社会保険労務士川口正倫のブログ

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【同一労働・同一賃金】学校法人A事件(大阪高判令2.1.31労経判速2431号35頁)

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学校法人A事件(大阪高判令2.1.31労経判速2431号35頁)

1.事件の概要

Xは、平成10年4月1日より翌年3月31日までを契約期間として、A大学等を経営するY社に嘱託講師として雇用され、以後同28年3月31日に退職するまで毎年更新されていた。
A大学の授業時間は90分単位で、1講時から7講時に区分され、6講時以降は「夜間」と扱われた。
平成27年当時、教授、准教授、専任講師及び助教(以下総称して「専任教員」という。専任教員はすべて無期契約である。)が夜間における大学の授業を担当した場合、後掲表どおりの大学夜間担当手当(以下「本件手当」という。)が支払われていた(同年当時在籍していた任期付教員および客員教員の一部も上記手当の支給対象であった。)。一方、嘱託講師であったXは、平成27年度、夜間の授業を担当したものの、嘱託講師規程等において嘱託講師は本件手当の支給対象ではなく、Y社より当該支給がされることはなかった。
Xは、同手当の不支給は労働契約法20条又はパートタイム労働法8条に違反すると主張し、同手当額を損害として賠償を求める訴え等を提起した。
これに対し、原審がXの請求をいずれも棄却したため、Xが控訴したのが本件である。
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2.判決の要旨

(1) 労働契約法20条は、「有期労働契約を締結している労働者(有期契約労働者)の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者(無期契約労働者)の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(職務の内容)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない」と定めているところ、この規定にいう「期間の定めがあることにより」とは、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいうものと解するのが相当である(最高裁判所平成30年6月1日第二小法廷判決・民集72巻2号88頁(以下「ハマキョウレックス事件最高裁判決」という。)
また、パートタイム労働法8条は、「事業主が、その雇用する短時間労働者の待遇を、当該事業所に雇用される通常の労働者の待遇と相違するものとする場合においては、当該待遇の相違は、当該短時間労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(職務の内容)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない」と定めているところ、パートタイム労働法9条が「短時間労働者であることを理由として」、賃金の決定等について差別的取扱いをすることを禁じていること、パートタイム労働法8条と労働契約法20条とは規定の文言及び内容が類似していること及び労働契約法20条に関するハマキョウレックス事件最高裁判決の上記判示に照らせば、パートタイム労働法8条は、短時間労働者と通常の労働者との労働条件の相違が短時間労働者であることに関連して生じたものであることをいうものと解するのが相当である。
そして、Xにおいて有期契約労働者でかつ嘱託講師に対しては本件手当を支給しないという扱いをし、他方、無期契約労働者でかつ通常の労働者である専任教員には本件手当を支給するという扱いをして、それぞれの間に労働条件又は待遇に相違が存在するのは、嘱託講師には本件嘱託講師規程及び本件嘱託講師給支給基準を適用して労働契約が締結されることによるものであるということができ、上記相違は、期間の定めの有無及び短時間労働者であることに関連して生じたものであるということができる。
※労働契約法20条とパートタイム労働法8条並びに9条の両方が適用されますが、どちらも趣旨が同じであると解し、同一の判断基準が用いられています。現在では、「パートタイム労働法」は「パートタイム有期雇用労働法」と改称され、労働契約法20条はパートタイム有期雇用労働法8条にまとめられています。なお、経過措置として中小企業については、令和3年3月31日までは労働契約法20条が適用されていますが、令和3年4月1日から大企業と同じようにパートタイム有期雇用労働法8条が適用されるようになります。

なお、Y社は、専任教員と嘱託講師については、異なる考え方に基づく給与体系が採られており、その一部を取り出して比較するのは相当ではなく、労働契約法20条等につき検討するまでもなく、本件手当の支給の有無についての相違は不合理ではないと判断すべきであると主張するが、ハマキョウレックス事件最高裁判決の判示するとおり、労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであると認められる以上、労働契約法20条の適用が問題となり得るとし、上記相違が不合理であると認められるものであるかどうかを、本件手当の性質及び趣旨のほか、専任教員と嘱託講師の業務の内容及び業務に伴う責任の程度など労働契約法20条に掲げる事情を勘案して判断すべきであるから、上記相違が異なる考え方による給与体系に基づくことをもって労働契約法20条の適用が問題とならないと解するのは相当ではない。

(2)嘱託講師であるXに対する本件手当の不支給が不合理と認められるものであるかどうか

ア Y社における専任教員と嘱託講師の職務及び責任の内容

Y社における専任教員と嘱託講師の職務の内容及び両者の相違については以下のように整理することができる。
専任教員は、Y社において、授業を担当するのみでなく、学位論文の指導を含めた学生の指導、論文の執筆等の研究活動及び教授会への出席等の大学行政への関与が求められ、Y社から出勤及び勤務時間の管理を受けないとはいえ、授業及びそれ以外の職務の遂行のために日中及び夜間の多くの時間を事実上拘束されることになる。これに対し、嘱託講師は、Y社から割り当てられた曜日、日時の授業を担当するものの、専任教員が授業以外に求められている学生の指導、研究活動及び大学行政への関与を求められることはなく、割り当てられた授業の時間及びその準備に要する時間を除いては日中及び夜間の時間を拘束されることはない。
また、授業の割当てについては、嘱託講師に対しては希望を聴取した上で、その希望にない授業の割当てをすることは原則としてなく、授業担当者に欠員が出た場合でも授業の代行は求めないという扱いをしていたのに対し、専任教員に対しては時間割編成の必要性を優先して希望のない時間帯の授業を割り当てることもあり、授業担当者に欠員が出た場合には授業の代行を求めることもあるという扱いをしていた。
このように、専任教員は、授業以外に学生の指導、研究活動及び大学行政というより広い職務への関与が求められ、その結果、日中及び夜間の時間の多くを事実上多く拘束され、かつ、授業に関しても時間割で示した内容の授業を学生に提供することについて重い責任を担うという点で、割り当てられた授業を担当するのみでそれ以外の職務への関与を求められることのない嘱託講師との間で、職務の内容(業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度)について大きな相違があるということができる。

イ 本件手当の趣旨、性質
本件手当は、平成27年度当時、6講時(午後6時25分~7時55分)、7講時(午後8時10分~9時40分)の授業を担当した専任教員に対して、1週1講時につき月額8000円を支給し、1週1講時を超えて担当する場合は1週1講時につき月額2000を加算し、最終講時を担当した場合には1週1講時につき月額3000円を加算するというものであったが、嘱託教員よりも広範で重い職務を担当するため日中及び夜間の時間を多く拘束される専任教員が、更に6講時以降の夜間の授業を担当する場合には時間的拘束や負担が大きくなると考えられることからすれば、本件手当は専任教員が日中に広範で責任の重い職務を担当しながら、更に6講時以降の授業を担当することの時間的拘束や負担を考慮した趣旨及び性質の手当であると認められる。

ウ 本件手当の趣旨、性質に関するXの主張について
Xは、
① 本件手当が「大学夜間担当手当」という名称を有すること
② 大学第2部手当の廃止と同時に本件手当の支給が開始されたという本件手当の制度創設の経緯
③ 夜間に授業をする場合には夕食の時間や睡眠時間の確保が困難になり交通費を多く負担せざるを得ないこと
からすれば、本件手当は、専任教員、嘱託講師を問わず、夜間の授業を担当する教員に対して夜間の授業の負担が大きいことを考慮して一律に支給される趣旨、性質の手当であると考えるべきであると主張する。
そして、
④ 本件手当は、専任教員が日中に職務を行うか否かを問わず、夜間の授業を担当すれば支給されるものであること
⑤ 専任教員が時間的拘束を受ける職務は本件手当の支給を合理的に説明できる程度に重いものとはいえず、学内で特別な役職を担任する専任教員に対しては別途手当が支給されていること
⑥ 本件手当が客員教員の一部にも支給されていること
などからすれば、本件手当は、上記イの認定の趣旨、性質の手当ではないと主張する。
しかし、Xの上記各主張は、以下に検討するとおりいずれも採用することができない。

① 本件手当が「大学夜間担当手当」という名称を有する点については、本件手当の趣旨、性質を検討するに当たっては、専任教員と嘱託講師の職務の内容等を考慮することが不可欠であり、本件手当の名称を根拠に本件手当の趣旨、性質をX主張のものと認定することはできないというべきである。

② 本件手当の制度創設の経緯の点については、本件手当の創設と同時に廃止された大学第2部手当の趣旨、性質が元々どのようなものであったかは必ずしも明らかではないものの、本件手当が創設された直後で大学第2部が存続していた平成10年度から平成15年度までのA大学法学部において、大学第2部を担当する専任教員は大学第1部の授業も担当し、日中に授業、研究活動、大学行政を行いながら、大学第2部を担当する専任教員の授業担当状況は、本件手当が、専任教員が日中に広範で責任の重い職務を担当しながら、更に6講時以降の授業を担当することの時間的拘束や負担を考慮した趣旨及び性質のものであることと相容れないものではなく、本件手当の趣旨、性質に関するXの主張を積極的に基礎付けるものとはいえない。

③ 夜間に授業をする場合には夕食の時間や睡眠時間の確保が困難になるという点については、どの時間帯に夕食や睡眠の時間を確保するかは自らの生活のスタイルや家庭環境等に応じて各人がその判断で決めるべき事項であり、夜間に授業を担当したことによってその確保が困難になるとは一般的にいうことができない。また、交通費の点についても、平成27年度当時、本件手当の支給対象が6講時(午後6時25分~7時55分)、7講時(午後8時10分~9時40分)であり、A大学のキャンパスがG市内及びE市内の比較的交通の便利な場所に存在することからすれば、6講時以降の授業を担当することによって通勤により多くの費用を要することになるとは認められない。

④ 専任教員は、日中に職務を行うか否かを問わず、夜間の授業を担当すれば本件手当を支給されるという点については、確かに専任教員に適用されるA給与規程上、日中に職務を行うことを本件手当の支給要件とまではしていない。しかし、そのことをもって、上記アで検討したとおり専任教員が広範で責任の重い職務を担当し、その遂行のために日中の時間を事実上拘束される状況にあることを考慮することなく本件手当の趣旨、性質を定めるのは相当ではないというべきである。

⑤ 専任教員が時間的拘束を受ける職務が本件手当の支給を合理的に説明できる程度に重いものではないという点については、専任教員の職務が広範かつ責任の重いものであって、その上に夜間の授業を担当した場合には時間的拘束や負担が更に重くなることは上記ア、イで検討したとおりである。また、学内で特別な役職を担当する専任教員に対しては別途手当が支給されている点については、専任教員が大学行政を担当した場合には委員長等手当、入試手当等が支給されることがあるが、支給の対象となるのは学校行政のうち一部の業務を遂行した場合又は負担の重い一定の役職に就いた場合に限られ、大学行政を担当した専任教員に対して一律に上記各手当が支給されるものではないから、本件手当の趣旨、性質を上記イのとおり認定することの妨げになるものではない。

⑥ 本件手当が客員教員の一部にも支給されている点については、本件手当の支給対象者である客員教員A、Bは、いずれも原則として1週間に4時間以上の講義を担当しながら、教授会から出席を求められればこれに出席して意見を述べる立場にあり、職務について専任教員と同等の重い責任を負うとまではいえないものの、講義を担当しながら大学行政に関与する立場にあるということができるから、本件手当の趣旨、性質を上記イのとおり認定することの妨げになるものではない。

エ 労働契約法にいう「不合理と認められるもの」とは、有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の相違が不合理であると評価できるものであることをいうと解するのが相当である(ハマキョウレックス事件最高裁判決参照)。そして、上記の判示のほか、パートタイム労働法8条と労働契約法20条の規定の内容と文言が類似していることからすれば、パートタイム労働法8条にいう「不合理と認められるもの」も上記と同様に解するのが相当であり、専任教員に対しては本件手当が支給され、嘱託講師には本件手当が支給されないという本件における労働条件又は待遇の相違については、専任教員と嘱託講師の職務の内容(業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して不合理であると評価することができるかを検討することになる。
そうであるところ、上記アで検討したY社における専任教員と嘱託講師との間の職務の内容の相違並びに上記イ、ウで検討し、認定した本件手当の趣旨、性質等のとおり、本件手当は専任教員が6講時及び7講時という夜間の授業を1週1講時担当すれば月額8000円が支給され、担当する授業数、時間に応じてこれに加算されるものであって、本件手当として支給される月額も著しく多額になるものではないこと及び嘱託講師が夜間の授業を担当することによって、当該嘱託講師の担当総授業数が増えた場合には週1回90分の講義につき月額2万8800円が本俸に加算され、嘱託講師の担当授業数の増加に伴う時間的拘束や負担に対しては本俸への加算という形で相当の配慮がされているといえることを併せ考慮すると、上記労働条件又は待遇の相違が不合理と認められるものであると評価することはできないというべきである。
したがって、その余の争点について判断するまでもなく、Xの本件請求は理由がない。