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メトロコマース事件(最判小三令2.10.13引用元裁判所HP)

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メトロコマース事件(最判小三令2.10.13引用元裁判所HP)

2020年10月13日に「大阪医科薬科大学事件」と同日付で、最高裁判所で出された判決です。
原審では、部分的な退職金の支給をしないことが不合理とされたましたが、本判決ではこれが覆されています。どういうロジックで本判決となったのか少々考え込みましたが、解説に私なりの考えを記載しました。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/768/089768_hanrei.pdf

1.事件の概要

Xらは、駅構内での物品販売等の事業を営むY社に、契約社員Bとして採用され、有期雇用契約を反復更新しながら、Y社が運営する売店で販売業務に従事していた。Xらは、Y社の正社員のうち販売業務に従事している者とXらとの間で、①本給及び資格手当、②住宅手当、③賞与、④退職金、⑤褒賞並びに⑥早出残業手当(以下、これらを併せて「本件賃金等」という。)に相違があることは労働契約法20条又は公序良俗に違反していると主張して、Y社に対し、不法行為又は債務不履行に基づき、平成23年5月20日から各退職日までの間に正社員であれば支給されたであろう本件賃金等の一部の支払い等を求めて提訴した。第一審は、正社員全体を比較対象とし、正社員と契約社員Bの間で職務内容等に明らかな相違があるとの判断を前提に、⑥に関する相違を除いて労働契約法20条違反の成立を否定した。これに対して、Xら及びY社ともに不服として双方控訴したところ、第二審(メトロコマース事件(東京高平31.2.20労働判例1198号5頁))は、Xらに正社員と同一の基準に基づいて算定した額の4分の1に相当する額すら一切支給しないことは不合理として、Xらの請求を一部容認した。これに対して、Xら及びY社ともに上告したのが本件である。

2.判決の概要

原審は、要旨次のとおり判断し、Xらの退職金に係る不法行為に基づく損害賠償請求をいずれも一部認容した。

一般に、退職金には賃金の後払い、功労報償等の様々な性格があるところ、長期雇用を前提とする無期労働契約を締結した労働者(以下「無期契約労働者」という。)に対し、福利厚生を手厚くし、有為な人材の確保及び定着を図るなどの目的をもって退職金制度を設ける一方、本来的に短期雇用を前提とした有期労働契約を締結した労働者(以下「有期契約労働者」という。)に対し、これを設けないという制度設計自体は、人事施策上一概に不合理であるとはいえない。
もっとも、Y社においては、契約社員Bは契約期間が1年以内の有期契約労働者であり、賃金の後払いが予定されているとはいえないが、原則として契約が更新され、定年が65歳と定められており、実際にXらは定年により契約が終了するまで10年前後の長期間にわたって勤務したことや、契約社員Aは平成28年4月に職種限定社員として無期契約労働者となるとともに退職金制度が設けられたことを考慮すれば、少なくとも長年の勤務に対する功労報償の性格を有する部分に係る退職金、具体的には正社員と同一の基準に基づいて算定した額の4分の1に相当する額すら一切支給しないことは不合理である。
したがって、売店業務に従事している正社員と契約社員Bとの間の退職金に関する労働条件の相違は、労使間の交渉や経営判断の尊重を考慮に入れても、Xらのような長期間勤務を継続した契約社員Bに全く退職金の支給を認めない点において、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たる。

※Xらは、契約社員Bでしたが契約更新されて、契約社員A(退職金制度あり)と同様に10年前後の長期にわたって勤務しました。


しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(1) 労働契約法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ、有期契約労働者の公正な処遇を図るため、その労働条件につき、期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものであり、両者の間の労働条件の相違が退職金の支給に係るものであったとしても、それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる。もっとも、その判断に当たっては、他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における退職金の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである。

(2)ア Y社は、退職する正社員に対し、一時金として退職金を支給する制度を設けており、退職金規程により、その支給対象者の範囲や支給基準、方法等を定めていたものである。そして、上記退職金は、本給に勤続年数に応じた支給月数を乗じた金額を支給するものとされているところ、その支給対象となる正社員は、Y社の本社の各部署や事業本部が所管する事業所等に配置され、業務の必要により配置転換等を命ぜられることもあり、また、退職金の算定基礎となる本給は、年齢によって定められる部分と職務遂行能力に応じた資格及び号俸により定められる職能給の性質を有する部分から成るものとされていたものである。このようなY社における退職金の支給要件や支給内容等に照らせば、上記退職金は、上記の職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり、Y社は、正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとしたものといえる。

イ そして、Xらにより比較の対象とされた売店業務に従事する正社員と契約社員BであるXらの労働契約法20条所定の「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」(以下「職務の内容」という。)をみると、両者の業務の内容はおおむね共通するものの、正社員は、販売員が固定されている売店において休暇や欠勤で不在の販売員に代わって早番や遅番の業務を行う代務業務を担当していたほか、複数の売店を統括し、売上向上のための指導、改善業務等の売店業務のサポートやトラブル処理、商品補充に関する業務等を行うエリアマネージャー業務に従事することがあったのに対し、契約社員Bは、売店業務に専従していたものであり、両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できない。また、売店業務に従事する正社員については、業務の必要により配置転換等を命ぜられる現実の可能性があり、正当な理由なく、これを拒否することはできなかったのに対し、契約社員Bは、業務の場所の変更を命ぜられることはあっても、業務の内容に変更はなく、配置転換等を命ぜられることはなかったものであり、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲(以下「変更の範囲」という。)にも一定の相違があったことが否定できない。
さらに、Y社においては、全ての正社員が同一の雇用管理の区分に属するものとして同じ就業規則等により同一の労働条件の適用を受けていたが、売店業務に従事する正社員と、Y社の本社の各部署や事業所等に配置され配置転換等を命ぜられることがあった他の多数の正社員とは、職務の内容及び変更の範囲につき相違があったものである。そして、平成27年1月当時に売店業務に従事する正社員は、同12年の関連会社等の再編成によりY社に雇用されることとなった互助会の出身者と契約社員Bから正社員に登用された者が約半数ずつほぼ全体を占め、売店業務に従事する従業員の2割に満たないものとなっていたものであり、上記再編成の経緯やその職務経験等に照らし、賃金水準を変更したり、他の部署に配置転換等をしたりすることが困難な事情があったことがうかがわれる。このように、売店業務に従事する正社員が他の多数の正社員と職務の内容及び変更の範囲を異にしていたことについては、Y社の組織再編等に起因する事情が存在したものといえる。また、Y社は、契約社員A及び正社員へ段階的に職種を変更するための開かれた試験による登用制度を設け、相当数の契約社員Bや契約社員Aをそれぞれ契約社員Aや正社員に登用していたものである。これらの事情については、Xらと売店業務に従事する正社員との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり、労働契約法20条所定の「その他の事情」(以下、職務の内容及び変更の範囲と併せて「職務の内容等」という。)として考慮するのが相当である。

ウ そうすると、Y社の正社員に対する退職金が有する複合的な性質やこれを支給する目的を踏まえて、売店業務に従事する正社員と契約社員Bの職務の内容等を考慮すれば、契約社員Bの有期労働契約が原則として更新するものとされ、定年が65歳と定められるなど、必ずしも短期雇用を前提としていたものとはいえず、Xらがいずれも10年前後の勤続期間を有していることをしんしゃくしても、両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは、不合理であるとまで評価することができるものとはいえない。
なお、契約社員Aは平成28年4月に職種限定社員に改められ、その契約が無期労働契約に変更されて退職金制度が設けられたものの、このことがその前に退職した契約社員BであるXらと正社員との間の退職金に関する労働条件の相違が不合理であるとの評価を基礎付けるものとはいい難い。また、契約社員Bと職種限定社員との間には職務の内容及び変更の範囲に一定の相違があることや、契約社員Bから契約社員Aに職種を変更することができる前記の登用制度が存在したこと等からすれば、無期契約労働者である職種限定社員に退職金制度が設けられたからといって、上記の判断を左右するものでもない。

(3) 以上によれば、売店業務に従事する正社員に対して退職金を支給する一方で、契約社員Bである第1審原告らに対してこれを支給しないという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

以上と異なる原審の前記判断には。判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点に関するY社の論旨は理由があり、他方、Xらの論旨は理由がなく、Xらの退職金に関する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がないから棄却すべきである。
(中略)
よって、裁判官宇賀克也の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

なお、裁判官林景一、同林道晴の各補足意見がある。
裁判官林景一の補足意見は、次のとおりである。
私は、多数意見に賛同するものであるが、本件の退職金に関する相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるか否かの判断の在り方等について、若干の意見の補足をしたい。

1 労働契約法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるか否かを判断するに当たっては両者の職務の内容等を考慮すべき旨を規定しており、その判断に当たっては、当該労働条件の性質やこれを定めた目的を踏まえて検討すべきものである。そして、原審が適法に確定した事実関係を前提とすれば、多数意見が述べるとおり、Xらと比較の対象とされた売店業務に従事する正社員の職務の内容等に相違があったことは否定できないところ、原審は、無期契約労働者に対してのみ退職金制度を設けること自体は人事施策上一概に不合理であるとはいえないとしつつ、上記の職務の内容等を十分に考慮することなく、契約社員Bの契約が原則として更新され、定年制が設けられ、Xらが長期間にわたって勤務したこと等を考慮して、退職金に関する相違の一部を不合理と認められるものに当たると判断した。しかしながら、Y社の正社員に対する退職金が有する複合的な性質やこれを支給する目的を踏まえて、売店業務に従事する正社員と契約社員Bの職務の内容等を考慮すれば、多数意見が述べるとおり、原審が摘示した上記の諸事情を考慮しても、Xらに対し退職金を支給しないことが不合理であるとまで評価することができるものとはいえないといわざるを得ない。
なお、有期契約労働者がある程度長期間雇用されることを想定して採用されており、有期契約労働者と比較の対象とされた無期契約労働者との職務の内容等が実質的に異ならないような場合には、両者の間に退職金の支給に係る労働条件の相違を設けることが不合理と認められるものに当たると判断されることはあり得るものの、上記に述べたとおり、その判断に当たっては、企業等において退職金が有する複合的な性質やこれを支給する目的をも十分に踏まえて検討する必要がある。退職金は、その支給の有無や支給方法等につき、労使交渉等を踏まえて、賃金体系全体を見据えた制度設計がされるのが通例であると考えられるところ、退職金制度を持続的に運用していくためには、その原資を長期間にわたって積み立てるなどして用意する必要があるから、退職金制度の在り方は、社会経済情勢や使用者の経営状況の動向等にも左右されるものといえる。そうすると、退職金制度の構築に関し、これら諸般の事情を踏まえて行われる使用者の裁量判断を尊重する余地は、比較的大きいものと解されよう。

2  更に付言すると、労働契約法20条は,有期契約労働者については、無期契約労働者と比較して合理的な労働条件の決定が行われにくく、両者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ、有期契約労働者の公正な処遇を図るため、その労働条件につき、期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものである(最高裁平成28年(受)第2099号,第2100号同30年6月1日判決・民集72巻2号88頁参照)。
そして、退職金には、継続的な勤務等に対する功労報償の性格を有する部分が存することが一般的であることに照らせば、企業等が、労使交渉を経るなどして、有期契約労働者と無期契約労働者との間における職務の内容等の相違の程度に応じて均衡のとれた処遇を図っていくことは、同条やこれを引き継いだ短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条の理念に沿うものといえる。現に、同条が適用されるに際して、有期契約労働者に対し退職金に相当する企業型確定拠出年金を導入したり、有期契約労働者が自ら掛け金を拠出する個人型確定拠出年金への加入に協力したりする企業等も出始めていることがうかがわれるところであり、その他にも、有期契約労働者に対し在職期間に応じて一定額の退職慰労金を支給することなども考えられよう。

裁判官林道晴は、裁判官林景一の補足意見に同調する。

裁判官宇賀克也の反対意見は、次のとおりである。
私は、多数意見とは異なり、本件の事実関係の下で、長年の勤務に対する功労報償の性格を有する部分に係る退職金、具体的には正社員と同一の基準に基づいて算定した額の4分の1に相当する額すら契約社員Bに支給しないことが不合理であるとした原審の判断は是認することができ、第1審被告の上告及び第1審原告らの上告は、いずれも棄却すべきものと考える。その理由は、以下のとおりである。
多数意見のいうように、Y社の正社員に対する退職金の性質やこれを支給する目的を踏まえ、売店業務に従事する正社員と契約社員Bの職務の内容等を考慮して、退職金に係る労働条件の相違が不合理と評価することができるかどうかを検討すべきものとする判断枠組みを採ることには異論はない。また、林景一裁判官の補足意見が指摘するとおり、退職金は、その原資を長期間にわたって積み立てるなどして用意する必要があること等からすれば、裁判所が退職金制度の構築に関する使用者の裁量判断を是正する判断をすることには慎重さが求められるということもできる。
しかし、契約社員Bは、契約期間を1年以内とする有期契約労働者として採用されるものの、当該労働契約は原則として更新され、定年が65歳と定められており、正社員と同様、特段の事情がない限り65歳までの勤務が保障されていたといえる。契約社員Bの新規採用者の平均年齢は約47歳であるから、契約社員Bは、平均して約18年間にわたって第1審被告に勤務することが保障されていたことになる。他方、Y社は、東京メトロから57歳以上の社員を出向者として受け入れ、60歳を超えてから正社員に切り替える取扱いをしているというのであり、このことからすると、むしろ、正社員よりも契約社員Bの方が長期間にわたり勤務することもある。Y社の正社員に対する退職金は、継続的な勤務等に対する功労報償という性質を含むものであり、このような性質は、契約社員Bにも当てはまるものである。
また、正社員は、代務業務を行っていたために勤務する売店が固定されておらず、複数の売店を統括するエリアマネージャー業務に従事することがあるが、契約社員Bも代務業務を行うことがあり、また、代務業務が正社員でなければ行えないような専門性を必要とするものとも考え難い。エリアマネージャー業務に従事する者は正社員に限られるものの、エリアマネージャー業務が他の売店業務と質的に異なるものであるかは評価の分かれ得るところである。正社員は、配置転換、職種転換又は出向の可能性があるのに対して、契約社員Bは、勤務する売店の変更の可能性があるのみという制度上の相違は存在するものの、売店業務に従事する正社員は、互助会において売店業務に従事していた者と、登用制度により正社員になった者とでほぼ全体を占めており、当該売店業務がいわゆる人事ローテーションの一環として現場の勤務を一定期間行わせるという位置付けのものであったとはいえない。そうすると、売店業務に従事する正社員と契約社員Bの職務の内容や変更の範金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは、不合理であると評価することができるものといえる。
他方、多数意見も指摘するとおり、Y社の正社員に対する退職金は、職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いの性質も有するものであるし、一般論として、有為な人材の確保やその定着を図るなどの目的から、継続的な就労が期待される者に対して退職金を支給する必要があることは理解することができる。そして、売店業務に従事する正社員と契約社員Bの職務の内容や変更の範囲に一定の相違があることは否定できず、当該正社員が他の多数の正社員と職務の内容及び変更の範囲を異にしていたことについて、Y社の組織再編等に起因する事情が存在したものといえること等も考慮すると、売店業務に従事する正社員と契約社員Bとの間で退職金に係る労働条件に相違があること自体は、不合理なことではない。退職金制度の構築に関する使用者の裁量判断を尊重する余地があることにも鑑みると、契約社員Bに対し、正社員と同一の基準に基づいて算定した額の4分の1に相当する額を超えて退職金を支給しなくとも、不合理であるとまで評価することができるものとはいえないとした原審の判断をあえて破棄するには及ばないものと考える。

3.解説

原審では、Xら契約社員Bと正社員の間に「職務内容」や「職務の内容及び配置の変更の範囲」に差異があるとしながらも、正社員に対する退職金が部分的に、長年の勤務に対する功労報償の性格を有しているのに、それすら支給していないのが不合理であるとされています。「正社員と同一の基準に基づいて算定した額の4分の1に相当する額」が、原審が認定した、退職金の中の「長年の勤務に対する功労報償」に対する部分です。逆に、残りの4分の3は「職務内容」等の差異に基づく、「不合理ではない」相違であるとしていました。

これに対して、本判決は、退職金は「職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有する」としながらも、Y社で、正社員に対してのみ退職金を支給しているのは、正社員が「様々な部署等で継続的に就労する」という効果を期待して、「正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなど」が目的であるとしています。「だから、不合理ではない」という結論に達するのは、少々論理的に飛躍していますので私なりに検討してみます。

・Y社の退職金は、部分的に長期の勤務に対する功労報償の性格を有している。
これは、原審も本判決も同じ見解ですが、

原審は、『部分的に「長期の勤務に対する功労報償」含んでいるのであれば、その部分について退職金を支給すべき。』
と考えています。

これに対して、本判決は、
『「様々な部署等で継続的に就労する」という効果を期待しているので、単に長期の勤務をしただけであれば退職金を支給しなくてもよい。配置転換や職種転換等をしながら長期に勤務することに対しては、退職金を支給すべき。』
と、限定的にとらえていると思われます。
(退職金を支給することが「合理的である」としても、労働契約法20条が求めているのは、「不合理であってはならない」ことですので、「支給しない」ことが、合理的ではなくても、不合理でなければ、同条には抵触しないのです。)

このように考えないと、XらB契約社員のように、当初から配置転換や職種転換等を期待されていない従業員については、長期間勤務したとしても、その功労報償に対する退職金は部分的にもしなくてよいということにならないからです。

本判決の「原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。」の後に続く、(2)アは、上述のように「長期の勤務に対する功労報償」は限定的にとらえるべきであり、部分的に「長期の勤務に対する功労報償」を含んでいることを理由にその部分について退職金を支給しなければ不合理だとした原審の見解を、まず否定したものと私は考えます。そして、これに続く(2)イ以降で、改めて、原審と同じく長澤運輸事件(最二小判平30.6.1労判1179号34頁)に沿った、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(職務の内容)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲及びその他の事情という枠組みで、XらB契約社員と正社員を比較検討しているのです。

①業務の内容及び当該業務に伴う責任(職務の内容)
(1)業務の内容
Xらにより比較の対象とされた売店業務に従事する正社員は、販売員が固定されている売店において休暇や欠勤で不在の販売員に代わって早番や遅番の業務を行う代務業務を担当していた。

(2)当該業務に伴う責任の程度
複数の売店を統括し、売上向上のための指導、改善業務等の売店業務のサポートやトラブル処理、商品補充に関する業務等を行うエリアマネージャー業務に従事することがあったのに対し、契約社員Bは、売店業務に専従していた。

これらの事情により、両者の業務の内容及び当該業務に伴う責任(職務の内容)に一定の相違があったと評価しています。

②職務の内容及び配置の変更の範囲
売店業務に従事する正社員については、業務の必要により配置転換等を命ぜられる現実の可能性があり、正当な理由なく、これを拒否することはできなかったのに対し、契約社員Bは、業務の場所の変更を命ぜられることはあっても、業務の内容に変更はなく、配置転換等を命ぜられることはなかった。

このことから、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲にも一定の相違があったと評価しています。

③その他の事情
・Y社の組織再編等に起因する「その他の事情」
(1)売店業務に従事する正社員と、Y社の本社の各部署や事業所等に配置され配置転換等を命ぜられることがあった他の多数の正社員とは、職務の内容及び変更の範囲につき相違があった。
(2)しかし、平成27年1月当時に売店業務に従事する正社員は、同12年の関連会社等の再編成によりY社に雇用されることとなった互助会の出身者と契約社員Bから正社員に登用された者が約半数ずつほぼ全体を占め、売店業務に従事する従業員の2割に満たないものとなっていたものであり、上記再編成の経緯やその職務経験等に照らし、賃金水準を変更したり、他の部署に配置転換等をしたりすることが困難な事情があった。
(3)つまり、売店業務に従事する正社員が他の多数の正社員と職務の内容及び変更の範囲を異にしていたことについては、Y社の組織再編等に起因する「その他の事情」が存在した。

この「その他の事情」は、少し複雑です。(1)は、比較対象とされた売店業務に従事する正社員は多数の正社員とは異なり、XらB契約社員と同じように配置転換等を命ぜられることが無かったということですので、これは、「職務の内容及び変更の範囲」について、売店業務に従事する正社員とXらB契約社員との間に差異が無かったことを示す事実になり得ます。しかし、このような事実があったことについては、(2)のような経緯・事情があったことを説明し、(3)においてこれを「その他の事情」としています。つまり、「職務の内容及び変更の範囲」の同一性を否定する事情として、いわば「職務の内容及び変更の範囲についてのその他の事情」を、労働基準法20条の「その他の事情」に当てているのです。
「その他の事情」といえば、長澤運輸事件(最二小判平30.6.1労判1179号34頁)の「有期雇用者が定年後再雇用者であること」が思い浮かぶところですが、同裁判例は、「労働契約法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮する事情として、「その他の事情」を挙げているところ、その内容を職務内容及び変更範囲に関連する事情に限定すべき理由は見当たらない。」とし、「その他の事情」を「職務の内容」や「職務の内容及び配置の変更の範囲」とは全く異なる要素として用いています。これに対して、本判決では「職務内容及び変更範囲に関連する事情」として「その他の事情」扱っています。

・Y社は、契約社員A及び正社員へ段階的に職種を変更するための開かれた試験による登用制度を設け、相当数の契約社員Bや契約社員Aをそれぞれ契約社員Aや正社員に登用していた。

この2点を、労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり、「その他の事情」としています。

そして、最初に挙げた退職金の性質や支給する目的及び上記の判断の枠組み当てはめた事情を総合的に判断して、「契約社員Bの有期労働契約が原則として更新するものとされ、定年が65歳と定められるなど、必ずしも短期雇用を前提としていたものとはいえず、Xらがいずれも10年前後の勤続期間を有していることをしんしゃくしても、両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは、不合理であるとまで評価することができるものとはいえない。」と結論付けているのです。
なお、この総合的な判断には、前述のとおり「Y社の退職金の「長期の勤務に対する功労報償」は、部分的にしても、「様々な部署等で継続的に就労」した限りにおいて支給したとしても不合理ではない。」という前提があると私は考えます。そのように考えないと、「部分的にも退職金を支給しなくても不合理ではない。」、という結論には達せないからです。

さて、原審を覆す結論に至るロジックはこうであったとしても、このような結論とならざるを得なかった契機は他にあると考えます。補足意見に述べられているように、退職金制度を運用していくためには、その原資を長期間にわたって積み立てるなどして財源を用意する必要があり、社会経済情勢や使用者の経営状況の動向等にも左右されるものなので、「支給しないことを不合理であるとまで評価することができるものとはいえないといわざるを得ない」、つまり、原資が無ければ現実的に退職金を支給することはできないということです。
また、同じ補足意見で「企業等が、労使交渉を経るなどして、有期契約労働者と無期契約労働者との間における職務の内容等の相違の程度に応じて均衡のとれた処遇を図っていくことは、同条やこれを引き継いだ短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条の理念に沿うものといえる。現に、同条が適用されるに際して、有期契約労働者に対し退職金に相当する企業型確定拠出年金を導入したり、有期契約労働者が自ら掛け金を拠出する個人型確定拠出年金への加入に協力したりする企業等も出始めていることがうかがわれるところであり、その他にも、有期契約労働者に対し在職期間に応じて一定額の退職慰労金を支給することなども考えられよう。」と述べられています。将来的に、本判決の結論が覆る可能性があること示唆していると思われますので、使用者側は有期雇用者に対する退職金制度を検討・準備していく必要があると思います。