社会保険労務士川口正倫のブログ

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【解雇】メディカル・ケア・サービス事件(東京地判令2.3.27労経速2425号31頁)

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メディカル・ケア・サービス事件(東京地判令2.3.27労経速2425号31頁)

1.事件の概要

✕は、平成30年7月1日に、認知症対応型共同生活介護事業等を営むY社に採用され、本件グループホームにおいて入居者の介護・生活援助等の業務を行っていた者である。✕とY社との間の雇用契約は、雇用期間を同年7月1日から同年12月31日までとされており、「原則3か月」とする試用期間を設けられていた。
同年9月3日、Y社は✕に対し、自宅待機を命じ、その後、同月7日に、普通解雇(以下「本件解雇」という。)をした。
これに対し、✕は、①本件解雇が無効であるとして、民法536条2項に基づき、雇用期間満了日までの賃金合計68万4000円の支払、②Y社使用人らによるパワーハラスメントがあったとして、不法行為に基づき、慰謝料300万円の支払等を求めて提訴したのが本件である。

2.裁判所の判断

認定事実

(1) ✕は、本件雇用契約に基づき、平成30年7月1日、就労を開始した。
(2) 本件グループホームでは、✕を含む従業員らに対し、就労を開始した日に、礼節や言葉遣い、認知症に関する知識、虐待や不適切な対応に関する心構え等を説明していた。
その中で、①高齢者に対する威圧的であったり、侮辱的な発言・態度、②高齢者や家族の存在や行為を否定したり、無視するような発言・態度、③高齢者の意欲や自立心を低下させる行為、④羞恥心を喚起する行為等の不適切な行為に及ばないような指導が行われていた。
(3) 施設長は、同日から1週間経たないうちに、エリアマネージャーに対し、✕が、入居者に対し、小学生のような言葉遣いをしたり、執拗に戦争の話をしたりしたほか、大きな声で「オムツだよ。」と言うなどして、配慮に欠ける言動に及んだ旨訴えた。また、✕は上記のような言動を注意した他の従業員らに対し、反省の態度を示すどころか、「あの女」「あの眼鏡のおばさん」などと言った上、反抗的な態度を示し、また、個々の業務についても、何度も同じ誤りを繰り返した。
(4)このため、入居者は、✕に対する嫌悪感を口にし、Y社の従業員は、✕と同じシフトで仕事をする際にはストレスが大きく、不眠や胃痛等の体調不良を生じる旨訴えていた。
(5) このような中で、エリアマネージャーは、施設長に対し、✕について、問題のある勤務態度を記録に残すように指示をし、これに従い、複数の従業員らが、✕の問題行動を記録し続けた。
(6) ✕は、同月13日、失禁の処理等を適切にしなかったため、他の従業員らから注意を受けた際、「いい加減にしろ、てめい。」「おぼえていろよ。」などと言い、不適切な言動を繰り返していた。
(7) エリアマネージャーは、その頃、本件グループホームを訪れて、✕に対し、入居者や他の従業員らに対する態度や言葉遣いを改めるように注意をしたところ、✕は、分かりました、すみませんなどと述べた。
(8) ✕は、同月18日、昔のことを思い出すことができない入居者に対して「なぜ忘れちゃうんだよー。そんな大事なこと。」「電話つながったのか。家族だって仕事してて忙しいんだよ。いつまで息子のこと心配しているんだよー。ほっとけよー。」と大声で言うなどして、入居者の心情に対する配慮に欠ける言動を改めなかった。
(9) このような中、同月中旬頃、施設長は、エリアマネージャーの了承を得て、✕の担当業務を、入居者と直接接する介護から、記録作業を中心とするものに変更した。
(10) しかし、その後も、✕が、睡眠中の入居者に対し、大声で呼びかける、他の従業員に対し、業務上の注意を受けた際に、手で顎を持ち上げて文句を言う、壁を手で叩く、拳を振り上げるなどして、粗暴な言動を改めなかった。
(11) ✕の担当業務は、同月後半から、早番業務や買い物、見守りを中心とするものに変更されたが、✕は、その後も、粗暴かつ威圧的な態度を改めず、不必要に長い時間をかけて買い物に行くなどしていた。
(12) 上記のように、✕の勤務態度が極めて不良である上に、その改善がみられなかったことから、エリアマネージャーは、同月20日頃、施設長を交えて✕を三者面談をしたところ、✕は、粗暴な言動に及んだかもしれないと述べるとともに、反省の言葉も述べた。この三者面談の際、エリアマネージャーは、✕に対し、今後粗暴な言動を改めない場合には、指導記録を作成する旨を伝えた。
(13) ✕は、同年8月11日、掃除を終えたか問われた際、入居者の前で、Z4氏に対し、「うるせえんだよ。いやみなんだよ。昨日MGとの話でおやつの時にやることになってるんだよ。」と言った。
(14) これに対し、✕は、廊下の壁を激しく叩き、去った。
(15) ✕が粗暴な言動を改めなかったため、エリアマネージャーは、同月16日、再び、✕と施設長と三者面談をした。
この際、✕は、施設長や他の従業員らが嘘をついているなどと述べ、指導記録の作成に同意しなかった。
(16) エリアマネージャーは、同月18日、Y社の担当者に対し、顧客や従業員らに対して威圧的な言動を繰り返すため、✕の解雇を検討するよう依頼した。
(17) ✕は、同月21日、ホースの上に座ったまま、他の従業員がホースを使用することを阻んだほか、その従業員に対し、「てめえ。」などと大声で怒鳴った。
このほかにも、✕は、注意を受けると、Y社の従業員に対し、「うるさい。」と言うなどしていた。
(18) ✕は、同月31日、勤務時間中に電話をかけたことを咎められた際、施設長の左手首の上部を乱暴に掴んだ。エリアマネージャーは、✕のこの行為を警察に通報した。
その後、エリアマネージャーと施設長は、2回にわたり、葛飾警察署に赴いて上記被害を訴えたが、不起訴になる可能性が高い一方で、逆恨みされる可能性があると言われて、被害届を出さなかった。
(19) Y社は、上記事件を受けて、✕に対し、自宅待機命令を発した。
(20) Y社は、同年9月7日、本件解雇をした。

本件解雇の有効性について

上記に認定した事実によれば、✕は、繰り返し、注意や指導を受けたにもかかわらず、入居者の心情に対する配慮に欠け、その意欲や自立心を低下させたり、羞恥心を喚起したりする言動に及んだり、従業員に対する粗暴な言動に及び続けていたということができる。
そうすると、Y社において、✕に対し、当初は、入居者の介護を行うことが予定されていたにもかかわらず、入居者と直接接する介護の業務を依頼することが困難な状況になっていたと言わざるを得ない。さらに、従業員に対し、身勝手な言動や、他の従業員らに対する威圧的な言動に及び続けるため、✕に対し、入居者とは直接接することがない業務を依頼することも困難な状況になっていた。
さらに、本件解雇が試用期間中のものであったことからすれば、本件雇用契約が有期であったことを考慮しても、本件解雇にはやむを得ない事由があり、有効というべきである。
したがって、これが無効であることを前提とする賃金請求には理由がない。

不法行為についても争点となっていましたが割愛します。

3.解説

①有期雇用労働者の期間途中の解雇

有期雇用労働者の期間途中の解雇については、民法628条及び労働契約法17条に定められています。

(やむを得ない事由による雇用の解除)
民法第628条
当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。

(契約期間中の解雇等)
民法第17条1項 使用者は、期間の定めのある労働契約(以下この章において「有期労働契約」という。)について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。

民法628条の趣旨は、有期労働契約では、当事者双方が期間の定めに拘束される結果、いずれの当事者も期間中は原則として解除できないことを前提とし、やむを得ない事由があれば即時解除ができること、ただしその事由を過失により発生させた当事者は損害賠償の責任を負うことを明らかにしたものです。その後、制定された労働契約法17条1項は、民法628条の定める契約期間途中の解除のうち、使用者が労働者に対して行う解除(解雇)について、やむを得ない事由がなければ解除できないとの規定は強行法規であること、そしてやむを得ない事由の立証責任は使用者にあることを明らかにした規定です。
「やむを得ない事由」は、期間の定めが雇用継続を保証していることと民法628条の文言から、期間の定めのない労働契約における解雇に必要とされる「客観的に合理的」で、「社会通念上相当である」と認められる事由(労契法16条)よりも厳格に解されるべきです。
一般的にいえば、当該契約期間は雇用するという約束であるにもかかわらず、期間満了を待つことなく直ちに雇用を終了せざるをえないような特別の重大な事由ということになります。

②試用期間の途中での解雇

試用期間というのは、従業員の適正を評価・判断するための期間で、試用期間満了時に本採用をせずに解雇する場合は、通常の解雇よりは認められやすいですが、逆に試用期間の途中で解雇する場合は、適正を評価・判断する期間が短すぎるとして解雇が認められないことがあります。

③本件の状況

本件は、有期雇用契約の途中で、かつ試用期間の途中であり、解雇が認められにくい事案でしたが、認められました。この理由は、認定事実を時系列で見ていくとわかるように、入社時に指導を行い(2)、さらに合計3回の注意指導を行っていた((7)(12)(15))にも関わらず、勤務態度を改める様子が全く見られなかったこと、さらに、担当業務を変更し解雇回避努力も行っており((9)(11))、そこまでしても改善しないのは、「期間満了を待つことなく直ちに雇用を終了せざるをえないような特別の重大な事由」であると判断されたのだと考えます。
また、認定事実は、適切な証拠や証言に基づいて裁判所が真実であると判断した事象なので、問題行動を周到に記録していたことも(5)、解雇が認められた大きな要因でした。
本件は、勤務態度に改善が見られない従業員を解雇する場合のモデルケースになる裁判例であると思います。