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大阪医科薬科大学事件(最判小三令2.10.13引用元裁判所HP)

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大阪医科薬科大学事件(最判小三令2.10.13引用元裁判所HP)

本日、2020年10月13日に最高裁判所で判決が出ました。
さっそく、判決が裁判所に掲載されていましたので、解説します。
なお、「最高裁、アルバイトの賞与を否定」といったタイトルの記事を見かけましたが、本判決は、諸事情を総合的に判断して結論が下されており、具体的な判断基準が示されたわけではありません。解説を読んでいただくとわかるように、比較対象とされた正社員が正社員の中でも特殊な存在であったことが、結論に至った大きな要因であると考えられます。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/767/089767_hanrei.pdf

1.事件の概要

Xは、平成25年1月、医科大学や同附属病院等を運営するY法人との間で期間雇用契約を締結し、期間1年の雇用契約を更新しながら平成28年3月までアルバイト職員として、Y法人で勤務していた。Xは、Y法人の運営するA大学の教室事務員として、教授等のスケジュール管理、電話・メール・来客・業者対応、各種事務、清掃等の業務を行っていた。
Xは、期間の定めのない労働契約をY社と締結している労働者(以下「無期契約労働者」という。)とXとの間で、基本給、賞与、年末年始及び創立記念日の休日における賃金支給、年休の日数、夏期特別有給休暇、業務外の疾病(私傷病)による欠勤中の賃金、附属病院の医療費補助措置に相違があることは労働契約法(労契法)20条に違反すると主張して、Y社に対し、不法行為に基づき、差額に相当する額等合計1,272万1,811円の損害賠償金等を求めて提訴したが、第一審がこれを棄却したため、Xが控訴した。第二審(大阪医科薬科大学事件(大阪高判平31.2.15号労判1199号5頁))では、正社員の賞与の支給基準の60%を下回る支給しかしない場合は不合理な相違に至るものとしてXの請求を一部容認されたところ、双方上告したのが本件である。

2.判決の概要

原審は、要旨次のとおり判断し、Xの賞与及び私傷病による欠勤中の賃金に係る損害賠償請求を一部認容した。

(1) Y社の正職員に対する賞与は、その支給額が基本給にのみ連動し、正職員の年齢や成績のほか、Y社の業績にも連動していない。そうすると、上記賞与は、正職員としてその算定期間に在籍し、就労していたことの対価としての性質を有するから、同期間に在籍し、就労していたフルタイムのアルバイト職員に対し、賞与を全く支給しないことは不合理である。そして、正職員に対する賞与には付随的に長期就労への誘因という趣旨が含まれることや、アルバイト職員の功労は正職員に比して相対的に低いことが否めないことに加え、契約職員には正職員の約80%の賞与が支給されていることに照らすと、Xにつき、平成25年4月に新規採用された正職員と比較し、その支給基準の60%を下回る部分の相違は不合理と認められるものに当たる。
(2) Y社における私傷病による欠勤中の賃金は、正職員として長期にわたり継続して就労したことに対する評価又は将来にわたり継続して就労することに対する期待から、その生活保障を図る趣旨であると解される。そうすると、フルタイムで勤務し契約を更新したアルバイト職員については、職務に対する貢献の度合いも相応に存し、生活保障の必要があることも否定し難いから、欠勤中の賃金を一切支給しないことは不合理である。そして、アルバイト職員の契約期間は原則1年であり、当然に長期雇用が前提とされているものではないことに照らすと、Xにつき、欠勤中の賃金のうち給料1か月分及び休職給2か月分を下回る部分の相違は不合理と認められるものに当たる。

しかしながら、原審の上記判断はいずれも是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(1)賞与について

ア 労働契約法20条は、有期労働契約を締結した労働者と無期労働契約を締結した労働者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ、有期労働契約を締結した労働者の公正な処遇を図るため、その労働条件につき、期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものであり、両者の間の労働条件の相違が賞与の支給に係るものであったとしても、それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる。もっとも、その判断に当たっては、他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における賞与の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである。

イ(ア) Y社の正職員に対する賞与は、正職員給与規則において必要と認めたときに支給すると定められているのみであり、基本給とは別に支給される一時金として、その算定期間における財務状況等を踏まえつつ、その都度、Y社により支給の有無や支給基準が決定されるものである。また、上記賞与は、通年で基本給の4.6か月分が一応の支給基準となっており、その支給実績に照らすと、Y社の業績に連動するものではなく、算定期間における労務の対価の後払いや一律の功労報償、将来の労働意欲の向上等の趣旨を含むものと認められる。そして、正職員の基本給については、勤務成績を踏まえ勤務年数に応じて昇給するものとされており、勤続年数に伴う職務遂行能力の向上に応じた職能給の性格を有するものといえる上、おおむね、業務の内容の難度や責任の程度が高く、人材の育成や活用を目的とした人事異動が行われていたものである。このような正職員の賃金体系や求められる職務遂行能力及び責任の程度等に照らせば、Y社は、正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、正職員に対して賞与を支給することとしたものといえる。

(イ) そして、Xにより比較の対象とされた教室事務員である正職員とアルバイト職員であるXの労働契約法20条所定の「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」(以下「職務の内容」という。)をみると、両者の業務の内容は共通する部分はあるものの、Xの業務は、その具体的な内容や、Xが欠勤した後の人員の配置に関する事情からすると、相当に軽易であることがうかがわれるのに対し、教室事務員である正職員は、これに加えて、学内の英文学術誌の編集事務等、病理解剖に関する遺族等への対応や部門間の連携を要する業務又は毒劇物等の試薬の管理業務等にも従事する必要があったのであり、両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できない。
また、教室事務員である正職員については、正職員就業規則上人事異動を命ぜられる可能性があったのに対し、アルバイト職員については、原則として業務命令によって配置転換されることはなく、人事異動は例外的かつ個別的な事情により行われていたものであり、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲(以下「変更の範囲」という。)に一定の相違があったことも否定できない。
さらに、Y社においては、全ての正職員が同一の雇用管理の区分に属するものとして同一の就業規則等の適用を受けており、その労働条件はこれらの正職員の職務の内容や変更の範囲等を踏まえて設定されたものといえるところ、Y社は、教室事務員の業務の内容の過半が定型的で簡便な作業等であったため、平成13年頃から、一定の業務等が存在する教室を除いてアルバイト職員に置き換えてきたものである。その結果、Xが勤務していた当時、教室事務員である正職員は、僅か4名にまで減少することとなり、業務の内容の難度や責任の程度が高く、人事異動も行われていた他の大多数の正職員と比較して極めて少数となっていたものである。このように、教室事務員である正職員が他の大多数の正職員と職務の内容及び変更の範囲を異にするに至ったことについては、教室事務員の業務の内容やY社が行ってきた人員配置の見直し等に起因する事情が存在したものといえる。また、アルバイト職員については、契約職員及び正職員へ段階的に職種を変更するための試験による登用制度が設けられていたものである。これらの事情については、教室事務員である正職員とXとの労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり、労働契約法20条所定の「その他の事情」(以下、職務の内容及び変更の範囲と併せて「職務の内容等」という。)として考慮するのが相当である。

(ウ) そうすると、Y社の正職員に対する賞与の性質やこれを支給する目的を踏まえて、教室事務員である正職員とアルバイト職員の職務の内容等を考慮すれば、正職員に対する賞与の支給額がおおむね通年で基本給の4.6か月分であり、そこに労務の対価の後払いや一律の功労報償の趣旨が含まれることや、正職員に準ずるものとされる契約職員に対して正職員の約80%に相当する賞与が支給されていたこと、アルバイト職員であるXに対する年間の支給額が平成25年4月に新規採用された正職員の基本給及び賞与の合計額と比較して55%程度の水準にとどまることをしんしゃくしても、教室事務員である正職員とXとの間に賞与に係る労働条件の相違があることは、不合理であるとまで評価することができるものとはいえない。

ウ 以上によれば、本件大学の教室事務員である正職員に対して賞与を支給する一方で、アルバイト職員であるXに対してこれを支給しないという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

(2)私傷病による欠勤中の賃金について

Y社が、正職員休職規程において、私傷病により労務を提供することができない状態にある正職員に対し給料(6か月間)及び休職給(休職期間中において標準給与の2割)を支給することとしたのは、正職員が長期にわたり継続して就労し、又は将来にわたって継続して就労することが期待されることに照らし、正職員の生活保障を図るとともに、その雇用を維持し確保するという目的によるものと解される。このようなY社における私傷病による欠勤中の賃金の性質及びこれを支給する目的に照らすと、同賃金は、このような職員の雇用を維持し確保することを前提とした制度であるといえる。

そして、Xにより比較の対象とされた教室事務員である正職員とアルバイト職員であるXの職務の内容等をみると、前記(1)のとおり、正職員が配置されていた教室では病理解剖に関する遺族等への対応や部門間の連携を要する業務等が存在し、正職員は正職員就業規則上人事異動を命ぜられる可能性があるなど、教室事務員である正職員とアルバイト職員との間には職務の内容及び変更の範囲に一定の相違があったことは否定できない。さらに、教室事務員である正職員が、極めて少数にとどまり、他の大多数の正職員と職務の内容及び変更の範囲を異にするに至っていたことについては、教室事務員の業務の内容や人員配置の見直し等に起因する事情が存在したほか、職種を変更するための試験による登用制度が設けられていたという事情が存在するものである。
そうすると、このような職務の内容等に係る事情に加えて、アルバイト職員は、契約期間を1年以内とし、更新される場合はあるものの、長期雇用を前提とした勤務を予定しているものとはいい難いことにも照らせば、教室事務員であるアルバイト職員は、上記のように雇用を維持し確保することを前提とする制度の趣旨が直ちに妥当するものとはいえない。また、Xは、勤務開始後2年余りで欠勤扱いとなり、欠勤期間を含む在籍期間も3年余りにとどまり、その勤続期間が相当の長期間に及んでいたとはいい難く、Xの有期労働契約が当然に更新され契約期間が継続する状況にあったことをうかがわせる事情も見当たらない。
したがって、教室事務員である正職員とXとの間に私傷病による欠勤中の賃金に係る労働条件の相違があることは、不合理であると評価することができるものとはいえない。
以上によれば、本件大学の教室事務員である正職員に対して私傷病による欠勤中の賃金を支給する一方で、アルバイト職員であるXに対してこれを支給しないという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

以上と異なる原審の前記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点に関する第1審被告の論旨は理由があり、他方、Xの論旨は理由がなく、Xの賞与及び私傷病による欠勤中の賃金に関する損害賠償請求は理由がないから棄却すべきである。
(中略)
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。


3.解説

原審では、正職員に対する賞与が、「基本給にのみ連動し、正職員の年齢や成績のほか、Y社の業績にも連動していないこと」=「就労の対価としての性質を有する」と判断され、そのことがアルバイト職員に対して賞与を全く支給しないことが不合理である理由付けとされていました。就労の対価とは、まさに賃金であるからです。
これに対して、本判決は、正職員に対する賞与が「基本給にのみ連動し、正職員の年齢や成績のほか、Y社の業績にも連動していない」のは、そもそもの賞与の目的が、「就労正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図ることなど」であるからとしています。

その理由として、次のような事情が挙げられています。

①賞与の性質
・賞与は、正職員給与規則において必要と認めたときに支給するとされている。
・基本給とは別に支給される一時金として、その算定期間における財務状況等を踏まえつつ、その都度、Y社により支給の有無や支給基準が決定されている。
・通年で基本給の4.6か月分が一応の支給基準となっている。
・支給実績に照らすと、Y社の業績に連動するものではなく、算定期間における労務の対価の後払いや一律の功労報償、将来の労働意欲の向上等の趣旨を含むものと認められる。

②賃金体系
・正職員の基本給は、勤務成績を踏まえ勤務年数に応じて昇給し、勤続年数に伴う職務遂行能力の向上に応じた職能給の性格を有する。

③人材活用
・正職員は、業務の内容の難度や責任の程度が高く、人材の育成や活用を目的とした人事異動が行われている。


これらの事情から原審の判断を否定したうえで、改めて、Xと比較対象とされた正職員(教室事務員である正職員)について、比較検討して結論を出しています。
判断の枠組みは、原審と同じく長澤運輸事件(最二小判平30.6.1労判1179号34頁)に沿った、「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(職務の内容)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲及びその他の事情です。
なお、この判決は、具体的な判断基準に言及せず、総合的な判断でなされていますが、②その他の事情(1)の影響が大きかったと私は考えます。

①業務の内容及び当該業務に伴う責任(職務の内容)
(1)業務の内容
業務の内容は共通する部分はあるものの、Xの業務は、その具体的な内容や、Xが欠勤した後の人員の配置に関する事情からすると、相当に軽易である。

(2)当該業務に伴う責任の程度
教室事務員である正職員は、Xと共通する業務内容のほか、学内の英文学術誌の編集事務等、病理解剖に関する遺族等への対応や部門間の連携を要する業務又は毒劇物等の試薬の管理業務等、責任の重い業務に従事することがあった。

これらの事情により、両者の業務の内容及び当該業務に伴う責任(職務の内容)に一定の相違があったと評価しています。


②職務の内容及び配置の変更の範囲
教室事務員である正職員については、正職員就業規則上人事異動を命ぜられる可能性があったのに対し、アルバイト職員については、原則として業務命令によって配置転換されることはなく、人事異動は例外的かつ個別的な事情により行われていたものであった。

このことから、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲にも一定の相違があったと評価しています。


③その他の事情
次の2点を、労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり、「その他の事情」としています。
(1)Y社は、教室事務員の業務の内容の過半が定型的で簡便な作業等であったため、平成13年頃から、一定の業務等が存在する教室を除いてアルバイト職員に置き換えてきた。その結果、Xが勤務していた当時、教室事務員である正職員は、僅か4名にまで減少することとなり、業務の内容の難度や責任の程度が高い大多数の正職員と比較して極めて少数となっていたものである。(比較対象が、正職員の中でも特殊な従業員であった)
(2)アルバイト職員については、契約職員及び正職員へ段階的に職種を変更するための試験による登用制度が設けられていた。(Xはアルバイト職員という地位のまま待遇改善を求めるのではなく、正職員への登用により待遇改善を図ることもできた)


最初に挙げた、賞与の性質や支給する目的及び上記の判断の枠組み当てはめた事情を総合的に判断して、「正職員に対する賞与の支給額がおおむね通年で基本給の4.6か月分であり、そこに労務の対価の後払いや一律の功労報償の趣旨が含まれることや、正職員に準ずるものとされる契約職員に対して正職員の約80%に相当する賞与が支給されていたこと、アルバイト職員であるXに対する年間の支給額が平成25年4月に新規採用された正職員の基本給及び賞与の合計額と比較して55%程度の水準にとどまることをしんしゃくしても、教室事務員である正職員とXとの間に賞与に係る労働条件の相違があることは、不合理であるとまで評価することができるものとはいえない。」と結論付けています。

本判決は、上記のように総合的に判断されていますので、賞与を支給しないこと自体や、Xの年収が平成25年4月に新規採用された正職員の年収(基本給及び賞与の合計額)を比較して55%程度であることを、不合理でないと単純に判断したものではありません。ですので、本判例に基づいて年収ベースで正社員の55%以上なら賞与を支給しなくても良いと考えるのは危険なことです。