができる。そして、有期契約労働者と無期契約労働者との賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、当該賃金項目の趣旨により、その考慮すべき事情や考慮の仕方も異なり得るというべきである。
そうすると、有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。
なお、ある賃金項目の有無及び内容が、他の賃金項目の有無及び内容を踏まえて決定される場合もあり得るところ、そのような事情も、有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり考慮されることになるものと解される。
(5) 上記(1)から(4)までで述べたところを踏まえて、Y社人における嘱託乗務員と正社員との本件各賃金項目に係る労働条件の相違が、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるか否かについて検討する。

① 嘱託乗務員に対して能率給及び職務給が支給されないこと等について
Y社は、正社員に対し、基本給、能率給及び職務給を支給しているが、嘱託乗務員に対しては、基本賃金及び歩合給を支給し、能率給及び職務給を支給していない。基本給及び基本賃金は、労務の成果である乗務員の稼働額にかかわらず、従業員に対して固定的に支給される賃金であるところ、Xらの基本賃金の額は、いずれも定年退職時における基本給の額を上回っている。また、能率給及び歩合給は、労務の成果に対する賃金であるところ、その額は、いずれも職種に応じた係数を乗務員の月稼働額に乗ずる方法によって計算するものとされ、嘱託乗務員の歩合給に係る係数は、正社員の能率給に係る係数の約2倍から約3倍に設定されている。そして、Y社は、本件組合との団体交渉を経て、嘱託乗務員の基本賃金を増額し、歩合給に係る係数の一部を嘱託乗務員に有利に変更している。このような賃金体系の定め方に鑑みれば、Y社は、嘱託乗務員について、正社員と異なる賃金体系を採用するに当たり、職種に応じて額が定められる職務給を支給しない代わりに、基本賃金の額を定年退職時の基本給の水準以上とすることによって収入の安定に配慮するとともに、歩合給に係る係数を能率給よりも高く設定することによって労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫しているということができる。
そうである以上、嘱託乗務員に対して能率給及び職務給が支給されないこと等による労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断に当たっては、嘱託乗務員の基本賃金及び歩合給が、正社員の基本給、能率給及び職務給に対応するものであることを考慮する必要があるというべきである。そして、本件賃金につき基本賃金及び歩合給を合計した金額並びに本件試算賃金につき基本給、能率給及び職務給を合計した金額をXらごとに計算すると、前者の金額は後者の金額より少ないが、その差はX1につき約10%、X2につき約12%、X3につき約2%にとどまっている。
さらに、嘱託乗務員は定年退職後に再雇用された者であり、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることができる上、Y社は、本件組合との団体交渉を経て、老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間、嘱託乗務員に対して2万円の調整給を支給することとしている。
これらの事情を総合考慮すると、嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であるといった事情を踏まえても、正社員に対して能率給及び職務給を支給する一方で、嘱託乗務員に対して能率給及び職務給を支給せずに歩合給を支給するという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえないから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

② 嘱託乗務員に対して精勤手当が支給されないことについて
Y社における精勤手当は、その支給要件及び内容に照らせば、従業員に対して休日以外は1日も欠かさずに出勤することを奨励する趣旨で支給されるものであるということができる。そして、Y社の嘱託乗務員と正社員との職務の内容が同一である以上、両者の間で、その皆勤を奨励する必要性に相違はないというべきである。なお、嘱託乗務員の歩合給に係る係数が正社員の能率給に係る係数よりも有利に設定されていることには、Y社が嘱託乗務員に対して労務の成果である稼働額を増やすことを奨励する趣旨が含まれているとみることもできるが、精勤手当は、従業員の皆勤という事実に基づいて支給されるものであるから、歩合給及び能率給に係る係数が異なることをもって、嘱託乗務員に精勤手当を支給しないことが不合理でないということはできない。
したがって、正社員に対して精勤手当を支給する一方で、嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものであるから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

③ 嘱託乗務員に対して住宅手当及び家族手当が支給されないことについて
Y社における住宅手当及び家族手当は、その支給要件及び内容に照らせば、前者は従業員の住宅費の負担に対する補助として、後者は従業員の家族を扶養するための生活費に対する補助として、それぞれ支給されるものであるということができる。上記各手当は、いずれも労働者の提供する労務を金銭的に評価して支給されるものではなく、従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨で支給されるものであるから、使用者がそのような賃金項目の要否や内容を検討するに当たっては、上記の趣旨に照らして、労働者の生活に関する諸事情を考慮することになるものと解される。
Y社における正社員には、嘱託乗務員と異なり、幅広い世代の労働者が存在し得るところ、そのような正社員について住宅費及び家族を扶養するための
生活費を補助することには相応の理由があるということができる。他方において、嘱託乗務員は、正社員として勤続した後に定年退職した者であり、老齢厚生年金の支給を受けることが予定され、その報酬比例部分の支給が開始されるまではY社から調整給を支給されることとなっているものである。
これらの事情を総合考慮すると、嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であるといった事情を踏まえても、正社員に対して住宅手当及び家族手当を支給する一方で、嘱託乗務員に対してこれらを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえないから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

④ 嘱託乗務員に対して役付手当が支給されないことについて
Xらは、嘱託乗務員に対して役付手当が支給されないことが不合理である理由として、役付手当が年功給、勤続給的性格のものである旨主張しているところ、Y社における役付手当は、その支給要件及び内容に照らせば、正社員の中から指定された役付者であることに対して支給されるものであるということができ、Xらの主張するような性格のものということはできない。したがって、正社員に対して役付手当を支給する一方で、嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるということはできない。

⑤ 嘱託乗務員の時間外手当と正社員の超勤手当の相違について
正社員の超勤手当及び嘱託乗務員の時間外手当は、いずれも従業員の時間外労働等に対して労働基準法所定の割増賃金を支払う趣旨で支給されるものであるといえる。Y社は、正社員と嘱託乗務員の賃金体系を区別して定めているところ、割増賃金の算定に当たり、割増率その他の計算方法を両者で区別していることはうかがわれない。
しかしながら、前記②で述べたとおり、嘱託乗務員に精勤手当を支給しないことは、不合理であると評価することができるものに当たり、正社員の超勤手当の計算の基礎に精勤手当が含まれるにもかかわらず、嘱託乗務員の時間外手当の計算の基礎には精勤手当が含まれないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものであるから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

⑥ 嘱託乗務員に対して賞与が支給されないことについて
賞与は、月例賃金とは別に支給される一時金であり、労務の対価の後払い、功労報償、生活費の補助、労働者の意欲向上等といった多様な趣旨を含み得るものである。嘱託乗務員は、定年退職後に再雇用された者であり、定年退職に当たり退職金の支給を受けるほか、老齢厚生年金の支給を受けることが予定され、その報酬比例部分の支給が開始されるまでの間はY社から調整給の支給を受けることも予定されている。また、本件再雇用者採用条件によれば、嘱託乗務員の賃金(年収)は定年退職前の79%程度となることが想定されるものであり、嘱託乗務員の賃金体系は、前記①で述べたとおり、嘱託乗務員の収入の安定に配慮しながら、労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫した内容になっている。
これらの事情を総合考慮すると、嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であり、正社員に対する賞与が基本給の5か月分とされているとの事情を踏まえても、正社員に対して賞与を支給する一方で、嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえないから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

労働判例百選(第9版)【電子書籍】[ 村中孝史 ]

価格:2,592円
(2019/9/29 23:15時点)
感想(0件)