社会保険労務士川口正倫のブログ

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国際自動車事件(最一小判令2.3.30・平成30(受)908)

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国際自動車(最一小判令2.3.30・平成30(受)908)

残業代が多くなるほど歩合給を減らす賃金制度を設けていたタクシー会社の賃金規程が労働基準法に違反するという、最高裁判所の判決がありました。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/433/089433_hanrei.pdf

1.事件の概要

Xらは、タクシー会社であるY社にタクシー乗務員として勤務していた。Xらが、歩合給の計算に当たり売上高(揚高)等の一定割合に相当する金額から残業手当等に相当する金額を控除する旨を定めるY社人の賃金規則上の定めが無効であり、Y社は、控除された残業手当等に相当する金額の賃金の支払義務を負うなどと主張して、Y社に対して、未払賃金等の支払を求める事案である。

【問題となった歩合給】

歩合給(1)は、次のとおりとする。
対象額A-{割増金(深夜手当、残業手当及び公出手当の合計)+交通費}

歩合給(2)は、次のとおりとする。
(所定内税抜揚高-34万1000円)×0.05

対象額A=(所定内税抜揚高-所定内基礎控除額)×0.53+(公出税抜揚高-公出基礎控除額)×0.62

2.判決の概要

原審は、上記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断し、Xらの請求をいずれも棄却すべきものとした。
タクシー乗務員に支給される賃金として本件賃金規則が定めるもののうち、基本給、服務手当、歩合給(1)及び歩合給(2)が通常の労働時間の賃金に当たる部分となり、割増金を構成する深夜手当、残業手当(法内時間外労働の部分を除く。)及び公出手当(法定外休日労働の部分を除く。)が労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分に該当することになるから、本件賃金規則においては、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とが明確に区分されて定められているということができる。そして、本件賃金規則において割増賃金として支払われた金額(割増金の額)は、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として労働基準法37条並びに政令及び厚生労働省令(以下、これらの規定を併せて「労働基準法37条等」という。)に定められた方法により算定した割増賃金の金額を下回らないから、Xらに支払われるべき未払賃金があるとは認められない。

しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(1)ア 労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される(最高裁昭和44年(行ツ)第26号同47年4月6日第一小法廷判決・民集26巻3号397頁、最高裁平成28年(受)第222号同29年7月7日第二小法廷判決・裁判集民事256号31頁、最高裁同年(受)第842号同30年7月19日第一小法廷判決・裁判集民事259号77頁参照)。また、割増賃金の算定方法は、労働基準法37条等に具体的に定められているが、労働基準法37条は、労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、使用者が、労働契約に基づき、労働基準法37条等に定められた方法以外の方法により算定される手当を時間外労働等に対する対価として支払うこと自体が直ちに同条に反するものではない(第1次上告審判決、前掲最高裁平成29年7月7日第二小法廷判決、前掲最高裁同30年7月19日第一小法廷判決参照)。
他方において、使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、その前提として、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である(最高裁平成3年(オ)第63号同6年6月13日第二小法廷判決・裁判集民事172号673頁、最高裁同21年(受)第1186号同24年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事240号121頁、第1次上告審判決、前掲最高裁同29年7月7日第二小法廷判決参照)。そして、使用者が、労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において、上記の判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するところ、当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは、当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきであり(前掲最高裁平成30年7月19日第一小法廷判決参照)、その判断に際しては、当該手当の名称や算定方法だけでなく、上記アで説示した同条の趣旨を踏まえ、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないというべきである。

(2)ア Y社は、Xらが行った時間外労働等に対する対価として、本件賃金規則に基づく割増金(深夜手当、残業手当及び公出手当)を支払い、これにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったものであると主張する。そこで、前記(1)で説示したところを前提として、上記主張の当否について検討する。
割増金は、深夜労働、残業及び休日労働の各時間数に応じて支払われることとされる一方で、その金額は、通常の労働時間の賃金である歩合給(1)の算定に当たり対象額Aから控除される数額としても用いられる。対象額Aは、揚高に応じて算出されるものであるところ、この揚高を得るに当たり、タクシー乗務員が時間外労働等を全くしなかった場合には、対象額Aから交通費相当額を控除した額の全部が歩合給(1)となるが、時間外労働等をした場合には、その時間数に応じて割増金が発生し、その一方で、この割増金の額と同じ金額が対象額Aから控除されて、歩合給(1)が減額されることとなる。そして、時間外労働等の時間数が多くなれば、割増金の額が増え、対象額Aから控除される金額が大きくなる結果として歩合給(1)は0円となることもあり、この場合には、対象額Aから交通費相当額を控除した額の全部が割増金となるというのである。本件賃金規則の定める各賃金項目のうち歩合給(1)及び歩合給(2)に係る部分は、出来高払制の賃金、すなわち、揚高に一定の比率を乗ずることなどにより、揚高から一定の経費や使用者の留保分に相当する額を差し引いたものを労働者に分配する賃金であると解されるところ、割増金が時間外労働等に対する対価として支払われるものであるとすれば、割増金の額がそのまま歩合給(1)の減額につながるという上記の仕組みは、当該揚高を得るに当たり生ずる割増賃金をその経費とみた上で、その全額をタクシー乗務員に負担させているに等しいものであって、前記(1)アで説示した労働基準法37条の趣旨に沿うものとはいい難い。また、割増金の額が大きくなり歩合給(1)が0円となる場合には、出来高払制の賃金部分について、割増金のみが支払われることとなるところ、この場合における割増金を時間外労働等に対する対価とみるとすれば、出来高払制の賃金部分につき通常の労働時間の賃金に当たる部分はなく、全てが割増賃金であることとなるが、これは、法定の労働時間を超えた労働に対する割増分として支払われるという労働基準法37条の定める割増賃金の本質から逸脱したものといわざるを得ない。

イ 結局、本件賃金規則の定める上記の仕組みは、その実質において、出来高払制の下で元来は歩合給(1)として支払うことが予定されている賃金を、時間外労働等がある場合には、その一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払うこととするものというべきである(このことは、歩合給対応部分の割増金のほか、同じく対象額Aから控除される基本給対応部分の割増金についても同様である。)。そうすると、本件賃金規則における割増金は、その一部に時間外労働等に対する対価として支払われるものが含まれているとしても、通常の労働時間の賃金である歩合給(1)として支払われるべき部分を相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。そして、割増金として支払われる賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかは明らかでないから、本件賃金規則における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできないこととなる。
したがって、Y社のXらに対する割増金の支払により、労働基準法37条の定める割増賃金が支払われたということはできない。

ウ そうすると、本件においては、上記のとおり対象額Aから控除された割増金は、割増賃金に当たらず、通常の労働時間の賃金に当たるものとして、労働基準法37条等に定められた方法によりXらに支払われるべき割増賃金の額を算定すべきである。

5 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、Y社がXらに対して支払うべき未払賃金の額等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。