社会保険労務士川口正倫のブログ

横浜市の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ



【固定残業代】イクヌーザ事件(東京高判平30.10.4労判1190号5頁)

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イクヌーザ事件(東京高判平30.10.4労判1190号5頁)

審判:第二審
裁判所名:東京高等裁判所
事件番号:平成30年(ネ)3303号
裁判年月日:平成30年10月4日
裁判区分:判決

1.事件の概要

Xは、アクササリーや貴金属製品等の企画・製造・販売等を営むY社に勤務していたが、退職後に、基本給に組み込まれていた月80時間の時間外労働に対する固定残業代が無効であるとして、Y社に対し、時間外労働等に係る割増賃金等の支払いを求めて提訴したが、第一審がXの請求を認めなかったため、控訴したのが本件である。
第一審はこちらを参照⇒【固定残業代】イクヌーザ事件(東京地判平29.10.26労経速第2335号19頁)

雇用契約の概要】
XとY社は、平成26年1月6日、以下の内容の期間の定めのない雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結した(なお、賃金に固定残業代が含まれるか否かについては、当事者間において争いがある。)。
ア 雇用形態:正社員
イ 就業場所:東京都A区B○丁目○番○号Cビル○階
ウ 従事する業務:事業推進のためのアシスタント兼PRアシスタント業務
エ 勤務時間:午前9時から午後6時まで(休憩時間正午から午後1時まで)
オ 休日:土曜日・日曜日・祝祭日・夏季休暇・年末年始
カ 賃金:23万円(平成26年4月16日以降は26万円)
キ 賃金支払時期:毎月15日締め当月25日払い

2.判決の要旨

本件固定残業代の定めは、基本給のうちの一定額を月間80時間分相当の時間外労働に対する割増賃金とすることを内容とするものである。
ところで、厚生労働省は、業務上の疾病として取り扱う脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準(平成22年5月7日付け基発0507第3号による改正後の厚生労働省平成13年12月12日付け基発第1063号)として、発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超えて時間外労働が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること、発症前1か月におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できることを示しているところである。このことに鑑みれば、1か月当たり80時間程度の時間外労働が継続することは、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の疾病を労働者に発症させる恐れがあるものというべきであり、このような長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定して、基本給のうちの一定額をその対価として定めることは、労働者の健康を損なう危険のあるものであって、大きな問題があるといわざるを得ない。そうすると、実際には、長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定していたわけではないことを示す特段の事情が認められる場合はさておき、通常は、基本給のうちの一定額を月間80時間分相当の時間外労働に対する割増賃金とすることは、公序良俗に違反するものとして無効とすることが相当である。
これを本件について見るに、本件賃金規程は、基本給のうちの一定額(時間外月額)につき、これが所定労働時間を超えて勤務する見込時間に対する賃金である旨を定めているのであり、この規定ぶりからして、本件固定残業代の定めは、Xにつき少なくとも月間80時間に近い時間外勤務を恒常的に行わせることを予定したものということができる。そればかりでなく、実際にも、本件雇用契約に係る14か月半の期間中に、Xの時間外労働時間数が80時間を超えた月は5か月、うち100時間を超える月が2か月あり、また、時間外労働時間数が1か月に100時間を超えるか、2か月間ないし6か月間のいずれかの期間にわたって、1か月当たり80時間を超える状況も少なからず生じていたことが認められるのであって、このような現実の勤務状況は、Xにつき上記のとおり月間80時間に近い長時間労働を恒常的に行わせることが予定されていたことを裏付けるものである。
以上によれば、本件固定残業代の定めは、労働者の健康を損なう危険のあるものであり、公序良俗に違反するものとして無効とすることが相当であり、この結論を左右するに足りる特段の事情は見当たらない。
これに対し、Y社は、Xがその主張するような時間数の時間外労働を行っていた事実や、Y社がXに恒常的に月間80時間前後の残業をさせようとしていた事実はない旨主張するが、これらの主張を採用し得ないことは、・・・・に述べたとおりである。また、Y社は、Xが本件雇用契約締結に当たり本件固定残業代の定めにつき同意していたことや、Xの採用の経緯、勤務中のXの行為、訴訟態度等を挙げて縷々主張するが、これらの諸点はいずれも本件固定残業代の定めが公序良俗に違反するものであることを否定する理由になるものではない。
さらに、Y社は、本件固定残業代の定めが公序良俗に反すると判断される場合であっても、月45時間の残業に対する時間外賃金を定額により支払う旨の合意があったと解することがX及びY社の合理的意思に合致する旨主張する。しかしながら、実際に、本件雇用契約の締結からXの退職に至るまでの間に、XとY社との間で、月45時間の残業に対する時間外賃金を定額により支払う旨の合意がされたことを基礎付けるような事情は何も認められないのであって、厚生労働省ガイドラインにおいて、労働基準法36条1項の協定で定める労働時間の延長につき、1か月につき45時間の限度時間を超えないものとしなければならないこととされていることを踏まえても、Y社主張のような合意についてはこれを認定する根拠に欠けるというほかなく、同主張を採用することはできない。
また、本件のような事案で部分的無効を認めると、とりあえずは過大な時間数の固定残業代の定めをした上でそれを上回る場合にのみ残業手当を支払っておくとの取扱いを助長するおそれがあるから、いずれにしても本件固定残業代の定め全体を無効とすることが相当である。