日本通運事件(東京地判令2.10.1労経速2438号3頁)
1.事件の概要
Xは、平成22年12月から派遣社員として、鉄道利用運送事業、貨物自動車運送業及び倉庫業等を営むY社のQ1支店Q2事業所において倉庫事務に従事していたところ、同24年6月1日以降、同30年3月31日までに、Y社を使用者、Xを労働者として、直接、労働契約1から労働契約8までを締結した。
各労働契約の期間は次のとおりであった。
労働契約1:平成24年6月1日~平成24年8月31日
労働契約2:平成24年9月1日~平成25年6月30日
労働契約3:平成25年7月1日~平成26年6月30日
労働契約4:平成26年7月1日~平成27年6月30日
労働契約5:平成27年7月1日~平成28年6月30日
労働契約6:平成28年7月1日~平成29年6月30日
労働契約7:平成29年7月1日~平成29年8月31日
労働契約8:平成29年9月1日~平成30年3月31日
※労働契約1~労働契約7は、「A支店のB事業所のC業務」と勤務地と業務を限定した契約
労働契約5及び6の各契約書には、労働契約1から4までに記載がなかった更新限度条項(「2013年4月1日以降、最初に更新した雇用契約の始期から通算して5年を超えて更新することはない。」旨の条項)が記載された。
Y社は、平成29年5月頃にCの商品配送業務を受注できなくなった。
労働契約7を締結する際には、Y社はXに対し、雇用契約について、期間の定めのある契約であり、次回以降の雇用契約は締結しないこと、更新年数の上限について、更新する場合でも平成29年8月31日を超えて更新することはないこと、明示された勤務地、勤務場所、従事業務に限定された雇用であること、これが消滅、縮小した場合には、契約を終了する可能性があることなど記載された文書(説明書面①)を交付し、説明していた。
労働契約8を締結する際には、Y社はXと面談し、労働契約8の契約書案を交付して読み上げ、また、雇用契約について、期間の定めのある契約であり、次回以降の雇用継続は締結しないこと、更新年数の上限について、平成30年3月末日までの今回の契約で雇用契約は終了すること、雇用契約は明示された勤務地、勤務場所、従事業務に限定された雇用であること、これが消滅、縮小した場合には、契約を終了する可能性があることなどが記載されていた説明書面②を交付し、読んでから署名するよう求められた。
Xは、その場で、説明書面②の「上記説明を受けました。」との確認部分に署名して、Y社に提出し、同年9月4日のQ6事業所での仕事始めに、署名した労働契約8の契約書を持参し、Y社に提出した。
Y社は、平成30年1月31日付けで、Xに対し、労働契約8の期間満了日である同年3月31日をもってXとの労働契約を終了させ、以後契約を更新しない旨の通知をしたところ、Xは、Y社に対し、同年3月12日到着の通知書により、労働契約の更新の申込みをする旨の意思表示をした。
Xは、XとY社の労働契約は労働契約法19条1号又は2号の要件を満たしており、雇止めについて客観的合理的な理由も社会通念上相当性もないため、従前の労働契約の内容で契約が更新されたと主張して、Y社に対して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めて、提訴したのが本件である。
2.判決の概要
① 本件雇止めが、期間の定めのない労働契約を解雇により終了させることと社会通念上同視できるか(労契法19条1号)
(1)労契法19条1号に当たる場合
労契法19条1号は、最高裁昭和49年7月22日第一小法廷判決・民集28巻5号927頁(東芝柳町工場事件)の判例法理を実定法としたものであることから、同号に該当するといえるには、同判決の事案のように、有期労働契約の期間の満了ごとに厳密な更新処理がされない状況下で多数回の契約が更新され、これまで雇止めがされたこともないといった事情などから、当事者のいずれかから格別の意思表示がなければ当然更新されるべき労働契約を締結する意思であったと認められる場合であることを要し、そのことによって、期間の満了ごとに当然更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態であると認められる場合であることを要するものと解される。
(2)本件の検討
XとY社との間の労働契約の契約期間は通算5年10箇月、有期労働契約の更新回数は7回に及ぶものの、毎回、必ず契約書が作成されており、契約日の前に、Y社の管理職からXに対し、Xの署名押印を求める契約書を交付し、管理職がXの面前で契約書を読み上げて契約の意思を確認するといった手続を取っており)、更新処理が形骸化していたとはいえず、いずれかから格別の意思表示がなければ当然更新されるべき労働契約を締結する意思であったと認められる場合には当たらないというべきである。
(3)Xの主張についての補足的判断
Xは、労働契約4は契約日を過ぎてから日付を遡って手続が行われた旨主張し、これに沿う供述等をするが、これを裏付ける的確な証拠はなく採用できない。
また、Xは労働契約7及び8の契約締結が日付を遡って行われた旨主張するが、両契約の締結の経緯は、前記で認定したとおりであり、いずれも、契約日より前に、Y社の管理職が、Xに対して契約書を交付して、内容を読み上げる手続が取られている。そして、Xの署名押印した契約書のY社への提出が、Xが管理職に預けた契約書を保留していたため契約日の翌営業日になったり、新しい事業所への出勤初日になったりしたからといって、意思表示の合致(契約成立)が契約書記載の契約日より後であったとも必ずしもいえないものであるし、これをもってY社の契約の管理が形骸化していたとは評価できない。
(4)小括
したがって、XとY社との労働契約が実質的に期間の定めのない契約と異ならない状態に至っていたとは認め難く、当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を解雇により終了させることと社会通念上同視できると認められる場合(労契法19条1号)には該当しない。
② 有労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由が認められるか(労契法19条2号)
(1)期待の合理性の判断基準
労契法19条2号は、最高裁昭和61年12月4日第一小法廷判決・裁判集民事149号209頁(日立メディコ事件)の判例法理を実定法としたものであるから、同号の要件に該当するか否かは、同判決や前記2(1)の判決のように、当該雇用の臨時性・常用性、更新の回数、雇用の通算期間、契約期間管理の状況、雇用継続の期待をもたせる使用者の言動の有無などの客観的事実を総合考慮して判断されるべきものである。
また、同号の「満了時」は、最初の有期労働契約の締結時から雇止めされた労働契約の満了時までの間における全ての事情が総合的に勘案されることを示すものと解されるから、いったん労働者が雇用継続への合理的期待を抱いていたにもかかわらず、当該有期労働契約期間満了前に使用者が更新年数の上限を一方的に宣言したとしても、そのことのみをもって直ちに同号の該当性が否定されることにはならないと解される。
(2)労働契約5から8までの不更新(更新限度)条項について
労働契約5及び6の契約書には更新限度条項が、労働契約7及び8の契約書には不更新条項がそれぞれ設けられている(以下、これらの条項を「不更新条項等」という。)。Xは、不更新条項等は、公序良俗に反して無効となると主張するが、強行法規によって与えられた権利を事後に放棄することは一般的には可能であり、雇用継続の期待が発生した場合にこれを放棄することを禁止すべき根拠はなく、採用できない。そのように解すると、本件においては、不更新条項等に対する同意の効果として、契約書作成時点でXが雇用継続の合理的期待を抱いていたとしても、Xがこれを放棄したことになるのではないか問題となる(Y社の主張もこれと同趣旨のものと解される。)。
しかし、本件のように契約書に不更新条項等が記載され、これに対する同意が更新の条件となっている場合には、労働者としては署名を拒否して直ちに契約関係を終了させるか、署名して次期の期間満了時に契約関係を終了させるかの二者択一を迫られるため、労働者が不更新条項を含む契約書に署名押印する行為は、労働者の自由な意思に基づくものか一般的に疑問があり、契約更新時において労働者が置かれた前記の状況を考慮すれば、不更新条項等を含む契約書に署名押印する行為があることをもって、直ちに不更新条項等に対する承諾があり、合理的期待の放棄がされたと認めるべきではない。労働者が置かれた前記の状況からすれば、前記行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合に限り(最高裁平成28年2月19日第二小法廷判決・民集70巻2号123頁(山梨県民信用組合事件)参照)、労働者により更新に対する合理的な期待の放棄がされたと認めるべきである。
本件では、労働契約5の締結時に、不更新条項等が初めて契約書に記載されたが、労働契約5及び6の締結時、Y社の管理職が、Xに対し、Y社運用基準の存在や不更新条項等の法的効果について説明したことを認めるに足りる証拠はなく、また、Xは、労働契約7の締結の際、管理職に対し、不更新条項等について異議を留めるメールを送っている。そうすると、労働契約5から8までの不更新条項等の契約書に署名押印する行為がXの自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が、客観的に存在するとはいえない。
したがって、仮にXの雇用継続の期待が合理的であるといえる場合であっても、Xが、労働契約5から8までの契約書に署名押印したことをもって、その合理的期待を放棄したと認めることはできない。
また、当該有期労働契約期間満了前に使用者が更新年数の上限を一方的に宣言したとしても、そのことのみをもって直ちに同号の該当性が否定されることにはならないから、不更新条項等の存在をもって直ちに労契法19条2号の該当性が否定されることにはならない。
このようなことから、労働契約6から8までの不更新条項等の存在は、Xの雇用継続の期待の合理性を判断するための事情の一つにとどまるというべきである。
以下、このような一事情を含めて、最初の有期労働契約の締結時から雇止めされた労働契約の満了時までの間におけるすべての事情を総合的に勘案して「満了時」におけるXの雇用継続の期待の合理性があるか検討する。
(3)労働契約8の満了時におけるXの雇用継続の期待の合理性
労働契約8の満了時、XとY社との間の労働契約の契約期間は通算5年10か月、有期労働契約の更新回数は7回に及ぶものであった。
他方で、XとY社との労働契約では、毎回、必ず契約書が作成されており、契約日より前に、Y社の管理職からXに対し、契約書を交付し、管理職がXの面前で契約書全部を読み上げて契約の意思を確認する手続を取っていた。また、労働契約1から7までの契約書に定められた勤務地はA支店のB事業所であり、契約書に定められた勤務内容はCの商品配送の事務作業であり、労働契約1を締結した当初から、契約書には更新時の業務量が更新の判断基準であることが記載され、労働契約5から7までの契約書には、契約は契約書記載の勤務地で、契約書記載の業務を遂行するためのものであり、これが消滅縮小した場合は契約を終了することが記載されていた。そして、労働契約1から7までの契約期間中にXが現実に担当していた業務は、契約書どおりA支店のB事業所におけるCの商品配送業務の事務作業であり、それ以外の顧客の業務は5%以下であったこと、Cの商品配送業務は、Y社が顧客のCから単年度ごとの入札を経て受注していたものであった。
以上からすれば、労働契約1から7までは、B事業所におけるCの商品配送業務をY社が受注する限りにおいて継続する性質の雇用であり、そのことがXに対し明示されていたといえる。
そして、Y社は、平成29年5月頃にCの商品配送業務を受注できず、それにより、同年8月末日をもってB事業所の閉鎖を余儀無くされ、Xが従事していた業務がなくなることとなったため、直近4年間の労働契約3から6までは、7月1日開始の期間1年の契約であったのに、次期の労働契約7は、Cの受注の終期と同じく、同年7月1日から同年8月31日までの期間2か月の契約となった。そして、期間2か月の労働契約7を締結する前に、Xは、Y社の管理職から、Y社がCの業務を受注できなかったこと、そのためB事業所の業務が同年8月末までで終わり、次期契約は同業務が終了するまでの期間2か月の契約となること、その後の更新はされないことの説明を、個人面談も含めて2回以上受け、雇止めの際は失業保険給付までの期間を最短とするため会社都合とすることや、Y社に代わってCの業務を受注した後継業者への移籍もできることが説明され、後継業者との面接を希望するか否か意思を確認され、後継業者との面接を行った。労働契約7の締結時には、管理職が、Xに対し、不更新条項を設けた契約書の読み上げを行い、Xは、Y社の管理職から、契約書とは別に説明書面を交付され、同書面に基づいて、次回の更新はしないこと、明示された勤務地、勤務場所及び従事業務に限定された雇用であること、これがなくなったり、縮小した場合には、契約を終了する可能性があることの説明を受けたほか、更新はないのかとのXの質問に対し、管理職から、「有期雇用契約社員には雇用上限が設けられているため、仮に、平成29年9月以降に別の事業所で働くとしても、ずっとY社で働くことはできない。」旨の説明を受けた。また、Xが後継業者への移籍を希望せず、Y社の別の事業所での労働契約を希望したことを受けて、Y社から、Xに対し、別の支店の事業所を就業場所とする労働契約8が提案され、期間7か月の労働契約8が締結されることになったが、労働契約8の締結前には、Y社の管理職が、Xと面談し、不更新条項が設けられた契約書を読み上げたほか、次回以降の雇用契約は締結しないこと、更新年数の上限は期間満了日であり、今回の契約で雇用契約は終了すること、雇用契約は、明示された勤務地、勤務場所及び業務に限定された雇用であること、これがなくなったり、縮小した場合には、契約を終了する可能性があることなどが記載された説明書面を交付して、同書面に基づき説明を行った。
以上の各事実からすれば、労働契約1から7までは、B事業所におけるCの商品配送業務をY社が受注する限りにおいて継続する性質の雇用であったところ、Y社が同業務を受注できず事業所を閉鎖して撤退するに至ったため、労働契約7の締結前に、Xが、Y社の管理職から、Y社がCの商品配送業務を失注し事業所を閉鎖する見込みとなり、次期契約期間満了後の雇用継続がないことについて、個人面談を含めた複数回の説明を受け、Y社に代わりC業務を受注した後継業者への移籍ができることなどを説明され、契約書にも不更新条項が設けられたことにより、労働契約7の締結の時点においては、それまでの契約期間通算5年1箇月、5回の更新がされたことによって生じるべき更新の合理的期待は、打ち消されてしまったといえる。そして、労働契約8締結時も、契約書に不更新条項が設けられ、管理職が、Xに対し、契約期間満了後は更新がないことについて説明書面を交付して改めて説明を行ったことにより、合理的な期待が生じる余地はなかったといえる。
したがって、労働契約8の期間満了時において、Xが、Y社との有期労働契約が更新されるものと期待したとしても、その期待について合理的な理由があるとは認められない。
(4)労働契約8の締結についての補足
ところで、労働契約7の締結に際し、Cの商品配送業務を失注して事業所及び担当業務がなくなったとの説明の下に契約期間を短縮し、不更新条項を設け、契約更新はない旨の説明がされたにもかかわらず、その後、他の事業所を勤務場所とする労働契約8を締結したことは、不更新条項を設けた労働契約8の後にも、なお更新があり得ると期待させる一事実といえるので、この点についての評価を以下補足する。
労働契約7で不更新条項を設けたにもかかわらず、労働契約8を締結した理由について、Y社は、XがP労組の組合員であったことから、P労組からの「Y社運用基準の雇用期間の上限である平成30年3月末日までは雇用してほしい。」との意見を踏まえて決定した旨主張しているところ、Xが加入していたP労組は、平成26年4月当時から、Y社運営基準(その内容は、労契法18条が施行された平成25年4月1日から少なくとも通算4年2か月以上雇用された有期雇用者に対して無期転換権を付与するものであり、同日から通算5年以上雇用される有期雇用者に対して無期転換権を付与する同法の趣旨を拡張する内容である。)を了承していたこと、労働契約7の締結後、Xの雇用問題についてP労組のe支部の執行部が認識し得る状況であったことからすれば、前記Y社の説明は不合理ではない。また、Y社では、Y社運用基準について、労働者に対し、管理職からは直接説明させないが、P労組執行部から説明させる方針であったこと、P労組が、労働契約7が締結される前、Xと同じ支店社員で、Y社運用基準により無期転換権が付与されるNに対しては、無期転換権が付与される旨説明していた事実が窺えること、Xが加入していたP労組のe支部の執行部は、Xの雇用問題についてY社経営側と協議したが、平成30年4月1日以降のXの雇用継続については、実現できないとの態度を示し、それゆえ、Xはdに加入することになったと認められることからすれば、Xが、P労組のe支部から、Y社運営基準によれば、Xの雇用期間が無期転換権付与の年数に達しないため、Nとは異なり、Xに対しては無期転換権が付与されない結果となることについて、何らの説明も受けていなかったといえるかは(Xは説明を否定するが)、疑問がある。
そして、このような労働契約8の締結に至ったY社側の事情や、労働契約8の締結時、Y社の管理職が、Xに対し、説明書面を交付して契約期間満了後は更新がないことについて説明を行ったこと、労働契約8の契約書にも不更新条項が設けられたこと、Xが加入していたP労組のe支部が、Xの労働問題についてY社経営側と協議するなどしたが、結局は、Xに対し、平成30年4月1日以降のXの雇用継続について実現できないとの態度を示したことを考慮すると、労働契約7の不更新条項にもかかわらず労働契約8が締結されたからといって、労働契約8の次の更新があり得ると客観的に期待できる状況であったということはできないから、同契約後に契約が更新されるとの期待について合理的な理由があるとはいえない。
(5)契約更新への合理的期待を裏付けるものとしてXが主張するその余の事情について
ア 労働契約1から8までの担当業務の記載について
Xは、労働契約1から7までの契約書には、就業場所、勤務内容について、A支店のB事業所のC業務との記載の後に「ただし、業務の都合により変更する場合がある。」と記載されていることから、担当する業務はC業務に限定されていたわけではなく、C業務がなくなった場合は他の業務への変更が当然に予定されていたし、雇止め以前にC以外の業務を行ったこともあったから、C業務がなくなったからといって担当業務がなくなることは想定されておらず、このことは、労働契約8のHの業務に関しても同様である旨主張する。
しかし、労働契約1から7までの契約書には、前記の記載のほか、更新時の業務量が更新の判断基準であることが記載され、労働契約5から7までの契約書では、契約は契約書記載の勤務地で、契約書記載の業務を遂行するためのものであり、これが消滅縮小した場合は契約を終了することが記載されていたこと、労働契約1から7までの際、XはB事業所以外で就労したことはなく、同事業所でXが担当していた業務は95%以上がCの商品配送業務であったこと、Y社がC業務を失注してB事業所を閉鎖する見込みとなった際には、労働契約7の締結前に、Xは、Y社から、Cの失注、B事業所の閉鎖及びこれに伴い受注の終期に合わせて労働契約7の契約期間は2箇月に短縮されることを告知されていたことからすれば、労働契約1から7までは、BにおけるCの商品配送業務をY社が受注する限りにおいて継続する性質の雇用であることがXに示されていたといえる。そして、「業務の都合により変更することがある。」旨の記載は、それ自体は、Y社の都合により就労場所や業務内容を変更することがあるというにすぎず、契約書記載の就業場所及び勤務内容の業務がなくなった場合に、他の事業所での契約更新を予定するという趣旨があるとはいえない。労働契約8についても、担当業務にも「業務の都合により変更することがある。」旨の記載があるが、労働契約8の締結前に、Y社から、Xに対し、契約書に明示された就労場所、業務に限定された雇用であり、これが失われたり、縮小した場合には、契約を終了する可能性があることが説明されていることからすれば、「業務の都合により変更することがある。」旨の記載をもって、契約書記載の就業場所及び勤務内容が失われた場合に、他の事業所及び勤務内容での契約更新を行うことを予定し、これを期待させる記載であるとはいえない。したがって、Xの主張は採用できない。
イ 平成29年7月27日のK営業課長の発言
Xは、契約更新に対する期待が合理的であることを裏付ける事情として、平成29年7月27日のK営業課長の発言中に、「Xが労働契約8を結んで仕事に慣れたら労働契約8の期間満了である平成30年3月31日以降のことも話し合われる。」などの発言があった旨主張しているところ、Xが主張する前記発言がされた事実が認められることは前記のとおりである。
しかし、K営業課長は、その発言の際、Xに対し、平成30年3月31日以降のことはE支店のL総務課長にきいてほしいこと、XをE支店に行かせるといった権限は自分にはないこと、Xと面談してXの意思をY社に伝えるのが自分の役割であることなども述べており、前記発言は、K営業課長が自らの権限に属しない事項について憶測を述べたものであることが、その発言内容自体から明らかである。したがって、K営業課長の発言をもって、Xが契約更新への期待を持つことが合理的であるとはいえない。
ウ 本件フローの存在
Xは、契約更新に対するXの期待が合理的であることを裏付ける事情として、平成29年6月中旬頃、Y社社内LANの共有フォルダにおいて本件フローを発見し、本件フローには「既存雇用者→平成26年6月1日時点で勤続2年以上→平成30年4月1日までの更新年月日時点で満60歳未満→平成30年4月1日時点満60歳未満→無期転換権あり、更新上限無し、契約期間は60歳まで無期契約」旨の記載があったことから、自らが無期転換権を行使できる者に当たるという認識を持った旨主張する。
しかし、本件フローは、Y社が、Xに対して示したものでも、その内容について説明をしたものでもなく、Xが、上長の許可を得ることなく、Y社社内LANの共有フォルダから取得したデータである。そして、本件フローは、Y社のJ支店の有期労働契約者のうち、4月1日を契約更新日とする者に適用されるものであり、7月1日が契約更新日であったXには適用されないものであった。また、本件フロー自体、前記記載以外に何らの説明もない文書であり、作成者、作成日付、作成目的は明らかではなく、対象者、読み方、使い方は不明なものであった。
したがって、本件フローの存在をもって、Xの期待が合理的であると評価することはできない。
なお、Xは、平成29年6月中旬頃に本件フローを取得して期待を抱いた旨主張し、X本人はこれに沿う陳述をするが、Xは、労働契約7及び8締結の際の面談、その後のK営業課長との面談の機会、dとY社との協議の場において、本件フローに言及したことはなく、Xが本件フローを平成29年6月に取得したとのXの主張は、必ずしも採用できるとはいえない。
以上のとおり、本件フローについてのXの認識に関する事情は、Xが、Y社のあずかり知らぬところで入手した情報に基づいて形成した主観的な期待にすぎないものであって、Xの契約更新への期待の合理性を基礎付ける事情とはいえない。
エ 労働契約1、7及び8の締結時の営業課長又は総務課長の発言等
Xは、契約更新に対するXの期待が合理的であることを裏付ける事情として、労働契約1締結時のI営業課長から、「Cは長くお付き合いがあるので、長く働いてください。」と、労働契約7締結時に、K営業課長から「悪いようにしない。」と、労働契約8締結時に、L総務課長から更新があるかのような言葉を、それぞれ言われた旨主張し、これに沿う供述をするが、これを裏付ける的確な証拠は存在しないため、これを採用することはできない。
オ 他の有期雇用者の更新状況
Xは、Xと同様にA支店の支店社員であったNが無期転換権を行使したことが、Xの合理的期待を裏付ける事情であると主張する。しかし、Nは、Xより1年半以上早く入社しており、Y社運用基準の基準日における契約期間満了日までの契約期間がXよりも長く、Xと同様の立場にあるとはいえない。他方、Xと同様、派遣社員として勤務していた経歴を持ち、Xと同一日に支店社員として入社した
Qは、Y社運用基準を満たしていないため、無期転換権の行使が認められず、退職していることを踏まえると、X以外の支店社員の更新状況から、Xが契約更新への期待を持つことが合理的であったとはいえない。
カ 本件雇止めが無期転換権の潜脱であるとの主張について
Xは、労契法18条の適用を免れる目的で不更新条項等を設けて行った本件雇止めが、労契法18条の無期転換権の潜脱である旨主張するが、労契法18条は、有期契約の利用自体は許容しつつ、5年を超えたときに無期雇用へ移行させることで、有期契約の濫用的利用を抑制し、もって労働者の雇用の安定を図る趣旨の規定である。Xは、5年を超えて雇用されておらず、かつ、労契法19条2号の適用により5年を超えて雇用されたことになるともいえないのであるから、Xについて、労契法18条の保護が及ぶことはなく、本件雇止めが同条の潜脱となるとはいえない。
(6)まとめ
以上によれば、労働契約8の満了時において、当初の契約時から満了時までの事情を総合してみれば、XがY社との間の有期労働契約が更新されると期待することについて合理的な理由がある(労契法19条2号)とは認められない。
したがって、Xの請求は、その余の争点につき判断するまでもなく、理由がない。
3.解説
本件は、事業所の閉鎖と限定されていた業務が無くなったことによる雇止めで、一般的には比較的認められやすいケースですが、不更新条項が付された契約書に署名捺印をもらっただけではなく、複数回の面談や説明文書交付により、会社の事情を丁寧に説明したことが、本人の更新への期待を打ち消したと認められました。
本件のように契約書に不更新条項等が記載され、これに対する同意が更新の条件とするのは、変更解約告知に類似するものです。これに対して、不更新条項について労働者が争うことを留保しつつ更新して、暫定的に新労働条件に従って就労することによって、雇止めを回避することは、いわゆる「留保付き承諾」に類似するものです。
もし、留保付き承諾が認められるなら、本件のようなケースでも「署名して次期の期間満了時に契約関係を終了させるかの二者択一を迫られる」という状況にはなりませんが、民法には、申込みに条件を付した承諾は申込みを拒絶しての新たな申込みとみなすとの規定(民法528条)があり、留保付き承諾は認められないというのがわが国の現状です。
従って、不更新条項等が付された契約書に署名しただけでは「不更新であることを同意した」や「更新があるという期待を放棄した」ことが認められず、労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合に限りにおいて、認められることになるのです。