社会保険労務士川口正倫のブログ

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【配転】日本学園事件(東京地判令2.2.26労判1222号28頁)

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【配転】日本学園事件(東京地判令2.2.26労判1222号28頁)

1.事件の概要

Xは、A中学校及びA高等学校(以下、併せて「本件学校」という。)を運営している学校法人であるY社との間で労働契約(以下「本件労働契約」という。)を締結し、事務職員として勤務していた。
Y社は、平成30年12月17日、平成31年4月1日からのXが担当する職務を総務の施設の区分である「施設及び設備の保守・点検・補修業務」及び「校内清掃等の用務員業務」とし、勤務場所を本件学校の敷地内の営繕室とする本件配転命令をXに告げた。当該告知を受けた当時のXが担当する職務は財務の学納金の区分の事務であり、勤務場所は同敷地内の事務室であった。
これに対して、Xは、Y社がXに対してした、Y社の営繕部で勤務するよう命ずる配転命令(以下「本件配転命令」という。)は権利の濫用に当たり無効であるとして、Y社の営繕部で勤務する労働契約上の義務のないことの確認を求め、平成31年2月14日、東京地方裁判所にY社を相手方とする労働審判手続を申し立てた(当庁平成31年(労)第83号配転命令無効確認請求事件)が、労働審判委員会が同年3月27日の第二回労働審判手続期日において、Xの申立てに係る請求を棄却する旨の審判を告知し、同月28日、Xが同審判に対し異議を申し立てたことによって、同審判はその効力を失い、当該労働審判手続の申立てに係る請求については、労働審判法第22条第1項本文の規定により、当裁判所に訴えの提起があったものとみなされたのが本件である。

( Y社の就業規則
Y社の教職員に適用される「学校法人Y教職員就業規則」(以下「本件就業規則」という。)には、以下の定めがある。

ア 教職員の定義
「第2条 この規則において、教職員とは、学校法人Y(以下「当学園」という。)に常時勤務する専任の教育職員、事務職員、技術職員および用務職員をいう。」

イ 異動
「第40条 教職員が勤務の配置転換あるいは職務変更などの異動を命ぜられたときは、すみやかに事務引継ぎを行い、新任部署の職務につかなければならない。
2 前項の移動(判決註:「異動」の誤記と解される。)について、教職員は正当な理由なくこれを拒むことはできない。」

(Y社の処務規程)
Y社の「学校法人Y処務規程」(以下「本件処務規程」という。)には、以下の定めがある。

ア 目的
「第1条 この規程は、学校法人Y(以下「学園」という。)における理事長の権限に属する学校事務を処理するために必要な組織を定め、事務執行に関しその責任を明確にし、学園業務の能率的運営を図ることを目的とする。」

イ 組織
「第4条 学園の組織は、理事長及び校長を中心として教員及び生徒に関する校務事務部門と一般事務部門を置く。学園組織は、別表第1のとおりとする。
2 一般事務部門に事務室(以下、「事務室」という。)を置く。

ウ 一般事務
「第6条 一般事務は主に次の業務を行う。
(1)庶務
一般事務のほか、人事管理、各種証明書の発行、奨学金の募集、入学、卒業ほか学園の慶弔に関すること。
(2)経理
予算、決算の作成、現金等の出納保管、財産管理、資金の運用や簿記及び出納諸表の作成と元帳、補助簿及び証憑書類の整備保管に関すること。
(3)教務
事務長並びに前条第1号の教務担当の担当部長及び教頭の指示を受けての校務における事務に関すること。
(中略)
(6)営繕・用務担当
校舎等の簡易な修繕、学園内の電気施設、消防機器等の点検 学園内のトイレのペーパー管理その他
(後略)
※「学校法人Y処務規程」とは、いわゆる業務分掌を定めた規程ですが、一般的には就業規則の一部としては扱われていませんが、職種限定や人事異動の範囲が問題となるケースでは有力な証拠となることもあるのです。もし、一般事務と用務員の分掌が分かれていて、用務員の分掌として「営繕・用務担当 」が定められていたなら、本件では職種限定の有無が争点になり得ました。さらに、このような分掌が明確に定められていなかったなら、事務員と用務員の業務分担も争点となり、双方が前例などを挙げて画定することになったと思われます。

2.判決の概要

就業規則40条のとおり、Y社は教職員について配置転換又は職務変更などの異動を命ずる権限があり、Xも本件配転命令について、Y社に配転命令権があること自体は争っていない。しかし、使用者に配転命令権があったとしても、これを濫用することが許されないことはいうまでもなく、当該配転命令について業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情が存する場合には、当該配転命令は権利の濫用として無効となる。そこで、以下、本件配転命令について順次検討する。

①業務上の必要性について

平成30年12月当時、Y社の営繕室には、専任の事務職員がおらず、定年退職後に嘱託職員として採用された現業の職員(I氏)又は事務室に勤務する事務職員(主としてJ氏)が状況に応じて営繕室の事務を担当していたものであり、Y社は、営繕室の現業職員との連絡、営繕室が担当すべき作業計画、進行管理、消耗品の発注、在庫管理等の業務が円滑にできていないという問題点を把握していたものである。
本件学校を運営するY社にとって、その構内の美化、生徒の安全確保のための営繕の仕事は欠くことのできない業務であるところ、Y社が、上記の様に定年退職後の嘱託職員等が事実上兼任して事務を担当するような状況について問題視し、平成31年4月1日から専任の事務職員を配置し、責任をもってその業務を担当させる方針を決めたことは、Y社の業務の適正な運営のために必要性が高かったといえる。
また、Xに当該業務を任せることとしたのは、X自身の経験等に照らしてXに情報収集、発信能力があると考えた一方で、J氏には新たに財務の預かり金、会計、給与等を担当させるためであり、複数の業務を経験させることのよって人材の育成を図ることの有用性は広く一般に知られていると考えられるから、対象者の選択としても合理的なものであったといえる。そして、上記営繕室の業務における問題点には、連絡業務の支障等もあった上、営繕の業務は、営繕室を中心として行われているものであるから、当該業務を担当する事務職員について、営繕室に配置することにも業務上の必要性が認められる。

Xは、Y社の支出を伴う行為の決裁権限が事務長にあること、消耗品等の発注について事務室で一元管理していること等を指摘し、営繕室での事務職員としての業務がない、事務室において対応が可能であるなどと主張する。しかし、本件学校に約600名の生徒がおり、日々本件学校の敷地内で学生生活を過ごしていること、本件学校の敷地が広いことなどからすれば、年間を通じて本件学校の設備等の改修、整備作業等が想定されるところ、作業自体の決裁権がないとしても、作業計画の立案、関係部署との調整を含む作業の進行管理等の業務は容易に想定されるところであるし、これを決裁権者自らが執り行うことは現実的ではない。また、支出の最終的な決裁権限が事務室に勤務する職員にあったとしても、現場における問題点や要望を把握するために、当該現場に責任ある職員を配置し、当該職員に現場の事務の改善を提案させたり、支出を申請させたりすることには十分合理性が認められるところである。そうすると、その他Xが指摘する諸点を考慮しても、Xに事務職員として営繕業務を担当させ、その勤務場所を営繕室とすることについて、なお業務上の必要性は否定し難く、Xの主張を採用することはできない。

②動機・目的について

本件配転命令に業務上の必要性があることは、前述のとおりであるところ、営繕室を担当する事務職員としてXを選任したことについても、他の職員の状況、Xの経歴等に照らして、限られた人員の中からXを選任したものであり、不当な動機又は目的を認めることはできない。
また、Y社において、X以前にも事務職員が営繕室において勤務していたこともあり、本件配転命令が事務職員に対する配転命令として特異なものともいえない。したがって、本件配転命令について不当な動機、目的でされたことを認めるに足りない。

Xは、本件配転命令が不当な動機、目的でされたことの理由としてD前校長との関係を指摘するところ、D前校長がY社の高等学校をE大学の系列校化することを目指していたことはXの指摘のとおりであるが、それがY社の方針に反することであったともいえない上、D前校長は、自らの思惑又は交渉の状況について、理事会に諮るなどしてY社に伝えることもしていなかったというのであるから、Y社がD前校長の動向を把握したことを前提としてD前校長に退職を迫った旨のXの主張は、にわかに採用し難い。加えて、仮にXが指摘するとおりD前校長とY社との間に何らかの経営方針の対立が生じていたとしても、XはY社における一事務職員に過ぎず、経営に関してY社に何らかの意向を述べたり、権限を行使したりする職責にないのであるから、D前校長が退職した後に、Y社がXの退職をも望むということも不自然であり、この点においてもXの主張を採用することができない。
なお、B事務長は平成30年9月11日、Xに退職を勧めているが、これはXが教務室において本件学校に対する不満を口にしていたことが、他の職員の間で問題となっていたことをきっかけとするものであり、D前校長との関係を前提とした退職勧奨とはいえない。そして、同日において、Xが当該言動を否定し、退職する意思がないことを明らかにした後には、Y社からXに対し、退職を勧めた事実も認められないから、Xがその他主張するB事務長の言動を考慮しても、当該退職勧奨と本件配転命令との間に何らかの関係を認めることもできない。

ところで、本件配転命令に当たって、B事務長は、「用務員業務」「用務員室」という表現をしているところ、Y社においては事務職員と用務職員は職種が異なり(本件就業規則第2条)、上記表現は、Xの職種を転換する意図とも捉えられかねない不適切な表現であったといえる。また、B事務長は、その際、配転の理由について問い質すXに対し、適材適所という程度の説明をするにとどまり、最終的に更なる説明を求めるXの要請に対しても一方的に断ったものであるから、上記表現と併せて、Xに対する配慮を欠く対応であったと言わざるを得ない。しかし、前述のとおり、本件配転命令について業務上の必要性は否定し難く、Y社においてXの職種を変更する意図は無かったことは明らかであるから、本件配転命令を告知したB事務長の上記言動をもって本件配転命令が不当な動機・目的をもってなされたとは認められない。

③不利益について

本件配転命令は、本件学校の構内における勤務場所の変更に過ぎず、給与に変更もなく、営繕室の執務環境も、相応の広さがあり、冷暖房、給湯設備、執務机及びパソコンが備え付けられているなど、他の事務職員の勤務する場所に比して劣悪であるということはできない。また、その業務の内容も、事案決定書の作成等の事務作業であり、精神的又は肉体的な負担が大きいものではない。
本件労働契約において、Xの職種は事務職員であるところ、事務職員として担当すべき業務は、庶務、経理の他、営繕、用務担当も含まれている(本件処務規程第6条)。Xは、広報業務に携われないことをその不利益として指摘するところ、Xがその経歴から、情報の収集、発信等の広報業務を得意とすることが伺われるものの、本件労働契約の成立時において、XとY社との間で、Xの担当する業務を限定する旨の合意が成立していたことを認めるに足りず、Xは、本件配転命令前には教務、財務等の広報以外の事務も行っていたのであるから、本件配転命令時においても、本件労働契約上Xの担当する業務を広報業務に限定する旨の合意の成立は認め難い。
そうすると、既に論じたとおり、Xが行っている業務自体の負荷又は営繕室の環境等が、本件配転命令前の業務又は勤務場所に比べて客観的にXの負担となるようなものではないことも併せて考えると、Xが主張する広報のプロフェッショナルとしての矜持を傷つけられたという主観面を最大限考慮しても、本件配転命令が、Xに対し、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものということはできない。

以上の次第で、本件配転命令には、業務上の必要性が認められ、不当な動機・目的をもってされたものということはできず、Xに対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものとはいえないから、本件配転命令は権利の濫用に当たらない。

3.解説

「配転」とは、従業員の配置の変更であって、職務内容または勤務場所が相当の長期間にわたって変更されるものを言います。一般的に、同一勤務地(事業所)内の所属部署の変更を「配置転換」、勤務地の変更を「転勤」と呼んでいます。
長期雇用を前提とするのが一般的な正社員は、職種、職務内容及び勤務地を限定せずに採用され、多数の職場や仕事を経験させることによって幅広いスキルを形成し、技術や市場が多様に変化していく中でも、柔軟に配転を行うことで雇用の維持がなされています。
しかし、配転は従業員やその家族の私生活に大きな影響を及ぼすこともあり、配転命令がどのような場合に認められるのかが問題となります。
配転命令の有効性については、東亜ペイント事件(最二小判昭和61.7.14労判477号6頁)という最高裁の裁判例があり、次のようにまとめられます。

(1)配転命令ができる要件
・配転命令権が労働協約就業規則などの定めによって労働契約上根拠づけられている
・実際に配転が頻繁に行われている
の2点を満たせば、労働者の個別の同意なしに、使用者は配転命令を命じることができます。

(2)配転命令が濫用となり無効となる場合
・業務上の必要性が存しない
・転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものである
・労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである
ような特段の事情がある場合は、配転命令は濫用となり無効となります。

そして、業務上の必要性については、勤務先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当ではなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤労意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、肯定されます。

本件においては、Y社に配転命令権があることに争いはなく、要件(1)は満たされているものとされており、要件(2)についてそれぞれ検討されています。

業務上の必要性については、営繕室の兼務の解消という必要性が認められました。
不当な動機・目的については、Xが営繕室で勤務したことがあり、以前にも同様の異動があったことから否定されました。(退職勧奨の拒否に対する報復でないかが、少々疑わしいところですが、職種変更と伴う重大な配転でなかったことが否定された理由の一つであると思われます。)
また、✕の職種は事務職員であり、事務職員として担当すべき業務として「営繕、用務」が含まれていました。そのことから、当該配転は、職種変更を伴うような重大なものではなく、同一の事業所内かつ同一職種での部署異動のようなものであり、✕が被る不利益は「通常甘受すべき程度を著しく超える」ものとはされませんでした。