社会保険労務士川口正倫のブログ

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社会福祉法人ネット事件(東京地判立川支部令2.3.13労判1226号36頁)

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社会福祉法人ネット事件(東京地判立川支部令2.3.13労判1226号36頁)

1.事件の概要

Y社は、平成14年12月に設立された、A市内において障害福祉サービス事業を行う社会福祉法人である。なお、Y社の前身は、昭和62年に設立された「B」(権利能力なき社団。以下「B」という。)である。
Y社は、「C施設」、「D施設(以下「本件施設」という。)」、「E施設」、「F施設」の各作業所を設けた上で、障害福祉サービス事業を営んでいる。
Xは、昭和15年○月○日生まれの男性であり、Bに入職した後、Y社の設立時に、Y社との間で労働契約を締結した。
Xは、Y社設立時以降下記(4)の理事会決議(以下「本件決議」という。)があった平成28年6月25日までの間、本件施設の施設長として従事していた。なお、Xは、上記期間中Y社の理事の職にあったほか、Y社設立時から平成23年まではY社の事務局長、平成26年からはY社の理事長の職にあった。
本件は、本件施設の施設長であったXが、本件決議はY社による解雇の意思表示にあたり、同解雇は無効であるとして、Y社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めて提訴したのが本件である。


就業規則の概要)
就業規則14条
職員は、満65歳になったその年度末をもって定年退職とする。退職通知は1ヵ月前に行うものとする。ただし、施設長については、法人が必要と認める場合は延長することができる。
就業規則12条
職員は次の各号に該当する場合は退職とする。
(1)退職を願い出て承認されたとき
(2)死亡したとき
(3)定年に達したとき(以下省略)
ウ 定款12条
2 この法人の設置経営する施設の長(以下「施設長」という。)は、理事会の議決を経て、理事長が任免する。
(4)本件決議
ア Y社は、平成28年6月25日、同年度第2回理事会を開催したところ、同理事会における第3号議案として「就業規則の定年に係る施設長の延長承認の件」が提示されていた。
イ 上記議案に関し、Xにつき、①65歳となった年度の翌年度から本件決議日までの定年延長と②その翌日である同月26日以降の定年延長の二つに分けて討議、決定する旨の議案説明がされ、議決が行われたところ、①については承認、②については否決された。

2.双方の主張

争点 本件決議により原Y社間の労働契約が終了したといえるか

(Y社の主張)
(1)就業規則14条は、Y社の職員につき65歳定年制を採用しながら、施設長に限り、例外的に「法人が必要と認める場合」には「延長することができる」ものとしている。
就業規則14条但書は、施設長については経験の高さや後継者探しの余裕等を考慮し、理事会の決議(定款12条)による信任があれば雇用延長し、法人及び施設の業務の連続性や継続性を担保するとともに、その業務に支障がないようにするという趣旨である。なお、Xは、法人創設時からの理事として就業規則の作成に関わっており、同条の趣旨も十分理解している。
(2)前記(1)に加え、65歳の定年を超えての雇用延長である以上、いずれかの時点で理事会の信任・承認が得られなくなることは確定した事実であるといえる。もっとも、他方で、個別の事情により、いつ上記の事実が生じるかは確定していないということができる。
また、一般に、高齢になれば、多忙極める事業所の施設長としての能力は年齢に応じて低減するといわざるを得ないことも併せ踏まえれば、理事会の承認が得られなかった時点で施設長の雇用期間を終了させる旨就業規則にて定めることは、十分な合理性がある(就業規則14条は、労働契約法7条の合理的な労働条件の定めとして、XY社間の労働契約の内容を構成しているといえる。)。
以上によれば、就業規則14条但書は、施設長の定年後の雇用延長につき、理事会の承認が得られなかったことを不確定期限として定めたものといえるから、理事会の承認が得られなかった時点で、施設長の定年後の雇用は終了する。
(3)本件において、Xが満65歳の定年を迎えた際に、Y社の理事会において就業規則14条但書に基づく承認決議を経ることがなかったのは事実であるが、他方で、定年時から10年近く雇用延長された施設長はXと「E施設」の施設長であったG氏(以下「G施設長」という。)しかいないことから、定年後の雇用延長が期限の定めのないものとなる旨の事実たる慣習ないし労使慣行があったとはいえない。また、前記のとおり、就業規則14条但書は、施設長の定年後の雇用延長の上限となる期限を定めているのであるから、事実上雇用延長が続いてしまったとしても、その雇用が無期となることはなく、黙示の更新の推定も働くものではない。
(4)以上からすれば、本件決議により、XとY社との労働契約は終了したものである。XとY社との労働契約の終了原因は、不確定期限の到来であって解雇ではないから、解雇の「客観的に合理的な理由」及び「社会通念上の相当性」の有無(解雇権濫用法理の適用ないし類推適用)は問題とならない。

(Xの主張)
(1)Y社は、就業規則14条但書は、施設長の定年後の雇用延長期間について、理事会の承認が得られない時点で終了するという不確定期限を定めたものであり、本件決議がその不確定期限の到来である旨主張する。
(2)しかし、延長の承認が得られない旨の理事会決議をもって不確定期限と評価しうるといえるか、雇用の延長に関する規定と評価しうるかは疑問である上、「施設長については、法人が認める場合は延長することができる。」との就業規則14条但書の文言を「承認しない時点で延長が終了する。」と読み替えることは文理上不可能である。また、Y社の主張によれば、就業規則14条但書は、65歳以降に延長された施設長の雇用について、理事会の不承認決議という使用者側の決定を終期とする特殊な期間を定めた内容の規定ということになる。しかし、そのような意味だとすると、使用者側の決定により雇用を終わらせる場合について、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性の有無を審査してその有効性を判定することを定めた労働契約法16条を潜脱することにならざるを得ないから、Y社主張の内容に係る解釈は採り得ない。
(3)Xは、平成18年3月31日時点で定年退職となるはずであったところ、何らの手続が行われることもなく施設長としての勤務を継続したのであるから、黙示の更新(民法629条)が成立しているものと解される。また、就業規則14条の規定に関しては、定年延長の規定と解釈するのが自然であるところ、Xに関しては、特段の期限を定めることもないまま黙示に定年を延長されてきたものとも解される。
そして、上記のいずれの見解に依拠したとしても、Y社が行った本件決議は、XとY社との間の雇用関係を終了させる(延長しない)旨のY社の意思表示、すなわち解雇の意思表示にほかならない。そして、Y社は、前記1のとおり、不確定期限の到来による雇用の終了であると主張して解雇理由の主張立証を行っていない以上、解雇は無効であって、労働契約は終了していない。
したがって、Xは、Y社との間の労働契約上の権利を有する地位にある。

3.判決の概要

1.後掲証拠によれば、就業規則14条の制定、適用並びに改正の経緯に関し、以下の事実が認められる。

(1)就業規則14条制定の経緯
就業規則14条は、Y社の設立(平成14年)と同時に制定されたものであったところ、文案の作成作業を中心となって行ったのはXであった。就業規則14条を作成するにあたっては、他の社会福祉法人の例を参考として、職員の定年を65歳としたが、施設長については後任の適任者を見つけるのが一般的に困難であり、65歳定年を機械的に適用すると事業所の継続が不可能になるとの事情を踏まえ、就業規則14条但書の文言を盛り込むこととし、Xが作成した文案が特段修正等されることもなく、就業規則として成立するに至った。

(2)制定後の運用の経緯
ア Xは、平成17年10月15日に満65歳となったところ、同時点において、Xは、本件施設の施設長を担当していた。その後、満65歳に達した年の年度末である平成18年3月31日が経過したが、その後も、本件決議に至るまでの間、本件施設の施設長としての勤務を継続した。他方、同勤務継続にあたり、理事会での決議の手続は行われなかった。
イ Y社においては、その後、「E施設」のG施設長が平成19年に、「F施設」のH施設長(以下「H施設長」という。)が平成21年にそれぞれ満65歳となったが、両施設長とも、当該年度末を超えて施設長としての勤務を継続した。なお、H施設長は、平成23年に退職し、G施設長は、本件決議と同日に定年延長を承認する旨の理事会決議がされた後、平成29年3月31日に退職した。なお、上記両施設長に関しても、65歳定年時において、理事会での決議の手続は行われていなかった。
ウ Y社においては、平成24年まで、「第2・D施設」(作業所)が存在したところ、「第2・D施設」は、平成24年3月末をもって本件施設に統合された。統合前の「第2・D施設」の施設長はI氏(以下「I施設長」という。)であった。同施設長は、満65歳に達した年度末である平成24年3月末が定年であったが、同施設長は同年5月まで勤務を続け、その後退職した。もっとも、同施設長が勤務を継続するにあたり、理事会での決議の手続は行われていない。

(3)改訂に向けた議論
前記(2)のとおり、Y社の施設長のうち2名は退職した一方、X及びG施設長は70歳を超えてなお雇用延長が継続していたことなどから、就業規則14条但書について、改訂に向けた議論が行われた。経緯の概要は、別紙中平成25年ないし28年の「就業規則14条をめぐる動き」欄のとおりであり、「75歳を限度とする」「施設長の延長は最大10年とする」「延長は1年毎とし、10年を超えないものとする」「65歳以上の延長は1年毎とし、その都度理事会に諮る」といった内容が議論されたが、本件決議時点までに現実に改訂されるには至らなかった。
なお、Xは、平成25年12月ころ及び平成28年3月ころ、施設長を退任して後任に委ねる旨の意向を示したことがあったが、後任者の人選につき反対意見が強かったこと、他の後任者も直ちには見つからなかった等の事情があったため、直ちに退任することにはならなかった。

(4)Y社は、平成27年12月17日にA市の指導検査を受けたところ、就業規則14条但書に基づく理事会決議を65歳定年時に行っていないことから、速やかに理事会で承認をもらって議事録に残すよう口頭で指導された。Y社は、平成28年5月にも、A市から同様の指摘を受けた。
このことから、Y社において、XとG施設長の定年延長を理事会の議事事項に付議することとし、平成28年6月25日に本件決議が行われた。
本件決議は、XとG施設長それぞれにつき、①定年時点から本件決議時点までの定年延長、②本件決議時点以後の定年延長、のそれぞれにつき、各理事の賛否を問う形で行われ、G施設長に関しては、①②ともに承認された。他方、Xについては、①については承認されたものの、②については承認されなかった。

(5)本件決議後に就業規則14条は改正され、平成29年3月25日から実施されることとなった。改正後の条文の内容は、次のとおりである。
「職員は、満65歳になったその年度末をもって定年退職とする。退職通知は1カ月前に行うものとする。但し、施設長については、法人が必要と認める場合は延長することができる。延長は1年毎とし理事会の承認を得るものとする。」


2.前記1の認定事実を前提に以下検討する。

(1)Y社は、前記第3の1のとおり、就業規則14条但書は、理事会決議において延長が承認されなかったことを労働契約の終期(不確定期限)として定めたものであり、本件決議により延長が承認されなかった結果、XとY社との間の労働契約は、不確定期限の到来により終了したものと主張するので、以下検討する。

(2)就業規則14条但書は、職員の定年が満65歳になったその年度末であることを前提として、「ただし、施設長については、法人が必要と認めるときは延長することができる。」と定めるところ、認定事実(1)のとおり、施設長に関しては、後任者を直ちに見つけるのが一般的に困難であり、65歳定年を機械的に適用すると事業所の継続が不可能ないし困難になるとの事情等を踏まえ、理事会の決議による信任があれば雇用延長し、法人及び施設の業務の連続性や継続性を担保する趣旨から制定されたものと認められる。
そうであるとすれば、就業規則14条但書は、施設長に関し、延長に関する理事会決議(承認)が得られたことを条件として、雇用の延長を認めた規定であり、雇用の延長期間に関しては、理事会決議において定めたところによることになる、と解するのが最も自然な解釈というべきである。

(3)この点Y社は、就業規則14条但書は、理事会決議による承認を得られなかったことを不確定期限として雇用を延長する規定である旨主張し、その根拠として、65歳の定年を超えての延長である以上はいずれかの時点で理事会の承認が得られないことは確定した事実であること等を挙げる。
しかし、「理事会の承認が得られないこと」が、発生することの確定した事実であるとまではいえないから、同事実を不確定期限と解するには疑義がある(認定事実(2)イによれば、定年後も施設長を継続したG施設長、H施設長は、いずれも、理事会の承認が得られなかった事実がないまま退職して雇用関係が終了しているのであり、理事会決議により承認されなかった事実があるのはXのみである。)。
また、Y社主張の解釈を前提とすると、施設長に関しては、同条本文による定年の規定にもかかわらず、延長に関する理事会決議(承認)がなくても当然に雇用延長の効果を生じているものと解釈せざるを得ないが、このような解釈は、就業規則14条但書の文言それ自体や本文の規定との関係に照らして無理がある。また、Y社主張の解釈を前提とすれば、「理事会の承認が得られなかったこと」とは、Y社において「施設長との間の労働契約(65歳定年後に延長されたもの)を終了させる旨の意思決定をすること」にほかならず、これは、実質的には解雇の意思表示であると評価せざるを得ない。そうすると、就業規則14条但書は、Y社が解雇の意思表示をしたときには無条件に雇用関係が終了する内容の規定と解さざるを得ず、このような解釈は、労働契約法16条の趣旨に悖るものといわざるを得ない。
そうすると、就業規則14条の解釈に関するY社の主張は採用することができず、前記(2)のとおり解釈するのが相当である。

(4)これを前提として本件についてみるに、認定事実(2)アのとおり、Xは、平成17年10月15日に満65歳に達し、平成18年3月31日に定年により退職となるはずであったが、雇用を延長する旨の手続(延長を承認する旨の理事会の決議)は何ら行われないまま、上記日以後も施設長としての勤務を継続したものであるから、上記日において雇用契約ははいったん定年により終了したことを前提として、黙示の更新が推定され、同推定を覆す事情は存在しないというほかはない民法629条。なお、認定事実(2)イのとおりの各施設の施設長の定年前後の経緯を併せ踏まえれば、Xについて、定年時において黙示に延長を承認する旨の決議がされたものと解釈する余地はあるが、これを前提としても、承認にかかる延長期間の定めはないというほかはない。)。そうすると、XとY社との間の労働契約は、本件決議時点においては、期限の定めのないものとして存在していたものと認められるから(就業規則14条但書が理事会による承認がされなかったことを不確定期限(労働契約の 終期)とする旨の規定であるとの解釈が採用できないことは前記(3)のとおりである。)、 本件決議があったことにより労働契約が終了するということはできない(労働契約を被告の意思決定により終了させるためには、解雇の意思表示・解約の申し入れをすることを要する。なお、前記(3)によれば、上記の意思決定をもって解雇の意思表示と評価する余地はあるというべきであるが、Y社は、本件において、解雇の客観的に合理的な理由や社会通念上の相当性に関する主張立証をしない。)

4.解説

本件は、理事会の決議で、施設長の定年延長を認めるという特殊な事例ですが、就業規則に定める定年に達したにも関わらず、定年後再雇用等の手続をしなかった場合に一般化することができます。例えば、定年60歳で65歳までの定年後再雇用としている会社で、従業員が60歳になっても何もせずに、65歳を超過するようなケースです。
民法629条は、こういう場合を想定して「雇用の期間が満了した後労働者が引き続きその労働に従事する場合において、使用者がこれを知りながら異議を述べないときは、従前の雇用と同一の条件で更に雇用をしたものと推定する。」との推定規定を定めています。推定なので、雇用契約書や覚書等の反証があれば覆すことができますが、単に何もしていなかった場合には、本件のように推定規定どおり「同一の条件」で再雇用したと認定され、さらに「同一の条件」なので、定年前が無期雇用であれば、定年時に無期雇用で再雇用したとされる可能性があります。そうなると、この従業員との雇用契約を終了させるには、解雇また第2定年を定める就業規則の不利益変更というハードの高い方法によらざるを得なくなります。
なお、本件でY社は、「就業規則14条但書は、施設長の定年後の雇用延長期間について、理事会の承認が得られない時点で終了するという不確定期限を定めたものであり、本件決議がその不確定期限の到来である。」という、かなり無理な論法を取っています。(「解雇するまでの不確定期限を定めた」と主張しているようなものです)
反証が何も無かったためと思われますが、それ相応の理由で理事会の承認が得られなかったのであれば、予備的に解雇を主張し、客観的に合理的な理由や社会通念上の相当性に関する立証をすべきだったと私は考えます。

(雇用の更新の推定等)民法第629条
雇用の期間が満了した後労働者が引き続きその労働に従事する場合において、使用者がこれを知りながら異議を述べないときは、従前の雇用と同一の条件で更に雇用をしたものと推定する。この場合において、各当事者は、第627条の規定により解約の申入れをすることができる。