社会保険労務士川口正倫のブログ

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民法改正により賃金等請求権の消滅時効はどうなるか?

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2020年4月民法改正による労働法への意外な影響

2020年4月から施行される改正民法では、短期消滅時効についての規定がすべて無くなります。
労働者の賃金債権の短期消滅時効については、民法では1年と定められていますが(現行民法174条1号)、労働基準法では2年と定められており(労基法115条)、一般法と特別法の関係から労働基準法が適用されるため、賃金の短期消滅時効は2年間とされています。消滅時効の期間が長いほうが労働者の保護に資するため、労働基準法が適用されることは同法の制定趣旨にも合致しています。
しかし、民法の短期消滅時効の規定が無くなると、賃金債権の消滅時効民法では5年、労働基準法では2年となり民法のほうが労働者の保護に資するという歪な状況となるため、現在厚生労働省の「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」で対応を検討しているようですが、なかなか方向が定まらないようです。
もし、5年となれば労側の弁護士にとっては追い風になりそうですが、使側も対策として、従業員が退職する際には清算条項(双方債務が無いことを確認する)が入った「退職についての覚書」等の締結を求めるようになるんですかね?退職金支払の条件として、「清算条項が入った覚書を締結すること」とか退職金規程に定めたりとか・・・

とりあえず、以下に状況を簡単にまとめました。

①賃金請求権の消滅時効期間ついて

労働基準法第115条に規定する賃金請求権については、労基法制定時より、民法に規定する使用人の給料に係る1年の短期消滅時効の特則として、2年間行わない場合は時効によって消滅するとされています。
なお、退職手当については、昭和62年の労基法改正により、消滅時効期間は5年とされました。

・これは、労働者にとって重要な債権の消滅時効が1年ではその保護に欠ける一方、民法の10年では使用者に酷にすぎ、取引安全に及ぼす影響も少なくないということを踏まえ、当時の工場法の災害扶助の消滅時効に倣い2年としたものです。

民法の一部を改正する法律(以下「民法一部改正法」という。)により、民法の短期消滅時効が廃止され、一般債権については、①権利を行使することができることを知った時(主観的起算点)から5年間、②権利を行使できる時(客観的起算点)から10年間行使しないとき消滅するとされたことを踏まえ、労基法の賃金等請求権の在り方について問題となっています。

(論点)
労働者保護の観点からの賃金等請求権の特殊性や企業の労務管理等の負担も踏まえ、労基法第115条の賃金等請求権の消滅時効の期間についてどのように考えるかが問題となります。

厚生労働省「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」における主な意見)

  • 本検討は民法改正を契機としているため、その改正趣旨をできるだけ踏まえて検討するという考え方もあるが、民法労基法を別個のものとして独立させて検討するという考え方もある。
  • 労基法第115条は、民法の特則として規定されていた。基礎となる民法の規定が廃止された以上、労基法において改めて特則を設けるのであれば、他の債権との関係も踏まえて、合理性が必要。
  • 労基法第115条については、刑罰法規との関連性も考慮した上で検討すべきとの意見もあるが、まずは民事上の債権として検討し、その後、刑罰法規との関連性も考慮するという順序ではないか。
  • 適切な紛争解決機関を探しているうちに未払いの賃金請求権の一部が時効を迎えてしまうといった実態がみられる。
  • 労働契約に基づく賃金請求権と、労働法が適用される労働契約には該当しない請負契約に基づく報酬請求権の消滅時効期間の平仄を合わせる観点から、賃金請求権の消滅時効にも民法一部改正法の規定を適用すべきでないか。
  • 未払賃金について争点となるのは指揮命令の有無や労働時間かどうかという点であり、当時の上司に確認する必要があるが、正確な記録確認は消滅時効期間が延びるほどに困難になる。
  • 未払賃金について民事訴訟になれば、賃金台帳に記載のない部分について証言や資料等の証拠が必要となることが多く、企業側の立証は困難を極めるなど訴訟実務上の負担が重い。

②賃金等請求権の消滅時効の起算点について

労基法第115条の賃金等請求権の消滅時効の起算点については、現行の条文上は特段明記されていないが、運用の実務や過去の裁判例等を踏まえると、権利を行使することができる時(客観的起算点)と解釈されています。
民法一部改正法により、一般債権に係る消滅時効については、①権利を行使することができることを知った時(主観的起算点)から5年間、②権利を行使できる時(客観的起算点)から10年間行使しないとき消滅するとされました。

(論点)
労基法第115条の賃金等請求権の消滅時効の起算点について、これまでは客観的起算点(権利を行使できるときから)として解釈・運用されてきたが、今般の民法の改正を踏まえ、どのように考えるか問題となります。

厚生労働省「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」における主な意見)

  • 労基法を含む、各法律における時効の起算点は民法に基づいている。民法改正前は客観的起算点のみだったため議論の余地はなかったが、今回の民法改正により時効の起算点は2つになったので、それを受けて、労基法においても議論の余地はある。
  • 契約に基づく債権については、主観的起算点と客観的起算点が一致すると考えられており、その限りでは客観的起算点のみで足りるが、契約に基づくものであっても、主観的起算点が客観的起算点より遅れる場合があるので、そのときにどうするのかという問題はある。今回検討する労基法上の債権において、そういうことがあり得るのかということも考えていかないといけない。
  • 例えば管理監督者の地位が事後的に裁判で否定され、遡及的に未払賃金を支払うような場合は、現行の労基法の運用のように客観的起算点のみとすることが妥当かという論点が存在する。こうした問題については消滅時効の見直しで救済するのではなく、それぞれの制度の中で解決を図るべき問題ではないかとも考えられる。
  • 民法改正で設けられた、主観的起算点「知ったときから」は解釈の幅が出てくることがありうる。専門家でないと分かりにくい。世の中に混乱を生じさせる可能性がある。

年次有給休暇の請求権の消滅時効期間について

年次有給休暇制度に係る労働者の権利は、①労基法上の要件を満たすことで当然に発生する権利(年休権)と、②労働者が年次有給休暇を取得する時季を特定する権利(時季指定権)の2つの権利から構成されるもの(二分説)と
考えられ、労基法第115条の対象となると解釈されてきました(いわゆる年次有給休暇の繰越期間)。
・ なお、年次有給休暇は一般的に年休権が発生した年の中で取得することが想定されている仕組みであるが、消滅時効の規定を踏まえて未取得分の年次有給休暇の翌年への繰越しについて運用されてきました。

(論点)
年次有給休暇請求権(繰越期間)の消滅時効期間について、年次有給休暇の制度趣旨やその取得促進の観点を踏まえ、どのように考えるか問題となります。

厚生労働省「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」における主な意見)

  • 年休取得促進の観点だけではなく、そもそも年休の繰越が、消滅時効という制度であることを念頭において検討すべき。
  • 年次有給休暇は、法の趣旨としては完全にその年に取得をするということが望ましいものであり、仮に賃金請求権の消滅時効期間と合わせてこの年次有給休暇請求権の消滅時効期間も現行よりも長くした場合、こうした制度の趣旨の方向と合致しないのではないか。
  • 年次有給休暇の請求権は、賃金請求権とは異なる部分もあるものと理解をしており、この請求権の違いを踏まえれば、賃金等請求権について民法一部改正法の適用を受けるものとした上で、労基法第115条の規定を年次有給休暇については残すという考え方もあるのではないか。

④その他の関連規定について

【その他の請求権について】
労基法第115条においては、賃金請求権以外の災害補償等の請求権(※)の消滅時効期間についても2年としています。
(※)災害補償:療養補償(第75条)、休業補償(第76条)、障害補償(第77条)等 その他:帰郷旅費(第15条第3項、第64条)、退職時の証明(第22条)等
・これらの請求権については、労基法の賃金請求権に合わせて一律2年の消滅時効期間にしたものと考えられます。
【記録の保存について】
労基法第109条では、使用者は労働者名簿や賃金台帳等の記録の保存については、現在保存期間が3年間とされています。
・この規定は、紛争解決や監督上の必要性のために設けられており、保存の目的からは保存期間は長いほど便利であるが、使用者の負担もあわせて考え一律に3年の保存義務としたものです。
【付加金について】
労基法第114条では、割増賃金等を支払わない使用者等に対して、違反のあった時から2年間は、労働者の請求により、未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を使用者に裁判所が命ずることができるものとしています。
○ 付加金の支払規定は、違反に対する一種の制裁たる性質を有しており、これによって未払金の支払を間接的に促す仕組みです。
○ 付加金の裁判上の請求期間は、労基法第115条の賃金等請求権の消滅時効期間とあわせて2年としたものです。

(論点)
・その他の関連規定(書類の保存期間や付加金等)について、賃金等請求権の消滅時効期間の在り方を踏まえて、どのように考えるか問題となります。

厚生労働省「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」における主な意見)
【その他の請求権について】
・ 賃金以外の請求権等については、特別の理由がなければ賃金請求権に連動させて考えれば良い。まずは賃金請求権についての議論を深めて、その後、他の場合や、特殊な考慮が必要かもしれない年休の議論をしていけば良い。

【記録の保存について】
・記録の保存に関して、残業の有無が争われる場合、残業を行ったと訴える労働者に立証責任があるが、使用者にとっても一定程度の負担があるのではないか。
・関係書類の保存期間が延長された場合には、デジタルデータ、紙媒体の如何を問わず、保管コストの負担は相当なものになる。記録の保存期間が長くなる場合のコストの増加は企業経営に多大な影響を及ぼすと考えており、そもそも労基法115条の立法趣旨である取引の安全性に反するのではないか。

【付加金について】
・付加金の請求期間が延びると、場合によって付加金の額が相当に大きくなることが起こり得るが、付加金の金額をどうするかは裁判所の裁量で判断すればよいという考え方もある。

⑤その他について

【施行期日等について】
消滅時効等の見直しを行う民法一部改正法は2020年4月から施行されます。
・仮に労基法第115条等の改正を行う場合、民法一部改正法の施行時期も踏まえ、その施行時期についての検討が必要である。なお、本年の通常国会で成立した働き方改革法の一部の施行時期が民法一部改正法の施行と重なることとなります。
・加えて、改正後の労基法第115条について、いつの時点で発生した賃金等請求権に適用させることとするのかの整理も必要です。
労基法以外の関連する法律について】
・ また、労基法を見直すことにより、労働者災害補償保険法などの関連する法律にどのような影響を及ぼすのかについても検討が必要です。

(論点)
仮に労基法第115条の見直しを行う場合、その施行期日や経過措置についてどのように考えるか問題となります。また、労基法の見直しに伴い他の法令(例えば労働者災害補償保険法など)などに及ぼす影響につい
てどのように考えるか問題となります。

厚生労働省「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」における主な意見)
【施行期日等について】
・経過措置については、
民法改正の経過措置と同様に、労働契約の締結日を基準に考える方法
② 賃金等の債権の発生日を基準に考える方法
のいずれかが考えられるが、民法一部改正法が契約時期を基準とする考え方(①)を取っていることも考慮する必要がある。
労基法第115条等の規定の改正を行い、施行を民法改正の施行期日(2020年4月1日)も念頭に置く場合、働き方改革法の施行に伴い、現在生じている企業の労務管理の負担が一層増大する懸念もある。
労基法以外の関連する法律について】
労基法における賃金等請求権の消滅時効が改正される場合、例えば労働者災害補償保険法等、労基法に関連する法律にも影響があることから、検討にあたり、影響の大きさを考慮すべきである。