社会保険労務士川口正倫のブログ

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【固定残業代】ケンタープライズ事件(名古屋高判平30. 4.18労判1186号20頁)

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ケンタープライズ事件(名古屋高判平30. 4.18労判1186号20頁)

審判:第二審(高等裁判所)
裁判所名:名古屋地方裁判所
事件番号:平成29年(ネ)7号
裁判年月日:平成30年4月18日
裁判区分:判決

1.事件の概要

Xは、Y社が経営する飲食店(居酒屋)で店長として勤務していた。Y社は、Xには固定月額による役職手当を支払っていた。
 ところが、Y社の諸規程上は、役職手当の支給を受ける店長等には、①管理職として時間外手当、休日労働手当を支給しない、②管理監督者と認めがたい者については固定割増手当相当額として支給する、旨の規定があった。
 Xは、Y社を退職後、在職中の未払残業手当金等を求めて、Y社を提訴した。第一審は、Xの請求を一部認容したが、X及びY社双方が不服として控訴したのが本件である。

【一審判決の概要】
Xの主張する時間外労働のうち一部は認められ、一方で、Y社がXに支給していた役職手当については、管理監督者とは認められないため、必然的に役職手当のうち、割増賃金として支給される部分と純粋な役職手当として支給される部分について区別されるはずである。
そして、純粋な役職手当として支給される部分については、割増賃金の基礎となるため(労働基準法37条2項、同施行規則20条)、算定基礎の額は、Y社の賃金テーブル所定の基礎給を上回るが、Y社の賃金テーブルの役職手当には割増賃金として支給される部分と純粋な役職手当として支給される部分についての内訳の記載を欠いており、明瞭性を確保することができていないため、本件役職手当の支払いをもって時間外手当の支払いと見ることはできない。
なお、Xが労働基準法41条2号所定の管理監督者に含まれないことについては、X社とY社との間に争いはない。(本件も同様)

2.判決の要旨

争点1 Xの時間外労働の時間について

(1)タイムカードの信用性について
ア Y社は、タイムカードが労働時間の管理・記録に用いられるものであり、Xのタイムカードには出退勤時刻の打刻忘れの部分にXの手書きによる出退勤時間が記入され、正確な出勤日・出退勤時刻が打刻、記入されている可能性が極めて高いものであるから、Xの労働時間は、タイムカードに打刻された出退勤時刻及び手書きの記入等のみによって認定すべきものであり、他の証拠をもとに修正をして、タイムカードの記載と異なる労働時間を認定した原判決は、誤っていると主張する。
イ タイムカードに打刻された退勤時刻について
Xのタイムカードの退勤時刻の打刻は、本件店舗の他の従業員らのタイムカードに打刻された退勤時刻と分単位でおおむね共通していることに加え、閉店時刻(午後11時又は午後12時)の直後に打刻されているものが少なからずある。
閉店前から可能な範囲での清掃などの業務を行っていたとしても、業務終了時刻の1時間前である閉店時刻直後に従業員らが直ちに退勤することは困難であると考えられることに加え、原審証人Bも、閉店時刻から1時間働く必要があることを認める証言をしていることに照らせば、タイムカードに打刻された退勤時刻は実際の勤務終了時刻ではなく、Y社の従業員は、本件店舗の閉店直後に退勤時刻の打刻をするようにというY社の指示を受けて、勤務終了前にタイムカードに退勤時刻を打刻していたというXの原審供述は信用できるから、Xのタイムカードの退勤打刻時刻は、実際の退勤時刻を忠実に反映したものとは到底いえない。
ウ 出勤日について
Xは、Y社からタイムカード上は休日として月に6日分出退勤時間を打刻しない日を設けるよう指示されていたため、タイムカードに打刻せずに出勤した日が実際に存在し、打刻時刻についても、実際の労働時間より短い労働時間になるような打刻をするよう指示されていたため、上記指示に従って、Xのタイムカードを、他の社員がまとめて一緒に実態とは異なる打刻をすることもあったことから、タイムカードの記載は実態とは乖離しており、シフト表及びこの正確性を裏付ける日報により出勤日を認定すべきであると主張し、原審における本人尋問においてもこれに沿う供述をし、当審において、本件店舗から本部に送信されていた日報の画面を写真撮影したデータを提出した。
そして、日報と、タイムカードに出退勤時刻が打刻された日とを対比すると、Xのタイムカード上は時刻の打刻がない次の日について、日報に、Xの名字又は名前が記載されていることが認められる。
シフト表が、店長であったXが本件店舗を運営していくために実際に必要な人員を確保するために平成23年7月以降月2回作成していた予定表であること、日報が、本件店舗からY社本部宛てに日々送信されていた当日の営業報告であること、及び弁論の全趣旨によれば、当審で提出された日報のデータは、Xが証拠を保全するために、平成26年7月30日に、XのスマートフォンでY社のサイトにアクセスして画面をスクリーンショットした写真であると認められ、Y社主張のような改ざんがされた形跡は認められないし、Xの表示方法が名字の「X」、名前の「X」の二通りあることも、XがY社内で「X」と呼ばれていたことからすれば不自然なことではなく、信用性が認められること、そして、これらの日報の「本日の実績」欄の「電気、ガス、水道等の確認したもの」欄や「本日のコメント」欄に、Xの名字又は名前もしくは双方の記載がある日と、シフト表に記載されたXの出勤予定日(○と×が重ねて記載してある日を含む。)とが、Xがインフルエンザに罹患したために平成25年2月17日から21日の期間中に出勤予定であったのに出勤できなかった日を除いて、ほとんど一致していることからすれば、両者が一致する日については、Xのタイムカード上は出退勤時刻の打刻のない日であっても、Xは本件店舗に出勤して労働していたものと認めるべきであって、タイムカードに出退勤時刻の打刻等のない日に労働したことを認めるべきではないというY社の主張は採用できない。
そうすると、平成24年9月5日ないし平成25年12月12日のうち、・・・・(年月日が複数)・・・については、シフト表のXの欄に「○」印がつけられており、また、日報にも、Xの名字又は名前が記載されていて、シフト表と日報がXの出勤を一致して示しているから、これらの日には、Xはシフト表の記載どおり出勤し、一日勤務したと認めるのが相当である。

(2)Xの労働開始時刻等について
1時間以上前から勤務していたとは認められないものの、出勤している以上は、店長としての立場からして、午後2時前から働き始めたものと認めるのが相当である。しかし、午後2時より前の労働時間を具体的に認めるに足りる積極的な証拠がないことに照らすと、本件におけるXの労働時間を算定するためには、所定の始業時刻をもって労働開始時刻と認めるのが相当である。
(3)休憩時間について
Y社は、繁忙日には必要な人員を確保していたから休憩がとりづらかったとはいえない等と主張するが、XはY社の指示により人件費を抑制しており、休憩時間を確保できるほどのアルバイト人員を配置しておらず(XがY社の要求通り人件費を管理していたといえることは原審証人Bもこれを認めている。)、また、多くの人員を配置しなければならないほど繁忙な日には、店長であるXの繁忙度は更に増えたと認められるから、Y社の上記主張は採用できない。

(4)退勤時刻について
Xのタイムカードの退勤打刻時刻が、実際の退勤時刻を忠実に反映したものとは到底認められないことは、上記(1)イのとおりであり、タイムカードの打刻時刻が退勤時刻であるとの一Y社の主張は到底採用できない。

争点2 固定割増手当(役職手当)の有効性について

当裁判所も、Y社の賃金規程等による固定残業代(役職手当)の規定は違法無効であり、役職手当の支払をもって時間外手当の支払と認めることはできないと判断する。その理由は、次のとおり。

(1)Y社の賃金規程のうち、役職手当については、その中に割増賃金として支給される部分と、純粋な役職手当として支給される部分とに区分されるはずになり、役職手当として支給される部分については割増賃金の算定の基礎として除外されないから、割増賃金の算定の基礎とされるべき単価は基礎給と役職手当の一部となるが、後者の金額が明瞭でない。

(2)Y社は、役職手当には金額の幅があるから明示が不可能であると主張するが、そうであればなおいっそう割増賃金の算定の基礎となるべき単価の明示は不可能になる。

(3)Y社の賃金規定からは、役職手当のうち純粋に役職手当として支給される部分が直ちに計算できるわけではないから、割増賃金の金額が直ちに分からず、そればかりか賃金規程の第2条には、役職手当は全て割増賃金の基礎にならない旨の記載になっている。これでは割増賃金を認識することはできず、結局固定残業代の規定は違法無効である。