社会保険労務士川口正倫のブログ

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【同一労働同一賃金】学校法人中央学院事件(東京高判令2.6.24労経速2429号17頁)

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学校法人中央学院事件(東京地判令2.6.24労経速2429号17頁)

✕が上告しましたが、棄却され本判決で確定しました(最高裁第二小法廷令和3年1月22日判決)。

1.事件の概要

本件は、A大学(以下「本件大学」という。)等を設置し、運営する学校法人であるY社との間で期間の定めのある労働契約(以下「有期労働契約」という。)を締結し、当該労働契約に基づいて本件大学の非常勤講師として現に就労しているXが、Y社との間で期間の定めのない労働契約(以下「無期労働契約」という。)を締結している本件大学の専任教員との間に、本俸の額、賞与、年度末手当、家族手当及び住宅手当の支給に関して、労働契約法第20条の規定に違反する労働条件の相違がある旨を主張して、Y社に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、本件大学の専任教員に適用される就業規則等により支給されるべき賃金と実際に支給された賃金との差額相当等の支払いと、本件大学の法学部長であったY社補助参加人らがXを本件大学の専任教員として採用することを約束したことにより、XとY社がXを本件大学の専任教員として雇用することについての契約締結段階に入ったにもかかわらず、Y社が上記の約束を破棄した等と主張して、Y社に対し、主位的には債務不履行に基づく損害賠償請求として、予備的には不法行為に基づく損害賠償請求として、慰謝料等の支払いを求め、原審(東京地判令元.5.30)がXの請求をいずれも認容しなかったため、Xが控訴したのが本件である。

2.判決の概要

(原審に説示するような労働契約条の義務と職責における相違)
Xの業務内容は、定められた契約期間内に、定められた担当科目及びコマ数の授業を行うものであり、当該業務に伴う責任の程度も、当該授業の実施に伴うものに限られる。他方、本件大学の専任教員の業務内容は、定められた担当科目及びコマ数の授業を含む専攻分野についての教育活動にとどまらず、専攻分野についての研究活動、教授会での審議の実施、任命された大学組織上の役職、各種委員会等の委嘱または任命された事項、学生の修学指導・課外活動の指導、その他学長が特に必要と認めた事項に及ぶものであり、その具体的な内容を見ても、Xの業務とは大きく異なる。

争点① Xを専任教員との間に労働契約法20条の規定に違反する労働条件の相違があるかどうかについて

ア 労働条件の相違の不合理性の判断方法について

(ア)Xは、原判決が、本件大学におけるY社の具体的労働態様と平均的な専任教員の具体的労働実態とを比較しておらず、専任教員と非常勤講師一般の形式的契約内容の相違を判断しているにすぎないから判断方法を誤ったものである旨主張する。
しかし、本件においては、有期労働契約者であるXの賃金に関する労働条件、すなわち本俸の額、賞与等の支給の有無を、無期労働契約者である本件大学の専任教員の賃金に関する労働条件と比較し、労働契約の期間の定めの有無に関連して相違が生じている場合には、その相違が不合理と認められるかどうかについて、Xの業務の内容及び配置の変更の範囲その他事情を考慮して判断することになる(労働契約法20条)。そして、Xと本件大学の専任教員とでは、賃金に関する労働条件の相違が労働契約の期間の定めの有無に関連して生じていると認められる。この場合に、相違が不合理と認められるかの判断に当たって考慮すべき職務の内容とは、労働契約に基づいて労働者が行うべき業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度であると解するのが相当であるところ、原審も、このような観点から、教育活動、研究活動並びに学生の修学指導及び課外活動の指導や、大学運営に関する業務等について具体的に検討しており、その判断過程に不当な点はなく、判断自体も相当である。したがって、Xの上記主張を採用することはできない。

(イ)なお、Xは、本件大学において、他の多くの本件大学の非常勤講師とは異なり、長期間にわたって複数の「主要授業科目」たる専門科目を含む授業を専任教員の義務コマ数以上に担当してきたことを挙げ、それにはY社からの要請にXが協力すれば専任教員化を約束する示唆や約束があったという経緯があるのに、原審は、このような経緯に対する評価を欠き、Xの具体的労働実態に対する評価誤っている旨主張する。
しかし、Xによるこのような授業の担当は、XがY社との間で、本件非常勤講師給与規則の定める条件の下において、担当科目及びコマ数について合意したところに基づくものであって、労働条件の相違を不合理ならしめるものということはできない。また、Xが主張する経緯については、原審が認定するとおり、Z1教授及び補助参加人がXに対してXを本件大学の専任教員として採用する旨の一定の言動をしたことが認められるのであるが、それは、せいぜい上記のような授業の担当を合意する動機になっていたにすぎず、これをもって労働条件の相違を不合理ならしめるものということはできない。
したがって、Xの上記主張は採用の限りではない。


イ Xと専任教員との間の労働条件の相違の不合理性について

(ア)本俸について
Xは、教育活動、研究活動、学生の修学指導等、大学運営に関する業務等について考慮すれば、Xを含む非常勤講師との賃金の大きな違いを不合理でないと説明することはできない旨主張する。
しかしながら、専任教員については、1週間に一定時間数(コマ数)以上の授業を担当すること及び学長が認めたときにはそれを超える担当時間数の授業をすることや、専攻分野について研究活動を行うことがY社との間の労働契約上の義務とされ、本件大学の規程により3年に1回以上は論文を発表することが義務付けられているのであるが、それとは異なり、Xが専任教員と遜色のないコマ数の授業を担当したことは、本件非常勤講師給与規則の定める条件の下において、自らの意思によりY社と合意したことに基づくものであり、法学論叢に複数の論文発表をしたのも、義務の履行としてではなく、自らの希望によるものである。また、Xは、専任教員と異なり、Y社との間の労働契約に基づき、教授会における審議、各種委員会等の委嘱等の大学運営に関する業務を行う義務を負うことはないなど、専任教員との間には、その労働契約上の義務とその履行としての活動において、原審の説示するような相違があることに照らせば、本俸の額における相違は不合理とはいえず、Xの上記主張を採用することはできない。

(イ)賞与及び年度末手当について
Xは、学習募集や入学試験に関する業務を担当することが大学財政に貢献していることになるわけではなく、Xが低い給与で多数のコマ数の授業を担当してきたから大学財政に貢献しているなどとして、賞与及び年度末手当がXに支給されないことは不合理であると主張し、賞与については、本件大学では賞与算定期間に就労してたこと自体に対する対価としての性質が強く、Xの就労実態をみれば、全額不支給というのは明らかに不合理である旨主張する。
しかし、賞与及び年度末手当は、教職員の勤務成績に応じて支給されるものであり、この勤務成績は、一定の期間において上記のような労働契約上の義務と職務を果たした程度として把握されると考えられるところ、上記(ア)のとおり、Xと専任教員とでは担当授業時間数や専攻分野における研究活動についての労働契約上の義務に相違があることに加え、専任教員においては、Xと異なり、大学の運営に関する各種の業務を行う義務を負い、これに伴う責任があることなど、原審に説示するような労働契約上の義務と職責における相違があることに照らせば、Xに賞与及び年度末手当を支給されないことが不合理とはいえない。
また、賞与及び年度末手当については、専任教員の教育業務や研究業務の成果の評価が賞与額の算定要素とされていないのではあるが、上記の点に鑑みれば、一定期間就労したことに対する対価としての性質が、これらがXに支給されないことを不合理であると評価するまでに強いものであるということもできない。
Xが多数のコマ数の授業を担当し、研究論文を発表してきたことについても、上記(ア)の本俸の額におけると同様であって、上記の判断を左右するものではない。

(ウ)家族手当及び住宅手当について
Xは、非常勤講師と専任教員とで生活費保障の必要性は変わらず、Xは事実上兼業が不可能な状態に置かれ、収入もY社から支給される給与のみに依存せざるを得ない状況が存在したものであるから、Xに家族手当及び住宅手当が支給されないことは不合理である旨主張する。
しかし、専任教員は、労働契約上、教育活動及び研究活動のみならず、大学運営に関する幅広い業務を行う義務を負い、また、職務専念義務を負うが、大学設置基準により一定数以上の専任教員を確保しなければならないこととされていることに鑑みれば、給与上の処遇を手厚くすることにより相応しい人材を安定的に確保する必要があるということができる。このような観点からみれば、家族手当及び住宅手当を専任教員のみに支給することは不合理とはいえないことは、原審の説示のとおりである。なお、Y社から支払われる賃金がXの収入の大半を占めていたものであるが、Xが、Y社との間の労働契約上、収入をY社の賃金に依存せざるを得ない専任教員とは異なる事情の下にあることも原審に説示のとおりである。
したがって、Xの上記主張は前記判断を左右するものではない。
※「不合理とはいえないことは、原審の説示のとおり」とは、原審に示された、「本件大学の専任教員が、その職務の内容故に、Y社との間の労働契約上、職務専念義務を負い、原則として兼業が禁止され、その収入をY社から受ける賃金に依存せざるを得ないことからすると、Y社において、本件大学の専任教員のみに対して家族手当及び住居手当を支給することが不合理であると評価することはできない。」ことです。
※「専任教員と異なる事情の下にあること」とは、原審に示された、「Xは、Y社以外のどの大学といかなるコマ数の授業を担当するかに制限がなかったこと。」、つまり兼業を認めていたことです。このように、非正規雇用者について兼業を認めることが、正規雇用者との差異を不合理なものとしない要素になることもあります。


(エ)その他、Xが種々主張するところを踏まえても、Xと専任教員との間の労働条件の相違が不合理であるとは認められない。


②労働契約に基づくY社の使用者としての労働条件均衡配慮義務について

Xは、Y社が、Xに専任教員化を示唆しながら専門科目を担当させ、非常勤講師としての労働契約を繰り返し更新してきたことなどから、労働契約法20条の趣旨に照らし、使用者としての労働条件均衡配慮義務を負う旨主張する。
そこで検討するに、Xの上記主張事実は、労働契約法20条の規定に違反する労働条件の相違があることを原因とする不法行為に基づく損害賠償請求に係る事実とほぼ同様であり、Y社がXとの間のXを非常勤講師とする有期労働契約を累次にわたって更新してきた経過を考慮すべきことを強調し、この経過を考慮すると労働条件の相違があることをが不合理であることをいうものにほかならないと解することができる。しかし、Xが、当審において不法行為に基づく損害賠償請求を別個の予備的請求を追加する趣旨であるかどうかを措いても、X主張の事実に基づいて、使用者であるY社と被用者であるXとの間において、X主張の義務(労働条件均衡配慮義務)を内容とする債権債務関係が成立すると解する法的根拠を見出すことは困難であるというほかない。また、Xの上記主張を、労働契約法20条違反による不法行為に基づく損害賠償請求に係る主張の補充と解するとしても、これについて前記判断を左右するものではない。
したがって、Xの上記主張は採用することができない。


③XとY社がXを本件大学の専任教員として雇用することについての契約締結段階に入ったということができるか等について

ア 一般に、契約当事者となるべき者が当該契約の締結に向けてその準備の段階に入った場合には、当該当事者となるべき者に相手方に対する信義則上の義務が生ずることがありうる。そして、本件においては、Z1教授及び補助参加人がそれぞれ本件大学の法学部長であった当時に、Xに対し、Xを専任教員として採用する旨の一定の言動をしたことは、原審の認定するとおりである。
しかしながら、Y社における本件大学法学部の専任教員の採用については、「中央学院大学人事規程」、「中央学院大学法学部専任教員の採用及び昇任に関する規程」により、採用はY社において行い、採用の申請を受けた学部長が教授会にその適否についての審査を求め、教授会が設置する審査委員会において審査し、教授会が審査委員会から報告書の提出を受けて採用の適否について審査し、その結果が学長に報告され、学長が、適格と報告された採用の申請者について、採用のための必要な措置を講ずるものとされている。これらの定めからすると、法学部長が専任教員の採用権限を有するものではなく、その採用の適否を審査する権限を有するものでもないことは明らかである。したがって、Z1教授及び補助参加人がそれぞれ法学部長であった当時にXに対して上記のような言動をしたとしても、直ちにY社がXとの間で専任教員としての採用を約束したことにならないことは当然であり、Xもこのことは十分に認識していたと認められる。そして、XとZ1教授又は補助参加人との間で、Y社の了解の下にその条件について交渉が行われるなどしていた形跡もない。そうすると、Y社とXとの関係が、Xの専任教員としての採用に関し、Y社にXに対する何らかの信義則上の義務を生じさせるような労働契約の締結に向けた段階にあったとみることはできない。
もっとも、法学部長は、法学部に属する校務をつかさどることとされており、このような立場にある者から専任教員への採用についての話を受けたXとしては、採用は一定の期待を抱くこともあり得るところである。しかし、上記のような採用手続が定められていることからすれば、仮に、Xにおいて、Z1教授や補助参加人が採用についての事実上の影響力を行使し得ると考えており、上記のような期待を抱いたとしても、それはあくまでも主観的なものにとどまるというべきであり、Xが信義則上の義務を負う根拠となるまでのものではない。
※明らかに法学部長が採用を適否する権限を有するものではないことがわかる採用手続が明文化されていて、Xがそれを認識していたことがポイントです。権限の無い人が一定の言動をしたとしても、客観的に、その言動を信じても仕方が無いといえなければ、信義則上の義務を生じさせるような契約締結に向けた準備段階に入ったとはいえないからです。もし、Xが他人を疑わない性質の人であれば、主観的には本当に信じていたかも知れませんが、Xが信じたことの責任をY社に負わせるためには、Xに限らず、平均的な人が信じ得る(誤解する)程度の準備でなければならないのです。

イ Xは、いわゆる契約締結上の過失の理論が適用されるためには、法学部長に専任教員の採用について交渉権限は必要であっても、決定権限までは必要でない旨主張する。そして、具体的事実関係の如何によっては、Xと対応した法学部長が専任教員の採用権限を有していなくても、Y社において信義則上の義務を負う事態がおよそ想定されないとまではいえないという。しかし、本件においては、法学部長に専任教員の採用権限がない以上、Y社がXに対して専任教員への採用を約束したことにはならず、Y社にXに対する信義則上の義務を生じさせるような労働契約の締結に向けた段階にあったということはできないことは上記のとおりであって、Xの上記主張はこの判断を左右するものではない。また、非常勤講師として多くの授業を担当するなどしていたXの業務遂行の実態等を勘案しても、この判断が左右されるものではない。