就業規則等を変更する際のちょっとしたコツ
1.条文の追加・削除
就業規則に限らず諸規程に言えることですが、条番号(第○条)や項番号(第○項)というのはすべて通し番号になっています。
そこで、条や項を追加・削除する場合には、その後の条番号や項番号をすべて変更しなければならないような気がしますが、むやみに変更すると条文を引用していたり、他に委任して別規程を定めている場合に、規程全体に不整合が生じることがあります。
①問題が生じる例
(例1)
(人事異動)
第8条 会社は、業務上必要がある場合に、労働者に対して就業する場所及び従事する業務の変更を命ずることがある。
2 会社は、業務上必要がある場合に、労働者を在籍のまま関係会社へ出向させることがある。
3 前2項の場合、労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない。
(休職)
第9条 労働者が、次のいずれかに該当するときは、所定の期間休職とする。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(退職金の額)
第53条 退職金の額は、退職又は解雇の時の基本給の額に、勤続年数に応じて定めた下表の支給率を乗じた金額とする。
2 第9条により休職する期間については、会社の都合による場合を除き、前項の勤続年数に算入しない。
ここで、出張ついての規定がないため、第9条に追加します。
(人事異動)
第8条 会社は、業務上必要がある場合に、労働者に対して就業する場所及び従事する業務の変更を命ずることがある。
2 会社は、業務上必要がある場合に、労働者を在籍のまま関係会社へ出向させることがある。
3 前2項の場合、労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない。
(出張)
第9条 会社は、労働者に対し業務上必要がある場合は、出張を命ずることがあり、労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない。
(休職)
第10条 労働者が、次のいずれかに該当するときは、所定の期間休職とする。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(退職金の額)
第54条 退職金の額は、退職又は解雇の時の基本給の額に、勤続年数に応じて定めた下表の支給率を乗じた金額とする。
2 第9条により休職する期間については、会社の都合による場合を除き、前項の勤続年数に算入しない。
新第54条2項の「第9条により」を「第10条により」に変更しないと、新第54条2項は意味が不明になってしまいます。もし、休職期間を勤続年数に算入させたいと退職する従業員が誤解したら、「休職期間を勤続年数に算入しないなんて、就業規則のどこにも記載されていないじゃないか!」とクレームを言ってくる可能性があります(もっといじわるな言い方なら、「旧53条2項を死文化することにより、休職期間を勤続年数に算入しない規定を廃止していますよね?」)。もちろん、そんな言い分が認められるかは個別の事情によりますが、こんな誤解から大きなトラブルに発展することもあります。
(例2)
(人事異動)
第8条 会社は、業務上必要がある場合に、労働者に対して就業する場所及び従事する業務の変更を命ずることがある。
2 会社は、業務上必要がある場合に、労働者を在籍のまま関係会社へ出向させることがある。
3 前2項の場合、労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(育児・介護休業、子の看護休暇等)
第27条 労働者のうち必要のある者は、育児・介護休業法に基づく育児休業、介護休業、子の看護休暇、介護休暇、育児・介護のための所定外労働、時間外労働及び深夜業の制限並びに所定労働時間の短縮措置等(以下「育児・介護休業等」という。)の適用を受けることができる。
2 育児・介護休業等の取扱いについては、「育児・介護休業等に関する規則」で定める。
育児・介護休業等に関する規則
(目的)
第1条 本規則は、就業規則第27条の規定に基づき、育児・介護休業法に基づく育児休業、介護休業、子の看護休暇、介護休暇、育児・介護のための所定外労働、時間外労働及び深夜業の制限並びに所定労働時間の短縮措置等について定めることを目的とする。
先程と同様に、出張ついての規定を第9条に追加します。
(人事異動)
第8条 会社は、業務上必要がある場合に、労働者に対して就業する場所及び従事する業務の変更を命ずることがある。
2 会社は、業務上必要がある場合に、労働者を在籍のまま関係会社へ出向させることがある。
3 前2項の場合、労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない。
(出張)
第9条 会社は、労働者に対し業務上必要がある場合は、出張を命ずることがあり、労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(育児・介護休業、子の看護休暇等)
第28条 労働者のうち必要のある者は、育児・介護休業法に基づく育児休業、介護休業、子の看護休暇、介護休暇、育児・介護のための所定外労働、時間外労働及び深夜業の制限並びに所定労働時間の短縮措置等(以下「育児・介護休業等」という。)の適用を受けることができる。
2 育児・介護休業等の取扱いについては、「育児・介護休業等に関する規則」で定める。
育児・介護休業等に関する規則
(目的)
第1条 本規則は、就業規則第27条の規定に基づき、育児・介護休業法に基づく育児休業、介護休業、子の看護休暇、介護休暇、育児・介護のための所定外労働、時間外労働及び深夜業の制限並びに所定労働時間の短縮措置等について定めることを目的とする。
「育児・介護休業等に関する規則」で就業規則第27条を引用しているため、就業規則の条数を変更するなら「育児・介護休業等に関する規則」第1条の「就業規則第27条に基づき、」も「就業規則第28条に基づき、」に変更する必要があります。就業規則を部分的にちょっと変更するようなときに、見落とされていることがよくあります。特に、就業規則本則の変更なら50,000円、就業規則と関連規程一式で10,0000円なんて報酬を社会保険労務士に呈示されて、就業規則の変更だけを依頼したような場合にありがちです。
就業規則に限らず諸規程の改訂の際には、原案を何人かで協議し、何度か条や項の追加・削除したりして最終的な条文内容が決まります。その際に、条文を追加・削除する度に、条番号の繰り下げ・繰り上げをし、さらに(例1)のようなことにならないように、全文をチェックするというのは煩雑です(ワードの箇条書きや見出しをうまく利用すれば条番号の繰り上げ・繰り下げは自動的にできますが、条文の中で引用している「第〇条により」など部分は手作業で変更するよりほかありません)。
また、規程の条文は多数の規程で引用されていることがあり、(例2)のような不整合が生じないように引用される可能性のある諸規程をチェックするというのも煩雑です。
②ちょっとしたコツ
コツというほどでもありませんが、上記1のような煩雑さ避けるため、私は条文を追加する際には枝番号を用いています。
上記1(例1)であれば、次のようになります。
(人事異動)
第8条 会社は、業務上必要がある場合に、労働者に対して就業する場所及び従事する業務の変更を命ずることがある。
2 会社は、業務上必要がある場合に、労働者を在籍のまま関係会社へ出向させることがある。
3 前2項の場合、労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない。
(出張)
第8条の2 会社は、労働者に対し業務上必要がある場合は、出張を命ずることがあり、労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない。
(休職)
第9条 労働者が、次のいずれかに該当するときは、所定の期間休職とする。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(退職金の額)
第53条 退職金の額は、退職又は解雇の時の基本給の額に、勤続年数に応じて定めた下表の支給率を乗じた金額とする。
2 第9条により休職する期間については、会社の都合による場合を除き、前項の勤続年数に算入しない。
要するに、追加する条番号の後に「の2」「の3」・・・「のN」というように枝番号を付けて追加していくのです。
また、枝番号にさらに追加する際には、「の2の2」「の2の3」・・・「の2のN」というように再度枝番号を追加します。
こうすると他の条番号の繰り上げを行う必要がなく、上記(例1)や(例2)のようなことは起きません。
なお、この方法にも唯一欠点があり、前後の条文に「次条」「次々条」「前2条」など相対的に条文の位置を示すフレーズがある場合には、その間に条文を追加すると不整合が生じることがあります。
同様に、条文を削除した際に条番号を繰り上げるとやはり不整合が生じますが、これを回避するため、削除した条文の条番号は「(削除)」と記載して残して起きます。
第10条 (削除)
このように残しておけば、条番号を繰り下げる必要はありません。ただし、第10条を他で引用していないかをチェックする必要はあります。
なお、枝番号多くなり条文が読みにくくなったら、全体的に条番号を整理することをお勧めします。労働安全衛生法くらい枝番号が多くなると、さすがに読みづらいです。
2.条文によって変更の効力発生日を区別する
(子の看護休暇)
第 10 条 (省略)
2 子の看護休暇は、半日単位(1日の所定労働時間の2 分の1 )で始業時刻から連続又は終業時刻まで連続して取得することができる。
例えば、上記のような規定が「育児介護休業規程」に定められていたとします。
すでにご存知のように、2021年1月1日改正育児・介護休業法の施行により、子の看護休暇と介護休暇は時間単位で取得できるようになりました。これに伴い、育児・介護休業規程の上記規定も同日に変更する必要があります。時間単位での取得を規定した2021年1月1日施行の「育児介護休業規程」を作成すればこと足りますが、それに先立つ2020年10月1日に同規程について別の箇所を変更する必要があったとします。そういう場合に、1回の変更で改訂を終わらせてしまおうという場合は、次のようにします。
①本則に新規定を記載する方法
(子の看護休暇)
第 10 条 (省略)
2 子の看護休暇は、時間単位で始業時刻から連続又は終業時刻まで連続して取得することができる。
附 則
(施行日)
第1条 この規程は、2020年10月1日より改訂施行する。
(経過規定)
第2条 2020年12月31日までの間は、第10条2項の規定は従前どおり次の規定とする。
子の看護休暇は、半日単位(1日の所定労働時間の2分の1)で始業時刻から連続又は終業時刻まで連続して取得することができる。
2 本条は、2020年12月31日をもって削除する。
このように経過規定を定めることにより、2020年10月1日の改訂日以降2020年12月31日までの間、第10条2項に限っては旧規定を適用させることができます。また、第2項で2020年12月31日をもって附則第2条を削除する旨も定めているので、2021年1月1日以降はこの経過規定をワードファイル等から抹消することができます。(経過がわかるように残しておいても、特に問題はありません)
なお、ここでは本則を新規定に書き換えたうえで経過規定を設けていますが、この方法は、部分的に先延ばしした改訂日までの期間が短い場合など、旧規定を参照する頻度が低いケースに適しています。
②本則に旧規定を残す方法
上記①では本則に新規定を記載しましたが、旧規定を参照する頻度が高い場合も考えられます。例えば、部分的に先延ばしした改訂日までの期間がかなり長いような場合です。こういうケースでは、本則に旧規定を残すほうがわかりやすいため、次のようにします。
(子の看護休暇)
第 10 条 (省略)
2 子の看護休暇は、半日単位(1日の所定労働時間の2分の1)で始業時刻から連続又は終業時刻まで連続して取得することができる。
附則
(施行日)
第1条 この規程は、2020年10月1日より改訂施行する。
(経過的改定)
第2条 2021年1月1日以降、第10条2項を次のとおり改める。
子の看護休暇は、時間単位で始業時刻から連続又は終業時刻まで連続して取得することができる。
なお、もう少し厳格にするなら、次のように改正法みたいな記載とすることも考えられますが、読んでわかりにくいのであまりお勧めしません。
(経過的改定)
第2条 2021年1月1日以降、本規程を次のとおり改訂する。
① 第10条2項中、「半日」を「時間」に改める。
② 第10条2項中、「(1日の所定労働時間の2分の1)」を削る。
方法をご紹介はしましたが、必要な都度改訂すれば特に問題ありません。(私はプログラミングを趣味としていることもあり、こういうやり方をあれこれ考えるのが面白く、紹介した理由の半分は個人的な趣味です。)
でも、社内での改訂手続や労使の協議に時間を要するような場合は、いずれ変更しなければならないことがわかっているなら、1回でやってしまうほうが効率的です。