社会保険労務士川口正倫のブログ

横浜市の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ

【減給】O・S・I事件(東京地判令2.2.4労経速2421号22頁)

【減給】O・S・I事件(東京地判令2.2.4労経速2421号22頁)

1.事件の概要

Xは、有料老人ホームの設置経営等を行うY社のディサービスセンター「Z1」(以下「本件施設」という。)で、機能訓練指導員として勤務していた。
XとY社の間の雇用契約の内容は次のとおりである。

平成25年12月5日雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)
・従事する業務:機能訓練指導員
・賃金:基本給 23万円(毎月15日締め翌月10日払い)

平成26年3月16日雇用契約の変更合意
・賃金:基本給 23万円 機能訓練指導員手当 1万円 計24万円

また、Y社の就業規則には、退職について、従業員の行方が不明となり、14日以上連絡が取れないときで、解雇手続を取らない場合には退職とし、14日を経過した日を退職の日とするとの定めがある(以下「本件退職条項」という。)

このような状況でXが就労していたところ、Y社代表者は、Xに対し、平成27年7月23日、
①XがY社に無断でアルバイトをした
②本件施設の女性利用者の家族が、Xが同女性利用者に対してセクハラをしたことを理由として刑事告訴を検討している
旨を指摘して、3日間謹慎するよう命じ、処分は追って決める旨を次げた。

Y社代表者は、Xに対し、平成27年8月14日、本件雇用契約につき、従事する業務を介護職員に変更し、その賃金を基本給18万円のみに減額する旨記載のある雇用契約書(以下「本件契約書」という。)を交付して、署名押印を求めた。Xは、これに署名押印して、同月15日、Y社代表者に提出した。

その後、Y社の従業員で本件施設の管理者であったZ2(以下「Z2」という。)は、Xに対し、平成27年9月21日、
①本件施設の女性利用者がXの存在を理由としてデイサービスの利用を止めたいと申入れをしてきた
②本件施設の女性従業員がXに体を触られたと述べている
旨を指摘した。
これに対し、Xは、本件施設の女性従業員が休憩時に椅子に座っていた際にXの体が同女性従業員に接触したことがあったかも知れないとの旨回答した。

Xは、平成27年9月22日以降、出勤せず、Y社はXに対し、平成27年11月18日頃、Xが同年9月22日から同年10月5日まで無断欠勤を続け、再三の出勤命令にも応じなかったので、本件退職条項により、同月6日をもって自己都合により退職したものとみなすとの旨記載のある書面を送付した。
これに対して、XがY社に対し、雇用契約上の地位にあることの確認等を求めて提訴したのが本件である。

2.判決の概要

① 本件雇用契約は、Xが行方不明となり連絡が取れなかったことなどにより終了したか

※本件退職条項のような規定がある就業規則は、よく見かけます。また、私が就業規則の変更を提案する際にも、従業員が音信不通になった際の対応をスムーズにすることを想定して、規定しておくことを勧める条項です。このよくある「本件退職条項」の適用基準が本裁判例には示されています。

(1)判断基準
Y社の就業規則の中には、本件退職条項のほか、従業員について、正当な理由なく欠勤が14日以上に及び、出勤の催促に応じない又は連絡が取れないことを懲戒解雇事由とする規定(72条2項1号)があることが認められる。そして、Y社の就業規則中にあえて上記規定と別個に設けられた本件退職条項の趣旨は、Y社が従業員に対して通常の手段によっては出勤の催促や懲戒解雇の意思表示をすることができない場合、すなわち、Y社の従業員の欠勤が継続し、Y社が通常の手段によっては出勤を命じたり解雇の意思表示をしたりすることが不可能となった場合に備えて、そのような事態が14日以上継続したことを停止条件として退職を合意したものと解される。
したがって、本件退職条項にいう「従業員の行方が不明となり、14日以上連絡が取れないとき」とは、従業員が所在不明となり、かつ、Y社が当該従業員に対して出勤命令や解雇等の通知や意思表示をする通常の手段が全くなくなったときを指すものと解するのが相当である。

(2)当てはめ
本件においては、Xは、Y社に対し、本件施設に出勤しなくなった平成27年9月22日以降、同月25日から同月28日まで、連日、休暇等届と題する書面等をファクシミリを利用して送信するとともに、同月28日には、同年10月分の勤務の予定をファクシミリを利用して送信するよう求め、同年10月2日は、重ねて上記要求をし、さらに、同月20日には、電子メールを送信して、休職を申し出るとともに、電子メールアドレスを開示して電子メールで連絡をするよう求めていたことが認められる。

これに対して、Y社代表者及びZ2の各陳述書の中には、この間、Y社代表者やZ2がXに電話を架けても応答がなかったとの記載部分があり、Y社代表者の本人尋問における供述中には、Xは上記電話に1回しか応答せず、Y社の従業員がX宅を訪ねてもXは応答しなかったとの供述部分がある。しかし、仮にそのような事実があったとしても、Xの所在がこの間Y社に不明であったとの事実や、Y社がXに対してファクシミリや電子メールを利用して上記通知や意思表示をすることが不可能な状況にあったとまでは認められない。

(3)結論
以上によれば、Xについて、平成27年9月22日以降、本件退職条項にいう「行方が不明となり、14日以上連絡が取れなくなったとき」に当たる状況にあったものとは認められない。したがって、本件雇用契約が本件退職条項により終了したとのY社の主張は理由がない。

② Xの平成27年8月15日以降の賃金は基本給18万円のみに減額されたか

(1)判断基準
労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者との個別の合意によって変更するができる。しかし、使用者が提示した労働条件の変更が賃金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服するべき立場に置かれており、自らその意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当ではなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。そうすると、賃金の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるべきものと解するのが相当である。(山梨県民信用組合事件 最判小二民集70巻2号123頁 参照

(2)当てはめ
本件契約の内容は、Xを機能訓練指導員手当1か月1万円が支給される業務から外してその支給を停止するばかりでなく、その基本給を1か月23万円から18万円に減額し、賃金総額を25%も減じるものであって、これによりXにもたらされる不利益の程度は大きいというべきである。他方、Y社代表者はXに対し、本件合意に先立ち、XがY社に無断でアルバイトをしたとの旨や本件施設の利用者から苦情が寄せられている旨を指摘したのみであるといい、Y社の代表者の陳述書や本人尋問における供述によっても、Y社代表者がXに対して上記のような大幅な賃金減額をもたらす労働条件の変更を提示しなければならない根拠について、十分な事実関係の調査を行った事実や、客観的な証拠を示してXに説明した事実は認められない。

以上によれば、Xが本件契約書を交付された後いったんこれを持ち帰り、翌日になってからこれに署名押印をしたものをY社代表者に提出したという本件合意に至った経緯を考慮しても、これがXの自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するものとは認めれない。

(3)結論
以上の次第で、本件契約書の作成によっても、そこに記載された本件合意の内容へのXの同意があったとは認められないから、本件雇用契約書に基づく賃金を基本給18万円のみに減額するとの本件合意の成立は認められない。