社会保険労務士川口正倫のブログ

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【配転】帝国臓器製薬(単身赴任)事件(最二小判平11.9.17労判768号16頁)

帝国臓器製薬(単身赴任)事件(最二小判平11.9.17労判768号16頁)

参照法条 : 労働基準法2章
裁判年月日 : 1999年9月17日
裁判所名 : 最高二小
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成8年 (オ) 1948

1.事件の概要

Xは、製薬会社であるY社の東京営業所で、15年間、医薬情報担当として勤務していた。Y社は、昭和60年3月16日、Xに対して東京営業所から名古屋営業所への転勤を命じた(以下、「本件転勤命令」という)。
当時、Xの妻である訴外Aは、Xと同じY社の川崎工場に勤務していた。Xには、小学校3年生、4歳、生後7か月の3人の子供がいて、Aの妻はY社に継続勤務することを望んでいたため、Xは家族と別居せざるを得なくなった。
そこで、XがY社に対して、本件転勤命令の無効等を求めて提訴した。第一審、第二審ともにXの請求を認めなかったため、上告したのが本件である。

2.判決の概要

①第一審の判決(東京地判平5.9.29労判636号19頁)

(業務上の必要性とXの不利益の判断)
終身雇用制度の下での転勤制度は、広域的な事業展開を行なっている企業においては、現に、労働力の調整、職場の活性化、生産性の向上、人材の育成等の有用な機能を果たし、不可欠の人事管理施策であるといえるところ、本件においては、Y社の就業規則及びY社とXとの労働契約によれば、Y社は業務上の必要に応じ、その裁量によりXの勤務場所を決定することができるものというべきである。そして、右の業務上の必要性は、Y社の業態からみれば、当該転勤先への異動が余人をもっては容易に変えがたいといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働者間の公平を図りながら、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定することができる。
他方、住所の移転を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に影響を与え、経済的・社会的・精神的不利益を負わせるものであるから、Y社の就業規則及びY社とXとの労働契約に基づきXが本件転勤命令を拒否する正当な理由があるといえるためには、Y社及びXが右不利益を軽減、回避するためにそれぞれ採った措置の有無・内容など諸般の状況の下で、Y社の業務上の必要性の程度に比し、Xの受ける不利益が社会通念上甘受すべき程度を著しく超えるものと認められることを要するものと解するのが相当である。
業務上の必要性について判断するに、Y社は、全国に設けた営業所出張所に所属する医薬情報担当者の活動を通じ医療担当者に医薬品の情報の提供・収集をし、これを基に自社製造の医薬品の販売活動をしており、組織の活性化、医薬情報担当者の業務習熟、適正配置などのため定期的に住所の移転を伴う転勤を実施してきたものであり、企業の維持、発展のために意義のある施策であるということができる。そして、住所の移転を伴う医薬情報担当者の転勤については、全医薬情報担当者につき同一地区担当期間5年以上の者の中から期間のより長い者を優先して異動の対象とし、昭和60年3月当時、名古屋営業所に補充すべき医薬情報担当者として、他営業所勤務の経験がなく、入社以来の東京営業所勤務が15年間となり、同所内で都内地域担当が最も長くなったXを選んだものであって、公平であり、かつ、この人選自体に不当な点はなく、本件転勤命令には業務上の必要性があったものというべきである。
これに対し、Xの経済的・社会的・精神的不利益についてみると、Xは、本件転勤命令により家族を同伴することになると、Y社の川崎工場に勤務している妻Aが退職しなければならず、Y社における勤務の継続を考えているAの意思に反して家族帯同赴任をすることはできないと考え、名
古屋に単身赴任を余儀なくされた。しかし、三人の子供に対する父親としての監護養育をできるだけ果たし、また、これまで分担してきた日常家事につきbの負担を少しでも軽くするために、ほとんど毎週のように金曜日の夜に新幹線で川崎の自宅に帰り、月曜日の早朝に名古屋に出勤する生活を送ることになり、家族が同居していた当時に享受していた家庭生活上の安定が損われ、結局、Aの社会的不利益を避けるために、X及びその家族は二重生活による経済的、精神的な負担を強いられたものということができる。
次に、Y社及びXが右不利益を軽減、回避するためにそれぞれ採った措置の有無・内容についてみると、(1) 被告会社は、医薬情報担当者の住所の移転を伴う転勤の場合、家族帯同が望ましいものと考えており、例外的な単身赴任に対する別居手当は、配偶者の勤務の継続を理由として支給する例はなかったが、Xに対しては特別に一年間に限り月額1万2,200円ないし1万5,000円を支給し、また、Xの名古屋における住居として単身赴任者用住宅を提供し、さらに、Xが家族帯同を選択した場合には、Y社において、名古屋での住居は社宅として確保し、川崎の持家の方の管理活用はXの利益に沿うよう措置する旨の申出をし、(2) X及びAは、AがY社を退職して名古屋で新しい職を探そうとしてもパートか現在より悪い労働条件となるうえ、保育園の確保や二重保育方法に困難があると予想し、実際に、名古屋でのAの職探し、子供の保育園確保のための努力をしたわけではないが、家庭の事情を話せばY社が転勤内示を撤回してくれるであろうと判断し、組合の支援も得られず、Y社がこれに応じないことが明確となって、やむなく単身赴任を選択したものということができる。
以上、Y社の業務の必要性、Xの受けた経済的・社会的・精神的不利益の程度、Y社及びXが右不利益を軽減、回避するためにそれぞれ採った措置の有無・内容を前提に判断するに、まず、本件転勤命令は、Y社において医薬情報担当者に対して長年実施されてきて有用ないわゆるローテーション人事施策の一環として行なわれたものとして、Yの業務の必要性があり、Xにとっては、Y社に勤務を続ける以上はローテーション人事により住所の移転を伴う転勤をする時期が既に到来しており、遅かれ早かれ転勤することを覚悟していて当然であり、転勤先が東京から新幹線で二時間の名古屋という比較的便利な営業所であってみれば、これによって通常受ける経済的・社会的・精神的不利益は甘受すべきであり、Aが被告会社川崎工場に勤務し続ける以上は単身赴任をせざるを得ないものというべきである。
他方、Y社は、Xに家族用社宅ないし単身赴任用住宅を提供し、従前の例にこだわらず別居手当を支給し、持家の管理運用を申し出るなど、就業規則の範囲内で単身赴任、家族帯同赴任のいずれに対しても一応の措置をしたものということができるところ、本件転勤命令においてY会社のとった対応だけでは社会通念上著しく不備であるとはいえない。そうすると、結局、Y社の業務の必要性の程度に比し、Xの受ける経済的・社会的・精神的不利益が労働者において社会通念上甘受すべき程度を著しく超えるものと認めることはできないというべきである。
よって、Xには本件転勤命令を拒否する正当な理由があるということはできないというべきである。

(信義則上の配慮義務)
Xは、Y社が本件転勤を命令するにつき、合理的配慮をすべき契約上の信義則による配慮義務を尽くしていないから右命令は無効である旨主張するところ、Xが本件転勤命令を拒否する正当な理由があるといえるかどうかは、上述のとおり、使用者が労働者の経済的・社会的・精神的不利益を軽減、回避するために採った措置の有無・内容など諸般の状況如何によるものであるから、この観点から改めて判断する。
Y社の賃金規程には、単身赴任手当として、借上社宅は、一般職で六坪程度の規模のものを家賃の一割をもって提供し、六か月間はその半額で提供し、別居手当は、そのうち家族の転居ができなくて別居する理由が所定の事由に当たる場合、二年間または一年間を限度に、一定金額を支給する旨定められ、Xのように妻の勤務継続を理由とする単身赴任に対しても当然に別居手当を支給する定めはなかった。しかし、これに対してY社が採った措置は、別居手当として昭和60年4月2日から1年間合計15万8,600円を支給し、社宅としてXの希望により独身寮一室を使用料月額1,200円(六か月間半額減額)で提供したのであって、就業規則の範囲内で単身赴任、家族帯同赴任のいずれに対しても一応の措置をしたものということができるから、Y社の単身赴任対策として、単身赴任によるXの経済的・社会的・精神的不利益を軽減、回避するために社会通念上求められる措置をとるよう配慮すべき義務を欠いた違法があるということはできないものというべきである。

(信義則上の配慮義務についての予備的主張について判断)
aは本件転勤命令が有効であるとしても単身赴任を余儀なくされたことに関し、頭書の主張をするので案ずるに、Y社は、就業規則及びXとの労働契約によ
り、業務上の必要に応じてXの勤務場所を決定することができるが、転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に影響を与え、特に、家族の病気の世話、子供の教育・受験、持家の管理、配偶者の仕事の継続、赴任先での住宅事情等のやむをえない理由から労働者が単身赴任をしなければならない合理的な事情がある場合には、これが労働者に対し経済的・社会的・精神的不利益を負わせるものであるから、使用者は労働者に対してこのような転勤を命ずるに際しては、信義則上、労働者の右不利益を軽減、回避するために社会通念上求められる措置をとるよう配慮すべき義務があるものというべきである。
本件勤務命令についてみるに、Y社に労働契約上負うべき信義則上の配慮義務に欠けるところはないものというべきであり、Y社の就業規則のその後の改定内容からみれば、Xに対しても別居手当・住宅手当の支給継続、一時帰省旅費の支給など経済的援助の拡充を検討する余地があったと考えられるが、特段の事情が認められない限り、別居手当・住宅手当、一時帰省旅費を支給する単身赴任者の範囲及びその額については各企業の実情に応じた人事施策に委ねられるべきものと考えられ、配慮義務の違反があったとすべき特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

不法行為性について判断)
本件転勤命令は、Xの単身赴任を余儀なくし、夫婦・親子が同居し、家族生活を営む権利、夫婦が協力して子を養育する権利、子供が両親から養育を受ける権利という基本的人権を侵害するものであると主張するが、Xら家族の諸々の不利益を考慮した上でなお本件転勤命令が適法なものであることはXの請求に対する判断において説示したとおりであり、本件転勤命令に基づきXが名古屋に単身赴任することを選択したものである。したがって、家族が同居していた当時に享受していた家庭生活上の安定が損われ、監護養育環境が変わったからといって本件転勤命令に違法があるとはいえないから、右Xらの請求は理由がない。

②第二審の判決(東京高判平8.5.29労判694号29頁)

(本件転勤命令の適否についての判断)
Xは、XがY社と労働契約を締結したのは、29歳代の初めの独身のころであるから、15年も経過した後まで、右合意に拘束されるものと解することはできないと主張するが、前記労働契約書及び就業規則の文言及び内容に照らして、労働契約に右のような期限があるものと解釈することはできず、採用の限りではない。
Xは、本件転勤命令は、単なるローテーション人事であり、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚などとは結びつかないものであるから、業務上の必要性は存在しないと主張する。しかし、Y会社が、長年にわたって、医薬情報担当者の人材育成と人的組織の有効活用等に効果があるものとして、広域的な人事異動を実施している以上、右のような人事異動の施策には、合理性があるものと解すべきであるから、Xの右主張は採用できない。

公序良俗違反についての判断)
Xは、本件転勤命令は、Xの単身赴任を余儀なくさせ、Aと同居して子供を監護養育することを困難にさせたので、基本的人権である「家族生活を営む権利」を侵害し、また、「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」等の趣旨に反するものであるから、公序良俗に違反するなどと主張する。
しかし、右主張は次のとおり採用できない。すなわち、①Y社は、長年にわたり、人材育成と人的組織の有効活用の観点から、医薬情報担当者等について、広域的な人事異動を実施しているところ、Xは、入社以来昭和60年3月まで15年間都内地域(山梨担当の三年を含む。)の営業を担当してきており、都内を担当する職員の中で最も担当期間の長い職員の一人であったことに照らすならば、Xについてのみ、特別の事情もなく、異動の対象から除外することは、かえって公平を欠くことになるといえること、②これに対して、本件転勤命令によってXの受ける経済的・社会的・精神的不利益は、社会通念上甘受すべき範囲内のものということができること、特に、③本件転勤命令における転勤先である名古屋と東京とは、新幹線を利用すれば、約二時間程で往来できる距離であって、子供の養育監護等の必要性に応じて協力することが全く不可能ないし著しく困難であるとはいえないこと、④Y社は、支給基準を充たしていないにもかかわらず、別居手当を支給したほか、住宅手当(赴任後一年間)を支給したことなど一応の措置を講じていることなどの事情を考慮すると、本件転勤命令により、Xが単身赴任を余儀なくされたからといって、公序良俗に違反するものということはできない。したがって、本件転勤命令が公序良俗に違反するとのXの右主張は理由がない。
なお、Xは、労働契約及び就業規則が、Xらの「家族生活を営む権利」等を侵害することを許容する趣旨を含んでいるとするならば、労働契約及び就業規則自体が公序良俗に違反するものとして無効とすべきであると主張するが、本件転勤命令が公序良俗に反しているとはいえない以上、右主張は前提において採用できない。また、Xは、そのような場合に、労働契約及び就業規則の効力を限定的に解釈すべきであるとも主張するが、家族生活を優先すべきであるとする考え方が社会的に成熟しているとはいえない現状においては、右主張も採用できない

よって、Xらの本訴請求は、いずれも理由がなく、これを棄却した原判決は正当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟
法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。


最高裁の判決(最二小判平11.9.17労判768号16頁)

Xに対しY社の東京第一営業所医薬第四課から名古屋営業所医薬第二課への転勤を命ずる本件転勤命令が、業務上の必要性に基づくものであって、不当な動機、目的をもってされたものではなく、Xらの被る経済的、社会的、精神的不利益が社会通念上甘受すべき程度を著しく超えるものということはできないなどとして、本件転勤命令は違法なものとはいえず、これをもって債務不履行又は不法行為に当たるとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。
右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、違憲をいう点を含め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定に沿わない事実を交え、独自の見解に立って原審の右判断における法令の解釈適用の誤りをいうものにすぎず、採用することができない。

3.解説

東亜ペイント事件(最二小判昭和61.7.14労判477号6頁)によって、配転命令の要件と無効になる場合については概ね次のように整理できる。
(1)配転命令ができる要件

  • 労働協約及び就業規則には、Y社は業務上の都合により従業員に転籍を命ずることができる旨の定めがること
  • 転勤を頻繁に行っていること

の2点を満たせば、労働者の個別の同意なしに、使用者は配転命令を命じることができる。

(2)配転命令が濫用となり無効となる場合

  • 業務上の必要性が存しない
  • 転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものである
  • 労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである

ような特段の事情がある場合は、配転命令は濫用となり無効となる。

本件は、北海道コカ・コーラボトリング事件(札幌地決平成9.7.23労判723号62頁)と同様に、配転命令において「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」が争点争われた事件であるが、家族の中に病人がいたケースであった北海道コカ・コーラボトリング事件とは異なり、育児をしなければならない子供がいるケースでは「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」を認めなかった裁判例である。その後、最高裁ケンウッド事件(最三小判平12.1.28労判774号7頁)でも、育児をしなければならない子供がいるケースで「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」を認めなかった。
長期雇用システム下において、企業が活発に人材の調整を行う人事管理を是認した判断といえるが、ケンウッド事件以後、平成13年(2001年)に改正された育児介護休業法は、子の養育または家族の介護状況に関する使用者の配慮義務を定め(同法26条)、平成19年(2007年)に制定された労働契約法は、「仕事と生活の調和」への配慮を労働契約の締結・変更の基本理念として規定する至った(同法3条3項)。加えて、少子化や労働者の健康の問題との関連で、ワーク・ライフ・バランスの社会的要請も高まっている。このような社会的状況のなかでは、今後は、配転命令の権利濫用判断における「転勤に伴い通常甘受すべき程度の不利益」であるか否かの判断基準は、「仕事と生活の調和」の方向へ修正されていくことが予想されよう。企業の人事管理も、家族の介護のみならず育児のための必要性、夫婦や家族の一体性などに対しより丁寧な配慮が必要とされていくものと思われる。菅野和夫『労働法』第十二版732頁引用)