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新栄不動産ビジネス事件(東京地判令元.7.24労経速2401号19頁)

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新栄不動産ビジネス事件(東京地判令元.7.24労経速2401号19頁)

1.事件の概要

本件は、建物の総合管理業務等を業とするY社の正社員として、ホテルの設備管理業務等に従事していたXらが、被告に対し、平成26年7月1日から平成28年7月31日までの間(以下「本件請求期間」という。)における時間外労働に係る賃金の支払い等を求める事案である。

Y社は、平成23 年5 月1 日、訴外株式会社C(以下「C」という。)との間で、Fホテル(以下「本件ホテル」という。)の設備総合管理業務について、C を委託者、Y社を受託者とする業務委託契約を締結し、以下の業務をC から受託した。
Xらは、本件ホテルにおいて、Y社の定めるシフト表(以下「A シフト」「B シフト」「L シフト」などという。)に基づき、次の当該業務に従事した。
 (ア)運転監視業務
 (イ)日常巡視点検業務
 (ウ)小修理(常駐設備員で対応が可能な軽微なもの)
 (エ)定期点検・測定・整備業務
 (オ)電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安監督業務


2.判決の概要

争点1 B シフトの仮眠時間が労働時間に当たるか

(Xらの主張)
(ア)Xらは、仮眠時間(午前零時から午前6 時)に、仮眠室(本件ホテル内の中央監視室及び蓄電池室)で仮眠をとることになっていたが、Y社や本件ホテルからは、仮眠時間中でも設備に異常が生じた場合には対応するよう指示されていた。また、仮眠室の一つである中央監視室にはモニターが3 つあり、ホテル内の設備に異常がある場合には、ピーピーと警報音が鳴る仕組みになっていたため、音が鳴った場合には、現場に必ず様子を見に行き、対処の要否を判断していた(対処の必要がない場合に記録を残すことまではしていなかった)。本件ホテルは古く、設備に異常が発生しやすいため、Xらは眠ることができない日も多かったし、漏水などの大きなトラブルが起きた場合には一睡もできないこともあった。
(イ)設備に異常が発生していない時であっても、Xらは、設備の修理等のため本件ホテルを訪問する外部業者等への対応をしなければならなかった。外部業者が夜中しか対応できない場合には、修理に立ち合うために起きていなければならないこともあり、常に気を張っていなければならない状態であったし、仮眠室から自由に離れることが認められていたとも認識していない。
(ウ)Xらは、Y社において、時間外勤務申請書を提出する必要があることは知らされていなかった。
(エ)したがって、Xらが、仮眠時間に労働から完全に解放されていたとはいえず、当該時間は労働時間に当たる。

(Y社の主張)
(ア)Xらには所定の仮眠時間があり、Y社は、この間にXらから労務の提供を受けておらず、Xらが仮眠時間に業務を行う必要性もなかった。
(イ)本件ホテル内で設備の異常やトラブルが発生した場合、B シフト勤務担当者は仮眠時間中であっても対応することが求められたものの、Y社は、従業員に対し、仮眠時間中の依頼については可能な限り対応時間をずらずように指導していた。本件ホテルの設備に異常が発生するとしても、ホテル内での稼働が多くなる朝方に集中しており、仮眠時間に発生することはほとんどなかった。なお、本件ホテルで起きた重大事故としては、揚水ポンプの不具合があるが、平成25 年3 月9 日に発生したものであって、同日時点でX1 は入社前であり、X2 は勤務日ではなかったから、本件とは無関係の事情にすぎない。外部業者に依頼して修理を行う場合も、ホテルの宿泊客がいない昼間に行うことが多かったため、仮眠時間にB シフト勤務担当者の立ち会いが必要となることはほとんどなかった。
したがって、Xらの仮眠時間に実作業の必要が生じることは皆無に等しく、実質的には設備の異常やトラブル等の対応の義務付けはされていなかった。
(ウ)Xらが仮眠時間における労務提供の裏付けとして提出しているGは、本件ホテルの許可なく違法に持ち出されたもので証拠能力を否定されるべきであり、また、本訴訟に提出された経緯からして、Xらによる改ざんの可能性があり、その内容には信用性がない。
(エ)加えて、Xらは、散歩や喫煙等で仮眠室を離れることも認められており、場所的な拘束もなく、仮眠時間に労働から完全に解放されていた。
(オ)仮に、Xらが仮眠時間に労務を提供していたとしても、Xらは時間外勤務申請書を提出しておらず、Y社は時間外労働の対価を支払う義務を負わない。

(裁判所の判断)
【判断基準】
労働基準法32 条の労働時間(以下「労働基準法上の労働時間」という。)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、実作業に従事していない仮眠時間(以下「不活動仮眠時間」という。)が労働基準法上の労働時間に該当するか否かは、労働者が不活動仮眠時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものというべきである(最高裁平成12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁 三菱重工業長崎造船所(一次訴訟・会社側上告)事件 参照)。そして、不活動仮眠時間において、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる。したがって、不活動仮眠時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労働基準法上の労働時間に当たり、当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である(最高裁平成14年2月28日第一小法廷判決・民集56巻2号361 頁 大星ビル管理事件 参照)。

【当てはめ】
そこで検討すると、Xらは、午前零時から午前6 時までの間は、仮眠時間として本件ホテル内の仮眠室(中央監視室及び蓄電池室)において仮眠をとることとなっていたものの、中央監視室には、設備管理モニターが3 台設置され、仮眠時間中でも設備に異常が発生すれば、警報音が鳴る仕組みになっていたこと等の点を含む仮眠室の状況、クレーム表や日報からうかがわれるB シフト勤務担当者の実作業の状況や頻度等に照らせば、XらはY社と本件ホテルとの間の業務委託契約に基づき、Y社従業員として、本件ホテルに対し、労働契約上、役務を提供することが義務付けられており、使用者であるY社の指揮命令下に置かれていたものと評価するのが相当である。なお、日報の記載内容については、外部業者への対応は予定時間等を含むものであり、その時間帯にも一定の幅があることから、正確な訪問時刻や作業時間を特定することは困難であるものの、外形的な日数や外部業者による作業の内容からしても、Xらを含むY社従業員のB シフト勤務担当者において、外部業者への対応に相応の時間を要し、仮眠時間中にもそのような事態が発生したであろうことは、合理的に推認できるところである。

この点、Y社は、実作業の必要が生じることが皆無に等しいなど実質的にXらによる役務提供の義務付けがされていない場合に当たると主張する。しかしながら、そもそも、Y社は、本件ホテル内で異常やトラブルが発生した場合には、仮眠時間中であっても対応が求められていたことを前提とした上で、仮眠時間中の対応の要否について、従業員に対し、仮眠時間中の依頼であっても可能な限り対応時間をずらすように指導していたと主張しているのであって、仮眠時間中でも設備に異常が生じた場合等には対応するようY社や本件ホテルから指示されていたという限度において、Xらの主張とも一致する主張をしている。また、当時のY社本社事業本部本部長であったw3 氏は、本件ホテルに対し、仮眠時間中の対応等について明確に申し入れを行ったのは、Xらの退職の数か月程度前である平成28年6、7 月頃であったとも述べており、それ以前に、Y社から本件ホテルに対し、B シフト勤務担当者が仮眠時間中、実作業に従事しなくともよいよう何らかの申し入れがなされていたとしても、XらがY社に在籍していた本件請求期間中において、仮眠時間中の対応を必要とせず、実作業の必要が生じることが皆無に等しいといえるほどにY社の上記指示が徹底されていたことはうかがわれない。
Y社は、仮眠時間中にB シフト勤務担当者が仮眠室を離れることも認められていたと主張するが、中央監視室の設備管理モニターが異常時に警報音を鳴らす仕組みになっていたため、実際には何らかの対応を求められることになることや、Xらが仮眠室を離れることを認められているとの認識を持っていなかったことにも照らせば、場所的な拘束がなかったともいえない。
上記認定に反する証人w3 の証言、同人の陳述書、関係者の陳述書及び本訴訟の口頭弁論終結期日に追加提出された関係者らの陳述書は、その内容に照らし、採用することができない。
なお、もう一つの仮眠室である蓄電池室には設備管理モニターは設置されていなかったが、大きな異常やトラブル対応の際には、蓄電池室で仮眠中のB シフト勤務担当者の応援も必要となることがあり、実際にB シフト勤務担当者二人で対応することもあったことからすれば、蓄電池室で仮眠をとっていたB シフト勤務担当者についても労働から完全に解放されていたと評価することはできないから、仮眠室が異なるとの一事情をもって上記認定が左右されることはないというべきである。

以上によれば、実作業の必要が生じることが皆無に等しいなど実質的にXらによる役務提供の義務付けがされていないと評価できるような事情を認めることはできず、本件全証拠に照らしても、上記の推認を覆すような事情は見当たらないから、Y社の上記主張には理由がない。

次に、日報の証拠能力及び信用性について検討する。
この点、X2 が日報を本件ホテルから持ち出した行為自体は、Y社とC との間の業務委託契約守秘義務条項に抵触し得るものであるとしても、本訴訟において、Xらが仮眠時間に労務を提供していた事実を立証するに当たり、日報は欠くことができないものであり、クレーム表が、結果として本件請求期間の最終月分しか存在していないことにもかんがみれば、日報の証拠価値は高い。そして、その取得経緯や態様に照らせば、X2 の行為が訴訟法上の信義則に反するものであって、違法収集証拠に当たるとして、その証拠能力を否定すべき事情があるとまではいえない。また、Y社は、日報が本訴訟に提出された経緯等に照らし、Xらによる改ざんのおそれ等を指摘するが、いずれも抽象的なものにとどまり、日報の信用性を否定すべき具体的な事情とまで評価することはできない。

さらに、Y社は、時間外に業務を行う場合には、事前又は事後に時間外勤務申請書を提出することを従業員らに義務付けていたにもかかわらず、Xらはこれを怠ったと主張するものの、本件請求期間のうち、平成27 年11 月27 日より前の期間については、就業規則上の定めはなく、平成27年11月27日からXらの退職日までの間におけるY社の就業規則には、あらかじめ会社に申し出て業務命令を受けることを従業員に義務付ける旨の定めがあるものの、Xらの供述に照らすと、Y社が主張するような措置が周知されていたか疑義がある。
仮に、Xらに同規定の適用があるとしても、そもそも、労働時間と認められるか否かは、当該時間における労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって(最高裁平成12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁 三菱重工業長崎造船所(一次訴訟・会社側上告)事件 参照参照)、時間外勤務申請書の提出及びそれに対する許可といった手続の有無によって直ちに決せられるものでもない。
また、従業員が会社の許可なく時間外勤務等に従事した場合に、会社が賃金等を支払わないことができるのは「労働の事実確認をすることができない場合」であって、Xらが形式的に同申請書を提出していないからといって、本来労働時間として評価すべきものについて、Y社がそれに対する賃金支払義務から免れることができるわけではないから、Y社の主張は採用できない。

争点2 変形労働時間制の有効性について

① 1 か月単位の変形労働時間制の有効性(平成26 年7月1 日から平成27年11月30日までの間及び平成28年4月1日から同年9 月30 日(原告らの退職日)までの間)

(Xらの主張)
平成26 年7 月1 日から平成27年11月30日までの間の就業規則においては、勤務パターンごとの始業終業時刻、勤務パターンの組み合わせ、勤務割表(シフト表)の作成手続及び周知手続が全く定められておらず、1 か月単位の変形労働時間制が適用されるために必要な特定の要件を欠いており、無効である。
平成28 年4月1日からの就業規則においても、勤務パターンごとの始業終業時間が定められているものの、実際のシフトとは異なっているため、同様に特定の要件を欠いており、無効である。

(Y社の主張)
Y社は、平成26 年7 月1 日から平成27年11月30日までの間及び平成28年4月1日から同年9月30日(Xらの退職日)までの間は、1 か月単位の変形時間労働制を採用していた。
平成26年7月1日から平成27年11月30日までの間については、就業規則7 条2 項において、職種、職場により1 か月単位の変形労働時間制を採用する旨が規定され、現場ごとに毎月1 日(1 か月の起算日)より前の段階で、各現場に配属された従業員の希望を元に1 か月を平均して1 週間の実労働時間が40 時間を超えない範囲で、シフトの割り当てをしたシフト表を作成して勤務日及び勤務時間をあらかじめ特定し、各従業員に通知していた。
平成28 年4 月1 日から同年9 月30 日(Xらの退職日)までの間については、就業規則10 条3 項において、1 か月単位の変形労働時間制について、シフトごとの始業時刻、終業時刻、休憩時間がパターン化されて明記されているところ、このうち、Xらの職場(本件ホテル)において採用されていたA シフトは就業規則上の「シフト①」、Bシフトは「シフト⑦」、L シフトは「シフト②」の始業時刻、終業時刻等にそれぞれ類似したものであるから、労働時間の特定もされている。

(裁判所の判断)
【判断基準】
労働基準法32 条の2 第1 項の定める1 か月単位の変形労働時間制は、使用者が、労使協定又は就業規則その他これに準ずるものにより、1 か月以内の一定の期間(単位期間)を平均し、1 週間当たりの労働時間が法定労働時間を超えない定めをした場合においては、法定労働時間の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において1 週の法定労働時間を、又は特定された日において1 日の法定労働時間を超えて労働させることができるというものであり、この規定が適用されるためには、単位期間内の各週、各日の所定労働時間を就業規則において特定する必要があるものと解される(最高裁平成14 年2 月28 日第一小法廷判決・民集56 巻2 号361 頁 大林ファシリティーズ(オークビルサービス)事件 参照)

【当てはめ】
(1)平成26 年7 月1 日から平成27 年11 月30 日までの間
当該期間に該当する就業規則7 条2 項において、毎月1 日を起算日とする1 か月単位の変形労働時間制とし、所定労働時間について、1 か月を平均して1 週間40 時間を超えない範囲で、1 日8 時間、1 週間40 時間を超えて勤務を命じることができる旨定められていることが認められる。
しかしながら、同就業規則においては、勤務パターンごとの始業終業時刻、勤務パターンの組み合わせ、勤務割表(シフト表)の作成手続及び周知手続が全く定められておらず、原告らの実際の勤務時間はシフト表により定められていたことが認められる。また、シフト表自体は、毎月1 日より前に従業員の希望を元に勤務日及び勤務時間を特定して作成されていたものの、シフト表からは、休憩時間や仮眠時間は明らかではない
以上を踏まえると、シフト表の記載に関わらず、単位期間における各日、各週の労働時間が就業規則において特定されていたと評価することはできない。
したがって、当該期間におけるY社の変形労働時間制の定めは、労働基準法32 条の2 の要件を充足しないものとして無効である。

(2)平成28 年4 月1 日から同年9 月30 日(Xらの退職日)までの間
上記認定のとおり、当該期間に該当する就業規則10 条3 項において、毎月1 日を起算日として、1 か月以内の一定の期間を平均して、1 週間の労働時間が40 時間を超えない範囲内で、特定された週に40 時間または特定された日に8 時間を超えて労働させることがある旨規定し、8 つの勤務パターンのうちいずれかのパターンを決定して変形期間の開始前までに従業員に対しシフト表等で通知する旨が定められている。
しかしながら、Xらが本件ホテルにおいて実際に適用されていた各シフトは、上記の勤務パターンと比較して、一部類似しているものの異なっており、かつ、シフト表からは、休憩時間や仮眠時間が明らかではなく、同就業規則上、該当するシフトの定めを欠く状態であったことが認められる。
以上を踏まえると、シフト表の記載に関わらず、単位期間における各日、各週の労働時間が就業規則において特定されていたと評価することはできない。
したがって、当該期間における被告の変形労働時間制の定めは、労働基凖法32 条の2 の要件を充足しないものとして無効である。


② 1 年単位の変形労働時間制の有効性(平成27年12月1日から平成28年3月31日までの間)

(Xらの主張)
平成27年12月1日から平成28年3月31日までの1年単位の変形労働時間制は就業規則に定められていない。また労使協定が有効に成立したともいえず、無効である。

(Y社の主張)
Y社は、平成27年12月1日から平成28年3月31日までの間は、1年単位の変形労働時間制を採用していた。
Y社は、同期間に有効な就業規則12条3項(甲4の2)において1か月単位又は1年単位の変形時間労働制を労使協定により別段定めた場合があり得ることを定め、労働基準監督署に対し、労働者の過半数代表者との間の協定をもって1年単位の変形労働時間制を届け出ている。労働基準法32条の4第2項及び同法施行規則12条の4第2項の手続は経ていなかったものの、シフト表を定めているのであり、実質的には勤務日及び勤務時間の特定においてXらを含む従業員に不利益はなく、当該期間については、変形労働時間制が適用されるべきである。

(裁判所の判断)
【判断基準】
労働基準法32条の4第1項の定める1年単位の変形労働時間制は、使用者が、労使協定により、①対象労働者の範囲、②対象期間、③特定期間、④労働日及び労働日ごとの労働時間の特定、⑤労使協定の有効期間について定めた上、1か月を超え1年以内の一定の期間(対象期間)を平均し、1週間当たりの労働時間が法定労働時間を超えない定めをした場合においては、法定労働時間の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において1週の法定労働時間を、又は特定された日において1日の法定労働時間を超えて労働させることができるというものである。

【当てはめ】
そこで検討すると、Y社が、労働基準法32条の4第2項及び同法施行規則12条の4第2項の手続を経ていないことは争いがない。また、平成27年11月27日付けの就業規則(変更)届を見ても、対象労働者の範囲等は不明確であり、そもそも有効な労使協定が存在したことをうかがわせる記載もない。そうすると、実際には、Xらを含む従業員らの労働日及び労働日ごとの労働時間がシフト表により明らかになっていたとしても、労働基準法32条の4の定める要件を充足していたと評価することはできない。

以上によれば、本件請求期間において、Y社がその有効性を主張する1か月単位及び1年単位の変形労働時間制は、いずれも労働基準法32条の2又は同条の4の要件を充足しないものとして無効であるから、Y社の主張を採用することはできない。

争点3 固定残業代の有効性について

(Xらの主張)
固定残業代制の採用は賃金の一部を残業代に変化させるものであり、労働条件の不利益変更に当たるところ、Xらはこれに同意しておらず、被告から就業規則の変更について知らされたこともない。また、固定残業代に関して、雇用契約書には何ら記載がなく、給与規程(12条3項)においては、月45時間相当分の時間外労働を含み、金額については個別に定めるとする旨が規定されているものの、個別の定めは何らされておらず、賃金台帳や給与明細からも、固定残業代の趣旨は不明であって、固定残業代制は有効とはいえない。

(Y社の主張)
Y社は、平成28年4月1日以降、固定残業代制を採用しており、これに伴う就業規則・給与規程の変更について、従業員に周知していた。
Y社の給与規程12条3項において、調整給を含む基本給には、1か月の給与につき45時間分の時間外労働に対する割増賃金が含まれる旨を定めており、Y社の経営判断として合理性があり、これに相当する時間外労働に対する割増賃金は支払済みである。

(裁判所の判断)
【判断基準】
割増賃金の算定方法は、労働基準法37条並びに政令及び厚生労働省令の関係規定(以下、これらの規定を「労働基準法37条等」という。)に具体的に定められているところ、同条は、労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるというべきであるから、使用者は、労働者に対し、雇用契約に基づき、時間外労働等に対する対価として定額の手当を支払う方法や基本給及び諸手当等にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払う方法により、同条の割増賃金の全部又は一部を支払うことができるものと解される(最高裁平成29年7月7日第二小法廷判決・裁判集民事256号31頁 医療法人Y事件 参照)。
そして、使用者が、労働者に対し、時間外労働等の対価として労働基準法37条所定の割増賃金を支払ったといえるためには、当該手当が割増賃金の支払の趣旨であるとの合意があることまたは基本給及び諸手当の中に割増賃金の支払を含むとの合意があること(以下「対価性」という。)を前提として、雇用契約における賃金の定めにつき、それが通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができること(以下「明確区分性」という。)が必要である(最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事240号121頁等 テックジャパン事件 参照)。

【当てはめ】
これを本件についてみると、対価性については、Y社の固定残業代制(いわゆる基本給組込型と解される。)に関する定め(給与規程12条3項)が、「調整給を含めた基本給」に「月45時間相当の時間外勤務割増賃金」を含む旨を定めていることからすれば、Y社として、時間外労働等に対する対価の支払いのため、上記固定残業代制を位置付けていたことは一応うかがわれる。
しかしながら、明確区分性について、同項は、あくまでも「調整給を含めた基本給」に「月45時間相当の時間外勤務割増賃金」を含む旨を定めているのみで、文言上も「調整給」が時間外割増賃金のみを指すのか、基本給部分にも時間外割増賃金が含まれるのかは明らかではなく、また、時間数の明示はあるものの、割増賃金の種類が示されておらず、通常の労働時間に対する賃金部分と割増賃金部分との比較対照が困難なものとなっている。そして、Y社において、Xらを含む従業員に対して、労働基準法所定の割増賃金額以上の支払がされたか否かの判断を可能とするような計算式が周知されており、実際に、当該計算式に従って割増賃金が計算され、超過した割増賃金が支払われているような事情もうかがわれない。
さらに、同項は「月45時間相当分の金額については個別に定めるものとする」と規定しているが、Xらについて当該金額を個別に定めたことの的確な立証はない。この点、当該個別の定めが「調整給」を指すのかどうかは不明であるところ、仮に「調整給」がそれに該当するとしても、Xらの雇用契約書には、「調整給」として個別の金額の記載はあるものの(X1は10万円、X2は8万円)、いずれもY社が固定残業代制を導入する以前(Xらの入社時)に作成されたものであり、当該記載をもって個別に定めたといえないことは明らかである(なお、この点について付言すると、Xらはいずれも、Y社が固定残業代制を導入したと主張する平成28年4月以前にY社に入社し、入社以降、「調整給」をそれぞれ支給されていたものであって、X1については、平成26年3月分給与(4月25日支払分)より調整給が10万円から11万円に増額された一方、X2については、平成28年5月分給与(6月24日支払分)より調整給が8万円から1万円に大幅に減額された(同時に、X2の基本給は15万円から23万円に増額された)ところ、調整給を含む基本給が45時間分の時間外労働に対する対価を含むものである旨のY社の主張を前提とすると、これらの調整給の金額変更に合理的な理由を見出すことはできず、Xらが、入社時や平成28年4月当時に、Y社から固定残業代制の説明を受けたことはないと供述しており、上記金額の変更に際して、Xらに対する特段の説明がなされたとも認められないことからすれば、対価性の要件についても疑義があるところである。)。

以上を踏まえると、結局、被告の主張する固定残業代制は、明確区分性及び対価性の要件をいずれも欠いていると言わざるを得ない。

以上によれば、Y社における固定残業代制は、労働基準法37 条所定の割増賃金の支払として認めることはできず、被告の主張には理由がない。