社会保険労務士川口正倫のブログ

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【雇止め】博報堂事件(福岡地判令2.3.17平成30(ワ)1904)

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博報堂求事件(福岡地判令2.3.17平成30(ワ)1904)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/333/089333_hanrei.pdf

1.事件の概要

Xは、都内の4年制大学を卒業した後、昭和63年4月に、広告(新聞、雑誌、ラジオ、テレビその他の広告)、屋外広告物等の設計監理、施工等の事業を営むY社の九州支社(以下、「九州支社」という)に新卒採用で入社した。
Xは、Y社との間で、入社以来、1年ごとの有期雇用契約を29回にわたって更新してきており、特に 、平成25年4月1日以降、最後の更新となった平成30年3月31日まで、毎年、次の内容で契約を更新していた(以下、更新されてきた有期雇用契約の全体ないしその一部(特に、平成25年から平成30年の間に更新された有期雇用契約又は最後に更新された有期雇用契約)を指称するものとして、「本件雇用契約」という。)。

雇用契約の概要)
契約期間:当該年の4月1日から翌年3月31日
業務内容:九州支社におけるマネジメントサポート業務
就業期間:毎週月曜日から金曜日の午前9時30分から午後5時30分まで
休憩時間:正午から午後1時まで
給  与: 税込月額25万円(毎月末日締、当月25日払い)
賞  与:各年の6月と12月に各25万円


平成29年12月7日、本件雇用契約の更新を申し入れたものの、Y社は、これを拒絶し、平成30年3月31日をもって、その契約期間が満了した。
これに対して、X・Y社間の有期雇用契約は、労働契約法19条1号又は2号に該当し、Y社がXに対し、平成30年3月31日の雇用期間満了をもって雇止め(以下「本件雇止め」という。)したことは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないから、従前の有期雇用契約が更新によって継続している旨主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求め、Y社を提訴したのが本件である。
※平成31年4月1日より、Xにはいわゆる無期転換権が発生する。

1.判決の概要

(労働契約終了の合意の有無:労働契約の終了? or 雇止め?)
Y社は、平成25年4月1日付の雇用契約書において、平成30年3月3月1日以降は契約を更新しないことを明記し、そのことをXが承知した上で、契約書に署名押印をし、その後も毎年同内容の契約書に署名押印をしていることや、転職支援会社への登録をしていることから、Xが平成30年3月31日をもって雇用契約を終了することについて同意していたのであり、本件労働契約は合意によって終了したと主張する。
確かに、Xは、平成25年から、平成30年3月31日以降に契約を更新しない旨が記載された雇用契約書に署名押印をし、最終更新時の平成29年4月1日時点でも、同様の記載がある雇用契約書に署名押印しているのであり、そのような記載の意味内容についても十分認識していたものと考えられる。
ところで、約30年にわたり本件雇用契約を更新してきたXにとって、Y社との有期雇用契約を終了させることは、その生活面のみならず、社会的な立場等にも大きな変化をもたらすものであり、その負担も少なくないものと考えられるから、XとY社との間で本件雇用契約を終了させる合意を認定するには慎重を期す必要があり、これを肯定するには、Xの明確な意思が認められなければならないものというべきである。
しかるに、不更新条項が記載された雇用契約書への署名押印を拒否することは、Xにとって、本件雇用契約が更新できないことを意味するのであるから、このような条項のある雇用契約書に署名押印をしていたからといって、直ちに、Xが雇用契約を終了させる旨の明確な意思を表明したものとみることは相当ではない。
また、平成29年5月17日に転職支援会社であるキャプコに氏名等の登録をした事実は認められるものの、平成30年3月31日をもって雇止めになるという不安から、やむなく登録をしたとも考えられるところであり、このような事情があるからといって、本件雇用契約を終了させる旨のXの意思が明らかであったとまでいうことはできない。
むしろ、Xは、平成29年5月にはεに対して雇止めは困ると述べ、同年6月には福岡労働局へ相談して、Y社に対して契約が更新されないことの理由書を求めた上、Y社の社長に対して雇用継続を求める手紙を送付するなどの行動をとっており、これらは、Xが労働契約の終了に同意したことと相反する事情であるということができる。
そして、他に、Y社の上記主張を裏付けるに足る的確な証拠はない。
以上からすれば、本件雇用契約が合意によって終了したものと認めることはできず、平成25年の契約書から5年間継続して記載された平成30年3月31日以降は更新しない旨の記載は、雇止めの予告とみるべきであるから、Y社は、契約期間満了日である平成30年3月31日にXを雇止めしたものというべきである。⇒雇止めに該当する。



(労働契約法19条1号又は2号該当性が認められるか:解雇権濫用法理が適用されるか?)

Xは、昭和63年4月に新卒でY社に入社した以降、平成30年3月31日に雇止めとなるまでの間、九州支社の計画管理部において経理業務を中心とした業務に携わり、本件雇用契約を約30年にわたって29回も更新してきたものである。この間、Y社は、平成25年まで、雇用契約書を交わすだけで本件雇用契約を更新してきたのであり、平成24年改正法の施行を契機として、 平成25年以降は、Xに対しても最長5年ルールを適用し、毎年、契約更新通知書をXに交付したり、面談を行うようになったものである。
このような平成25年以降の更新の態様やそれに関わる事情等からみて、本件雇用契約を全体として見渡したとき、その全体を、期間の定めのない雇用契約と社会通念上同視できるとするには、やや困難な面があることは否めず、したがって、労働契約法19条1号に直ちには該当しないものと考えられる。⇒無期雇用と変わらないとは言えない。
そこで、Xに本件雇用契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるか否か(同条2号)について検討を進めるに、まず、Y社は、Xが昭和63年4月に新卒採用で入社した以降、平成25年まで、いわば形骸化したというべき契約更新を繰り返してきたものであり、この時点において、Xの契約更新に対する期待は相当に高いものがあったと認めるのが相当であり(Xが定年まで勤続できるものと期待していたとしても不思議なことではない。)、その期待は合理的な理由に裏付けられたものというべきである。また、Y社は、平成25年以降、Xを含めて最長5年ルールの適用を徹底しているが、それも一定の例外(例えば、Xに配布された「事務職契約社員の評価についてには、「6年目以降の契約については、それまでの間(最低3年間)の業務実績(目標管理による評価結果・査定)に基づいて更新の有無を判断する。」とされているなど)が設けられており、そのような情報は、Xにも届いていたのであるから、上記のようなXの契約更新に対する高い期待が大きく減殺される状況にあったということはできないのである。
他方、Xは、αから、前記1⑷アの④ないし⑦の説明*1を受けていない、あるいは、α、β又はδなどから、契約更新は大丈夫である旨の話を聞いたなどと主張し、その旨の供述をするところ、雇用期間を5年に限る旨説明にやって来たαが、上記④ないし⑦の説明をしないとは考え難いし、まして、Xの契約更新を肯定するような発言をすることは考え難いことである。また、βらにおいても、軽々にそのような発言ができる立場にあるとは認め難いのであり、Xの上記供述は採用し難いものである。
しかし、Xは、既に平成25年までの間に、契約更新に対して相当に高い期待を有しており、その後も同様の期待を有し続けていたものというべきであるから、Xが契約更新に期待を抱くような発言等が改めてされたとは認められないとしても、Xの期待の存在やその期待が合理性を有するものであることは揺るがないというべきである。
したがって、Xの契約更新に対する期待は、労働契約法19条2号により、保護されるべきものということができる。⇒解雇権濫用法理が適用される。
これに対し、Y社は、平成25年以降の契約書や契約更新通知書において毎年平成30年3月31日以降は契約の更新がないことを確認していることから、契約更新に対する合理的期待はないと主張するが、それ以前の契約更新の状況等を顧みないものであり、その点で既に採用の限りではない。


(本件雇止めにおける客観的に合理的な理由及び社会的相当性の有無)

Y社は、九州支社が長年赤字状態にあり、人件費の削減を行う必要性があったこと、九州支社には計画管理部の他にXが従事できる業務は存在しないこと、Xの担当していた業務が人員を1名必要とするほどのものではなく外注によってもまかなえるものであったことなどを主張するとともに、Xに対する評価は、期待水準通りといったものであるばかりか、コミュニケーション能力に問題があることが繰り返し指摘されており、Xのコミュニケーション不足が原因でグループ会社の担当者からクレームが来たこともあったことなどを指摘する。
ところで、Y社の主張するところを端的にいえば、最長5年ルールを原則とし、これと認めた人材のみ5年を超えて登用する制度を構築し、その登用に至らなかったXに対し、最長5年ルールを適用して、雇止めをしようとするものであるが、そのためには、Xの契約更新に対する期待を前提にしてもなお雇止めを合理的であると認めるに足りる客観的な理由が必要であるというべきである。
この点、Y社の主張する人件費の削減や業務効率の見直しの必要性というおよそ一般的な理由では本件雇止めの合理性を肯定するには不十分であると言わざるを得ない。また、Xのコミュニケーション能力の問題については、上述したような指摘があることを踏まえても、雇用を継続することが困難であるほどの重大なものとまでは認め難い。むしろ、Xを新卒採用し、長期間にわたって雇用を継続しながら、その間、Y社が、Xに対して、その主張する様な問題点を指摘し、適切な指導教育を行ったともいえないから、上記の問題を殊更に重視することはできないのである。そして、他に、本件雇止めを是認すべき客観的・合理的な理由は見出せない。
以上によれば、Xが本件雇用契約の契約期間が満了する平成30年3月31日までの間に更新の申込みをしたのに対し、Y社が、当該申込みを拒絶したことは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないことから、Y社は従前の有期雇用契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなされる。
そうすると、原・Y社間では、平成30年4月1日以降も契約期間を1年とする有期雇用契約が更新されたのと同様の法律関係にあるということができる。そして、Xは本件訴訟において、現在における雇用契約上の地位確認を求めていることから、その後も、有期雇用契約の更新の申込みをする意思を表明しているといえる。他方、Y社は、Xの請求を争っていることから、それを拒絶する意思を示していたことも明らかであるところ、事情が変わったとは認められないから、平成31年4月1日以降も、Y社は従前の有期雇用契約の内容である労働条件と同一の労働条件で、Xによる有期雇用契約の更新の申込みを承諾したものとみなされる。
したがって、Xの請求は、Y社に対し、雇用契約上の地位確認並びに平成30年4月1日から本判決確定の日までの賃金及び賞与の支払を求める限度で理由がある。
なお、Xの請求のうち、本判決確定の日の翌日以降の賃金及び賞与を求める部分は、将来請求の訴えの利益を認めることができないから、不適法である。
以上によれば、Xの請求のうち、本判決確定の日の翌日以降の賃金及び賞与を求める部分は、不適法であるから却下し、その余の請求は、いずれも理由があるから認容すべきである。

(※)平成31年4月1日以降も、Y社は従前の有期雇用契約の内容である労働条件と同一の労働条件で、Xによる有期雇用契約の更新の申込みを承諾したものとみなされるということは、本判決後、直ちに無期転換権を行使することにより、無期転換が可能となる。

*1:④労働契約法が改正され、平成25年4月より、5年を超えて契約が更新された場合は無期契約に転換する仕組みが導入されたので、これにより、これまで支社の契約社員に適用していた契約を見直すことになったこと、⑤6年目以降の契約に関しては次年度から最低3年間の業務実績により更新するかどうかを判断すること、⑥毎年期初・期中・期末に所属部署長・部門長との面談を通じて目標管理サイクルの運用を行うこと、⑦博報堂DYグループ(被告のほか複数の広告会社等が所属するグループ内での転職支援に関しては、株式会社博報堂DYキャプコを窓口として契約満了者の転職支援を行っていて、意向があればいつでも登録が可能であることを説明した旨述べるのに対し、Xは④から⑦以外の説明はなかった旨述べている。