年金復活プランの初年度の役員賞与支給月は役員報酬減額月から5か月目以降がお勧めです
1.はじめに
年金復活プランというのは、標準賞与額の上限を利用し社会保険料を削減しつつ、在職老齢年金を増額する手法です。
健康保険(介護保険を含む)では年度(前年4月1日~当年3月31日)の標準賞与額の合計が573万(573万円を超える額は573万円とみなす)が上限となり、厚生年金保険では支給ごとに150万円(150万円を超える額は150万円とみなす)となります。
従って、毎月の役員報酬を大幅に減額し、その分を役員賞与として受け取れば、年間の総報酬を減らすことなく社会保険料を削減しつつ、在職老齢年金が増額するという仕組みです。
今回は、この年金復活プラン自体ではなく、役員賞与に伴う源泉徴収税がテーマです。
ご存知のとおり、役員賞与が前月の役員報酬の10倍を超過する場合(いずれも社会保険料控除後)、源泉所得税の計算は通常の賞与とは違う方法で行いますが、賞与が同額であっても支給月に応じて、源泉所得税にかなり大きな違いが生じます。
2.役員賞与が前月の役員報酬の10倍超過の場合の源泉所得税の計算方法
役員賞与が前月の役員報酬の10倍を超過している場合は、次のように源泉所得税を計算します。なお、役員賞与の支払回数が年1回(賞与の支給期間が6か月を超える)の場合の計算方法です。
① (A)=社会保険料控除後の役員賞与/12+社会保険料控除の前月の役員報酬
② (A)を源泉徴収税額表(月額表)に当てはめて、源泉徴収税額を求め、この額を(B)とする。
③ 次の計算式により、源泉所得税が求まる。
源泉所得税={(B)-前月の役員報酬の源泉所得税}×12
※賞与計算の基礎が6か月以内の場合は、①及び③の「12」の部分を「6」にして計算します。
役員賞与の1/12を役員報酬に加算し、月額表に当てはめて源泉所得税を求めることから、役員賞与を月割りで支払ったとみなした場合の源泉所得税を求めています。これを12倍して1年分とすると、役員報酬から控除される源泉所得税が重複するため(毎月の役員報酬からも源泉所得税は控除される)、役員報酬の源泉所得税を減じたうえで12倍しています。
3.具体的な計算例1(前月の役員報酬:100万円)
次のような例について、具体的に計算してみます。
前月の役員報酬:100万円
役員賞与:950万円
扶養親族等の数:0人
年齢:60歳以上65歳未満
役員報酬100万円の社会保険料を、標準報酬月額表(健康保険は協会けんぽ東京支部)に当てはめると保険料は、健康保険:57,036円、厚生年金:59,475円なので、、社会保険料控除後の前月の役員報酬883,489円を、令和3年の源泉徴収税額表(月額表)に当てはめると、社会保険料控除後の前月の役員報酬が「780,000円を超え950,000円に満たない」ため、
81,560円+(883,489円-780,000円)×23.483%=105,862円
となります(図1参照)。
※介護保険料は、健康保険料に含めています(以後、特に断らない限り同様)。
図1 令和3年の給与所得の源泉徴収税額表(780,000円を超え950,000円に満たない金額)
まとめると次のようになります。
標準報酬月額:健康保険980,000円 厚生年金650,000円
健康保険:57,036円 厚生年金:59,475円
社会保険料控除後の前月の役員報酬:883,489円
源泉所得税:105,862円
続いて、役員賞与については、健康保険及び厚生年金の賞与額の上限が、それぞれ573万円、150万円なので、次のようになります。
健康保険:573万円×11.64%/2=333,486円
厚生年金: 50万円×18.3%/2=137,250円
社会保険料控除後の役員賞与:9,029,264円
前月の社会保険料控除後の役員報酬の10倍を超過していることがわかります。
これを役員報酬が10倍を超過した場合の源泉所得税の計算方法に当てはめると、
(A)=9,029,264円/12+883,489円=1,635,927.66円
(B)=121,480円+(1,635,927.66円-950,000円)×33.693%=352,589.6円
源泉所得税=(352,589.6円ー105,862円)×12=2,960,731円 (1円未満切捨て)
となります。(図2参照)
図2 令和3年の給与所得の源泉徴収税額表(950,000円を超え1,700,000円に満たない金額)
4.具体的な計算例2(前月の役員報酬15万円の場合)
もう1つ別の例について、具体的に計算してみます。
前月の役員報酬:15万円
役員賞与:950万円
扶養親等数:0人
年齢:60歳以上65歳未満
標準報酬月額表に15万円を当てはめると、次のようになります。
標準報酬月額:健康保険150,000円 厚生年金150,000円
健康保険:8,730円 厚生年金:13,725円
社会保険料控除後の前月の役員報酬:127,545円
源泉所得税:2,150円
(月額表の127,000円以上129,000円未満で扶養親族等の数0人)
役員賞与は、3.と同額なので、社会保険料控除後の役員賞与の額は9,029,264円です。
これを役員報酬が10倍を超過した場合の源泉所得税の計算方法に当てはめると、
(A)=9,029,264円/12+127,545円=879,983.66円
(B)=81,560円+(879,983.66円-780,000円)×23.483%=105,039.16円 (図1参照)
源泉所得税=(105,039.16円-2,150円)×12=1,234,669円 (1円未満切捨て)
5.役員賞与の支給時期により源泉所得税が大きく異なる
上記で計算した2通りの役員賞与950万円の源泉所得税額を図3にまとめました。
図3 役員賞与の源泉所得税額の比較
同じ役員賞与950万円であっても、前月の役員報酬の額によって大幅に源泉所得税が異なっていることがわかります。源泉所得税は年末調整又は確定申告により最終的に精算されるので、賞与支給時は仮の徴収ですが、こんなに大きな差額があるとせっかく「年金復活プラン」を実施しても、控除後支給額(手取り額)が大幅に減少したり、年末調整時の徴収が高額になったりする可能性があります。
そこで、次のような計画表を立てて、年間の所得税の概算を見積もってみます。ただし、ここでは令和3年4月から令和4年3月の役員報酬及び役員賞与を令和3年の収入とみなして計算します(令和3年の税率や基礎控除額等を使用)。
図4 年間報酬1300万円の支給計画
上記で役員賞与950万の場合の源泉所得税を2パターン計算しましたが、前月の役員報酬が100万円というのが役員賞与を6月に支給する場合、15万円というのが10月に支給する場合に該当します。
年間報酬について所得税の計算に、源泉所得税は関係ありませんので、所得税の額は両者に違いは生じません。なお、7月~9月に役員賞与を支給するとその前月6月~8月はまだ社会保険料の随時改定(月額変更届)が行われないため(随時改定は、役員報酬に変更があった月から4ヵ月目から適用。)、役員報酬から社会保険料を減じた額が異常に小さな値になることが想像されるため、試算から除外しています。
役員報酬及び役員賞与は、いずれも税法上は給与所得に該当します。給与所得についての所得税は次のように計算します。
① 給与所得を求める。
給与所得=給与(役員報酬及び役員賞与の年間総額)-給与所得控除額
※令和3年の給与所得控除額は、図5のように定められています。
図5 給与所得控除額(令和3年)
② 給与所得から各種控除を行い、課税所得金額を求めます。
なお、各種控除には、基礎控除、社会保険料控除(年間の社会保険料控除額)、扶養控除等がありますが、ここでは基礎控除と社会保険料控除のみを用いて計算します。
図6 基礎控除額(令和3年)
③ 課税所得金額を所得税の速算表に当てはめて、所得税を求めます。
※1,000円未満の所得金額は切り捨てて計算できます。
図7 所得税の速算表(令和3年)
この計算方法に図4を当てはめて所得税を求めてみます。
① 給与所得=1,300万円 - 195万円 = 1,105万円
② 課税所得金額=給与所得ー基礎控除額ー年間の社会保険料額
=1,105万円-48万円 - 1,210,476円=9,359,524円
③ 所得税額=9,359,000円×33%-1,536,000円=1,552,470円
役員報酬の源泉所得税額は、4月・5月が105,862円で、9月~3月が2,150円で、6月~8月は0円です。従って、105,862円×2ヵ月+2,150円×7ヵ月=226,774円が役員報酬から徴収される源泉所得税となるため、役員賞与から徴収されるべき額は、
1,552,470円-226,774円=1,325,696円
となります。
従って、賞与支給月の前月の役員報酬が100万円の場合、
2,960,731円-1,325,696円=1,635,035円
が徴収し過ぎ(年末調整や確定申告で還付)であり、賞与支給月の前月の役員報酬が15万円の場合、
1,325,696円-1,234,669円=91,027円
が徴収不足(年末調整や確定申告で徴収)となります。
役員報酬を減額した後は、すぐにでも役員賞与の支給を受けたい人が多いでしょうが、このように支給月によって源泉所得税が大きく異なることがあります。年末調整や確定申告での還付や徴収をあまり高額にしたくないのであれば、年金復活プランの実施する初年度は、役員報酬を減額した月から5ヵ月目以降に役員賞与を支給するのが妥当と言えます。
なお、役員賞与の支給を受けた月以降は、総報酬月額相当額が増加し、老齢厚生年金の受給額が減額する可能性があり、この点からは、役員賞与の支給は極力後にしたほうが良いです。