社会保険労務士川口正倫のブログ

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【同一労働同一賃金】トーカロ事件(東京高判令3.2.25労経速2445号3頁)

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同一労働同一賃金】トーカロ事件(東京高判令3.2.25労経速2445号3頁)

1.事件の概要

本件は、金属等の表面処理加工業を業とするY社との間で有期労働契約を締結した嘱託社員である✕が、基本給及び賞与が正社員よりも低額であること、地域手当を支給されなかったことが労働契約法20条に違反すると主張して、Y社に対し、不法行為に基づく損害賠償を請求する事案である。
Y社においては、業務の範囲に限定がなく、製造や生産技術、品質管理、研究開発から営業、管理に至るまで幅広い業務を担当する可能性のあるDコース正社員、一部を除きDコース正社員の補助的業務を担当するAコース正社員、さらにAコース正社員よりも限定された範囲で、正社員の補助的業務を行う嘱託社員という雇用管理区分・雇用形態が設けられいた。
そして、Aコース正社員と嘱託社員との間には、担当業務の範囲が限定され、役職への就任及び管理職への昇任が予定されていないなどの共通点があったが、上記記載のように担当業務の範囲に相違があった。またAコース正社員には職能資格制度が採用され、同制度を通じた職務遂行能力の向上、教育、評価等が予定されているのに対し、嘱託社員には同制度が採用されていないという点でも相違があり、人事評価の対象、項目及び評価方法並びに採用手続も異なっていた。
原審は、基本給、賞与、地域手当について、いずれの相違も不合理ではないとして✕の請求を棄却したため、✕はこれを不服として控訴するとともに、平成28年2月から令和2年4月までの期間について損害賠償の請求を拡張した。

2.判決の概要

当裁判所も、当審において拡張された請求も含めて、✕の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり原判決を補正し、次項のとおり当審における✕及びY社の補充主張に対する判断を付加するほか、原判決の「事実及び理由」の欄の「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるからこれを引用する。

①比較対照(対象)者

✕は、✕と比較対照されるべき労働者について、Aコース正社員であるP1ら4名の労働者であると主張するのに対し、Y社は、労契法20条は同一の使用者との間で労働契約を締結する有期契約労働者一般と無期契約労働者一般との間の労働条件の格差を問題とする規定であり、特定の有期契約労働者と特定の無期契約労働者との間の労働条件の相違を問題とする規定ではないから、同条の適用に当たり比較対照すべき無期雇用労働者は、原則として、無期契約労働者一般と解すべきであり、人事施策上、コースやグループ等の区分がある場合において、コースやグループ間の変更が予定されていないときは、例外的に、担当業務や異動等の範囲が類似する無期契約労働者と比較対照すべきであると主張する。
そこで検討するに、同条は、有期労働契約を締結した労働者と無期労働契約を締結した労働者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ、有期労働契約を締結した労働者の公正な処遇を図るため、その労働条件につき、期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものであり、その趣旨は、有期労働契約を締結した労働者に対する一切の不合理な差別を防止しようとするものであって、同条の文言を見ても、比較対照する者を一定の範囲の者に限定すべき根拠は見出し難い。そうすると、比較対照すべき無期雇用労働者は、当該有期雇用労働者と同一の使用者との間で労働契約を締結した通常の無期契約労働者の全部又は一部と解するのが相当である。そして、実際の民事手続においては、無期契約労働者との関係で自己の労働条件の適正さに不満をもつ有期契約労働者が、職務の内容、職務内容と配置の変更範囲、その他の事情という判断要素に照らして自己が同じ労働条件を享受すべきと考える無期契約労働者の範囲(グループ)を選択して本条の適用を主張することを踏まえれば、当該有期契約労働者によって労働条件の相違が不合理であると主張される無期契約労働者(本件ではP1ら4名)との間において、その主張の当否を検討することになるものと解される。ただし、その際には、労契法20条所定の考慮要素に関連する人事上の施策等を含む諸事情を幅広く総合的に考慮し(例えば、職務の責任の程度は、当該労働者にどのような役割が期待されているかという当該事業者の人事上の施策の内容の差異と表裏の関係にある。)、当該労働条件の相違が、当該事業者の経営又は人事上の施策として不合理なものか否かを判断するのが相当である。

②職務の内容の相違

✕は、嘱託社員として、平成24年4月にQ1工場の営業部から製造業務を担当する製造部に所属が変更となり、P1に対し、営業部の業務を引き継ぎ、P4から製造部の業務の引継ぎを受けた。
しかし、そもそも、担当業務を引き継いだ一時点において、職務の内容が共通するものが相応に見られたとしても、担当する職務の内容は、時の経過に伴い変化するものであり、現に、既に指摘したとおり、✕が関与した営業部及び製造部の事務の内容も時の経過に伴い、一部とはいえ、その内容が変化していったことも考慮すると、自己の事務について、Aコース正社員に引き継ぎ、また、Aコース正社員から引き継いだからといって、そのことをもって自己の職務の内容とAコース正社員の職務の内容が同一であると認めることは困難である。
加えて、Y社のAコース正社員は、人事制度に基づき、昇任、昇格等による担当業務の変更があり得るとされ、その変更の可能性があることを前提に労働条件が規定され、実際にもそのような運用がされているのであるから、ある特定の時点においてAコース正社員と✕の担当業務に共通するものが含まれていたからといって、労契法20条の適用において、そのことのみをもって職務の内容が同一であると認めることは困難であるといわざるを得ない。
以上によれば、Y社において、P1ら4名を含むAコース正社員と嘱託社員である✕の職務の内容が同一であるとまで認めることができない。

③基本給について

Y社においては、正社員について、職務遂行上の能力向上意欲を持たせるとともに、正社員の能力向上に結び付く教育制度を設け、配置転換を実施するため、正社員の能力を質的に分類し、それぞれの分類における能力の進展態様を明らかにすることにより、広く人事管理の合理的運用に資することを目的として、職能資格制度が採用されている。職能資格等級は、Dコース正社員については9段階に、Aコース正社員については5段階に分かれており、能力の有無等に応じ昇格、降格されることがあるほか、職能資格等級と役職との間には対応関係があり、Dコース正社員は、職能資格等級の上昇に伴い、班長や主任といった役職を経験した後、管理職へ昇任し、マネージャー、次長、部長等へと役割及び職責が大きくなっていくことが予定されており、また、Aコース正社員は、到達し得る職能資格等級が限定されており、役職への就任及び管理職への昇任は予定されていないが、Aコースにおける最高の職能資格等級であるA1に該当するAコース正社員は、S2に該当するDコース正社員と同様の専門的知識及び能力が求められている。そのための人事評価については、いずれのコースの正社員とも、業績のみならず、いずれ業績に貢献することが予想される中間成果や行動も評価の対象となる。
このような人事上の施策の下で、一般職正社員に支給される本人給は生活給的なものであり、職能給は割り当てられた職務の複雑さ及び責任の度合並びに本人の勤務態度及び保有能力に応じ決定されるものであって、Y社において採用されたこのような本人給及び職能給からなる一般正社員の賃金体系は、Y社における上記昇任昇格や人事評価の仕組みを実効的なものとするため、長期間の雇用が制度上予定され、雇用期間を通じた能力及び役割の向上が期待されている正社員について、年齢に応じた処遇により長期雇用に対する動機付けを図るとともに、能力等に応じた処遇により意欲、能力等の向上を促すためのものということができる。
そして、労契法20条所定の「職務の内容等」をみると、業務の内容については、嘱託社員である✕はAコース正社員よりもさらに限定された範囲において正社員の補助的業務を行うことが予定されているのに対し、✕と同年齢の一般正社員にはDコース正社員もおり、同正社員にはY社における全業務を行うこととされていて、その内容は大きく異なるといえる。他方、P1ら4名が所属し又は所属していたAコース正社員の業務と嘱託社員の業務には共通する部分がある上、✕が平成24年4月にQ1工場の製造部に所属が変更となり、P1に対し営業部の業務を引き継ぎ、P4から製造部の業務の引継ぎを受けたとの事実からすると、同条の施行後である平成25年4月以降、Q1工場において実際に両者が行っていた業務の内容についても共通する部分が相応にあったということができる。他方、責任の程度については、✕と同年齢の一般正社員やP1ら4名と嘱託社員である✕との間で業務の責任の程度に差がないといった事情は見当たらず、かえって、平成24年2月の配置換え以降のP1において、また、配置換え以前のP4においても、自らの担当業務についてそれぞれ積極的に改善を行っていたことが認められるところ、かかる事実からすれば、同人らを始めとするAコース正社員には、事務の効率化や改善の提案を行うことが役割として期待され、その責任を負っていたものと推認することができる。そうすると、上記のとおり、✕とP1ら4名との間においては、期待される役割との関係で責任の程度に違いがあったと認められる。
さらに、嘱託社員である✕については、本件有期就業規則5条1項は「有期雇用契約者が従事すべき業務の内容は、会社が採用の際に書面によって明示する。」と、同就業規則7条は「有期雇用契約者は、採用にあたって会社が指示した事業所において、業務に従事するものとする。」と定められているほか、証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、正社員と異なり、嘱託社員が転勤及び配置転換を命じられることはないなど、両者には「配置の変更の範囲」に少なからぬ相違があったものと認められる。
また、Y社においては、有期雇用社員への正社員への登用制度が存在し、同制度が実際にも機能しており、嘱託社員には同制度によって正社員との相違を解消する機会が与えられていること、本件給与規程によれば、一般正社員の基本給のうち、本人給は50歳に達した日以降に初めて到来した4月1日をもって、職能給は55歳に達した日より前に到来した直近の4月1日をもって、それぞれ昇給が停止するのに対し、嘱託社員の場合にはそのような制限はなく、✕の基本給は実際にY社が50歳に達した以降も増額改定されていたことなどの事情も、労契法20条所定の「職務の内容等」として考慮することが相当である。
そうすると、Y社において賃金体系が採用された趣旨や目的も踏まえて、✕、✕と同年齢の一般正社員又はP1ら4名との間で✕が主張するような基本給の差額が生じているとしても、本人給における✕と✕と同年齢の一般職正社員との条件の相違が不合理であると評価することはできないというべきであるし、職能給における✕とP1ら4名との条件の相違が不合理であると評価することもできないというべきである。

④賞与について

✕と正社員であるP1ら4名との間には、実際に行われていた業務の内容に共通する点が相応にみられるものの、責任の程度や配置の変更の範囲には一定の相違があったことが認められる。また、嘱託社員である✕には正社員への登用制度により正社員であるP1ら4名との間の相違を解消する機会が与えられている。さらに、✕には本件労働契約に基づき、1年間に基本給の3か月分相当の賞与が間断なく支給されていた事実が認められ、これらの事情は、労契法20条所定の「職務の内容等」として考慮するのが相当である。
そうすると、Y社における正社員に対する賞与の性質やこれを支給する目的を踏まえて、嘱託社員である✕と正社員であるP1ら4名の「職務の内容等」の事情を考慮すれば、両者の賞与の実際の支給額に関する相違は、不合理であるとまで評価することはできない。

⑤地域手当について

地域手当導入の趣旨を踏まえ、同手当が廃止された経緯等の情報を労契法20条所定の「職務の内容等」として考慮すると、Y社において、嘱託社員である✕と関東地区に居住する正社員との間に地域手当の支給に関し差異が生じていることは、不合理であると評価することができない。

3.解説

比較対象者について、「実際の民事手続においては、無期契約労働者との関係で自己の労働条件の適正さに不満をもつ有期契約労働者が、・・・労働条件の相違が不合理であると主張される無期契約労働者(本件ではP1ら4名)との間において、その主張の当否を検討することになる。」としています、比較対象者は原告の選択によって検討することとしています※。その一方で、「労契法20条所定の考慮要素に関連する人事上の施策等を含む諸事情を幅広く総合的に考慮し、当該労働条件の相違が、当該事業者の経営又は人事上の施策として不合理なものか否かを判断する。」としており、例えば、比較対象者が同様の仕事をしていたとしても、人事上の施策等を含む諸事情(例えば、ジョブローテーション等)でたまたまた同じであっただけである場合は、それらの事情も考慮して、労働条件の相違の不合理性を判断するとしています。
これは、大阪医科薬科大学事件及びメトロコマース事件と同様の論法であると考えられます。(いずれも、原告が主張する類似した業務内容の比較対象者との比較で不合理性を判断していますが、責任の程度や配置転換の有無等を理由に不合理でないとしています。)
そして、人事上の施策等を含む諸事情を具体的に見ていくと、不合理でないという結論が、かなり説得力をもって導出されています。
裁判は、主張とそれに対する証拠の評価で決まるため、実際のところどうだったのかは単なる想像ですが、現在は義務化されている「待遇差に対する説明責任」を会社が適切に行っていれば裁判にまではならなかったかも知れません。

厚生労働省ガイドラインでは、比較対象者は全ての労働者とされています。裁判では、主張したことが争われるため、実際の民事手続においては、全ての労働者の中から原告が選択した対象者について判断することになります。