社会保険労務士川口正倫のブログ

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休業手当(労基法26条)と危険負担(民法536条)について

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休業手当(労基法26条)と危険負担(民法536条)

2020年4月以降、休業手当を扱った人は多いと思いますが、労働基準法だけを読むと「使用者の責に帰すべき事由による休業」は何でも「平均賃金の100分の60以上の手当」を支払えばいいのかと錯覚してしまいます。

(休業手当)
労働基準法第26条 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない。

もし、これが正しいとすれば、不当解雇によるバックペイ(解雇について裁判で争って無効となった場合に、労働者に支払われる「解雇されていなかったなら支払われていたであろう賃金」)も100%ではなく「平均賃金の100分の60以上」になってしまいますが、もちろんそんなことはありません。

使用者の責めに帰すべき事由により就労不能となった場合は、労基法26条の休業手当以外に、民法536条による危険負担の規定の適用があるためです。

(債務者の危険負担等)
民法第536条 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

民法第536条1項が想定しているのは、次のようなケースです。

【事例1】
川口は、暑くて外出するのが億劫だったため夕食に、『Uber Eats』を利用し『リーガーハット』の「長崎ちゃんぽん」を注文しました。ところが『Uber Eats』の配達員が、『リーガーハット』で「長崎ちゃんぽん」を受け取った後、川口の家に向かう途中で自転車で転倒し、その「長崎ちゃんぽん」をこぼしてしまいました。

川口は「長崎ちゃんぽん」を受け取る権利を有する債権者(反対給付として代金を支払う)、『リーガーハット』はそれを受け渡す義務を負う債務者と見た場合、『Uber Eats』の配達員は第三者となります。この事例では、第三者である配達員の転倒により「長崎ちゃんぽん」を受け渡すことができなくなっており、「当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったとき」に該当します。このような場合に、川口は代金の支払い(反対給付の履行)を拒むことができるというのが、民法第536条1項の意義です。


民法第536条2項前段が想定しているのは、次のようなケースです。

【事例2】
川口は、暑くて外出するのが億劫だったため夕食に、『Uber Eats』を利用し『リーガーハット』の「長崎ちゃんぽん」を注文しました。ところが、川口が注文したことを忘れて外出してしまったため、『Uber Eats』の配達員は、川口に「長崎ちゃんぽん」を渡すことができませんでした。

この事例では、「長崎ちゃんぽん」を受け取る権利を有する債権者(反対給付として代金を支払う)である川口が注文したにも関わらず外出したため(債権者の責めに帰すべき事由によって)、『リーガーハット』はそれを受け渡すことができなくなっており(債務を履行することができなくなったとき)、「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったとき」に該当します。このような場合に、川口は代金の支払い(反対給付の履行)を拒むことができないというのが、民法第536条2項前段の意義です。
また、実際の『Uber Eats』のシステムがどうなっているのかはわかりませんが、配達ができなかった場合『Uber Eats』から『リーガーハット』に手数料の一部が返金されるようなシステムになっていたとしたら、『リーガーハット』は受け渡すという「自己の債務」を免れたことにより、利益を得たことになります。このような場合に、『リーガーハット』は返金された手数料の一部(利益)を川口(債権者)に償還しなければならないというのが、民法第536条2項前段の意義です。

通常、民法の本を読んでいて、危険負担の具体的な事例としては、このように物の引き渡しが用いられることが多いですが、労務の提供及び労務の受領に対しても民法第536条は適用されます。

わかりやすく条文を書き換えると、次のようになります。

・使用者及び労働者の責めに帰することができない事由によって、就労不能となったときは、使用者は賃金の支払いを拒むことができる。
・使用者の責めに帰すべき事由によって就労不能となったときは、使用者は、賃金の支払いを拒むことができない。この場合において、労働者は、就業不能により利益を得たときは、これを使用者に償還しなければならない。

このように「使用者の責に帰すべき事由による休業(就労不能)」については、労基法26条と民法536条という2つの規定が存在することになります。
支払う金額も、労基法26条は平均賃金の100分の60以上と民法536条は全額となっており異なります。
どちらの規定が適用されるのでしょうか?

労基法は強行法規なので、労基法26条は絶対的に守らなければならない規定になります。守らなければ、罰則や付加金の制裁の対象にもなります。
これに対して、民法は任意法規なので、労使の合意により賃金を発生しないとすることも可能です(ただし、労基法の平均賃金の100分の60の支払は必要)。
また、一般法と特別法の関係により、労基法が優先的されることも考えられますが、それでは民法の方が労働者に対して有利になってしまい不整合です。

これに点について最高裁判例(ノース・ウエスト航空事件 最二小判昭和62.7.17)は、次のように解釈しています。

労基法26条は「使用者の責に帰すべき事由」による休業の場合に、さしあたり使用者に平均賃金の6割以上の手当を労働者に支払わせることによって、労働者の生活を保障しようとする趣旨であって、休業が民法536条2項の「債権者の責に帰すべき事由」に該当し賃金請求権を失わない場合でも、労働者は休業手当請求権を主張することができる。⇒どちらも請求可能(請求権の競合)
・休業手当制度は労働者の生活保障という観点から設けられたものであるが、賃金の全額を保障するものではなく、使用者の責任の存否により休業手当の支払義務の有無が決まることから、労働契約の一方当事者である使用者の立場も考慮しなければならない。そうすると、「使用者の責に帰すべき事由」とは、取引における一般原則である過失責任主義とは異なる観点も踏まえた概念であり、民法536条2項の「債権者の責に帰すべき事由」よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むものと理解するのが相当である。⇒労基法26条は、使用者に故意・過失がないような場合でも、使用者側に起因する経営、管理上の障害が対象

つまり、労働者はどちらを根拠にして請求することも可能ですが、民法536条2項は民法上の一般的な過失責任に立つものであるのに対し、労基法26条は労働者の生活保障のために使用者の帰責性をより広い範囲で認めたものと解されています。具体的には、労基法26条の帰責事由とは、使用者に故意・過失がなく、防止が困難なものであっても、使用者側の領域において生じたものといいうる経営上の障害など(例えば、機械の故障や検査、原料不足、官庁による操業停止命令)を含むものと解釈されています。ただし、地震や台風などの不可抗力は含まれません(水町雄一郎氏の『労働法』第6版249頁参考)。


これらを参考に、休業手当(労基法26条)と危険負担(民法536条)の妥当な適用範囲を私なりにまとめてみると次のようになります。
なお、川口の個人的な見解なので参考程度にしてください。


①コロナワクチンを接種していない従業員を休業とする場合:民法536条2項
具体的に就業不能となる事態が生じていないにも関わらず、故意に労務の受領を拒んだもの

②不当解雇による場合:民法536条2項
解雇が認められないにも関わらず、使用者の重過失により解雇し労務の受領を拒んだもの。

③使用者がカギを紛失し就業不能となった場合:民法536条2項
使用者の過失により、就業不能となり労務の受領を拒まざるを得なくなったもの。

④懲戒処分事由の調査のための自宅待機命令:民法536条2項
具体的に就業不能となる事態が生じていないにも関わらず、故意に労務の受領を拒んだもの。

⑤計画有休の協定で、有給休暇が無い従業員の手当を平均賃金の100分の60とする場合:労基法26条
労使の合意により、民法536条2項の適用を排除している。計画有休の実施は、使用者に故意・過失はないが使用者側に起因する経営、管理上の障害。

新型コロナウイルスの影響により取引が減少し休業する場合:労基法26条
使用者に故意・過失はないが使用者側に起因する経営、管理上の障害。

計画停電により操業不能となり休業する場合:民法第536条1項(休業手当も不要)
使用者に故意・過失もなく、使用者側に起因する経営、管理上の障害ではないため。

新型コロナウイルスの影響による休業要請に応じて休業する場合:民法第536条1項(休業手当も不要)
使用者に故意・過失もなく、使用者側に起因する経営、管理上の障害ではないため。

新型コロナウイルスに罹患した従業員がいたため、従業員の安全を配慮して休業する場合:労基法26条
使用者に故意・過失はないが使用者側に起因する経営、管理上の障害。

⑩大地震により施設が倒壊し就業不能となった場合:民法第536条1項(休業手当も不要)
使用者に故意・過失もなく、使用者側に起因する経営、管理上の障害ではないため。

⑪従業員のメンテナンスが不十分であったため機械が故障し就業不能となった場合:労基法26条
使用者に故意・過失はないが、使用者側に起因する経営、管理上の障害。

爆破予告により賃貸しているビルに立ち入ることができず就業不能となった場合:民法第536条1項(休業手当も不要)
使用者に故意・過失もなく、使用者側に起因する経営、管理上の障害ではないため(自社ビルの場合はどうなのか不明)。

ストライキにより就業不能となった場合:
(1)ストライキに参加している従業員:自ら故意に労務の提供を拒否しているため、536条・労基法26条いずれの適用もない。ノーワークノーペイの原則(624条)により賃金支払は不要。

(報酬の支払時期)
第624条 労働者は、その約した労働を終わった後でなければ、報酬を請求することができない。

(2)ストライキに参加していない従業員:労基法26条
使用者に故意・過失はないが、使用者側に起因する経営、管理上の障害。