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【同一労働・同一賃金】名古屋自動車学校事件(名古屋地判令2.10.28労経速2434号3頁)

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【同一労働・同一賃金】名古屋自動車学校事件(名古屋地判令2.10.28労経速2434号3頁)

本判決は、原告らが定年退職時に支給されていた賃金が賃金センサス上の平均賃金(統計調査による55歳から59歳の男性就労者に支給されている賃金の平均)と比較しても低額に抑えられていたうえ、さらに定年後再雇用後の基本給が同社の勤続1年~5年正社員と比較しても低いことを理由として、定年退職時の基本給の60%を下回る部分について不合理な差異としてしています。また、賞与についても、原告らの基本給を定年退職時の60%の金額であるとみなし、各季の正職員の賞与の調整率を乗じた結果を下回る限度で不合理な差異としています。
長期雇用慣行の下で働く従業員の定年退職直前の賃金は、若年期に低く抑えられていた分の後払い的な要素があるため、職務内容に対して高額になるのが一般的です。そして、定年後再雇用時に賃金が減額される理由の一つは、この後払い的な要素が無くなるためです。(その他の理由としては、定年後再雇用制度が入社時には想定されていなかったことなどがあります。)
本判決で、賃金センサス上の平均賃金を比較対象としたのは、原告らの定年退職時の賃金について、この後払い的な要素の程度を評価するためだと考えられます。賃金がそれよりも低額であったのだから、少ないと評価されたのでしょう。

1.事件の概要

Y社は自動車学校の経営等を行う株式会社である。Xらは、Y社の正職員として教習指導員の業務を行い、定年退職後期間1年の有期雇用契約を締結し(数回更新)嘱託職員として、引き続き同じ業務を行っていた。なお、定年前後で職務内容及び変更範囲に相違はなかった。
定年前と比較してXらの基本給、皆勤手当及び敢闘賞、賞与(嘱託職員一時金)は減額して支給され、定年前に支給されていた家族手当は支給されなかった。
本件はこれらの労働条件の相違が労働契約法20条に違反するとして、差額賃金、損害賠償等を請求した事案である。

2.判決の概要

争点1 労働契約法20条違反の有無について

(1)はじめに
ア 労働契約法20条は、有期契約労働者の労働条件が、期間の定めがあることにより、無期契約労働者の労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(職務の内容)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲(以上、職務内容及び変更範囲)その他の事情(以上、職務の内容等)を考慮して、不合理と認められるものであってはならない旨を定めている。これは、有期契約労働者については、無期契約労働者と比較して合理的な労働条件の決定が行われにくく、両者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ、有期契約労働者の公正な処遇を図るため、その労働条件につき、期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものである。そして、同条は、有期契約労働者と無期契約労働者との間で労働条件に相違があり得ることを前提に、職務の内容等を考慮して、その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり、職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解される。
労働契約法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件が期間の定めがあることにより相違していることを前提としているから、両者の労働条件が相違しているというだけで同条を適用することはできない。一方、期間の定めがあることと労働条件が相違していることとの関連性の程度は、労働条件の相違が不合理と認められるものに当たるかどうかの判断に当たって考慮すれば足りるものであるということができる。そうすると、同条にいう「期間の定めがあることにより」とは、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいうものと解するのが相当である。
労働契約法20条にいう「不合理と認められるもの」とは、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうと解するのが相当である。そして、両者の労働条件の相違が不合理であるか否かの判断は規範的評価を伴うものであるから、当該相違が不合理であるとの評価を基礎付ける事実については当該相違が同条に違反することを主張する者が、当該相違が不合理であるとの評価を妨げる事実については当該相違が同条に違反することを争う者が、それぞれ主張立証責任を負うものと解される。(以上、最高裁平成30年6月1日第二小法廷判決・民集72巻2号88頁。以下「最高裁判決1」という。)

イ 労働者の賃金に関する労働条件は、労働者の職務の内容並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲(職務内容及び変更範囲)により一義的に定まるものではなく、使用者は、雇用及び人事に関する経営判断の観点から、労働者の職務内容及び変更範囲にとどまらない様々な事情を考慮して、労働者の賃金に関する労働条件を検討するものということができる。また、労働者の賃金に関する労働条件の在り方については、基本的には、団体交渉等による労使自治に委ねられるべき部分が大きいということもできる。そして、労働契約法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の相違が不合理かどうかを判断する際に考慮する事情として、「その他の事情」を挙げているところ、その内容を職務内容及び変更範囲に関連する事情に限定すべき理由は見当たらない。したがって、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮されることとなる事情は、労働者の職務内容及び変更範囲並びにこれらに関連する事情に限定されるものではないというべきである。
定年制は、使用者が、その雇用する労働者の長期雇用や年功的処遇を前提としながら、人事の刷新等により組織運営の適正化を図るとともに、賃金コストを一定限度に抑制するための制度ということができるところ、定年制の下における無期契約労働者の賃金体系は、当該労働者を定年退職するまで長期間雇用することを前提に定められたものであることが少なくないと解される。これに対し、使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合、当該者を長期間雇用することは通常予定されていない。また、定年退職後に再雇用される有期契約労働者は、定年退職するまでの間、無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。そして、このような事情は、定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系の在り方を検討するに当たって、その基礎になるものであるということができる。
そうすると、有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは、当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において、労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たると解するのが相当である。
労働者の賃金が複数の賃金項目から構成されている場合、個々の賃金項目に係る賃金は、通常、賃金項目ごとに、その趣旨を異にするものであるということができる。そして、有期契約労働者と無期契約労働者との賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、当該賃金項目の趣旨により、その考慮すべき事情や考慮の仕方も異なり得るというべきである。そうすると、有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に関する労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきである。なお、ある賃金項目の有無及び内容が、他の賃金項目の有無及び内容を踏まえて決定される場合もあり得るところ、そのような事情も、有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり考慮されることになる。(以上、最高裁平成30年6月1日第二小法廷判決・民集72巻2号202頁。以下「最高裁判決2」という。)

(2)期間の定めによる相違であるかどうか
Xらは、無期契約労働者である正職員と有期契約労働者である嘱託職員の労働条件の相違は労働契約法20条に違反する旨主張するところ、当該相違は、正職員には正職員就業規則等が、嘱託職員には嘱託規程がそれぞれ適用されることにより生じているものであるから、期間の定めの有無に関連して生じたものであるということができる。よって、Y社における正職員と嘱託職員の労働条件は、同条にいう期間の定めがあることにより相違しているといえる。

(3)正職員と嘱託職員の職務の内容等の相違について
Xらは、いずれも、再雇用に当たり主任の役職を退任したことを除いて、定年退職の前後で、その職務内容及び変更範囲に相違はなかった。そして、Xらは、再雇用時に主任の役職を退任しているものの、これによりその業務の内容及び責任の範囲に相違が生じたことを認めるに足りる事実や証拠はない。仮に、主任退任により職務の内容に相違が生じていたとしても、嘱託職員となって以降は、役付手当が不支給となったことで、当該相違は、既に労働条件に反映されているといえる。
したがって、Xらの正職員定年退職時と嘱託職員時では、その職務内容及び変更範囲には相違がなかったものであり、本件において、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断に当たっては、もっぱら、「その他の事情」として、XらがY社を定年退職した後に有期労働契約により再雇用された嘱託職員であるとの点を考慮することになる。

(4)基本給について

ア Xらが嘱託職員として支払を受けていた基本給について、正職員との間で労働契約法20条に違反する不合理な相違があったかどうかを検討するに当たっては、前記前提事実のほか、以下の事実を指摘することができる。

(ア)Y社の正職員の基本給は、その勤続年数に応じて増加する年功的性格を有するものであったと認められる。すなわち、平成25年以降5年間の正職員(資格取得から1年以上勤務した者であり、管理職を除く。)の基本給の平均額は、Y社全体で月額14万円前後を推移しているところ、勤続年数1年以上5年未満の正職員(以下「若年正職員」という。)の基本給平均額は、月額約11万2000円から約12万5000円である一方、勤続30年以上の正職員の基本給平均額は、月額約16万7000円から約18万円であり、その間の年代の正職員の基本給平均額を見ても、勤続年数に応じて増加していく傾向にあることが認められる。
(イ)X1が定年退職した平成25年の賃金センサスによれば、産業計・男女計・学歴計の55歳ないし59歳の「きまって支給する現金支給額」は、37万3500円(男計であれば42万0900円)、「所定内給与額」は、35万1300円(男計であれば39万4800円)、「年間賞与その他特別給与額」は、年額101万1900円(男計であれば118万4900円)である。また、同年の賃金センサスによれば、産業計・男女計・学歴計の60歳ないし64歳の「きまって支給する現金給与額」は、月額27万5800円(男計であれば29万6300円)であり、「所定内給与額」は、26万2100円(男計であれば28万1100円)、「年間賞与その他特別給与額」は、年額49万7000円(男計であれば54万3300円)である。
X2が定年退職した平成26年の賃金センサスによれば、産業計・男女計・学歴計の55歳ないし59歳の「きまって支給する現金支給額」は、38万3600円(男計であれば43万2600円)、「所定内給与額」は、36万8000円(男計であれば40万6100円)、「年間賞与その他特別給与額」は、年額108万9700円(男計であれば127万7800円)である。また、同年の賃金センサスによれば、産業計・男女計・学歴計の60歳ないし64歳の「きまって支給する現金給与額」は、月額28万0600円(男計であれば30万0500円)であり、「所定内給与額」は、26万6500円(男計であれば28万4700円)、「年間賞与その他特別給与額」は、年額55万1600円(男計であれば60万6300円)である。
(ウ)X1の定年退職時の基本給は、月額18万1640円であり、嘱託職員時の基本給は、1年目が月額8万1738円で、その後低下し、最終年まで月額7万4677円であった。また、X2の定年退職時の基本給は、月額16万7250円であり、嘱託職員時の基本給は、1年目が月額8万1700円で、その後低下し、最終年まで月額7万2700円であった。このように、Xらの嘱託職員時の基本給は、正職員定年退職時と比較して、X1について45%以下、X2について48.8%以下となっている結果、若年正職員の基本給を下回っている。
また、Xらの定年退職時の月額賃金から残業手当を除いた金額は、いずれも約30万円強であり、賞与額も年間約50万円強にとどまっていたと認められる(弁論の全趣旨)から、XらがY社から定年退職時に受給していた賃金は、一般に定年退職に近い時期であるといえる55歳ないし59歳の賃金センサス上の平均賃金を下回るものであり、むしろ、定年後再雇用の者の賃金が反映された60歳ないし64歳の賃金センサス上の平均賃金をやや上回るにとどまるものであった。
さらに、Xらが嘱託職員として勤務した期間の総支給額(役付手当、賞与及び嘱託職員一時金を除く。)をみると、X1は、嘱託職員として勤務を開始してから3年間の総支給額が正職員定年退職時の労働条件で就労した場合の56.1%、嘱託職員4年目から退職までの総支給額が正職員定年退職時の労働条件で就労した場合の56.4%にとどまり、X2は、嘱託職員として勤務を開始してから平成28年7月分までの総支給額が正職員定年退職時の労働条件で就労した場合の61.6%、同年8月分から平成30年6月分までの総支給額が正職員定年退職時の労働条件で就労した場合の59%、同年7月分から退職までの総支給額が正職員定年退職時の労働条件で就労した場合の63.2%にとどまった。このような差額は、総支給額に賞与(嘱託職員一時金)も含めると、さらに大きくなる。
(エ)Xらは、いずれも、正職員定年退職時に退職金の支払を受けたほか、60歳で嘱託職員となった年から雇用保険法による高年齢雇用継続基本給付金の支給を、61歳になった年から老齢厚生年金(報酬比例部分)の支給を受けていた。なお、高年齢雇用継続基本給付金は、被保険者であった期間が要件を満たす60歳以上65歳未満の労働者が60歳到達後も継続して雇用され、その賃金額が60歳到達時点の賃金月額の75%未満である場合、その低下した比率に応じて支給されるが、対象月の賃金額が60歳到達時点の賃金月額の61%以下に低下した場合、実際に支払われた賃金額の15%の金額の給付金が支給されることとなる。
(オ)Y社は、平成24年法律第78号により高年法が改正され、労使協定により継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定める制度(改正前の9条2項)が廃止されたことを踏まえ、職員代表との間で再雇用制度に係る協定書を作成している。しかし、上記協定書は、飽くまで上記高年法の改正を踏まえ、再雇用までの手続、有期労働契約の更新の基準等について定めるものであり、嘱託職員の賃金に係る合意はされていない。その他、本件において、Xらが嘱託職員となる以前に、Y社とその従業員との間で嘱託職員の賃金に係る労働条件について合意がされたとか、その交渉結果が制度に反映されたという事実は認められない。
(カ)X1は、Y社代表者に対し、平成27年2月24日、労働契約法20条に言及した上、正職員定年退職時に比べて嘱託職員としての賃金が大幅に減額になっていることから労働契約の内容を見直すよう求める書面を送付した。その後、X1は、Y社代表者との間で、同年7月18日まで、書面により、X1が嘱託職員としての賃金等について要望や照会をし、Y社代表者がこれに回答する形式のやり取りを行った。また、X1は、その所属する労働組合の分会長として、Y社代表者に対し、平成28年5月9日、嘱託職員と正職員の賃金の相違について回答を求める書面を送付した。しかし、嘱託職員の労働条件について、正職員の労働条件との相違を踏まえた見直しが行われた事実は認められない。

イ 以上によれば、Xらは、正職員定年退職時と嘱託職員時でその職務内容及び変更範囲には相違がなかったにもかかわらず、Xらの嘱託職員としての基本給は、正職員定年退職時と比較して、50%以下に減額されており、その結果、Xらに比べて職務上の経験に劣り、基本給に年功的性格があることから将来の増額に備えて金額が抑制される傾向にある若年正職員の基本給をも下回っている。また、そもそも、Xらの正職員定年退職時の賃金は、同年代の賃金センサスを下回るものであったところ、Xらの嘱託職員として勤務した期間の賃金額は、上記のような基本給の減額を大きな要因として、正職員定年退職時の労働条件で就労した場合の60%をやや上回るかそれ以下にとどまることとなっている。
そして、このことは、Xらが嘱託職員となる前後を通じて、Y社とその従業員との間で、嘱託職員の賃金に係る労働条件一般について合意がされたとか、その交渉結果が制度に反映されたという事情も見受けられないから、労使自治が反映された結果であるともいえない。
以上に加えて、基本給は、一般に労働契約に基づく労働の対償の中核であるとされているところ、現に、Xらの正職員定年退職時の毎月の賃金に基本給が占める割合は相応に大きく、これが賞与額にも大きく影響していたことからすれば、Y社においても、基本給をそのように位置付けているものと認められる。Y社における基本給のこのような位置付けを踏まえると、上記の事実は、Xらの正職員定年退職時と嘱託職員時の各基本給に係る相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たることを基礎付ける事実であるといえる。

ウ 他方、基本給に係る正職員と嘱託職員の相違が不合理であるとの評価を妨げる事実等について検討するに、正職員の基本給は、長期雇用を前提とし、年功的性格を含むものであり、正職員が今後役職に就くこと、あるいはさらに高位の役職に就くことも想定して定められているものである一方、嘱託職員の基本給は、長期雇用を前提とせず、年功的性格を含まないものであり、嘱託職員が今後役職に就くことも予定されていないことが指摘できる。また、嘱託職員は、正職員を60歳で定年となった際に退職金の支払を受け、それ以降、要件を満たせば、高年齢雇用継続基本給付金及び老齢厚生年金(比例報酬分)の支給を受けることが予定され、現に、Xらはこれらを受給していたことも、基本給に係る相違が不合理であるとの評価を妨げる事実であるといえる。
しかし、これら事実は、定年後再雇用の労働者の多くに当てはまる事情であり、前記イの事実、とりわけXらの職務内容及び変更範囲に変更がないにもかかわらず、Xらの嘱託職員時の基本給が、それ自体賃金センサス上の平均賃金に満たない正職員定年退職時の賃金の基本給を大きく下回ることや、その結果、若年正職員の基本給も下回ることを正当化するには足りないというほかない。

エ (ア)Y社は、定められた手順に従ってXらの定年後再雇用又はその更新の意向を確認し、賃金に係る労働条件も事前に提示しており、Xらが、いずれも、そのような経過を経て、賃金に係る労働条件についても合意の上、嘱託職員となり、その後も有期労働契約を更新していた旨指摘する。しかし、Y社が指摘する経過は、労働契約を締結する過程として当然の事象を指摘するものであるにすぎず、基本給に係る正職員と嘱託職員の相違が不合理であるとの評価を妨げる事実とはいえない。
また、Y社は、Xらは賃金に係る労働条件に不満があれば、いつでも団体交渉を求めることができた旨主張するが、X1がY社代表者に対し個人で要望を行っても、労働組合の構成員として要望を行っても、その内容が労働条件に反映された事実がないことは前記のとおりであるから、このことは、同じく基本給に係る正職員と嘱託職員の相違が不合理であるとの評価を妨げる事実とはいえない。
(イ)Y社は、嘱託職員一時金は正職員の賞与とは異なり、嘱託職員に対する調整給の趣旨で支給するものであるから、正職員定年退職時と嘱託職員時の基本給の相違を検討するに際しては、毎月の基本給額に嘱託職員一時金も含めるべきである旨主張する。しかし、嘱託職員一時金は、嘱託規程において、嘱託職員に対しては賞与を原則として支給しないものの、正職員に対する賞与とは別に、勤務成績を勘案して支給することがあると規定されていること、さらに、嘱託職員としての労働契約書にも、勤務成績等を考慮の上、支給することがあると規定されていることを受けて、嘱託職員に対して支給されるものであり、その支給時期も正職員の賞与支給時期と同時期であることからすれば、嘱託職員一時金は、正職員の賞与に代替するものと位置付けられる。そうすると、嘱託職員一時金について、専ら基本給の不足を調整することを目的として支給されるものであるなどと解することはできず、これは、賞与に関する相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるか否かを検討するに当たって考慮すべきものである。Y社の上記主張は採用できない。
(ウ)さらに、Y社は、雇用保険法による高年齢雇用継続基本給付金制度は、定年後再雇用時の賃金が60歳時の賃金の61%以下になる事態も予定している旨指摘する。しかし、そのことから直ちに、定年後再雇用時の賃金が61%以下となる労働条件の設定が常に許容されるというものではない。

オ 以上のとおり、Xらは、Y社を正職員として定年退職した後に嘱託職員として有期労働契約により再雇用された者であるが、正職員定年退職時と嘱託職員時でその職務内容及び変更範囲には相違がなく、Xらの正職員定年退職時の賃金は、賃金センサス上の平均賃金を下回る水準であった中で、Xらの嘱託職員時の基本給は、それが労働契約に基づく労働の対償の中核であるにもかかわらず、正職員定年退職時の基本給を大きく下回るものとされており、そのため、Xらに比べて職務上の経験に劣り、基本給に年功的性格があることから将来の増額に備えて金額が抑制される傾向にある若年正職員の基本給をも下回るばかりか、賃金の総額が正職員定年退職時の労働条件を適用した場合の60%をやや上回るかそれ以下にとどまる帰結をもたらしているものであって、このような帰結は、労使自治が反映された結果でもない以上、嘱託職員の基本給が年功的性格を含まないこと、Xらが退職金を受給しており、要件を満たせば高年齢雇用継続基本給付金及び老齢厚生年金(比例報酬分)の支給を受けることができたことといった事情を踏まえたとしても、労働者の生活保障の観点からも看過し難い水準に達しているというべきである。
そうすると、Xらの正職員定年退職時と嘱託職員時の各基本給に係る金額という労働条件の相違は、労働者の生活保障という観点も踏まえ、嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の基本給の60%を下回る限度で、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。
したがって、X1の嘱託職員時の基本給(月額)は、18万1640円(正職員定年退職時の基本給)×60%=10万8984円を下回る部分が、X2の嘱託職員時の基本給(月額)は、16万7250円(正職員定年退職時の基本給)×60%=10万0350円を下回る部分が、それぞれ労働契約法20条にいう不合理なものと認められることとなるが、X2が病欠をした平成27年2月分は、正職員であれば8万3628円の基本給であったことが認められるから、8万3628円×60%=5万0177円を下回る部分が同条にいう不合理なものと認められることになる。

(5)皆精勤手当及び敢闘賞(精励手当)について
Xらは、嘱託職員として、正職員定年退職時より減額された皆精勤手当及び敢闘賞(精励手当)を支給されていたところ、これら賃金項目の支給の趣旨は、所定労働時間を欠略なく出勤すること及び多くの指導業務に就くことを奨励することであって、その必要性は、正職員と嘱託職員で相違はないから、両者で待遇を異にするのは不合理である旨主張する。
上記Xらの主張は正当として是認できるから、皆精勤手当及び敢闘賞(精励手当)について、正職員定年退職時に比べ嘱託職員時に減額して支給するという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

(6)家族手当について
Y社は、正職員に対しては、扶養家族の人数に応じて家族手当を支給しているところ、嘱託職員に対しては、扶養家族の有無にかかわらず、これを支給していない。これを受けて、Xらは、扶養家族の有無は、定年後再雇用であるかどうかにかかわらない事項であり、正職員と嘱託職員で待遇を異にすることは不合理である旨主張する。
しかし、Y社は、労務の提供を金銭的に評価した結果としてではなく、従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨で家族手当を支給しているのであり、使用者がそのような賃金項目の要否や内容を検討するに当たっては、従業員の生活に関する諸事情を考慮することになると解される。そして、Y社の正職員は、嘱託職員と異なり、幅広い世代の者が存在し得るところ、そのような正職員について家族を扶養するための生活費を補助することには相応の理由があるということができる。他方、嘱託職員は、正職員として勤続した後に定年退職した者であり、老齢厚生年金の支給を受けることにもなる。
これらの事情を総合考慮すると、正職員に対して家族手当を支給する一方、嘱託職員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価することはできず、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるということはできない。


(7)賞与について

ア 既に検討したとおり、Y社は、正職員に対する賞与と同趣旨で、嘱託職員に対し、嘱託職員一時金を支給していたものと認められる。そこで、以下では、正職員の賞与とXらの嘱託職員一時金の間で、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるか否かを検討する。

イ 正職員に対する平成25年年末分から令和元年夏季分までの賞与の算定方法は、正職員一律の調整率を各正職員の基本給に乗じ、さらに各正職員の勤務評定分を加算するというものである。他方、Xらの嘱託職員一時金の算定方法は明らかではないものの、X1は、4万2000円から10万8000円の間で推移し、X2は、6万6200円から10万7500円の間で推移していた(X2は、平成26年年末分として22万7400円の支払を受けているところ、これは、定年退職時期との関係で、正職員の算定方法を用いたものと認められる。)。しかし、仮にXらの嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の60%の金額(前記(4)において不合理であると判断した部分を補充したもの)であるとして、正職員の賞与の算定方法を当てはめると、X1は約15万円から約17万4000円、X2は約13万9000円から約16万円にそれぞれ勤務評定分を加算した金額となり、Xらの嘱託職員一時金は、基本給に調整率を乗じた金額にも満たない。
さらに、前記(4)イの基本給に関する検討と同じく、Xらは、正職員定年退職時と嘱託職員時でその職務内容及び変更範囲には相違がなかったこと、そもそも正職員定年退職時の賃金も賃金センサスの平均賃金を下回ること、Xらの嘱託職員一時金が、Xらに比べて職務上の経験が劣り、金額も抑制される傾向のある若年正職員の賞与よりも低額であり、賃金の総額が正職員定年退職時の労働条件を適用した場合の60%をやや上回るかそれ以下にとどまること、これが、労使自治が反映された結果であるともいえないことを指摘できる。そうすると、これらの事実は、Xらの嘱託職員一時金と正職員の賞与の相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たることを基礎付ける事実であるといえる。

ウ 他方、賞与は、月例賃金とは別に支給される一時金であり、労務の対価の後払、功労報償、生活費の補助、労働者の意欲向上等といった多様な趣旨を含み得るものであり、有期契約労働者と無期契約労働者の間で相違が生じていたとしても、これが労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるか否かについては慎重な検討が求められる。そして、前記(4)ウの基本給に関する検討と同じく、正職員は、長期雇用を前提としており、今後役職に就くこと、あるいはさらに高位の役職に就くことが想定されている一方、嘱託職員は、長期雇用が前提とされず、今後役職に就くことも予定されていないこと、嘱託職員は、正職員を60歳で定年となった際に退職金の支払を受け、それ以降、要件を満たせば、高年齢雇用継続基本給付金及び老齢厚生年金(比例報酬分)の支給を受けることが予定され、現に、Xらはこれらを受給していたことを指摘できる。
しかし、これらの事実は、定年後再雇用の労働者の多くに当てはまる事情であり、賞与について労働契約法20条違反の有無について慎重な検討が求められることを踏まえても、前記イの事実、とりわけXらの職務内容及び変更範囲に変更がないにもかかわらず、嘱託職員一時金は正職員の賞与に比べ大きく減額されたものであり、その結果、若年正職員の賞与をも下回ること、しかも、賃金の総額も、賃金センサス上の平均賃金を下回る正職員定年退職時の労働条件を適用した場合の60%をやや上回るかそれ以下にとどまることを正当化するには足りないというほかない。
エ 以上のとおり、Xらは、Y社を正職員として定年退職した後に嘱託職員として有期労働契約により再雇用された者であるが、正職員定年退職時と嘱託職員時でその職務内容及び変更範囲には相違がなかった一方、Xらの嘱託職員一時金は、正職員定年退職時の賞与を大幅に下回る結果、Xらに比べて職務上の経験に劣り、基本給に年功的性格があることから将来の増額に備えて金額が抑制される傾向にある若年正職員の賞与をも下回るばかりか、賃金の総額が正職員定年退職時の労働条件を適用した場合の60%をやや上回るかそれ以下にとどまる帰結をもたらしているものであって、このような帰結は、労使自治が反映された結果でもない以上、賞与が多様な趣旨を含みうるものであること、嘱託職員の賞与が年功的性格を含まないこと、Xらが退職金を受給しており、要件を満たせば高年齢雇用継続基本給付金及び老齢厚生年金(比例報酬分)の支給を受けることができたことといった事情を踏まえたとしても、労働者の生活保障という観点からも看過し難い水準に達しているというべきである。
そうすると、Xらの正職員定年退職時の賞与と嘱託職員時の嘱託職員一時金に係る金額という労働条件の相違は、労働者の生活保障という観点も踏まえ、Xらの基本給を正職員定年退職時の60%の金額(前記(4)において不合理であると判断した部分を補充したもの)であるとして、各季の正職員の賞与の調整率を乗じた結果を下回る限度で、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。
なお、Xらは、Xらの嘱託職員一時金と正職員Hの賞与(X2が定年退職する前は、X2及び正職員Hの賞与の平均額)を比較するところ、Xらと正職員Hの間では、賞与算定の基礎となる基本給や勤務評定分といった前提条件に相違があるから、その比較結果を直接採用することはできない。

争点2 労働契約に基づく差額賃金請求の可否

前記のとおり、Xらの嘱託職員時の労働条件には、正職員定年退職時の労働条件との間で労働契約法20条にいう不合理と認められる相違が存在する。これを前提に、まず、労働契約に基づき差額賃金を請求することができるかどうかを検討する。

(1)労働契約法20条が有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違は「不合理と認められるものであってはならない」と規定していることや、その趣旨が有期契約労働者の公正な処遇を図ることにあること等に照らせば、同条の規定は私法上の効力を有するものと解するのが相当であり、有期労働契約のうち同条に違反する労働条件の相違を設ける部分は無効となるものと解される。もっとも、同条は、有期契約労働者について無期契約労働者との職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であり、その文言上も、両者の労働条件の相違が同条に違反する場合に、当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなる旨を定めていない。そうすると、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が同条に違反する場合であっても、同条の効力により当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではないと解するのが相当である。(最高裁判決1

(2)Xらは、嘱託規程が嘱託職員の労働条件につき、嘱託規程に定めのない事項は正職員就業規則等を準用する旨定めている規定の存在を指摘し、労働契約法20条により私法上無効となった労働条件は、「嘱託規程に定めのない事項」に該当するため、正職員と同様の基準及び計算方法により算定された賃金請求権が発生する旨主張する。しかし、Xらが指摘する嘱託規程の上記規定は、嘱託規程において定めを置かなった事項について、正職員就業規則等により補充することを予定した規定であり、本件のように、XらとY社の間で行った嘱託職員としての労働条件に関する個別の合意の内容が私法上無効となる場合に正職員就業規則等を準用することを定めた規定とはいえない。
そうすると、嘱託規程及び正職員就業規則等の解釈を通じて、嘱託職員時のXらについても正職員就業規則等が適用され、労働契約に基づき差額賃金を請求することができる旨のXらの上記主張を採用することはできない。

(3)よって、Xらの請求のうち、労働契約に基づき差額賃金の支払を請求する部分については理由がない。

争点3 不法行為に基づく損害賠償請求の可否及び損害額

(1)前記のとおり、①基本給のうち正職員定年退職時の額の60%を下回る部分、②皆精勤手当及び敢闘賞(精励手当)の減額分、③賞与(嘱託職員一時金)のうち正職員定年退職時の基本給の60%に各季の正職員の賞与の調整率を乗じた結果を下回る部分は、いずれも労働契約法20条に違反するものである。また、このような法違反状態の労働条件は、Y社がXらに対して提示し、その後、これに沿った賃金の支払がされたのであるから、Y社には、このような違法な取扱いをしたことについて過失があったというべきである。
以上によれば、X1については別表1、X2については別表2に記載された「あるべき金額」欄と「支給額」欄の差額に相当する損害を被ったということができる。なお、残業手当に係る検討結果を補足すると、本件訴訟においては、前記前提事実(5)ウのとおり残業手当を算定することで当事者間に争いがないところ、その算定の基礎となる基本給及び皆精勤手当(又は精励手当)に上記のような違法があるため、基本給を正職員定年退職時の額の60%とし、皆精勤手当(又は精励手当)を正職員定年退職時と同額として算定した残業手当と実際に支給された残業手当の差額は、上記のような違法な取扱いとの間で相当因果関係が認められる。

(2)Xらは、Y社の不法行為による精神的損害の発生を主張し、慰謝料(X1は150万円、X2は100万円)を請求している。しかし、Xらに生じた財産的損害は賠償義務が履行されることによって回復されるものであり、これにより精神的損害も慰藉される

ところ、それでもなお賠償すべき精神的損害があるとまでは認められない。
(3)そうすると、Xらの請求のうち、不法行為に基づき損害賠償の支払を請求する部分については、前記(1)の範囲で一部理由がある。よって、Y社は、Xらに対し、不法行為に基づく損害賠償として上記範囲の金額の支払義務に加え、毎月の賃金の相違により生じる損害については、毎月の賃金の各支払期日の翌日(X1の平成25年8月分から平成26年7月分はその請求どおり平成28年9月14日とする。)から各支払済みまで、各季の賞与(嘱託職員一時金)の相違により生じる損害については、夏季分は支払日より後の日である毎年8月1日、年末分は支払日より後の日である翌年1月1日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。

結論

以上の次第であるから、Xらの請求は、主文第1項及び第2項掲記の範囲で一部理由があるからこれらを認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。