社会保険労務士川口正倫のブログ

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【定年後再雇用の雇止め】Y社事件(広島高判令2.12.25労経速2462号3頁)

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Y社事件(広島高判令2.12.25労経速2462号3頁)

1.事件の概要

✕は、昭和60年8月にY社に入社し、平成16年4月に、Y社において労働組合を結成して書記長に就任し、同28年4月から執行委員長に就任した。
✕は、平成28年2月末日をもってY社就業規則に定める定年の満60歳に達したことから、Y社を定年退職した。✕の退職時の賃金は、月額31万1554えん(基本給及び各種手当)、賞与年間36万円7208円であった。
Y社の嘱託規程においては、定年に達した後、本人が継続勤務を希望する場合には、61歳までは希望者全員を嘱託従業員として再雇用すること、その後は本人が更新を希望し、かつ、一定の基準を満たす場合は、さらに1年以内の再雇用契約を更新すること、再雇用の上限は満65歳の誕生日の属する賃金締切日とすること、再雇用者の給与は、定年退職時の賃金をもとに、健康で文化的な生活を営めるよう個別の再雇用契約で定める旨が規定されていた。
✕は、平成28年2月29日、定年に達した。それに先立ち、Y社との間で、期間を同年3月1日から翌29年2月28日までの1年間、賃金は暫定的に、月額基本給19万円、家族手当5000円、通勤手当、ただし基本給と賞与については、今後団体交渉によって取り決める旨の継続雇用契約を締結した(以下「本件継続雇用契約」という。)。
✕は、Y社に対し、平成29年2月末日までに、同年3月1日以降も本件継続雇用契約を更新するとの申込みを行った(上記更新基準を全て満たしていた)。両者はその後交渉したものの、同年2月28日までに契約更新における労働条件について合意に達しなかった。
Y社は、✕に対し、当面現在の労働条件で1か月の猶予期間を持つこと等について通知し、さらに、平成29年3月27日、3種類の労働条件(給与総額ないし就労場所の変更を伴うもの)を提案し(以下「本件提案」という。)、本件提案にかかる労働条件以外では本件継続雇用契約の更新には応じられない旨通知した。
その後、Y社は、✕が本件提案をいずれも拒否し、雇用契約書を作成しなかったことを理由に、平成29年4月4日、同月7日をもって、暫定猶予期間による雇用関係終了し、退職手続をするとの通知(以下「本件通知」という。)をした。
これに対し、✕はY社に、平成29年6月、✕が労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めて提訴した。
原審は、✕の請求を一部認容し、✕がY社との間で労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する等の判決をしたところ、これを不服としたY社が控訴したのが本件である。

2.判決の概要

※争点がいくつかありますが、平成29年3月1日以降の✕とY社との間の契約関係のみ取り上げます。

原審(山口地判宇部支部R2.4.3判決)

(1)平成29年3月1日から同年4月7日までの期間
平成28年3月1日から1年が経過し、✕とY社との本件継続雇用契約の期間が経過した後となるが、Y社が、契約条件について交渉を行っており、✕もこれに応じた対応をしていること、契約条件について協議するための期間を延長し、延長期間について、それ以前の契約内容で契約を延長することに関し、Y社就業規則等にそのような期間を持つことを許すような規定はないものの、そのような扱いをしても、当事者間で穏当に契約関係を締結できる可能性が生じるだけで、✕にもY社にも不利益はないことからすると、当事者間に異存がなければそのような契約条件について検討するための期間を設けることは許されると解され、上記期間は、✕をY社とで、本件継続雇用契約の更新について条件を交渉するための期間を設定したものと解するのが相当であり、当該期間については、未だ本件継続雇用契約が延長されたものではないと解するのが相当である。
そして、✕とY社との間で、上記期間内に本件継続雇用契約を更新するための条件は調わなかったため、本件継続雇用契約の効力がどのようになったかについて検討する。

(2)平成29年3月1日以降の本件継続雇用契約の効力
定年退職後の再雇用について会社が設ける就業規則上の定めに基づく期間の定めのある労働契約も有期労働契約であることは明らかであり、労働契約法19条が準用されると解するのが相当であり、Y社嘱託規定2条は、定年退職後の就労希望者を全員嘱託従業員として61歳まで再雇用することを定め、Y社嘱託規定3条は、第2条に定める期間を過ぎた後も定期健康診断の結果が良好であることなどの6つの条件を備えた者については例外なく満65歳の誕生日の属する賃金締切日(属する月の賃金締切日という趣旨であると解される。)まで再雇用することが定められており、本件において、✕がY社嘱託規定3条に定める6つの条件を満たしていることについて争いはないから、✕は、平成29年3月1日以降もY社において再雇用されると期待することについて合理的理由があるといえ、Y社が、✕の再雇用の申し込みを拒絶するには、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であることが必要であって、そのように言えない場合、本件継続雇用契約は、従前どおりの条件で自動的に更新される。

この合理的な理由について、Y社は、✕が本件提案を受け入れなかったことを理由として主張しているものと解される。本件提案のうち、第1案及び第2案については、いずれも、1時間あたりの給与は下がらないとしても、就労時間が減少する結果、給与総額は3万円ないし4万5000円減少するものであり、明らかに条件が悪くなっており、しかも、そのように変更することについて具体的な理由が明らかになっているとはいえない。また、本件提案のうちの第3案については、給与額に変動はないものの、職務条件が、就労場所がQ1市内からQ2市内に変わるなどの従来の事情からの変更があり、Q1市内在住の✕にとって通勤等の条件が悪くなっていると解され、これについても特に具体的な変更の理由が明らかでないことからすると、✕がこれを拒絶するのは当然といえ、本件提案を✕が受け入れなかったことが、Y社による再雇用を拒絶することの客観的に合理的な理由にも社会通念上相当な理由となるともいえない。この点、Y社は、定年後の再雇用については、高年齢者保護の社会的要請により行っている側面が強く、雇用契約の条件が低くなることは裁量に任されることを前提に、その裁量で下げた条件を受け入れないことは、契約を更新しないことの客観的に合理的理由や社会通念上相当な理由となることをいうものと解される。確かに年齢を重ねることで、一定の年齢からは能力が落ちるにも関わらず、長期間勤務することで、給与は上昇するのみである場合もまま見られ、定年退職後の再雇用においては、定年退職時の給与を基礎として、減額した給与での契約とするというのは一定の合理性があるといえるが、そもそも、本件継続雇用契約の時点での✕の定年退職時の給与の6割程度の給与としているもので、本件提案はその給与をさらに減額するというもので、許されるべきではない、上記の事情による勤務条件の変更と勤務場所の変更はなんら関連性はなく、定年退職後の再雇用ということで、変更できる条件とはいえないとするのが相当である。
Y社は、Y社就業規則9条により、Y社都合による業務内容の変更が可能であるから、これを理由として、本件継続雇用契約の更新の際、業務内容を変更した条件の契約の締結を求めることが可能である旨の主張もするが、就業規則は、労働契約の内容が確定して成立した後の、労働契約上の労務指揮権である配転命令権を定めたものであって、契約締結の段階とは次元を異にするといわざるを得ない。同規定を理由に、勤務場所の変更等が許され、これを拒絶することが、契約更新を拒絶する客観的な正当な理由とも社会通念上相当な理由ともならないといえる。

本件(第二審)

当裁判所も、✕及びY社は、平成29年3月1日以降、本件継続雇用契約と同一の内容で契約を更新し、本件口頭弁論終結時(令和2年11月5日)においても、本件継続雇用と同一の内容で契約が更新されているものと認める。
Y社は、定年退職後の再雇用については、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律が適用され、労働契約法19条は準用されない旨を主張するが、本件は、✕の定年後再雇用自体ではなく、✕の定年退職に伴って締結された有期労働契約である本件継続雇用契約の更新の有無及びその内容が問題となっている事案であることは明らかである。
Y社は、本件継続雇用契約の更新については、Y社嘱託規定によって更新することが定められており、当該労働条件について合意が整わないまま決裂した本件においては、上記の個別の雇用契約が不成立となり、上記の更新がされないのは当然である旨主張するが、本件においては、労働契約法19条の適用ないし準用により、本件継続雇用は、従前の労働条件と同一の労働条件で締結されたものとみなされるのであり、このことは、Y社における上記の定めがあっても変わるものではない。

3.解説

①65歳までの定年後再雇用制度は、「更新されるものと期待することについて合理的な理由」となるか?
労働契約法第19条は、労働者が「有期労働契約の契約期間の満了時に、更新されるものと期待することについて合理的な理由がある」と認められる場合には、「契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合」又は「当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合」は、「使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない」ときは、「使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす」と定め、労働者が更新されるものと期待することについて合理的な理由がある場合は、解雇権濫用法理を類推適用し、雇止めが適否を判断することとしています。

(有期労働契約の更新等)
労働契約法第19条 有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
一 (省略)
二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。

本件においては、「Y社嘱託規定3条は、(中略)6つの条件を備えた者については例外なく満65歳の誕生日(中略)まで再雇用することが定められており、本件において、✕がY社嘱託規定3条に定める6つの条件を満たしていることについて争いはないから、✕は、平成29年3月1日以降もY社において再雇用されると期待することについて合理的理由がある」とし、会社に定年後再雇用制度があることをもって、更新されるものと期待することについて合理的な理由があるとされています。
この点については、判例津田電気計器事件(最一小判平24.11.29労判1064号13頁))があり、それと同じ考えに依ったものです。
厚労省の「高年齢者雇用安定法Q&A(高年齢者雇用確保措置関係)|厚生労働省」には、就業規則に解雇事由又は退職事由の規定とは別に更新をしない事由を定めることを認めないというものがありますが、解雇に相当する場合にしか雇止めを認めない趣旨と捉えることもでき、本件や上記の最高裁判例と同じ見解に立つものと思われます。

②第19条よる更新は常に同一の労働条件となる
第19条は、「使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす」と定めており、本条が適用されて雇止めが認められなかった場合は、常に同一の労働条件で更新されることになります。
一方、高齢法は、事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件での雇用を義務付けるものではなく、事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示することを認めており、厚労省の「高年齢者雇用安定法Q&A(高年齢者雇用確保措置関係)」によると、労働者と事業主との間で労働条件等についての合意が得られず、結果的に労働者が継続雇用されることを拒否したとしても、高年齢者雇用安定法違反となるものでないとされています。
労働者が継続雇用を拒否し、退職してくれれば問題はありませんが、第19条によるみなし更新を求めて提訴した場合、本判決に従うのであれば、常に従前の労働条件で更新されることになります。
これが認められるのであれば、労働者側は常に会社が提示する条件を拒否して、みなし更新を求めて提訴すれば、1年毎に労働条件を見直していくこと可能にしている定年後再雇用制度を、理論上は無効化することが可能になります。
津田電気計器事件と異なり、本件のような単なる更新拒否でない場合にまで、第19条によるみなし更新を単純に認めることは問題がありそうです。