社会保険労務士川口正倫のブログ

都内の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ



【退職勧奨】日本アイ・ビー・エム事件(東京高判平24.10.31労経速2172号3頁)

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日本アイ・ビー・エム事件(東京高判平24.10.31労経速2172号3頁)

1.事件の概要

情報システムに関わる製品、サービスの提供等を業とするY社は、業績が低迷するなか、リーマン・ショックの影響も受けて、退職勧奨を行うこととした。この退職勧奨においては、①所定の退職金に加えて、加算金(特別支援金)として、月額給与額の最大で15か月分を支給する、②自ら選択した再就職支援会社から再就職支援を受ける、という特別支援プログラムを用意し、それを実施するためのRAプログラムを立ち上げた。Y社は、RAプログラムへの応募勧奨が退職強要とならないように、実施担当の管理職に対して、具体的方法についての講義や面接研修を実施していたが、他方で自覚と責任を持たせるため、応募者予定数の達成しかんでは、結果責任を問う趣旨とも受け取れる注意喚起を行っていた。
Y社の従業員であるXは、平成18年3月、うつ病を発症し、平成20年1月以降、在宅勤務を認められていた。なお、Y社の定年は60歳で、Xの60歳の誕生日は、平成22年5月29日であったため、平成20年10月から1年7か月後には定年退職の予定であった。
Xは、業績評価が相対的に低いことと、定年退職を控え、健康面での不安を抱えながら就労していることを主要な理由として、RAプログラムの対象者となり、平成20年10月28日、上司との面談で、特別支援プログラムに応募するよう求められたが、Xは60歳の定年まで勤めたい旨返答した。同年11月13日、再び面談があり、上司は、RAプログラムの対象とすることを断念して、業務改善を求めるメールをXに送ったが、Xはこれにも反発した。
Xは、Y会社の退職勧奨は、Xの自由な意思決定を不当に制約するとともに、Xの名誉感情等の人格的利益を侵害した違法な退職強要であり、Xは精神的苦痛を被ったと主張して、不法行為による損害賠償請求権に基づき、330万円の支払い等を求めて訴えを提起した。なお、本件では、X以外にRAプログラムの対象となり、退職勧奨を受けた3名の原告がいる。1審は、Xの請求を棄却したので、Xは控訴した。

2.判決の概要

労働契約は、一般に使用者と労働者が、自由な意思で合意解約することができるから、基本的に、使用者は、自由に合意解約の申入れをすることができるというべきであるが、労働者も、その申入れに応ずべき義務はないから、自由に合意解約に応じるか否かを決定することができなければならない。したがって、使用者が労働者に対し、任意退職に応じるよう促し、説得等を行うこと(以下、このような促しや説得等を『退職勧奨』という。)があるとしても、その説得等を受けるか否か、説得等に応じて任意退職するか否かは、労働者の自由な意思に委ねられるものであり、退職勧奨は、その自由な意思形成を阻害するものであってはならない。
したがって、退職勧奨の態様が、退職に関する労働者の自由な意思形成を促す行為として許容される限度を逸脱し、労働者の退職についての自由な意思決定を困難にするものであったと認められるような場合には、当該退職勧奨は、労働者の退職に関する自己決定権を侵害するものとして違法性を有し、使用者は、当該退職勧奨を受けた労働者に対し、不法行為に基づく損害賠償義務を負うものというべである。


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