社会保険労務士川口正倫のブログ

横浜市の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ

【就業規則の変更】山梨県信用組合事件(最二小判平28.2.19労判1136号6頁)

就業規則の変更】山梨県信用組合事件(最二小判平28.2.19労判1136号6頁)

1.事件の概要

A信用組合は経営破綻を回避するため、Y信用組合に平成15年1月14日に吸収合併されることとなった(以下「本件合併」という)。この合併に先立ち、両信用組合の理事で構成される合併協議会は、合併後の新規程により、A信用組合の職員の退職金について、合併当時のA信用組合の規程(旧規程)と比べて、退職金額の算定の基礎となる給与額が退職時の本俸の月額からその半額となり、また、基礎給与額に乗じられる支給倍数に、旧規程にはなかった上限が設けられた。
また、旧規程では、退職金総額から厚生年金給付額を控除して支給する内枠方式が採用されていたが、新規程でも内枠方式が維持された(Y信用組合では従来内枠方式は採用されていなかった)。さらにA信用組合が加入していた企業年金保険が、合併時に解約されて還付された金額も、退職金総額から控除するとされた(Y信用組合は、企業年金保険には未加入であった)。
Xらは、以上の変更について同意書に署名押印したが、事前の説明会で配布された同意書案には、Y信用組合の従前からの職員と同一水準の退職金額が保障される旨記載されていた。
Y信用組合は、その後別信用組合と平成16年2月16日に合併し、その際、新退職金制度が制定されるまで、平成16年の合併時の在職期間については自己都合退職の係数が用いられ、同合併後の在職期間については自己都合退職した者には退職金を不支給とする変更が追加された。Xらはその説明を受けたうえで、説明報告書に署名した。
以上の変更により、Xらは退職時に退職金額がゼロになったり、平成16年の合併後に自己都合退職した者は退職金が支給されなかったりするなどの不利益を受けた。そこで、Xらは、Y信用組合に対し、旧規程基づく退職金の支払いを求めて提訴した。一審及び二審が、Xらの請求を棄却したため、Xらが上告したのが本件である。

2.判決の概要

原審は、要旨次のとおり判断し、Xらの請求をいずれも棄却すべきものとした。
Xらは、本件退職金一覧表の提示を受けて、本件合併後にY信用組合に残った場合の当面の退職金額とその計算方法を具体的に知ったものであり、本件同意書の内容を理解した上でこれに署名押印をしたのであるから、本件同意書への署名押印により本件基準変更に同意したものということができる。したがって、Xらについては、合意による本件基準変更の効力が生じている。
また、Xらの本件報告書への署名もXらの意思に基づくものである以上、Xらは平成16年基準変更に同意したものということができる。したがって、Xらについては、合意による平成16年基準変更の効力が生じている。

しかしながら、原審の上記判断はいずれも是認することができない。その理由は、次のとおりである。


(判断基準)
労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者との個別の合意によって変更することができるものであり、このことは、就業規則に定められている労働条件を労働者の不利益に変更する場合であっても、その合意に際して就業規則の変更が必要とされることを除き、異なるものではないと解される(労働契約法8条、9条本文参照)。もっとも、使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。そうすると、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である(シンガー・ソーイング・メシーン事件(最二小判昭48.1.19民集27巻1号27頁)日新製鋼事件(最二小判平成2.11.26民集44巻8号1085頁)参照)。


(当てはめ)
これを本件基準変更に対するXらの同意の有無についてみると、本件基準変更は、A信用組合の経営破綻を回避するために行われた本件合併に際し、その職員に係る退職金の支給基準につき、旧規程の支給基準の一部を変更するものであり、Xらは、本件基準変更への同意が本件合併の実現のために必要である旨の説明を受けて、本件基準変更に同意する旨の記載のある本件同意書に署名押印をしたものである。そして、この署名押印に先立ち開催された職員説明会で各職員に配付された同意書案には、Y信用組合の従前からの職員に係る支給基準と同一水準の退職金額を保障する旨が記載されていたのである。ところが、本件基準変更後の新規程の支給基準の内容は、退職金総額を従前の2分の1以下とする一方で、内枠方式については従前のとおりとして退職金総額から厚生年金給付額を控除し、更に企業年金還付額も控除するというものであって、Xらの退職時において平成16年合併前の在職期間に係る退職金として支給される退職金額が、その計算に自己都合退職の係数が用いられた結果、いずれも0円となったことに鑑みると、退職金額の計算に自己都合退職の係数が用いられる場合には支給される退職金額が0円となる可能性が高いものであったということができ、また、内枠方式を採用していなかったY信用組合の従前からの職員に係る支給基準との関係でも、上記の同意書案の記載と異なり、著しく均衡を欠くものであったということができる。
上記のような本件基準変更による不利益の内容等及び本件同意書への署名押印に至った経緯等を踏まえると、Xらが本件基準変更への同意をするか否かについて自ら検討し判断するために必要十分な情報を与えられていたというためには、同人らに対し、旧規程の支給基準を変更する必要性等についての情報提供や説明がされるだけでは足りず、自己都合退職の場合には支給される退職金額が0円となる可能性が高くなることや、Y信用組合の従前からの職員に係る支給基準との関係でも上記の同意書案の記載と異なり著しく均衡を欠く結果となることなど、本件基準変更によりXらに対する退職金の支給につき生ずる具体的な不利益の内容や程度についても、情報提供や説明がされる必要があったというべきである。
しかしながら、原審は、Xらが本件退職金一覧表の提示により本件合併後の当面の退職金額とその計算方法を知り、本件同意書の内容を理解した上でこれに署名押印をしたことをもって、本件基準変更に対する同人らの同意があったとしており、その判断に当たり、本件基準変更による不利益の内容等及び本件同意書への署名押印に至った経緯等について十分に考慮せず、その結果、その署名押印に先立つ同人らへの情報提供等に関しても、職員説明会で本件基準変更後の退職金額の計算方法の説明がされたことや、普通退職であることを前提として退職金の引当金額を記載した本件退職金一覧表の提示があったことなどを認定したにとどまり、十分な情報提供や説明がされたか否かについての十分な認定、考慮をしていない。

(結論)
したがって、本件基準変更に対するXらの同意の有無につき、上記のような事情に照らして、本件同意書への同人らの署名押印がその自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点から審理を尽くすことなく、同人らが本件退職金一覧表の提示を受けていたことなどから直ちに、上記署名押印をもって同人らの同意があるものとした原審の判断には、審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法がある。

(補足)
また、平成16年基準変更に対するXらの同意の有無については、Xらが本件報告書に署名をしたことにつき、Xらに新規程が適用されることを前提として更にその退職金額の計算に自己都合退職の係数を用いることなどを内容とする平成16年基準変更に同意したものか否かが問題とされているところ、原審は、判断基準に観点から審理を尽くすことなく、直ちに上記署名をもってXらの同意があるものとしたのであるから、その判断には、審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法がある(なお、平成16年基準変更に際して就業規則の変更がされていないのであれば、平成16年基準変更に対するXらの同意の有無につき審理判断するまでもなく、平成19年法律第128号による改正前の労働基準法93条により、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める合意として無効となるものと解される。)。