社会保険労務士川口正倫のブログ

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【退職】TRUST事件(東京地判立川支部平29.1.31労判1156号11頁)

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TRUST事件(東京地判立川支部平29.1.31労判1156号11頁)

参照法条  : 民法536条、民法【平成29年6月2日法律第44号改正後】536条、労働契約法、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律9条
裁判年月日 : 2017年1月31日
裁判所名  : 東京地裁立川支部
裁判形式  : 判決
事件番号  : 平成27年(ワ)2386号

1.事件の概要

Xは、建築物の測量等を主たる業務とするY社に勤務していたところ、平成27年1月21日、Xは検査により妊娠していることが判明した。Xは、今後の仕事の相談のために、Y社代表者及び直属の上司に当たるAと連絡を取り合ったところ、同連絡の中で、墨出し等の現場業務の継続は難しいとの話に及び、Y社代表者が、Xに対し、派遣業を目的とする株式会社Bへの派遣登録の提案をすることを提案した。
Y社代表者が、株式会社Bの社員Cに、妊娠中のXが勤務可能な派遣先を探すよう指示したことを受けて、Cは、Xの担当者となり、同人に対し、派遣先の株式会社Dを紹介したところ、Xはこれを受け、平成27年2月6日、同社の業務に就いた。
Xは、Y社代表者に対し、平成27年1月23日、同年2月2日に社会保険加入を希望する旨を伝え、さらに、同月24日に、その返事を促す旨の連絡をしている
なお、XからY社に、退職届は提出されていない。また、平成27年6月10日、Y社代表者から退職扱いになっている旨の連絡を受けたXが、翌11日、Y社に離職票の発行を請求したところ、同月頃に、退職理由を一身上の都合とする、平成27年6月11日付け退職証明書及び離職票が送付された。
退職証明書を受領したXは、平成27年7月、Y社に対し自主退職していない旨の見解を示した。その後、Xは子を出産した。
Xは、Y社に対して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めて、提訴した。

2.判決の概要

(1)退職合意の有無
Y社は、妊娠が判明したXとの間に退職合意があったと主張するが、退職は、一般的に、労働者に不利な影響をもたらすところ、雇用機会均等法1条、2条、9条3項の趣旨に照らすと、女性労働者につき、妊娠中の退職の合意があったか否かについては、特に当該労働者につき自由な意思に基づいてこれを合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか慎重に判断する必要がある。
確かに、Xは、現場の墨出し等の業務ができないことの説明を受けたうえで、株式会社Bへの派遣登録を受け入れ、その後、平成27年6月10日に、Y社代表者から退職扱いとなっている旨の説明を受けるまで、Y社に対し、社会保険の関係以外の連絡がないことからすると、Xが退職を受け入れていたと考える余地がないわけではない。しかしながら、Y社が退職合意のあったと主張する平成27年1月末頃以降、平成27年6月10日時点まで、Y社側からは、上記連絡のあった社会保険について、Xの退職を前提に、Y社の下では既に加入できなくなっている旨の明確な説明や、退職届の受理、退職証明書の発行、離職票の提供等の、客観的、具体的な退職手続がなされていない。他方で、X側は、Y社に対し、継続して、社会保険加入希望を伝えており、平成27年6月10日に、Y社代表者から退職扱いとなっている旨の説明を受けて初めて、離職票の提供を請求した上で、自主退職ではないとの認識を示している。さらに、Y社の主張を前提としても、退職合意があったとされる時に、Y社は、Xの産後についてなんら言及をしていないことも併せ考慮すると、Xは、産後の復帰可能性のない退職であると実質的に理解する契機がなかったと考えられ、また、Y社に紹介された株式会社Bにおいて、派遣先やその具体的労働条件について決まる前から、Xの退職合意があったとされていることから、Xには、Y社に残るか、退職の上、派遣登録するかを検討するための情報がなかったという点においても、自由な意思に基づく選択があったとは言い難い。
以上によれば、Y社側で、労働者であるXにつき自由な意思に基づいて退職を合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することについての、十分な主張立証が尽くされているとは言えず、これを認めることはできない。よって、Xは、Y社における、労働契約上の権利を有する地位にあることが認められる。

(2)賃金額
ア 休職合意の有無
休職の合意について検討すると、Y社代表者は、Xに休職を指示したか記憶にないと供述しているものの、Xは、平成27年6月11日当時、Y社から休職の指示があったものと理解していたことが認められるから、Y社から、休職についての説明があったものと認められる。また、労働基準法第64条の3により、妊娠中に、例えば、重量物を扱う勤務や、高所での勤務等の危険な勤務をさせることは禁止されており、墨出し等の現場によっては、そのような勤務をせざるを得ない場合もあると認められる(A証言)から、妊娠中のXに、墨出し等の現場業務をさせないことに客観的、合理的理由はあった上、Y社は、Xに対し、生活保障的な代替手段として、派遣登録を提案している。また、Y社におけるXの給与は、日給月給制で、労働契約書上、基本給は20万円と記載されているが、最低給が保証されているわけではなく、勤務がなければ、給与が発生しないことは、一定期間、Y社に勤務していたXとしても、当然に理解できたと考えられ、他方で、Y社代表者から、派遣先で働くことを提案された時点では、派遣先の詳しい労働条件が不明であるものの、妊娠中の働き方を相談した上で、上記提案を受けたものであり、一定の配慮がされることが予想でき、X自身も、当分の間、派遣先で働き、出産後にY社の職場へ復帰する意図を有していたことが認められる(X供述)から、選択を妨げるべき事情があったとも認められない。以上を考慮すれば、XとY社との間に、平成27年1月15日以降、休職とする合意があったと認められる。なお、Xの派遣先での勤務が、平成27年2月6日の1日間だけで終了していることが認められるが、Y社との関係においては、休職合意後の問題であり、上記認定に影響しない。さらに、休職について、Xは、もともと、出産後にY社の職場へ復帰するつもりであったこと、休職からの職場復帰については、Xから、派遣先での勤務意向、妊娠中の体調ないし出産の時期を聴取する必要があることを考慮すると、当初、Y社への復帰時期は、Xの意向にかかっていたと認められるのに対し、平成27年6月10日、Y社代表者に連絡し、Y社から退職扱いになっていることを伝えられた時点で、Y社の責任で、Xの職場復帰が確定的に不可能となり、労務提供ができない状態になったと認められる。これに対し、Y社からは、平成27年1月15日以降、インフルエンザ、妊娠以外に、就労不能事由の主張はなく、平成27年6月10日時点で、Xは、Y社以外の勤務も行っていたことからすると、上記事由は、就労不能事由に当たらない。よって、平成27年6月10日から、民法536条2項に基づき、賃金債権が発生する。もっとも、Xは、平成27年9月6日に出産しているところ、Xが出産直前まで働いていたと陳述しているが、同月中、Y社以外の就業場所でも勤務実績がないこと、労働基準法により、産後6週間は本人の請求に関わらず、就業させることはできず、原則として産後8週間となる56日間は就業させることが禁止されていること、Y社において産前産後の休職中の給与が保障されている旨の立証はないことからすると、産前は平成27年9月のうち、同月6日までの6日分、産後は同年9月のうち、同月7日以降の24日分、同年10月のうち31日分、及び11月分のうち1日分は、賃金債権が発生しないと解するべきである。

(中略)

(3)慰謝料
雇用機会均等法1条、2条の趣旨目的に照らし、仮に当該取扱いに本人の同意があったとしても、妊娠中の不利益取扱いを禁止する同法9条3項に該当する場合があるというように、同項が広く解釈されていることに鑑みると、前記のとおり、休職という一定の合意が認められ、さらに、仮に、Y社側が、Xが退職に同意していたと認識していたとしても、当該労働者につき自由な意思に基づいてこれを退職合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に認められない以上、平成27年6月10日に、退職扱いとしたY社には、少なくとも過失があり、不法行為が成立すると解される。しかしながら、妊娠中の重量物を扱う勤務や、高所での勤務等が禁止されており、現場によっては、そのような勤務をせざるを得ない場合も考えられるのであるから、Y社は、現場業務をしていたXが、その業務を続けられないと考えたことは不合理ではなく、Xも一定期間現場業務をしないことは了承していたこと、Xは、現場業務の代替となる派遣先勤務を受け入れていたのに対し、Y社は、Y社自身が使用者となっていないXの副業は別としても、少なくとも、Xが、株式会社BとY社の両方に在籍している状態になれば、派遣先の選定、受け入れに支障が出る可能性があることを考慮したことから、退職扱いにしたと考えられること(Y社代表者供述)、Y社は、Xに対し、派遣先紹介に関し、通常受領するマージンを取らない前提であったこと(Y社代表者供述、C証言)に照らすと、法的に合意退職が認められないとしても、Y社は、Xに一方的に不利益を課す意図はなかったと推察される。そのほか、一切の事情を考慮すると、慰謝料額は20万円と認められる。