社会保険労務士川口正倫のブログ

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【配転】相鉄ホールディングス事件(東京高判令2.2.20労経速2420号3頁)

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相鉄ホールディングス事件(東京高判令2.2.20労経速2420号3頁)

1.事件の概要

鉄道やバスなどの事業を営んでおり、Xらはバス運転業務に従事していたが、Y社のバス事業がその子会社であるS1株式会社(以下「S1」という。)に譲渡されるのに伴い(平成22年10月1日付け※)、S1に在籍出向し、バス運転業務に従事することとなった。
なお、Xらが属する組合とY社は、平成22年3月15日、バス事業の分社統合に関し労働協約を締結し(以下「本件労働協約」という。)、本件労働協約において、Y社のバス運転手について、「原則として全員を分社・統合日付けでS1に在籍出向とし、他の関連会社への出向と同様、労働条件の差異について補填を実施する。」ことが定められていた。
Y社は、平成26年3月27日、組合に対し、バス事業の支出削減策を提案した。(以下、「本件提案」という。)。本件提案の具体的な内容は、本件労働協約によるS1への在籍出向者を対象とし、①S1への転籍、②特別退職の拡張適用、③Y社への復職の中から選択させるというものであった。
その後、Y社は、上記のいずれの希望も明らかなにしなかったXらに対し、平成28年4月16日以降、順次、復職命令を発令し(以下「本件復職命令」という。)、本件復職命令を受けたXらは、当面の業務として、清掃業務等を指示されるほか、各種研修や適正検査を受けた。
そこで、Xらは、本件復職命令は、労働協約、個別労働契約に違反し、権利濫用であって、不当労働行為に当たるから無効であるなどと主張し、Y社に対し、Xらがバス運転士以外の業務に勤務する義務がない労働契約上の地位にあることの確認等を求めるとともに、Xらが属していた組合が、Y社およびその代表取締役であるY2に対し、違法行為により組合員の信頼を喪失したなどと主張し、Y社につき労働協約違反の債務不履行又は不法行為及びY2につき会社法429条1項又は不法行為に基づく損害賠償等を求め、提訴した。
第一審(横浜地判平30.4.19 労働判例1185号5頁)がXらの請求をいずれも棄却したため、Xらが控訴したのが本件である。
相鉄ホールディングスの株主通信によると、平成22年10月1日に会社分割とあるため、吸収分割であると思われます。吸収分割による転籍では、主に対象事業に従事している従業員は、転籍の対象とされなかったときにのみ異議申立てができるため、本件においてはXらの意思に関係なく転籍させることができたものと考えられますが、なぜそのようにしなかったのか疑問です。労働条件の差異について補填まで実施することを想定していたのであれば、Xらの希望に関係なくS1に転籍させるという手段も取り得たのはずです。

2.判決の要旨

【第1審(横浜地判平30.4.19 労働判例1185号5頁)】

①職種転換合意の有無について

Xらは、Y社が、労働契約締結時に書面により業務を明示する義務(労働基準法15条)を怠った不利益、すなわち、職種限定合意ではないとの主張の負担を負うべきであるなどと主張するところ、それが主張立証の転換を主張するものであるとすれば、そもそもそれは独自の見解であって採用できないし、そうでないとしても、労働契約締結時に従事すべき業務に関する事項について書面の交付を義務付けられたのは、平成11年4月1日であるところ(同日施行の平成10年12月28日労働省令第45号5条)、Y会社が個人Xらを採用したのは、同日以降であると認めるに足りる証拠はないから、Y社が、労働契約締結時、個人Xらに対し,書面により業務を明示する義務を負っていたとは認められず、Xらの上記主張は前提を欠くものであって、この点でもXらの上記主張は、採用できない。

Xらは、バス運転手として採用され、採用されるには大型二種免許が必要であったこと及び入社以来、バス運転士として勤務してきたことが認められることに加えて、入社した当時から、バス運転士の初任給は他の労働者と別に職級が格付けされていることが認められる。
しかしながら、バス運転士として配属予定の者を募集・採用する際に、大型二種免許の保有を条件とすることはむしろ当然であり、そのことと採用後、配転を予定しているか否かとは別問題であること、バスの運転士の初任の格付けが他の職種とは別に定められていて、初任給が異なっている点も、満21歳以上が条件となる大型二種免許保有が前提となる以上、採用時には高校新卒の者よりも年齢が高いといった要素などが考慮された可能性が否定できず、必ずしもバス運転士の職種の専門性が高度であることを裏付けるものとはいえないことからすれば、上記各事実から、XらのY社との労働契約締結時に際し、職種限定合意があったとまでは認められない。むしろ、Xらに適用されるY社の就業規則では、業務上の必要がある場合には、転勤、転職及び配置転換を命ずることがあると規定されていること、Y社においては、従前もバス運転士から他の職種への異動実績があること、Xらの一部は、Y社と相鉄バスの労働条件の差異について、Y社にいれば、バスの乗務ができなくなっても、他の職種をあっせんしてもらえると認識していたことからすれば、バス運転士であるXらについて、業務上の必要がある場合には、労働者の個別の同意なく、職種変更を命じる権限がY社に留保されていたものと認められる。
なお、Xらは、従前、バス運転士が他の職種に変更する際には、本人の同意又は昇格、私傷病、運転業務不適格、自動車運転業務への異動、労組専従役員からの復帰等の特段の事情がある場合に限られていたと主張するところ、確かに、昭和49年から平成28年までのバス運転士から他の職種に変更された139名については、会社判断によるバス営業所内や他部門への異動、私傷病、試験昇給、免許停止、運転業務不適格、本人申出といった異動の必要性があったことが認められ、これらの異動した者から、異動を不服として訴訟が提起されたことはなく、異動者は、実質的には、異動に同意していたと推認される。
しがしながら、職種限定合意がない場合にも、異動の際にはその必要性が認められるのは、むしろ自然であることからすれば、上記バス運転士から他の職種へ変更された件については、異動の必要性があったとの事実は、上記認定を何ら左右するものではない。また、仮に、会社側が異動について本人の同意を得ていたとしても、労使関係を円満に保ち人事異動を円滑に行うためには、たとえ職種限定合意がない場合であっても、事実上異動について労働者の納得を得るようにすることは何ら不自然なことではないから、そのことから、職種限定合意があったなどとは推認できず、上記認定を左右しない。
以上によれば、労働者の同意又は特段の事情がない限り、個人Xらの職種をバス運転士に限定するという職種限定合意があったとは認められず、Xらの主張は、採用できない。
さらに、Xらは、バス運転手から他の職種への異動は、特段の事情がある場合と、労働者の個人的要因により客観的にバス運転業務を継続することが困難な事情がある場合に限定されるという人事慣行、労使慣行があり、これが労働契約の内容になっていたと主張する。
人事慣行・労使慣行が労働契約の内容となるためには、当該取扱いが長期間反復継続されていることに加え、当該取扱いについて決定権限を有する者が規範意識を有していたことが必要と解するのが相当であるところ、Y社の異動について決定権限を有する者が、特段の事情がある場合と労働者の個人的要因により客観的にバス運転業務を継続することが困難な事情がある場合に異動を限定するとの規範意識を有していたと認めるに足りる的確な証拠はない。したがって、Xら主張の人事慣行・労使慣行があり、これが労働契約の内容となっていたとは認められない。

②本件復職命令の業務上の必要性・合理性の有無について

Y社は、人事権の行使として個人Xらの出向を解除して復職を命じることができるが、本件復職命令は、Xらの職務内容を変更するものであるので、業務上の必要性・合理性が存在しない場合又は業務上の必要性・合理性が存在する場合であっても、他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである等、特段の事情の存する場合、本件復職命令は権利の濫用になるものというべきである。
上記業務上の必要性・合理性については、高度の必要性に限定することは相当ではなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性・合理性の存在を肯定すべきである(東亜ペイント事件(最二小判昭和61.7.14労判477号6頁)参照)。

Y社は、本件復職命令の業務上の必要性・合理性について、バスの事業を改善する必要があったこと、復職者をバス事業以外の事業に再出向させる必要があったこと及びS1のプロパー社員とY社からの在籍出向者との処遇差を是正する必要があったことなどを主張するのに対し、Xらは、本件復職命令は、業務上の必要性・合理性が存しないと主張する。
本件提案当時には、S1の路線エリアの将来人口は減少することが予想されており、他方でS1の営業利益をY社の出向補填費が上回っているといった、その当時のバス事業を取り巻く状況からすれば、バス事業の収支を改善する必要があったこと自体は否定できない。そして、その当時バス事業の収益が出向補填費を下回り、路線エリアの人口減などから利用者減が予想され、将来的にも収益増が期待しがたい状況であることからすれば、バス事業の収支改善の方策として、出向補填費の削減を図ろうとすることに合理性はあるといえる。
また、S1のプロパー社員の平均給与は約480万円(正社員バス運転士の平成27年の給与の平均値)であるのに対し、同じ業務をしているY社から相鉄バスへの在籍出向者の平均給与は約840万円(同上)とプロパー社員の給与よりも高額であることから、S1プロパー社員の不満が募っている相当程度の可能性があり、その他両者の間には、手当の支給条件・方法の違いや、休暇の有無・取得日数・有給無給の違い等にも差異があることが認められるところ、これらを解消し労務管理を効率化するために、Y社からの在籍出向を解消する必要性があることも、否定できない。
これに加え、Y社は、Y社グループにおいて、スーパーマーケット事業やホテル事業等の人手不足の事業に、復職者を再出向させる必要性があったと主張するところ、復職者が再出向先に再出向して、余剰人員になっていないことからすれば、復職者の再出向の必要性も否定できないものの、Y社の主張としても、本件復職命令は、出向補填費削減のための在籍出向解消の手段として発令したものであって、復職者を再出向先に復職させるために発令したものではないことからすれば、復職者の再出向の必要性は、本件復職命令の業務上の必要性を基礎づけるものではない。
ただ、本件復職命令によって復職した者が、余剰人員とならず、Y社グループ内で再出向の必要性がある会社に再出向させられているということは、本件復職命令の合理性を基礎づけるものとはいえる。
よって、本件復職命令は、業務上の必要性・合理性があったと認められる。

【第二審(東京高判令2.2.20労経速2420号3頁)】

①本件労働協約の効力について

Xらは、本件労働協約は、組合員の定年までの取扱いを定めたものではないとしても、「相当の期間」という不確定期限や「経営上の大きな事情の変更がない限り」という解除条件が付されており、一定期間の権利保障を定めたものと解すべきであり、本件バス事業分社が実施されてから本件提案までわずか3年半しか経っておらず、期限の到来も解除条件の成就もないから、転籍を希望しない組合員に転籍を強要することは本件労働協約に反すると主張する。
しかし、本件労働協約にXらの主張するような不確定期限もしくは解除条件が付されていたことを示す文言はない、定年退職までとか将来にわたってという文言を協約に入れてほしいという要望について、Y社は応じなかったというのであり、本件労働協約の締結に至る労使の協議においても、そのような不確定期限または解除条件について合意がされたことをうかがわせる事情はない。本件労働協約が、本件バス事業分社の際のY社の従業員について、S1への在籍出向とし、労働条件差異について補填を実施することを約することにより、バス事業に従事するY社所属組合員らの処遇を将来に向けて定めたものとしても、そのことをもって、Y社が一定の期間の経過又は一定の解除条件の成就までは出向元への復職を命じないとの合意があったということはできない。さらに、本件労働協約の締結を経て本件バス事業分社がされてから本件提案がされるまで3年半しか経過していないこと、この間、Y社におけるバス事業に係る経営上の見通しについて、本件労働協約が締結された時点と比較して特段の大きな変化があったという事情はうかがわれないことを考慮しても、Y社がXらの出向元として、Xらに対して復職を命じることができないと解すべき特段の事由があるものとはいえない。

また、Xらは、組合とY社との間には、バス運転士について本件職種転換合意があったから、本件労働協約による在籍出向の期限について、バス運転士として働く意思と能力・適格性を有する限りは定年まで職種転換はさせないという不確定期限が定められていたと主張する。
しかし、Xらについて、その職務をバス運転士に限定するという職種限定合意があったとは認められないのは原審のとおりであり、前述において説示したところに照らしても、本件労働協約について、Xらの主張するような不確定期限が付されていたものとは認められない。

さらに、Xらは、本件提案において、転籍と復職とは表裏一体の関係にたっており、本来労働者の自由な意思が尊重されるべき転籍について、自由な意思決定を奪っているのであり、手続的瑕疵があると主張する。
しかし、本件復職命令は、本件提案について、転籍または特別退職を選択しなかった者に対して命じられたものであって、これが、無効なものとも本件労働協約に反するものとも認められないところ、本件提案に係る転籍、特別退職または復職のいずれかを選択するかについて、自由な意思決定ができない状況にあったとは認められないであり、本件提案について、手続的瑕疵があったものとは認められない。

②本件事前協議制違反の有無について

Xらは、組合とY社は、労働協約により本件事前協議制を定め、労働条件に影響を及ぼす事項について事前に協議することを合意しているのに、Y社は、平成26年3月27日、突然本件提案を行い、労使合意もない中で、本件選択申出書の提出要求、「異議留保者」に対する再提出要求などを重ね、労働委員会勧告をも無視して、本件復職命令を発して復職を強制するに至ったのであるから、本件復職命令は、本件事前協議制に違反する無効なものあると主張する。
よって検討するに、組合とY社との間の平成17年12月15日付けの労働協約書の5条には、「会社は労働条件に影響を及ぼす次の事項について、事前に組合と協議する。(5)その他労働条件に関するすべての事項」との定めがあるから、Y社は、組合との間で労働条件に影響を及ぼす事項について、事前に組合と協議することが定められていると認められる。
そして、Y社は、平成26年3月27日付けで、組合に対し、S1への転籍日を平成27年9月16日、Y社への復職の場合は同日以降順次とする内容の本件提案を行ったこと、組合とY社とは、平成26年4月2日、本件提案について、第1回団体交渉を行い、この間、Y社は、組合員に対し、同年11月10日から同年12月5日までに、社員説明会を行い、平成27年5月27日から同月29日までに、本件選択申出書を配布し、その提出を求めたこと、組合は、同年6月、Y社に対し、本件提案拒否者の署名のある提案拒否申出書を提出し、同月9日、労働委員会に対し、本件不当労働行為救済申立て事件の申し立てをしたこと、組合とY社は、上記の申立てまでに、14回の団体交渉を行い、その後も団体交渉を行い、同年11月までに、団体交渉は合計21回に及んだこと、組合とY社は、平成28年1月以降、労働委員会において和議協議を進めたものの、Y社は、同年4月1日、組合に対し、平成27年8月25日の労働委員会からの要望を受けて協議を続けてきたが、当初復職を予定していた同年9月16日から6か月半が経過したにもかかわらず、協議の見通しが立たないことから、本件提案拒否者について、平成28年4月16日以降、順次復職の実施に着手すると連絡し、組合とY社は、同月6日、団体交渉を行ったものの、双方の主張の歩み寄りはなかったこと、労働委員会は、同月12日、組合及びY社に対し、和解案を提案するとともに、同年27日、Y社に対し、労働委員会規則40条に基づき、審査の実行確保の措置として、Y社が、上記和解案を真摯に検討するとともに、協議継続中、同月16日付けの復職命令を一時停止し、本件提案拒否者の出向を従来どおり継続することを内容とする勧告をしたが、Y社は、労働委員会に対し、同年5月13日付けで、半年以上交渉してきたが、解決の見込みが立たなかったことから、復職させると回答したことが認められる。

以上のとおり、本件提案は、組合にとって突然のものであったとしても、Y社は、平成27年9月16日以降の転籍ないし復職を内容とする本件提案について、平成26年3月27日に組合に提案し、その後、合計22回の団体交渉を行うとともに、労働委員会において和議協議を行い、これらの後に、Y社が本件復職命令をしたという経緯に照らすと、Y社について、労働協約によって定められた事前協議制の合意に反したものとは認められない。

③ 本件職種転換合意の有無について

Xらは、バス運転士の職種転換の実績は、労使協議を経て形成されたバス運転士職種転換の基準及び運用に係る労使合意によるものであり、その内容は、本件職種転換合意のとおりであり、本件調整確認書の記載もこれを裏付けるものであると主張する。

しかしながら、Xらの職種をバス運転士に限定する職種限定合意があったと認められないことは原審のとおりである。そして、バス運転士の職種転換の実績において、同意なく職種転換がされた事例が見当たらないとしても、人事異動を円滑に行うためであったとみることができるのであって、これが直ちに本件職種転換合意の成立を裏付けるものとはいい難い。また、本件調整確認書には、職種変更により本給を調整する必要が生じる場合として、自動車運転士から他の職種への変更について自己都合によるものしか記載されていないとしても、これをもって、会社の配転命令により自動車運転士から他の職種に転換することはないとの合意があるとまでは認められない。

④ 本件復職命令の業務上の必要性・合理性の有無について

Xらは、本件復職命令について、①バス事業部門単体の収支を悪化させるものであること、②Y社グループ全体の収支を悪化させること、③Xらの再出向先を無理に作り出していたこと、④Y社の業績が一貫して好調であること、⑤バス事業単位に限定して収支検討することが不合理であること、⑥自発的に6割の者が転籍等に応じていることに照らし、業務上の必要性・合理性はないと主張する。

しかしながら、本件提案当時には、一方でS1の路線エリアの将来人口は減少することが予想されており、他方でS1の営業利益をY社の出向補填費を上回っているといったその当時のバス事業を取り巻く状況から、バス事業の収支を改善する必要があったこと自体は否定できず、これらの事情の下で、利用者減が予測され、将来的にも収益増が期待し難い状況であることから、バス事業の収益改善の方策として、出向補填費の削減を図ろうとすることに合理性はあるといえること、本件提案時において、S1の従業員の約40%がY社からの在籍出向者であり、S1籍のプロバー社員の平均給与は約480万円であるに対し、同じ業務に就いているY社からの出向者の平均給与は約840万円であって、プロパー社員の給与よりも高額であることから、プロパー社員の不満が募っている可能性があり、その他両者の間には、手当の支給条件・方法の違いや、休暇の有無・取得日数・有給無給の違い等にも差異があり、これらを解消し労務管理を効率化するために、Y社からの在籍出向を解消する必要があること、復職者の再出向についても、Y社グループ内で再出向の必要性がある会社に再出向させられており、本件復職命令の合理性を基礎付けるものといえること、これらの事情によれば、本件復職命令について、業務上の必要性・合理性があったと認められることは、原審のとおりである。

 Xらの主張のうち、上記①、②及び⑤の主張については、経営主体が事業ごとに収支をみることは一般的に行われていることであって、Y社において、そのグループのバス事業単位で収支をみて、その経営施策に反映させることに不合理な点はなく、本件提案はそのような観点から行われたものであると認められるから、Xらの主張する事情をもって、本件復職命令の業務上の必要性・合理性に関する原審の判断を左右するものとはいえない。また、上記③の主張については、Y社が再出向の受入先に対する出向補填費用を上乗せしていたとしても、バス事業の収支改善という観点に立つと、必ずしも不合理な判断とはいえないし、復職者が再出向先に再出向して余剰人員となっているものではなく、Y社グループ内で再出向の必要性がある会社に再出向させられていると認められることは、原審のとおりである。さらに、上記④及び⑥の主張については、そのような事情があっても、本件復職命令の業務上の必要性・合理性に関する原審の判断を左右するものとはいえない。

⑤ 不当労働行為性について

Xらは、Y社は、本件提案をするに当たり、本件労働協約は分社化の際の取扱いを定めただけであるという独自の解釈を振りかざし、あらかじめ労使協議の打ち切りスケジュール化し、最初から妥結に至る交渉をするつもりはなく、不誠実な団体交渉を行ったと主張し、Y社は、本件訴訟において、本件労働協約は、分社に際して在籍出向の取扱いをすることを定めたに過ぎないと主張しており、また、Y社作成の「バス支出削減対策説明会実施へのスケジュール表」(以下、「本件スケジュール表」という。)には、平成24年4月中旬のスケジュール欄に「労使協議打ち切り」と記載されている箇所がある。

しかしながら、Y社は、本件訴訟において、本件労働協約は、分社に際して在籍出向の取扱いとすることを定めたに過ぎないと主張するものの、そのこと自体が不当な行為であるとはいえないし、Y社は、本件バス事業分社の実施から約5年後に転籍または復職をする内容の本件提案を、その約1年半前に組合に対してしたのであって、最初から妥結に至る交渉をするつもりがなかったとも認められない。さらに、本件提案後のY社と組合との団体交渉の経緯は、前述のとおりであり、その経緯に照らすと、Y社が不誠実な団体交渉を行ったとも認められない。本件スケジュール表に平成27年4月中旬に「労使協議打ち切り」との記載があるとしても、そのことをもって、Y社が不誠実な団体交渉を行ったものともいえない。

さらに、Xらは、組合とY社との間において、本件労働協約に明示されていないものの、その締結時に、S1に在籍出向した者について、組合及び労働者本人の同意なく転籍させないことが確認されていたのであって、Y社は、本件提案について、組合が反対し、その同意がないのに、本件選択申出書の徴求を開始し、転籍を実施したことは、上記の労使合意に反し、また、本件提案は、労働者本人にとって転籍にも復職にも大きな不利益があるのに、転籍しなければ復職という手法は、実質的な転籍の強要であり、上記の労使合意に反し、いずれも支配介入に当たると主張する。

しかしながら、本件労働協約の締結の時に、Y社において、組合との合意が無ければ転籍の提案をすることができないとする合意があったことを認めるに足りる証拠はない。Y社が、本件提案をし、組合の同意がないのに、本件選択申出書の徴求を開始し、転籍を実施したことが、労使合意に反するとの主張は、その前提を欠くものというべきである。なお、本件提案は、転籍しなければバス運転士の職務から外れることになるものであるけれども、転籍の強要であるとまでは認められない。

また、Xらは、本件提案について、組合の組合員のうち転籍に応じた93名のうち、51名が組合から脱退し、これにより組合は弱体化させられたなどとして、本件提案及び本件復職命令は支配介入に当たると主張する。

しかしながら、本件提案は、出向補填費の削減を主たる目的としてされたものであって、本件労働協約ないしY社と組合との労働協約に反するものではなく、また、Y社において本件提案をすることが組合の運営・活動を妨害するなどの意図をもってされたものとも認められないのであり、転籍に応じた者の多くの者が組合から脱退した事実があるとしても、そのことをもって、Y社が本件提案をしたことが組合を弱体化させる目的によるものであったことを裏付けるとはいえない。
また、本件復職命令は、無効なものとも本件労働協約に違反するものともいえず、業務上の必要性・合理性がったと認められること、本件復職命令によって組合の弱体化がもたらされたとは認められず、本件復職命令は支配介入に当たらないことは、原審のとおりである。