社会保険労務士川口正倫のブログ

横浜市の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ



【固定残業代】イクヌーザ事件(東京地判平29.10.26労経速第2335号19頁)

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イクヌーザ事件(東京地判平29.10.26労経速第2335号19頁)

審判:第一審
裁判所名:東京地方裁判所
事件番号:平成28年(ワ)13227号
裁判年月日:平成29年10月26日
裁判区分:判決

1.事件の概要

Xは、アクササリーや貴金属製品等の企画・製造・販売等を営むY社に勤務していたが、退職後に、基本給に組み込まれていた月80時間の時間外労働に対する固定残業代が無効であるとして、Y社に対し、時間外労働等に係る割増賃金等の支払いを求めて提訴したのが本件である。
なお、本件の判決を不服としてXは控訴している。
第二審はこちらを参照⇒【固定残業代】イクヌーザ事件(東京高判平30.10.4労判1190号5頁)

雇用契約の概要】
XとY社は、平成26年1月6日、以下の内容の期間の定めのない雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結した(なお、賃金に固定残業代が含まれるか否かについては、当事者間において争いがある。)。
ア 雇用形態:正社員
イ 就業場所:東京都A区B○丁目○番○号Cビル○階
ウ 従事する業務:事業推進のためのアシスタント兼PRアシスタント業務
エ 勤務時間:午前9時から午後6時まで(休憩時間正午から午後1時まで)
オ 休日:土曜日・日曜日・祝祭日・夏季休暇・年末年始
カ 賃金:23万円(平成26年4月16日以降は26万円)
キ 賃金支払時期:毎月15日締め当月25日払い

2.判決の要旨

争点1 時間外、深夜労働の有無及びその時間数

Y社においては、タイムカードにより従業員の出退勤時間を管理し、これに基づいて、毎月、給与明細に時間外、深夜労働時間数を記載しているところ、Xについても、タイムカードに記載された出退勤時間に基づく時間外、深夜労働時間数と給与明細に記載された時間外、深夜労働時間数とは概ね一致している上、Y社は、給与明細に記載された時間外労働時間(ただし、そこからY社が固定残業代の対象と主張する1か月80時間の時間外労働を控除した時間)及び深夜労働時間について、残業手当及び深夜手当を支払っているのであるから、少なくとも上記時間数については、Y社自らXの実労働時間として承認していたものと解される。
これに対し、Y社は、Xの業務は、時間外労働を要するようなものではない上、入社直後からタイムカードの打刻漏れが極めて多く、手書きされた出退勤時間とY社事務所のカードキーによるセキュリティーセットの時間が齟齬するなど、Xのタイムカードにおける出退勤時間には信用性が認められず、給与明細記載の時間外、深夜労働時間数も便宜上記載されたもので、実労働時間とは異なると主張する。
この点、Xのタイムカードの出退勤時間には手書き部分があること、手書きされた出退勤時間とY社事務所のカードキーによるセキュリティーセットの時間には齟齬する部分があることが認められるものの、上記齟齬は一部にとどまる上、Xは、Y社の業務のほか、訴外E社に関する業務にも従事しており、E社で業務した場合や取引先・イベント会場等に直行したり、直帰した場合には、後に手書きでタイムカードに出退勤時間を記載していたものと認められることに照らすと、Xのタイムカードにおける出退勤時間は概ね信用することができる。
また、Y社においては、D社長ないし財務担当者がXのタイムカードを毎月確認し、これを社会保険労務士に送付して、給与計算及び給与明細の作成を依頼していたことが認められるところ、給与明細記載の時間外、深夜労働時間数が便宜上記載されたものと解することも困難である。
以上によれば、Xの平成26年1月6日から平成27年5月31日までの間の時間外、深夜労働時間数は、給与明細に記載された時間外、深夜労働時間数に基づき、「給与明細ベース」の「時間外合計」及び「深夜合計」欄記載のとおりと認めるのが相当である。

争点2 固定残業代の定めの有無及びその効力について

ア 本件雇用契約においては、80時間分の固定残業代として、平成26年1月から同年4月支給分までは8万8000円を支給し、同年5月から平成27年6月支給分までは9万9400円を支給すると定められ、これに基づき固定残業代が支給されていたものと認められる(なお、Y社の賃金規程第12条にも、固定残業代に関する定めが存在するものの、同賃金規程がXを含む従業員に対し、周知されていたと認めるに足りる証拠はない。)。

イ これに対し、Xは、固定残業代の定めが有効とされるためには、その旨が雇用契約上、明確にされていなければならず、また、給与支給時にも固定残業代の額とその対象となる時間外労働時間数が明示されていなければならないところ、Xが受領した給与明細には、基本給に含まれる固定残業代の額及びその対象となる時間外労働時間数が記載されておらず、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外労働の割増賃金に当たる部分を判別することができないと主張するが、Y社は、本件雇用契約における基本給に80時間分の固定残業代(8万8000円ないし9万9400円)が含まれることについて、本件雇用契約書ないし本件年俸通知書で明示している上、給与明細においても、時間外労働時間数を明記し、80時間を超える時間外労働については、時間外割増賃金を支払っていることが認められ、基本給のうち通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外労働の割増賃金の部分とを明確に区分することができるから、Xの上記主張は採用することができない。
また、Xは、本件雇用契約における平成26年4月16日以降の固定残業代の額も8万8000円であることを前提として、これは80時間分の時間外割増賃金額を大きく下回っており、給与支給時に固定残業代の額及びその対象となる時間外労働時間数が明示されていなければ、労働基準法所定の残業代が支払われているか否か不明となるとも主張するが、同日以降の固定残業代は9万9400円である上、本件雇用契約における固定残業代は、年間休日日数の違いから、80時間分の時間外割増賃金額にわずかに足りない(平成26年1月から同年4月支払分につき1118円〔891.18円×1.25×80時間-8万8000円=1118円。〕、同年5月から同年12月支払分につき1391円〔1007.91円×1.25×80時間-9万9400円=1391円〕、平成27年1月から同年6月支払分につき975円〔1003.75円×1.25×80時間-9万9400円=975円〕)ものの、これにより上記固定残業代の定めが無効になると解することはできない。
さらに、Xは、Y社が主張する固定残業代の対象となる時間外労働時間数は、厚生労働省ガイドラインが定める限度時間(1か月45時間)を大幅に超えるとともに、いわゆる過労死ラインとされる時間外労働時間数(1か月80時間)に匹敵するものであるから、かかる固定残業代の定めは公序良俗に反し無効であると主張するが、1か月80時間の時間外労働が上記限度時間を大幅に超えるものであり、労働者の健康上の問題があるとしても、固定残業代の対象となる時間外労働時間数の定めと実際の時間外労働時間数とは常に一致するものではなく、固定残業代における時間外労働時間数の定めが1か月80時間であることから、直ちに当該固定残業代の定めが公序良俗に反すると解することもできない。

ウ 以上によれば、本件雇用契約における上記固定残業代の定めは有効である。