社会保険労務士川口正倫のブログ

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【退職勧奨】アジアエレクトロニクス事件(東京地判平14.10.29労判839号17頁)

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アジアエレクトロニクス事件(東京地判平14.10.29労判839号17頁)

参照法条  : 労働基準法3章、労働基準法11条、労働基準法89条3号の2、労働基準法2章
裁判年月日 : 2002年10月29日
裁判所名  : 東京地
裁判形式  : 判決
事件番号  : 平成12年 (ワ) 20995 
裁判結果  : 一部認容、一部棄却(控訴)

1.事件の概要

特殊電気器具機械の製造・修理等を目的とするY社では、リストラのため主要二部門の一つである半導体テストシステムの事業部門を別会社に譲渡するにあたり、会社都合退職の退職金に特別加算金を加給する条件で希望退職者を募った。Xらは(X2を除く)各部門長に希望退職応募用紙を提出して希望退職申込みの意思表示をしたところYからは異議も述べられずにそれが受領された(X2は一身上の都合を理由とする退職届を提出したのみであった)。
Y社は希望退職者の募集に際し、会社都合による規定退職金に加えて、60歳定年までの期間が24か月以上の者には特別加算金を支払う措置を講じており、この移籍対象者へ希望退職を適用することの諾否の判断はY社の総務部長が行ない、希望退職者82名のうち移籍予定者は28名であったが、Xらを含む14名のみが希望退職とされなかった。これに対して、Xらが、Y社に特別加算金の支払いを求めたのが本件である。

2.判決の要旨

本件は、いわゆる早期退職優遇制度に関するものとは異なる。すなわち、早期退職優遇制度は会社の経営に別段支障を来していない状況で、将来的な観点からする人事政策上の判断により特段の期間制限を設けることなく募集し、したがって、社員は形式上も実質上も退職を迫られているわけではなく、当然に従前のとおり勤務を継続できる状況のもと、退職と勤務継続との利害得失を十分に検討し自由な意思で判断ができるものである。これに対し、本件においては、Y社は、今後会社の存続が危ぶまれる深刻な事態に陥り、倒産を避けるためには、2事業部門のうちの主要部門である半導体テストシステム部門を従業員とともに他に譲渡し、他の電子機器部門に特化するとともにこれについても大幅なリストラを行うことを予定し、これが成功しなければ倒産を免れず、整理解雇も予想されるという状況にあり、したがって、余剰人員とされる者にとっては事実上会社に残るという選択肢は乏しく、しかも、これら本件施策は平成11年末に発表されたものの、正式の希望退職の募集に至っては3月22日に発表され、退職日は31日、応募期間は28日までであるなど短期間に難しい選択を迫られることになった。
このような場合、余剰人員とされる者に対する希望退職の募集に承諾条件を設定するのであれば、第1に「会社の認める者」といった、無限定で会社による一方的な判断の可能な事由ではなく、各社員につき適用の有無が判明するような明確で具体的な承諾条件で、かつ、それが確たる根拠に裏付けされたものであることを要し、第2に会社は募集に際し、社員の決断の時機を逸することなく、これを明示すべきであり、少なくとも各社員がそれを明確に認識できるよう周知する手段を講じる必要がある。これらを欠いたまま会社が希望退職の募集をし、社員が希望退職の申込みをし、会社がこれを受理して不承諾の意思を告知することなく退職の手続をし、社員がそのまま退職に至った場合は、特段の事情がない限り会社はこれを承諾したものと推認するのが相当である。なぜなら、上記の点が必要でないとすると、社員は自己に希望退職が適用されると期待したにもかかわらず、実はその適用の有無が会社に委ねられたまま退職することになり、その結果社員は割増退職金を受け取らずに退職するか、会社に残留するかの選択の余地も与えられないことになるのであって、労働者の地位を著しく不安定にし、労働者の権利を侵害して容認できない。このような点を考慮すると、上記の点を欠いた状況で希望退職の申込みを受理して承諾しない意思を示さずに退職手続を進め社員を退職させることは、これを承諾する意思であると解するのが公平であり当事者の通常の意思に合致するからである。
また、Y社はXら社員に対し、確たる根拠に裏付けされた各社員につき適用の有無が判明するような明確で具体的な承諾条件を設定してはおらず、かつ、Y社は、承諾条件が存することの明示すら時機を逸しており、かつ、その内容たる予定した承諾条件に至ってはこれを募集に際し明示せず、また各社員がそれを明確に認識できるよう周知する手段を講じたこともないから、Y社は、X2を除くその余のXらからの希望退職の申込みを受理し、不承諾の意思を告知することなく退職の手続をし、同Xらをそのまま退職に至らせたことにより、これを承諾したものと推認するのが相当である。

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