社会保険労務士川口正倫のブログ

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【休業手当】賃金請求事件(東京地判令3.11.29)

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【休業手当】賃金請求事件(東京地判令3.11.29)

新型コロナウイルスの感染拡大による休業が、使用者の責めに帰すべき事由によるものと認められた事例

1.事件の概要

Yは、都内で現在16店舗のラブホテルを営む者である。Xは、平成26年4月、Yとの間で労働契約を締結し、同月以降、Yの経営する複数の店舗において、客室清掃などを担当する「ルーム係」として勤務していた。
Yでは、新型コロナウイルス感染拡大による売上減少に対応するため、令和2年3月29日以降、従業員の勤務時間を減らすこととし、Xに関しては、時短の日は概ね4時間に限って勤務させて、その勤務時間分の時給を賃金として支払い、休業の日には終日休業させて、時給の3.75時間分(6.25時間×6割)を休業手当として支払った。
Yは、令和2年7月13日以降は、上記と同様に、時短の日にはXを概ね4.25時間又は3時間に限って勤務させて、その勤務時間分の時給を賃金として支払い、休業の日にはXを終日休業させ、時給の2.55時間分(4.25時間×6割)を休業手当として支払った。
Xは、令和2年11月6日以降、31日の有給休暇を取得した。Yは、Xに対し、時給の4.25時間分をそれらの日の賃金として支払った。
これらの間、Yは、Xに対し、令和2年4月分から令和2年11月分まで、皆勤手当及び交通費を支払っていた。
その後、Xは、令和2年12月11日にYを退職し、令和3年2月6日、未払賃金及び休業手当の支払等を求めてYを提訴したのが本件である。

【労働契約の内容】
個別の合意及び就業規則により定まる労働契約におけるXの労働条件は、次のとおりであった。
所定労働時間:午前10時~午後5時、うち45分間休憩
       1日当たり6時間15分(6.25時間)
所定就業日 :毎週水曜日を除く各日
賃金支払方法:毎月20日締め当月28日払い
       (賃金の表記は支給日を基準とする。以下同じ。)
基本給の額 :平成30年9月分以降 時給1068円
       平成31年5月分以降 時給1083円
       令和2年5月分以降  時給1098円
その他賃金 :交通費、皆勤手当を支給する(就業規則42条、43条)。
有給休暇取得時の賃金:「通常の賃金」を支払う(就業規則24条4項)

2.双方の主張

※争点を休業手当に関するものに絞って記載しています。

①Xの所定労働時間は、令和2年3月29日以降4時間に、同年7月13日以降4.25時間又は3時間にそれぞれ変更されたか。

(Yの主張)
 Yは、新型コロナウイルス感染拡大によって顕著な影響を受けたため、やむを得ず、令和2年3月29日以降、Xの所定労働時間を4時間に短縮し、同年7月13日以降は、これを4.25時間又は3時間に短縮した。未曾有のコロナ禍の中でYの経営や雇用を維持する必要があったこと、所定労働時間は僅かに減少されたにすぎないことからすれば、この所定労働時間の変更は緊急避難的に合理性がある。

(Xの主張)
 Xが所定労働時間の変更に合意したことはなく、就業規則も変更されていないため、Xの労働契約の内容が変更される根拠がない。

② 時短の日及び休業の日につき、Xの休業はYの「責めに帰すべき事由」(労基法26条)によるものか。

(Xの主張)
労基法26条は労働者の生活を保障するために使用者に休業手当の支払義務を課したものであり、本件でもYの責めに帰すべき事由が認められる。Yは、それを自覚しているからこそ休業手当を支払っていたと考えられるし、支払った休業手当相当額は雇用調整助成金を取得できたはずである。

(Yの主張)
休業の原因が外部から発生したものであり、Yが通常の経営者として最大の注意を尽くしたとしても避けることはできなかったため、Xの休業につき、Yの責めに帰すべき事由はない。

③ 休業手当の計算方法

(Xの主張)
YがXに初めて休業を命じたのは令和2年3月29日であるから、その直前の賃金締切日である同年3月30日から3か月遡って計算すると、平均賃金は6325円(支給額合計57万5567円÷総日数91日)となり、1日当たりの休業手当はその6割である3795円以上でなければならない。また、休業の日のみならず、時短の日についても少なくともその額の支払が必要である。

(Yの主張)
Yは、令和2年3月29日以降、休業の日につき、1日当たり当初の所定労働時間6.25時間の6割に相当する3.75時間分の時給を休業手当として支払った。Yは、同年7月13日以降は、休業の日につき、1日当たり変更された所定労働時間4.25時間の6割に相当する2.55時間分の時給を休業手当として支払った。

④ 交通費及び皆勤手当は休業手当として支払われたものか。

(Yの主張)
Yが令和2年4月分から同年11月分までXに対して支払った交通費及び皆勤手当は、休業手当として支払われたものである。

(Xの主張)
争う。

3.判決の概要

争点① Xの所定労働時間は、令和2年3月29日以降4時間に、同年7月13日以降4.25時間又は3時間にそれぞれ変更されたか

Xの労働契約の内容が変更されるような就業規則の変更や個別の合意は存在しない。Yは、緊急避難的に、Xの所定労働時間を変更したと主張するが、法律上の根拠がなく、採用できない。

争点② 時短の日及び休業の日につき、Xの休業はYの「責めに帰すべき事由」(労基法26条)によるものか。

上記①のとおり、Xとの労働契約における所定労働時間の定めは変更されていないから、令和2年3月29日から同年11月5日までの間の「時短」及び「休業」の日においては、1日の所定労働時間の一部又は全部につき、YがXに休業を命じた(労務の受領を拒絶した)ものと解すべきである。
これらの日における休業は、連続しない複数の日に及んでいるものであるが、新型コロナウイルス感染拡大による売上減少に対応するため令和3年3月29日から講じられた一連の措置と解釈すべきであるから、一連の休業と捉えて休業手当の支払義務やその額を検討するのが相当である(以下、これらのXの休業を一括して「本件休業」という。)。
そして、休業手当の支払義務につき、労基法26条にいう「責めに帰すべき事由」とは、故意又は過失よりは広く、使用者側に起因する経営・管理上の障害を含むが、不可抗力は含まないものと解する(最高裁判所昭和62年7月17日第二小法廷判決・民集41巻5号1283頁・ノースウエスト航空事件参照)。
Yにおいては、新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛などにより、令和2年2月頃以降売上の減少という影響を受けはじめ、同年3月の売上は前年同月比約26%減、同年4月は約68%減となり、その後も売上は停滞した。Yは、このような売上減少に対応するため、同年3月29日以降、従業員全体の出勤時間を抑制することとし、Xには本件休業を命じたものである。このような売上減少の状況において人件費削減の対策を講じたことの合理性は認められるところであり、これによる雇用維持や事業存続への効果が実際に生じたであろうことを否定するものではない。しかしながら、Yは、事業を停止していたものではなく、毎月変動する売上の状況やその予測を踏まえつつ、人件費すなわち従業員の勤務日数や勤務時間数を調整していたのであるから、これはまさに使用者がその裁量をもった判断により従業員に休業を行わせていたものにほかならない。そうだとすれば、本件休業が不可抗力によるものであったとはいえず、労働者の生活保障として賃金の6割の支払を確保したという労基法26条の趣旨も踏まえると、Xの本件休業は、Y側に起因する経営・管理上の障害によるものと評価すべきである。よって、本件休業は、Yの「責めに帰すべき事由」によるものと認められる。

争点③ 休業手当の計算方法

労基法26条によれば、休業手当としては、使用者は平均賃金の100分の60以上を支払わなければならない。上記のとおり、本件休業は、令和2年3月29日に開始された一連の休業であるから、労基法12条に従って、直前の賃金締切日である同月20日を起算日として遡って3か月分の平均賃金を計算する必要がある。そうすると、平均賃金の額は6324.91円(総支給額57万5567円÷総日数91日)となるものと認められるから、本件休業で支払われるべき1日当たりの休業手当の額は、その6割に当たる3795円(小数点以下四捨五入)となる。なお、1日の一部の休業に当たる時短の日は、勤務時間分の時給が支払済みであるため、3795円との差額を休業手当として支払うべきこととなる。

争点④ 交通費及び皆勤手当は休業手当として支払われたものか。

Yは、交通費及び皆勤手当は休業手当として支払われたと主張するが、これらはXとYとの労働契約上定められたものがそのとおり支払われているにすぎず、これを休業手当の弁済とみることはできない。

休業手当請求等の小括

休業手当請求に関しては、Xが請求対象とした日につき、Yは、時短の日と休業の日のいずれについても、1日当たり3795円の休業手当の支払義務を負うところ、別紙の「既払分」列の金額の賃金又は休業手当の弁済が認められる。したがって、Yは、75295円の支払義務を負うものと認められる。
有給休暇取得時の賃金請求に関しては、本件労働契約においては、有給休暇取得時には「通常の賃金」を支払うこととされているところ、これは所定労働時間分の時給を支払うべきものと解釈するのが相当である(労基法39条9項参照)。Xが有給休暇を取得した日についても、Xの所定労働時間は6.25時間から短縮されていないから、Yは、本件労働契約の内容どおり、1日当たり6.25時間分の賃金の支払義務を負う。Yは、1日当たり4.25時間分の賃金を弁済しており、有給休暇取得日数は31日であるから、なお合計6万8076円(時給1098円×2時間×有給休暇取得日数31日)の支払義務を負うものと認められる。
休業手当の未払(労基法26条違反)及び有給休暇取得時の賃金の未払(労基法39条9項違反)もいずれも付加金の対象となるところ(労基法114条本文)、これらの未払はいずれも根拠なく所定労働時間を一方的に変更したとする取扱いに起因するものが大部分であり、未払額と同額の付加金の支払を命じるのが相当である。
よって、Xの休業手当請求等もその全てにおいて理由がある。

3.解説

労基法26条は「使用者の責に帰すべき事由」による休業の場合に、使用者に平均賃金の6割以上の手当を労働者に支払わせることによって、労働者の生活を保障しようとする趣旨です。この「使用者の責に帰すべき事由」とは、取引における一般原則である過失責任主義とは異なる観点も踏まえた概念であり、民法536条2項の「債権者の責に帰すべき事由」よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むものと理解されています。換言すれば、使用者に故意・過失がないような場合でも、使用者側に起因する経営、管理上の障害が対象となります。
具体的には、労基法26条の帰責事由とは、使用者に故意・過失がなく、防止が困難なものであっても、使用者側の領域において生じたものといいうる経営上の障害など(例えば、機械の故障や検査、原料不足、官庁による操業停止命令)を含むものと解釈されています。ただし、地震や台風などの不可抗力は含まれません(水町雄一郎氏の『労働法』第6版249頁参考)。
本件においても、同様の判断基準より、事業を停止したものではなく、雇用調整するために裁量によって休業を行ったものであることから不可抗力ではないことを理由に、使用側の領域において生じた障害による休業とされました。
本件は、新型コロナウイルスの影響による休業が一般的に休業手当の対象になることを示すものではありませんが、事業を停止せず、雇用調整しながら事業を継続することを目的としたケースは、不可抗力によるものではなく、休業手当の対象になるという見解が示されたものです。