社会保険労務士川口正倫のブログ

都内の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ



同一(価値)労働同一賃金についての判例の動向2

バナー
Kindle版 職場の出産・育児関係手続ガイドブック~令和の常識~
定価:800円で好評発売中!!


にほんブログ村
続き

同一(価値)労働同一賃金についての判例の動向2

こちらの続きとなります。
sr-memorandum.hatenablog.com


(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)
労働契約法第20条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

3.均等待遇と均衡待遇

労働契約法20条の内容を、端的に言えば、「職務の内容等の差異」(ここでいう「等」には、「職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情」を含めるものとする。なお、同条にいう「の変更の範囲」は「職務の内容」と「配置」の両方にかかり、「職務の内容及び配置の変更の範囲」とは「職務の内容の変更の範囲」及び「配置の変更の範囲」を意味する。)がある場合に「労働条件の相違」があることを認めるが、その「労働条件の相違」が不合理なものであってはならないことであり、「職務の内容等の差異」がなければ「労働条件の相違」があってはならない(均等待遇)、及び「職務の内容等の差異」がある場合の「労働条件の相違」は、「職務の内容等の差異」に応じたものでなければならい(均衡待遇)を意味している。(「労働条件の相違」が不合理でなければ、不合理な「職務の内容等の差異」は問題とならない。)
そこで、同一(価値)労働同一賃金が問題となった場合、企業側の価値判断は「職務の内容等の差異」は認め、「労働条件の相違」は否定ことになるが、これは通常の職場における価値判断と真逆になることが予想される。その理由は、使用者としては、非正規労働者について、人事異動の範囲や労働時間が異なるので労働条件は正社員より抑えておきたいが、通常の職場では正社員と同様の「業務の内容」、かつ同等の職務誠実義務(責任の程度)をもって働いてもらい、さらにその能力を最大限に発揮させたいと考えるのが普通だからである。
このように通常の職場における価値判断と真逆になることは、労働条件の相違について従業員に説明する際に間違いを引き起こす原因となるので、説明する企業側が勘違いしていないことはもとより、説明を受ける従業員側も間違って理解していないか注意する必要がある。(裁判例を読む際にも思わぬ勘違いを起こし兼ねない。)
また、このことを逆に捉えると、通常業務における「職務の内容(業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度)」自体の差異より、「職務の内容の変更の範囲」「配置の変更の範囲」「その他の事情」による差異が問題となるケースが多くなることが予想される。次節で取り上げる裁判例でも、「職務の内容」は同一であるが、「職務内容や配置の変更の範囲」「その他の事情」による差異が認められ、それ応じて各労働条件の相違が合理的であるかどうかが判断されている。(そもそも、「職務の内容(業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度)」が同一と感じたからこそ、当該非正規労働者は訴訟を提起したのであろう。)

4.各判断要素の扱い

判例について、各判断要素がどのように扱われているか、概要を見て行く。
まず、前述のハマキョウレックス事件(最二小判平30.6.1 労判1179号20頁)であるが、対象が運送会社のトラック運転手であることから、業務の内容には相違が無いとされたが、「正社員は、出向を含む全国規模の広域異動の可能性があるほか、等級役職制度が設けられており、職務遂行能力に見合う等級役職への格付けを通じて、将来、Y社の中核を担う人材として登用される可能性があるのに対し、契約社員は、就業場所の変更や出向は予定されておらず、将来、そのような人材として登用されることも予定されていないという違いがあるということができる。」と、正社員には出向や全国規模での異動の可能性があることが「配置の変更の範囲」、また職務等級制度が正社員にのみ適用されていたことが「職務の内容(責任の程度)の変更の範囲」に差異があるとされている。学校法人産業医科大学事件(福岡高判平30.11.19労判1198号63頁)がこれとよく似た事例で、「正規職員は、大学病院だけでなく、大学本体、各種研究支援施設などの全ての部署に配属される可能性があるほか、出向を含む異動の可能性があり、大学の総務、財務、大学管理、大学病院や各種研究支援施設の管理などの多様な業務を担当することが予定されている。」ことが「配置の変更の範囲」の差異として、「等級役職制度(人事制度上のものとしての等級制度と組織上のものとしての役職制度が合わさったもの)が設けられており、人事考課制度を通じて、職務遂行能力に見合う等級・役職への格付けを行い、将来、学校法人Yの中核を担う人材として登用される可能性がある」ことが「職務の内容(責任の程度)の変更の範囲」の差異として、それぞれ認められている。全国学校法人産業医科大学事件の人事異動の範囲は、ハマキョウレックス事件と異なり、通常は引越しの必要がない同一地域内での異動であるが、大阪医科薬科大学事件(大阪高判平31.2.15号労判1199号5頁)でも、同様の人事異動の範囲が「配置の変更の範囲」として認められており、正社員で実際に異動が頻繁に行われていれば、全国規模の広域異動が想定されていなくても差異として認められている。(その他に、「転居を伴わない範囲での郵便局間異動が命じられる可能性はあり、実際にも異動が行われた例があった。」ことが「配置の変更の範囲」として認められた裁判例として、日本郵便(大阪)事件(大阪高判平31.1.24労判1197号5頁)がある。)
なお、大阪医科薬科大学事件は職務等級制度があったかどうかは不明であるが、正職員には昇給制度があることが、有期雇用労働者の休職規程等の適用の範囲について、正社員を比較対象者とすることを否定する理由として挙げられている。いずれにしても、非正規社員との差異を設ける場合には、人事考課制度に基づく職務等級制度や昇給制度を設けることが有用であろう。(メトロコマース事件(東京高平31.2.20労働判例1198号5頁)では、「職務内容及び変更範囲に相違がある上、一般論として、Y社において、高卒・大卒新入社員を採用することがある正社員には長期雇用を前提とした年功的な賃金制度を設け、本来的に短期雇用を前提とする有期契約労働者にはこれと異なる賃金体系を設けるという制度設計をすることには、企業の人事施策上の判断として一定の合理性が認められるところである。」と、制度設計で差異を設けることの合理性に言及されている。)
また、長澤運輸事件(最二小判平30.6.1労判1179号34頁)では、「その他の事情」による差異として定年後再雇用者であることが認められている。同裁判例では、「定年制の下における無期契約労働者の賃金体系は、当該労働者を定年退職するまで長期間雇用することを前提に定められたものであることが少なくないと解される。これに対し、使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合、当該者を長期間雇用することは通常予定されていない。また、定年退職後に再雇用される有期契約労働者は、定年退職するまでの間、無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。そして、このような事情は、定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系の在り方を検討するに当たって、その基礎になるものであるということができる。」とされていることから、実質的には「その他の事情」を単独で認めたというよりは、定年後再雇用者が長期雇用を予定されていないことに「職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲」における差異が抱合され、さらに、「無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者」及び「一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている」が純粋に「その他の事情」による差異であると考えられる。いずれにせよ、定年後再雇用者の特質はそういうものであるので、定年後再雇用者であるという差異があり、それに基づく「労働条件の相違」が不合理でなければ認められることになる。なお、長澤運輸事件では、定年後再雇用者の賃金(年収)が定年退職前の79%程度となることが想定されていること理由に、賞与の不支給を不合理ではないとしている。
さらに、メトロコマース事件(東京高平31.2.20労働判例1198号5頁)では、訴訟当事者ではないものの、比較対象とされる正社員に関連会社再編によって他社から転籍してきた者が一定程度の割合を占めていることが、「その勤務実績や関連会社再編という経緯からして、他社在籍時に正社員として勤務していた者を契約社員に切り替えたり、正社員として支給されてきた賃金の水準をY社が一方的に切り下げたりすることはできなかったものと考えられ、勤務条件についての労使交渉が行われたことも認められるから、そのような正社員がそのような労働条件のまま実際上は売店業務以外の業務への配置転換がされることなく定年まで売店業務のみに従事して退職することになっているとしても、それは上記事情に照らしてやむを得ないものというべきである。」として、「その他の事情」による差異として認められている。これを類推すれば、相対的に優遇される側の比較対象となる正社員側の「その他の事情」による差異として、例えば「代表者の親族が含まれていること」「学歴が高いものが多いこと」「親会社からの出向者が含まれていること」などは認められる可能性はある。(当然、「男性であること」「健常者であること」「日本人であること」など、一般的にも差別的とされる事情は認められない。)