社会保険労務士川口正倫のブログ

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【同一労働同一賃金】独立行政法人日本スポーツ振興センター事件(東京地判令3.1.21労経速2449号3頁)

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独立行政法人日本スポーツ振興センター事件(東京地判令3.1.21労経速2449号3頁)

無期職員と契約職員との地域手当、住居手当等に関する待遇差が不合理でないとされた例

1.事件の概要

✕は、平成28年4月1日、Y社との間で、契約社員として期間を1年とする有期労働契約を締結し、それ以降、同様の有期労働契約を更新し、Y社において就労している。
✕は、Y社に対し、①✕の学歴・経歴によれば基準月額を81号俸とすべきであるのに61号俸とする労働契約の締結を余儀なくされた、②地域手当及び住居手当を✕に支給せず、また、無期労働契約において設けている昇給基準を✕に適用せず昇給させないのは不合理な労働条件の相違であると主張して、不法行為に基づく損害賠償請求として701万1762円及び遅延損害金の支払いをも求めたのが本件である。

2.判例の要旨

争点① 基準月額を81号俸とすべきであるのに61号俸とする労働契約の締結を余儀なくされた不法行為の成否(省略)

争点② 地域手当を支給しないことが不合理な待遇の相違に当たるか

(1)有期雇用労働法8条の趣旨など

有期雇用労働法8条は、事業者は、その雇用する有期契約労働者の待遇について、当該待遇に対応する無期雇用労働者との対応待遇との間において、有期契約労働者と無期契約労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して不合理と認められる相違を設けてはならないとする。同条は、有期契約労働者と無期契約労働者との間で労働条件に相違があり得ることを前提に、職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情(以下「職務の内容等」という。)を考慮して、その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり、職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解される。同条にいう「不合理と認められるもの」とは、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうと解するのが相当である(改正前の労契法20条に関する最高裁平成30年6月1日第二小法廷判決・民法72巻2号88頁参照)。
そして、有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。なお、ある賃金項目の有無及び内容が、他の賃金項目の有無及び内容を踏まえて決定される場合もあり得るところ、そのような事情も、有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり考慮されることになるものと解される(改正前の労契法20条に関する最高裁平成30年6月1日第二小法廷判決・民集72巻2号202頁参照)。

(2)無期職員と契約職員の職務の内容等

Y社における無期職員は、定年まで雇用されることが予定され、幅広い分野で経験を積み、管理職や幹部としてY社の中枢を担う可能性があり、職階に応じて様々な研修を受けることを義務付けられ、また、上司が部下の監督責任を問われるなど、所属する部署で発生した問題について責任を負う可能性があるが、契約職員は、建築系、司書、医療系、情報処理系などの特定の研究又は専門的業務等のみに従事し、将来幹部に登用される可能性や管理職に就く可能性はなく、所属部署で発生した問題について責任を負うこともなく、雇用期間は会計年度の期間内であり、更新上限は原則として4年、最長でも5年とされている。
また、無期職員は、正当な理由がない限り、異動を拒否することができず、Y社の東京都の主たる事務所のほか、仙台市名古屋市大阪市広島市及び福岡市の各支所及び富山県立山町登山研修所に配置される可能性があり、転居を伴う異動が予定されている一方、契約職員は、勤務地を限定して募集し、契約上の勤務地が限定されており、異動は予定されておらず、契約職員を配置する研究又はは専門的業務は東京都特別区内のY社事務所で行われている。

(3)当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らしての検討

地域手当は、職員給与規則14条1項及び契約職員(事務)給与規程9条1項によれば、Y社の無期職員及び事務職員が、物価の高い都市部に勤務する場合に、無期職員の場合は基本給及び管理職手当に、事務職員の場合は基準月額に、地域ごとの物価の高低に応じて定められた支給割合を乗じた金額を支給するものであることから、地域手当は、物価の高い都市部に勤務する者に対し、それ以外の地域で勤務する者との間で生じる生活費の差額を補填する趣旨の手当であると解される。
無期職員は、転居に伴う異動の可能性があり、配置される地域の物価の高低によって必要とされる生活費に差が生じることから、勤務地の物価の高低に応じ、生活費の差額を補填する必要があるといえるが、契約職員は異動が予定されておらず、東京都特別区にしか配置されていないことから、勤務地の物価の高低による生活費の差額は生じず、これを補填する必要がない。
したがって、無期職員に対して地域手当を支給する一方で、契約社員に対してこれを支給しないという待遇の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえないから、有期雇用労働者法8条にいう不合理と認められる待遇に当たらないと解するのが相当である。

争点③ 住宅手当を支給しないことが不合理な待遇の相違に当たるか

(1)当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らしての検討

住宅手当は、職員給与規則15条によれば、労働者が負担する住居費の額に応じた金額を支給するものであることから、Y社の職員の住宅に要する費用を補助する趣旨で支給されるものと解される。
無期職員は、転居を伴う異動の可能性があり、転居がない場合と比較して住宅に要する費用が多額となり得ることから、住宅に要する費用を補助する必要がある一方、契約職員については東京都特別区内にしか配置されておらず、転居を伴う異動の可能性はない。
したがって、無期職員に対して住居手当を支給する一方で、契約職員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえないから、有期雇用労働者法8条に違反するものでないと解するのが相当である。
したがって、この点についての不法行為は成立しない。

④争点 昇給基準に関して不合理な待遇の相違があるといえるか

(1)本件昇給基準等の趣旨

本件昇給基準は、無期職員に適用されるものであるところ、その文言によれば、管理又は監督の地位にある職員以外の職員について、「おおむね」、昇給区分Aの割合を100分の5、昇給区分Bの割合を100分の20とするものであって、おおむねの割合を示すものと解されること、および本件昇給基準より上位の規定である職員給与規則は、無期職員の昇給は予算の範囲内で行われなければならない旨規定し、昇給に予算の制約を設けていることを考慮すると、本件昇給基準は、昇給区分AないしBとすべき職員の割合についての決まりを設けたものと認めることはできない。
したがって、本件昇給基準に関し、無期職員について昇給の決まりを設けているとはいえないから、無期職員について昇給の決まりを設ける一方、契約職員について昇給の決まりを設けていないという不合理な待遇の相違があり、不法行為に該当する旨の✕の主張はその前提を欠くものである。

(2)✕の勤務成績による昇給

✕は、✕の勤務成績からすれば、無期職員の昇給区分Aに当たり8号俸以上昇給させるべきであった旨主張する。
(補足:✕は、平成28年度から平成30年度までの業績評価がいずれもAであり、能力評価は5段階評価で4+,5,5であったから、無期職員の昇給区分Aに当たり、8号俸昇給させるべきと主張していた)

しかし、勤務成績は、各職員について定めた年間業務計画(目標)についてどの程度達成できたかという観点から行われる業務評価と、当該職位に求められる職務行動が評価期間を通じて安定的にとられていたかという観点から行われる能力評価によるものである。これに対し、昇給区分は、契約職員については、前の昇給から12か月間以上の勤務成績が特に良好である者を6号俸、良好である者を4号俸とし、無期職員については、勤務成績が極めて良好である職員はA(8号俸以上)、特に良好である職員B(6号俸)、良好である職員C(4号俸)とするものであり、勤務成績とは異なるものである。
従って、✕の勤務成績が昇給区分Aに相当すると認めるべき根拠はなく、✕の主張は採用できない。